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なぜ犯人の年齡は変更されたのか?

毎年事件のあった年末に、新情報を発表してきたこの事件。しかしここ数年は、必ずしも年末発表にはこだわっていない。そんな中、近々世田谷一家殺害事件における発表があることは、事前の新聞にも掲載されいてた。

事前の記事には、犯人は事件当時 15歳~22歳 の人間に絞り込んだと報道されていたのだ。しかし正式な警察発表では、当時15歳~20代と年齡の幅が広くなっていた。この違いは何なのか? 私にはどうしても気になったのである。

今の科学捜査だと、DNAから前後6歳ぐらいの誤差はあるものの年齡を特定する技術 が確立されているのだという。また唾液や毛髪などからも、年齡を解明する研究がされていることは、以前から知られていた。実際のところ正式には発表されなかったものとは別に、もっとピンポイントで犯人の年齡を絞り込んでいるのではないかと私は感じたのである。それは、過去のDNA捜査での失敗などから、世間には広めに年齡を設定して発表したのではないかと。今回の変更は直前に、急遽上層部の意向で加えられたものではなかったのだろうか。

仮に上下6歳の誤差という鑑定法を、警視庁も重視して採用しているのならば、今回の年齡設定は容易に理解することができる。それは元情報にあった22歳を起点にすると推測できるのだ。まず犯人の年齡を22歳だと設定してみよう

22歳+6歳 = 28歳
22歳-6歳 = 16歳


という年齡がまず出てくることがわかる。そして6歳の誤差とされていることからも、15歳~29歳 までと1歳ずつ余裕をもたせた形での正式発表になったのではないかと。しかし発表とは違い警察が15歳~22歳に絞って捜査していたとしたら、この上下6歳という話は成り立たない。

16歳+6歳 = 22歳
16歳-6歳 = 10歳


特に私が気になるのは、上限の22歳という年齢がどのような形で算出されたのかということにある。上記のように、DNA検査の結果おおよそ22歳ぐらいというものが出た上で、上下をとって今回の年齡になったのならば私も理解できる。しかし怖いのは、仮に16歳ぐらいだと判定が出たとして、上は誤差である22歳まで入れた。しかし下は、このような凶悪事件を起こすのは、(犯人の体格や足跡の大きさ、風呂場の窓の高さなどから)、15歳以上に違いないと、下限の年齡の可能性を切り捨ててしまったのではないかと恐れるのだ。

事件当時怪しい人物はいたのに、年齡が14歳以下ということで無条件に捜査の対象から外されたものはいなかったのか?この事件の犯人を見つけ出すことができなかったのは、実は中学生が、こんな犯罪をするわけがないという先入観 みたいなものがあったのではないかと(ただし中学生が犯人だった神戸児童殺傷事件はこの事件より前だった)。

さらにこの事件の数年前には、地下鉄サリン事件など凶悪犯罪を繰り返した オウム真理教 の一連の事件があった。しかしここまでの事件が起きるまで、警察はなかなかオウムの犯行だと断定することができないまま多大な犠牲を出してしまったことがあったのだ。その判断を遅らせたものの一つに、警察上層部の中に、「人の命を救済するはずの宗教団体が、そのような凶悪犯罪などするはずがない」と言って宗教団体への捜査をためらった経緯があったと言われている。けして極めて頭脳明晰だったとは思えない世田谷の事件において、なぜ犯人を見つけ出すことができなかったのか? そこには、何かしらの見落としがあったはずなのだ。その可能性の中に私は、犯人の年齡設定を誤ったのではないかと危惧するのである。

まして事件前に2ちゃんねるに書き込まれた黒ムツさんの書き込みには、自ら自分は13歳だと書き込んでいる。もちろんこの書き込みが事件とは関係ない、あるいは書き込んだ主が本当の年齡を述べていない可能性は充分あるだろう。しかしよほどの根拠がない限りは、私は15歳より下の当時中学生ぐらいまでは捜査の対象とすべきだったのではないかと思うのだ。もちろん警視庁が、そういった可能性も含めて捜査していたとは信じたいところなのだが。

また私事だが、私は人よりも身体の成長が早い方だったので、13歳ぐらいのときには15歳ぐらいの平均的な成長と同レベルぐらいだったのではないかと今でも思っている。もちろんDNAの年齡鑑定には、そういった個人差も考慮した上での上下6歳という設定なのだろうとは思うのだが。マフラーが短く子供用のものを長く使っていたのではないかという今回の警察の見立てだが、むしろ犯人の年齡自体が本当に幼かったということはなかったのだろうか?何かこの事件には、そういった先入観や大きな見落としがあったのではないかと危惧するのである。

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世田谷一家殺人事件とはなんだったのか?

