FC2ブログ

ここ2回ほど、犯人が  という数字に強いこだわりを持っていたのではないかと書いてきた。しかし 六 について言えば、あくまでも仮定の話でしかない。それというのも、事件前に2ちゃんねるに、黒ムツさん の名前で書き込んだのは、犯人の犯行予告だったのではないのか? 地蔵の裏の 六 という掘られた文字は、犯人が記したものではなかったのか? 殺害に使われた刺し身包丁である 関の孫 という名称なのは偶然だったのか? この 六 に関しては、現場に何か犯人が書き残していない限り、偶然の一致だったのかもしれないと言われてしまえば、それまでの話なのだ。

しかしもう一つ、犯人が強いこだわりを持っていたのではないかと思われるものが、 という色についてだ。これは、偶然ではなく明らかな形で残っている。例えば現場に残されていた 2枚の黒いハンカチ 。一般人では、葬式のときぐらいしか使わないような色のものである。また遺留品にも、黒いものが多い。事件前に目撃された不審者には、全身黒ずくめだったなんて話しもあるぐらいで、黒 にこだわりを感じさせるものは少なくないのだ。

まして、黒ムツさんというネーミング自体が、犯人がこだわった 黒 と 六 を同時に備えている名前だと指摘されて初めて気がついたりする。そんな中、犯人が直接残したものではないのだが、黒いハンカチに付着していた ドラッカ-ノワール という香水の ノワール という言葉も、黒 を意味するフランス語だったのだ。 そこで今回は、ドラッカーノワール と ハンカチ について考えてみたい。

「ドラッガーノワール」とは、有名なスケボー選手も愛用していた男性用香水の名前なのだという。そこから今までスケボーと犯人との関わりを疑ってきたが、今回は違う視点から考えてみる。「ドラッガーノワール」の訳は、「黒い海賊」という意味なのだ。そこから調べてゆくと、なんとなくあの 黒いハンカチ の正体がわかってくることに気がついた。

まずネットで 黒ハンカチ 海賊 と2つのワードで検索してみると。なるほど、海賊が頭に巻くようなものが幾つか出てくる。これだけでは検索の範囲が狭いので、ハンカチ 海賊 で検索し直してみると、興味深いページが出てくる。海賊船員セーラー-バイカー-バイクの身に着けているバンダナやハンカチまたはバンダナ-イメージ野生のライオン野生動物. というページが目につく。なるほど、ハンカチを頭に巻いたりと、バンダナ風に使うこともあるのだなということがわかってくる。

うん? ページのところに バイカー と書いてあるぞ。ひょっとして、これらの格好は、バイク乗りにも似た格好する輩が存在するのか? そこで、バイカー 黒いハンカチ だとか、バイク乗り 黒いハンカチ や、バイク乗り バンダナ などと、それらしい言葉で検索してゆくと、バイク乗りがハンカチやバンダナを頭に巻いたり、フェイスマスク にハンカチを使用している画像に行き着く。そう、フェイスクマスク にするには少々大きさ的に厳しい気もするが、下記の写真のようにハンカチをフェイスクマスク代わりに使うバイク乗りもいるのだということ。

bandana 3

なるほどこうやってたどってみると、黒いものや海賊風のファッションからも、あの黒いハンカチをマスク代わりに使用したのではないかという警察の推測も頷けるものがでてくる。まして「ドラッカーノワール」から推測すると、その線はより濃厚になってくるのだ。

警察が未だにバイク乗りの指紋ばかり集めているのは、ヒップバックや厚手の手袋なども含めて、犯人はバイク乗りだったのではないかと考えている理由がよくわかる。警察も同じく、似たようなファッションがバイク乗りにあることに気がついたのかもしれない。

banndana 1

そして今回、とても遺留品と似た服装の写真があったので参考にさせて頂きたい。上記の写真を見ていただくと、ニット帽・マフラーは遺留品にもあったもの。フェイスクマスクは、黒いハンカチで代用したと考えると、犯人がこれに似た格好で宮沢家に侵入したのではないかと推測されるのだ。もちろん目元にゴーグルやサングラスだったのか、それとも目は直に出していたのかは定かではない。しかし犯人がフェイスクマスクに使っていた可能性が高い黒いハンカチを、泰子さんとにいなちゃんの遺体のそばに落としたのは、もう顔を隠す必要がなくなったからだと考えられる。そう考えれば犯人は家族を殺害し終わるまで、目も何かで隠していた可能性も捨てきれない。しかしそれは、持ち帰ったのではないかということ(あくまでも推測だが)。よ~く考えて欲しい、こんな人相を隠した格好をしてきたものを、年末の夜に家族もいるのに招き入れるだろうか?犯人は、やはり何かしらの方法で宮沢家に侵入したと考えるのが自然な流れになる。みきおさんに、この手の格好でもしてツーリングをする趣味があったと言うのならば、まだわからなくもないが。

