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DNAから人種は特定できるのか?

警視庁が犯人は日本人であるということを基本線に捜査しているのには、何か確信的な根拠があるのだろうか?という疑問を持っていた。ひょっとしたらDNA解析によって犯人が日本人であるという、かなりの確信を警察は持っているのではないのか? そんな気がして、素人ながらDNA解析で何処までわかるのか調べてみた。

警視庁が求めたDNA結果とは、父親はアジア系に多く観られる、O3a2c1型、母親は、地中海沿岸に多い アンダーソンH15型 の配列をもった人物 だったという鑑定結果が出ている。そもそもDNAを調べるのには、父親が息子に遺伝を伝える Y染色体遺伝子 でたどる方法と、母系を調べるのに使う ミトコンドリアDNA との2つの方法から判断するという。ここからは、ここ数日素人が学んだ知識を、かなりアバウトに砕いた形で書くので、ツッコミどころも多いと思うが読み流して欲しい。

日本人の独自性は D型に由来する

Y染色体遺伝子は、父親から息子へと男性のみに伝えられる遺伝子だという。 したがってそのルーツをたどれば、同じ父親にたどりつくという。

Y染色体遺伝子で調べると、人類発生からA~T型の20種類に分類されるという。そして日本人のルーツとされる縄文人はD型に属し、アフリカで生まれた人類から比較的早く別れたタイプだというのだ。そして現在このD型の遺伝子を受け継ぐものは、日本やチベット・アンダマン諸島など、非常に限られた地域にのみ観られる特殊な遺伝子だというのが定説になっているという(他のアジアでは見られない古い系統なのだという)。

かなり砕けた言い方をすれば、元々縄文時代の日本人はこのD型の遺伝子を持つ人間を中心に構成されていた。しかし大陸で主流となっていたO型という遺伝子を持つ人達が弥生時代に押し寄せてきて、その後D型とO型の人たちの血が交わって日本という国を形成してゆくことになっていったそうな。

そこで現在の日本人のDNAを調べると、この後から日本に入ってきたO型の遺伝子を持つ人が50%を越えているという。しかし1/3ぐらいの人にはD型の遺伝子を受け継いでおり、このD型(縄文人)の遺伝子こそ日本人の独自性を色濃く表すものだと注目されているわけです。

そこで世田谷の犯人はと調べてみると、残念ながら日本人に半分以上いるO型だということがわかり、それほど世界的にみて特殊な遺伝子ではないことがわかりました。仮にこれが、D型の遺伝子を受け継いでいた場合、日本人以外にはチベット・アンダマン諸島の人々など極めて限られた地域にしか見られない遺伝子であり、犯人が日本人だった可能性が高いと強く推せる材料になったはずです。しかし遺伝子上は、日本人にも多く観られる大陸系の遺伝子を持っていることがわかりました。

このO型をもう少し詳しく分類してゆくと、犯人の持つO3A型というのは中国でも華北地域に多く観られる傾向が強く、華北中国人(匈奴・鮮卑系?) 華北 66% 朝鮮40% 日本20% 弥生山東・江南ルートがそのルーツなのだという。そして犯人の遺伝子にあたる O3a2c1型 というのは日本人には珍しく13人に1人、中国人では10人1人、韓国人でも5人に1人程度観られる型であるという。この結果からみると、日本人である可能性はかなり低いものの、中国人だとか韓国人においても、けして多いとも言い切れない割合であり、父親は日本人を含むアジア系だったという警察の発表は至極妥当だったように思われる。この結果は、内外の複数の関係機関が解析した結果であり、かなり慎重にDNAを扱って導き出されたものだったようだ。

母親はアジア人にはない遺伝子系統

女性の遺伝子を調べるには、ミトコンドリアDNA という方法で探るらしい。しかしこちらは、Y染色体の話より更に複雑になるので詳細は省きたい(というよりよくわからない)。母方は、アドリア海沿岸(イタリア半島の長靴型の右側の湾)に多く観られる・アンダーソンH15型 だということが判明したのだという。この遺伝子はアジア人には見られない系統であり、母方は欧州系(白人系)の人間であったことがわかったのだという。

すなわち両親の代での交わりかは定かではないが、現代に近い代でのアジア系と欧州系との間に生まれた血筋だった という結論が出たという。アメリカなどでは、父親が黄色人、奥さんが白人という組み合わせは珍しいらしく(逆は珍しくはないそうだが)、私はブラジルこそ日系人と欧州人が結びつきやすい地域ではないかと以前指摘したことがある。しかし父親の血統自体が、かなり日本人である可能性が低くなり、この仮説の可能性は低くなったと言わざるえない。

(勝手なイメージだが)

