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犯人は何を探していたのか?

先日の書き込みで、泰子さんとにいなちゃんが寝ていたロフトには、学習塾の名簿が発見されていたと書き込んだ。もちろんこれは、何か泰子さんが気がかりなことがあり、昔の塾生の名簿をみて思い出そうとしていたのかもしれない。そう近所で見かけた男の顔に、見覚えがあったのかもしれないということ。そのほかの可能性としては、捜査員が誤ってそこに置き忘れことも指摘されていたが、他には犯人が部屋に持ち込んだ可能性だ。しかしそれをするためには、あらかじめ犯人が塾の名簿を進入時に持ち込んでいたのではないかと書いた。いずれにしても犯人は、家の中で何を探しまわっていたのだろうか?

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そこでまず犯人が、書類を選別していたと考えられる場所を考えてみたい。上記の画像をよく見てみると、右側の一階のパソコン机の上・真ん中の2階リビングの食卓の上、そして、お風呂場の浴槽の湯船の中に書類が大量に散乱していたことがわかる。浴槽の湯船の中に関しては、そこで書類を選別していたかは微妙で、単にいらないものをそこにぶちまけた可能性もある。

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今回特に注目したいは、浴室ではなく リビング と 一階 での仕分けについてである。犯人は、一階階段下にある引き出しを取り出し、何故かそのうちの一段を持ち出し階段を上がっている。他の引き出しは、一階階段下で中身を床にぶちまけ、みきおさんの遺体を隠すように被せられたという(下の画像だと中身はぶちまけられておらず、引き出しも被せられていないが)。

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2階に持っていた引き出しは、空の状態で中2階の踊り場のところに立て掛けてあったようなのだ。しかし私が思うに、この中身を犯人はいきなり浴室に持ち込み、いらないものを浴槽にぶちこんだのではないのではないかとみている。一番上の画像にもあるように、2階のリビングの食卓の上に一度持ち込んで、そこで選別してから不要なものを浴槽に捨てたのではないかと(あくまでも私の想像だが)。

ちなみに浴槽に捨てられていたものは、泰子さんの公文塾関係のもの、みきおさんの領収書や仕事関係の書類だったとされている。少なくても犯人とっては、これらのものに興味の対象があり、2階にまで持ち込んだのだろうということ。あるいは、何かを選別していたかのように見せかけるための、単なるフェイクだったのかもしれないが。いずれにしても探していたものは、すぐに見て選別できる類のものでなくなく(暗証番号のような数字なのではなく)、しっかりと中身を吟味しないと必要なものかどうかわからないものだった可能性が高いのではないかということ。

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一番上の画像では机の上が書類で散乱しているが、上記の画像では犯人は床に書類を置いてそれを見ていた、そこにはアイスカップを2個転がっているように描かれている。アイスカップが2個というのは、犯人がそれだけ時間をかけて、ここで何かをみていた可能性が考えられるのだ。警察からこの書類の詳細は発表されていないのだが、最も犯人が興味を示していたのは泰子さんの経営する公文塾関係のものだったとされている。そしてこういった書類をじっくり読んでいたことからも、犯人は日本語を識別できる能力があったものと考えられている。この一連の行動をみている限りは、犯人は銀行の暗証番号を探していたとか、そういった感じには見えないのだが・・・。犯人は、家中の引き出しという引き出しを開けて探していたという。一体、何をそこまで血眼になって探していたのか? そして警察は、それが何だったのか把握できているのだろうか?

(何故電源は抜けたのか?)