私はこの3年余り、 世田谷一家殺害事件 に絞り事件と向き合ってきた。そして恐らく、こうだったのだろうという漠然とした結論に至っている。それは、当時世間を騒がしていた17歳世代が起こしていた犯罪などに触発された若者が、恐らく単独(若干の協力者のいた可能性も)で行った 快楽殺人 だったのではないかということ。この筋書きは、かなりの部分で 警視庁 の見立てに近い結果となった。

(組織犯罪説)

そんななか、この事件を 組織犯罪 だったのではないかという識者も少なくない。その多くが、バックボーンにいる団体こそ違えど極めて似たストーリーであることに驚かされる。

それは、特定の宗教団体(人により指摘する団体が違う)か某国家が行った組織的な犯罪だったのではないかということ。そしてお布施あるいは送金問題に端を発し、その支払を拒否した宮沢さん一家は、見せしめのために酷い殺され方をしたのではないかというストーリー。この説を支持される著名人の方々は、どうしてここまで情報が似通っているのか? これは指摘する団体こそ違えど、実は裏では繋がっているということなのだろうか?それともある特定の情報元から得た情報が派生して、微妙な違いとなって表に出てきているのだろうか? 各々が散々調べ上げて行き着いた結論だったとしたら信頼にたるものなのかもしれないが、私にはこれを確認する術はない。

私的に思うに大掛かりな組織が絡んだにしては、非常に杜撰な犯行だったという気がしてならないのだ。実行犯が雇われていたにしては素人で証拠を残しすぎている。組織犯罪ならば、オウムの坂本弁護士一家殺害事件のように、誰にもわからないように一家を抹殺するのが常なのだが。しかしあえて見せしめという効果を狙ったのならば、現場にも火もつけず悲惨な現場を残した意味も無きしものあらずということか。それにしても組織犯罪ならば、うちもらさないためにも同時に複数の人間を現場に潜入させると思うのだが・・・。

(土地にまつわる説)

特定の暴力団や不動産ブローカーが背後にいて、雇われた男が一家を殺害したという説。これも、この事件を語られるときに多く出てくる話だ。しかしすでに都に土地の売買契約が済んでしまったあとなわけで、一般人がどうこうできる土地ではなかったということ。この説であるとすれば、それは都から振り込まれた土地の売却代金狙いで入ったという可能性しかない。確かに銀行の口座に関わるものや暗証番号を探した形跡はあるものの、この事件の最大の目的はお金よりも一家殺害にあったと思われ、お金は二の次・ついでだったという印象しか残らないのだ。結局宮沢家の口座からお金をおろされることはなく、犯人は目的を達成することができなかったことになる。

(クリミナル犯行説)

大規模な組織犯罪というよりも、どうも世田谷の宮沢家宅には多額のお金があるらしいという情報が、こういった輩に情報として共有され、その中の1グループが起こした犯罪だったのではないかという説。私も当初は、この説が一番有力ではないかと思って考えていたし、今でもその可能性はあったのではという思いはある。

2000年当時は、とくに中国人による事件が多発していた時期で、日中合作の合同窃盗グループが多くの事件を起こしたりもしていた時代。福岡一家殺害事件のように、留学生の類が特定の情報の元起こした犯罪の一つだったのではないかという話はありえなくはないだろう。特に犯人の杜撰な犯行は、組織犯罪というよりも、帰国前にみやげ代わりに忍び込むかといった類の犯罪を想像させるものとなっている。しかしこの事件を調べてみると、殺しに関しては素人だと思われる犯罪だったわりに、事前にかなりこの家のことを調べていた(知っていた)可能性があり、たまたま隙があったからこの家にという犯罪には思えないのだ。第一それならば、何故家族が全員揃い、更に壁一つ隣に親戚がいるタイミングで、この事件を起こしたのか? ある意味、両家族にとって最も事件が起きる可能性が低いタイミングで起きている。用意周到に事件を起こしたものが、あえてこのタイミングでこの家を狙う意味がないのではないかと思うのだ。少なくてもこの事件は、お金よりも重要な目的が他にあったとしか思えない犯罪なのである。

