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長きに渡る謎

「世田谷一家殺害事件」において、現場の写真を観ていて新たに2つわかったことがある。このことを警察は把握していただろうが、一般には触れられることはなかったと思うのだ。少なくてもこの事件にずっと向き合ってきた私でも、全く知らない事実だった。

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そこで、上記の写真をよ~く観て頂きたい。この写真は恐らく、本当に事件発覚直後の現場写真だと考えられる。というのは、まず事件当日に止まっていたとされる、宮沢家の愛車・赤いシトロエンが車庫前のスペースに停まっていることからもわかる。そしてそれ以上に驚かされるのが、まだ周りには誰も捜査員らしき人も見えず、また事件の現場に最初に入るはずの鑑識をしている様子がないのだ。恐らく事件発見直後にやってきた、最初の捜査員が鑑識前に撮影したものではないのだろうか。

ここで注意して欲しいポイントは2つ。一つはすでに伝えられているように、発見当時は玄関前の電気は付いていたということ。これは、第一発見者のおばあちゃんもそうだったと証言。しかしながら、事件発覚前に配っていた新聞配達員の証言では電気は付いていなかったという。これは、犯人がその後つけたのか? あとから家に入ってきた隣人などがつけたものなのか? 配達員の記憶違いだったのか? もし犯人がつけたとなれば、玄関から逃走しようとしない限り、ここの電気をわざわざつけてゆくことはないし、逆に玄関から逃走するにしても、ここの電気をつけて出入りを目立たせたとは考え難い。とりあえず実際のところは、誰がつけたものかは今持って謎のままだ。

しかし今回の本題はここではなく、シトロエンの右側をよ~く観て頂きたい。一台の自転車らしきものが置かれているのだ。なんだこれはと、発覚当時の別の写真を探してみた。

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上記の写真を拡大していっても、やはりこれは自転車であることは間違いない。この事件のことは、本当に数多く報道されてきたのに、不思議と玄関前に自転車が停まっていたことを触れた記事は私自身今まで見たことがないのだ。赤いシトロエンが停まっていたことは、何度も話題になっていたのにだ。まぁそれほど重要だとは捉えられていないので、今まで記事になっては来なかったのだろう。これは常識的に考えれば、泰子さんなどが日常的に使っていたもので、普段から家の前にこのように停める習慣だったのか? 当日たまたまシトロエンを車庫に入れなかったため、ここに置いていたのかは定かではない。しかし当然、この自転車が宮沢家のものかどうかは、隣家などから確認済みなのだろう。 まさかここまで触れられてこなかったのは、犯人が現場まで乗ってきた自転車だった可能性があるからだとか、勘ぐりたくもなるのだが・・・。少なくても発見当時、自宅の前には一台のママチャリらしき自転車が停めてあったということは間違い無さそうだ。

被害者宅のポストにセンサーがあり、人が通ると防犯用ライトがつく。(週間文春)

毎日宮沢家に新聞を配達していた配達員の証言としてこのようなものがある。確かに宮沢家の車庫の上には、防犯ライトのようなものが確認できる。しかしポストのあたりにセンサーがあったというのは、私には現場に行って探しても、また多くの写真を見ていても全くそれらしきものが確認できないでいた。車庫の上のライトは奥まった場所にあり、玄関前の人を感知できなかった可能性があり、またあそこのライトがポスト付近を照らすことは角度的にもできない。本当にポスト付近を照らすものがあったのならば、別にそういったものが存在したはずだと長年疑問に思っていた。

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しかし上記の写真をよく見て欲しい。出窓の少し右側に、3つの窓の一番左の窓の斜め上あたりに、ライトらしきものが見える。拡大してみてもハッキリはわからないのだが、ポストセンサーだと配達員が証言したのは恐らくこれが感知して付いたいたではないかと思われるのだ。あるいは電気メーターの少し上にも、何かしら線が伸びており、これもその類の防犯関係の可能性も無きにしもあらず。このへんは、現場近くで見てみないと詳細はよくわからない。

しかしなんでポストセンサーにこだわっているかというと、犯人が侵入しようと考えた時に、このような強烈なライトが付くような場所からは侵入しようとは思わなかったのではないかということ。まして宮沢家というのは、夜になっても雨戸が一切ない珍しい作りになっていて、夜に急に明るくなれば家の中の住人が気がつきやすい構造になっているのだ(これは隣の入江家も同様の作り)。宮沢家は、あえてそういったことを計算して立てられた建物だということなのだろうか? 当然事件当時、みきおさんが一階で殺害されていることからも、犯人が玄関付近から入ろうとしたら、事前に気がついた可能性が高いのだ。ここから考えられるのは、

