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犯人の行動から犯人像を推測する

今回は個人的な主観が中心になりますが、私が考える犯人像(実行犯)について考えてみます。犯人像を考える上で最もイメージしやすいのは、侵入箇所です。これが、玄関なのか浴室の窓からなのかで大きく異なってきます。しかしここでは、犯人は浴室の窓から侵入したと仮定しましょう。

setagaya 4

実際現場に行って下から窓までを見上げた率直な感想は、結構上背がないとダメそうだが頑張れば入れない窓ではないのではという印象を受けた。きっとこの感覚は、犯人もそう考えたからこそ実践したのだろう。しかしそれをやろうという発想になったのは、

1,こういった足場の悪いところにも昇り慣れた経験者

2,自分の体格、運動神経に自信があった可能性

3、自分が小さな窓をくぐり抜ける細身の体格だという自覚

があったのではないかと思うわけです。

1,こういった足場の悪いところにも昇り慣れていた経験者

過去何度も書きましたが、建設現場など高く狭い足場を仕事にしてきた人物ならば、こういったところでも大丈夫だろという自信があったのではないのでしょうか? 以前にも書きましたが、昔仕事でトビの経験者だった人がこのような足場が殆どないような建物でも、簡単に三階まで上がってゆくのを目の当たりして驚いたことがあります。そういった人ならば、この状況をみても簡単に入れるという計算がたった可能性があります。ですから私は、実行犯は建設業や塗装業など、日頃から高いところに昇りなれていた人物だったのではないかと考えています。

2,自分の体格、運動神経に自信があった可能性

1と関係しますが、自分が手を伸ばし風呂場の窓を開ければ、懸垂のようにして自らの身体を引き上げられるぐらいの筋力には自信があったのでしょう。それに腕を伸ばせば窓枠に届くという、確信が持てるだけの上背があったのだと私は思います。

3、自分が小さな窓をくぐり抜ける細身の体格だという自覚

またあの小さい窓でもくぐり抜けられるだけの、細身の体格だという自覚が自分の中にあったのではないかと考えています。自分が太っていると自覚している人は、あの小さな窓を潜ろうという発想にはならないのではないのでしょうか?

(犯人像)

高く狭い足場のところに、普段から昇り慣れていた職業。かつ自らの体格を引き上げるだけの筋力と、自分は細身であるという自覚を持った人物だったのではないかと考えます。そのため実行犯は、やはり10代~30ぐらいまで若者という警視庁の見立ては、私もそれほど否定はしません。しかしそういった職業の現役者ならば、40代ぐらいでも不可能ではないでしょう。

(何故犯人像は低く設定されたのか?)

当初犯人は、175センチぐらいの比較的大柄な男性だと考えられていました。しかし近年では、170センチ前後ぐらいと以前よりも低くかったのではないかという話が出てきています。ちなみに事件直後の記事では

東京世田谷の民家で一家四人変死 Part7
773 :名無しさん23:2001/01/08(月) 03:01

NNN24.COM
▼ 一家4人殺害 犯人は「手の大きい」人物? <1/7 13:30>
東京・世田谷の民家で一家4人が殺害された事件で、2階の浴槽に血の付いた犯人の大きな
手の痕が残されていたことが新たに分かった。警視庁では犯人は身長の高いがっしりした体格の
男と見て調べている。殺害された宮沢みきおさんの自宅2階の風呂場には書類などが散乱して
いたが、風呂場の浴槽の縁に犯人がつけたと見られる血のついた手の痕が残されていたことが
新たに分かった。手の痕は大きく、指の太いものだったという。また比較的小柄な宮沢さんの頭に
刃物の破片が残されていて、頭上から切りつけられた可能性が高いこともわかった。警視庁では
犯人は身長の高いがっしりした体格の男とみて犯人像の絞り込みをさらに進めている。
http://www.nnn24.com/


また事件当時は、犯人がトイレで用を足したときの飛び散りで、かなり体格の良い人物だったのではないかと推測していたなんていう、捜査員の話ものこっている。事件から数年は、警察も体格の大きな人間を想定していたし、現場付近で目撃されいた若い男は、ガッチリした大きな男だったという話が残っている。

仮に犯人が、事前に宮澤家の情報を調べた上で侵入した場合、唯一の男性である みきおさんとの圧倒的な体格差のある人物だったのではないかと推測する。すなわち包丁一本で侵入しても、制圧できる自信があったのではないのか? あとは、小さな子供と女性であることも考えると。事件前に宮澤家を監視もしくは何かしらのトラブルなどで みきおさんの体格、家族の構成も把握した上で、腕力に自信のある男が侵入したものと推測する。更にみきおさんの頭に包丁の歯が刺さっていたことからも、かなりの身長差があったのではないかと。特に当初は階段の上から包丁が振り下ろされたとされていたが、みきおさんが犯人と遭遇したのは一階だったことがわかっている。それを考えると、なおさら身長の差が大きかった可能性が高まる。

それだけでなく犯人の体格は、この記事にも出てくる残された血の着いた手の跡の位置やヒップバックの腰回りからも推測されたとも言われている。事件が解決しないことで、犯人像を小さくすることで捜査対象を広げたのではないのだろうか。しかし逆に、何故もっと大男だったという風には考えなかったのか? 28センチの足の大きさから考えれば、その可能性の方が高そうなのだが?

私が考えるに、これは有力な目撃情報の中から、犯人はもう少し小柄だった可能性が出てきたからではないのだろうか。しかし私は、むしろ細身で175センチ~180センチぐらいあった人物ではないかと大きく想定している。

(ここからは完全に妄想の域)

以前にも書いたが、実行犯は米軍関係者、それも横田基地勤務の軍関係者、もしくはその家族あたりだったのではないかと。犯人が返り血を浴びて脱ぎ捨てていったラグランシャツは、何度も洗濯された形跡はあったものの、当日は車庫に残っていたローダミンと同じローダミンが、洗濯されることなくシャツに付着していたという。そう犯人は、当日仕事を終えてそのままの服装で、現場に現れ事件を起こしたのかもしれない。

そこで高いところに昇り慣れていて、かつ染料などを扱う米軍関係者。私は実行犯の仕事は、米空軍機などを塗装する仕事に従事していた人間ではないかと思うようになってきた。現場に残されていたローダミンの染料が、飛行機に使われるものかどうかまでは充分確認はできていない(模型飛行機にはよく使われるらしい)。しかし飛行機の塗装というのは、結構頻繁にいろいろな仕様に変わる。そのため場合によっては、期日に間に合わせるために、韓国の基地やカルフォルニアの基地などにも出向く機会があったのではないのだろうか? この犯人は、軍人というよりも米軍の周りで仕事をする軍属や軍相手に仕事を請け負っていた人物かもしれない。あくまでも私の勝手な思い込みかもしれないが、そういったことを意識して、これからもこの事件を観てゆきたい。

