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日常品ばかり

以前犯人の遺留品の中には、意図的に置いてゆかれた可能性があるものと、そうではなかったものがあるのではないかという記事を書いたことがある。また犯人の遺留品には、一定期間使用していたものも少なくなかった。そこで今回は、遺留品の中でも一定期間使われていた形跡があるものと、そうでないものにわけて考えてみる。

ラグランシャツ(トレーナー) 日常品

2000年9月~11月と事件に近い時期に、日本で130着販売されたものであるという。都内では10着ほど販売(1着は持ち主判明)され、神奈川の本厚木でも3枚が販売されていたことが確認されている

何度も洗濯した形跡があり、色あせてクリーム色に変色していたということで短期間に相当着込んでいたことが伺われる。また車庫に残されていた染料と同じものが付着しており、染料が付着してからは洗濯された形跡がなかったという。いずれにしても犯人が、日常的に着ていたものであることは間違いなさそうだ。都内で10着しか販売されていなかったもので、ここからも犯人がシャツを置いていったのは、捜査を撹乱させるためというよりも返り血を浴びて気持ち悪かったからとか逃走に目立つからといった単純な理由だったのではないかと。またシャツはこの短期間に相当着込んだ跡があるというのは、お気に入りだったという側面よりも、あまり複数のトレーナーを持っておらず、この服ばかり着ていたという可能性の方が私は高いのではないかとみている。本当のお気に入りの品ならば、現場に持ち込むこともなければ置いてゆくこともないのだろうから。

ユニクロジャンパー 日常品

2000年9月以降に、全国で8万2000着販売され即完売した人気商品。ポケットからは、小鳥のフンやヒメザクロの種子などの他、三浦半島の砂などが検出されたのだという。また袖口からは、犯人の血液型と同じA型の汗が検出され、犯人がこれを着て日常的に移動していたことが伺われる。

エドゥインのボア付き 手袋 微妙

1998年~2000年の間に、1万755組 販売されたものだという。犯行に使われた形跡はなかったが、リビングに入る道すがらに投げ捨てられていた。興味深いのは、中に犯人の血液がびっしりと付着していたこと。しかしこれに関しては、犯人のものであるか明確にはされていない。そのため手を負傷したときに、宮沢家にあったものを使った可能性も無きにしもあらず。ただしそれならば、宮沢家の家族のDNAが検出された可能性が高いし、杏さんの証言だとデザイナー的な仕事をしていた みきおさん は、それなりにおしゃれで高級品を身につけていることが多かったことからも、やはり犯人のものであった可能性は高いのだろう。ただし、使い古されたものかの情報は明らかにされていない。

ヒップバック  日常品

大阪のメーカーが、1998年~1999年 に、2850個製造したもの。これは、凶器になった柳刃包丁を入れてきたものであり、この中には、砂漠の砂だとかモナザイトだとか様々な残留物が含まれていた。特に日本国内には存在しないものや、限られた人間しか使用しないような特殊な物質が検出されている。またユニクロジャンパーと同様の三浦半島の砂も含まれており、ユニクロジャンパーを着てヒップバックを装着して、ジャンパーの発売された2000年9月以降に三浦半島を訪れていた、あるいは住んでいた可能性があるということになる。これも底の部分が薄くなるほど、長く使用した形跡があるという。また最近発表されたものには、中から犯人のDNAと一致する毛髪が検出されており、犯人が一定期間使用していたことは間違いないなさそうだ。

クラッシャーハット 微妙

1998年~1999年 3465個 全国のスーパーで販売されたという。これに関しては、犯人の毛髪一つ付着していなかったことからも、犯人が日常的に使っていたものかはハッキリしない。ただし事件前に目撃された不審者情報の中には、このクラッシャーハットを被っていた人間が複数の人から目撃されている。そのため、犯人ものである可能性は高いのだろう。

マフラー 日常品

唯一製造・流通が解明されていないが、100円ショップなどに売っていたり、景品などで配っていたという話もあるもの。130センチと子供サイズのもので、犯人が長年使用していた形跡があることが先日警察から発表された。

黒いハンカチ 日常品

1995年~2000年までの間に、無印良品から 6万6500個販売されたものだという。これも洗濯してアイロンをかけた跡もあったようで、日常的に使われていた可能性が高いもののようだ。

スラセンジャーの靴  日常品

1998年10月から2000年11月にかけて、韓国で4530足製造販売していた。しかし28センチサイズは、日本では売られていないもの。同じ外枠の大きさの 27.5センチに関しても、日本では販売されていないことが後に判明している。これは足跡から判別されたものであり、犯人が意図的に残したものではない。しかし足跡からは、使い古されたものだと判明したのだという。そのためこれも、日常的に犯人が使用していた可能性が高い。

