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そうだったのか?

仕事が一段落してきたので、最近「世田谷一家」の過去のテレビ番組の動画を幾つか見直してみた。以前見たことのある番組でも、いまみると、また新たなことに気がついたりするからだ。そこで今回は、改めて見直した中で気になるものをまとめてみた。



(にいなちゃんの後ろに線が)

上記の動画の4分30秒ぐらいから映る写真左奥に注目して欲しい。この写真は1階を映したものなのだろう、泣いている幼い にいなちゃん の後ろに青く伸びる線らしきものがうっすら見える。さらにカバンらしき黒いものの横にはタコ足のコンセントだろうか?白い長細いものが見える気がする。

すでに机の上には、二台のパソコンが置かれている。下記の見取り図ならば①のみきおさんの倒れていた斜め左後ろあたりのものだろう。以前この家の電源は何処にあったのか?という考察をしたが、階段下の壁・本棚奥の前の壁あたりにもコンセントがあった可能性があると指摘した。ただしここは、幼い子どもが歩くには動線上にあり考え難いとも書いていたのだ。この粗い映像だけではなんとも言えないが、パソコンの電源をここから線を伸ばしていた可能性があるのではないかと改めて思った。そして青い線はLANケーブルか何かかとも思えたが、たこ足のコンセントらしきものが存在するのであれば、コンセントまでの線自体が青かった可能性も否定できない。にわかにここには電源はないだろうと思っていたが、もしここに存在していたのであれば誰かが引っ掛けた可能性も無きにしも非ずか。

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(みきおパソコンでネットサーフィン)

この番組を見ていると、聞き捨てならないナレーションが入ってくる。「犯人は、みきおさんのパソコンでインターネットを・・・」と。私が以前読んだものでは、インターネットは にいなちゃんパソコン の方だったと書いてあった。しかしこのフジテレビの番組では、みきおさんのパソコンだと言うのだ。

どちらが正しいかの判断は難しいのだが、これによりかなりインターネット閲覧の意味合いが変わってくるのではないかと。僅か5分程度のネット接続をみると、にいなパソコンだった場合には、みきおパソコンでデータの転送・破壊などをしている待ち時間で、暇つぶしに、もう一台のパソコンで軽くネットサーフィンでもしていたと考えられ、それほど閲覧内容に意味があるものではないかもしれないということ。

逆にみきおパソコンでネットサーフィンをしていたことだとすると、明らかに何かこのパソコンで探しものをしていた可能性も現実味が帯びてくる。これは興味本位のネットサーフィンではなく、ネットの閲覧内容に犯人との接点があるかもしれないかということ。

(1月には新しい土地の売買契約を締結する予定だった)

2000年3月には、事件のあった土地は東京都との間で売買契約が成立したと言われている。一応引っ越しまでの猶予期間は3年ほどあったと言われるが、何かしらの理由で引っ越しはのびのびになっていた。私の勝手な憶測だが、東京都からの売買資金の入金が、かなり遅れていたのではないかと推測している。それを確認してから、新たな引っ越し先の売買契約をしようとしていたのではないかと。そしてそこに目処がついたことで、2001年1月に新しい土地の売買契約 を結ぶつもりだったのではないのだろうか。少なくても引っ越し先の土地にはたびたび視察に訪れ、杏さんの話では年明けにも近所の人に正式に挨拶まわりにゆく予定だったという。このタイミングをみていると、何やらこの犯罪が土地の売却資金が宮沢家にある間に起こす必要があったのではないかという気にもなっては来る。

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(残されたスラセンジャーは本当にテニスシューズだったのか?)