このDNAの話を訊いていると、むしろ欧州人とアジア人が結びつきやすい、中央アジアあたりの人間(中国領内かは微妙)というイメージを抱いてしまう。中央アジアというと、旧ソ連領だった カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、そして現在の中国に組み込まれている 新疆ウイグル自治区 などがその地域になる。すなわちアジア系とヨーロッパ系が出会う地域の人々。それも先ほど触れたように、中国北部の人種がヨーロッパ系と出会うというと、南方の地域ではなく北方のルートを連想させるのだが・・・。

(ただし)

ただしこの犯人はかなりの日本語読解能力があった可能性が高く、さらに日本語を違和感なく話せた。あるいは、見た目はそれほど日本人離れしていなかった日本人を含むアジア系だった可能性が様々な状況から推測される。そのため日本で育った、もしくは長く日本に定住している人間だと考えられ、外国人がちょろっと犯罪のため日本にやってきた事件とは考え難い。

(結論としては)

DNA素人の私が調べた限り、犯人のDNAから日本人と断定するのは、現在の技術を持ってしても無理があるだろうということ。むしろDNA解析の結果を重視するのであれば、かなり外国人犯罪の可能性の方が高い事件だというふうになってしまう(私がそう思っているわけではない)。結果日本に長く住むことで、日本国籍を取得しているもの。あるいは、親の代などもう何代にもおいて日本で生活してきた外国人なども含めて、日本人同様に犯人の可能性があるとして慎重に捜査しないといけないだろうというのが、私の率直な感想だった。

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浴室の網戸の謎・続き

事前直後の木々の状況について、もう少しハッキリした写真を見つけたので、ご確認頂きたい。「ひとりごと検証ブログ」様のところに、宮沢家裏の浴室の下の写真が映っていて、これが最も当時の木々の状況がわかりやすい写真ではないかと考えます。

これを参考にさせて頂ければ、当時の浴室窓の下に椿の木があったことがハッキリわかります。ただしこの写真だと、この椿の木が公園フェンスまでどのぐらいの距離があったのか? あるいはフェンスを越えて宮沢さんの家の敷地側にまで枝が伸びていたのかまでは掴みかねます。

ただしこのように当時木があったとなると、フェンスを昇った際に左側の窓から入ろう、あるいは出ようとした場合には、かなり枝や花と当たることになったと思うのです。降りるときならば、そういうのをあまり気にしないで突っ込んだ可能性もありますが、昇る時は木々に身体が当たって音がするのを嫌った可能性が高く、むしろ右側の窓から入ったのではないかと思えてきました。仮に右側の窓から入ったと仮定すると、給湯器を調べるよりも入江さんの屋根の方に何かしらの痕跡が残っていた可能性もあります(当然警察はそちら側も調べたのでしょうが)。

setagaya 4

その可能性を感じるのは、浴室の窓以外に残されたトイレと中二階の廊下窓の網戸がいずれも右側に寄って残されているのが上記の写真からもわかるからです。これが偶然なのか? 家人の癖なのかはわかりませんが、家人の癖ならば事件当日も、右側に浴室の網戸が寄っていたのではないかと考えることができます。逆に椿の木の枝が邪魔で右側の窓から入ろうと試みたとしたら、左側に網戸が寄っていた場合は触れる必要がありませんから(もし左側の窓から入ろうとしたら、網戸は左側に寄っていたはずです)。ですから網戸を外した(外れた)ということは、網戸に触れる必要があったわけで、入った(出た)窓側に網戸が寄っていたことがわかります。

上記の写真の上の方を観てもわかるように、事件後窓の下付近にあった椿の木は、伐採された可能性が高いと考えられます。上の写真では、撮影するのに邪魔な木が一切ないことからも、それを伺うことができますし、他の写真でも後に撮影されたと考えられるものには、椿の木がありません。

2015-03-26 12.48.09

確か私が行った時にも、浴室の窓の下に木があった記憶はありませんし、小さな木の切り株があったような記憶があります。もし上記の写真の上の方に見える小さな切り株がその椿の木のものであれば、おおよそフェンスとの距離は1メートル足らずだったことがわかります。この椿との位置関係を考えると、もう一人侵入を手伝った人物がいた場合、男は木があって邪魔なので入江家との境目あたりに立って、実行犯から網戸を受け取った可能性が考えられます。だからこそ網戸が、宮沢家と入江家の境目付近に立てかけられてあったと考えることもできるわけですし、先日触れたように給湯器に上がる際に鑑識が邪魔なので、網戸を横にズラして立てかけた可能性もあると触れました。

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そこで事件当時の状況を記す新聞記事があったので、それを参照させて頂くと

「現場検証で、捜査幹部は公園側のツバキの赤い花びらと小枝が散らばっているのを不審に思っていた。地面に靴跡のようなへこみもあった。網戸も、フェンス外側に転がっていた。」

