うみかぜ公園で吹かれて

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本日は、犯人が現場に置いていったジャケットのポケットとヒップバックの中に含まれていたと言われる、三浦半島の砂の謎を解きに、横須賀にある「うみかぜ公園」に行ってきました。2枚目以降は、ネット上にあった画像を参考に使わせて頂きましたので(カメラ壊れた)、問題がある場合はご連絡くださいませ。

何故この公園が世田谷一家の事件との関わりあいが指摘されているかというと、三浦半島にありながら、スケボーの公式大会なども行われる、ちょっと特殊な公園だからだそうです。そして犯人が残した砂は、三浦半島の 馬堀、北下浦、三浦のいずれかの地域の砂だという話で(本当なのか?)、犯人がスケードボーダーだった場合、この公園を訪れていたのではないかと考えられるわけです。うみかぜ公園のすぐ近くに馬堀海岸はあり、この公園から1キロもいけばたどりつけます。

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もし犯人が、この公園を訪れていたとして、どのようなルートで辿り着いたかはわかりません。最も最寄りの京急・県立大学駅から、海側に向かって15分程度歩くと公園の入り口に。上記の地図の左側青い部分が、スケボーなどができる場所になります。駅からここまではすべて舗装されており、ポケットに砂が入り込む余地はありません。

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実際にポケットやヒップバックに入っていた砂というのが、どの程度のものかはわかりません。ちょっと風の強い日なら、微量でもそういったところにまで入り込むのかもしれませんし、少し転んだりとか寝っ転がって付いたり入り込んだ程度のものなのかもしれません。しかし公園に行った感想では、ここから三浦半島の砂が入り込む余地は、ほとんどないというのが率直な感想。完全に埋め立て地であり、海岸線を観ても岩場ではなくすべてコンクリートでそこから海がせり出しており、砂浜や岩場などは全くない公園だからです。

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ただし上記の地図を観て頂ければ、右側には緑も広がっており、この辺でひっくりかえったりすれば、ひょっとしたら馬堀海岸から飛んできた砂が入り混む余地はあったのかもしれません。あるいは、ここに来る前後で馬堀海岸など、他の場所を訪れていた可能性も否定できません。また馬堀海岸周辺は、西武の住宅地ですし、米軍基地も近くにあります。この近辺に、普段は住んていた人物という可能性もあるわけです。しかもこのユニクロのジャケットが発売されたのは、2000年の11月以降だったそうで、事件起こす12月下旬までにこの辺を訪れたことのある人物だったということになります。さすがに海水浴や観光シーズンではないので、やはりスケボー絡みであったり、あとは釣りあたりの趣味がないと、なかなか遠くから人が訪れたとは考えづらいものがあります。少なくても、祖師谷公園近辺から原付きで来られるような距離でおありません。よほどの自転車かバイク乗り、車か公共機関を使って訪れたのでしょう。

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いずれにしても考えられるのは、この周辺に住んでいた人物。あるいは、スケボーなどの趣味があり、ここに訪れる機会があった人物との線は捨ててはいけないでしょう。この地域に住んでいないのにここを訪れるというのは、大会への出場者か、それを観に来た熱心なファンである可能性も充分に考えられます。

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ユニクロ製「エアテックジャンパー」 事件直前の2000年11月販売後、すぐに完売。

ジャンパーの袖口から、宮沢家にはいないA型の汗が検出されたということで、犯人の持ち物だとされています。以前にも書きましたが、同時期のユニクロのジャンパー(これとは違うことが判明)を私は今も着ているのですが、とてもかさばって重い。そのことを考えると、これを直に着て浴槽の窓から入ったというのは、ちょっと考え難い。遺留品は、犯人が日常的に使っていたものだとしても、当日は別に袋やリュックなどにでも入れて侵入したのではないかと考えられます。

ポケットからは三浦半島(横須賀市)の海岸の砂のほか、ヒメザクロ(観賞用植物)またはケヤキの花粉、ケヤキとヤナギ(シダレヤナギ以外)の枯葉、飼育用の飼料を食べていたとみられるスズメより小さい鳥の糞も検出されたと報道されている。以前も書いたのですが、黒ムツさんの例の書き込みがあったスレには、小鳥を飼っていた男の話も出てくるので、個人的にはちょっと事件との関連性が気になっている。