犯人の残した足跡と同型のスラセンジャーの靴をみると、私のイメージしているテニスシューズとはかなり違ったものに見える。私は中学の時にテニス部であり、その時に購入したテニスシューズとかは、厚底みたいな分厚いゴムで靴自体極端に曲げることのできないものだった。そして底面もほぼフラットなものだったと記憶している。もちろん昨今のテニスシューズの裏面をみると、このスラセンジャーと似た形状のものが多くみられる。率直な感想でいえば、このようなテニスシューズならば普通に運動靴として機能するのではないかということ。

私の知っているテニスシューズであれば、底の部分が全く折れたり曲がったりしないので、事件を起こすには実に不向きな構造をしていたからだ。それも現場に残された足跡の多くは、ベタと靴裏全体が残っているものが少なく、部分的な足跡をつなぎ合わせて全体を把握したなんて話さえある。グリップ力が一般のシューズに比べ重視されていることを除けば、他の用途でも充分使えるし普通に履いていても違和感はない。ちなみに今のスケボーショーズの裏側の方が、よっぽどこのスラセンジャーよりも私の知っているテニスシューズに形状が近いことがわかる。ファッション的にスラセンジャーの靴でスケボーなどありえないとの話しもあったが、みきおさん裏のぽっぽ公園裏にはあまり滑れない初心者ボーダーが、10人ぐらいはよく滑っていたなんて話しも残っている。ボードを自分でいろいろ細工するような中~上級者を伺わせる反面、妙に初心者じみた部分も見え隠れする犯人のファッションはなんなのだろうか? この靴は事件のために用意したもので、それほど強いこだわりを持って使っていたわけでもなかったのかもしれない。ようは、サイズさえあって動ければなんでも良かったのかもしれない。

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NEWS23 で気がついたこと

前回では、隣家の入江杏さんが14年ぶりに事件現場に入る場面が気になったと、NEWS23 の動画を見直したことを書いた。今回は、改めてその映像を見て新たに気がついたことをまとめてみたい。



(玄関上の明かりはついていた)

事件発覚直後の捜査員が玄関付近にいる映像をみると、家の玄関付近を照らす明かりがついていたのが確認できた。実は第一発見者である泰子さんのお母さんは、明かりはついていたと証言しており、そのとおり明かりはついていたのだ。しかしその一方で、朝方宮沢家の近くを散歩した人は明かりはついていなかった。あるいは、新聞配達をした人の証言でも玄関の明かりは消えていたという矛盾した証言がでてくる。

そのため犯人は、それ以降の時間に玄関から逃走したのではないかという意見もある。もし先日玄関前の壁が剥がされていると書いたのは、その痕跡を探る捜査のために剥がしたとなれば疑問は解決する(玄関の明かりの電源もその近辺にあったはずだからだ)。またすでに宮沢家は真っ暗だったという証言から、その時すでに逃走していたのではないかとも考えられるのだ。第一発見者のおばあちゃんがやってきたのは、陽もとっくに昇った10時半過ぎ。そのため、暗くてここの電気をつける必要性もなかったわけだ。まして入り口付近であれば、何が起こったのかすらまだわかっていない場所であり、動揺してスイッチに触れてしまったという可能性も低いだろう。玄関のスイッチが何処にあったのかはわからないが、おばあちゃんが慌てふためいて戻る時に、誤ってスイッチに触れてしまったということがなければ、間違えてつけたということはなさそうだ。

さらに新聞配達の人の証言は、貴重だったと考えられる。毎日配達していれば、宮沢家の明かりが普段どうだったか知っていたはずなのだ。朝方新聞配達を配る頃に家の中の明かりが普段と違って付いていたりしたら、当然記憶に残っていただろう。しかし、普段とは別段変わった様子はなかったということ。少なくても家の中の電気は、朝方4時ぐらいには消えていた可能性は高かったのではないかと。

ここで気になるのは、もし犯人によって玄関の電気が付けられたとしたらどういうことなのか? 犯人は玄関から逃走したということなのだろうか? しかしそれも変で、もし逃走するならばあえて家の前の電気など付けない方が目立たず逃走できたと思うのだが・・・。この辺の犯人の行動は、常識では図れないのでなんともよくわからない人物なのだ。

(犬を飼っていたのはおばあちゃんだったのではないのか?)

