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今だからあえて韓国人犯人説

いまの日韓関係は、戦後最悪とまで言われる状況に陥っている。私自身もいろいろと含むところはあるが、ここは一歩引いて冷静に考えてみたい。特にこの 世田谷一家殺害事件 が語られる時には、あたかも韓国籍の人間が犯人に決まっていると思い込み激しい意見が多く、この事件を考えるときに冷静な判断力を曇らせてしまうのではないかと危惧する。

私は過去、何年間にも渡りこの事件の様々な可能性について検証してきた。しかし今言えることは、犯人が韓国人であると断定できる証拠はなく、また韓国人が犯人でもないとも断言できるだけの材料もないということである。またそれを裏返せば、犯人が日本人であると決めつけられるわけでもなければ、日本人じゃないと決定づけるだけのものも揃っていないことを意味する。そう、この事件の犯人ついては、何もわかっていないと言っても過言ではないのだ。

さてこれまでも韓国警察当局と警視庁とのやりとりは、部分的には訊いておりました。しかしまとまった文章としてこれを目にする機会は少なかったのですが、参考になる文献があったのでご紹介したいと思います。それは事件から7年後に書かれた「世田谷一家殺人事件の真実」(山本泰生著)に記されております。いまこの本を読み直すと、やや事実関係が違うのではないかと思える部分もあるのですが、比較的真剣に事件と向き合って書かれていると信じ参考にさせて頂きます。

まず事件が起こった2000年前後の日韓の関係は、今と違い良好だったということを頭の片隅に入れておいて頂きたい。当時は、日韓サッカーワールドカップの共同開催を控えていたり、その後の韓流ブームが起こる以前でした。その当時の2ちゃんねるの書き込みをみると、この事件を外国人の犯行だと疑うものはいても、圧倒的に韓国人よりも中国人を疑う風潮にありました。現にこの当時は、中国人絡みの犯罪が日本中で多く起きていたことからも、その手の事件だと捉えた人がいたのは当然だったのかもしれません。

そんななか事件から40日後の2001年2月8日には、警視庁は捜査員を韓国に派遣します。その最大の理由は、犯人の足跡が日本では販売されていなかった28センチサイズのスラセンジャー(英国社製)だったと明らかになったからです。このシューズは、韓国のメーカーがライセンス契約を結び、韓国国内のみで販売されていたものだとわかりました。

またこの当時は両国の関係は良好だったため、互いに捜査協力を得られる状況にあったということ。そんな韓国では17歳以上の国民が住民登録する際に、左右10本の指による指紋押捺を義務づけているとされている(一部反対活動家を除き)。それを韓国警察庁の「指紋自動識別システム」で一元管理しているのだという。その数は、人口4500万人中、3643万人にも及ぶというのだ。

韓国当局は、当初は前例のない日本からの照合要請を拒否したとされているが、その背景には教科書問題などで日韓の関係に微妙な暗雲が立ち込め始めていたからだという話もある。しかし日本側は、外交ルートを通じて交渉を重ね、2週間後応諾に成功したのだという。その結果韓国側からの返答は「ヒットせず・該当者なし」との回答だったのだという。また事件当時犯人が15歳・16歳だったことを想定し、その1年後・2年後・3年後と照合を17歳を迎えるたびに行ったが、やはりヒットするものはいなかったとされている。

もちろん韓国側の返答が確かなものだったのか? という疑いは残るが、当時の日韓関係を考えると信頼できないとは言い切れないだろう。その後も以前ご紹介した記事には、当時日本にいて韓国に戻っていた関係者などに渡航費を出してでも日本に来てもらって話を聴くなど、警視庁は韓国人への捜査を続けてきたことが明らかになっている。斎藤虎氏や一橋文哉氏が書物で韓国人犯人説を記すずっと以前から、警視庁はその線も踏まえて捜査を続けてきていたのだ。しかし未だ、犯人に結びつく有力な情報を得るまでには至っていない。韓流ブームが大きく下落するのは2012年頃で、多少の紆余曲折はあったとしても、日本と韓国の関係が比較的良好だった期間は事件後10年以上にも及んだ。その間に犯人に関する有力情報が得れなかったことは、韓国側が非協力的だった可能性よりも、犯人に結びつく情報が本当になく、容疑が疑われたものもシロだと判明してきたからではないのだろうか。

(しかし気になる話が)

今回この本を読んではじめて知った話に、警視庁は2001年12月に、「6人の在日韓国人青年」の指紋照合を要請したという動きがあったことなのだ。それも日本側の書類には、氏名と生年月日だけが記載されており、住所や職業欄が空白のままだったという。いずれも東京都内に住んでいたらしいが、所在不明かアリバイのはっきりしない在日系の若者がいたのだという。

この中の一人の捜査において、大阪生野区のある在日韓国人宅を密かに訪ねていたのだという。事件後、新宿区内から行方不明になった20代後半の男性を追ってその実家を訪ねたのだが、所在がまだ掴めていない。そういった人物を含む6名だったらしいのだ。ところがこれらの6人も、いずれもシロだということがわかったのだという。こうやって容疑の疑いがあった韓国人はいなくなり、警視庁における韓国人犯人説は薄れていったというのだ。

しかし在日韓国人の指紋まで、韓国は厳格に管理しているというのは驚いた。もちろんこれには、「韓国への居住を申告する者」という条件が付いているので、事件後韓国に渡って生活している可能性を踏まえて、捜査協力を要請したということなのだろう。

(ここまでの印象)

事件直後から警視庁は、韓国人による犯行や在日韓国人の関与も視野に入れて継続的に捜査はしてきたこと。そしてそれに対し良好だった両国の関係もあり、韓国側からも捜査協力を得られていた可能性が高い(完全に信頼できるかはわからない)ことなどを考えると、犯人が韓国人だったと断定するのには無理があるのではないかと考えられる。しかしこれをもって韓国人が犯人じゃないと決定づけることも、捜査の網から抜け落ちていた人物はいなかったのかという疑問を潰すまでには至っていない気がするのだ。

(Xはどうなった?)

私がなぜそのようなことを言うかというと、以前紹介した カンペ(韓国ヤクザ)と関わりのある韓国人Xの話を思い出さずにはいられないから。警視庁は、韓国との指紋照合の結論が出たずっとあとの2010年度においても、まだ韓国人の周辺を調べ続けていたことに驚かされる。もしこの記事に出てくる X なる人物が本当に存在し、その行方を未だに掴めていないとしたら、韓国人犯行説を完全には潰せていないことになるのだ。だから私は現時点で、犯人は韓国人だと断定できるものも、それを否定できるものも明らかにはなっていないと言っているわけです。いろいろある説の一つとして、韓国人犯行説は消えてはいないというのは確かなのでしょうし、一橋文哉氏の説とこれらが繋がってくるのかは定かではありません。

ただしこの X なる人物。韓国の徴兵を経験しているのならば、必ずや指紋が残っていたはずなのだ。そして彼の指紋は、この事件現場の指紋と照合を済ませていると考えられる。すなわち、すでに白黒はハッキリしているのではないかと思うのだが、そのへんはどういうことなのか?

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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