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世田谷一家殺人事件20年目のスクープ 1 

事件から20年を迎える年末、フジテレビにおいて久々に「世田谷一家殺害事件」を特集した番組が放送された。そこで、私自身今まではっきりわからなかった、あるいは全く知らなかった事実を中心にまとめてみたい。

まず、事件から半年後に書かれた、捜査メモの概要

現場で27個の遺留指紋・うち3個から犯人の血液が検出されている

まず遺留指紋とは、家族以外の指紋を意味し、何かを握ったり触れたりしたときに付いたものらしい。ここで言う遺留指紋とは、犯人が事件当日に現場で残した可能性が高い指紋だと考えられる。家中くまなく荒らしまわって、たったの27l個かよと思う人もいると思うが、正確に言えば裁判の証拠として使えるだけのハッキリと犯人ものと判別できる指紋が27個も残っていたということ。これは、かなり事件現場の中では多かったと言われている。

また、このうちの3個から宮沢家の家族にはいないA型の血液が付着した指紋が含まれている、と番組では触れられていた。この情報を別の記事から補足すると、宮沢家の家族の血と犯人の血液が混ざった指紋が3つ出てきたことを意味している。ということは、事件前に何かしらの形で家を訪れたときに付着した指紋ではなく、宮沢家の家族を殺害したときに犯人が残した、言い逃れのできない指紋を3つも残したということになる。それだけに捜査陣からは、指紋さえ一致する人物を見つければ、すぐに事件は解決するだろうという楽観的な空気を作ってしまったとされている。

違反反則切符155万件

いわゆる交通違反などのときに採取される、拇印による指紋を155万件警視庁管内でこの当時保有していたものと考えられる。またここでは、過去5年分のものが保管されていると書かれている。そのため一度でも交通違反を犯した人間であれば、警察は指紋を5年前まで遡って調べられていた。違反罰則金を払えばすぐに破棄すると言われる指紋押印だが、実は5年間ぐらいは保存し捜査に利用していたことがハッキリした。恐らく昨今では、これらをコンピューターにでも取り込んでデータベース化してから書類を破棄しているのではないかと勘ぐりたくなる。

また事件から半年の時点で、多摩地区に関しては、すでに指紋の照合が終了したと書かれていた。また映像では、平成11年8月まで遡って対象にするとのメモが読み取れる。事件があったのは2000年の12月だから、1年半ぐらいまで遡って指紋の照合をしていたことになる。また各署で保管している、微罪処分手続書 も調べていたようだ。これには、被疑者の本籍・住所・職業ほか,犯罪事実の要旨,犯歴などの記載欄・チェック欄が設けられ、これも調べているということが記されていた。すなわち、交通違反者や軽犯罪者の可能性も含めて、幅広く捜査網を広げて調べていたことが伺える。この半年後のメモをみても、警察は全く犯人のめぼしはついていなかったということなのだろう。

礼君の首を絞める際に、犯人はしっかり踏ん張ったために、床にはハッキリした土足痕 が残っていた

警察が、被害者である礼君が最初に殺害されたとしたのは、家族や犯人の血液が一切礼君に付着していなかったことを最大の理由としてあげている。また土足痕は、中二階の途中から突然始まっているとされている。すなわち、家の裏の土を踏みしめて侵入した犯人は、家に入った直後ほど土足痕がハッキリ残りやすかったはずなのだ。

そのこともあって、最初に殺害されたのは礼君だという見立ての一つの根拠になっているのだろう。ハッキリとは言えないが、ベッド前の床でしっかり踏ん張った跡が残っていたとなれば、やはり寝ている礼君に突然襲いかかったのではないかと推測される。

テーブルの上には、帽子と手袋 が置かれていた

この字幕と映像をみて、えっ? と思ったものだ。現場で発見された犯人の血の付いた手袋は、2階居間の入り口に近い台所の前あたりの床に投げ捨てられて発見されていたはずだからだ。すなわち、犯人が最初に付けてきた手袋と止血に使った手袋は別のものだったということになる。しかし、番組ではその後、身につけてきた手袋を止血に使ったと述べていた。

