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捜査に漏れはなかったのか?

(Nシステムでの追跡)

もし世田谷の犯人が、車やバイクを使っていた場合、Nシステム(自動車ナンバー自動読取装置)に、その痕跡が残ったのではないかという意見がある。すでに1995年に起こった国松長官狙撃事件でも、オウム真理教幹部の動きを逐一警察側は把握していたことが、のちにわかった。この当時から、高速道路などの主要道路ではNシステムが犯罪捜査に実用化されていたことが、白日のもとに晒されることになる。当然世田谷の事件は、それから5年以上後に起きたわけで、こういったNシステムや速度違反を取り締まるオービスなどがすでに一般道にも設置されはじめた時代である。そのオービスやNシステムなどが、何処に配備されていたのかは、全国簡易型Nシステムマップ というサイトで2003年度までのものが現在でも確認できる。恐らく事件当時の2000年頃と、現場近くの状況はこの2003年のマップとそれほど変わっていなかったのではないのだろうか(防犯カメラの設置は、世田谷の事件後飛躍的に増えたという)。

警視庁の捜査関係者が、近所に住む若者 と犯人像を絞っていた背景には、このシステムを分析してもそれらしい車を探し出すことができなかったことを意味するのではないのだろうか。あるいは当時のNシステムでは、バイクのナンバーまでは読み取れなかった可能性もあり、だからこそ警察は今でも躍起になってバイク乗りの指紋を集めているのかもしれない。それ以外の可能性として警察では、Nシステムに映らないで逃走できる近隣の人間が車を使ったか、近所に住む人間が徒歩や自転車などを使用した可能性を重要視して捜査していたことが伺われる。少なくても捜査線上に浮上するような怪しい車は、存在しなかった可能性が高い。ちなみに 飛び出しマン をひきそうになった姉妹の車なども、証言に基づいて何時頃~を通過したということを調べ、証言の信憑性や正確な時間の裏付けを警察はとっていたはずなのだ。だからこそこの証言を、警察は重視したということになる。また、事件当時3人組を現場近くで乗せたというタクシー運転手の証言を重視しなかったのは、こういった確認作業のなか信憑性には乏しいと判断されたのかもしれない。

(監視カメラでの追跡)

2000年当時でも監視カメラが存在していた場所として考えられるのは、ATMや駅などの公共施設だろう。そこで警察は、恐らく犯人は鉄道などの公共機関を使用した可能性が低いと判断したのではないのだろうか。当時はいまほど当たり前のようには防犯カメラは設置されていなかったが、要所・要所・部分・部分には存在していたはずで、確認可能な防犯カメラを調べてみてもそれらしい人物が見つけられなかった。すなわちカメラに映らないでも移動できた人物、それが近所に住むものが犯人という考えに繋がった大きな要因になったのではないかと。しかし2006年頃には、京王線沿線に住む若者という、かなり具体的に犯人像を絞っていたことからも、何かしらそれらしい若者が駅の監視カメラに映っていた可能性も否定できない。また監視カメラの主な設置場所としてあげられるのが、宗教団体の近くや米軍基地の入り口付近。よくこの事件の犯人が、宗教団体が関わっていたのではないのか、軍関係者なのではないかとも言われるが、もしそういった人物が犯人だった場合、警察はそれを把握していた可能性が高いということになる。しかし捜査方針がコロコロ変わっていったことを考えると、犯人像を絞り込めないでいる捜査陣の苦悩が伺われる。

(指紋採取)

事件現場の周辺では、近所の人間の指紋やDNAの採取への協力が何度も促されたという。しかしそれが10代の若者なども含まれていたため、親などから猛反発を食らったという話が残っている。それでも現場にはハッキリした指紋を検出していたので、警察はあくまでも指紋にこだわったときく。まだ当時はETC(電子料金収受システム)などもなかった時代なので、高速道路の通行券まで調べられたり、電車なども切符の利用が一般的だったため、それらに付着した指紋まで徹底的に照合したのだという。それだけに限らず、過去の交通違反でとった指紋や、道行くバイク乗りなどを引き込み指紋提出に協力を仰いだりもし続けた。さらに近所の指紋採取が困難だったことを示す話として、平成18年5月には、近隣住民の指紋35通分の指紋を採取したように見せかけ、捜査員の家族などを使って偽装する不祥事まで起きたほどだった。しかしそういった近所の指紋に関しては、時間はかかったであろうが何かしらの方法で未確認の人物のものも手に入れていったのではないかと私は考えている。恐らく現在に至っては、近所の住民の指紋も、ほぼ潰せているのではないかとみている。それでも、犯人と合致する指紋は見つからなかった。すなわち犯人は、近所には住んでいない人物か、すでにそこにはいないことを意味しているのかもしれない。

