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依頼殺人の可能性はあるのか?

私は、世田谷一家殺害事件は個人が行った 快楽殺人 だったと位置づけている。ただしこういった快楽殺人をいとわない暗殺者がいて、そういった人物に誰かしらが殺害を依頼したという背景がもしあるのであれば、それが何かなのかを探ることは私にはできない。

しかしプロに依頼した殺人であれば、あまりにずさんで証拠を残し過ぎている。まして組織的犯罪ならば、1個人で一家4人を殺害させようなどしないだろうし、証拠も極めて残らないようにするだろう。しかしこの時代は、外国人留学生などが絡んだ事件が多発していた。そのため素人が、僅かなお金のために平気で人を殺すような事件が全国で相次いだ。そしてその背景には、事件を主導する黒幕の存在があったのではないかともよくささやかれた。

またこの事件が語られる時に、よく某国絡みの案件だったという話がまことしやかに語られることが多い。しかしそんな国家が暗殺者を送り込むのに、こんな素人みたいな一個人に依頼するかよと思っていた。しかし昨年起こった 金正男暗殺事件 などをみてみると、あれだけの大物を仕留めるのにも素人を使って実行するのだと驚かされたのは確かだ。素人の犯罪に見せかけて、実は背後には国家が暗躍する可能性を、この事件は教えてくれた。

(Tの存在とは)

私は以前、この事件と接点が多い人物として T という男がいることを書いたことがある。警察が犯人の年齢を、15~20代とみていると発表したことでT の関与は間接的に否定されたのだと理解した(実際まともに調べたかまでは不明)。事件当時 T は、すでに30代だったからだ。

私自身も T は事件との接点が多い人物ではあるが、まさかという思いが強くむしろ否定されてホッとしている部分はある。しかしこの事件が、国家 をも絡むような重要事案であったならば、T はあえて野放しにされている、許されている可能性があるということになる。

(Tは何故許されるのか?)

T自身は、けして大物政治家だとか特別な権力を持った人物ではない。もしTが事件に関与していて放免されているのであれば、考えられるのは 国益 に関わる特別な存在だからだとしか考えられない。そして考え難いが、彼自身が事件を起こした正当な理由があるのならば、それは 国益 を守るためという大義名分 があったからだろう。しかしそれは建前で、本音は人を殺すのを快楽とする殺人鬼だったということになるのではと・・・。そしてそれでも国家は彼を野放しにしているという、とんでもなく恐ろしい構図がこの国には存在することになる。

(私以外にもいる)

実は T という個人を特定できていなくても、その周辺が怪しいとみているものは、この事件のことを調べている中には少なからず存在する。しかしそのハッキリした動機や証拠になるものまで掴んでいるのかといえば、恐らく私と同様に想像の域を脱していないのだろうということ。もし事件の全容を解明できるとすれば、これはもう警察組織などの国家による自浄作用が働くことを期待するしかない。

(改めて言う)

しかし改めてこの事件を見てきて思うのは、宮沢家の土地売買資金などの金銭を狙った犯罪、あるいは某国家や特定の団体による関与、はたまた国益を守るためという大義名分のもと行われた犯罪といった、そういった壮大な背景があったわけではないだろうということ。 あくまでも私が思うのは、この当時流行した17歳世代による凶悪事件に触発された若者が起こした、快楽事件 だったという、かなりシンプルな構図だったのではないかと捉えている。

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衝撃の事実

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前回網戸について取り上げたところ、コメント欄に衝撃の報告がなされていた。それは、上記の写真のフェンス際に立っている捜査員が、何処に立っているのかという指摘だった。上記の写真を拡大してみてみると、公園側のフェンスの前と網戸の間に立っているように確かに見える。また下の写真をみると、ほぼ同時刻に撮影しているものと思われるものが出てきたので、それと見比べると、そのことがより明らかになってくる。

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そう、この捜査員は公園フェンスと網戸の間に立っている。すなわち発見された網戸は、公園フェンスに直に立てかけられていたのではなく、それより少し前方にある小さな植物の前に立てかけられていたということ。ここから想定されることは、

1,網戸はフェンスを超える以上の強い力で中から押し出された可能性

2,中から押し出された場合、こういった形に落下していても不思議ではないということ


1,網戸はフェンスを超える以上の力で中から押し出された可能性

公園フェンスを超えるどころか、それ以上の力が働かないとあそこまでは網戸が飛ばなかったという可能性だ。そこから考えるに、やはり網戸は犯人が逃走時に落とした、おばあちゃんが落下させたという可能性は低いのではないかと思われる。

2,中から押し出された場合、こういった形に落下していても不思議ではないということ

仮に中から強い力が加わり、網戸が外に押し出された場合、フェンスを超えたら立てかけるようにはならず前方に転がったのではないかと前回書いた。しかしこれに関しては、フェンスよりかなり前方に網戸があることがわかったことで、結果的にこのような形に落下した可能性は無きにしもあらかずかと感じる。しかし1で指摘した通り、90センチのフェンスを超え、さらにそれ以上前方にまで網戸が飛ぶ可能性。そして網戸の位置が、浴室の窓下ではなく、宮沢家と入江家の境目付近にあったことを考慮すると、やはり人為的にそこに置かれたと考える方が自然だろうということ。また正確な網戸の位置関係を把握する意味でも、あるいは鑑識前に網戸は立てかけられてあったのか確認する意味でも、様々な事件考察をしている 雑感さん のところにあった写真を参考にして頂きたい。しかしあらかじめそういった植物があったのならば、犯人は公園側になど戻らずに、網戸を草の上に投げた。それが、前に滑り落ちたという可能性も成り立つのかもしれない。

公園フェンスは1メートル80センチ?