事件発覚当時、一階にあったパソコンの電源は引き抜かれていたのだという。しかしパソコンは、31日の午前10時過ぎに一度起動したため、その後に電源が抜かれたことになる。すなわちパソコンの電源は、10時過ぎ以降に何者かによって引き抜かれたということになる。それを警察は、近年第一発見者である隣のおばあちゃんが抜いてしまったものではないかということにしている。そして犯人は、深夜に逃走したはずだと。

しかし、そもそもパソコンの電源などそう簡単に抜けるようなところにあったのか?という疑問が残る。まして宮沢家の一階には、二台のパソコンがあり、その両方の電源が抜かれていたのか? どっちのパソコンの電源なのか? かがよくわからない。そこで捜査資料として各警察署に配布されたとされるDVDに収められた パソコンの画像写真が下のものだという。

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これは、二台のうちの一階奥にあった、みきおさんが使用していたパソコンだと考えられる。壁際にあるので、どうも簡単に引っ掛けるようなところにはコードはないように見えるのだ。モニターの後ろからは、1つは階段側にもう一つ入り口側に線が伸びているようにも見える。これがパソコン関係のコードだとすれば、1つはコンセントは階段下あたりに、もう1つは玄関から入ったあたりの壁にあったのかもしれない。しかしインターネットを閲覧したのは、このパソコンではなく、入り口付近の普段子どもたちに小さい頃からパソコンに慣れ親しむために与えていた方のパソコンだったという情報もある。よりおばあちゃんが机にぶつかってマウスを落下させた可能性が高いのは、こちらの入り口側のパソコンだったと考えて良いのではないのだろうか。こちらのパソコンならば、電源も玄関から入ったあたりにあった可能性が高く、容易に引き抜けた可能性を感じるからだ。何故電源が机の下付近ではなく壁にあった可能性が高いかというと、日常的に掃除機などの電源をつなげやすくするためにも、そんな奥まったところにはなかっただろうということ。もし机の下にあったのならば、何か延長コードを延ばして利用したはずだったと想像できる。いずれにしてもおばあちゃんが抜いてしまった可能性を指摘するのであれば、それは手前のにいなちゃんパソコンの近くに、コンセントがあったのではないかということ。それでも現実的には、そんな人が引っ掛けて抜けてしまうような場所に、コードを這わせていたとは考え難いのだが・・・。

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(飛び出しマンが飛び出してきたのは?)

事件発生時間直後と思われる30日の23時35~40分頃に、事件現場の宮沢家の方向から男が飛び出してきて、母親と娘二人が乗る車の横を横切り、あわや轢きそうになったという事案が発生したのだという。しかし未だに、その時飛び出してきたのが、宮沢家裏の公園フェンス側の小道 から出てきたのか? 玄関側の道路から出てきたのかわからなかったのだという。そこで、その可能性について、今回は検証してみたい。ちなみに轢きそうになった親子は、随分あとになってから同じ車種の車を使って再現実験したり、飛び出してきた男の似顔絵を作るのに協力されたみたいなのだ。いわゆる、飛び出しマンと飛ばれる男の話である。

まず、家の裏側の小道の画像を見てみよう。そして、その反対側を反転して見てみると、このようにブロックがあり植木が植わっており、男はこのブロックの上に乗って振り返って宮沢家の方を見ていたとも伝えられている。しかし慌ててブレーキをかけて車を停めて振り返った時には、すでに男の姿はなかったのだという。

では今度は、宮沢家の玄関側の道路の方を見てみよう。そして反対側を見てみると、道路の正面ではないのだが、スケボー広場側の公園に入る小さな入口がそばにあることがわかる。轢きそうになってから車を停めるまでに、どのぐらいの時間を要したのかは不明だが、振り返った時に男の姿がなかったしたら、よりこの家の前の道路の方が瞬間的に姿を消しやすい(公園に入ることができる)状況だったのではないかとは思えてくる。

なぜこのことが重要かと言うと、もしこの飛び出しマンが犯人だった場合、犯人が逃走したのは浴室の窓だったのか?それとも玄関からだったのかは事件を考える上で大きな意味を持つからだ。物理的には、家の前の道路を出てきた可能性が高いのではないかと。また別の飛び出しマンを目撃したとされる男性は、家の前の道路を男が出てきて、公園に入っていったという証言もある。ただしこの2つの証言が同時刻のものかどうかは定かではない。この男性の目撃情報は、事件発生から程なく新聞に掲載されていてこの親子の目撃情報より先に報道されていたのだ。