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不確かな情報

事件が発覚した12月30日の午後には、タクシーに乗った3人組の怪しい男の話題がすでに持ち上がっていた。その男たちは、頻繁に事件現場近くで降りたり、事件のあった日には1人は蹲りながら乗っていて、京王線の八幡山駅周辺で別々に降りたと証言されていた。

1,椅子に残っていた血痕はチョコレートだった

捜査員をいち早くタクシー会社に向かわせ、座席に残っていた血痕調べる。しかしその染みは、実はチョコレートだったと判明。事件から数日後、各紙・各局、このタクシー運転手の話は話題にならなくなってゆく。

2,乗車時間の不一致

運転手の証言では彼らを乗せたのは8時ぐらいだと証言だったが、運行日誌などをタクシー会社が照合したところ23時台だったというのだ。これにより、証言の信頼性は大きく揺らいでゆく。

3,3000円のところを1万5千円払って降りていった

タクシーの運賃をおおよそ求めるために、このような便利なサイトがある。そこで、祖師谷公園~八幡山駅までを検索してみると、現在の相場で深夜料金で計算しても、移動距離は2.9キロ(14分) そして料金は、1240円 にしかならない。多少途中で下車させロスがあったとしても、2000円にも満たなかったのではないかということがわかる。3000円のところを、1万5千円を払ったという証言も怪しくなる。

(何故そのような証言を)

目撃情報の90%は、事件とは関係ないものだと言われている。また春日部の探偵事務所の件にもあったように、巧妙な偽装工作まで証言したのではないかと思われる人間までいる。事件が大きくなればなるほど、そういった人間が出現する可能性は増えてくる。あるいは犯人から多くのお金を掴まされて、本当のことはしゃべるなと口止めされて虚偽の目撃情報を話しているのか? しかし乗車時間こそ、むしろ会社に残っていた23時の方が事件との関連性は深いものの、血痕がチョコレートだったり、このお釣りも勘違いとは思えない(運転のプロだしなぁ)。この運転手の証言が、その後全然警察やマスコミがとりあわなくなったことを考えると、矛盾が多く信憑性に欠くと判断された可能性は高い。

また噂では警察の対応が悪いことに腹を立てた運転手が、その後はあまり捜査に協力的にならなくなったなんて話も残っている。しかしこれだけの重大事件を起こした犯人一味が、あえてタクシーを利用したとは考えづらい。


<当時のスケボー少年達の情報>

東京世田谷の民家で一家四人変死その4 
45 :名無しさん23:2001/01/03(水) 20:33


近くに公園管理事務所があって、そこの前にチーマーみたいな
スケボー少年が年中たむろしている。非常に攻撃的な奴らです。
前を通るだけで威嚇してきます。

48 :名無しさん23:2001/01/03(水) 20:36

スケボー少年は常時30人ぐらいいます。
どれが犯人か詰めるのは難しいでしょうね。

以前紹介した地元のスケボー少年と思われる人間の書き込みによると、地元のボーダーと、よそから来ていた人間もおり、すべてが顔見知りというほどではなかったのかもしれない。しかしその人数は30人ぐらいに及ぶとなると、あの公園やハーフパイプなどの設備を考えると、随分多くの人間が滑り来ていたのだと驚く。それもただスケボーを楽しんでいただけでなく、かなり威圧的な人間も少なくなかったということだろうか。それほど土地勘のない連中が、どのような方法で祖師谷公園に集まっていたのかも気になるところ。

<気になる書き込み>

東京世田谷の民家で一家四人変死 Part5
695 :名無しさん23 :2001/01/05(金) 14:03


世田谷一家殺害で学習塾関連を捜査
東京・世田谷区の一家4人が殺害された事件で、現場に大量に散乱していた書類は、妻が経営する学習塾の名簿が中心だったことが新たにあきらかになりました。警視庁は学習塾関係を重点に捜査をしています。
 この事件で殺害された会社員、宮沢みきおさんの妻、泰子さんは10年ほど前から自宅1階で学習塾を開き、小、中学生を中心に 教えていました。警視庁が殺害現場で大量の書類が散乱した2階を詳しく調べたところ、その書類は学習塾の生徒の名簿や、関係書類が中心だったことが新たにわかりました。

 名簿は犯人が丹念に調べ、仕分けしたような跡も ありました。さらに、こうした書類の一部は、2階の浴室や居間にまで ばらまかれていました。警視庁は犯人が一家を殺害したあと、1階の学習塾の部屋から名簿などの書類を2階の浴室などに持ち上がり、 調べていたとみています。

 また、現場に残されていたトレーナーは、去年、若者の間で流行したタイプで、警視庁は、泰子さんが経営する学習塾に何らかの関係がある、若い男による 犯行という見方を強め、学習塾関係を中心に 捜査を進めています。
http://mbs.co.jp/news/


一階にあった引き出しの中身を、中二階にある浴槽にぶちまけられたことを広く伝わっている。その中身は、みきおさんの仕事関係、領収書、そして公文関係であることはわかっていた。しかしこの記事を信用すると、犯人が仕分けしていたものは、泰子さんの塾関係の書類が中心だったこと。浴槽にぶちこまずに、二階にも一階棚の中身をばらまいていたということなのだろうか? これが犯人による偽装工作でないとするならば、犯人が探していたのは塾関係の情報という可能性が高くなる

東京世田谷の民家で一家四人変死 Part6

事件から一週間ぐらいで伝わっていた情報をまとめていた人がいたので引用させて頂く。
後に誤りだとわかる部分は赤字、気になる情報はピンクで記してみたい。

670 :なんか偏執狂みたい>自分:2001/01/06(土) 23:15
【被害者宅】
1階が妻泰子さん経営の学習塾
2階が居間や子供部屋
2階からはしごでつながる3階(屋根裏部屋)は両親の寝室。
隣が祖母なので、普段から無施錠のことが多かった
公園化の計画で周辺住民は立ち退き。
立ち退きにもめごとはなかった。
近々小学校の近くに引っ越す予定だった。
家族でなべを囲んだ後の食器が残されていた。
671 :そんな技術ないよ>668:2001/01/06(土) 23:18
【現場・侵入】
玄関以外に侵入した形跡はない
玄関ドアのかぎ穴にはピッキングなどでこじ開けた形跡はなかった。
2階ベランダにも異常はなかった。
2階の浴室の北側の小窓が開いていたが、外部から侵入しようとした跡はない
窓からは出入りした形跡がない。
玄関から侵入、複数あるかぎの一部を奪って玄関を施錠し逃走したらしい。
宮沢さんらが使っていたカギは室内に残っていたが、合いカギは見つかっていない。

673 :早く捕まって。:2001/01/06(土) 23:20
【現場・血痕】
2階階段踊り場付近の床や壁に、家族とは違う血痕が飛び散っていた。
2階北側の小窓の近くの壁に血のついた両手の跡。
2階の浴室の北側の小窓付近の内壁には血の付いた手で触ったような跡。
2階にある台所の流し台の洗い場付近には血が付いている。
流し台で血を洗い流した跡がある。
タンスの引き出しや壁に血痕が付着
冷蔵庫の中にも血痕とみられる付着物があった
674 :早く捕まって。:2001/01/06(土) 23:22
【現場・金銭】
小銭しか入っていない財布が数個/紙幣を抜き取ったとみられる(2階の居間の床)
キャッシュカードやクレジットカードは残っている
預金通帳は奪われていなかった
現金がポリ袋に入ったままの状態で置かれていた(1階の教室の本棚・玄関わき)

676 :早く捕まって。:2001/01/06(土) 23:23
【現場・その他】
玄関につながる道路が確認できる、2階の浴室の北側の小窓が開いている。
室内には土足で侵入した犯人のものとみられる靴跡。
運動靴だと言ってました(テレビ)
土足の跡は1種類だけだった。

678 :早く捕まって。:2001/01/06(土) 23:25
【現場・物色の跡】
2階居間
 (タンスや机などのほとんどの引き出しが開け放され、ひっくり返されていた)
 (散乱した書類は、学習塾の生徒の名簿や関係書類が中心だった)
1階でも机の引き出しが開けられるなど物色の跡
2階浴室
 (水が張られた浴槽の中にも書類が浮かび、荒されていた)
 (犯人は塾の名簿を丹念に調べ、仕分けをしていた様子)
子供部屋まで物色されていた。

687 :お言葉に甘えて続けます>668:2001/01/06(土) 23:34
【証言】
・30日午後11時半過ぎに「ドスン」という大きな音を聞いた。
   (証言者:近所の人)
   (実験の結果、成人が階段から落ちる際の音と酷似)
・靴を履かずに靴下で出歩き、目が笑っていた男
   (証言者:近所のおばちゃん/時間不明)
・30日の午後6時から7時にかけて、泰子さんが
 隣に住む母(71)と内線電話で話をした
   (証言者:妻の母)
・同時刻、にいなちゃんが隣家に調味料を借りに行った。
   (証言者不明・多分妻の母か姉夫婦)
・30日午後6時半ごろ、駐車場には宮澤さんの乗用車がなかった
   (証言者:近所の人)
・30日の午後には、宮沢さん宅前で、不審な男が宮沢さん宅の家人と言い争っていた
   (証言者不明)
・先月27日午前、宮沢さん宅の様子をうかがう不審な男
 (40歳代半ばで、短めの髪の毛)が目撃されている
   (証言者不明)
・屋根裏部屋では、夫婦のほか、にいなちゃんも一緒に寝ることがあった。
   (証言者不明・多分妻の母か姉夫婦)


ピンク字でなった気になる部分を中心に考えてゆきます。

普段から無施錠のことが多かった

これは、おそらく隣家との人の出入りがある日中のことだと思われる。杏さんの証言では、細かいことまで注意がゆく みきおさんが当日の夜・玄関を閉め忘れていたとは考えづらいと。まして不審者の存在を気にしていた時期に、あるいはスケボー少年と揉めていた当日だったことを考えると、玄関の鍵を開けっぱなしにしていた可能性は低いのではないのだろうか?

2階の浴室の北側の小窓が開いていたが、外部から侵入しようとした跡はない

正確には中2階ではあるのだが、事件から一週間たった時点では玄関説が有力だったということ。

2階階段踊り場付近の床や壁に、家族とは違う血痕が飛び散っていた。

正確にいうと、中二階の踊り場付近。犯人の血がここで飛散したことを考えると、実は犯人が手に怪我をしたのは、みきおさんを襲ったときでも、泰子さんやにいなちゃんを3階ロフトで襲ったときでもなく、中2階に下ろしたときで事件後半の時間帯だった可能性が高まってきた

2階北側の小窓の近くの壁に血のついた両手の跡。

中2階には、3つの小窓がある。1つは、犯人が出入りに使用した可能性が指摘される浴室の窓。もう一つが、トイレの窓。そしてここで触れられている北側の小窓というのは踊り場のの廊下にあった小窓だと思われる(3つの中の真ん中)。

何故そのようなところに、両手で血の着いた跡が残っていたのか? これが犯人のものだとすると(後にこの情報は伝わっていない)、犯人は泰子さん、にいなちゃん殺害直後に外を観て事件が発覚していないか確認、もしくは公園にいる仲間とのやりとりをその窓からしようとした可能性が考えられる。ただし手が血に染まっていたのならば、壁だけではなく窓自体に空けた痕跡も残っていたはずでそれがないのはよくわからない。外から観る限り、窓は浴室の小窓と同じ磨りガラスのようなもので、中からガラス越しに外を観てもよく外の状況はわからなかっただろうと思うのだが・・・。

タンスの引き出しや壁に血痕が付着

この家でタンスと言えるものは、中2階子供部屋にあったと思われる洋服タンスぐらい。2階リビングに食器戸棚らしきものはあったが、これはタンスとは表現しないだろう。あとは、一階にあったものも棚から引き出しを抜いたという表現ではあるが、それほど大型な家具ではなく、タンスという表現は使っていないように思う。

これを素直に解釈すると、犯人は血の着いた状況で子供部屋の洋服タンスに触れたと考えられる。これって結構大事なことであり、この時点で礼君が生きていたとしたら、泰子さんとにいなちゃんの返り血を浴び、自ら大量の出血をしている状態で礼君を殺害していなければおかしいわけで、礼君の遺体に血液が付着していなかったのは説明しずらい。こう考えると子ども部屋に血がついていたということは、すでにその前に礼君を殺害していた可能性が高いということではないのだろうか? このタンスが子供部屋のものではなかったとしても、犯人の血の着いた足跡は子供部屋からも発見されている。

こう考えると、むしろ再び子供部屋に入った時に、礼君に布団を被せた可能性がある。この順序ならば、布団に血液が付着していたという近年の報告にも、説明がつくことになる。そうじゃなければ、礼君の首を締めた跡は血だらけだったに違いないが、そんな話は残っていない。もう一つ考えられるとすれば、礼君は他の家族よりもずっと後まで生きていて、犯人が完全に止血された後に殺されたというぐらいしか考えられない。しかし奇声を発することも多かった礼君が、状況を把握した場合おとなしくしていたとは思えないのだが・・・。

・靴を履かずに靴下で出歩き、目が笑っていた男
   (証言者:近所のおばちゃん/時間不明)

この証言は早くから話題になったわりに、後に伝わることはなくなっている。それだけ信憑性が疑われたからかもしれないが、一つ面白い話がある。この証言に対し2回目の黒ムツさんの投稿では、この人に目撃されたかもしれないと書き込んでいるのだ。お酒を飲んでいて、酔っ払っていたとも。あえて信憑性の低い、この目撃情報に反応していたのは興味深い。この目撃情報が少し気になっているのは、犯人が実は浴室の窓の出入りをしていた時に、靴を脱いでいたか可能性があるからだ。あるいは出るときはスラセンジャーを履いていたかもしれないが、その後血だらけの白のスラセンジャーはすぐに履き替えられた可能性があるのではないかとも考えられるわけで、犯人が裸足でいた時間があったかもしれないということ。

少なくてももう一度。過去の幾つかのスレッドを読み直して気になることを今後も掘り下げてみたい。

殺人依頼だった? 

イカれた個人が行った犯行、その線でスケボー犯など近隣住民を中心に捜査してきた警視庁。その一方で公安や大阪府警などは、この時代に多発していた金銭を目的とした外国人による犯罪の線を重視。今回は、こちらの可能性について考えてみたい。

この2000年当時、「日中混成強盗団」なる30人もの犯罪者グループを作っていた 武田輝夫 という人物がいる。後に日本の捜査を掻い潜り海外に逃亡後、中国で麻薬密売の容疑で逮捕。中国で2010年に、死刑執行されている。彼は日本で資産家を狙った犯罪で、三十件約十億円を荒稼ぎしたと自ら証言している。当時は、こういったアジア系の実行犯を使い、後ろで日本人が手引するような犯罪が多発していた時期であり、私は主犯こそ違えど似たような犯罪を行っていた人物が複数いたと考える。あるいは武田などのグループに触発された金銭を目的とする複数犯による犯行、その一つに「世田谷一家殺害事件」も含まれているのではないかと考えるようになった。

この当時は、何処かに大金があるという情報がもたらされると、そこを誰かしらどこかしらの集団が狙うという事件が頻発していた。そこで宮沢さん宅に多額の土地売却資金が振り込まれるという情報が漏れていたのではないか、そういった可能性は充分考えられる。元々この土地には、多くの不動産屋や利ざやを稼ごうと動いていた人間が介在する土地だったらしく、彼らに狙われやすい物件だった可能性は充分ある。当時頻発していたアジア系実行犯による犯罪の陰には、何かしら国内の事情に詳しい、主犯や黒幕の存在がちらつくものが少なくない。また不動産ブローカーなどは、こういった金持ち層の家の間取りなどを情報として売買するのが生業の一つで、事前に宮沢家の間取りや防音対策がされた建物であることを、犯罪者グループが掴んでいた可能性が指摘されている。

ただし「日中窃盗団」などは明確にお金を目的としていたために、家族のいない時間を調べあげてそこを狙う。あるいは、日本の警察が本気になって捜査をする殺人などは極力避ける傾向があり、彼らプロの窃盗団に比べると仕事が粗すぎるという指摘は当時からされていた。少なくても模倣犯としても、窃盗犯にしては未熟な部分が見え隠れするのが、この「世田谷一家」の現場。

彼らの犯罪の場合、非常に役割分担が細分化されているのが特徴。犯行場所への車の運転、どこに行くと金になるかの情報を集める情報屋、そして通帳やカードからお金を引き出したり、盗んだ製品などを換金する換金役を、怪しまれず、土地カンのある日本人が行うケースが多いという。その一方で、実際に現場に入るもの、見張り役など外国人による実行部隊に別れる。世田谷の目撃情報では、事件前に最低でも3、4人程度の不審者がいたという話もあり、それが確かならばこの手の日本人と外国人の混ざったような混成チームの犯罪であった可能性も否定できない。そのためオレオレ詐欺のように、主犯までは容易には辿りつけない複雑な構図になっていたのかも。私が最も世田谷の事件と似ていると考える「愛知豊明母子殺害事件」でも、複数犯によるものであった可能性が指摘されている。そしてこの事件も一家全員を殺害したものの、その目的が何なのか? 未だにはっきりと見えて来ない。

私はここで、とても嫌な予感がした。それは「八王子のスーパーナンペイ事件」を調べていた時に、実はあの事件は、殺害された女性パート従業員を強盗に見せかけた殺害事件だったのではないかという説を目にしたからだ。そして一緒にいた女子高生二人は、たまたま同じ時間帯の勤務だっただけで、彼女たちは巻き添えを食っただけだろうということ。その時に殺害されたパート女性が(これがかなりわけありの女性だったらしく)犯人に向かって 「~の差金だろう」 的なことを口にしてしまい、目の前でそのやりとりを耳にしてしまった女子高生は結果殺されることになったというのだ。もちろんこれは、事件の概要を知るとされる周り人物の証言でしかなく、事件の真相は解明されていない。

そこで嫌な予感がしたのは、この当時は殺人依頼サイトなどはまだ存在しなかっだろうネット創世記。しかし裏社会では、容易に殺人の依頼を一般人からでも引き受ける人物がおり(安価な額で)、そういった構図が完全に確立されていたのではないかということ。すなわちこの世田谷一家の事件に関しては、最初から一家全員を狙った殺人依頼 があったのではないかと思われるフシがある。この事件にどういった背景や利害関係のある人物がいたのかはわからないが、この時代お金ではなく殺人を専門に請け負う、殺人集団が存在していたのではないのかということ。しかし事件の計画や筋書きを作るのはプロでも、実際に犯行を実行する犯人は、留学生レベルなどの素人に近い人物に安価にやらせていた可能性もある。ナンペイの事件は銃の扱いに手慣れたプロだと思われる犯人だったのに比べると、福岡の実行犯や大分の事件では留学生が引き起こした事件だった。世田谷の実行犯も、それに近いような人物だったのではないのだろうか? 

「スーパーナンペイの事件」では、ナンペイの金庫に多額の金があることを、殺害されたパートの女が外に漏らしていたという話があり、犯人を引き寄せた可能性がある。しかし本当の犯人の主たる目的は「パート女の殺害」であり、金庫のお金を盗めないとわかると、3人を殺害してあっさりと15分以内に逃亡を図っている。宮沢家の場合も「家族の殺害」というのが大前提にあり、かつ売却資金を手に入れられればというのもあったのかもしれない。しかし1番の目的だけを遂行するだけで、結局終わったのではないかとも考えられる。このことは、先の豊明の事件でも後に起きる福岡一家殺害事件でも、目的がよくわからない、あるいは金銭目的に見せかけたのではないかと思われる部分では、非常によく似た事件なのだ。福岡の事件では実行犯こそ逮捕されたものの、他に事件を指示した人物がいたのではないかと家族は訴えている。更に豊明でも世田谷でもナンペイの事件にしても、あらかじめ実行犯が逃げられるだけのルートが確保されていた上の、組織された犯罪グループによる殺害事件だったのではないかという気もしてくる。

事件の詳細は違っていても、いろいろとこの時代の犯罪を調べてゆくと、似た匂いがしてくるものも少なくない。2000年に外国人における指紋押捺制度が廃止され、2006年にそれに変わるものが復活するまでの期間、外国人犯罪者にとって日本はこの上ない犯罪者天国だった時代。その一つに、世田谷一家殺害事件 も含まれているのではないのか?

下手すればこの家を狙っていた連中が、宮沢家ともめている少年の存在を知る。そこでこの少年をけしかけて、実行犯に仕立てあげた。だからこそ未熟な人間が、実行犯に選ばれたなんて可能性もあったのかもしれない。あるいは当初は金銭目的で脅すだけという手はずだったのが、実行犯の未熟さもあって殺人に結びついてしまった、そう犯人達すら予期せぬ事態になってしまったそういった事件だったのかもしれない。事件の真相は、未だ闇に埋もれたままとなっている。

あえてスケボー犯説にたってみる

様々な憶測を呼ぶ、世田谷一家殺害事件。警視庁の見立ては、イカれた近所の若者が引き起こした単独犯説。もう一方の公安や大阪府警は、当時頻発していたアジア系犯罪の一環とした、複数犯による金銭目的の犯行。この2つに、大きく別れるといってもよい。私は後者の方の考えに近いわけだが、あえて今回は、警視庁の見立てに近い方向から改めて事件を整理してみたい。

ここで最も事件に直結しそうな出来事が、事件当日の12月30日の日中に起こった。それは、にいなちゃんを連れて公園を歩いていた みきおさん。スケボーをしていた若者が、にいなちゃんをひきそうになり、怒った宮沢さんと一触即発の状況だったとされている。

そのことは近所の人にも目撃されており、あるいは近くのカメラにも映っていた可能性があり、その詳細は警察も把握しているという。おそらくそのことを触れた話が、この話に出てくる人物 なのではないのだろうか? また過去2ちゃんねるには、当時のことを知ると思われる、近所のボーダーの書き込みが残っている。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/05(月) 16:26:38.20 ID:???
事件当日の午前中にみきおさんと揉めてたハーフ風のスケーターが犯人だろ。

スラセンなんてスケーターは履かないなんていうのもいるが、当時スケーターでスラセン履いてるやつはいた。エトニーズとかと同類だった。
あの時、道路を挟んだ新しい公園には10人位のスケーターがいて、そこでスベレナイ個人スケーターがポッポ公園すなわち宮澤邸裏で遊んでた。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/05(月) 21:58:06.69 ID:???
事件のあった日にもいたけど いつもの軍団はなぜかいなかったんだよな。

なのにあいつとおっさんはケンカしてたな 高台から飛んでたからうるさいやつだとは思ってたけど

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/06(火) 13:05:51.27 ID:???
注意というか宮澤さんにぶっ壊されたんだよ。ダイブ用に作った台を壊されて撤去されたの。あいつは相当怒ったと思う。

この辺の話を整理すると、どうもこの頃近所ではないところからボーダーが頻繁に祖師谷公園にやってきていた。一応地元のボーダーグループとの取り決めで、滑る時間などの決まりごとが公園との間にあったのだが、このよそ者はそれを守らないでうるさい音をたてて遅くまで滑っていたという。そして以前から みきおさんと揉めていて、当日もみきおさんを見かけて挑発的な行動に走ったのかもしれない。

特に地元の人の証言でも、宮沢家裏のぽっぽ公園には事件前から縁台らしきものがあったのだが、事件直前には無くなっていたと証言している。この縁台こそ、この少年がスケボーを滑るために用意したダイブ用の台と合致する。それをみきおさんが撤去した可能性があり、そのことで30日に揉めていたのか? それともみきおさんが撤去したものだと思い込んだ若者が、にいなちゃんを引きそうになったことで揉めていたのかは定かではない。

しかし一つだけ明らかなのは、どうもボーダーの1人とみきおさんが以前からもめていたこと。そして事件当日にも、非常に険悪な雰囲気でもめていたという事実があったようだというのだ。

穂高氏のレポートを読む限り、16~18歳未満のフリーターで、あまり土地勘のない若者だったということ。またこの2ちゃんねるの書き込みをみると、この若者は、ハーフ風だったということか? 気になるのは、「事件のあった日にもいたけど いつもの軍団はなぜかいなかったんだよな。 」という部分である。書き手は地元のボーダーらしき若者なのだが、この当時このハーフ少年以外に、よそもの集団が頻繁にこの祖師谷公園に来ていたということなのだろうか?そして彼らは、このハーフ少年の仲間だったということなのか?

そこで気になるのが事件のあった30日の23時20分頃に、アルバイト帰りの女学生がこのスケボー広場のあたりで若者達がたむろっているのを目撃したという証言があるからだ。そして先日書いたとおり、そこからの距離だと宮沢家に異変があれば、その声や音が何かしら聞こえたのではないかということ。そうこの連中は、ここに出てくる いつもの軍団だったのではないのか? 現場に入ったのは、実際みきおさんと揉めていた若者だった可能性が高そうだが、実はこの軍団は事件のことを何かしら知っている。あるいは、家の外で間接的に事件に関与していた可能性があったかもしれない。

この事件は、そういった衝動的な犯罪だったのではないかとも考えられるわけである。しかし警察も徹底的にボーダーのことは調べたはずで、それでも犯人までたどりつくことができなかった。あるいは、決め手に欠くまま15年の月日が流れてしまったという事実だけは曲げられない。

ここで気になるのは、なぜ幾ら揉めたとはいえ一家4人全員を殺さなければならなかったということ。特にこの事件は、最初に礼君が殺害された可能性が高く、明らかに一家全員の殺害が前提にあったということ。ようはこの頃あった大分の一家殺害事件などに触発された殺人願望の強い若者が、たまたま宮沢家ともめていた。その衝動を晴らすために、この家の人間がターゲットになったということなのだろうか? そういった人間が逃げ通すことなどできるとは思えないし、あまりに偶然が重なり過ぎてはないかという気にもなってくる。ただし明らかに事件前にそういった若者がいたのは事実らしく、警察はその少年までたどり着くことができたのだろうか? 

犯人は横田基地関係者?