犯人も、こういった服装やファッションに感化されていた一人ではないかということ。私も現場まで犯人は、バイクか自転車など手を出して乗る乗り物に乗ってきた可能性が高いのではないかとみていた。そしてもし犯人が うみかぜ公園 など三浦半島まで足を延ばしていたとしたならば、それは自転車や原付きなどではなく、それ以上の排気量のバイクだったのではないかと推測してきた。その可能性が、このことからもより高まるかもしれない。また事件前の現場付近の目撃情報には、つなぎを着た男などもいたことがわかっている。

犯人がもし、 六 や 黒 というものにこだわって事件を起こしたとすれば、どういうことが言えるであろう。そうこの事件は、個人的な恨みや金銭目的 という色彩よりも、快楽殺人 や 愉快犯 といった、何かそういった事件を起こしていみたいという衝動にかられた犯罪だったのではないかということ。私はこの事件とひたすら向き合ってきた結論として、犯人の動機はここにあったのではないかと考える! 

スポンサーサイト



地蔵の事情

事件からちょうど100日目を迎えた 4月9日の朝、近くに住む住民から地蔵を拝んでいる人がいるとの通報があったことで地蔵の存在が明らかになる。警察が、24時間体制で現場周辺を監視している最中に起こったという。果たしてこの地蔵は、4人の死を悼んで供養ために置かれたものなのか? それとも犯人が、何かしらの意図をもって置いて行ったものなのかは未だ大きな謎として残されている(下記の写真はイメージで、ポッポ公園のベンチです)。

ちなみに亡くなってから100日目のことを、卒哭忌(そっこくき)と呼ばれ、哭は声をあげて泣き悲しむという意味で、そうした悲しい気持ちを卒業して、一区切りつき明日からの毎日を生きて行こうという日なのだだという。

2016-12-15 12.28.02

地蔵が置かれた場所は、宮沢家の裏を流れる仙川の対岸沿い。そこから南に30メートルいったベンチの上に、宮沢家の方角を向いて置かれていたという。おそらく地図とすれば、このあたり(地図1)だと推測される。宮沢家との位置関係が把握しにくい方は、こちらの方(地図2) を参考にして頂けるとイメージしやすいだろうか。

zizou 1

台座と合わせると、この仏像の高さ70センチ・幅22センチ・重さ20キロ にも及ぶというから、結構長い距離を歩いて持って来るには大変だ。何か大きなバックなどに入れて来ないと、目立って仕方なかっただろう。おそらく人気がないのを確認して、そこから取り出して置いていったに違いない。現在この遊歩道に入る入口には、車両止めがあり車などは入れなくなっている。しかしバイクや自転車などの二輪車は、今でも入ることはできそうだ。ただし事件当時警察の警戒も厳しかった(マスコミもいただろうし)ことを考えると、近くまでは何か乗り物で運んできても、そこから降りて持ってきたか、よほど近所から背負ってきたのだろうというのが想像できる。特に2輪車などは結構音がする乗りものなので、ベンチ前まで乗ってきたとは考えづらい。一番考えられるのは、原付きの足元置いて運んで来るのが一番目立たない方法だったのではないかとは思う。しかし遊歩道なので、バイクの乗り入れも違反だったとすれば、これも考え難い(捕まったら大変だ)。

(ここで気になるのは)

誰か、この仏像の横で拝んでいる人がいるという通報である。警察が事件から5年後の追悼集会で、女性捜査員が犯人家族にむけ

「誰が犯人かわかっているのでしょう。罪を償い、裁きを受けてこそ、家族の新たな道が開かれるのではないのですか」

と呼びかけた背景には、この地蔵を拝んでいた人は事情を知る家族だったのではないかというストーリーを描いていたからではないかと思うのだ。確かにその可能性はあるだろうし、疑う必要もあるだろう。しかし単に供養のために置いたにしては、結構考えられた場所に置かれていると私は思うのだ。