またこの母娘の証言は、実に特殊な証言だったので警察は注目していたのだという。内容を引用させていただくと

「玲子さん(仮名)が自家用車を運転していたその時、右側の暗闇から突然、一人の男が飛び出してきた。男はヘッドライトをまともに浴びた・しかし、そこからの行動が極めて異様だった、と玲子さんは証言している。前出の捜査関係者によれば、玲子さんの証言は左記(ここでは下記)の内容だったという。

ぶつかった、と思いました。それくらい、男は目の前に突然飛び出してきたんです。ですから、その男にしても、暗闇から飛び出た瞬間、突然、目の前で、ヘッドライトを浴びかせられたことになるわけですから、誰だって、チラッとでもヘッドライトの方向へ視線を向けるはずではありませんか? などと思って・・・。でも、その男は、一瞬たりとも、こちらには視線も顔も向けず、それどころか表情をまったく変えずに、真っ直ぐ進行方向を向いたまま走った。急ブレーキを踏んだ私は、ぶつかったかもしれない、と思い、少し行き過ぎた状態で慌てて後ろを振り向いたのですが、男の姿はありませんでした。

さらに玲子さんは、その男の表情について、捜査員にこんな表現で証言した。「イっちゃってる男」捜査関係者が解説する。「その男は、カッと目を大きく見張らいて前を見据え、顔が怖いほどに強ばった、その尋常でない形相。醜く精神的に追い込まれたか、精神的に衝撃を受けて頭がパニック状態になった表情-。その表情のまま男は走り去っていったという内容を玲子さんは証言している」


とある。ただ1つ気になるのは、家の前の道路ならば、本当に当時街灯はなかったのか?ということ。家の裏の小道ならば暗闇から突然というのも説明がつくこともわかるが、そのへんは事件当時の街灯がどのように設置されていたかは今は知るよしもないが、警察ならば把握することもできるだろう。

(まとめると)

犯人が2階にあげた引き出しには、何か犯人の興味が引くものが入っていた。またその中身をいきなり浴室に持ち込んだのではなく、2階リビングの食卓の上で選別してから浴槽に捨てたのではないのか?

また一階パソコンの上もしくは前の床に書類が散乱しており、そこでも犯人は書類を読んでいたフシがある。そこに転がっていた書類の内容は明らかになっていないが、犯人の興味を強く引くものだったのではないのだろうか?

またおばあちゃんか犯人が抜いた(抜けた)というパソコンの電源は、玄関側にある にいなちゃんパソコンの可能性が高いのでは?その電源は、玄関から入って正面からパソコン机の間ぐらいにあったのではないのだろうか?それでも、引っ掛けて抜けるような場所にあったのだろうか?という疑問は残る。

飛び出しマンは、現場的には家の裏側の小道よりも、家の前の道路側の方が公園には姿をすぐに消しやすかったのではないかということ。この男は、実に不可解な行動の上に異様な表情だったのだという。そして私は、飛び出しマンの詳細の似顔絵は、この似顔絵の左下の男なのではないかと以前書いた。それは何故か似顔絵なのに横から見た表情であり、それは目撃者が瞬間的にしか男の顔を目撃していないからで、例の飛び出しマンの似顔絵と同じような角度から描かれているからである。

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そして別件にはなるが、この似顔絵の左上の男は 事件前に経堂のスーパーでぶつぶつ言いながら包丁を売り場にいた男。右上の男は、事件前日に成城橋付近で目撃され、現場に残されたものとそっくりな格好していた男を目撃者の証言を元に作成したものではないかと私はみている。

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壊される前に

世田谷一家の現場が取り壊されるかもしれないというニュースを訊いて、久々に現場に行ってきました。小田急成城学園前駅から、今回はバスで駒大グランド前で下車。そこから、仙川を渡って初めて神明神社・そして現場を見下ろせる住宅の辺りを歩いてみました。なるほどここからみると、ぽっぽ公園はすぐ目の前に広がり現場が見えてきます。仮に犯人が、事前に入念に現場付近を見て回っていたら、ここからも見下ろしていた可能性があります。特に地蔵を置こうと思ったら、ここからだと警察の動きや真下の仙川沿いに人がいるのかもよく見渡せるので。