(盲点は必ずある)

捜査の話を調べてゆくと、我々が思いつくようなことはことごとくすでに潰されていることがわかってくる。そこには表沙汰にはされてはいないが、近所にあった留学生会館の留学生達や薬物乱用者など過去の犯罪者達も虱潰しに潰していったという。そんな中で、気になる記述を見つけたのでご紹介してみたい。それは、精神障害者に対する捜査の部分。東京都内・埼玉・千葉・神奈川などの近隣県の精神科・神経科・精神・神経内科などの病院・施設に関しても、極秘で捜査を進めていったのだという。しかし患者の人権などにも配慮して、協力的ではなかった施設は当然のように存在したのだという。捜査本部が調べ上げられたのは、全体の7割ほどだったのだというのだ。そういったやむをえない理由でどうしても潰せないでいる施設・人物というのは、少なからず存在するということ。それは、必ずしも精神障害者に限った話ではない。

(すでに犯人は)

捜査が及ぶ前に海外に逃亡してしまったか? 未だに国内にいても捜査が及ばないところにいるのか? あるいは、本当に何気ない顔をして今も社会生活を送っているのか? すでにもうこの世にはいないのか? いずれにしても、捜査の網にはかからないまま19年の月日が経とうとしているという重い事実だけは変わらない。

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インターネットでわかったこと

事件の被害者である旦那さんこと・宮沢みきおさんが、生前共同著作した「インターネットでわかったこと・できたこと」。この本には、みきおさんが使用していたと思われる メールアドレスが掲載されている。そのアドレスは、16665275@people.or.jp 。さすがに事件から早19年近く経ってしまい、このアドレスとの繋がりを探すのは難しいとは思ったが、今回はこのメールアドレスに関連したことを調べてみた。

そこで @people.or.jp とはなにか調べてみると、次のようなページにたどりつく。「株式会社フジテレビフューチャネット(FFNet)が運営するISP「People」は12日、2月20日より名称を「FFNetインターネットサービス」へ変更すると発表した。」と出てくる。peopleとは、老舗のプロバイダサービスの会社で、おそらくそのプロバイダから割り振られたメールアドレスを利用していたことが伺われる。その歴史は、「1995年9月にはインターネット接続サービスを開始。1997年9月のフジテレビジョンと株式会社フジミックの資本参加ののち、2000年7月にフジテレビジョンが経営権を取得した。」とここで記載されている。ちなみに People は、パソコン通信を運営しており、2001年にサービス終了している。「インターネットでわかったこと・できたこと」では、みきおさんの他にも、この People のメールアドレスの方が複数おり、おそらく みきおさんと共に、People を通してパソコン通信時代から繋がりのあるメンバーだったのではないかと推測される。

そこで、この宮沢さんのアドレスで検索して調べてみると、東京世田谷の民家で一家四人変死 Part7の2ちゃんねるスレに、突然次のような書き込みが出てくる。

442 :名無しさん23:2001/01/07(日) 18:43
とりあえず天国の宮澤さんに追悼メールを送りましょう
http://www.tama.or.jp/~earthian/netbook/
16665275@people.or.jp

http://www.jaa.gr.jp/j/member.html


まだ事件から一週間ぐらいしか経っていなかった頃で、みきおさんがどんな人かの情報は不足していた時期。そして、何の前触れもなく突然このような書き込みが出てくるのだ。

おそらくこれを書き込んだ人物は、何かしらの形で みきおさんとの接点があった人物ではないかと思うのだ。あの事件に遭われた被害者は、確かあの人だったよなとピンと来るような知り合い・もしくは 犯人による書き込みではないかと。

そこで文中にある http://www.tama.or.jp/~earthian/netbook/  とは何なのか調べてみた。www.tama.or.jpとは、多摩地区で展開していたプロバイダ だとわかる。今度は、earthian とは、何か調べてみる。そうするとこれは、アーシアン という 高河ゆん という漫画家のファンタジー漫画のことではないかと。 ただこの時代における netbook がどういうものだったのかは私にはよくわからない。

勝手な推測だが、アーシアン について、話合う掲示板などの何かしらのコミュニティの場を指しているのかもしれない。そこに、みきおさんのメールアドレスも掲載され、参加されていたとも考えられる。ただしこの場合、16665275@people.or.jp が、みきおさんのメールアドレスであるということを知っている人間でなければ、この書き込みは第三者がちょっと探しただけではわからなかったのだと思うのだ。