(どの説も)

確かにどの説も一理ありそうな話ばっかなのだが、どれも決定的な決め手に欠けている印象がある。そうこの犯人は、一体何のために、捕まれば極刑が避けられないようなリスクまで犯して、この事件を引き起こしたのかわからないのだ。それは、17年経った今でも、大いなる謎として残っている。

この事件の最大の目的は、一家全員の殺害 にあった このことは最初に一番無抵抗な礼君を殺害していることからも明らかである。だから最初に騒がれたから、結果家族全員を殺害したという偶発的な事件とも違う。この一家全員を殺害することに意味があるとするならば、最初の組織犯罪説の、見せしめ や 一家への復讐 といったものしか理由がつかなくなる。お金ならば、極力家族が誰もいないときに行う方が良いし、特定の人間への恨みとなれば、一人でいるときを狙った方が確実となる。しかし家族が全員が揃っている、へたすればそれは、入江家の人間が揃っていること自体にまで意味があったのかもしれない。

しかしこの犯罪を、何かの損得勘定という視点でみなければ、また別のものが考えられるのだ。それは、人を殺してみたい という衝動が抑えられなくなった人間が起こした 快楽殺人 という視点だ。これならば、より多くの人間を一度に、そして世の中によりショッキングな形で、この事件を20世紀最後の日に行った説明がつくのだ。

ただし快楽殺人にしては、その後犯人が同様の犯罪を起こしたとか、何かしらのメッセージ的なものがないことに疑問が残る。それならば現場に何かしらの発表されていない犯人からのメッセージがあったり、あるいは地蔵が実は犯人が置いたものだとすると、ある程度これも説明はつくことになる。しかしこの地蔵を最後に、この事件の痕跡は以後全く無くなってしまう。このことは、一体何を意味しているのだろうか?

供養なのか 挑発なのか?

ちょうど事件から100日後、宮沢家から仙川を挟んだ対岸沿いから南に30メートル南下したベンチの上に、宮沢家を見るように地蔵が置かれていた。果たしてこの地蔵は、宮沢さん一家を供養するために誰かが置いていったものなのか? それとも犯人が別の意味を込めておいて行ったものなのか? 私はどうしても検証したいと思っていたのだ。桜咲く3月下旬、私は再び現地を訪れた。

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その検証とは、仙川の対岸沿いの道のどこにベンチがあったのかということ。もし川沿いに向かって地蔵が置かれていた場合、地蔵は通行人に背を向けて宮沢家の方を向いていたことになる。逆に川とは反対側にベンチがあって置かれていた場合、たとえ宮沢家の方角を向いていても、通行人に向けて置かれていた形にもなり、他の人にも拝んで欲しいという意味合いも含まれていたのかもしれないということ。そう一般的に地蔵とは、道路の方に向いてあるものであり、道行く人から拝めるように置くのが通例となっているのだ。これにより地蔵が、供養を目的としたものなのか? 何か愉快犯的な挑発的な意味合いが込められたものなのか? 置いた人間の意図がわかるのではないかと思ったのだ。あの連続幼女誘拐事件の宮崎勤が、遺骨の入ったダンボールを被害者宅の玄関前に置いていったり、神戸児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗が、殺害した男の子の首を学校の校門に置いたのと似た心理が犯人にも働いていたのではないかと。

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そこでまず、成城学園前の駅から祖師谷公園に向けて仙川沿いの道を歩いてみる。すると、あることに気がつく。祖師谷公園まで向かう道のりまでに、一箇所を除けば、すべてのベンチは上記の写真のように川沿いに設置されているのだ。その一箇所というのは、少し大きめの広場になっており複数の人が座れるような特別なスペースなのだ。しかしここを除くと、現場までそういったスペースは他には存在しない。