公園フェンスは2メートルだったと書かれているものが多いのだが、正確には1メートル80センチだったのではないかと記載されているものもある。フェンス上から浴室の窓の高さが1メートル20センチ。合わせて3メートルの高さだったのではないかと。この鑑識の職員の顔が完全にフェンスを上回っていることからも、そのことを裏付けているように思う。そうじゃないと鑑識の人がいくら大きいとしても2メートル20センチぐらいはあったか、何かに乗っていたとしか考えられないからだ。私自身何度かフェンスを間近で見ているが、あまり高さのことは覚えていない。次回行ったときは、そのこともしっかり確認しておきたい。

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犯人は何故包丁一本だけで潜入したのだろうか?

犯人は、一家殺害をするのに何故「関の孫六」1本だけで潜入したのだろうか? そのため殺害目的なのではなく、脅すことが目的だったのではないかという指摘もある。しかしこれに関しては、私は明確に否定したい。

というのは、まず侵入した際に中2階にある子ども部屋に侵入。そこで最も幼い、礼君から絞殺している。そのことからも、この事件は明確に一家全員の殺害を目的としたものであることが明らかだ。さらに包丁には、滑り止めや返り血を避けるためかと思われる黒いハンカチを包んで使用。また血の臭いがつくのを嫌ったのか? 包丁に使用した黒いハンカチには、ドラッグノワールという香水をかけて使用していたからだ。こういった準備は、脅しではなく刺すことを前提に準備していたことを伺わせる。

過去ご紹介した、快楽殺人の考察サイトをみると、包丁が凶器で使われるケースが少なくないのだ。

かの池田小学校で起きた連続児童殺傷事件では、刃渡り15センチの出刃包丁で、幼児8人を殺害したような事件も起きている。これは、凶器が持つ殺傷能力よりも、快楽殺人者が持つ独特の価値観というか、行動様式が優先されているからではないかと。そのため犯人にとっては、刺し身包丁が殺人に適しているいないということよりも、自分で選んだ凶器で人を壊したいという衝動の方が優先されたのではないかと私は思うのだ。

またこのサイトにも書かれれているように、「その破壊の対象は誰でもいいのではなくて、絶対に自分よりも力の弱い者でなければならないのです。被害者に子どもや、お年よりや女性が選ばれるのは、そうした選定基準に基づくからです」と書かれている。そして犯人による破壊の対象は、成人男性である みきおさん でも、男の子であった 礼君 でもなく、女性であった 泰子さん や にいなちゃん だったということではないかと私は考える。そのために障害となる男性陣を先に殺害し、自分の欲望を満たそうとしたのではないのだろうか。

犯人たちの心の奥底に潜む『人(弱者)を殺して(壊して)自分も死ぬ(壊す)』

筆者は、このように彼ら独特の心理を書いています。こう考えると何故犯人は、現場で指紋をベタベタ残したり、遺留品を持ち帰らずに置いて行ったのかは、すぐに死ぬつもりだったからではないかと。実際に犯人が事件後、命を断ったのかまではわかりません。しかし事件を起こした直後には、そういった心理が働いていた可能性が。むしろ積極的には捕まりたくはないが、結果的に捕まってもかまわない程度には思っていたのかもしれません。

というのは、宮崎勤や酒鬼薔薇聖斗なども、けして事件のあとに自殺しようとした形跡が見当たらなかったです。むしろ私は、犯人はどっちでも良かったのではないかと。犯人にとっては、自分の欲望や衝動を満たすことが、何よりもこの時は優先されるべきことではなかったのではないのでしょうか。

犯人のその後

おそらく事件後しばらくは、ことの成り行きや世の中がどう反応するのか、見るのを楽しんでいた愉快犯的な傾向が見え隠れします。それが私は、2ちゃんねるなどの無記名掲示板への書き込みや閲覧、はては事件から100日後に現場近くに置いた地蔵にあったのかもしれないと。また現場には、公にされていない犯人によるメッセージすらあったのかもしれないとみています。

しかし警察は、それを無視するかのように地蔵の存在を数年に渡り公にしなかったり、家の中で残されていたかもしれない犯人のメッセージを明らかにすることはありませんでした。少なくても、犯人が望んでいたような展開にはならなかった。そのことが似たような事件が、その後には起きなかった最大の要因なのではないかとみています。そしてそのような事件が起きなかったもう一つの理由は、犯人が自らの命をすでに絶っているからなのかもしれません。

網戸の謎を整理する

過去ここでも何度も取り上げてきたが、改めて侵入経路と想定されている 浴室窓の網戸 について整理してみたい。2006年度までに、全国の警察署に配布された「世田谷一家殺害事件の捜査ポイントをまとめたDVD」や捜査報告書を入手して書かれた、「真犯人告ぐ!」によると、警察は06年度の時点では浴室の小窓からの侵入と断定づけていると書いてある。

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犯人にしか知りえない情報として、このことはマスコミをはじめ一般には一切お茶を濁している。しかし、内輪向けの「取扱い注意」の資料には、このように考えているとハッキリ述べているのだ。また過去何度もここでも検証してきたように、総合的に考えても二階からの侵入としか考え難いこと。その中でも、浴室の窓からが最有力であることを触れてきた。今回は、その中でも事件発覚直後に、外れた網戸が公園フェンス側に立てかけられるように発見された。その謎について、改めて考えてみたい。

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(当初は)