新婚間もない頃に、宮沢夫婦、入江夫婦 、そして真ん中におばあちゃんで撮影された写真が残っていた。そしてそのおばあちゃんの膝には、一匹のワンちゃんが映っていたのだ。

実は、宮沢家と犬とは浅からぬ関係がある。というのは、宮沢家の敷地内を散歩で通った人が、泰子さんから咎められたことがあるという話が残っており、また別にも犬が逃げ出してしまい宮沢家の敷地に行ってしまったのを みきおさんに咎められた人もいたという。その一方で、事件100日目に仙川に地蔵を置いたのは、むかし宮沢家と犬の散歩仲間だった人が置いたなんて書き込みもあったぐらいだ。いずれにしても宮沢家は、不審者に対し人一倍神経を尖らせていた可能性があるということではないかと。

しかし犬を飼っている家族ならば、敷地に迷い込んだぐらいで怒りはしないだろうということ。この写真を示すとおり、犬を飼っていたのは宮沢家ではなく、隣に住むおばあちゃんだったのではないかと。あと宮沢家の敷地内でトラブルになると考えられるのは、宮沢家裏の公園フェンスと宮沢家の建物の僅かなスペースしか考えられない。写真1を見て頂ければ、宮沢家正面には庭が存在せず、散歩していた人が日常的に通るようなスペースは存在しないからだ。

これまた不思議な話なのだが、宮沢家裏は昔通り道だった跡があり、仙川横の側道から祖師谷公園を中央に貫く道路まで抜けられるようになっていたのだ。おそらくこの通路が機能していたのは、宮沢家裏のぽっぽ公園が整備される前と、この家が立つ前までだったのではないかと推測する。そのため以前から犬を日常的に散歩させていた人は、その習慣で宮沢家裏を通り抜ける行動パターンが確立していたのではないかと。ましてやおばあちゃんとの間や、前の家主とではそれが日常的な姿でありもめるようなことではなかった可能性がある。この辺の事情は入江さんに聞けばすぐにわかりそうなことだが、犬を飼っていたのは宮沢夫婦ではなく、おばあちゃん・もしくは入江家の方だったのではないかということ。

(14年ぶりに家に入った)

驚くべきは、杏さん自身が入江家の自宅に戻ったのも14年ぶりだったというのだ。入江家内部の映像が結構映されていたのだが、とりあえず持って行けるものだけまとめて、家から逃げ出すような状況で我が家をあとにしたことが伺われる。家の中には多くの私物がそのままで、カレンダーは当時のまま貼ってあったりするぐらいなのだ。まして今でも入江家3階の窓からは、ハンガーにかけられた息子さんのものと思われる服がそのままかけられたままなのが見える。

いかに切迫した中で、荷物をまとめて家を出ていったかが伺われる。事件後しばらくは、隣の家に住んで警察の対応などもしていたのだろう。しかし過剰なまでのマスコミ報道、近所の人の目、さらになにより愛すべき家族を失ったことを常に感じながら生活するのは限界だと、着の身着のまま家を飛び出していったことは想像できる。しかし生活に必要な最低限のものしか持っていかずに、よくその後の生活が成り立ったと驚いてしまうのだ。当然家には、とりにゆかなければいけないだろうものも沢山あっただろうに、それでも14年間杏さんは自宅に戻らなかったということなのだろうか?私には、何か入江家自身にも身の危険を感じていたとかそういったことがなかったのか気になるのだ。

またこの番組以外の映像や資料を見ていて気になったことが幾つかあったので、近いうちまとめてみたい。こういった細かいことが、いつか何かと繋がることもあるかもしれないので、できうる限り記しておきたい。

事件当時と変わっているもの

私は、ある映像が以前から気になっていた。そのある映像とは、入江杏さんが事件発生以来、14年ぶりに現場であった宮沢家に入った時の映像である。そこで入江さんが、現場に入った時の模様を特集した NEWS23の動画 がネット上にあったので見直してみた。そこで、幾つか新たなことに気がついたので取り上げてみたい。

(そもそも何故、NEWS23 の動画 を見直したのか?)