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駅から20分ほど歩き進んでゆくと、祖師谷公園の南側入り口にでくわす。

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さらに公園に入ってゆくと、地蔵の置かれていた仙川沿いの道と、事件現場である宮沢家を見下ろすように建っている住宅地へと続く合流点に差し掛かる。地図でいうと、このあたりになる。

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この右側の道が、仙川沿いの地蔵が置かれていた道になる。まず、次の地図をみて欲しい。この場所だと、下記の写真のように、植え込みと植え込みの間に数十メートルおきに何も植木が植わっていないスペースがあるのだ。恐らくベンチがあったとすれば、この空いたスペースに設置されていたのではないかと?

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ただしだ、地図のこの部分までは、道路の反対側は草むらになっており、反対側にベンチがあっても不思議ではないのだ。

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しかしこの地点だと、宮沢家の対岸から計測すると100メートルぐらい離れていて、記事に書かれていた30メートル付近とは異なることになる。そこで 地図で宮沢家対岸から30メートル南側は何処あたりかみると、この辺だったのではないかと。

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この付近からだと、ブルーシートがはっきり肉眼で確認でき、宮沢家の玄関付近の様子もよく見えたのではないのだろうか。きっと地蔵を置いた人物も、ここから警察官の動きを確認したに違いない。しかしこのあたりの川沿いと反対側をみてみると、

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このような壁になっており、道路の反対側にベンチを設置していたとは考えられない。したがって記事の30メートル南側にベンチがあったとするならば、それは仙川側にあったはずなのだ。すなわち地蔵は、道路に背を向ける形で歩行者が拝むことなど無視するかのように置かれていたことになる。それは供養という意味合いよりも、地蔵がここにあるぞという自己顕示欲の現れだったり、いつでも犯人はこの家のことを見ているというメッセージが含まれていたのかもしれない。奇しくも地蔵が置かれたのは4月の上旬であり、まだこのように桜が残っていた時期だったのかもしれない。日中の祖師谷公園は、多くの人が訪れる近所の憩いの場になっている。

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また以前この場所は、用意周到に選ばれた可能性があると書いた。そのように熟慮した人間が置くのならば、当然地蔵をどのようにおけば、人の目に留まるかまで考えたのではないかと。私には地蔵をベンチの上に放置し(通常ならば地面に置くもの)、歩行者に背を向けるような置き方をする人間が、地蔵に供養の気持ちをこめるような人間だとは思えないのだ(扱いが雑)。ましてだ、事件から100日目という区切りの日に置いたのは、20世紀最後の日に事件が発覚するように仕向けた、この事件の犯人の思考と似た匂いを感じずにはいられない。以前から述べているように、この事件は 愉快犯的な色彩を帯びた快楽殺人だったのではないか と改めて強く実感するに至ってのである。

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話は地蔵から離れて、前回載せた上記の写真に注目して欲しい。この写真は、前回犯人がこのような格好で宮沢家に侵入したのではないかと参考にさせてもらった画像だ。この事件に詳しい人ならば、この写真をみてピンと来た人も少なくないのでは?

そう銃を持っているのが、気になった人もいるだろう。世田谷の犯人は、階段や子供部屋のベッド付近を、軍隊で教えるような カニ歩きのような足跡を壁伝いに残していたという。そこから犯人は、(元)軍関係の人間だったのではないかとさえ言われてきた。しかしその割には、プロとは思えない行動も見え隠れてしており、私はこういったものに興味のある素人だったのではないかと推測している。

そして上記の写真をみると、サバイバルゲームの愛好家や陸軍の歩兵部隊などに興味のあるミリタリーマニアなども、こういった格好を真似るのではないかということ。単にバイク乗りなだけでなく、黒いハンカチをフェイスマスクのように利用し顔を隠すのは、こういったところから来ていた可能性があったのではないかと。ボーダーのファッション → バイク乗りの服装 → 軍事マニア など黒いハンカチをめぐり、薄っすらと犯人像が浮かび上がってきている気がするのは私だけだろうか? しかしそんな男が、何故凶器はナイフではなく刺し身包丁だったのだろうかという疑問は残るのだ。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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