凶器の柳刃包丁  新品

関の孫六・銀寿 と呼ばれる商品で、刻印から2000年6月に製造された1500本のうちの一本だと判明した。現場付近では、世田谷区・杉並区内で事件前月の11月中に13本販売、被害者宅から数キロ圏内にある小田急線経堂駅近くのスーパーで事件前日の29日に2本販売、東急田園都市線用賀駅近くのスーパーでも事件前日と当日の30日に1本ずつ販売されていた。また事件前日に武蔵野市吉祥寺のスーパーでも販売されており、この時購入した「身長170cm前後、年齢30代、黒っぽいジャンパーの男」の似顔絵が2004年に警視庁より公開されている。しかし最近の警察発表では、犯人は15歳~20歳台とみており、この防犯カメラを元に作成されたイラストの人物に対し警察は重視していないことが伺われる。

(遺留品の傾向)

ここにあげた9つの遺留品(靴は遺留品ではないが)のうち、6つは犯人が少なくても一定期間使用していた形跡があるということ。また警察がハッキリさせていない手袋やクラッシャーハットも発表していないだけで、他の遺留品と一緒に置かれていたことからも、その可能性は高いのではないかとみている。明らかに事件のために用意したと思われるのは、新品の包丁 だけなのだ。もしこの包丁の購入日時が明らかになれば、犯人がこの事件を起こそうと決意した時期がわかることになる。みきおさんと揉めた男が、事件直前に殺意を抱いたという可能性は一番自然な流れになる。しかし被害者の殺害方法からすると、むしろその動機は、にいなちゃん や 泰子さん の方だったのかもしれない。少なくてもみきおさん殺害後に、屋根裏部屋で寝ていた二人をわざわざ襲ったことからも、そのことが伺える。

また包丁は他の遺留品と違い、日常的に使われていた形跡がなかったことから、事件直前に購入したのではないかと見られている。しかし事件前日の吉祥寺の男は防犯カメラが作動していたために似顔絵を作成することができただけで、すでに捜査線上からは年齢的に外れている可能性が高い。経堂のスーパーでは、事件前日にブツブツと殺意を放っていた青年も売り場で目撃されており、それも極秘に似顔絵などを作成していた可能性が高いことは以前ここでもとりあげた。しかし今に至るまで、包丁をたどっても犯人にたどり着くことはできていない。

そこで遺留品の販売時期を見てみると、事件前の秋口~11月ぐらいまで販売されていたものが多いことに気がつく。すなわち事件を起こそうと他の遺留品も買い揃えていたとしたら、この包丁も11月頃に購入されていたものなのかもしれないのだ。特に杉並や世田谷区内では、この包丁が11月に13本販売されていたことが明らかになっており、むしろこの時期に犯人が購入したものの可能性も捨てきれない。もちろんこの時期の販売状況も、警察はくまなく捜査したのだろうが、犯人にたどり着くことなく現在に至っている。もし事件前日に近所で購入していたとしたら、それこそ犯人は警戒心が極めて薄い衝動的な人間だと思うのだ。そして遺留品を残したことで、捜査を撹乱させようとかいう意志は全く考えていないか、それでも捕まらないと考える特殊な思考回路の持ち主だったのではないかと。とてもそこからは、知的で計算された行動だとは思えない。そのことは、ラグランシャツの販売数やスラセンジャーの靴の稀少性からも、同様のことが言えるのではないのだろうか。

あとよく韓国でしか手に入らないスラセンジャーの靴をもってして犯人は韓国人なのではないかという話にもなるが、それは一つの可能性でしかないと思うのだ。というのは、他の遺留品は日本でしか手に入れられなかったものも少なくなかったからである。冷静に考えれば、犯人は何かしらの理由で一定期間韓国に行っていたときに購入した、あるいは販売を追いきれない個人輸入や正規のルートではないような方法で日本国内でも手に入れることができたことも視野に入れておくべきではないのだろうか。

(個人的な主観)

私もこの事件を起こしたのは、日本社会において特殊なルーツを持つ人間、あるいは冷遇されるような環境で育ってきた屈折した人物ではなかったのかという思いは強い。ただし日本語読解能力が一定レベルはありそうなことや、日本での一定期間の生活臭がすることを考えると、事件前に外国から事件を起こすことを目的にやってきた外国人だったかと言われると疑問が残るのだ。もちろん事件後に、自分のルーツをたどって海外に逃亡している可能性は無きにしもあらずだとは思うのだが。仮に外国籍だとしても、かなり長い期間日本で生活していた、あるいは日本社会で生まれ育った人物なのではないかと思うのだが、確かな根拠はなく一個人の感覚的なものとして頭に留めておいて頂きたい。むしろこの事件は、宮沢家個人というよりも、日本人や日本社会への敵視・恨みが、強い殺意として現れた可能性も否定できない。しかしそれよりも、単に人を殺してみたいという衝動に駆られた 快楽殺人 だったという見方の方が私の中では大きくなっている。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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