事件発覚当初は、玄関から侵入した犯人が浴室の窓から逃走したという見方が有力だった。しかし事件から3週間ぐらいすると、一切玄関から犯人が出入りした痕跡が見つからないことに焦りはじめた捜査陣。当初から怪しいとも考えられていた、浴室窓からの侵入の再現実験などを行い可能か検証することになる。

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(侵入に際して)

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公園フェンスに足をかけつつ家の壁に手をつきながら、あるいは風呂場のホースに足をのっけながら、それとも誰かに肩車をされての侵入でも良いのだが、ここからよ~くイメージして頂きたい。侵入の際に網戸はどのように見えるのかといえば、自分の胸のあたり~顔のあたり来るはずなのだ。その網戸に触ったら、簡単に外れてしまった(実際簡単に外れるようなものだったらしい)。その場合、どうするのか?考えて欲しい。

普通は、他人に気がつかれないようにそれを何処かに静かに置こうと思うだろう。この場合体を斜め前に伸ばしていることからも、自分の体より手前下のあたり。すなわち、宮沢家の敷地内に網戸をおろそうとするのではないのだろうか。そうでもなければ、非常に無理な体勢を立て直してフェンスから降りなければならないからだ。しかし発見された網戸は、公園側のフェンスに立てかけられるように置かれていたのだ。

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ここから考えられるのは、大きな音を立てるのを嫌った犯人が、わざわざ公園側に一度戻って立てかけ置いたのか、侵入を手伝った共犯者がいて、その人間が受け取り置いたかのいずれかだろうということ。それも立てかけられていたのは、宮沢家の浴室窓のすぐ下なのではなく、1メートルぐらい横の入江家側で、両家の境目付近なのだ。ここから考えられるのは、

1,なにかフェンスを登るための足場があり、その横に置いたのではないかという可能性

そこで先日侵入に際しては、事件前に浴室の窓のすぐ下に置かれていた縁台を利用したのではないかと述べた。このフェンスは網目が非常に小さく、足を引っ掛けることができず登ることさえ困難だったはずなのだ。ただし靴を脱げば、登れたのかもしれない。縁台などを使わなかった場合、犯人の土の付いた足跡が、中二階の途中から突然始まっていたことの説明がつくことにはなる。

あと縁台を使っても、たかだか30センチぐらいの高さにしかならず、フェンス上までは1メートル70センチぐらいまだ高さがあったことになる。縁台を侵入に使った場合、私は台を横に倒して高さを稼いだのではないかと思うのだ。そして入江さんの息子が聞いたという、ベニアをひっくり返すようなボワ~ンという音とは、この縁台を動かしたときに生じた音だったのかもしれない

2,共犯者が受け取るために斜め後ろに立った可能性

犯人は、刺し傷などから右利きであったことがわかっている。すなわち左手で壁に手をつきながらバランスを保ち、利き腕の右手で網戸を外して持ったのではないかということ。それなら網戸を共犯者にわたすときに、入江家側に網戸が立てかけてあった理由も理解できる。仮に一人で侵入してなんとか網戸を持ったまま一度公園側に戻ったとしても、右手で網戸を持っていれば右側にある入江家側に網戸を置いた理由も納得できるのだ。ただしこれは、相当バランス的に難しかったのではないかとおもうのだが・・・。

(網戸の不自然な発見のされ方は)

浴室窓から公園フェンスまでは、90センチ離れている。窓の高さは地上から3メートルあり、フェンスの一番上は2メートルの高さ。すなわち1メートル落下する間に、90センチの幅を飛び越えるという物理的にありえないことが起きているのだ。さらに真下ではなく、1メートルぐらい入江家側に横にスライドしながらである。これは常識的には考え難いことで、何かしらの人為的な力が働いたのではないかと考えざるえない。

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(自然落下や掃除のあとハメ忘れていた可能性)

自然落下であるならば、それは宮沢家の敷地内に落ちてゆくはずなのだ。また3メートルの高さから落ちたのであれば、必ず網戸に土が付着したりレールの溝に土が入り込んだりするので、落ちたところには網戸の跡がついていたはず。まして事件から15年ぐらい経った時点でも、他の窓の網戸はそのまま落下せずに、当時のまま残っている。風呂場の網戸だけ、そのとき自然落下したことを説明するのは難しい。

また31日には、宮沢家は午前中から大掃除をしていたことが杏さんの書物に書かれている。しかし仮に網戸を掃除して乾かすために立てかけていた。そして、それをしまい忘れていたとしよう。それを、なぜ公園側に立てかけておこうとするのだろうか? 普通は自分の家の敷地側に、立てかけて置いておくはずだろう。だいたいそんなことしたら、とりにゆくのも面倒だ。公園に入るには、フェンスがあるのでグルッとまわらないと入れないからだ(戻って来るのに数分はかかってしまう)。

(逃走時に外した可能性)

これも、正直考え難い。宮沢の浴室窓の前には、浴槽が横たわっている。そのため、勢いをつけて網戸を吹っ飛ばすことなど容易ではなかったはず。仮に、蹴破るように網戸をふっとばして逃走したとする。それで勢い余って、90センチ超えた公園フェンスを飛び越えていったとする。ましてそのような力が働けば、網戸はフェンスに立てかけるようにはならず、前方に転がっていたはずなのだ。また当時山茶花の木が浴室の窓の下付近に植わっており網戸が転がるのを枝が妨いだとしても、それによって入江家側に1メートル近く横に転がることを説明するのは困難だ。ましてそれならば、網戸の形状すら大きな衝撃で歪んだのではないかと思うのだ。