この記事を読む限り、2つの大事なことがわかってきます。

1、網戸はフェンスの外側(公園側)にあったこと

2,網戸は転がっていたこと


ここで大事なのは、網戸が90センチ離れたフェンスを超えて転がっていたとしたら、単独犯だった場合、それは進入時に起きたとは考えづらいということ。すなわち網戸は、逃走時に焦って網戸を突き破った時だったことになります。以前にも書いたように、侵入する場合に網戸を外そうとすれば身体が網戸の前にあり、網戸がフェンスを超えることなどありえません(犯人の身体が邪魔しますから手前に落ちます)。

しかしもう一つ考えられることは、やはり共犯者がいて進入時に外した網戸を受け取り公園側に置いたという考え。そうじゃないと問題はいつも言うように、家とフェンスの間の90センチを超えることなど通常よほどの勢いがないかぎりありえないのではないかということ。仮にあったとしても3メートルの高さから網戸が転がれば、外に大きな音が響き隣の入江さんの家族の記憶に残ったのではないかということになる。そう考えると網戸が発見時にフェンスに立てかけられていなかったとしても、誰かしらが受け取ったと考えるのが自然ではないのでしょうか?

気になるのは、網戸は再現実験の結果ハズレやすく、いつも同じところに落下したという話。それが常に公園側に落ちたというのならば、それは逃走時に網戸が落ちたということを意味するはず。もしそうならば浴室の窓から逃走した可能性はあっても、侵入した可能性は極めて低いことになるし、共犯者がいたという話も怪しくなって来ます。

網戸が発見された時の詳細な情報が明らかになれば、侵入経路と犯人の人数は自ずと見えて来ると思うのですが ・・・ 。少なくても警察は、それを十分把握しているはずなのです。しかし今私が知り得る情報では、そのことを明らかにできるものは揃っていません。

さらなる疑問が

先日の山茶花(サザンカ)の鉢以外に、もう一つ私には気になることがあった。それは、この事件報道直後に立てられた 東京世田谷の民家で一家4人変死 という、この事件を伝える事件直後の2ちゃんねるスレッド。

以前にもこのスレッドは、事件が警察に通報された 30日の11時前から僅か1時間で立てられていることを紹介した。そして最初の書き込みがされたのは、 1 :名無しさん23:2000/12/31(日) 12:00 すなわち12時に流されたニュースを観てから立てられたのではなく、このニュースが流れるのを待ち構えていたかのような準備の良さと、キリの好い時間に始まっているのがどうにも気になると書いた。

私はこの当時の詳細な記憶がないのだが、お昼のニュースでこの事件が報道された映像は後に何度か見たことがある。最初は、速報としてお昼前にテレビで流されたのが最初だったのかもしれない。だからこそこのスレ主は、12時前にスレを立て、12時にニュースが放送されるのを待ち構えて、最初の言葉を発することができたのかもしれない。しかしそれにしても事件の詳細が殆どわからない時点において何故スレを立てようと思ったのか? その迅速さに私は、どうにも事件が世を駆け巡るのを待っていた犯人によるものだったのではないかという疑念は未だに拭いきれない。

さて仮にこのスレを立てたのが犯人だったと仮定した場合、この人物は自分が立てたスレッドで何回か発言している可能性があり、改めてこのスレッドを読みなおしてみることにした。

66 :>62:2000/12/31(日) 13:13
そだよ。
あの家だったら土地付きで1億5千万くらいじゃないの?

ちなみに被害者宅の車はシトロエンだったね。
(まあまあ高い)

放送から1時間、まだ一部の関係者しか現場の場所が特定されていなかった時間。このスレでも上祖師谷3丁目までは、特定されていた。しかしその段階で姉夫婦とお祖母ちゃんとの共同で、1億5000万で中古物件を購入していた金額と一致していたのは偶然なのか?

更に現場のニュース映像を観て、停まってあった赤い車が、シトロエン だとすぐに見ぬいていた。やたら土地相場や外車への知識やその値段など、詳しいのはたまたまだったのか? まさに情報が表に出ていない段階で、この人物は宮沢さんの持ち物の相場を正確に把握していたのだ。もちろんその手の知識がある人は、世の中にはたくさんいるだろう。しかしあまりにスレを立ち上げたタイミング、土地や車の相場にやたらくわしい人間が揃っていたことに驚かされる。

823 :世田谷住民:2001/01/01(月) 17:59

はやく犯人捕まえて欲しいね。でも、絵に描いたような事件だね。
東大卒、世田谷に円満家族。

世田谷住民の世論は他の地域住民の100倍ぐらい強いから、犯人が捕まる
までニュースになり続けるだろうね。大阪の西成で、高校中退のおやじの一
家が惨殺されたら同じようにニュースとして大きく取り上げられただろうか。