スニーカー(テニスシューズ) 1998年10月から2000年11月にかけて4530足製造販売

遺留品ではないが足あとから靴は、 英国ブランド「Slazenger」(スラセンジャー)で、韓国のメーカーが1998年10月から2000年11月にかけて4530足製造販売していたことがわかっている。

韓国で手に入れたかは定かではないが、スラセンジャーのシューズを買った意味はあまり無いように思う。28センチぐらいの靴になると、日本ではなかなか出回っていないそうだ。ようは、靴が欲しいなぁと思っていた時期に、おぉ~俺の履けるサイズの靴だ と、デザインやメーカーなど関係なくとりあえず購入すると知り合いが行っていた。それだけ28センチ以上の靴というのは、選ぶ余地がないものだということなのだろう。だいたい底が分厚く曲がらないテニスシューズは、身軽に動きまわろうとするには、正直適さない。むしろ、踏ん張って何かをするという、グリップ力を重視した作りになっているからだ。

(残された遺留物の数々)

遺留物の販売時期を調べてみると、ヒップバックを除くものは、事件前の11月ぐらい~事件直前までの間に買い揃えることは確かに可能だったものが多い。アオキノブオが春日部の興信所に二度目の連絡をしてきて、実際に宮沢家の家族の居場所などを探すように依頼したのは、10月24日 。特にユニクロのジャンパーは、11月に発売して、すぐに完売していたことも考えると時期も合致する。ラグランシャツは、9月~11月までに発売されていたもので、事件のために購入したかは微妙。むしろ洗濯の跡からも、以前から日常的に使われていた可能性が高い。

一つだけわかったことは、遺留物は事件のためだけに犯人が用意したものではないということ。捜査の撹乱を狙ったかは定かではないが、一定期間は犯人が生活の中で使っていたものの可能性が高い。そこから考えられるのは、やはり結果的には捜査を撹乱することに繋がったものの、けして意図的に置いて行ったのか? わざと置いて行ったと仮にしても何処まで計算して行ったのかには疑問が残る。

現場の飛び出しマンの慌てぶりが示すとおり、冷静な判断力ができる状況ではなく、その中で置いて行ってしまったと考える方が、遺留物に関しては妥当ではなかろうか。しか~し、一つだけ大いなる疑問が残るのです。実は犯人は、洋服タンスからみきおさんの服を複数引っ張りだし、逃走用のジャンパーを探していた形跡があるというのです。特に返り血を浴びたわけでもないジャンパーを、何故置いてゆく必要があったのか? 少なくてもラグランシャツの代わりに、みきおさんの魚柄で前面に「DIVE」という文字が入っており、背面にはAからZのアルファベット26文字がプリントされているトレーナーがなくなっていることがわかっています。少なくてもここから考えられることは、ジャンパーに関してだけは、わざと置いて行った可能性があるということでしょうか? 逆に犯人が間違いなく持って帰ったものは、履いてきたズボンです。それこそジャンパー以上に、返り血を浴びて交換する必要があったのに、それは持って帰りました。全く、犯人の行動が読めません。

ちなみに私が公園訪れた時間には、天気は快晴だったものの、平日の午前中ということもあり、誰もスケボーをやっている人間はいませんでした。以前私が祖師谷公園を訪れた時は、平日の昼間にも関わらず、一人スケボーをやっていた人物がおりましたが・・・。

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ユニクロの黒いジャンパーは、みきおさんのものだったと思います。袖口からA型DNAというのは犯人が逃走用のジャンパーを探した際に、まず見つけて、これにしようと着てみる、しかし、がさばるー!重てー!やめた。となって、置いて行っただけでは、そして、もっと身軽なウィンドブレイカーみたいなのを着たのではないかと推理します。

No title

杏さんによれば、みきおさんはシトロエンの車に代表するように、かなり身なりなども気にするような人で、犯人が残していたものに比べ、高価なものを身につける傾向があったそうです。

問題は、ユニクロのジャンパーの中には、小鳥の飼育用を食べた糞やヒメザクロだか室内観賞用の植物の種子だか、そういった独特のものも含まれていたりと、そういったものとも みきおさん、宮沢家自体に接点があったのかも、見極める目安になったのではないのでしょうか? 

もし尋ねて入った時に、人の家のリビングの椅子にジャンパーかけるとか、礼儀・常識がない人でしょうね。まぁ家人も、ハンガーとか用意する可能性も高そうですし。
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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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