ネットで幾つか興味深いものが・・・

世田谷一家のことをいろいろ調べていたら、幾つか知らなかったことが書いてあった。要点を絞って、内容を抜粋させていただく。

2001年1月19日発行 週間朝日

事件前に、引っ越し予定地である にいなちゃんが通う小学校近くの土地に、家族やおばあちゃんと何度か訪れていた。近所の人への挨拶の時に 奥(泰子)さん「母と一緒にこちらに来ます。」と話していたという。

やはり引っ越し後宮沢家では、泰子さんのお母さん(事件の第一発見者)と一緒に家族は住むことが決まっていたということ。きっと公文塾をやりながら二人の子どもの面倒は大変だということもあり、おばあちゃんが一緒に住むことになったのだろう。そうだとは思っていたが、みきおさんの親とではなく泰子さんの親と同居する予定だったことが、この記事で確認できた。

2001年1月26日発行 週間朝日

みきおさんは、1985年ぐらいから自己啓発セミナーに通いだし、泰子さんと知り合った(86年に結婚)。それ以来、友達付き合いが変わってしまい疎遠になった (東大時代からの友人談)

友達が、急に特定の宗教・思想・お金に関わるものなどを始めだすと、距離を置き始める友人が出て来るのは想像に難くない。みきおさんは、やはりこの自己啓発セミナーをきっかけに、かなり変わってしまったのかもしれない。

その記事にはこんなことも

宮沢さん夫婦は10年ほど前は週一回ぐらいのペースで通っていたが、事件前数年はセミナーに顔を出さなくなっていた。また泰子さんの姉・杏さんも、かつてはセミナーに参加していたとの情報もあると記事には書かれている。しかしこのセミナーは、

大学のクラブのような感覚で、ゲームや課題を通して自分がどんな人間か知る。洗脳や金儲けのような、あくどいセミナーではなかった(セミナー関係者談)。

そうこの時代のセミナーは、意識の高い系の社会人などが、自分を見つめ直し改善してより仕事に役立てようという類のセミナーが多かった。今のような胡散臭いイメージとは必ずしも一致せず、企業などの人材開発などにも積極的に活用されていたのだ。バックボーンがどうであれ、必ずしも何かカルトな宗教団体とかと繋がるものばかりではなかったのである。もちろんその後、何かこの団体はヤバそうだと感じ、宮沢夫婦が距離を置いたとかいう可能性は否定できないが ・・・。ちなみに、宮沢家が通っていた団体は、サイエン◯ロジー だったと言われている。

(現場に残されていた染料と一致するものがあった?)

また別の情報では、現場に残されていた染料と平塚市にある香料製造工場の原材料と一致していたとの情報もある。その情報の正否は定かではないが、その会社には事件との関連性も深いとされる静岡(磐田市)に工場があったり、韓国や中国・アメリカなど世界中に関連会社があったり、工場があるというのだ。この会社は、ただ染料が一致しただけでなく犯人と大きな関わり合いを持っていた可能性すらあるのかもしれない。

(遺留品を残していった理由)

犯人が現場に残していった遺留品は、捜査を撹乱させるためだとか、あるいは急におばあちゃんが訪ねてきたために慌てて逃走したため残されのかもと以前書いた。もう一つの可能性として考えられるのは、犯人にとってもう必要がないものだったという可能性だ。

というのは、事件の目的を果たしたことで必要なくなったもの(凶器やそれを入れてきたヒップバックなど)。それともう一つ注目したいのが、ジャンパー・マフラー・ニット帽や手袋などの防寒具。手袋に関しては、出血を隠すために当初持ち帰る予定になかったはずが、必要に迫られ負傷後に身につけた。しかし出血がひどく、止血をしないと帰れないと判断し廊下に投げ捨てた。以前も冷静に置かれた他の遺留品に比べると、手袋は廊下の途中に投げ捨てられるように残されており、犯人の精神状態の余裕の無さが感じられると書いたことがある。

それはともかく、何故防寒具を置いていったのか? それは捜査撹乱でも、急に置いていかざるえなかったわけでもなく、犯人にとってもう必要がなくなったからではないかということ。事件後犯人は、12月の東京とは違う明らかに暖かいところにすぐにでも飛び立つ予定があったのではないかと。そう犯人は、暖かい地で身を潜める予定が決まっており、むしろ邪魔になるからと置いていったのではないかとは考えられないだろうか? 犯人が事件後すぐに、関係の深いカルフォルニアあたりに飛んだのかもしれない。あるいは、沖縄や台湾・ハワイ・フィリピンなどに一時的に身を潜めた可能性だってあるのかもしれない。浴槽に投げ込まれたもののように、犯人が現場に残したものは必要がないものをすべて捨てていっただけだったのかもしれないのだ。少なくても遺留品から警察がたどり着いたとしても、自分は捕まらない自信があったのではないのだろうか。

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防寒具が必要なくなったとは思えませんね。あんな魚の派手な服を来て、その上にジャンパーは着て逃走したわけですから。そのユニクロのジャンパーこそ、何らかの理由でいらなくなったんじゃないですかね。がさばる、重いとか、動きづらいとか。

No title

すべては犯人の意識の問題なので、なかなかそれを伺い知ることはできませんので想像の域になってしまいますが。

私は犯人が事件前に、近所の人に観られたという認識があったのではないかと思っています。例えば向かいの家の住民にです。

例えば事件前に、宮沢家を覗いていた人間が目撃されていたり、黒ムツさん二度目の書き込みには、雨戸を閉める近所の人に観られたことも書かれていました。

いずれにしても現場周辺をうろついていたことで、事件後の逃走は、全く違う服装にして疑われないことに心がけたのではないかと。

しかしその服装は、あくまでも空港近くまでの一時的なものでしかなく、ある意味何処かで処分した可能性があるのかもしれません。逃走ルートも、何箇所かを経由して、目的の場所を目指した可能性もあります。そういった足がつかないための一環に、着ていた服装を、完全に替えていったのかもしれない。それだけならば、そんなに厚ぼったい防寒具はいらなかったのではないかとも捉えることができます。寒い服装を残すことで、犯人が元々いた場所は寒いところを連想させる意味合いもあったのかもしれませんが。

何か物音が聞こえて、焦って外へ飛びたしたのかもしれないし、そこまで考えた行動だとは思わない。

No title

この犯人を観ている限り、かなり衝動的に動いていた人物という印象を私も持っています。

しかしながらその一方で、私が気にしている人物は相当な頭の持ち主であり、一見衝動的に見せかけながら凄く用意周到に捜査を撹乱していた可能性も捨てきれません。私はこの事件を考える時に、主に2つの可能性から見るようにしています。
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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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