また百歩譲ってそうなったとしよう、それならば物凄い衝撃音が外に響いたはずなのだ。隣家の住人はすでに床についており、聞こえた音がカタンカタンだったり、ベニアをヒックリ返すようなボワ~ンとした音がしたぐらいということはなかっただろう。ましてフェンス側に立てかけられるように落下したのならば、なにか網戸とフェンスが当たって落ちるような音も響いたのではないのだろうか。そのため網戸が外されたのが、逃走時だったとは考え難い。

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(おばあちゃんが落とし可能性)

家族の変わり果てた姿を発見したおばあちゃんは、開いていた浴室の窓を閉めたがまた開けたと証言しているのだという。その際に網戸を落としたのではないかということが、当初記事になっていたりもしたそうな。

その場合に、おばあちゃんは気分が悪くなったのか匂いが酷かったのか、凄い勢いで窓の方にゆき網戸を落としたのだろうか?これも、同じように考えて頂きたい。先にも書いたように窓の前には浴槽が横たわっているので、そんな勢いよくは網戸に突っ込めない構造になっている。それでも、網戸に突っ込むようにおばあちゃんが落としたとしよう。そこには前から書いてきたように、フェンスと90センチとの距離があり、それを超えることは考え難い。

仮に網戸が、そのときに公園フェンスを超えたとする。おばあちゃんが家族の代わり果てた姿を発見したのは、12月31日の年末年始休みの10時過ぎの話である。雨でも降っていない限り(当日は降っていない)ぽっぽ公園に、誰も人がいなかったとは考えづらく(その時間のぽっぽ公園に行ってみればわかる)、誰も目撃情報がなかったとは思えないのだ(これは犯人が逃走した場合も同様のことが言える)。網戸の落下に気がついた親切な人が、仮に立てかけてくれたとする。しかし事件が事件なだけに、名乗りでなかったのも不思議な話になる。ただし31日の朝に犬の散歩で公園を訪れた人は、網戸は落ちていなかったなんて証言も残っているのだが・・・。

あと、今一度考えて頂きたい。犯人が、浴室の窓から逃走したとする。そのときに、落とした網戸をわざわざ公園フェンスに立てかけてゆくだろうか? 何より逃げる犯人が、窓を開けて・網戸を開けて、それをわざわざ閉めて逃走しますか? 仮にすぐに事件が発覚しないために、閉めていったとしましょう。そのときに、網戸を閉めますか? 自分の体を外に出したということは、網戸も・窓も一度は開けたわけです。発覚を防ぎたいのならば、窓の方を閉めますよね? それでも窓はあけて網戸だけ閉めて逃走したとします。そして後に、おばあちゃんが網戸を落っことしてしまったとしましょう。いくら気が動転してても、網戸を二階から落としてしまったら覚えていませんかね? パソコンの電源を、引っこ抜いてしまったのを覚えていないのと同じぐらい不思議な話です。

様々な偶然が重なったとしても、犯人が逃走時に落とした、おばあちゃんが発見時に落としてしまった。この2つは、ちょっと考えづらいことがわかって頂けたでしょうか。

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(警察の不思議)

また警察も、網戸の落下について不思議な見解をしています。網戸は、簡単に外れるものだったとのこと。そう、普通ならば網戸などわざわざ外さずに、静かに横にずらせば面倒ではなかったはずです。なぜこの犯人は、網戸を外したのでしょうか? 動かそうとしたら、簡単に外れてしまったとしか思えません。錆びついていた、あるいはレールが歪んでいて容易には横にスライドできなかったなんて事情があったのかもしれませんが。動かすことで、大きな音がするのを避けたかったということなのでしょうか?

そこで気になるのは、警察のコメントなのです。何度再現実験をしても、同じところに網戸は落ちたと言っているのです。まず警察では、鑑識が最初に網戸を調べたはずです。ですから、網戸が落下したものなのか? 人為的に置かれたものなのか、再現実験などする前からわかっていたのでしょう。前にも書きましたが、私も3メートルぐらいの高さから網戸を落としたら、地面に刺さったことがあったことは以前ここで書きました。何かしら土が付着し、地面に刺さったレール部分に土が挟まっていたはずです。

すなわち警察は、この網戸は落下したものと捉えていたのではないかと考えられます。しかしフェンスから90センチ離れている状況からも、落下するならば宮沢家の敷地側だったことは容易に理解できていたはずです。理由はわかりませんが、一度地面に落下させた(投げた)網戸を、わざわざその後公園側に置き直したというふうに警察は捉えていたのでしょうか? 本当に、そんなことをするでしょうか? また浴室の窓辺には、山茶花の花を挿して飾っていたらしいですよね。その花瓶だか鉢も、転がっていたなんて「真犯人に告ぐ!」には書かれています。この記事のことは他では確認できないのですが、もしそうならば音に対する意識というものが、犯人は家のなか同様に外でも無頓着だったことが伺われます。それならば、手にした網戸を公園側に放り投げた可能性は確かにあります。しかそうならば、23時頃に床についていた(まだ寝ていない)隣の家族が、もっと何か違う音を聞いてないとおかしいようにも思います。本当にこの事件は、不思議な話ばかりです。

(いずれにしても)

いずれにしても網戸が転がっていた理由をいろいろ検証してみますと、犯人が侵入時に外したもの という以外に説明するのが難しいということがわかってきます。逃走時に外した可能性もなければ、おばあちゃんが外してしまって、それを第三者が拾って立てかけてくれた可能性も低いわけです。