また http://www.jaa.gr.jp/j/member.html とは何か調べてみると、日本アニメーション協会(JAA)のことであり、そこに名前が記載されていた会員だったことが記されていたのではないかと推測する(現在は繋がらない)。そこでさらに調べると、事件から年明けすぐの1月1日の記事に、みきおさんが、この日本アニメーション協会の会員名簿に名を連ねていたことが記事になっている。もしかすると、ここから みきおさんとアニメとの接点を見つけたのかもしれないが、16665275@people.or.jp が、ここの名前のところにも記されていたのだろうか? ちなみに記事には、元上司は「まじめだがユニークな発想をする人物で目を掛けていた。博学で食べ物にこだわるタイプだった。会社の香港旅行の時、奥さんを連れてきたが仲が良さそうだった。子供もすごくかわいがっていた」と話した。 と記されている。

(共同著者)

「インターネットでわかったこと・できたこと」の執筆には、みきおさんに独自ドメインやHP開設の方法を指南した 長尾 正氏らが中心になって、PEOPLEでの仲間に呼びかけ応じた数人が執筆に参加したのではないのだろうか。ちなみにこの本は30人ほどそれぞれの視点でインターネットの活用法や関わり方について執筆されている。当時30代だった長尾氏の他にも、40代銀行勤務(ジャカルタ赴任中)の男性・18歳・工業高校情報科学科の学生(男)・42歳・医療情報システムのマーケティングに携わる男性など、みきおさんを含む5人が、People のアドレスを持っている人間が執筆している。

そして興味深いのは、みきおさんの後に書かれている 目黒 弘行 という方が上記のアドレスの tama.or.jp のプロバイダを立ち上げた方で、自らプロバイダを立ち上げた話を書かれている。この方も何かしら みきおさんと接点があり、その縁でこのプロバイダの アーシアン のページを知るきっかけになったのかもしれない。

そしてこの本の最後に記された方のメールに earthian@jca.or.jp  というアドレスが出てくる。例 の アーシアン と同じアドレスになっていてびっくりした。 と、このアドレスを元にクリックすると、次のような団体のページに飛ぶことがわった。実はみきおさんは、1993年に設立された、この団体の趣旨に賛同されて参加されていたのではないかということ。アーシアン とは、アニメではなく、この団体の名前から来ているのではないか。それならば、今はない tama.or.jp のアドレス上に団体のページがあったであろう ~earthian/netbook/  との接点が繋がってくるのではないのだろうか。

(16665275@people.or.jp と あるキーワード)

16665275@people.or.jp と共に、あるキーワードを入れて検索すると、何故かバイクに乗った男の画像が検索に引っかかる。一体なぜそうなるのかは全くわからないが、その画像をクリックして元になるページにゆくと、また複数の関連写真が出てくる。そこで元になった画像を探そうとするも一致するものが見つけられなかったが、一人気になる人物が。バイクとアニメ好き の人間が同じコミュニティ内にいた。一体なぜ、世田谷一家の事件との繋がりが全くなさそうなところから繋がったのかよくわからない。そしてその男と宮沢さんとの接点は何かあるのかどうかもわからないが、ちょっと気になったので記しておく。今回調べてわかったことは、ここまでだった。

みきおさんの副業を考える

世田谷一家殺害事件で被害者となられた旦那さんこと・宮沢みきおさん。彼は、生前外資系・コンサルタントで働いていた。しかしそれとは別に、なにか副業をしていたと言われている。そのため生前みきおさんは、北朝鮮の資金調達に関わっていたとか、スパイだったのではないのか? あるいは、外国人労働者を日本に斡旋するような仕事をしていたのではないかとか。何か、お金に関わるような仕事をしていたのではないかなど、それらのことが原因で事件に巻き込まれたのではないかとの噂がまことしやかに囁かれた。

そんななか私は、彼が生前に共同で執筆した「インターネットでわかったこと・できたこと」という本を入手して読んでみることにした。そこには landor associates という外資系会社でブランディングコンサルタントという仕事に就いていると自らを紹介している。そしてその続きに、ほかに、個人的にもしていることがあります。 とハッキリ記されているのだ。この本が出版されたのは1996年、事件の4年前の時点にである。それも生前、「今ヤバい仕事をしている」と周りに漏らしたことがあったとされており、副業によるトラブルが事件に関わっていたのではないかと疑われる大きな要因となっている。

またインターネットを使う動機として、仕事でも使うが、個人的にもその可能性について興味を持った と書かれている。文中には、メーリングリストによって一度に多くの人に情報を発信できる利便性やその可能性について書かれていた。また一つ前の章には、みきおさんにインターネットの基本的なやり方を教えた 長尾正氏の文章も読むことができる。

長尾氏のところを読むと、独自ドメインの取得やHP開設の話が主に書かれている。みきおさんが生前作成したと言われる、祖師谷パークスタジオのHPの作成にも、長尾氏のアドバイスなりがあったのではないのだろうか? そしておそらく宮沢さんのメーリングリストやホームページ・パソコン通信時代からの仲間との間にトラブルがあったかなど、長尾氏は捜査当局からいろいろ訊かれたのではないかと想像する。

(祖師谷パークスタジオって何?)

