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ベンチ と 米空軍 

このところ幾つかの疑問が解決したり、あるいは新たな疑問が出てきたので今回はその整理でもと。

(ベンチの謎)

すでにコメント欄に書いた内容ですが、地蔵の置かれていたと言われるベンチの位置についてです。それは、川沿いだったのか? 斜面側にベンチがあったのか? というのは、私には大いなる謎でした。

なぜこれが問題になるのかと言うと、もし仙川沿いにベンチがあって宮沢家の方に向けて地蔵が置かれていた場合、道を歩く歩行者に対し背を向けるという、かなり異様な形で置かれていたことになります。この場合、善意の第三者よりも事件関係者(犯人など)が、直接置いた可能性が疑われたからです。とくに捜査員やマスコミ関係者がいなくなる時間帯を見計らって置くという、相当な用意周到さが感じられたからです。その一方で斜面側に置かれていた場合には、道路の中央を向いて置かれ、その先に宮沢家があったとしても、それほど不自然な置かれ方ではありません。地蔵に供養の意味合いがあったとすれば、自然な置かれ方の可能性が高まります。



そこで 雑感さん のところにも書かれていましたが、上記の動画の 1分23秒付近に、斜面側にベンチらしきものが映っているのがわかります。恐らくこれは、ベンチなのだと私も思います。すなわちベンチは仙川側ではなく、斜面側に存在していた可能性が高いということになります。そして何故ベンチは無くされたか? その理由もこの動画を見ていてハッキリわかりました。

IMG_4877.jpg

事件当時、あるいはこの動画が撮影された事件から数年後までは、仙川沿いに植え込みがなかったのです。そのため斜面側にベンチがあっても、交通の妨げにはなり難かったことがわかります。ツツジだかサツキだかの植え込みを仙川沿いに作ってしまうと、このベンチが非常に通行の妨げになってしまいます。そこで事件に関係なく、このベンチは植え込みを作る際に無くされたのだと考えられます。

そして前回私が行った時に、この付近にあったはずのコンクリートを流し込んだような跡を探しましたが見つけられませんでした。それは、私が斜面の土の部分ばかりを探したからでした。恐らくコンクリートの跡らしきものを前々回見つけたのは、斜面ではなく道路のアスファルトの端の部分だったのではないかと思います。恐らくそこに注目して見てみれば、椅子を支えていたコンクリートの跡は今も残っているはずです。また現場にゆく機会があるときは、ここにベンチがあったのだという確信を掴んで来ようと思います。少なくても犯人自身がここに地蔵を置いて、何かのメッセージ的なものを伝えたかった愉快犯的色彩は、かなり低くいのではないかと感じました。

それでも、絶妙なタイミングと場所に地蔵が置かれたこと。そしてあの地蔵自体の出どころが全く足がつかないものであり、また市販のものにしては中心線がズレているなどプロの仕事にしては雑な代物だった点は未だに引っかかるものがあります。

(年末情報)

毎年恒例の年末の警察情報は、包丁を黒いハンカチで通すという特殊な使い方はついてでした。そしてこのやり方は、フィリピン北部の現地人の儀式や軍人・ギャングなどが使用する方法に似ているという情報が新たにもたらされていたというものでした。これまで事件とフィリピンを繋ぐ線というのは、ほとんど注目されてこなかっただけに意外でした。

この話しを訊いて、2つのことが頭をよぎります。それは、犯人がフィリピンとの関わりがあったかもしれないということよりも 儀式 という言葉に。そしてフィリピン北部には、1991年まで 米軍のクラーク空軍基地 が置かれていた場所だというこことが。

(儀式)

私はこの事件は、犯人が日本人だろうと外国人だろうと、快楽殺人 だったのだろうと位置づけております。もちろん幼い子供を手にかけることも厭わないような人間が、誰かに依頼されて起こした事件だったのかもしれません。しかしいずれにしても犯人が、人を殺すことに喜びを感じるような冷血非道な人物像だったのではないかということ。

そして快楽殺人犯がこだわるのは、一種独特の 行動様式 に現れるということ。この事件は、犯人とって儀式的な色彩が強かったのかもしれません。そして人を殺害する際には、彼らは事前に思い描いたストーリーで殺害することを重視します。ただその風習を何処かで知って、単に真似てみたかっただけなのかもしれませんが。

(米空軍基地)

現場に残されたヒップバックの中には、エドワード空軍基地周辺の砂が含まれていたとされています。なぜそもそも、エドワード空軍基地 というキーワードが出てきたのでしょうか? 普通ならば、モハーヴェ砂漠の砂だとか、カルフォルニア近郊に見られる砂に似ていると表現されるところでしょう。あえてエドワード空軍基地という具体名を出しているのには、ここと繋がる人間を警察は疑っていたからだと考えられます。もちろん軍関係者もさることながら、当時から世界最大の航空ショーが行われる場所としても知られており、それを観に行った観光客を疑っていたという話もあります。

日本における米空軍の基地は、東京の横田基地と沖縄の嘉手納基地になります。また横田基地からは、韓国・横田・アメリカ本土 を結ぶ定期便が、週1回運行されていると訊きました。犯人が、スラセンジャーの靴を手に入れたルートとも関係があるのかもしれません。そのため米軍関係者・あるいは米軍の軍属あたり、はたまたその家族などが事件と関わっている可能性があるのではないかと以前も触れました。そこで今回、フィリピン北部と事件との関わりが取り沙汰されて思い出すわけです。1991年ピナツボ火山噴火後、米軍はフィリピンから撤退します。その後何かしらの形で横田基地周辺で仕事をするようになった人物(あるいはその家族)が、事件と関係しているのではないかという疑いです。犯人は、現場でガムを噛んでいたという話もあります。日本人の若者でも、ガムを噛みながら行動をするということはよくあります。しかしこのようなこれから何か大きなことを行う時には、日本人はガムを噛んで行うというのは真剣味に欠けると考えしません。そこからは、何か風土や文化の違う人間が起こした犯罪という臭いはしてきます。いずれにしてもこの事件との接点というものを探してゆくと、やはり アメリカ空軍 との繋がりに疑いを持ちたくはなります。

ただしフィリピンに犯人がいる場合以上に、もし米軍絡み・アメリカ国籍の人間が事件に関わっていたとなると、なかなか事件の全容を解明するのはアメリカ側の全面協力がない限り難しいかもしれません。しかし犯人が米国籍の場合、DNAマッチングシステムにより、犯人に近い近親者にたどり着けるかもしれないという可能性は残されています。
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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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