実は、入江さんが捜査員の付き添いで家の玄関を開けて入る瞬間の映像が映ったものがあった。その時に私の目に飛び込んできたのは、宮沢家玄関付近の壁紙が剥がれており、下記の画像のように(この画像は事件とは関係ありません)中の黄色い断熱材みたいものがむき出してになっていたような異様光景が記憶にあったからだ。ただしこの映像は、NEWS23 の映像にはなく他局が撮影して流したニュースだったようで今回確認できなかった。

dannnetuzai1.jpg

そもそも玄関を開けてすぐ見える壁とは、何処なのだろうか?下記の家の間取り図をみてもらうと、1階の玄関を開けて左側の壁で、窓があるまでの間の壁だと考えられる。右側の壁は玄関から開けても映像として見えなかっただろうし、窓より奥は本棚があり、壁自体がむき出しになるとは考えづらい。何故この部分の壁紙が剥がれているのだろうか?

写真1
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事件から14年が経って壁紙が剥がれてきたから? ただしこれは、壁紙が剥がれてきたというよりはも意図的に剥がしたような光景であり、それは考え難いものがある。それでは誰が?

1,警察が捜査のため剥がした

2,実は犯人が何かしらの理由で剥がした 


のいずれかだろう。もしこれが犯人よるものだとしたら本当に異様な現場であり、一体犯人は何を探していたのだろうか?という疑問が残る。むしろこの家のすべてをめちゃくちゃにしたかったということなのだろうが、それはにわかに考え難い

では、捜査のためなのか? 捜査上通常の鑑識ではわからないものまで調べようと警察がしたということなのだろうか? 警察が家の壁髪まで剥がして犯人の痕跡を探そうとしたのか、それともここには何か犯人が意図的に何かしらのメッセージのようなものを残していたのか? あるいは、犯人の血液なり指紋なり重要な情報が残されていたからなのだろうか? それにしても、かなり異様な光景だったと私の記憶には残っている。

(その一方で杏さんは)

この番組の中で、家の中に入った杏さんの感想が残されている。家の中には、キレイにみきおさんの本が並べられていたという。これは、一階にあった本棚や机のことだろうか? みきおさんは、ものをキチッと並べるような人だったそうで、そういった光景を家の中も取り戻していたのかもしれない。そして事件当日のまま、家族の洗濯ものが家の中には干したままだったと語っている。そのように警察は、事件の現場を捜査後キレイに整頓したり整理していたりしるのだ。それだけに家の壁紙は剥がされたままになっているという異様な光景とのギャップに戸惑うし、何故それを警察が放置したままなのかにも疑問が残るのだ。これがまだ、宮沢家の奥の、殺害現場周辺であったならば血液の飛散状況を探るためだとか、手を怪我した犯人の血液を保存するためなどの理由もわからなくはないのだが・・・。

写真2
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(もう一箇所決定的に違うところ)

それは、外から覗い知れるのは出窓付近だろう。上記は事件直後の映像であり、下記の写真は事件から何年も経ってからのものと考えら得れる。2つの画像を見比べて頂ければわかると思うが、事件当時は出窓にクリスマスか何かに作った黒いレリーフの飾りみたいなものが張られたいたのがわかる。しかし今は、これは剥がされている。また出窓周辺に置いてあった、写真立ては見えなくなっている。宮沢家の生前の写真をみると、この出窓の周りには沢山の家族写真が壁などにも飾ってあった。杏さんの話ぶりだと、今でもそのような感じらしいのだが、この出窓付近の写真立ての場所は移動したのか? それとも捜査のため警察が保存しているのだろうか? 保存しているとしたら、家族以外の人間が映っていたということだろうか? 何故この出窓付近は、事件当時の状況をあえて保っていないのかにも若干違和感を感じる。それは、出窓のカーテンをめくったのは犯人である可能性があっても、それ以外は最も犯人とは関係性が薄そうな印象を受けるからだ。家の洗濯ものまで当時のまま干している警察が、なぜここは元の形ではないのだろうか? 