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この住宅をしばらくゆくと、例の地蔵が置かれていた仙川沿いの道へと合流します。いわゆる、宮沢さん(正確に言えば入江さん)の裏の仙川沿いの道と川を挟んで対岸側の道になります。ここに来たのは、改めて地蔵がこの道の仙川沿いに置かれていたのか? 斜面側に置かれていたのかを確認するためです。ちなみに地蔵が置かれていたのは、宮沢家から南東に30メートルほど行ったところにあったベンチのところだと言われています。

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有力な候補は、二箇所。ここからだと、まだ現場まで50メートルぐらいありそうで、壁側は上の写真のように壁になっていています。ここだった場合は、ベンチがあったのは間違いなく仙川沿いだったと考えられます。

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しかしそこからさらに20メートルぐらい北上すると、また植え込みがなくなりベンチが置けそうなスペースが出てきます。恐らく宮沢家から南東に30メートルとは、ここではないかと思われます。

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警察が、地蔵の実物を持ってきてマスコミに説明した場所とは、まさにここだったのではないのでしょうか。ちなみに道路の反対側は、このようになっていてベンチが置けないこともない場所なのです。1つここで抑えておきたいポイントは、地蔵の存在を警察が明らかにしたのは置かれてから3年ほどの月日が経ってから。少なくてもその頃には、仙川沿いの風景は今とほとんど変わっていない状況だったということです。

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こちら側にベンチがあった場合、かなり斜面側にベンチがないと道路の中にある感じになり通行の妨げになります。ですが前回見た時に、実はこの斜面のところにコンクリートの固まりみたいな跡を見つけて、本当はこの斜面側にベンチがあって、地蔵が置かれたあと撤去したのではないかという可能性は感じていました。ただし今の斜面の状況を見てしまうと、この中にベンチがあったのかよ?という疑問を持ちたくはなります(今と違うのではないかと)。逆に仙川沿いだった場合、地蔵が置かれていたベンチ以外にも、川沿いの何処かにベンチがあっても良さそうなものですが、今は1つも残されていないのは不自然です。ハッキリした確信は持てないのですが、ベンチがあったのは実は仙川沿いなどではなく、斜面側だったのではないかという気が今回みて思いました。そう考えると地蔵は、道路の中側を向いて置かれた形になり、その先に宮沢家があるような格好だったということで不自然さはありません。もし仙川沿いにあった場合は、通行人を無視するかのように道路に背を向けて宮沢家だけを見ていた形になり、とても供養とは似つかわしくない置き方ではないかと以前に書きました。しかし今回みて思ったのは、ベンチがあったのは斜面側であり違和感のある置かれ方ではなかったのではないかと思いました。もし地蔵が置かれていた状況に、何か情報をお持ちの方はお教え頂ければ幸いです。

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さらに20メートルゆくと、もう宮沢家(入江家)の建物の正面付近になるので、ここだった可能性は低いのではないかと考えます。今回あらためて宮沢家をみながら歩いていて思ったのは、周辺を歩みても宮沢家は良く見えなかったのではないかということ。というのは仙川沿いから歩いても、宮沢家は入江家の建物が前にあって良く見えません。また宮沢家のすぐ裏の仙川沿いの道を歩くと、道より土地の方が高く家の全体像が見にくい。もし宮沢家を見ようと思うと、南側の空き地から近づくかという方法になります。しかしこれもまた、事件当時は前に家があったので、ほとんど無理だったことがわかります。すなわち宮沢家の様子を伺おうとするのには、直に宮沢家の前の道路まで入って近くまで寄ってみるか(実際に怪しい男の目撃情報が当日にはある)、裏のぽっぽ公園側から見るのが一番把握しやすい方法だと強く実感するわけです。

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宮沢家裏のぽっぽ公園にゆくと、階段を何段か上がった小高い丘みたいになっています。そこからだと、正面に犯人が侵入したと言われる浴室の窓とほぼ同じ目線で見ることができます。もし犯人があの窓から侵入したとしたら、事前にこの場所から宮沢家をずっと見ていただろうと想像できます。この宮沢さん一家が家族写真を撮ったのは、この小高いところに昇る階段のところだったのではないかと。ストリートビューでみると、こんな感じになります。