(地蔵の置き場所)

もう一回、先程の 地図1 を見ていただきたい。置かれた場所は、遊歩道入り口にあたるバス通りから、130メートルほど入ったところである。ここからならば、交通量の激しいバス通りを往来する人達からでも、暗ければ殆どわからなかったのではないのか? そしてこの遊歩道の上には、宮沢家を見下ろすような形で丘の上に住宅地が広がっている。その住宅地から降りてくる道と合流する南側からもも120メートルほど離れている。ましてこの場所は暗くなれば人気が少なく目撃され難いだけでなく、ベンチに据わって周囲を見回せば非常に周りに人がいるか見渡せる場所だったのではないのか。特にここからだと、宮沢家にいる捜査員の出入りすらも見えた場所だった可能性があり、警官がそばに来そうなのかも把握しやすかったのかもしれない。少なくても置き場所に困った人がここに置いたというよりも、相当慎重にこの場所を選んで地蔵をここに置いたのではないかと思うのだ。そのため初めてここに訪れたような人物なのではなく、事前にベンチがこの辺にあることを知っていた土地勘のある人物。もしくは、事件前からここから何度も宮沢家の入り口付近を見たことがあった人間の為せる技なのではないかという気もしてくるのだ。それも周囲は警察がまだ警戒を解いていないような時期であり、少なくてもそこに置いたのは周囲が暗くなってからの 8日の日没後~9日の早朝 の間だった可能性が高いと考えられる。捜査員の、日頃の行動すら把握した上であったのかもしれない(暗くなれば周囲の捜査はしないなどの)。

ここは近所の人も怖がるような人気の少ない暗がりで、大きなバックを抱えて出かけようなんて人は事件が事件の後だけに普通の人はやれないと思うのだ。まして20キロの重さもあるものだ、ちょっと供養しようにも大掛かり過ぎないか?と疑いたくもなる。地蔵からは、指紋などの持ち主に繋がる情報は一切検出されなかったそうな(用意周到だよね)。私には、そこまでしてやるには単なる供養とは違う意味があったのではないかと。そこからは、宮崎勤が行った今田勇子や神戸児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗のような、愉快犯的な匂いを感じずにはいられない。警察もそれを察したからこそ、4年もの月日この事実を隠して捜査したのではないのだろうか。

だいたいベンチの上に地蔵を置いて行く感覚が、ちょっと地蔵で供養をしようとする人にしては扱いが雑なのではないかと思えてくる。普通供養として置くのであれば、川沿いの地面のところに他の人にも拝めるように置くものであり、ベンチの上に放置する類ものではない。遊歩道のどっち側にベンチがあったのかは不明だが、宮沢家の方角を向いて置かれていたというのも首を捻りたくなる。普通地蔵は、道路を通行する人に向けて置くものであるはず。あたかも地蔵の存在に気がついてねという、供養の意味合いよりもその存在を誇示する色彩の方が強く感じられるというのは考え過ぎだろうか? 仮に供養のために地蔵を置こうという感覚がある人間だとすれば、かなりの年配者だったのではないのか?そんな年配者が、20キロもの地蔵を担いで目立たないような暗い時間に、捜査員の目をかいくぐるように持って来ることなど本当にするのだろうか? 

zizou 3 zizou 4

(地蔵の裏の六)

気になるのは、地蔵の底に掘った 六 の字 と 台座にあった 六 の字 が、同じ人物が掘ったようには見えないということである。 この 六 は、地蔵と台座との組み合わせを間違わないように掘られたものではないかという意見が多い。確かに地蔵が6地蔵(6つセットの地蔵は多い)の一つとして作られていたとしたら、その可能性は充分考えられる。もしそうだとしたら、上の 文字を掘った筆跡と下の文字を掘った筆跡は、似たものになることが多いのではないかと思うのだ。地蔵本体と台座を作った人は、全然別々だったということだろうか? 仮にこの地蔵が、6地蔵の一つだったとしたら、日本で作られた可能性が高いのだ。というのも、六地蔵信仰というのは日本特有のものだからである。しかし当時安く作れるという理由で、日本からの発注を中国や韓国など海外で請け負っていたという可能性はあると思う。そこで注目したいのが、前回も触れた日本語の 六 という文字とは微妙に違うところである。