まあ、ニュースなんてそんなものだね。恣意的に優先度が付けられる。優先
度をつけるのはマスコミの家族がたくさん住んでいる地区の住民なんだろうね。


この書き込みは犯人とは関係ないと思うが、実に的を得ていたので紹介させて頂く。この世田谷一家殺害事件が、数多くの凶悪事件の中でも何故特別視されるのか? それは警視庁管内で起きた、極めて凶悪な事件だったから。これがもし地方で起きた事件だったならば、ここまで世の注目を浴びることはなかっただろうし、事件から15年以上経っても頻繁に話題に上がるような事件にならなかったはず。そこには、世田谷という特別な地域性が存在したことは否定できない。ひょっとすると、この世田谷の発信力・住民の力を知っていたということは、宮沢さんの真向かいに住んでいたと言われる、NHK職員の方の書き込みだったのかもしれない(あくまでも推定)。そこには一見客観的に書いてあるように魅せて、事件そのものへの強い怒りが込められているようにも読み取れる。

(その他気になること)

犯人と疑われる人物が、タクシーを使ったのではないかという話が事件発覚数時間で浮上していたことにも驚かされた。タクシーを使った3人組の元の話は、事件発覚直後から報道され始めた話だったのだ。地域を取材し始めたマスコミが、すぐに見つけたスクープとして拡散したのかもしれない。

このスレをみていると、三国人のしわざ じゃないかという言葉が頻繁に出てくる。三国人という言葉を調べると、朝鮮人・台湾人など戦時中日本の統治下にあった人民を指す言葉だったようで、そこから派生して中国人も含まれる蔑称となっている。このスレが立った2000年当時は中国人による犯罪が多発しており、この事件も中国人が絡んでいたのではないかという声が多く出てくる。逆に2000年当時は、まだ日韓の関係が良好な時代(ワールドカップ共同開催前)であり、今のようにこの事件が、韓国人によるものではないかという話はあまり聞かれない。この当時のスレの雰囲気では、韓国人よりも中国人の方に疑いの目が向けられており、当時の社会の空気感が伝わってくる。

いずれにしてももし自分が犯人だったと考えた場合、マスコミの報道や自分でスレを立てるようなリスクをおかすかは別にしてもインターネットでの反応は気にしただろうという気はする。この事件のあった2000年5月、2ちゃんねるのスレッドに書き込んでいた少年が西鉄バスジャック事件を起こしたことで、一躍2ちゃんねるの存在は世間に知れ渡ることになる。犯罪と2ちゃんねるとの関係性が取りざたされはじめた、そんな時代にこの事件は起きたのだ。

(浴室の窓からの侵入の続き)

先日の浴室の窓からの侵入の記事を書いてから、面白い意見を耳にした。犯人は共犯者に肩車のように乗って現場の窓を出入りしたのではないかという。確かにそれは、一つの仮説として大変興味深い。

実は、現場の2メートルの高さの公園フェンスには土が着いていた痕跡が残っていたという話がない。お風呂の湯沸し器のところに泥が着いていたという話もあるが、これも明確な情報ではない。更にこのフェンスの網目の隙間は小さく、足を入れて登れるほど隙間が大きくないのだ。したがってここに登るためには誰かの力を借りる、あるいは何かを持ってきて踏み台にしないと柵の上まで昇れないことを多くの人が以前から指摘してきた。私は柵の前に、犯人が現場までに乗って来た、あるいは逃走に使うための自転車を停めて、それを踏み台にして柵に上がったのではないかと推理していた。しかしそれだと、浴室の窓の下に網戸があったり、一気に柵を飛び降りて着地した跡が残っていることの説明がつかなくなる。

しかし一つだけ疑問になるのが、もし肩車のような格好で窓の出入りをしようとするならば、それは公園側ではなく、宮沢さんの敷地側からやるのではないかということ。しかし網戸は、公園側に立てかけてあった。すなわち網戸を受け取ったと思われる人物は、公園側にいた可能性が高いのではないかと。それは、私がもう一つ考えていた仮説とは少し違っている。

その仮説とは共犯者に柵の前で四つん這いになってもらい、背中を踏み台にして柵の上に乗ったのではないかと。その共犯者が犯人にとって先輩格というか目上の立場の人間であり、乗るときに靴を脱いで上がったのではないかと。もちろん音を立てないようにと靴を脱いで侵入したというのが理由だったのかもしれない。だからこそ足跡は、中2階の途中から初まっていったのではないのか? またフェンスや窓枠のところにも靴の跡や泥が残っていないのは、そのような理由があったからではないかとも考えている。そうでなければ家の中に残っていた以上の靴跡や泥がフェンスや窓枠、あるいは風呂場の床などに残っていなければ説明がつかなくなる。これは、玄関からの侵入を想定した時にも同様のことを書いた。

逆に逃走時は、靴を履いていた可能性が高い。その理由に、公園フェンスの向こう側に家と逆方向につま先が向いている足跡を残したから。いずれにしても逃走時には、共犯者の力を借りないで家から出たのではないかと考えている。どういう理由かはわからないが、この犯人は進入時には靴を脱いでいたのではないのだろうか。

(事件当時はもっと木が生えていたのでは?)

また事件当時は、浴室の窓を隠すように公園の木が伸びていたのではないかという話もあった。そこで事件発生当時の写真を探してみることに。

setagaya 3

捜査員らしき人物がいることからも、上記の写真は事件直後のものだと考えられる。私が参考にしたのは、これによく似た角度からの写真だが、それは「人間の闇」という著書に掲載されている、2000年12月31日 と記載されている写真。それは、上記の写真とほぼ同じ方向から、鑑識が片方の足を公園フェンスの柵の上に、もう一つの足を宮沢さんの家の給湯器から伸びるパイプに足をかけて給湯器の上を調べているところのものだった。その写真とこの上記の写真をみても、浴室の前を隠す大きな木はなかったことがわかる。

setagaya 4

この上の写真がいつ撮られたものかはわからないが、このような状況が事件当時もそうだったのではないかと(向かい側の家も見えることからもそう事件発覚から月日が経っていない時期だと思われる)。こうしてみると公園フェンスより少し高いぐらいの木が、浴槽の窓からはかなりズレた位置で生えていたぐらい。更に家の高さを越えようかというぐらいの大きな木も、この季節には落葉していて浴室の見通しは想像以上に良かったことがわかってきた。そのため事件当時も、けして浴室の窓は木々の死角にはなっていなかったと考えられる。ここから入ろうとすると、そばに人がいないことを確認しないと容易には侵入できない場所だった。

(もう一つ気がついたこと)

1番上の写真だとちょっとわかり難いのだが、「人間の闇」に使われている写真を虫眼鏡でよくみると、網戸がフェンスに立てかけられているのが確認できる。しかしその位置は、宮沢さんと入江さんの家の境あたりであり、例え写真の角度を考えて補正してみても、浴室の右側の窓の下ぐらいにしか思えない。犯人が二階の浴室の窓から侵入したと仮定すると、侵入したのは左の窓からだった可能性が高く、もし網戸が最初から右側に寄せて置いてあった場合は、犯人は全く網戸を触れる必要はなかったはずなのだ。しかし右側の窓を開けて入った可能性も否定できなくなってきたので、右側の窓の下あたりに網戸が落下した、あるいは置いたというふうな考え方も選択肢としては残るのだが・・・。

しかしだ、私はちょっと嫌な予感がするのである。この網戸が立てかけてある位置をみると、鑑識の人が給湯器を調べるために昇る際に邪魔なので、網戸の位置を横にズラしてそこに立てかけたのではないかと。当然網戸を動かす前に警察は、現場検証をして写真に収めたり、網戸自身から指紋なりを調べてから動かしたのだろう。このフェンスに網戸が立てかけてあったという光景は、実は事件直後の状況ではないのかもしれないという不安を感じずにはいられない。もしそうだとすると、私が今まで考えてきた仮説(浴室からの侵入や共犯者がいた)は、根本から崩れることになるのだ。こればかりは詳細が明かされていないので、警察にしかわからないことなのだが・・・。ただし公園側に網戸があるということは、発見当時公園側に網戸があったとは信じたいところなのだが・・・。警察が網戸の落下の再現実験をやったところ、何度も同じところに落ちたというコメントを読んだことがある。しかしそれが90センチ離れた公園フェンスの向こうであり、フェンスに立てかけるような形に毎回なるとはどうしても信じられなかった。ひょっとしたら発見当時は、網戸は全然違う形で転がっていたのかもしれない。

改めて資料を読みなおす

世田谷一家の事件において、同じ資料を見直すことで、その時気がつかなかった疑問がいくつか浮かんできたので、その幾つかをまとめてみたい。

山茶花の鉢はどうなったのか?

警察資料を元に書かれた「真犯人に次ぐ!」を読んでいると、「小窓の網戸が外れて落下していたこと。窓辺に飾っていた山茶花の鉢も落ちていたこと。脱出時、犯人が2階から飛び降りた時に付着したと思われ犯人の足跡が、公園の地面に残ってたことから、浴室の小窓が侵入出口と断定された(捜査員)」という記述がある。「シトロエンの事件簿」さんに、裏側のCG画像があるので、それを参照すると、これから私が書くことがイメージしやすいので観て頂きたい。

前にも述べたように、網戸は宮沢家から90センチ離れたフェンスを飛び越え、それも何故かフェンスに立てかけるような形で発見されている。いつもいうように、2メートルのフェンスに両足をかけてそこから1メートルの高さにある、浴室の窓から侵入すると、おおよそ170センチの人間ならば自分の顔のあたりに窓が来ることになる。この辺は、鑑識が事件後調べていた姿からも容易に想像がつく。