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過去何度か触れましたが、公園を進むと仙川側に一個のベンチがあります。事件当時もここにベンチがあった場合、もし共犯者がいたのなら、このベンチに座って様子を見ていたのではないかと考えられます。ここからだと、公園の入り口付近の出入りや、宮沢家の裏側の全容、入江家の人間が異変に気づいた場合も手にとるようにわかりやすかったのではないのでしょうか。

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あと久々に現場に行って思うのは、やはり現場の老朽化が前回来た時よりかなり進んでいるとことを強く実感します。今回驚いたのは、裏の3つの窓の真ん中の窓が壊れていてダンボールだかベニア板みたいなものに差し替わっていたことです。下の写真だと、一番手前が、犯人が侵入したと言われる浴室の窓。壊れている真ん中の窓が、中2階の踊り場の窓。一番左側が、トイレの窓だと考えられます。前回来た時にはすでにブルーシートで覆われていたので、外からの衝撃で窓が壊れたとは考え難いです。ハメてあった窓が落下でもしたのか? あるいは、誰かが意図的にでも割ったのか? 無理やり何かやらなければ壊れそうにもないのですが・・・。いずれにしても公園フェンスの下から、この窓を改めてみると、やっぱり相当狭いなという感じはしました。まさかここから誰かが侵入して来ようとは、宮沢さんも想像していなかったのでしょう。犯人は運動神経に自信があるというよりも、かなり細身の体格だったと自覚していた人間だったのではないのでしょうか。

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あと事件当日の事件発生時間のあたりに、この公園の道路を挟んで迎えにあるスケボー広場のあたりに若者たちがたむろっていたのではないかという場所に行ってみました。番組の再現映像を見る限り、目撃したアルバイト帰りの女子学生は、恐らくこのバス通り沿いの管理事務所の近くで迎えの車を待っていたものと考えられます。実際振り返るとこんな感じで、若者達がこのへんでたむろっていたのが見えたのだと思います。写真だと凄く遠くに感じるのですが、実際騒いでいれば気がつく、あるいは見える距離だったことを強く実感します。

(改めて駅まで歩いてみる)

一番近い最寄りの駅である 京王線の千歳烏山駅まで歩くのにわかりやすいのは、榎の交差点から北へ進む道です。少し遠回りなのですが、違う道を使うと土地勘がない限り駅にはなかなか上手くつけません。まして夜となるとなおさらで、あとは仙川沿いを北上して、仙川の駅を目指すことができます。単純に仙川に行くには、公園を出て西側のバス通りをしばらく進んでから真っ直ぐ北上するのがわかりやすそう。しかしそれをやると、交番の前を通ったりコンビニがあるので防犯カメラに残ったのではないかと考えられます。一番わかりやすいのは、南側に仙川をひたすらゆくと、小田急の成城学園前に着きます。いずれにしてもちょっと土地勘がないと、なかなかわかり難い場所で、ここで事件を起こすのは明確な理由があったとしか思えません。犯人は少なくても、自転車なりバイクなり乗り物を使ってここまで来たのではないのでしょうか? Nシステムなどに怪しい車、周辺の防犯カメラなどに怪しい人物が見つからなかったとしたならば、かなり犯人は土地勘があり入り組んだ道を使って逃走をしたことが考えられます。

(駒大グランドの壁の落書き)

話はまた変わりますが、先日この事件の匿名掲示板を見ていたら、ゾッとするような書き込みがありました。それは、ぽっぽ公園のバス通りを挟んだ迎えに、駒沢大学野球部の壁があります。そこに、殺人上等 みたいな文字が、ちょうど宮沢家の浴室の窓から見える位置に書かれていたというのです。今ではそれを確認できる術はないのですが、確かにこのフェンスにはスプレーで書かれたような跡があったことはストリートビューをみてもわかります。同じように事件前には、裏のぽっぽ公園にも赤いスプレーなどで書かれたものがあったと近所の方の証言にもあります。

