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快楽殺人犯との類似性 5

過去の快楽犯との類似性を探ってきたシリーズの最終回。今回は、秩序型殺人者 と 無秩序型殺人者  について考えてみたい。この考察の最初の方で、私はこの犯人は 秩序型殺人者 ではないかと述べた。果たして本当にそうなのか、今回も細かく見てゆきたい。

秩序型殺人者

特性

兄弟の中で比較的年長。長子である場合がかなりの割合を占める。
父親は安定した職業についていることが多いが、親のしつけはあまり首尾一貫していない。
平均かそれ以上の知能を備えているが、自分の能力以下の仕事にしかついていない場合が多い。
職種は専門知識を要するものが主。
あちこちの職場を転々としている。
殺人の前には外部からのストレスを感じていることが多い。ストレスの種類としては、金銭的なもの・夫婦間のもの・女性関係・職場の問題などである。
社会的生活に適応しており、配偶者と共に生活している。
殺人を犯したとき、激昂した精神状態にあったか、さもなければ抑鬱状態にあったと主張している。しかしその一方で、犯行を実際に行っている間は冷静でリラックスしていたことも認めている。
犯行前にアルコールを飲んでいることが多い。
自動車を所有し、きちんと整備している。
殺人の記念品を待ち去っているから、空想が犯行後も持続していることもわかる。
殺人者の自宅からは、事件に関する新聞記事の切抜きが発見されることも多い。つまり新聞を通じて捜査の進展を追いかけていることが多い。

世田谷の事件において、秩序型の特性に一致していそうなのは、赤字の部分だろうか。この事件の犯人は、居間で着てきた服などをキレイに畳んで臨戦体制に入っていったと思われる。そのため犯行前(礼君殺害後か)は非常にリラックスしていたと思われるフシがある。その一方で、自分の描いたいたとおりにはゆかなかったのか? 泰子さんやにいなちゃん殺害時には、激昂していたのではないかと思われるような状況なのだ。この二面性は何なのかと疑問に思っていたが、この秩序型殺人者だった場合、説明がつくことになる。

犯行現場の特性

犯行現場からは犯行前・犯行中・犯行後を通じて、一種の秩序が存在したことが見て取れる。犯行手段が秩序だっているという点から、その殺人が捜査の手がかりを与えないように綿密に計画されたことがわかる。
犯行が計画的なものであっても、その犠牲者はまったくの見知らぬ他人であることが多い。つまりたまたまある特定の場所にいた女性もしくは男性を犠牲者に選ぶわけだ。とはいえ殺された人物たちには何からの共通の特徴を備えている。殺人者はそれぞれ犠牲者のタイプの好みを持っており、長い時間をかけて犠牲者を選定しているからである。
社会性を備えているので、殺害の前に犠牲者と会話を交わしたり、見せ掛けだけの友人関係を結ぶこともある。
殺人とレイプは同時に計画されることが多い。
行動を支配しているのは空想と儀式であり、その行動や犯行現場のパターンには強迫観念にも似た特徴が表れる。彼らは多くの場合、犯行に使う凶器をあらかじめ用意しており、犯行現場を離れるときには必ず持ち帰る。証拠を残すことを慎重に避け、殺害現場から死体を移動させることも多い。

事件前に、現場に残された遺留品と似た服装をした男が目撃されていたりと、計画性を感じさせる事件ではある。宮沢家とは、社会的な接点がなかった可能性もあり、再三の捜査にも関わらず浮かび上がらなかった。しかし事件当日に使われた形跡のないスリッパからは、犯人のDNAが採取されたとされている。そこから考えると、事件前に何かしらの面識・接点があったのではないかということになる。その一方で凶器を事前に用意したものの、証拠を残すことを避け、死体を移動させるという特徴は、世田谷の事件においては正反対の状況だった言えよう。こうなると犯人が、秩序型どうかは疑問を抱きたくなる。

無秩序型殺人者

特性

兄弟の中では年下である傾向がある。
知能が平均以下であることが多い。
子供時代の親のしつけが、非常に厳しいものだった例も多い。
父親が職業を転々としており、そのパターンを反映するかのように殺人者自身の職歴も長続きしないのが普通である。
強迫的もしくは幼稚な観念に取り付かれているのが普通で、錯乱し、抑圧された精神状態で犯行を行うことが多い。
社会に適応できていない。
多くは結婚しておらず、一人であるいは親と暮らしており、自宅のすぐ近くで犯行を行う傾向がある。
対人恐怖を抱いており、隔絶された妄想の世界を築いてしまいやすい。
抑圧された精神状態のもとで衝動的に殺人を犯すことが多く、自分の住んでいる地域内で犠牲者を選ぶのが普通である。
性的機能不全の状態であり、対等なパートナーとはどんな種類の性的接触も持てないことが多い。彼ら自身自分は異性愛者(ヘテロセクシャル)だと主張しているが、実際にはセックスの経験は乏しく、性的に倒錯していることが明確に読み取れる。

もしこの事件の犯人が、動物虐待を繰り返していた人物と同一だったとしたら、かなり宮沢家と近い地域に住んでいた可能性が高いのではないのだろうか。というのもこの事件の前に起きた不可解な事象は、祖師谷公園を中心に非常に狭い地域でいろいろ起こっていたからだ。また女性や子供などの残虐な行為は、異性への性が歪んだ形に現れたとも考えられる。2つの特性を持っていることからも、姉や妹などがいる中間子だった可能性も否定できない。

犯行現場の特性

無秩序型殺人者の犯行現場から受ける全体的印象は、犯行が唐突に行われ、発覚を防ぐための工夫らしきものが見当たらないということである。
現場はひどく乱雑であり、恣意性、無計画性、そして象徴性といったものが感じられる。
犯人が前から知っている人間を犠牲者に選ぶことも多いが、その場合も年齢・性別などはたいして重要視されない
犠牲者への接近も電撃的。背後から近づき、いきなり力ずくで襲い掛かる場合もあるし、突然銃で撃ち殺すことさえある。犠牲者は何の警戒もしていないので抵抗のしようがない
犠牲者を非個人化したがる傾向があり、身体のある特定の部分に対して極めて残虐な行為を働くことがある。オーバーキルや顔に必要以上の傷を付けるといった行動は、犠牲者から人間らしさを消し去ろうという意図の下で行われる。また、顔面を傷付けるのは、その犠牲者が殺人者の知人だったか、さもなければ殺人者の心理的抑圧の原因となる誰かに似ていたことを示している。
殺害後には性的でサディスティックな行為が行われるのが普通で、死体の切断という形をとることが多い。それ以外にも腹部の傷の中への射精などの様々な種類がある。犠牲者の衣服や住居から、犯人が放尿・脱糞・マスターベーションをした形跡が発見されることもある。
死体を手元に保存しておくことが多い。
犠牲者の死体は殺害場所にそのまま放置されることが多い。死体が切断されている場合には、ばらばらにされた各部分が殺害者にとって何らかの意味がある形に置かれているケースもある。
死体を隠そうともせず、指紋も足跡もそのまま残していくので、警察の捜査の手がかりはたくさんある凶器も普通は手近にあるものが使われ、しかも現場に放置されるので、重要な証拠となる。

