「破戒」 1

世田谷一家殺害事件を調べていると、随分前に面白いものを見つけることができた。藪 冬彦氏と言う人が2011年5月に、この事件を元に書いた小説 「破戒」 というものに出会った。

私はこの事件について、遺族や捜査関係者を除けば、日本でも指折りに詳しい人間だと自負している。その私が読んでも、これが何かを元に書かれたものなのか、ある部分は創作なのか区別がつかいない。しかしそんな私でも、よく調べていると驚かされう箇所が随所にある。今回は、この「破戒」 の最初の1ページから気になる部分を抜粋してみたい。上記でリンクした文章を見ながら、読み進めて欲しい。

「この間、航空機の模型にお父さんが色を塗ったんだよ」得意げに父親がいう。

これは、宮沢みきおさん が、「三国志」などの人形劇で知られる 川本喜八郎 氏から事件の一ヶ月前に連絡を受け依頼された仕事のことを指していると思われる。高校時代みきおさんは、川本喜八郎氏に弟子入りし、数々の作品づくりに携わった経歴の持ち主だった。そんな川本氏から模型飛行機の塗装をお願いできないかと、仕事の依頼が来て10年ぶりに連絡をとりあったのだという。この模型の仕事は、事件が起こる数日前に仕事を終え納品が済んでいた。そのことを、この作者も知っていたものだろう。記事になった話ではあるが、この話を知っている人間はかなり事件に詳しい人じゃないとわからない話である。

「でもねお父さんはね、本当は俳優さんに成りたかったんだよね パパ!」と妻が口を挟む。
「おいおい、母さんだって女優を目指して頑張ってたんだぞ」とみきおは妻に話しを振った。


みきおさんは、東大時代に「劇団蝸牛」という団体で活動。俳優を目指していたという話は初耳だが、そのことを意識しての書き込みだろう。奥さんの泰子さんもハッキリしたものは見つけられなかったが、若い頃に芸能界の仕事に興味を持っていたようだという話もチラホラと聞こえており、その話を元に作者が創作したのだろうか? しかしこの部分のもとになる情報はわからないが、よくぞここまで知っていたなと驚かされる。むしろ2011年ぐらいの時には、まだネット上にそういった情報が探せば見つけられたのかもしれない。

「今日の夜も撮影スタジオにいかなくちゃいけないんだ」と息子に言った。

これは、何を元に書いたのだろうか? みきおさんは実は0時ぐらいに撮影スタジオにゆく予定であり、そのための準備のために殺害時・私服を着ていたのか? 

私は、この事件を調べていてこういった話を耳にしたことがなかった。これは、作者が私服を着て発見されたことからの想像で書いたのか? 何かしらそういった話を何処かから手に入れていたのか? これが何かの情報を元にして書かれたとしたら、みきおさんは就寝しようとしていたのではなく、出かける前だったことになる。

買い物の帰り際、千歳烏山駅近くのファーストフードに寄ってハンバーガーを買い午後6時に帰宅した。

これは何かの作者の勘違いだろう。 事件当日の夕方、成城学園で買い物をしその後千歳烏山駅前で買い物をした記録はレシートに残されていた。しかしそれは、確か写真を受け取りに行ったからだと記憶している。ハンバーガーを買ったという話は、私自身今まで訊いたことがない。ちなみに夕食は、19時頃に 鶏鍋を 家族で食べたことがわかっている。

(最初の部分を読んで)

何処までが作書の創作なのか? 何処までが何かを元に書いた話なのかはわかりかねる。しかし私が知るかぎり、この作者は相当いろいろなものを調べたうえで書いており、その事前準備には頭がさがる。このあとも読み進めてゆき、新たなものが見つかれば取り上げてみたい。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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