1,犯人は浴室の窓から侵入した

2,知り合いで家に招き入れられた

3,玄関のドアが開いていて瞬時に侵入してきた


などの可能性だ。まぁ散々ここでも推理してきたので、侵入については今回は言及しない。しかしこれ一つとっても、やはり玄関から侵入しようとはしなかったのではないかと改めて思うのだ。玄関から入ったとすれば知り合いで招き入れられた場合だが、全く人が訪ねてきた痕跡が現場から見つからない上に、にいなちゃんが21時半頃まで一階のパソコンで子供向け番組を視聴していたり、みきおさんがパスワード付きのメールを送信していたり、趣味であるアニメを見ていた形跡が残っていたことからも、誰かが訪ねていた痕跡は伺えない。ただし一つだけ言えるのは、家の前方には相当な防犯意識があったということ。車庫にも、ポスト付近にも同方向を照らす防犯灯の類をつけていたこと、そしてこの家の構造からも、この家を建てたときから犯罪を防ぐための対策がとられていたことになる。その割に、なぜ家の裏側への意識が薄かったのか? には疑問が残るのだが・・・。

(長年の疑問)

宮沢家と入江家の間には、お互いのプライバシーに配慮して防音対策がなされていたという。そのため一家4人が殺害されるという痛ましい現場でありながら、その惨状に隣家の住人や前に住んでいた家族にも気づかれずに犯行を実行できたとされている。恐らくこのことに関しては、多くの時間をかけて再現実験を行い、警察も認識済みだろうと思われるので疑いの余地はない。犯人は、家の中を荒らしまくったり、小銭を床にぶちまけてもなお、壁一つ向こうの隣家の住民は不思議には思わないほどの防音対策だったことになる。

しかしだ、宮沢さんは隣の公園に屯う暴走族や深夜まで騒ぐスケボー少年達を注意してトラブルになっていたことは知られるところだ。これだけの防音対策をしていたら、冬場のように閉め切った状況ならば相当な音を遮断できたのではないかとも思うだの。もちろん家の裏で若者が夜な夜な騒いでいたり、スケボーを高いところから着地すれば凄い音もしていたことは容易にも想像はつく。しかしこの家は、普通の家とは違った作りだったわけで、そのへんどうだったのかな? という疑問を以前から持っていた。中からの音を遮断できる作りならば、外からの音も相当遮断できていたのではないかと。果たして警察は、外からの音が中でどう聴こえるかまで検証したのだろうか? そもそも東京育ちの夫婦が結婚して家を建てるときに、雨戸を全くつけないような家を建てようとおもったのか? それ自体私には不思議でならない。

(触れられないスペース)

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宮沢家の間取りを3Dプリンターで再現したものをみて、驚いたことがある。前にも触れたことがあるが、一階にある納戸が想像以上に大きいのだ。この事件では、警察が全く触れない2つのスペースがある。1つは、二階リビングに繋がる階段を上がると左手にあるスペース(上記の写真だと一番上の空間)。そこには、洗濯機と物入れが2つほど置かれたことが再現されていた。きっと犯人も止血を試みるときに、このスペースなどに入ったのではないかと思われるのが、このスペースに触れられた記事を見たことがない。杏さんが事件後はじめて現場に入ったときに、洗濯ものが当時のまま干されていたと語っていたが、おそらくこのスペースだったのではないかと想像する。おそらくこの物入れには、中二階にお風呂があることからも、家族の下着やタオルなどが収納されていたのではないかと勝手にイメージさせられる。

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もう一つは、一階の階段横にある納戸である。納戸にある書類入れを犯人が物色した跡があり、そこからは犯人の指紋が検出されていたことは明らかになっている。しかしこの3Dプリンターをみて驚いたのは、この納戸は細長く階段横のスペースと平行するように奥まって伸びていたのだ。

1階がみきおさんの仕事場兼子どもたちの勉強部屋だったということからも、みきおさんの仕事&趣味関係のもの。あるいは、塾関係の書類なども、このスペースに置かれていた可能性が考えられる。いずれにしても、なにか家の人間が大事なものを隠すとしたら、このスペースだったのではないのかと。また犯人がなにか探しものをしていたとしたら、最もこのスペースを重点的に探しそうなものなのだが、ここに関して記述したものや警察で触れられたことは一切ないのだ。そこで考えらえれるのは、