ここまでは、秩序型か無秩序型かは半信半疑に思えていた。しかしこの 無秩序型の特性 を読むと、驚くほど世田谷の事件現場と一致している。私は秩序型の殺人者だと思っていたが、実はこの犯人は、快楽殺人犯による 無秩序型 の犯行 だったのではないかとういう思いが強くなってきた。

改めて無秩序型とは

非計画的で衝動的である。こちらの精神崩壊の度合いは、トラウマによる人格障害よりははるかに深刻で、青年期以降に妄想型分裂症や解体型精神分裂にかかっているケースが多く見られるといっている。これらについては、こちらのサイトを参考にして頂きたい。

恐らく警察も、似たような犯人像をプロファイリングなどから導き出してはいたのであろう。しかしどうしてもそれらしい人物を見つけきれず、捜査網を広げていったものの、有力な容疑者は一人また一人と消えて行き誰もいなくなったしまったというのが現在の状況ではないのだろうか。捜査の中で抜け落ちてしまったり、隠し通されてしまった人物がいたに違いない。

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快楽殺人犯との類似性 4

これまで3回に渡り、過去の快楽殺人犯と世田谷の類似性について考えてみた。この犯人が行った不可解な行動の謎が、かなりの部分で快楽殺人犯の傾向で説明できることがおわかり頂いただろうか? 今回も殺害後の犯人の行動をみながら、共通点を考えてみたい。

犯行直後の反応

この段階で殺人者が見せる反応は様々である。開放感・緊張の軽減といったものから、逮捕を避けようという目的意識を持った行動まで色々ある。

犯行現場を去った直後には深い開放感を覚えることが多いようだ。何人かの殺人者はそのまま家に帰り、その夜はぐっすり眠れたと語っている。

自分の犯した行動の現実に直面してより積極的な反応を示す殺人者もいる。

例:ある殺人者はその足でレストランへ出かけ、それまでは食べられなかった料理を注文した。それから売春宿を訪ねて、そこで派手なけんかをして、手首に傷を負って病院にかつぎこまれた。そのとき病院で治療にあたった医者が、警察の手配書から彼が犯人だと気づき、通報した。

世田谷の事件においても、アイスを何個も食べたり、トイレで大便をしたり仮眠をとった形跡などもあり、一種の開放感・緊張の軽減というものがあったようにみられる。その後の様々な行動は、逮捕を避けようという目的によってなされたかどうかは不明だが、偽装工作だった可能性も捨てきれない。しかしこの事件が快楽犯によるものだった場合、偽装工作以外の色彩が強いのではないかと私はみている。

犯行直後の時期が過ぎた後の行動

このときは一般に自己防衛の必要に迫られる行動が多い。例えば証拠を隠滅する・目立つことを避ける・アリバイを用意するなどである。

しかし同時に容疑を避けるという目的にまったく反するような行動も見られるのである。こうした行動は4つに分類することができる。

犯行現場の再訪
死体が発見されるのを観察する
殺人の記念品の保存
捜査への介入

こうした行動は殺人の興奮を持続させたいという欲求を、自己防衛本能を圧倒するまでに強くなっていることを示している

犯人が現場を再訪したかまではわからないが、死体が発見されるのを観察するというのは物理的に難しいだろう。しかしそういった成り行きを、報道などで逐一チェックしていた可能性はある。また捜査への介入があったのかも犯人でなければわからないのだが、この事件の場合インターネットの無記名掲示板という、当時の日本独特の媒体がその代わりを担っていた可能性は否定できない。また殺人の記念品の保存 という観点であるならば、犯人が子供の机や子ども部屋まで荒らした説明もつくことになる。

犯行現場の再訪

全体の27%程度でしかないが犯行現場に戻る者がいる。戻る理由としては次の通り。

空想に新たな息を吹き込むため:31%
捜査の進捗【しんちょく】状況を知るため:19%
そこで他の犠牲者を殺すため:8%
死体と性交するため:6%

例:ある殺人者は犯行の14時間後に現場に戻ってきて、犠牲者の死体から乳房を切り取った。単に捜査を混乱させるために戻るというより、もっと死体と接触したいという願望が隠れているのかもしれない。

この事件の犯人が、単独犯だった場合何度か家の出入りを繰り返した可能性がある。常識的には考え難いのだが、犯人が快楽犯だったとしたら、その可能性は否定できないのではないのだろうか。何故その可能性があるかというと、ロフトで襲われた泰子さんとにいなちゃんが、ハシゴを降りて中2階で最後殺害されているからだ。そして2人の遺体のそばには、にいなちゃんの血を拭うように血の付いたティッシュが落ちていたのだという。これは、一定時間犯人が現場から離れた可能性があることを示していたのではないのだろうか。少なくても2人は、家にもう犯人はいないと思ったからこそ、ハシゴを降りたのではないのだろうか?