写真3
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(カーテンが開けられたままの時もあった)

ここからは、NEWS23 の動画をみて気がついたことを書いてみたい。この出窓のカーテン、実は上記の写真だとレースの部分が下まで下がって家の中が見えない状況になっている。しかし宮沢家の残した写真をみると、実はこの出窓付近のカーテンのレースの部分は、横に広がるように停めることができカーテンが開いたままの状況のときがあったのがわかったのである。それも背景が真っ暗だったので、撮影したのは夜のものだったと思われる。

写真4
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上記の画像であれば、左下のような状況なのだ。しかし日常的にこうしていたかどうかは不明で、別の写真には現在のようなレースが垂れ下がっていたものも映っており、これも背景が暗く夜撮影したものと思われるものだった。恐らく事件当日も、レースは現在のように下げられた形で外からは見えない状況ではあったのだと思うのだが・・・。偶然なのか、たまたまなのか? 宮沢家自身にも、心理的な変化が窓に対してもあった可能性もある。しかしあのクリスマスのレリーフらしきものが宮沢家の人間が貼ったものであれば、外から見える意味合いもあり、依然外から観られる意識を強く持っていたのかもしれない。この出窓付近にも、警察が表には出していない重要な何かが、残されていた可能性も否定できないのだが・・・考えすぎだろうか? 今回は長くなったので、この続きは次回に分けて書いてみたい。

足跡の謎を紐解く

以前TBSで放送された、犯人が残した足跡の図を改めてじっと眺めてみた。そしてその画像を拡大したりして、何か新たな発見があるのではないかと観てみた。そしたら、今まで気がつかなかった事実がわかってきたのである。ちょっと画像をしっかり観ながらじゃないとイメージし難いので、噛み砕きながらついてきて頂きたい。

図1
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私が改めてこの図1の画像が気になったのは、この足跡だけだと玄関からの侵入もありえたのではないかと思えたからだ。しかし警察は犯人にしか知り得ない情報として、侵入経路に関しては完全にお茶を濁しており公にはハッキリとさせていない。そのためこのTBSの番組でも、あえて一階の足跡は、血の着いた足跡と土の足跡の区別を記さないで放送されてたのである。

まず私が注目したのは、図1の右側一階部分の足跡である。玄関から数えて6個目(写真中央本棚の横)の足跡に注目して頂きたい。この足跡の位置が正確に表現されていたと仮定した場合、玄関から犯人が侵入して階段方向に向かった場合、この足跡は左足であったはずなのだ。逆に階段付近から玄関に向かっていた足跡ならば、これは右足であったはずなのである。何故そうかというと、本棚に足跡が近すぎて逆の足だと本棚にぶつかってしまうからなのだ。それも階段側から玄関側に向かったとすると、例え右足だったとしても限りなく本棚にぶつかりそうな方向につま先が向いている上に、目線を本棚側に向けて移動したことになり、通常ありえないことがわかる。普通部屋を移動する際に、人は前が見えるよう部屋の中側を向いて移動するはず。そのためこの足跡は、限りなく玄関から階段方向に向かってつま先が向いていた足跡だったに違いないということがわかってくる。