先日紹介した 「世田谷一家殺人事件の真実」(山本泰生著) の中では、祖師谷パークスタジオ とは、奥さんの泰子さんの公文塾の名前だと出てくる。しかしこれに関しては、誤った認識ではないかとみている。普通パークスタジオとは、写真や映像などを扱うものにつける名称だからである。宮沢さんの趣味が写真だったため、生前多くの家族写真が飾られていたという。さらにアニメーションや川本喜八郎氏に師事して人形劇などの制作に参加していたなど、その関係のものではないのだろうか。また1984年には、友人と共に映像プロダクションを設立。その仕事とも、関係しているかもと考える方が自然ではないのか。まして公文式の塾において、勝手に別の名称をつけるのは不自然だし、本部がそれを許可するのかも疑問だろう。

そしてその 祖師谷パークスタジオ の表札は、今も自宅の正面の壁に埋め込まれているし、事件当時は ネット上の地図でも宮沢さんの家は 祖師谷パークスタジオ という形で表示されていたのだという。これが、この宮沢さんのいう副業の名称なのではないのだろうか。

(北のスパイ?)

少なくても1996年当時から、この副業をやっていた可能性があること。そしてもし当時から宮沢さんが生前漏らしていたという「ヤバい仕事」に関わっていたのならば、その存在をおおっぴらになどしないと思うのだ。少なくても副業をやってゆく中で、当初の目的とは別の形で、そのようなヤバいものと関わるようになったと考える方が自然ではないのだろうか。

また私の知り合いが、もしみきおさんが北との関わりがあるのならば、朝鮮語を話せるとか知識が外にも何かしら発信されていたのではないかというのだ。確かにみきおさんからは、英語は堪能だっただろうことは伺えても、ハングルや朝鮮語との関わりを感じられるものは一切見当たらないのだ。そんな人間が、北朝鮮のスパイなどやるのだろうか?という疑問は確かに出てくる。

(祖師谷パークスタジオのホームページ)

みきおさんは、亡くなる前から、独自ドメイン www.mikio.com を取得していた。そして 自らのホームページを作成し、(それが祖師谷パークスタジオのHPとも言われている)そのトップページが事件後もGoogleのキャッシュにしばらく残っていたという。しかしそこから先に進もうすると、ある国会議員のHPに飛ぶという怪現象が起きていたというのだ。

その話は以前から耳にしていたのだが、その議員が誰なのかわからなかった。そこで調べてみると、新党さきがけの座長や千葉県知事などを務めた経歴のある 堂本 ◯子 議員だということがわかった。

一体、堂本議員と宮沢さんとのつながりは何だったのか? そして事件後みきおさんのトップページ以降のデータが削除されていたらしいとのこと。何かしらのつてで みきおさんが堂本議員のHP制作でも行い、みきおさんの独自ドメイン上に堂本議員のHPを掲載していたのだろうか? その理由は未だによくわからない。 

(ちなみに 「インターネットでわかったこと・できたこと」の宮沢氏の記述の最後に)

<file number> 一覧

番号 標題 内容

20 NewSRelease-1 1995.6.26付 の記者配付資料のアップデート版

11 T.I.EPEG   TI シンボルの JPEG/PhotoShop doc.

12 'Concours'Guide  「私だけの富士山」 コンクール募集要項

13 LandorAssociates TI と PR の担当コンサルタント会社のご紹介

*分譲募集等についての情報は、発表され次第追加します。 1995.7.26

で下には仕事に携わった 吉川きよみ野 という地域のまちづくりのポスターが掲載されている。おそらくこれは、文脈上仕事におけるメールの活用法を具体的に示したとものだと思うのだけれども、赤字の部分は本に掲載する必要があったのだろうか?今まで みきおさんが関わった仕事を、mail上で自己紹介もかねて掲載していたということでしょうか? 私には、いろいろわからないことが多いですね、この話には。

(堂本氏と宮沢家との接点を考える)

堂本氏が障害者に関して、理解がある人物だったこと。あるいは、事件当時 みきおさんが学生運動と関わっていたのではないかと疑われたとの話があるが、それが堂本氏と絡んでくる可能性が彼女の政策から伺うことができなくはない。ただし みきおさん が、あまり学生運動にのめり込んでいたという実態はなかったという話になっている。公安もこの事件を調べていたのは、むしろ北朝鮮関係よりも、学生運動との関わりを疑っていたのかもしれない。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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