roku.gif

まず日本の 六 は、真上に ちょん と最初に打つか、上から下に一本書きおろす のだ。しかしこの地蔵に書かれた六は、明らかに右上から左下に斜めに下ろされている。また日本の六の場合、上の部分と次に書く大きな横棒がくっついているものが一般で、たまに書道で ちょん と横棒 が離れたものは存在する程度である。上の部分と下の部分を離れた 六 を書くのは、中国語にある 六 なのだ。その中国の六にしても、最初の ちょん を 右上から左下に書き下ろすものは見つからない。これは少なくても、この人の癖だとみて良いのではないのだろうか? もしくは、六 という文字をよくわからない人間が、真似て書いたものなのかもしれない。

この地蔵の材料は白御影石であり、東南アジア産のものとみられるという。ここでこの六は、日本の業者から発注されたものを、中国なり韓国などで製造したと考えてみる。その時に地蔵と台座の区別がつくようにするために記した、六地蔵の一つだったのかもしれない。もしくは、元々は六という文字が刻まれていないものだったのを、犯人が 六 とおぼしき文字を後から刻んだかのいずれかではないかと推測されるのだ。

(ちなみにこの地蔵の意味は)

この地蔵が六地蔵だった場合、人間苦の六つの道で苦しむ亡者を救済、教化し解脱へと導いてくださる菩薩。そのなかでも手を合わせる 宝性地蔵は、海上安全、所願成就の仏様と言われている。 ・・・ うん、何か意味が違ってきていないか? 果たしてこの地蔵、素直に亡くなった家族への供養として置かれたものなのだろうか? だいたいあれだけ殺害後宮沢家をめちゃくちゃくにしていった犯人が、供養のために置くなどありえるのだろうか?という気もするのだ。 供養のためでも、第三者でもないとすれば、別の意味が込められていると考えるのは、あながちない話ではないだろう。

六 

世田谷一家の掲示板を読んでいて、犯人は クロダイ釣り の趣味があったのではないかとしきりに書く人物がいる。私にはその正否は定かではないのだが、もし事件前に殺害予告と思われる書き込みをした 黒ムツさん が本当に犯人だった場合、犯人は釣り好きだったのではないかという可能性はあるのではないかと思って調べることにしたのだ。

そこで私は、改めて 黒ムツ という魚について調べてみた。そこには、興味深い話が出てくるのである。

黒ムツとは別名・で ロクノオウ という名前があるそうだ。江戸時代、仙台伊達藩主は代々陸奥守であったため、「むつ」と呼ぶことをはばかって「ロクノウオ」といった。「ろく」は「 六 」であり「むつ」を表す。

主な産地は、東京や静岡 。世田谷事件との関連性が疑われる、静岡の地名が出て来るのも興味深い。旬は、秋から~冬 。まさに世田谷事件の匂いがして来るのが、この秋口~冬にかけてだった。そしてこの黒ムツというのは、高級魚 として知られている。

ここで特に気にしたいのは、犯人が非常に  という数字にこだわりを持っていたのではないかということ。では、この 六 という文字にどのような意味をがあるのだろうか? 調べてみると 忌み数(いみかず)として、不吉であるとして忌避される数としてこの 六 は出てくるのだ。。

Wikipediaによると六は

「悪い」や「無い」を意味するパターン
悪いや無いを感じ、忌み数とされる。そのため、日本のナンバープレートでは、「・・・○」「・○○○」「○0-00」「○○-○○」の○の数字は、4と9の他、6も抽選対象番号にされていなかった(○は同じ数字)。


あるいはキリスト教の新約聖書『ヨハネの黙示録』において、「ここに知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は 666 である。と記されている(13章18節)。あるいは映画「オーメン」でもお馴染みの 悪魔の数字とされる 666 から興味をもったのかもしれない。ちなみに事件当時20代後半の私が小学4年生ぐらいの時分には、世の中は未曾有のホラー映画ブームが押し寄せた。その時に犯人も、何かしらの影響を受けた世代なのかもしれない。

sekimagoroku 1

そして犯人が、凶器には適さない刺身包丁である 関の孫 を選んだのも、この六という数字にこだわりがあった可能性も捨てきれない。そもそも何故 六 という文字が事件と関係しているのかと言われているのか? それは事件からちょうど100日目に、宮沢家の裏を流れる仙川沿いに、宮沢家を見るように地蔵が置かれるという事案が発生した。その地蔵の裏には、 六 という文字が刻まれていたことに由来する。

zizou 1

警察は、この事実を4年の月日一般には伏せていた。それだけこの地蔵には、事件と直結する何かを警察は感じていたからだろう。しかし散々調べたものの、地蔵と犯人との接点をみつけることができず一般から情報を集めることを決意したようなのだ。