死体発見の観察

死体発見に一役買うことは、殺人行為や犠牲者との関わりを持続させ、殺人者の興奮を保持する役割を果たす。殺人者は匿名で電話や投書を使い、死体の場所を警察に教えることがある。あるいは死体が発見されてから、群集に混じって犯行現場を見物することもある。死体を遺棄した場所に警察を連れて行くために、殺人者が進んで犯行を自白することさえあるのである。

それとは対照的に殺人という行為全体や空想を意識的にコントロールしているタイプの殺人者たちは、処分した死体にそれ以上こだわろうとしない。こうしたタイプの殺人者にとっては、殺人はあくまで秘密のものであり、死体を注意深く隠すことが多い。その秘密を自分しか知らないということが、権力や支配の感覚を味わわせてくれるからであり、その感覚こそが彼らが空想の中で求めているものなのである。

世田谷の犯人が、どちらのタイプなのかの判断は難しい。群衆に混じって犯行現場を見物するということは、現在の日本の捜査では来訪者を逐一チェックしていたので、そういったことをしていれば捜査上に浮かび上がった可能性は高い。また遺体を隠すことで秘密を楽しむというのも、犯人がその後に何かしようとしていたのかどうかでも違ってくる。残された現場から判断する限りは、処分した死体にそれ以上こだわろうとはしない という風にはみてとれる。すなわち殺人という行為全体や空想を意識的にコントロールしているタイプなのかもしれない。だからこそ捜査において、結局はそれらしい人物が浮かび上がらなかったの可能性がある。

記念品の保存

27%の殺人者が犠牲者に関連した様々な物品、即ち殺人の記念品(スーベニア)を犯行後も保存し続ける殺人者にとって犯行を思い出すための重要な価値のある品物なのである。そのためには証拠を所持し続けることで、犯人であることが露見してしまうリスクをもいとわない。記念品は空想を現実化できることの明確な証拠であると同時に、今後の空想を活性化させる触媒でもあるのだ。

殺人者が保存していた記念品は、ごく身近なものかあら異常なものまで多岐に渡っている。

衣服
宝石
指輪
時計
下着(フェティシズムの対象の代表)
車(主にヒッチハイカーを狙い、犠牲者の車で旅をし続ける殺人者がいた)
身分証明書
写真(犠牲者を殺す前に全裸にして撮影していた殺人者もいる)
犠牲者の身体の一部(性器・頭・内臓・足・乳房・血液)

これに関しては、明確な情報が流されていないのでどっちかはわからない。しかし一部の情報では、記念硬貨がなくなっていたという話しもあり、それが単なる金目のものとして持っていったのか? それとも戦利品としての意識から持っていったのかも定かではない。ただしだ、物取りにしては子供机の引き出しや子供部屋まで荒らし家中の引き出しという引き出しを開けたのは、物取りなのではなくそういった類のものを探していたからだと捉えることもできる。また家人じゃなければ、家の何が無くなったかも明確に掴めなかったというのもあるだろう。姉の杏さんの話だと、2人がよく遊んでいた人形の掛け布団 が、どうしても事件後見つからないのだという。ひょっとしたらこれも、犯人が戦利品として持ち帰った可能性があるのかもしれない・・・。

犯行後の行動と殺害方法の関連

使われた凶器と犯行後の行動の相関関係を調べた結果によると、次のような関係が得られたようだ。

銃器を使用して殺害する→犠牲者の写真を撮っておく、犯行現場を再訪する
鈍器や刃物を使用して殺害する→捜査に関与したがる
一方、犠牲者に関する記念品を保存する、警察やマスコミに連絡を取る、住所や職業を変えたり他の町に引っ越すといった行動は、使用した凶器との関連がほとんど見られなかった

ここで明確なのは、犯人が刃物を使って殺害していたということ。そのため事件後の犯人の行動としては、捜査に関与したがるという行動に繋がるのではないかという。

ここで日本独特の環境だったのが、当時一般に認知されはじめた2ちゃんねるを中心とした無記名掲示板の類ではなかったかと。私は犯人は、捜査の進展のみならず事件後も何かしらの書き込みをこれらの掲示板で行っていたのではないかとみている。あるいは、今もそういった行為を続けている可能性さえあるのではないかと。

一回目の書き込みに比べると信憑性が薄まるのだが、黒ムツさんとおぼしき人物はその後も書き込みを続けており、その内容を考察したところ文章の内容が突如飛んだりといった最初の黒ムツさんと似た傾向が観られたこと。想像にしては、非常に犯人しか知り得ないリアルな状況を書き込んでいたことに私はかなり引っかかるものを感じている。しかし事件から1ヶ月後ぐらいの書き込みだったので、警察もすでにそれらの掲示板には注視している中での書き込み。そのようなことで、書き込み主まで辿り着けなかったのか?という疑問は残るのだが。いずれにしても、この事件とインターネットとの繋がりは、浅からずあるものだと私はとらえている。


快楽殺人犯との類似性 3

快楽殺人犯を検証したサイト にもとづき、世田谷の事件との共通点を探る検証の第三弾。今回も、このサイトの記事を元に、考えて行きたいと思う。

死体切断を伴う殺人

犠牲者を殺した後に性行為が行われていない場合があるが、こうした事例の大部分では犠牲者への拷問・身体切断・オーバーキル(必要以上に被害者の身体に損傷を与えること)という要素が見て取れることが多い。殺人者が性的興奮を呼び起こすのに、異常なイメージや行為が必要だったと予測できる。そして感情を高揚させるのに必要な異常さや袱紗雑さのレベルという点で、身体の切断こそ殺人者の心理的倒錯の表れといえる。

世田谷の事件においては、性的暴行の形跡はなく、また遺体の切断はされていない。しかし上記にも記載されたとおり、拷問とも言えるべき行為が行われた形跡や執拗に被害者の身体に損傷を与えているような現場だった。恐らくこの犯人はこういった行為によって、性的興奮と同じようなものを覚える歪んだ心理の持ち主だったのではないかということ。これは、以前取り上げた苫米地氏の犯人の異常心理への考察にも同様のことを述べていた。だからこそその対象が、女性である泰子さんやにいなちゃんだったのではないかと思われる。この凄惨な現場は、けして性的暴行とは無関係ではなかったのかもしれない。

非個人化(デパーソナリゼーション)

死体切断の一種。殺人者が犠牲者の個人的アイデンティティを消し去ろうとする行動のこと。この行動は犠牲者を殺す前に行われることが多い。

例1:犠牲者の顔を毛布やシーツで覆う。

例2:しかし非個人化がすべて明瞭な形で行われるわけではない。

例:犠牲者の身体を折り曲げて顔が見えないようにするといった行為も、非個人化のひとつといえる。

まさに非個人化の行動は、世田谷の事件の現場でもハッキリとみられる。みきおさんの遺体には、引き出しが被せられており、礼君には布団が。そして泰子さんには、衣服が遺体を隠すように山のようにかけられていた。また みきおさんの遺体は、階段の下で不自然な形で発見されており、無理に身体を犯人によって折り曲げられた可能性さえ否定できないのだ。