あれ?それじゃ他の足跡も、玄関から階段に向かって歩いた時に着いたの?と言われると単純にはそうではないことがわかる。というのは、別のテレビ朝日がFBI捜査官サファリックを招いて検証した時のCG映像を観て頂けると、犯人の足跡が両方向に残っているのがおわかりだろうか。すなわち足跡は、行きも帰りのも残っていた可能性があるということ。ちなみにこのテレビ朝日のCGは他の部屋も詳細に再現されており、TBSがこの番組で屋根裏部屋には足跡はなかったという話だったが、テレビ朝日では屋根裏部屋にも靴の足跡が再現されていたのである。

そう考えると必ずしも犯人が、玄関から入ってきたものとは断言できないことがわかる。そう一度犯人は、玄関が施錠されているか確認して戻った時に着いた足跡だった可能性があるということになるのだ。さて今度は、下記の図2の写真を観て頂きたい。

図2
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図2では、犯人の血の着いた足跡と土の着いた足跡を区別して掲載されている。2つの図を拡大していて、私はあることに気が着いたのだ。実は図1の血の足跡と土の足跡がわからないように描かれているはずの図には、大きなヒントが隠されていたことを。実は見分けがつかないように描かれているように見える図1の足跡が、中2階の2人の遺体そばの土の足跡はそのまま黒く描かれており、また台所付近の土の足跡は消えているのだ。すなわちだ、白い足跡というのはすべて血の着いた足跡だった可能性が高いことがわかってくる。

図3
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それじゃ図1と図3の1階に続く階段の足跡はどう説明すべきなのか?図1だと1段ずつに全部足跡がついているが、図3では血の着いた足跡は飛び飛びになっているのがおわかりだろうか? これは私の想像だが、警察がこの資料を提供する時に侵入箇所を明らかにしないために、このように記せと番組関係者に指示して許可したか? あるいは、番組関係者が忖度で気を遣ってわざとハッキリ示さなかったのではないかと考える。

よく考えて頂きたい、最初の二段に血の着いた足跡が残りながら、最後の二段にだけ血の着いた足跡が残るなんてありえないのだ。宮沢家の階段は非常に急だったと言われ飛び段して降りるなど容易にできる階段ではなかったと考えられる。実際には格段には、血の着いた足跡も同時に残っていたはずなのである。特にこの階段まで昇った人間は、事件後極限られた人間だけだったはずで、1階ほど足跡自体が消えるほど他の人間に踏み消されていた可能性は低かったと考えられるからだ。このCGの描きからいって、図1の白い足跡はすべて血の着いた足の足跡だったと考えても過言ではないのではないかということ。そしてすべての段には、血の着いた足跡が実際には図1のように残っていたのではないのだろうか。

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では、この足跡は何を意味しているかのか? 血の着いた足跡の正体は、中二階の踊り場で亡くなっていた泰子さんとにいなちゃんの血液によるものだった可能性が極めて高いといえる。すなわちその2人を殺害した後に着いた足跡であり、犯人の侵入は玄関からではなく、極めて中二階の浴室窓からが濃厚だと改めて実感させられるものだったのだ。そのため冒頭で述べた本棚横の6個目の足跡は、家族全員を殺害した犯人がまず玄関の施錠状況を確認しにいった可能性が高く、その帰り道に着いた足跡だったのではないかということ。また2階リビングのテレビのすぐ近くにも血の着いた足跡が残っていたことは、図2を見るとおわかりだろう。これは、犯人が4人を殺害直後にリビングの出窓のカーテンを開けて外の様子を伺おうとした時に着いたものと私はみている。それだけ犯人は、隣の家の住民が気がついたのではないかと気にしていた証ではなかったのだろうか?