1,事件とは全く関連性が薄いからあえて取り上げない(あるいは犯人が入った形跡がないから)。

2,なにか重要な犯人しか知りえないような情報が、これらのスペースには残っていた


いずれかではないかと私はみている。二階のスペースは、犯人が止血するためにまず立ち寄ったのではないかと思うし、一階のスペースは、何かを懸命に探していた犯人ならば、結構時間をかけて物色したのではないかと思われる場所なのだ。それにしても みきおさんが設計したこの建物は、実に不思議な構造でありながら、考え抜かれた設計になっていたことに驚かされる。

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なにげに重要なこと書かれている

先日発表された、世田谷一家の最新情報。ヒップバックに犯人のものとみられる毛髪が混入していたという話に目が奪われがちだが、他にも新たな情報が幾つか明らかになった。今回は、そんな新情報について考えてみたい。

(バスケットシューズの可能性)

警察のHPを見てみると、かなり驚きのことが書いてあった。それまで犯人が残した足跡は、スラセンジャー社製のテニスシューズだとされていたのだ。しかし今回の新情報では、バスケットシューズだった可能性もあるという。

なるほど深夜にたむろう若者などの間では、公園などでスリーオンスリーをするのはNBA人気の高かった90年代にはちょっとした流行だった。事件のあった2000年以前に、そういったものを知った若者ならば、靴がバスケットシューズだというのも頷ける。少なくてもスケボーを興じる若者よりは、スラセンジャーの靴を使っていた可能性は高いのではないのだろうか。

1990年台というのは、人気アニメ「スラムダンク」が爆発的なヒットをしていた時期で、この漫画の人気が下火になってゆくのは、連載の終わった1996年ぐらいだったと言われている。しかしNBAブームや「スラムダンク」に影響を受けた世代が、その後もバスケを楽しんでいた可能性は充分にある。 あえてこの時期に、バスケットシューズ を出してきたのは、単にスラセンジャーのシューズがバスケットシューズだった可能性があるということに留まらず、そっち方面を捜査の対象にしていることを明らかにしたということなのだろう。ちなみに「スラムダンク」の主人公も、最初は長髪だったが話が進む中で短髪に変わってゆく。そんな姿に、何かしらの影響を受けていたのかもしれない。

そこで祖師谷公園のバスケットゴールが何処にあるのか調べてみると、こちらにゴールらしきものが見えてくる。当時からここにバスケットゴールがあったとしたら、距離にすると数十メートルスケボー広場よりも宮沢家までの距離はあるものの、深夜若者達が騒ぎながらボールをついていたりしたら、宮沢家にも大きな騒音になっていた可能性が考えられる(画面右側のグランドにゴールがある)。そう警察が、以前に比べスケボー説とは距離をおき始めていた背景には、こういったものの存在があったからなのかもしれない。

(真新しい靴ではなかった)

もう一つ、重要な新情報が書いてある。それは使用されたスラセンジャーが、事件のために用意されたものではなく履き慣れたものを使用したのではないかということ。これは、実は包丁以外の遺留品の多くに観られる傾向で、犯人が残していったものは一定期間使用していたものばかりだったことと共通している。

そしてこのスラセンジャーの靴というのは、犯人が持ち帰った(履いて出ていった)ものであり、犯人が捜査を混乱させようと意図したものではなかった可能性が高い。警察の捜査によってそれがスラセンジャーの靴だと判明したわけで、それが他の遺留品と同様に一定期間使われていたものだったということとはどういうことなのか? そう残された遺留品も、けして捜査の撹乱を狙ったわけではなかったのではないかと。

そもそも一定期間使用していたものを置いてゆくことが、捜査の撹乱などに繋がるのだろうか?例えばこの遺留品が元々他人のものであれば、前の持ち主のDNAなどが検出され撹乱にも繋がるかもしれない。しかし一定期間自分で使用したものならば、それは例え遺留品の数が多くても、本人に繋がる可能性が高いものだからだ。あえてこういったものを置いていったとしたら、それは撹乱を狙ったのではなく捜査関係者・発見者・世の中への挑発行為だったのではないかと以前にも推理した。捕まえられるものならば捕まえてみろという、犯人のメッセージ的な意味合いである。そこから読み取れるのは、やはりこの事件は快楽殺人の色彩が強い、愉快犯だった可能性が高いということではないのだろうか。連続幼女殺人犯・宮崎勤の、女性を装った今田勇子の手紙。神戸児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗が、校門のところに殺害した児童の首を置いた心理と、近いものがあるのではないかと。