気になるのは、この行為は犠牲者を殺す前に行われることが多いと書かれている点だ。私は完全に息を引き取った後に行われたものと思い込んでいたが、これがまだ亡くなる前の行動だとすると戦慄が走る。


死体の処分

死体をばらばらにしたり地中に埋めて隠そうとする殺人者がいる一方で、死体を放置したり逆に発見されやすい場所に置いていく殺人者もいる。

死体の処分方法は多くの場合殺人者が抱いていた空想と結び付けられて、完璧なものに仕立て上げられる

世田谷の事件では、遺体はバラバラにされることなく放置されるに留まった。しかし苫米地氏によれば、正月三が日ぐらいは犯人はこの家で過ごすつもりだったのではないか? そのためその後には、お風呂場で行為の続きをし空想と結びつけた形にしようとしていたのではないかみたいなことを述べていた。もしそうだとすると、犯人は事件発覚直前にまでこの家に留まっていた可能性すらあるのではないかということになる。

快楽殺人の場合

犠牲者の大部分の着衣にはセックスに関係した意味での乱れが見られる。47%では死体が全裸にされており、性器露出しているものが5%、乳房が露出しているものが9%、臀部が露出しているものが11%あった。

他にも身体の様々な部分で着衣が剥ぎ取られていた。一般に剥ぎ取られた衣服は犠牲者を縛ったり覆ったりするのに使われ、遺体の近くで発見されることが多い。しかし中には剥ぎ取った衣服がきちんと折りたたまれて置かれている場合もある。犠牲者の着衣に乱れがなかったのは、わずか2%にすぎなかった。

ときには犠牲者が異常な服装をさせられていることもある。ある殺人者の自宅の地下から発見された犠牲者の多くは、様々な形で着衣を剥ぎ取られていたが、皆口に衣服の切れ端を押し込まれていた。殺した女性の死体をきれいに洗い、傷には包帯を巻き、清潔なナイトガウンを着せて彼女のベッドに横たえていた。

この事件においては、被害者の着衣の乱れは観られず、この手の犯罪では極めて稀な2%の現場だったのかもしれない。犯人が脱がしたのか、あるいは物理的に脱げたのか、それとも自分で脱いでいる最中に襲われたのかは不明だが、みきおさんが発見された時には、片方の足の靴下が脱げていたという。しかしこれは、犯人が意図的に脱がしてどうこうということではなさそうだ。というのはその後に他の部分に乱れはなく、みきおさんの遺体の上に引き出しが被せられており、非個人化がなされていたからだ。

犠牲者の姿勢

犠牲者の死体の大部分は埋められるか、隠されるか、さもなければ犯行現場にただ放置されているだけであるが、中には特別な理由から何らかの姿勢を取らされていることがある快楽殺人の全体の28%では死体がある特殊な姿勢を取らされており、またそうではないかと思われる辞令が全体の17%あった

殺人者がこうした行動を取る理由としては、まず犯行に関する何らかの事実を隠す必要があったことが考えられる。それ以外には殺人者にしかわからない理由で、性的・暴力的な空想に基づいて、犠牲者が何らかの姿勢を取らされる場合もある。

この部分を読んだ時に、私はドキッとした。そう にいなちゃんは、泰子さんの血が流れる床の上で両膝をついて、前に頭が垂れるように亡くなっていたとされている。それもだ、両手を前で組むような形で、まるで命乞いをしているかのような形で亡くなっていたのだという。これは、にいなちゃん殺害後、犯人がそういう形にあえてして残したのではないかという。それは、犯人の空想に基づくものなのか、発見された時に見るであろう人間に対する何かしらのメッセージであり、自己顕示欲の一環だったのだろうか? いずれにしてもこうした行為は、快楽殺人の現場 でこそ観られる状況だったのではないのだろうか。

死体の遺棄場所

快楽殺人者にとって死体を最終的にどこに遺棄するかは重要な問題である。それが重要な理由は様々である。

まず第一に、遺棄する場所によってどれくらい早く死体が発見されるかが決めるということである。

死体をどこに遺棄するかが重要となるもうひとつの理由は、それが殺人者にとって何らかの意味を持っているからである。死体の遺棄場所が殺人者の空想全体と大きく関わってくる

本事件においては、自宅に遺体を残した。しかし例え引き出しで隠そうと服を被せようと、死体発見の時間に大きな違いを及ぼすとは考え難い。またこの犯人は、死体を遺棄するつもりがあったようには思えない。しかし苫米地氏によれば、事件後に遺体を持ち運び、近くにある神明神社にでもお供えするつもりだったのではないかとも述べている。

その成否は定かではないが、もし犯人が快楽犯だった場合、実は現場の状況はまだ道半ばだったのかもしれない。そして事件発覚直前まで、本当に現場に留まっていた可能性さえ否定できなくなってくる。しかし12月31日の10時ぐらいに、誰にも観られずに風呂場の窓から逃走することなどできたのだろうか? 日中の祖師谷公園のポッポ公園は大変子供連れが多く、まして誰もが休みである12月31日の明るい時間に逃走して、それらしい目撃情報が一つもないというのもにわかに考えづらいのだが・・・。


快楽殺人犯との類似性 2

前回、快楽殺人犯を検証したサイト を元に、世田谷一家の犯人と類似する部分を探し出そうとした。かなり長いサイトなので、今回も分けて検証の続きをする。

犯行前行動

殺人者によっては犯行前の数日間に、何らかの犯罪的・暴力的な行為に関与している。

犯行の数時間前になると、殺人者の多くは犠牲者の物色を始める。例えば主にヒッチハイカーを狙う殺人者は、適当な犠牲者を見つけるために1日中ハイウェイで車を走らせたりする。

こうした行動には多くの場合アルコールあるいはドラッグが関係している。ある殺人者は一晩中ビールを飲み、マリファナを吸ってすごした後で、一人の女性を刺し殺して内臓を取り出し、また別の犠牲者にも同じことを試みようとした。

よって犯行前の行動は殺人者を実際の殺人へと向かわせる役割を持っている。そして犠牲者の選択が行われ、そこに何らかの引き金となる要因が加わって、殺人が起きるわけだ。

世田谷事件においては、祖師谷公園周辺で動物虐待を繰り返していたものが存在する。そして犯人は、動物虐待から人を殺めてみたいという衝動をつのらせ、ターゲットを物色し始めたのではないのだろうか。それが、宮沢家からほど近い、NTT社宅への脅迫や礼君が通っていた幼稚園に書かれた、血のメッセージだったのでは?

そこで犯人がターゲットに絞ったのが、祖師谷公園内に家を構える 宮沢さん一家。犯行が行われた12月30日以前の12月中にも、祖師谷公園では動物虐待による猫の被害が出ていたという。これがいわゆる上記の文にあたる、犯行前の数日間に、何かしらの犯罪的・暴力的な行為に関与 にあてはまるのではないのだろうか。

そしてそこには、何らかの引き金となる要因が加わって とある。それは、日頃から深夜のスケボーに対する宮沢さんの注意。それから派生して、自分たちが用意した縁台を処分 されるという決定的なことが引き金となった可能性がある。さらに事件当日には、買い物帰りのにいなちゃんをスケボーをしていた男が故意なのか故意じゃないかはわからないが、轢きそうになるという事案も発生している。

私の想像ではあるが、この時点ではすでに犯人は宮沢家の殺害を決意していたと考えられ、意図的な挑発だったと思われる。男はみきおさんと一触即発になっていたところを近所の人から目撃されている。この男を未だ見つけられないことが、この事件が解決しないことに私は繋がっているのだと思う。


犠牲者の選択

犠牲者選びは殺人の実効段階の第一歩である。計画や空想があらかじめ存在しているために、犠牲者はある基準に基づいて選ばれることが多い。

何か特定の行動をする人間を、犠牲者に選ぶタイプの殺人者たちもいる。
意識的に計画を立てたり、空想を抱いたりしない殺人者は、自分の中にある特定の感情を呼び起こすような人間を犠牲者に選ぶ。例えば、自分が不公平な世界に生きていることを、あらためて思い出させるような人物である。

犯人の心理を覗い知ることはできないが、もし事件直前に書き込まれた 黒ムツさんの書き込みが犯人によるもので、ある程度本音で書いているとすれば、その心理を伺うことができる。

幸せそうな家族をめちゃくちゃにしたい 

これが、犯人の一番の本音かもしれないということ。ようは傍目から見れば、絵に描いたような幸せに見える家族。自分とは違うその不公平感に絶望した犯人が、こういった家族をターゲットとして絞っていた可能性は捨てきれないのだ。何故そう言えるかといえば、それはNTT社宅への脅迫事件をみてもわかるように、必ずしも 宮沢家 にこだわっていたわけではなく、幾つかの犯人が描く条件に合致する家族ならば、誰でも良かったのではないかということ。だからこそ、事件後家族と接点のあった人間を片っ端から捜査したものの、一切の繋がりを見つけ出すことができなかったのではないのだろうか。


犯行(実際の殺人)

殺人者たちは犠牲者を殺すことで殺人という行為の現実に直面せざるをえなくなる。犠牲者は空想や前もって考えておいた計画通りに死んでくれないからである。そたのめに殺人者たちは予想していた以上に暴力をふるわなければならず、そのために恐怖感を覚えることもある。あるいは暴力を振るうことでさらに興奮し、その事実にショックを感じたりする。またある種の殺人者は自分が社会的ルールを破り、人を殺したということに高揚した気分を味わう。こうした高揚感が再び殺人の行為へと駆り立てるのである。そうでない殺人者たちは自分が実行した行為に恐れおののき、警察に出頭することになる。

犯人のシナリオでは、屋根裏部屋でにいなちゃんと泰子さんを殺害して終わるはずだったし、実際そうなったと思い込んでいた。しかし予想に反し、泰子さんはにいなちゃんと共に生き帰りハシゴを降りてきた。この当初の計画通りには死んでくれず、予想以上に暴力をふるい凄惨な現場へと発展したかもしれない。

この犯人は、殺人を楽しんでいたフシがあると思われる部分がある。しかし踊り場での凄惨な状況や被害者の傷口から想像される残虐行為が行われたのは、むしろ思っていたようには人は簡単には死んではくれない恐怖感。手を想定外に怪我をしたことによる怒りが、これらの状況を引き起こしたのではないかと私はみている。この踊り場での状況は、当初犯人が想定していたシナリオとの違いから暴走が止まらなくなった末の惨状だったのではなかったのだろうか。

この犯人は、この事件を起こしたことで高揚感を感じるタイプではなかったのではないのだろうか。自分が実行した行為に恐れおののき、捕まっても良いと一時は考えたのかもしれない。何故そのようだと言えるのかは、事件後犯人は殺害した家族に引き出しをかぶしたり、布団や洋服をかけたりといった遺体を見ないような行動が観られるということ。そしてこの事件以後犯人は、他に事件を起こした形跡が一切ないのだ。すなわち現実での殺人は、自分が思い描いていたようなものとは大きく違っていたと感じたのではないかと。

しかし警察に出頭しなかったのには、何かしらその後に心境の変化が起きたか、事件の全貌を知る第三者がいて、それによって出頭を止められた可能性もなきにしもあらずではないのだろうか。むしろ犯人が自首しなかったのは、自分の本意ではなく周りの人間への僅かながらの配慮だったのかもしれない。


快楽殺人犯との類似性 1

この世田谷一家の事件は、快楽殺人 だったのではないかという見方を強めている。そこで今回、快楽殺人犯を検証したサイトがあったので、そこに書いてあることを元に、この事件に当てはまるか考えて行きたい。かなり長くなるので、何回かに分けて行ってゆく。

快楽殺人犯の傾向

快楽殺人者に共通する最大の特徴は、妄想 にある。

誰でも、少年の頃は世界が自分の思い通りになるという妄想を抱くが、幼稚園などの集団に入ることで、現実が自分の思い通りにならないことを知る。

しかし、快楽殺人者にはこの現実認識がない。妄想と現実の境が失われているため、例えば自分とは縁もゆかりもない美女をわがものにしたいという妄想はそのまま実行に移される。一説によれば、女性を殺すのは、抵抗したり拒絶したりするリアリティーを奪って妄想どおりの存在にしておくためともされている。

FBIの犯罪心理分析官として多くの殺人のプロファイリングに携わったロバート・K・レスラーによれば、快楽殺人者は秩序型と無秩序型に分けられるという。

秩序型は、殺した人間の指を切り取って戦利品として収集したり、ターゲットのタイプを限定したりする方向性がある。そうしたこだわりは、子供の頃に抱いた妄想のイメージに何らかの形で捕らわれているためである。また、秩序型はには、幼い頃に両親から虐待を受けたなどのトラウマ(心的外傷)を持つ者が多いのも特徴だという。心の傷から逃れるために生まれた解離(現実からの離反)の心理状態が、ますます妄想をたくましくさせるのである。

一方、無秩序型は、突発的な女性殺人を繰り返した有名なテッド・バンディのように、非計画的で衝動的である。こちらの精神崩壊の度合いは、トラウマによる人格障害よりははるかに深刻で、青年期以降に妄想型分裂症や解体型精神分裂にかかっているケースが多く見られるといっている。


世田谷の犯人に、妄想 があったのかまではわからない。しかし 泰子さんやにいなちゃん の殺害状況が男性陣に比べ酷いのは、何かしらの女性に対するコンプレックスや弱いものをいじめたいという衝動がある可能性があり、それを実現しようとしたためではないかと考えられる。この事件は、突発的というよりも、日々増して行く衝動を抑えられず実行に至ったようだと思え、この分類でいえば、秩序型の快楽殺人事件 だったのではないのだろうか。

連続殺人犯のタイプ

ホームズとディバーガーは、連続殺人犯を動機に基づいた類型に分類するという大胆な試みを行っている。連続殺人犯を4つのタイプに分類した。

幻想型(visionary)
売春婦、同性愛者、浮浪者といった特定の人々の集団を抹殺せよという声や映像によって動かされる。
「神からの命令」に基づいて行動することが多い。
多くの例では、このタイプは精神異常者か、あるいは精神疾患とみなされる。

使命志向型(mission oriented)
滅ぼさないとならない、あるいは抹殺しなければならない特定の人々の集団が存在すると勝手に決め付ける。
彼らは、幻覚や幻聴もなく、心理学的に異常な行動を示すことなく日々を過ごしている

快楽型(hedonistic)
ひたすら快楽やスリルを求め、人々を自分の享楽の対象であると考えている。
報告によれば、快楽型の殺人犯は殺人という出来事そのものからかなりの快感を得るようである。

支配・管理志向型(power/control oriented)
被害者の生死を完全にコントロールすることで満足を得ようとする。
性的要素は存在するときもしないときもあるが、主な動機は無力な被害者に対する異常なまでの支配である。

さらに、少なくとも2つのタイプが、ホームズとディバーガーのリストに追加できる。

承認欲求型(recognition seeker)
マスコミを通じた知名度の獲得など。

物欲型(material-gain seeker)
金銭や物品の利得目的で連続的に殺人をする。

この世田谷の犯人が、どのタイプに属するかの判断は難しい。個人的な見解では、快楽型や支配・管理志向型 のような色彩が強いように思えるが、その一方で実際に金品を持ち出していることからも 物欲型 の可能性も否定できない。私が事件との関連性が高いことから、調べて見る必要があると言っている T がもし犯人だったとしたら、むしろ 使命志向型 だったのではないのだろうか。

計画と予備行動・犯行前のストレス要因

犯行に走る前の殺人者の心理的・感情的状態、精神の枠組み、その行動は、そのとき彼が置かれている状況に影響されるが、その影響の程度は様々なである。殺人者自身は何らかのストレスの蓄積が自分の犯行になったと考えがちだが、彼らはそのストレス要因の背後に隠された基本的な問題に気付いていない。

具体的な殺人者たちが犯行の直前に体験したストレス要因として、次が挙げられる。

女性との軋轢【あつれき】
両親との軋轢
経済的不安

結婚生活での問題
男性との軋轢
子供の誕生
身体的な疾患・怪我
法律上の問題
仕事上の問題
死の恐怖
など

特に最初の2つの女性や両親との軋轢は、ストレス要因の大部分を占める。

犯人が事件当時、どのような状況だったのかは定かではない。ただし現場の女性陣に対する凄惨な状況からも、女性との軋轢は、充分に考えられる要因。また現場遺留品のハンカチにはアイロンがかかっていたりと、家族と同居していた人間の可能性もあり、両親との軋轢 といったものも可能性としては捨てきれないだろう。さらに少額の金銭を持ち出していることからも、経済的な不安 という要素も大きなストレスの要因になっていたのかもしれない。

ここからは私の勝手な妄想だが、例えば犯人は家族に姉か妹がいる、あるいは母親から小さい頃虐待を受けていた。そこで、何かしらの軋轢を長年感じて成長してきたのかもしれない。ある程度の年齢に達し、両親からは定職に就く就かないで軋轢が生じていた。しかし自分には、アメリカなどに渡って本格的に大好きなスケボーでお金を稼ぐなどの夢があり、その資金に困っていた。あるいは、普段の日常にも金銭が足りず苦しんでいた。親との軋轢があるため、親からの援助は期待できないなどの背景があったのかもしれない。


精神状態

精神的枠組み(frame of mind)とは、外部の出来事を見る際に主要なフィルターとなり、解釈するためのメカニズムとなるような支配的な感情の状態を指す。犯行を前にした殺人者の精神的枠組みは、極めてネガティブなものであることが多い。例えば次が挙げられる。

欲求不満
敵意および怒り
激昂
強い興奮状態
など

また興味深いことに、内的な苦悩と結びついた感情状態や兆候などは比較的少ない点である。つまり神経過敏・抑鬱状態・恐怖感・放心状態・心理的混乱などはあまり見られないということである。この統計結果は、ことを示唆している。そうして彼らは犯行直前の殺人者たちが弱者の立場に共感するような感情をほとんど抱いていない被害者の行動を、もっともネガティブな視点から捉えることになったと考えられる。

世田谷一家の事件現場でも、この状況に似たものを感じる。事件当日の夜に、泰子さんと男が大きな声を出していたなんていう目撃情報もある。もしそれが犯人だった場合、上記の条件の幾つかを満たしていた可能性が出て来る。また礼君などを扼殺したのは、犯人が礼君と自分を重ね合わせて同情的になったからではなく、単に違う殺害方法を試したかったからではないのか? 実は礼君の首を絞める力が男とは思えないほど弱かったという話しもある。これは単に殺害するのに躊躇したのではなく、殺害を楽しんでいたからではないのか? その証にその後に殺害された泰子さんには、首を締めた力で骨折していることが判明しているのだ。ましてその時は、犯人は手を怪我していた可能性が高いのに。

犯行計画

快楽殺人者たちに犯行前の計画の有無について質問すると、50%が自分たちの犯行は意図的なものであることを主張する。また、34%がそのとき自分が殺人を犯しやすい精神状態にあり、機会があれば飛びつくだろうということを自覚していた。この統計結果から殺人者たちは犠牲者をどこでどのようにして捕らえればよいかをあらかじめ知っており、適当な状況に出くわせば殺人を実行に移すことがわかる。そして後からその犯行に「偶然の結果」というレッテルを貼り付けるのだ。

残りの16%は自分の犯行はあくまで衝動的なものであり、計画などまったく立てていなかったと答えている。この種のタイプは自分の中で思考や感情が殺人という行為の外に現れてきたことをまったく自覚・認識していないのである。

しかしながら、全体としてみれば快楽殺人者は意図的・計画的といえるだろう。

これは世田谷一家においては、どのような状況にあてはまるのだろうか? 私が思うにそれは、宮沢家の浴室の窓が開いている状況ではないかと考えるのだ。それは、お風呂の後は必ず僅かでも浴室の窓が一晩中開いていることに犯人が気がついたとか あるいは泰子さんや子どもたちが入った後には開いていて、最後に入るみきおさんが閉めるという生活パターンを犯人が把握していた可能性もある。

仮に後者の一定時間だけ開いているのを知って犯行に及んだとしたら、宮沢家に侵入するには、この一定時間内に侵入を試みるしかなく、あえて23時前後という家人が寝静まる前の時間に事件を決行した理由も頷けるのだ。まして、みきおさんが起きている段階である。これは傍目から見れば極めてリスクの高そうな行動に見えるが、犯人にとってはこのタイミングしかないと考えていたのかもしれない。まして、みきおさん以外は寝静まった(子供部屋やロフトの消灯など)ことを確認してからという、より限定されたタイミングを伺っていたのかもしれない。

複数犯なのか単独犯なのか

世田谷一家の事件において、私が未だに頭を悩ますのは、この事件の犯人は複数犯だったのか? それとも単独犯だったのか?というところ。この事件を突き詰めていってもあらゆる可能性が推測できるので、こうだと断定できるものは少ない。だからこそ事件から17年経っても、様々な憶測をよんでいるのだろう。

(1つ確かなこと)

事件である宮沢家に侵入した人間は、1人であったであろうということ。これは、ほぼ間違いない事実として認識している。そのため私は、この家の周辺で事件をサポートした人間がいても、実行犯は一人しかいないとみてきた。そのことに、疑う余地はない。ただしだ、複数犯であったならば何故一人しか侵入しなかったのかということ。一度に4人もの人間を殺害しようと思えば、少なくても2人は同時に侵入しようと考えるのではないのだろうか? 

(サポート役がいたのかどうか?)

まず現場近くで目撃されていた人間には、20代後半と思われる若者とと40代と思われる中年の男。この2人に関する、目撃情報が多い。そしてこの2人が、10メートル以内に歩いていて、道を広がるように歩いていったなんて目撃情報もある。そしてまた見張り役には、20代の若者が他にもいた、最低でも2~3人の少数による犯罪ではなかったかとみることもできる。

しかし目撃情報の90%はアテにならないというのは、事件捜査の鉄則らしい。ここで私が一番引っかかったのは、進入時に何故犯人は宮沢さんの敷地側に網戸を落とさないで、公園フェンス側に立てかけるように置いたのかということ。そのためこれは、誰か進入時に網戸を受け取りサポートした人間がいたのではないかと疑ってみた。

しかしそれとは、矛盾する痕跡が残っている。それは、公園側のフェンスの向こうに、犯人の足跡が公園側を向いて残っていたということ。これは、犯人が逃走する時に浴室の窓から飛び降りた時に着いたのではないかとみる向きが多い。しかし宮沢家と公園フェンスの間は90センチあり、そのフェンスの上に立って(何か枝につかまったとしても)、わざわざフェンスを越えて公園側に降りた意味がわからない。つかまるものがまともになく、そこに両足で立ったとすれば極めて不安定だったはずだ。侵入する時は壁に斜めによりかかることもできただろうが、降りる時はつかまるものがまともになかったはずなのである。だからこそ無理やり山茶花の木につかまり枝が折れたり、花びらが散乱していたのだとも考えられるわけだが。しかし何故犯人は、そこまでリスクを犯してまで公園側に着地しなければならなかったのか?全く理解に苦しむところである。入江家の裏を通ればすぐに公園に戻れるし、宮沢側の敷地を通っても1分もかからず公園に入れるはずなのだ。

そこで私が考えたのは、これは実は浴室の窓から飛び降りた時に着いた足跡ではないのではないかということ。一度網戸を外した時に、犯人自らが網戸を持って公園側の地面に降りた時に着いたものなのではないか。もしそれならばこの事件は、単独犯だった可能性も充分あるのではないかとも考えられるわけだ。

(仮眠の謎)

一方宮沢家のリビングには、犯人がクッションを床に置いてどうも仮眠したのではないかと思われる跡が残っていたのだという。何故犯人は、そんなリスクを犯したのかということ。少なくても犯人は、宮沢家の家族構成を把握して、もう人が来ないことがわかっていた。もう一つは、外見上一つの家にも見える宮沢家と入江家(仮名)が中ではつながっていなかったことを、侵入前から知っていたのではないかと。

しかし犯人は、けして隣の家の存在を気にしていなかったわけではなさそうなのだ。というのは、血の着いた足跡が2階リビング奥のテレビの横にまで残っており、そこに足跡が着いていたのは出窓のカーテンを開けて外の様子を伺った時についたと考えられる。入江家側のカーテンを開けてみたということは、前にある家の存在以上に、入江家が事件に気がついていなかったかどうか玄関を気にしたものと思われる。それも明確に血の着いた足跡を残していたことからも、これは泰子さんやにいなちゃんを殺害して程なく、隣の様子を気にした可能性が高いということ。

どうしてそう言えるかといえば、2人の遺体をみないためなのか? 血で滑るのを嫌ったのかわからないが、2人の遺体のそばには大量の衣服がかけられて山のようになっていたという。すなわちそういった行動をする前に、犯人は入江家の様子を伺った可能性が高い。また血液は凝固しやすいということもあり、その辺も跡が明確に部屋の中まで残っていたということは、殺害直後の行動だったのではないかと考えられるのだ。

私はここで犯人が仮眠をとった理由として考えるのは、一家四人を殺害するというものすごいエネルギーを使い目的を達成した脱力感。あるいは手を負傷し大量の出血をしたことで、貧血を起こしたあるいは気分が一時的に悪くなった可能性。もう少し怪我した時の知識がある人間だった場合、意図的に横になって止血を試みるため安静にするためだったかもしれない。少なくてもそれほど長い時間は、仮眠をとったということはないのではないかと考えている。

ただしあえて長居をしたのには、共犯者が迎えに来るのを待っていたとか、そういった理由も捨てきれない。もしそうでもなければ、よほど変質者じゃない限り現場をいち早く立ち去ろうとするのが一般的な犯人の心理だからだ。本当に変質者だったのか、他に何か目的があったのかのいずれかだろう。

(パソコンの操作)

実際犯人が、パソコンでインターネット以外に何をしていたのかの詳細は発表されていない。しかしネット閲覧は5分程度のものであり、インターネットの操作にどの程度意味のあるものだったのかには疑問が残る。例えば みきおパソコンのデータの保存、破壊などの作業をしている待ち時間に、にいなパソコンで暇潰していただけとも考えられる。あるいは、何かを探していてもそれらしいものをパソコンでは見つけることができないと思い、さっさと諦めたのか? 実際犯人が、インターネット以外の操作で何をやっていたかの詳細は発表されていないし、それをたどることができたのかにも疑問が残るのだ。だからこそインターネットの閲覧時間と内容しか、表に出てこないのではないのだろうか。逆に操作の詳細がわかっていれば、犯人の目的にもおおよそ見当がつくだろうということ。

(お金への執着)

現金6万円の入った袋を見落としたり(わざと置いていったのか?)、カードや通帳などをソファーに並べながらも置いていったりと、この犯人が何処までお金に執着していたのかには疑問が残ると書いてきた。しかし先日発覚した座間の9人殺しの犯人をみても、どうみても少額のお金しか持っていなそうな女子高生を何人も手をかけているように、生活に困れば少額のお金のためでも平気で人を殺してしまう人間もいるということ。しかし例え小銭が欲しかったとしても、それが主たるの目的だったのか? それともついでだったのかは意見の別れるところではないのだろうか。私は、人を殺してみたいという衝動の方が優先された犯罪であり、、金銭はそのついでにお金を持ってゆこうと思い立ったのではないかと考えている。

(引き出しの謎)

この犯人は、家中の引き出しという引き出しを開けて、何かを探していたフシがある。その引き出しは、1階の子供机の引き出しや中二階子供部屋の洋服タンスの引き出しなども含まれている。一見何かを探しても出てきそうもないところの引き出しまで探しているところをみると、何を探していたのか検討もつかないし、逆に何かを探していたように見せかける偽装工作だったのではないかとさえ思えてしまう。

そこで何を探していたのか推測すると

1,キャッシュカードなどの暗証番号 もしくは パソコン上のキーワード

2,犯人の身元が判明してしまう可能性があるもの

3,その他


1,キャッシュカードなどの暗証番号 もしくは パソコン上のキーワード

これが、最も有力だろうと思われるのだ。というのは、リビングには暗証番号を導こうとした時に記した犯人の文字がノートにかかれていたという。それが偽装工作でない限りは、何かヒントになるもの、あるいは暗証番号が書かれたものが何処にあるのではないかと考えて家中を探しまわっていたということ。

子供机の引き出しが開けられていたのも、パソコンの近くにあったので子供机でも構わず探したのかもしれない。また二階の子供部屋の洋服タンスの引き出しは、何かを探していたというよりも遺体にかける服を出すためだったのかもしれない。また二階リビングの食器棚のあたりは、止血道具を探していたためだとも考えられる。それでも引き出しが開けられていたのは、この暗証番号かキーワードになるものを探していた可能性は否定できない。

2,犯人の身元が判明してしまう可能性があるもの

その一方で、何か書類を読んで選別していた形跡があるという話しもある。浴槽に沈んでいた書類などもその類の一部だと思うが、その場合犯人の身元に関わるものを探していたのかもしれない。特に事件前に子供にも顔を観られていたという認識が犯人にあれば、子供机や子供部屋を荒らした理由も説明つくことになる。しかしそうだとすると、事件を起こした時とその前の段階で、犯人と家族とは何かしらの接点があったということになる。そのへんは、黒いハンカチをマスクのようにして侵入していることからも伺われる。家族に顔を観られることを、犯人は恐れていたのだ。しかし事件後息苦しいのか、もう必要ないと判断したのか、このマスクに使ったハンカチを、2人の遺体のそばに投げ捨てている。犯人は、宮沢家の家族に顔を観られるのを恐れていたのだ。

3,その他

組織犯罪などの場合、もっとお金などと違う特殊な情報などを探していたのではないのか。もしくは、土地の関係の書類や土地売却資金に関するものなどそういったものだった可能性もないとは言い切れない。しかしそのような事件の場合、家族に人相が観られて困る人間が、実行犯として行動するのだろうか?という疑問が残るのだ。これが組織犯罪と考えた場合に、実にずさんで粗っぽい素人臭さが感じられる。到底プロの仕事とは思えず、宮沢家にお金があると知った非常に少人数による犯行だった。これは、私が初期から想定していた犯人像になる。

(結論)

もし最近の私の見立てどうり、この事件が 快楽殺人 の類であった場合、単独犯の可能性が高いということ。そう、こういった犯罪は価値観が共有し難く、犯行に賛同して一緒に参加する人間が簡単に見つかるとは考え難い。もし捕まれば、極刑は避けられない事案だからだ。

またこの事件が複数犯だった場合、一家全員の殺害 及び 何かしらの情報の習得 が目的にあったのだろうということ。しかしこれだけ事件を追いかけても、その明確な応えは見えて来ない。しかし最近は、快楽殺人 だったのではないか という見方を強めており、そのためこの事件は、単独犯 によるものだったのではないかと私自身の中では高まってきている。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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