ちょっと捜査上考え難いのですが、別に考えられるのは元々は宮沢家の敷地側に転がっていた網戸を、鑑識が終わりそれ以外の捜査(鑑識)の邪魔だと、捜査員の手によってフェンスに立てかけられた可能性です。しかしこれも事件直後の写真ですでに公園側に立てかけられていたことを考えると、容易に動かすとは思えない。そして事件の記事でも、壁に立てかけてあったかは別にして、網戸は公園側に転がっていたと書かれています。少なくても立てかけてあったかは別にしても、網戸はフェンスを超えて公園側で発見されたのではないかと考えられるわけです。外れた網戸の解釈だけでも極めて難解なわけですが、この事件の導入の部分だけに、けして安易に扱うわけにはゆきません。

もっとも気になる目撃情報

世田谷一家の事件と向き合ってきて、この事件には様々な目撃情報があることを知る。その中でも、私が最も気になっているのが、ASKの事件簿さんの掲示板に投稿されていた、公園近くさんの書き込みなのだ。そしてここで触れられている縁台についての考察は、以前も私自身行っているので、そちら もご参考に。

特に私の興味をひいたのが、浴室の窓側、フェンスのすぐ下の公園側に大きな縁台が設置されてたことを覚えています。 という話。

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犯人が侵入したのではないかと言われる浴室の窓は、写真右手の窓になります。そのすぐ下の公園側に、事件前に縁台が置かれていたと 公園近くさんは証言しています。またよそ掲示板などにも、同様に事件前にはそういったものが置かれていたとの話が出てきたりもします。まず 公園近くさんが縁台と評したものは、下記のようなスケボーで使うカーブBOXとかマニュアル台とかいった類のものだったのではないかと、別の人は書いています。

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というのは、公園近くさんの書き込みだと 路地裏でお年寄りが将棋を指しているような小型の物ではなく、一畳分はあるほどの縁台です。とのこと。スケボーの知識の無い方ならば、こういったものを縁台と表現したのではないかと。

ここで、さらに気になる書き込みがあります。なんで、こんなところに?と見据えながらも散歩をしていたのですが、縁台の上や周囲はゴミ類が散乱していました。当時、すぐそばの宮澤さんとこは大変だなぁ、と感じたことを覚えています。

以前も指摘しましたが、気になるのは 縁台の上や周囲はゴミ類が散乱していましたという部分です。ようはこの縁台の主は、縁台の上にゴミが散乱していたことからも、けして毎日のようには祖師谷公園には訪れてはいなかったのではないか? あるいは、公園が決めた時間を守り深夜滑ることはしていなかったのではないかと推測します。

すなわち何が言いたいかというと、縁台を用意したボーダーとは違う人物・連中が他に存在していて騒いでいたのではないかということ。だって自分が作った台の上に、ゴミを置きっぱなしにしたら頭に来るし、今度使うときにも自分がゴミをどかさないといけない。たとえ仲間内でも、そんなことは許さないのではないか思うわけです。この縁台の持ち主がいない時間帯に、宮沢家の浴室窓の近くで輩がたむろっていた可能性があるのではないかと考えます。

もう一つ気になるのが、なぜ公園の木々が生い茂るような公園の隅で屯(たむろ)って騒いでいたのかということです。上記の 航空写真 を見ていただけるとわかると思いますが、写真下の宮沢家に隣接する祖師谷公園内のぽっぽ公園は、これだけのスペースがあるわけです。もっと高台になっている公園の真ん中部分や、ベンチなどがある場所で屯うのが普通でしょう。それなのに、公園の一番隅の、木が鬱蒼と生えている薄くらい場所に屯うのか? 私が思うにこれは、明らかな 宮沢家に対する嫌がらせ・挑発行為 だったのではないかと思います。

(祖師谷公園には複数のグループが点在していたのでは?)

当時の祖師谷公園の状況はよくわかりませんが、複数の若者のグループが存在していたのではないかと。警察は、広場でスケボーを滑っていた連中が事件と深く関わっているのではないかとみていました。しかし掲示板には当時、スケボーを滑る連中の中でも、ハーフパイプのような用具の上を滑る上級者連中と、それほど滑れない連中はぽっぽ公園の方でも滑っていたなんて書き込みがあります。あるいは祖師谷公園の中にはバスケットゴールなどもあり、そういったものを目当てに夜な夜な屯っていた連中もいたのではと。その中の一グループ(人間)が、みきおさんに恨みを抱いた、もしくは 宮沢家の家族に目をつけた ということはないのでしょうか。ちなみに事件のあった23時20分ぐらいには、ぽっぽ公園向かいのスケボー広場のあたりに、若者たちが屯っていたのをバイト帰りの女子大生が目撃したとの情報もあります。

スケボーはそこそこ、バスケもそこそこ みたいな両方を兼ねて遊ぶ連中がいたのかもしれませんし、あるいは仲間内で屯うだけが目的の連中だったのかもしれません。夜な夜な浴室の窓の下で騒いでいれば、ここの窓が開いている時間があることも事前にわかっていた可能性があるということ。私はこの縁台に屯っていた連中こそが、事件に深く関わっていたのではないかとみています。浴室の窓が開いてときがあること、そして公園フェンスを使えば、あの窓から入れそうなイメージを抱けた人間は、祖師谷公園を利用していた連中の中でも殆どいなかったと思います。その真下から見上げた経験がある人物、近くで何度も騒いだからこそ、あの狭い窓から入ろうという発想にもなったのではないのでしょうか。

そしてフェンスを登る際に、この縁台を利用して浴室の窓からの侵入を試みたのではないかとさえ思えてきてなりません。公園近くさんいわく、あの縁台は、事件直前に消えています。 というのも気になるところです。あれだけの大きさのものを持ち運びするのですから、本当に近所から運んできたのか、車などに乗せて持って来ないと移動させることができなかったのではないかと。そう考えると犯人は、車の免許ぐらいは取得しており、また18歳以上だったのではないかとさえ思えてきます。そしてこの事件に直接関わっていなくても、犯人に心当たりのある人物は複数いたのではないのでしょうか。

(なぜ犯人は浮かび上がらないのか?)