もしくは、犯人が慌てて荷物を置いて逃走しなければいけない事情があったのかもしれない。しかしこれに関しては、わざわざ みきおさんの衣服を着て逃走した可能性が高く、そういった時間的余裕・計画的な行動からも低いことがわかる。

もう一つ遺留品を残していった可能性として気になっているのは、長年使っていたものを捨てていった心理である。少なくても、それらが無くなっても困らない状況になったということを意味するのではないかということ。以前防寒着を置いていったのは、今後温かいところに逃走する予定があったからではないかと書いたことがある。それ以外の可能性として、この事件を起こすことで金銭的に余裕が生まれたからではないかと。宮沢家から無くなった額は、おおよそ20万程度。その程度の額ならば、確かに遺留品の類を一式新しくすることはできたかもしれない。しかしそれだからいって、これぐらいの額でお金には困らないと大きくなれる額ではないはず。この事件を起こすことで、もっと多額のお金が入るアテがあったのだろうか? それとも金銭感覚に疎い(学生)ぐらいの年齢の人間が、犯人だったということなのか?

製造時期 平成10年10月から平成12年11月までの間

このスラセンジャーの販売時期は、1998年10月~2000年11月 と事件直前までだったことがわかっている。他の遺留品も、ほぼ同時期のものが多く、特別古いものではない。この靴は日本では販売されていなかったことからも、少なくても事件の2年前~事件直前のいずれかの時期に韓国で暮らしていた、あるいは渡航歴があった人物だった可能性が高まってくる。遺留品の発売時期が似た時期に集中しているのは、事件の2,3年ぐらい前から自分の身の回りのものを自分で購入しはじめたのではないかということ。それは経済的に自立したからなのか? 親との関係が疎遠になったからなのかは定かではない。何が言いたいかというと、事件の数年前ぐらいの間に、学校を卒業した、アルバイトや仕事をするようになった、もしくは学校などに通わなくなっていたなんて、何かしらの犯人を取り巻く環境に大きな変化があったことを示しているのかもしれない。

(ヒップバックではなく ボディーバックやウェストパッグの可能性は?)

実はバスケットとヒップバックの関連性を調べていると、スケボー以上にバスケのほうが関連性が高いことがわかってくる。また似た形状のものとしてあげられるボディーバックというのは、昨今よくみる肩から斜めにかけるもののことらしい。またヒップバックとウェストバックの違いは、ウエストバックが前方に装着するもので、ヒップバックはお尻の方に向けて装着するものをいうらしい。

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警察がヒップバックだと言うのだから、これはお尻の方に装着したものではないかと元々は考えていたのだろう。なるほどそれならば、浴室の窓に侵入したときも、装着したまま侵入した可能性が高かったのではないかと思えてくる。

私の年代でヒップバックなんか使っている奴なんか見たことないと言っていたのは、前に装着するようなウエストバック(ポーチ)のことであり、私より若い世代ならばバックを後ろ向きにして装着していたのかもしれない(ただし俺の周りにはいなかった)。それは、スケボーやバスケットなどで動き回る若者にとっては、けしてダサい格好ではなく認知されていたものであったということなのだろう。

(マフラーの新情報)

警察のHPでは、マフラーに関して次のような新情報が追加されていた。

犯人が現場に残したマフラーの製造元や販売店等は判明していませんが、過去の捜査でゲームセンター(クレーンゲーム)の景品だった、という情報があります。
また、平成30年5月にマフラーに関する情報提供を呼びかけたところ、

事件前に、中学校の指定制服販売店の景品でもらった
事件前に、ガソリンスタンドの景品でもらった
などの情報が寄せられました。


非常に安価なものだったらしく(さらに子供サイズ)、犯人は小さい頃からこのマフラーを使っていたのではないかという話だった。しかしその話には違和感があり、確かにゲームセンターで手に入れたとか何かの景品で手に入れたという理由であるならば、自分の趣味の柄でもサイズでもないものを使っていた可能性があったのかもしれない。無料でもらったようなものならば、男子があまり好まないような色合いだったことや、子供用サイズのものを犯人が使用していた理由も頷ける。当然警察はもう裏をとっているのだろうが、制服の景品でもらったり、ガソリンスタンドの景品でもらったとの情報ならば、その店の地域も特定しているのだろう。

(今回の発表されたものを整理すると)

1,事件当時犯人は、黒または黒褐色の髪の色で短髪の髪型だった可能性があるということ

2,スラセンジャーはテニスやスケボー関係よりも、バスケシューズの可能性

3,マフラーは景品などで手に入れた可能性があり、その地域が絞られてきた


警察があえて、短期間の間に立て続けに情報を発表している背景には、捜査網が確実に絞られてきていることを犯人や家族に知らしめて、自首することを促すメッセージがあるのかもしれない。あるいは、より具体的な情報を発表することで犯人を知り得る人物からの情報を待っているのではないかということ。逆にいえばかなり具体的なところにまで踏み込んだ情報をあえて出すということは、何処の誰か有力な容疑者がいるわけではまだないということを意味しているのではないのだろうか。

髪の毛の謎

世田谷一家殺害事件の情報と言えば、事件のあった12月に毎年発表されるのが常だった。しかし近年は、必ずしも年末に発表するとは限らなくなっている。特に今回は、今年6月に発表されてから僅か2ヶ月足らずでの新情報となったのだ。最近は、捜査関係者の異動があると、在任期間中の捜査実績・報告的に新たにわかったことを発表している印象があった。しかし数ヶ月前に捜査一課長が替わったのは知っていたが、今回はどのような事情で公開に至ったのかは定かではない。しかし最新の科学捜査の進歩によって、ヒップバックに残されていた髪の毛が犯人のものであると実証されたからではないかと推測する。あくまでも今までは、犯人のものではなかったのかという仮定でしかなかったのではないのだろうか。

今回の発表では、ヒップバックの中に犯人の毛髪が残っており、その詳細な情報が明らかになった。ヒップバックの中に短髪の毛髪が残っていたことは、以前から記事になったりして知られていた事実だった。それを今回は、改めて公式に認める形となった。詳細については、警視庁のHPから抜粋させていただくと

犯人が現場に残していったヒップバッグの中に、犯人のものと認められる長さが約2.5センチメートルと約1.5ミリメートルの2本の頭髪が入っていました。

長さが約2.5センチメートルの頭髪は、黒色で、抜けおちたものではなく、切断されたものと認められます。
長さが約1.5ミリメートルの頭髪は、黒褐色で、両端がバリカンようのもので切断されたものと認められます。
ヒップバッグは、平成7年から平成11年までの間に販売されていました。
つまり、犯人の頭髪は、ヒップバッグを着装していた時期に、黒色又は黒褐色だったと考えられます。


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とのこと。2.5センチでイメージに近いものは、500円玉の直径(2.65センチ)ぐらいとなる。 長さとしては スポーツ刈り をイメージして頂ければ無難なところか? こちらは黒色で、抜け落ちたものではなく切断されたものと認められるという。切断されたものということは、髪の毛の長さ自体がこの長さだったとは限らないということになる。

もう一本は、1.5ミリということで 1円玉や5円玉・10円玉などの厚さと一緒だということ。

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こちらは、黒褐色で、両端がバリカンようのもので切断されたものと認められるという。ここで重要なのは、2つの髪の毛はいずれも切られた直後にヒップバックに混入した可能性が高いということだ。これは結構不思議な話であり、二つの長さや色の違う毛髪が切られた直後にヒップバック紛れる可能性というのは、かなり物理的には稀なケースなのではないかということ。この謎をどう考えるべきだろうか? 