ここまでこの事件を観てきて、どうも実行犯は、日本人じゃないのではないのか? あるいは日本人でも、ハーフなど何か特別な家庭環境にあった人物だったのではないかという状況証拠が幾つか出てきた。しかし犯人は、漢字の識別能力があり、例え外国人だとしても長く生活の拠点が日本にある人物ではないかと考えている。そういった人間とは、どのような人物なのか?、最近の私の興味の対象は、そこになりつつある。

さて犯人が現場に残していった遺留品には、韓国製品が多い。そのため犯人は、韓国人や在日朝鮮人の類なのではないのか?あるいは、軍関係者ではないかという話もまことしやかに噂されてきた。それは、遺留品や犯人の行動にそういったものとの繋がりを匂わせるものがあったからで、逆に捜査の撹乱を狙ったからではないかという見方もある。

そんななか犯人が現場に残していったヒップバックの中にあった砂の中に、アメリカのカルフォルニア州を含むモハーヴェ砂漠南西部にある特徴的な砂と一致するものがあったことが判明した。それは、エドワーズ空軍基地付近の砂だというのだ。警察は、犯人が軍関係者の可能性があるとして、そういった分析を進めていたのだろうか? ここで気になるのは、米軍の中でも、とりわけ 空軍の基地 だという部分だ。

日本における米空軍基地は、東京の横田基地・その他では、青森の三沢基地・沖縄の嘉手納基地の3つしか存在しない。そして極東の拠点基地として、この横田基地は大変重要な役割を担い、韓国やサイパンの基地にも物資や人の運搬を行っている。ちなみに2,000年当時がどうだったかまでは確認できていないが、毎週日曜日前後には 本国(カリフォルニア州) ー 横田基地 ー 韓国を行き来している便が存在するという。それだけ軍関係者にとっては、このルートは日常的なものだったのかもしれない。

横須賀在中の私から言わせてもらうと、横須賀から事件現場の祖師谷公園までは2時間以上かかるような場所に位置し、頻繁に足を運ぼうと思わせる距離ではない。逆に横田基地の最寄り駅である福生あたりからならば、1時間ちょいぐらいで行ける地域であり、その辺も含めると同じ米軍関係者を疑うならば、海軍の横須賀基地よりも空軍の横田基地関係者を疑う方が現実味があるように思える。

ちなみに横田基地で働く人間は、2005年度のデータとして 軍人3000人、軍に関係する仕事に従事する軍属700人、更にその家族4500人、日本人従業員2200人など、11000人及ぶとされている。この米軍の空軍関係者ならば、エドワード空軍基地周辺の砂も、韓国製品を多く持っていても、更にアジア系の父親、欧州系の母親などの血統の人間がコミュニティにいても、けして違和感のない環境であることは否定できない。かなり無理やりではあるが、遺留品とリンクする様々なものが 横田基地関係者 というキーワードで繋がり、当然のように警察も同じようなことを考えたに違いない。

ここで登場してもらうのが、実際に犯人のものかの信憑性は微妙ものの、かなり具体的なことを書いた 黒ムツさん二度目の書き込みの内容 を思い出して欲しい。ここで彼は、いくつか興味深いことを書いている。

463 :黒ムツ:2001/02/04(日) 14:19

黒ムツです。 私が 旅行に出ているあいだにくだらない書き込みご苦労様です。
私はうれしいです。たかが4人殺したくらいでこんなにスレッドが立つなんて
なんだか 久しぶりにネットにつないで 2ちゃんのみなさんにびっくりしました。
私はあのニアミスを起こした飛行機に乗り合わせていました。たまたまです。

彼の話を信用するのであれば、2/4(日)の書き込みまでの間、しばらく旅行に行って日常とは離れていたことを示唆しています。あのニアミスとはおそらく、2001年1月31日に起きた、日本航空機駿河湾上空ニアミス事故 を指しており、100人以上の負傷者が出た惨事でした。このニアミスは、成田~沖縄に向かうさなかに起こり、羽田に緊急着陸した事故でした。1/31~2/4 の間ですから、本人の言うように旅行だったのかもしれません。しかし実際は、沖縄にある嘉手納基地に行く仕事絡みの案件だったのかもしれないのです。あるいは基地で知りあった仲間が、横田から嘉手納へと勤務地が変わり、そこを尋ねたなんてこともありえます。

475 :黒ムツ:2001/02/04(日) 14:39

いくつかの証拠を残すことによって警察の捜査を混乱させる
おかげで韓国の方へ捜査がいっちゃいましたね。
笑っちゃいます。たかが一ヶ月ぐらいしかあるところにいなかったのに

前回取り上げた時は、

「韓国に一ヶ月も滞在していたというのも、普通の日本人としてはちょっと引っかかります。血縁に韓国の人間がいたとか、仕事で韓国に一ヶ月滞在する用があったとか、何か特別な関係が、韓国にあった人物ではないのでしょうか?」

と以前書きました。もし空軍関係者であれば、一ヶ月に渡る出張・任務等が韓国であっても不思議ではありません。ようは、横田(東京)を起点に仕事をしている軍関係者や、その家族だった可能性があります。

残念ながら私の地元・横須賀でもそうですが、沖縄などでたびたび起こる痛ましい軍関係者による犯罪。それを考えると日米地位協定や米軍基地内の治外法権を隠れ蓑に、犯罪に走っている軍関係者やその家族がいたとしても不思議ではないといえます。

仮に犯人が、この横田基地内で生活していたとしたら、とても捜査の手は及ばない地域だったということになります。何かよほど明確な証拠がなければ、あるいはあったとしても警察の力が及ばない範囲であったことは想像に難くはないはずです。特に米軍及び米政府関係者に特別な圧力がかけられなくても、捜査がそれ以上進まない構図になっていたことも考えられます。

そこでこの事件の解決に期待されているのが、日米間で締結された PCSC協定 である。アメリカ・FBIが保有する7000万の指紋データと、警視庁が保有する1000万の指紋データの情報を、互いに犯罪解決のために共有するための協定となる。まさにこの協定は、世田谷一家の事件解決を大前提にされたものであり、2014年の5月に実施法が国会で可決されている。しかしその後どうなったのかという話は、2016年の現在になっても全く聞こえて来ないのは気になるところ。

何故この法案の成立が、世田谷一家の事件と深く関係するのか? 私自身疑問だった。もちろん犯人の可能性を潰してゆくには、韓国やアメリカと指紋照合することは重要なことだろう。しかし警察はそれ以上の何かを掴み、アメリカに捜査協力を求めようとしているのかもしれない。

間違った認識

私はこの事件の幾つかの時間を、間違って把握していたようだ。まずは、そのことについて検証してみたい。

にいなちゃんが、入江家に鍋の割り下を届けたのは買い物前だった

隣家の入江杏さんの著書「この悲しみの意味を知ることができるなら」を読んでいて、にいなちゃんがすき焼きの割り下を届けに来たのは17時ぐらいだったと記されている。ということは、成城学園前や千歳烏山駅に家族で買い物に出かける前だったということになる。一家が買い物にでかけたのは、17時半ぐらいだったということになっているからだ(買い物レシートからも具体的な時間が残っていたという)。

私の認識では買い物から帰ってきてそれから19時前に届けに来たものと認識していたが、日も暮れる前だったと杏さんは記述している。12月の末であれば、日が暮れるのも早い。その記憶が確かならば、確かに17時ぐらいだったのだろう。どこでその認識がズレてしまったのかわからないが、この事実を証言できる人間は、今や入江さんしかいない。

しかしこの割り下の時間は、少し大きな意味を持っている。ひょっとしたら玄関の出入りを最後にしたのは、にいなちゃんだったのではないのか? そのため家の鍵をかけ忘れていて、それが結果として犯人の玄関からの侵入に繋がったかもという心配が私にはあった。しかしこの杏さんの記憶が確かであれば、最後に家に入った可能性が高いのは、泰子さんやみきおさんだったわけで、玄関の施錠を忘れた可能性は低かったのではないかと考えられる。みきおさんの細かい性格から、杏さんは玄関の施錠をし忘れた可能性低いだろうということも書いてあった。

キャッチボールをする二人は、翌朝のことだった

以前も書いたが、事件現場近くでキャッチボールをする親子連れを目撃したという情報が私の元にも入ってきた。そういった目撃情報があったのは知っていたが、その目撃した本人からの情報によると、山梨学院大附(現山梨学院)のバックを持っていたのだという。私はてっきり事件発生時刻の 23時半ぐらいの目撃情報だと思っていた。しかしそうではなく、犯人が翌朝逃走したとされる31日の日が昇ってからの目撃情報だったらしい。それならば深夜の逃走で犯人を目撃したとか、事件との関連性は今考えると低くなる。

しかしその親子らしき二人は、その後も見つかっていないのだという。今なお警察のパンフレットに、キャッチボールをした人を観なかったかと書いてあるのは、この話が元になっているからだと考えられる。

成城学園前の男は薄着だった

先日テレビで、真冬なのにTシャツ一枚で歩く外人の話が話題になっていた。そう彼らは、日本人の常識に比べると極端に暑がりな人間が多い。我々の常識からして、12月にTシャツ一枚でいるなど考えられないし、格好としても季節外れでみっともないと思うはずだ。

しかし成城学園前で目撃された遺留品と似た格好をした男は、季節はずれの薄着の格好していたので記憶に残っていると目撃者は語っているし、それがおかしいとは思わない感覚の人間なのだろう(この辺は日本人離れしている)。そこで気になるのは、犯人のDNAの母方が、欧州系の血筋であった可能性が高いとされていること。それでいて彫りは深い顔立ちだったものの、それほど日本人として違和感がなかっのは、やはり犯人がハーフだった可能性を裏付けるような証言でもあった。見た目はアジア系に近くても、やはり半分は欧州系の血筋を引いている可能性があるわけだ。我々の感覚だと、真冬にアイスを4つも5つも食うのは異常に感じるが、彼らのような暑がりが極度の興奮状態になれば喉の渇きや身体が暑くなってもありえない話ではないのではないのだろうか。

私はこの話を最初に取り上げた時に、人間心底怒ると「腸が煮えくり返る」ことがあると書いた。犯人がどういう理由でそうなったのかはわからないが、内蔵からマグマが噴出するような物凄く内蔵が熱くなるのを、私自身も経験したことがある。犯人も宮沢さん一家に対し、そのぐらい凄まじい怒りがこみ上げたのではないかと。そのため異常に活発になった臓器が便意にまで繋がり、犯行中にも関わらずトイレで用を足すという生理現象を引き起こしたのかもしれない。

話はそれてしまったが、この成城学園前の男の目撃情報は、極めてDNAの鑑定結果とリンクするものであり、大変信憑性の高そうな目撃情報である。逆に言えばこれだけ特殊な人物であれば、捜査線上に浮かびやすかったのではないかとさえ思える。その条件にまさに合致する人物が、例のフランス人ハーフぐらいしか浮上しなかったのも致し方なかったのではないのだろうか。しかしこの男は、DNAも一致することはなかったのだという。

(不審者について)

前回触れたように、入江さんの一階の窓は雨戸も無く、公園から丸見えな状況だった。そのためお祖母ちゃんは、事件後公園には不審者がいたことを、何度も警察官に訴えていたことが入江さんの著書には記されていた。また事件前には、みきおさん、泰子さん、にいなちゃんからも不審者に対する発言があったとされ、家族共通の認識であったことがわかっている。しかし同じように情報を共有していたはずの杏さんからは、そういったコメントが聞かれないことを不思議に思っていた。

しかし杏さんの著書を読みなおすと、泰子さんが不審者や治安の不安の話をとりあわない頃から、そういったことには神経をとがらせていたことが書かれてあった。具体的な話は著書には記されていないが、何かしら気がついたことは警察には話したものと思われる。公園と敷地を隣りあわせていたということで、入江家もまた不審者にはかなり神経をとがらせていたことがわかった。

改めて時間をおいてから同じものを読みなおすと、当時見落としていたことがわかるものだと強く実感する。

現場写真を観ての新たな疑問

世田谷一家の事件現場の写真を見ていて、いくつかの疑問が出てきたので考えてみる。参考にさせて頂くのは、「世田谷一家殺害事件・現場写真」様の画像から。撮られたのは、2013年12月 ということで、すでに事件から13年の月日が流れてからのものだった。しかし現在現場はシートに覆われており、その全容を確認することはできない。そういった意味では、貴重な資料だといえよう。

まず、宮沢家の裏を撮影した この写真 を観て頂きたい。

写真 真中上部にある箱が、お風呂の給湯器であり、そのすぐ斜め上が犯人が出入りしたのではないかと考えられている浴室の窓があることになる。

この写真を観て頂けると、私がよく言う、家と右側にある公園フェンスの幅90センチの広さが実感して頂けるだろうか? 発見された時浴室の網戸は、このフェンスを超え、写真右側の公園側に転がっていた(あるいは立てかけてあったと)ということなのだ。そんなことは、常識的にありえない。普通に考えれば、網戸が外れないから家の中から蹴っ飛ばした。あるいは、侵入した時に外した網戸を誰かが受け取ったということがなければ、網戸が公園フェンスの向こうなどにゆくはずがなかろうということ。

そのことは何度も書いたことなので実感して頂けるだけとして、気になるのは他のこと。一つは、偶然なのかそうなのかわからないが、公園フェンスが浴室の前あたりで曲がっているように見えること。あとは、宮沢さんの家の敷地側といえ、木の杭が壁に持たれてあって、事件当時もそうだったとすれば、あの杭を使ってフェンスに登れるのではないかと感じた。しかしこれは角度を変えて 別の写真 でみるとわかるのだが、全然杭があるのは浴室窓の下よりも手前であることがわかるし、フェンスが曲がっているのも同様だとわかった。

ちなみにこの宮沢さんの家の裏というのは、仙川の脇を通る道と公園を南北に抜ける道をつなぐ道であったようで、実際宮沢さんの家の敷地だったかも定かではない。犬の散歩の時、おそらく昔からの習慣でここを抜ける人がいたのだろう? みきおさんに注意されたという話が残っており、おそらくこの部分に入ったからだと考えられる(他に敷地に入れる場所などない)。

(明らかに狙われたのは、宮沢家だった)

まず、 この写真 を今度は観て頂きたい。宮沢さんの隣に住んでいた、入江家の裏を公園側から撮影したものだ。この家の裏は、雨戸のないガラス戸が2枚も存在するのである。入江さんの著書にも記されているように、よっぽど侵入するのであれば、宮沢家よりも入江家側からの侵入が楽だったことがわかる。またこの家の 正面側の写真 をみても、雨戸のないガラス戸ばかりなのだ。浴室窓ぐらいしか侵入口がなかった宮沢家に比べると、鍵が空いていたかは別にして侵入口が多数ある入江家を狙わなかったのは、犯人の目的が明らかに 宮沢家 にあったことを意味するのであろう。

(たむろっていた若者達は何かを知っている)

これは、公園を南北に貫く道路を挟んである、スケボー広場のハーフパイプ から 宮沢家を見た写真 なのだろう。 この写真からも、事件当時も、ハーフパイプから唯一といって良い家の明かりが彼らから見えたのは、宮沢家の建物だったに違いない。 上記の写真 を観ても、道路挟んで右側付近で事件があったと思われる23時20分ぐらいには、若者達が幾人かたむろっていたところを、バイト帰りの大学生に目撃されている。幾ら彼らが騒いでいても、家の中から悲鳴や怒鳴り声が全く聞こえなかった、あるいは家の近くに不審な人間を見かけなかった ということはありえるのだろうか? 彼らは、何かしら事件について知っていたことがあったのではないかという気は今でもしている。警察は、どこまで当日いた若者たちのことを見つけることができたのか? 

(どうしてそう言えるのか)

事件当日の 22時頃。ウォーキングを日課にしていた男性が、男女が言い争う声を訊いたというのだ。おそらくこの男性の証言が確かならば、この若者達より前の時間に、宮沢家に近い場所を歩いていたことになる。しかし男女が言い争いをする声を訊いたのは23時頃だったという話もあり、この証言が同一人物ものなのか、それとも別々なのかも定かではない。

この証言が確かならば、犯人がもっと前の時間に家の中に入っていたのか、証言時間が曖昧なのかはわからない。現在の時系列的に考えれば、男女が争っていたのが22時だったとすれば、みきおさんと泰子さんとの言い争いだった可能性もある。あるいは、もっと早い時間に誰かが訪ねてきていたのかのいずれかということになる。しかし男女が言い争った声は事件当日ではなく、前日だったとの話もあり、情報が錯綜している。そのため私は、今までこの話には興味を示してこなかった。

ちなみにこの文章を作成している23時ぐらい、私の部屋は網戸を明けているとはいえ、公園ハーフパイプ~宮沢さん家ぐらいと同じぐらい離れている、大通り挟んだ向かいの家のちょっとした物音が聞こえてくる。夜静かならば、その家で怒鳴り声がある、物音が派手に響いていたら聞こえたのではないかと強く実感する。

(しかし警察は?)

話はそれたが、この言い争いを訊いた人物が海外勤務をしており、戻ってきた時に改めて話を聞き直したという話が数年前記事になっていた。また最新の事件パンフレットをみても 変わった人(大声を出す、怒鳴り散らすなど)を知っている 人を探しているということからも、この怒鳴り声が みきおさん のものとは思えず、何かもっと違う第三者‥異常性を感じさせるものだったからで、警察もこの証言を重視しているのではないかということ。犯人の常軌を逸した泰子さんやにいなちゃんへの攻撃などをみると、この証言と事件への関係性を疑うのは当然なのではないのだろうか。このウォーキングをしていた男性がどこを歩いて訊いたのかはわからないが、それほどの言い争いをしていれば、隣家や正面の家にまで音は漏れなかったのだろうか? 

そこで音が漏れた可能性として考えられるのは、中二階の廊下付近で犯人と泰子さんなどが言い争っていたとする。そしてすぐ隣にあった浴室の窓が空いていて、公園側に音が漏れやすかった。すなわちこの言い争いを訊いた人物は、ウォーキングがてら裏のぽっぽ公園付近で、この言い争いを訊いたとも考えられなくもない。意外に同じ家でも、部屋から南側の音は聞こえても、トイレや浴室がある北側の音というのは、聞こえ難い(真冬のように閉めきった状況では)ことは結構あるとも考えられる。そのため隣家や正面の家には、言い争いの声が漏れにくかったというのは、防音対策の講じられた家だったという以外の理由があったのかもしれない。

(事件発生はもっと早かったのではないのか?)

しかしもし事件が本当に22時ぐらいで、23時半ぐらいに逃走したのならば、たむろっていた若者達が何も気がつかなかったというのもわからなくはない。ただし事件はもっと早かったのではないかという意見には、どうにも引っかかる理由がある。それは

犯行時刻直前とみられる30日午後10時20分から50分頃まで触れた形跡(午後10時38分から45分頃のパスワード付き電子メールの送受信記録[2]や同50分頃のパソコンの電源を切った記録など)があり、これは被害者がまだ生存しておりインターネットを閲覧していたものと考えられる。

もし第三者がパスワード付きメールをどうやって送ったのかという謎も残るが、それ以上に犯人が、なぜパソコンの電源を切る必要があったのか? まして男は、再び 31日午前1時18分頃 にパソコンをつかったのに。そのあとパソコンで何かを探ろうとした犯人が、パソコンの電源を切る必要があったのかがわからない。あえてこれは、みきおさんがこの時間まで生きていたと見せかけるための偽装工作の一環だったのだろうか? しかしそれならば、死亡時間と大きく食い違なければ意味はなく、私にはどうしてもそのためとは思えないし、そうする意味がわからない。怪しい男の目撃情報なども加味すると、やはり犯人の侵入は22時30以降~23時ぐらいにかけて起きたのではないかと私は考えるし、みきおさんが亡くなったのはパソコンの操作後だったと考えるのが自然だと思う。

ようは、証言の時間 か 残されたパソコン履歴 など、何かしらの情報が誤っているとしか考えられない。
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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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