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何度も書いたが、このような状態で侵入しようとした場合、顔の前に網戸があるわけだから、当然網戸は外した場合、90センチ向こうの公園のフェンス側などに飛ぶはずもなければ、公園側のフェンスに立てかけるようにもならないはず。もし公園側のフェンスに置くような形になると、わざわざ網戸を持った不安定な体勢で公園側に一度戻ってフェンスに立てかけたことになる。どのような方法でこのフェンスに昇ったのかにもよるのだが、通常もしこれを一人でやるのならば、顔の前の網戸を外し、片方の手で網戸を持ち、もう片方の手で壁や家の窓枠あたりを掴んでバランスをとりながら、宮沢さんの敷地側に網戸をそっと落とす形になると考えられる、そうじゃないとこの捜査員のような体勢から片手で網戸を持ちながら、公園側に身体を戻すのは一人では大変不安定な体勢になり合理的でもない。あえてそれをやったのは、少しでも音がするのを避けるためにそっとフェンスに立てかけたのだろうか? それにしても何故網戸を静かに横にスライドさせないで、わざわざ外した理由がわからない。簡単には横に動かなかったのか? 少しでも音がするのを避けたのか? あるいは触っただけで簡単に外れたのか? 未だ持って疑問が残る。しかしこのような形で網戸が発見されたということは、明らかに進入時に網戸を外し、更にこの外した網戸を共犯者がいて受け取ったからではないかと、過去何度も書いてきた。

今回の本題はここからで、網戸の他に浴室の窓のところに置いてあった、山茶花の鉢も落ちていたということが書いてある。網戸と違って、この山茶花の鉢がどのような形で見つかったかの詳細な情報はない。しかし犯人が浴室の窓から侵入したとするならば、網戸を外し浴室の窓を開ける。そして犯人の顔の前には、この鉢が目の前に現れたはずなのだ。その場合、網戸同様に静かに丁寧に地面に置いたはずで、少なくても公園側の地面に転がっていた、宮沢さんの敷地内に落ちていたということはなかったのではないかと。常識的に考えれば、網戸がフェンスに立てかけられている横辺りに一緒に置かれていたはずで、宮沢さんの敷地側に落ちていた、あるいは公園側でも無造作に転がっていたとなれば、3メートルもの高さから落下した時に何かしらの跡が地面に残ったり、大きな音が外に鳴り響いたはず。そしてそれは、進入時ではなく逃走時に慌てて落としていたものだと考えられるわけだ。そのため網戸が90センチ離れたフェンスを飛び越え、フェンスに立てかけられるように発見されたのも、逃走時に勢いよく網戸に触れたためで、人為的にそこに置かれたのではなく偶然そういった形になった可能性があるということ(この場合は逃走時のみ窓を使ったことになる)。この辺の状況は、警察はすべて再現実験を含めて把握しているはず。その上で、浴室の窓からの侵入という考えを強く持っているのだろう。発見前に第三者が触ってなければ、この状況だけでおおよそ浴室からの侵入だったのか、逃走時だけだったのか? 出入りはその両方だったのか、全く窓を使っていなかったのかは警察は判断できたわけだ。警察が侵入を玄関だとか浴室の窓からだと明らかにしないのは、犯人にしか知り得ない情報であり、捜査や裁判の時に向け公にしていないだけで、とっくに解明されている問題だと考えられる。

足跡の謎

犯人が家に残したスラセンジャーと同様の足跡が、公園フェンスの向こう側に残っていたという。これは、おそらく逃走時にフェンスから降りた時に着いたと考えるのが自然だろう。まず現場に行ってみるとわかるのだが、宮沢さんの家の裏は、大変多くの落ち葉に覆われていたうえに、更に地面自体は土で固く足跡は残り難い状況だったように思う。まぁ12月だということで、私がいった3月とは落ち葉の状況は違ったのだろうが、ここに明確に足跡を残すというのは、かなり高いところから降りた証拠ではないのだろうか。そうするとこのフェンスに登るときには、共犯者の力を借りた可能性もある。しかし少なくても逃走時には、2メートルのフェンスから一気に地面まで飛び降りなければならない状況だったのではないのだろうか。

2015-03-26 12.48.09

それはともかく、私が疑問だったのは 何故公園側に犯人は着地したのか? ということである。もし浴室の窓から降りようとする場合、窓枠のところで腰掛けて足を前に出すような形で足を下に伸ばすだろう(後ろ向きに壁づたえでも足が地面にむけて降ろす)。そこで犯人は、何故両足を斜め前のフェンスの上に乗せるという大変不安定な方法で、公園側に着地したのだろうか? 普通に考えれば、そんな危険なことなどせずに足をそのまま下ろし宮沢さんの敷地内側に降りた方が、簡単だったのではないかと想像する。