私の想像ですが、彼らはさほど土地勘はなく近所の人間ではなかったのではないかと思うのです。例えばここに出てくる、宮城ファミリー公園(足立区)のような場所で、バスケとスケボーを両方を楽しんでいたような連中が、閉鎖時間に伴い移動。祖師谷公園が24時間開放されていたことを知って、そういったところからやってきた連中だったのかもしれません。

祖師谷公園の使用時間が設けられたことを知らずに遊んでいたら、宮沢さんに注意されてしまった。それで逆恨みではないが、宮沢家の存在を知るキッカケとなり以後宮沢家のそばで騒ぐようになっていたのかもしれません。しかしそれほど近所でもないので、事件以後は一切祖師谷公園には現れなくなった。一時的に事件前に来ていた連中(その中の1個人かもしれない)なので、近所を捜査したりスケボー関係の人間を調べても容易には浮上しなかったののではないのでしょうか。

あくまでも私の想像の域でしかないのですが、この縁台の話が私にはどうしても引っかかるわけです。公園近くさんによると、事件後も特徴的なゴミがそのまま放置されていたと書かれています。果たして警察は、隣のぽっぽ公園にあったゴミから得られたであろう指紋やDNAを、宮沢家に残されたものと照合するような捜査をしたのでしょうか? もしそういった捜査までしていたら、もっと早期に捜査の方向性は決まっていたのかもしれません。

NHKスペシャル未解決事件・国松長官狙撃事件の教えてくれること

先日、NHKの未解決事件が「国松長官狙撃事件」についてだった。NHKの切り口では、中村泰犯人説を重視し、オウム犯行説にこだわる公安捜査を痛烈に批判する内容となっていた。公安がオウム犯行説を重視したのも、それなりに彼らなりの根拠があって行ったことで、中村泰説が正しいかどうかは私にはよくわからない。もう少し詳しく知りたい方は、ウキペディア などで公安説なども目を通して考えて頂きたい。

今回取り上げたいことは、「国松長官狙撃事件」の犯人探しでも、番組の感想でもない。この番組に触れられていた、警察組織に関する問題点である。この番組によって、3つの大きな問題点が浮き彫りになった。

1、目撃情報を自分たちの都合良いように改ざんしていた

国松長官が狙撃される直前、現場近くでマンションの住人が不審者を目撃。しかしその目撃情報が都合よく解釈され、全く目撃証言と違うことが報告書では書かれていたのだ。

オウム犯行説を正当化するためには、公安は証言と全然違ったものに書き換え、自分たちの都合の良いストーリーを平気ででっち上げるということを行っていたことが明らかになった。公安がこういうことを平気でやるということは、警察組織全体でもこういった行為がまかり通っていた可能性があるということ。ここから考えると、ただでさえ信憑性の微妙な「世田谷一家」の目撃情報も、何処まで真実が我々に伝えられているのかにも疑問を持たざるえないということになる。

世田谷の事件では刑事部主導で捜査が行われているわけだが(公安部も別に動いている)、「現場近くに住む、裕福な家庭に親と同居する若者」が犯人という見立てを立てて捜査していたのだという。果たして、この最初の見立てが本当に正しかったかどうかが問われることになるのだ。

もちろん世田谷の事件では、外国人犯罪をはじめ様々な角度から捜査していた様子が伺われる。その上で、そういった見立てになったと信じたいし、基本的に私も警視庁の捜査方針に大きな誤りがあったとは考えていないが。

2,意見が合わないものは、警察は平気で抹殺する可能性

公安の捜査に意義を唱えていた刑事部の原雄一は、捜査一課長が退任するときに「お前、警察内部に抹殺されるかもしれないから気をつけろ。駅のホームの端には立つな」と耳打ちされたという。もしこれが事実だとしたら、自分たちの立場を守るためならば、平気で公安は人を殺しかねないことを意味していることになる。

この言葉を耳打ちしたのは、刑事部のトップ・当時の捜査一課長だったと番組で描かれていた。ヒラの警察職員が言うのと、組織内部を知り尽くした刑事部のトップである捜査一課長が言うのでは、言葉の重みが全然違う。捜査一課長をもってして、警察組織で意見が対立すれば事故に見せかけた殺人などが起こっても不思議ではないと危機感を持っていたことは驚きに値する。

実は、警察内部の不正を暴こうとするジャーナリストなどが謎の不審死や急死をすることが少なくない。単なる事故で片付けられてしまうことがほとんどであるが、この国の警察機構は我々が思っている以上に遥かに闇が深いのかもしれない・・・。

3,一度描いたストーリーを覆すのは難しい

この「国松長官」の事件を見ていてもそうだが、最初に打ち立てた捜査方針を覆すことは容易ではないことがわかる。「世田谷の事件」でも同様で、最初に描いた「近所に住む若者が単独で起こした事件」というストーリーは、当初から今に至るまでほとんど変わっていない。私自身も、その見立てが大きく間違っているとは思っていないが、これが全然違うものであった場合、たとえ有力な証拠がよそから出て来ようとも、それを受け入れるだけの柔軟性が今の警察組織に本当にあるのかどうかには疑問を抱かざるえないのだ。公安にとっては、国松長官をうったのが誰かなどはどうでもよく、オウムという組織を弱体化させることの方が、この事件捜査の目的に変わってしまっていた。同じようなことが、今度は世田谷の事件において刑事部によってなされていたということはなかったのだろうか?