ここで考えられるのは、肩方の手袋は最初にテーブルに置かれたまま放置されていた。そして、止血に使った左手用の手袋を台所前の廊下に投げ捨てたと解釈すれば良いということだろうか? それならば、最初に手袋をテーブルに置いていたこと、そして様々な媒体で伝えられているように、止血に使った手袋を台所前の廊下に投げ捨てたことの両方の説明がつくことになる。確かに、止血に使うためならば、両方の手袋を持ち歩くこともないだろう。まして犯行に手袋を使用したならば、ハンカチで包丁を特殊な包み方をする意味もないことになる。

左手用の手袋を右手につけて止血に使い、親指のところは反対に折れていた

包丁で家族を刺しすぎて、右手を負傷し出血したと考えられる。しかし犯人は、何故か左手用の手袋を右手に付けて止血を試みようとしていたようなのである。そして手袋の親指は、反対側に曲がっていたという。これは何を意味していたのか全くわからなかったのだが、実際やってみてなんとなくわかってきた。

右手を怪我して右手用の手袋を着用してしまうと、びったしすぎて傷口に当たって痛かったのではないかと。だから少し浅めに、反対の手の手袋を着用したのではないかと考えられる。そして指が反対に折れていたのは、それだけしっかりハマっておらず、浅めに手袋を付けながら動き回ったからではないのだろうか。

近所の目撃情報

ジョギングをしていた男性が、事件当日の22時30分頃 夫婦喧嘩のような言い争うような声を訊いた

こちらは、良く知られた目撃情報として今に伝わっている。しかし、みきおさんのパスワード付きメールが送信されたのは、このあとの22時47分ぐらいに送信されていることからも、これは本当に夫婦の言い争いだったかもしれないし、逆に犯行時刻自体がもっと早かった? もしくは、誰か訪ねてきていた可能性も捨てきれない。

近所の人が 23時30分~24時ぐらいに「助けて」という悲鳴のような声を訊いた

この目撃情報は初めて訊く話なのだが、本当ならばまさに事件発生時間帯と考えられる時刻なので、有力な情報となるはずだ。しかし長年調べていても初めて訊く話だったので、今回フジテレビが取材する中で独自に手に入れた目撃情報だったのだろうか? しかしどうもナレーションを訊く限りは、事件当初そう証言していたのに、その後撤回してしまったのか? 目撃者は公で語らなくなってしまったのかもしれない。事件当初話題になった目撃情報でも、その後聞かなくなった話は一つや二つではない。

ここで気になるのは、この悲鳴のような声を近所の人が何処で耳にしたのだろうか? 例えば迎えの家の住民だとか隣の家の家族ならば、家の中で耳にしたことになる。そうなると、かなり大きな声が外に響いていたのではないかと。また外に出ているときに訊いたとしたならば、現場近くに他に人の姿を見なかったかなど、別の意味でも気になる目撃情報になると思うのだが・・・。

ハシゴを曲げて動線を確保した

ロフトに通ずるハシゴを、家族殺害後曲げて移動しやすいように動線を確保していたことがわかった。そしてハシゴの踏み板の裏には、犯人の血がべっとり付いた手の跡が残っていたのだという。この話も初めて訊く話だったのだが、警察は犯人が止血に使ったタオルや生理用品、あるいは手袋などの出血量から、相当な怪我をしていたと判断したようだ。そのため年明け後には、病院という病院に手を怪我した男はいなかったのか情報を集めることに躍起になった。しかしそこからは、犯人に繋がる情報を得るまでには至らなかった。少なくても怪我は軽症だったとか、手当てをしないで放置できるような類のものではなかったと判断していたのだろう。

この番組では触れられなかったが、中二階の踊り場には犯人の飛散した血液が壁に飛び散っていたという話もあり、泰子さんに抵抗にあったのか? 犯人があまりに包丁を振り回し過ぎて自ら深手を負ったのかはわからないが、相当止血するのには苦労したことが伺われる。

まだまだ長くなりそうなので、今回はここまでとする。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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