この家は侵入するときは、両足をフェンスに乗っけても壁側に身体を預けてあとは懸垂のように上体を引き上げれば容易に侵入ができる。しかし逃走時は、両足をフェンスの上に乗せると掴まるところがなく実に不安定で降り難いはず。そこで犯人は、逃走時に当時浴室の窓の下に伸びていたであろう、椿の木だか山茶花の木の枝を掴んで公園側に降りようとしたのではないのだろうか。それゆえに木の枝が折れていたり、花びらが散っていたという状況が生まれたと考えられ、これは逃走時に生じた可能性が高い。そうでもしなければ不安定過ぎて、公園側に着地するのは至難の業だったに違いない。

しかし何故無理してまで公園側に着地をしたのか?

私が考えるに、それは共犯者が公園にいたからだと考える。共犯者にすぐに状況を伝える、何か持ちだしたものを渡す必要性があるなど予めおちあうことになっており、無理してでも公園側に着地しようという意志が働いたのではないのだろうか?仮に宮沢さんの家側に降りたとしてもグルッとまわって公園に入るのには、ものの1分ぐらいしかかからないのだから、無理してまで公園側に降りる必要はなかったと思うのだが。事件発生時間と推定される、あるいは飛び出しマンが目撃されたのは、23時半ぐらい。ちょうどこの時間帯に宮沢さん裏の公園には、若い男がいるところを目撃されている。これは、犯人なのではなく共犯者だった、もしくは全く関係ない第三者だったのか、この目撃情報自体がガセだったのかのいずれかではないのだろうか。ただし浴室の窓を出入りに使うならば、周りに人がいないことを誰かが監視してもらわないと極めてリスクが高い。犯人も当然ここに、1番気をつかったはずなのだ。

もう一つの可能性

公園側に着地したもう一つの理由としては、公園側へ着地すれば、見張りの男以外からは誰にもその姿を見られない可能性が高いということ。しかし宮沢さんの敷地側に降りてしまうと、宮沢さんの家の裏を通って公園に入らなければならず、第三者に逃走時目撃される可能性があったことを恐れたのではないかということも考えられる。

しかしだ?

それならば何故、飛び出しマンのような極めて目立つ行動をとったのか? あるいは共犯者がいたら、とらせてしまったのかには疑問が残る。それも飛び出しマンは少なくても三台の人から目撃されており、うち二台には轢かれそうになったり、接触したりしているわけだ。共犯者いて、何故このようなことになったのか? これは、事件から目をそむけさせるための巧妙な偽装工作だったのか? あるいは、この飛び出しマンの情報自体がガセだったのか?

仮に飛び出しマンは、偽装工作だったとしたら

しかしだ、もし車に突っ込んだ時に重傷になって動けなくなったら、それこそ事件との関連が疑われる。何より救急車を呼ぶような事態になれば、入江さんや向かいの家の住民も何事だと家から出てくるかもしれない。その時に妹一家が全く反応がなかったら、姉妹なら連絡を入れたりして事件発覚が早まる危険が生じる。どうみてもリスクが大きすぎて、デメリットの方がありすぎると言わざるえない。

何のために?

さっぱりわからないが、犯人の逃走時間を23時半に見せかけることで、アリバイを立証させるためぐらいにしか思いつかない。身体の割に小さめの服を着ていたなんて目撃情報を観る限り、飛び出しマンは実行犯だった可能性が高いのではないかと。またこの男が、再び家に侵入した可能性が高いとみている。そうでなければこの目撃情報は、完全にガセだった可能性も捨てきれない。また当初の計画とは大幅に狂ってしまい、修正を余儀なくされたそんな可能性があったのかもしれない。

本当はもう一つ取り上げたい事案があったのだが、これだけで大変長くなってしまったので、次回もう一つの疑問について触れてゆくことにする。

警察が最も色めきたった男

世田谷一家殺害事件が発生してから15年、様々な容疑者が浮上しながらも、指紋やDNAが一致せずに消えていった。そんな中、現場が最も色めきだった容疑者がいる。その男は、父親が日本人で母親がフランス人とのハーフだった男。まさに警視庁が、DNA解析から呼び起こしたプロファイルの条件に合致する男だったのだ。

その男が浮上したのは、2006年当時。すでにこの頃には、現場に残されたDNA捜査が進み、父親はアジア系に多く観られる、O3eスター型、母親は、地中海沿岸に多い アンダーソンH15型 の配列をもった人物だったという検査結果が出ていた。まさにこのフランス人ハーフは、その条件に合致していたのだという。

さらにこの男が浮上してきたのは、にいなちゃんが通うバレー教室に出入りしていて接点があったこと。「女子に対し行き過ぎたスキンシップしている」ということが当時から問題になっており、浮上してきたのだという。それも男は当時20代後半であり、背格好も犯人像と合致し現場近くに住んでいたのだというから、捜査本部が色めきたったのも当然だった。しかし事件から6年もして、ようやくその男までたどりついたということなのだろうか? これだけの不審者がいながら、何故ここまでの時間を要したのか? その時点で、雲行きが怪しくなる。

そして捜査本部は、この男を任意で事情聴取。しかしDNA鑑定の結果はシロであり、おそらく指紋も合致しなかったのだろう。それでも捜査本部も事件に直接関わっていなくても、何かしらの関わりがあるのではないかと様々な角度から検証。それでも事件とは無関係で、シロだという判定になったのだとか。それまでも幾人が有力な容疑者は浮上したものの、結果としてDNAや指紋が合致せずにシロと判断せざるえなかった。しかしそういった捜査をすすめる中で、誰もこれはという人物はいなくなってしまったというのが実情のようなのだ。

(しかしながら)

警察は、当初175センチぐらいという犯人の体格を、何故170センチと低く訂正したのか? ハッキリしないのであれば、170~175センチぐらいという幅を持たせもよかったのに、そこには何か明確な根拠があったとしか思えない。そう、犯人の目星はついているが 証拠がない とだけ警察は考えているのだろうか? しかしそれならば、何故DNAと指紋の照合が功を奏さないのか?

またこのフランス人ハーフ、後にフランスに出国し今は行方がわからないという。まぁ当然といえば当然で、そんな容疑をかけられてしまえば、例え事件に関わっていなくても日本にいられねぇじゃないかという気持ちもわからなくはない。

ちなみに2006年度当時の掲示板などを探ってみると、小さい子供が好きで飴をあげていたりとか、懐っこいだけでとんだトバッチリで可哀想だったなんて書き込みも見たことがある。警察の一方的な思い込みが強かった可能性も、無きにしもあらずか?


(日系ブラジル人説の続き)

さて前回の書き込みで私は、日系ブラジル人こそ、このDNA配列の子供が産まれやすい環境ではなかったのかと指摘。ブラジル国内の白人系の割合は、人口の50%を超えている。更に人口の15%は、イタリア系であることがわかった。日本もかつては大変貧しく、多くの日本人移民がブラジルへ渡った。しかしそれ以上に困窮していたのが、当時のイタリアだったという話を訊く。アドリア海沿岸でも最も広い面積で海に接しているのは、イタリアという国。そしてこの国こそが、深くブラジルとの関わりを持っている。

(モナザイトの採掘国)

犯人が残していたヒップバックの中には、日本には存在しない モナザイト という鉱物が含まれていたと言われている。それが採掘される国の一つに、ブラジルが含まれている。犯人がモナザイトに関わる仕事に携わっていたのか? それともかなり偶発的に紛れ込んだなのかは定かではない。それでもブラジルとモナザイトとは、日本よりは関係が深いのは間違いない。

(日本における日系ブラジル人の状況)

この資料 を読んでいると2000年当時、日系ブラジル人が日本における立場が悪化していたことが伺われる。特に日本にやってきた世代だけでなく、その息子・孫世代などは2000年当時、就学問題で社会問題化し始めたことは他の資料からも知ることができた。もし犯人が日系人だったと仮定すると、生活も厳しい状況に追い込まれるなど、犯罪に走る背景があったことは否定できない。

(ブラジルへ逃げ得も薄れつつある)

また日本が犯罪人引き渡し条約を結んでいるのは、アメリカと韓国だけであるという。特に死刑制度の残る日本とは、各国なかなか協定が結べない事情もあるのだとか。しかも日本で罪を犯した犯罪者(2007年の資料には92人)が、ブラジルに逃走したというのだ。昨今日本の法律で捌くことはできなくても、現地で裁かれるケースは増えており、昔のように逃げ得という状況ではなくなりつつあるのだという。そういった犯罪者を取り巻く環境も、2000年当時と今とではだいぶ変わってきているとのこと。

しかしながら2000年当時ブラジルに逃げればという感覚は、日本にいた犯罪をもくろも日系ブラジル人の中に共通認識としてあったのかもしれない。しかし私は、あくまでも犯人は日本育ち、もしくは長く日本で生活してきたものだと考えているので、犯人がもし日系ブラジル人だったとしても異国に渡る感覚であったに違いない。あるいはこの事件が解決しないとみるや、再び住み慣れた日本に戻って来た可能性もあるのではないかと。そういったことまで踏まえて、この事件をみている。しかしこれはあくまでも一つの可能性でしかなく、現在は事件とは直接関係ない点と点を拾っている段階でしかないのだが・・・。日系ブラジル人が、この事件に関わっていたという明確な証拠は、今のところ全く存在しない。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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