(週刊新潮1月2・9新年特大号)の記事

この記事の信憑性は確かではないが、ネットでもこの記事の全容が残されている。もしこのような事実があっても、先の国松長官の捜査経緯を考えると、大阪府警の捜査資料が全く警視庁の捜査に生かされていなかった可能性も十分ありえるのではないかと思えてくる。もちろんこの記事自体が誤りで、そのような事実は存在しないのかもしれない。しかしそれにしては、実に具体的にかつ、別の事件と絡めて書かれているのではないかと思うのだ。大阪府警からこのような捜査報告があったとしたならば、警視庁もその方向からの捜査もすべきではなかったかと思う。もちろんした上で、資料を否定しているのかもしれないが・・・。

世田谷のような単純な図式の事件が未だ解決できないのには、何かしら警察組織の歪みにその原因があるのではないかと思われても致し方ないのではないのだろうか。それにしても今回のNHKの報道は、画期的な意欲作だった。

日常品ばかり

以前犯人の遺留品の中には、意図的に置いてゆかれた可能性があるものと、そうではなかったものがあるのではないかという記事を書いたことがある。また犯人の遺留品には、一定期間使用していたものも少なくなかった。そこで今回は、遺留品の中でも一定期間使われていた形跡があるものと、そうでないものにわけて考えてみる。

ラグランシャツ(トレーナー) 日常品

2000年9月~11月と事件に近い時期に、日本で130着販売されたものであるという。都内では10着ほど販売(1着は持ち主判明)され、神奈川の本厚木でも3枚が販売されていたことが確認されている

何度も洗濯した形跡があり、色あせてクリーム色に変色していたということで短期間に相当着込んでいたことが伺われる。また車庫に残されていた染料と同じものが付着しており、染料が付着してからは洗濯された形跡がなかったという。いずれにしても犯人が、日常的に着ていたものであることは間違いなさそうだ。都内で10着しか販売されていなかったもので、ここからも犯人がシャツを置いていったのは、捜査を撹乱させるためというよりも返り血を浴びて気持ち悪かったからとか逃走に目立つからといった単純な理由だったのではないかと。またシャツはこの短期間に相当着込んだ跡があるというのは、お気に入りだったという側面よりも、あまり複数のトレーナーを持っておらず、この服ばかり着ていたという可能性の方が私は高いのではないかとみている。本当のお気に入りの品ならば、現場に持ち込むこともなければ置いてゆくこともないのだろうから。

ユニクロジャンパー 日常品

2000年9月以降に、全国で8万2000着販売され即完売した人気商品。ポケットからは、小鳥のフンやヒメザクロの種子などの他、三浦半島の砂などが検出されたのだという。また袖口からは、犯人の血液型と同じA型の汗が検出され、犯人がこれを着て日常的に移動していたことが伺われる。

エドゥインのボア付き 手袋 微妙

1998年~2000年の間に、1万755組 販売されたものだという。犯行に使われた形跡はなかったが、リビングに入る道すがらに投げ捨てられていた。興味深いのは、中に犯人の血液がびっしりと付着していたこと。しかしこれに関しては、犯人のものであるか明確にはされていない。そのため手を負傷したときに、宮沢家にあったものを使った可能性も無きにしもあらず。ただしそれならば、宮沢家の家族のDNAが検出された可能性が高いし、杏さんの証言だとデザイナー的な仕事をしていた みきおさん は、それなりにおしゃれで高級品を身につけていることが多かったことからも、やはり犯人のものであった可能性は高いのだろう。ただし、使い古されたものかの情報は明らかにされていない。

ヒップバック  日常品

大阪のメーカーが、1998年~1999年 に、2850個製造したもの。これは、凶器になった柳刃包丁を入れてきたものであり、この中には、砂漠の砂だとかモナザイトだとか様々な残留物が含まれていた。特に日本国内には存在しないものや、限られた人間しか使用しないような特殊な物質が検出されている。またユニクロジャンパーと同様の三浦半島の砂も含まれており、ユニクロジャンパーを着てヒップバックを装着して、ジャンパーの発売された2000年9月以降に三浦半島を訪れていた、あるいは住んでいた可能性があるということになる。これも底の部分が薄くなるほど、長く使用した形跡があるという。また最近発表されたものには、中から犯人のDNAと一致する毛髪が検出されており、犯人が一定期間使用していたことは間違いないなさそうだ。

クラッシャーハット 微妙

1998年~1999年 3465個 全国のスーパーで販売されたという。これに関しては、犯人の毛髪一つ付着していなかったことからも、犯人が日常的に使っていたものかはハッキリしない。ただし事件前に目撃された不審者情報の中には、このクラッシャーハットを被っていた人間が複数の人から目撃されている。そのため、犯人ものである可能性は高いのだろう。

マフラー 日常品

唯一製造・流通が解明されていないが、100円ショップなどに売っていたり、景品などで配っていたという話もあるもの。130センチと子供サイズのもので、犯人が長年使用していた形跡があることが先日警察から発表された。