(犯人の髪型)

私が思うにこれは、2本とも同じ散髪のときに混入したのではないかと考える。ようは、この髪の毛の長さの違いは髪型のせいではないかと。スポーツ刈りの場合は、ハサミで短くカットする部分とバリカンを使う部分があるのだ(特に後頭部は)。坊主刈りのように、全面をバリカンで切るような髪型では犯人はなかったのではないかということ。

2.5センチの髪の毛は、普通にハサミで切った時に混入した可能性。両端がバリカンで切断されたということは、最初短くするためにバリカンを入れた。そしてさらに長さを調整するために、再度バリカンを入れた時に切れた髪の毛が、1.5ミリという極めて短い両サイドにバリカンのようなもので切断されたものの正体ではないのだろうか。

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(黒色と黒褐色の違い)

この色の違いが、地毛の話なのか意図的に色をつけていたのかの詳細はわからない。部分的に微妙に染めていたからなのか? それとも同一人物の髪の毛でも色が違っていたのかもしれない。ただし部分的に色を変えるのならば、もっと明確に違う色にしそうなもので、微妙な色の違いにはしないだろうということ(自己主張の観点からも)。

私などは、元々茶色や赤毛や金髪などが結構混ざっていたような髪だったので、同一人物の髪の毛でも色が違うという話はイメージできる。この2本の髪の毛は、切った時期が異なるからではなく、そういった特徴を犯人も持ち合わせていた可能性があるのではないかと。そう考えたほうが、2本切られた髪の毛が混入した謎を説明するのには自然であるように思われる。

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現場からは別に約20本の頭髪が見付かっており、関連を調べている。

スポーツ報知の記事によると、警察発表には書いていないもので、これとは別に20本の頭髪が見つかったと書かれている。もちろんこれは家中をくまなく探したものの、明らかに家人とも隣家のDNAとも違うと思われる20本の髪の毛が存在したということだろう。唾液などを使ってDNAによる捜査協力を関係者には依頼してきたということで、この20本に関してはそういったものとも一致しなかったDNAが、いまもなお存在するということではないのだろうか。これは結構驚きの情報であり、もちろん20本それぞれが別人のものかはわからないが、事件から18年経っても誰のものかわからない髪の毛が複数存在するということ。これだけ様々な捜査をしてきたなかで、それでも所在がわからないDNAが家の中に多数存在していたというのは驚きに値する。この髪の毛とは、事件発覚当初の鑑識時に根こそぎ拾ったものの中に含まれていたものなのだろう。恐らく事件発覚直後に宮沢家に入った、捜査関係者や救急スタッフなどのものとも違うということ。宮沢家には、普段から捜査線上には接点が見つからないような人物が多数出入りしていた可能性があるということなのだろうか? 

(なぜ犯人の切ったばかりの毛髪が混入したのか?)

普通床屋で切ってもらえば、その間はエプロン(正式名は刈布・カットクロス・カットケープ)などをつけて髪の毛がヒップバックに混入する可能性は低いだろう。切った直後に払いきれなかった髪の毛が混入した可能性があるとすれば、犯人は事件直前に髪の毛を切っていたということだろうか? 仮に混入した可能性で考えると自分で切った可能性も無きにしもあらずだが、自分でやる場合ヒップバックをつけたままではやり難くて外すよな?と思うのだ。 一番現実的な仮説を立てるのならば、犯人は事件前に髪を切って、そのまま事件を起こした可能性が高いということではないのだろうか? しかし12月の29日・30日あたりに、営業している床屋も限られていたのではないかと思うのだ。特に個人商店が多い床屋では、すでに休みに入っているところも多かったのではないかと。逆にここにこそ、犯人が絞れる可能性があるのかもしれない。しかしすでに2000年当時には、チェーンの1000円カットも普及しはじめたことも否定できない。お金のない若者ならば1000円カットを利用した可能性や、頭を洗わない1000円カットならば切った髪の毛が混入しやすかったとも考えられる。またラグランシャツには染料が付着していて、洗われた形跡がないまま事件を起こしたことになっている。ヘアカットと、染料とのつながりはないのだろうか?

(犯人が日頃から短髪だったとすると)

これは、どういう可能性があるのかというと社会性が高かったことの現れなのではないかということ。警察が犯人像として考えていた、親と同居する引きこもりがちな若者というイメージとは、かなりかけ離れていたのではないかと。というのも引きこもりであれば社会との接点は薄く、髪の毛を切る・整えるという必要性が低いことになる。

まして犯人が警察の想定どうり学生だった場合、部活動などに勤しんでいてスポーツと関わりを持っていた可能性が高くなる。そうでもなければ、色気づいている若者が好き好んで短髪にしようとはしないお年頃だからだ。そこから考えると少なくても家に引きこもっていたとかいうことはなく、学校や職場などと社会的な繋がりを維持していた人物。普通に考えれば部活動をしていた学生・汗をかくようなガテン系の職場で働いていたような若者、そういった人間を短髪からはイメージさせられる。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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