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(一つ気になることが)

一つだけ気になったことがあるのだが、何故台所には血の足跡が残らず土の足跡のみが残ったのかということ。私は家族全員を殺害してすぐに、台所に行って包丁を置いたと考えていた。その証に殺害に使用されたとされる刺身包丁の関の孫六と宮沢家にあったとされる文化包丁が一緒に台所には置かれていたからだ。また血の着いた手のあとが、台所の棚や冷蔵庫の中にも残っていたというから、当然この台所の中にも血の着いた足跡残っていたのではないかと思っていたが、どうもそうではなかったことを不思議に思う。

(飛び飛びの足跡の謎)

もう一つこの犯人の足跡が、不思議と飛び飛びの変な残り方をしている点が気になる。一階玄関付近に関しては、多くの人間が入り込んだことで途中の足跡がハッキリ残らなかったのではないかと。もう一つ考えらえれるのは、すでに部屋を荒らしてしまった後で、何かしら障害物があって飛び飛びに歩かざるえなかった可能性も無きしにもあらずだが、その可能性は低いだろう。あと玄関から入った足跡だった場合、こんな飛び飛びの歩き方はしないだろうということ。宮沢家の床がフローリングなのかカーペットなのかはわからないが、そんなに飛んで移動したら大きな音がして家族に気がつかれているしまう危険性が高まるからだ。もし玄関から侵入したのならば、小さな歩幅で静かに移動していたはずなのだ。

すなわちこの飛び飛びの足跡は、他の人間が多く出入りして途中で消えてしまったせいなのか? 進入時ではない時期に犯人が残した足跡であると考えるのが自然なことになる。

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(もう一つ疑問が)

私の読みだと、犯人はまず中2階の浴室の窓から侵入。そして2階のリビングに進んで荷物を降ろし臨戦体勢に入ってから家族の殺害に向かったと考えている。しかし土の着いた足跡は、中2階の踊り場部分と二階台所や居間、二階から1階の階段にしか残っていないのだ(このTBSのの足跡だと)。子ども部屋には、血の着いた足跡しか残っていないのだ。もし階段途中に土の着いた足跡が残っていたならば、先に殺害したはずの礼君のいた子ども部屋にも土の着いた足跡が残っているはずなのだが・・・。ここで考えられるのは

1,TBSの残したCGが、屋根裏部屋の足跡同様に不確かなものだった。

2,犯人のものと断定できる土の足跡はハッキリとは確認できなかった

かのいずれかではないのだろうか? 

指紋もそうだろうが、足跡も実際には発表されているものよりも遥かに多くのものが現場には残っていたと考えられる。しかしそれが、犯人のものとして実証できたものは極限られた指紋と足跡だったということではないかと私は認識している。テレビ朝日の足跡は、犯人ものと断定されていないものまで表現しており、TBSは犯人ものと断定されている足跡のみをCG化した違いではないのだろうか。現場には土足で、他の人間が入った可能性もあるからだ(ただし警察も救急職員も遺族も人の家に上がる時に土足で入り込んだかのかは疑問が残るが)。

(最後にもう一つ)

図1の階段下に、みきおさんの遺体後ろに何やら黒いものが表現されているのがおわかりだろうか? これはなんだろうと画像を拡大してわかったことがある。これは、服が幾つか置かれているものを表現されていたのだ。

恐らくこれが、犯人がみきおさんの服を着て逃走しようとした形跡の9着の服を表現したものだったのではなかろうか。みきおさんの服とは、ここに脱ぎ捨てられていたことを初めて知ることになる。そして以前から、みきおさんの遺体そばにあったハンガーらしきものは、何だったのか気になっていた。

私はみきおさんが犯人と対峙した時に、とっさに「刑事物語」で武田鉄矢がハンガーを武器に使ったように、みきおさんも近くにあったハンガーで包丁に応戦しようとした跡ではないかと思っていた。しかしここに みきおさんの服が散乱していたとなると、犯人はみきおさんの服を着ようとして、服がかけてあったハンガーをみきおさんの遺体そばに投げ捨てていった跡だったと理解することができるのだ。

今回改めてこの足跡のCGをみて

1,1階の足跡は血の着いた足跡だったのではないのか?

2,遺体そばに、みきおさんの服は置かれていた


ことに気がついたのである。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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