黒いハンカチ 日常品

1995年~2000年までの間に、無印良品から 6万6500個販売されたものだという。これも洗濯してアイロンをかけた跡もあったようで、日常的に使われていた可能性が高いもののようだ。

スラセンジャーの靴  日常品

1998年10月から2000年11月にかけて、韓国で4530足製造販売していた。しかし28センチサイズは、日本では売られていないもの。同じ外枠の大きさの 27.5センチに関しても、日本では販売されていないことが後に判明している。これは足跡から判別されたものであり、犯人が意図的に残したものではない。しかし足跡からは、使い古されたものだと判明したのだという。そのためこれも、日常的に犯人が使用していた可能性が高い。

凶器の柳刃包丁  新品

関の孫六・銀寿 と呼ばれる商品で、刻印から2000年6月に製造された1500本のうちの一本だと判明した。現場付近では、世田谷区・杉並区内で事件前月の11月中に13本販売、被害者宅から数キロ圏内にある小田急線経堂駅近くのスーパーで事件前日の29日に2本販売、東急田園都市線用賀駅近くのスーパーでも事件前日と当日の30日に1本ずつ販売されていた。また事件前日に武蔵野市吉祥寺のスーパーでも販売されており、この時購入した「身長170cm前後、年齢30代、黒っぽいジャンパーの男」の似顔絵が2004年に警視庁より公開されている。しかし最近の警察発表では、犯人は15歳~20歳台とみており、この防犯カメラを元に作成されたイラストの人物に対し警察は重視していないことが伺われる。

(遺留品の傾向)

ここにあげた9つの遺留品(靴は遺留品ではないが)のうち、6つは犯人が少なくても一定期間使用していた形跡があるということ。また警察がハッキリさせていない手袋やクラッシャーハットも発表していないだけで、他の遺留品と一緒に置かれていたことからも、その可能性は高いのではないかとみている。明らかに事件のために用意したと思われるのは、新品の包丁 だけなのだ。もしこの包丁の購入日時が明らかになれば、犯人がこの事件を起こそうと決意した時期がわかることになる。みきおさんと揉めた男が、事件直前に殺意を抱いたという可能性は一番自然な流れになる。しかし被害者の殺害方法からすると、むしろその動機は、にいなちゃん や 泰子さん の方だったのかもしれない。少なくてもみきおさん殺害後に、屋根裏部屋で寝ていた二人をわざわざ襲ったことからも、そのことが伺える。

また包丁は他の遺留品と違い、日常的に使われていた形跡がなかったことから、事件直前に購入したのではないかと見られている。しかし事件前日の吉祥寺の男は防犯カメラが作動していたために似顔絵を作成することができただけで、すでに捜査線上からは年齢的に外れている可能性が高い。経堂のスーパーでは、事件前日にブツブツと殺意を放っていた青年も売り場で目撃されており、それも極秘に似顔絵などを作成していた可能性が高いことは以前ここでもとりあげた。しかし今に至るまで、包丁をたどっても犯人にたどり着くことはできていない。

そこで遺留品の販売時期を見てみると、事件前の秋口~11月ぐらいまで販売されていたものが多いことに気がつく。すなわち事件を起こそうと他の遺留品も買い揃えていたとしたら、この包丁も11月頃に購入されていたものなのかもしれないのだ。特に杉並や世田谷区内では、この包丁が11月に13本販売されていたことが明らかになっており、むしろこの時期に犯人が購入したものの可能性も捨てきれない。もちろんこの時期の販売状況も、警察はくまなく捜査したのだろうが、犯人にたどり着くことなく現在に至っている。もし事件前日に近所で購入していたとしたら、それこそ犯人は警戒心が極めて薄い衝動的な人間だと思うのだ。そして遺留品を残したことで、捜査を撹乱させようとかいう意志は全く考えていないか、それでも捕まらないと考える特殊な思考回路の持ち主だったのではないかと。とてもそこからは、知的で計算された行動だとは思えない。そのことは、ラグランシャツの販売数やスラセンジャーの靴の稀少性からも、同様のことが言えるのではないのだろうか。

あとよく韓国でしか手に入らないスラセンジャーの靴をもってして犯人は韓国人なのではないかという話にもなるが、それは一つの可能性でしかないと思うのだ。というのは、他の遺留品は日本でしか手に入れられなかったものも少なくなかったからである。冷静に考えれば、犯人は何かしらの理由で一定期間韓国に行っていたときに購入した、あるいは販売を追いきれない個人輸入や正規のルートではないような方法で日本国内でも手に入れることができたことも視野に入れておくべきではないのだろうか。

(個人的な主観)

私もこの事件を起こしたのは、日本社会において特殊なルーツを持つ人間、あるいは冷遇されるような環境で育ってきた屈折した人物ではなかったのかという思いは強い。ただし日本語読解能力が一定レベルはありそうなことや、日本での一定期間の生活臭がすることを考えると、事件前に外国から事件を起こすことを目的にやってきた外国人だったかと言われると疑問が残るのだ。もちろん事件後に、自分のルーツをたどって海外に逃亡している可能性は無きにしもあらずだとは思うのだが。仮に外国籍だとしても、かなり長い期間日本で生活していた、あるいは日本社会で生まれ育った人物なのではないかと思うのだが、確かな根拠はなく一個人の感覚的なものとして頭に留めておいて頂きたい。むしろこの事件は、宮沢家個人というよりも、日本人や日本社会への敵視・恨みが、強い殺意として現れた可能性も否定できない。しかしそれよりも、単に人を殺してみたいという衝動に駆られた 快楽殺人 だったという見方の方が私の中では大きくなっている。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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