しかし現場に行ってみて思ったのは、その壁のあたりから宮沢家の窓を見ても、木々があって浴室の窓からそのような書き込みが確認できたかには疑問が残ります。まるで宮沢家の浴室の窓から、その文字を見たことのあるようなリアルな書き方をされていてゾッとしたのですが、たとえ正面にそういった書き込みがあったとしても、宮沢家の窓からは見えなかったのではないのでしょうか。

ただこの書き込みが私をゾッとさせたのは、事件前に被害者である礼君の通っていた幼稚園にも、赤いスプレーでその手の書き込み(内容は不明)が書かれたことがあったそうで、事件との関連性が疑われる事案があったからです。また事件前の夏頃には、暴走族にみきおさんが囲まれたことがあったとの証言も残っています。ちなみに今年、駒大野球部のグランドは新装され、今はその壁も残っていませんでした。またストリートビューで過去の画像を確認してみたものの、壁のスプレー書きはすでに消されていました(上塗りされたような跡は見られます)。

(公文塾の名簿の話)

ちょうど事件の掲示板を読んでいたら出てきたので触れておきますが、「文藝春秋」の2019年1月号に世田谷一家殺害事件「18年目の新事実」(麻生幾著)で、12ページに渡ってこれまで私も知らなかった新事実が多数掲載されました。すでにこのブログでも、そのほとんどの内容を紹介させて頂きました。その中のひとつに、妻と娘が襲われたロフトに妻が経営する学習塾の名簿あったことが書かれています。そのため特捜本部は不自然だったので、犯人は、妻に「鑑」(面識)のある人物、という見立てがなされたという。学習塾の生徒の関係で、何らかの恨みがあり、妻に何かを問いただすために、その名簿を突きつけたのではないかと。

しかしその後の捜査で、学習塾関係者はすべて潰し、そこからの「鑑」は消えた、と捜査幹部は語り、さらにこう続けた。「初期段階で現場に入った捜査幹部の誰かが、風呂場に投げ入れられていた名簿の一部を手にしたが、急に他のことが気にかかり、そのまま現場を見て回り、途中でロフトを覗いた時、うっかり置き忘れてしまった - 確かな根拠があるわけではない。しかし今もそう確信している」と話していたと筆者は綴っている。

ただしこの話、冷静に考えると簡単に犯人が置いたものかどうかわかるのではないのでしょうか。もし鑑識が入る前に入った捜査関係者が誤って浴槽にあった名簿を置き忘れたのであれば、それから程なくきたであろう鑑識は、ロフトに濡れた名簿があったことを調べて残していたはずなのだと。もちろん写真にも残しているだろうし、どういった状況で残されていたのかは非常に重要な遺留品だったはずなので詳細に記録していたはずなのだ。

逆に濡れたような名簿で無ければ、やはり犯人が持ち込んだものの可能性は高かったのではないのか? ましてその名簿には、犯人の指紋がついていたのか? あるいは家族の指紋しかなかったのか? さらに別の第三者(捜査員)の指紋などがでれば、それが誰のものだったか調べたのではないのだろうか。もちろん捜査員は、手袋などをしていた可能性が高く、検出はされなかったかもしれない。しかしそれが誰によってロフトにもたらされたものかは、鑑識の調べや当時の写真などで大方掴めたのではないのか? 今だって警視庁の捜査資料を探れば、それを見直すことも可能なのではないかと思うのだ。水に浸かっていた資料が、そう簡単に乾くはずもないからである。

また犯人がロフトに持ち込んだ場合、あらかじめ家に侵入する前に用意したものではないかということ。家の中のものを探し出すのは、家族全員を殺害してからだったろうから。その前に家にあった名簿を探し出し、ロフトにいる泰子さんに問いただしたとは考え難いものがあるからだ。もしこの塾の名簿が、犯人によって置かれたものであったのならば、A級の遺留品であることは間違いないだろう。仮にそうならば、犯人と公文塾との繋がりは何かしらの形であったということではないのだろうか?

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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