(ここからは私の推測)

台座についている、六 とおぼしき文字は、上のちょんの部分が、右上から左下へ流れるという、非常に特殊な癖があるということ。また下の部分とも離れているのも非常に特徴的な書き方なのだ。

ここで、ある一つの話を思い出して欲しい。この事件の犯人は、銀行の暗証番号を割り出そうとしたのか? 宮沢家のテーブルの上にあったノートに様々な数字が書き留めていたのだという。その話から何故か? 警察は犯人を日本語が読み書きできる人物だったのではないかと推測したのだという。

一体私は、警察は何を言っているのだと全く意味がわからなかった。だって数字を割り出そうとしたら、普通 0・1・2・3 など アラビア数字を書くわけで、これだけをみて日本人だと断定できるわけがないだろうと思ったのだ。そこで私が思うには、ノートには漢数字で記載されていたのではないかということ。その中の 六 という文字が、地蔵の台座の六と、よく似たものだったのではないのだろうか。ちなみに地蔵は韓国で製造されたものらしいというのはわかったそうだが、この 六 という文字の上の部分が離れるのは、中国語 の 六 にみられる特徴なのだ。また中国語の星期六というのは、土曜日を意味する。事件があった12月30日(土)だったのは、考え過ぎだろうか?

(警察は何を掴んでいたのか?)

実は 黒ムツ には別に オンシラズ という呼び名があるのだという。意味は、子供は浅い場所に、親は深い場所に、ともに暮らさないので「オンシラズ」。黒ムツの意味には、そういった親との複雑な家庭環境が犯人にはあったのではないかと警察は考えていたのかもしれない。また快楽殺人のところでも触れたが、犯人が被害者の顔を執拗に傷つけたのは何か精神的に抑圧した人物と被害者とをダブらせた可能性もあるのだという。その抑圧とは、両親であるケースが多いのだとか。ひょっとすると犯人は、泰子さんと自分の母親をダブらせて犯行に及んだかもしれないということ。

またあの地蔵も、実は犯人が現場に残していた遺留品の数々を一般に公開して間もなくに置かれたのだという。警察は、それをみた親が犯人は自分の息子だとわかってしまった。しかし自首させることはできなかったため、せめてもの償いにと置いたものではないかと考えた節がある。そのことが事件から5年後に行われた追悼集会で、女性捜査員が犯人家族にむけて行った異例の呼びかけに繋がっているのではないのだろうか。

「誰が犯人かわかっているのでしょう。罪を償い、裁きを受けてこそ、家族の新たな道が開かれるのではないのですか」

(関の孫六を選んだのは)

私は 黒ムツ というマニアックな魚の名前を出してきたのは、釣り好き だからではないのではないかと考えている。もちろん書き込まれた2ちゃんねるのペット大嫌い板は、無記名ならば みんな黒ムツさん になるので、それほど黒ムツという名前に意味がなかったのかもしれない。しかしあえてあそこに事件の犯行予告らしきものを書いたとしたら、このネーミングにも意味があったのかもしれない。

冒頭にも書いたように、黒ムツは高級魚であり親は深海深くに潜む滅多にとれない魚なのだという。そう、釣り好きが狙ってとるような魚ではないのではないかということ(ただし若い魚は沿岸からでも釣れるそうな)。むしろそのネーミングからも、私は料理人など食に関するところから来ているのではないのか? だからこそ刺身包丁という、一見凶器としては不似合いなものを選んだのではないのだろうか。私は犯人は、何かしら刺身包丁を身近に感じていた人物ではないかと思うのだ。

いずれにしても犯人の心理には、この  という文字と、 という色 に強いこだわりがあったのではないかと私はみている。

カレンダー
02 | 2018/03 | 04
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
プロフィール

monazite

Author:monazite
世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
カテゴリ
負け犬の遠吠え
FC2拍手ランキング
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR