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彫りの深い男

世田谷一家殺害事件において、事件前に目撃された男からは、外国人に見えたという話は出てこない。だからこそ警視庁の見立てでは、犯人は現場近くに住む日本人だという犯人像で捜査を進めてきた。その一方で公安や大阪府警は、韓国人・中国人などのアジア系犯罪の線で捜査を進めてきたという違いが浮き彫りになっている。しかし私は、犯人は両者の中間に位置するような人物だったのではないかと考えている。

(成城学園前にいた男)

事件前日の12月29日に、成城学園前駅の近くで目撃された男の服装が、極めて犯人が残していった遺留品に似ていることで注目されている。更にその男は、事件直前の30日の夜にも現場近くでも目撃されている。すなわち29日に男を目撃した主婦は、宮沢さんの家の近くでも事件当日見たということなのだろう。またその目撃情報を裏付けるかのように、29日に不審者が目撃された成城学園前駅を、宮沢さん一家は渋谷の映画館に出かけるためにその頃利用していたという事実が明らかになった。

その目撃情報によると、現場に残されたラグランシャツ(12月にしては薄着だったので記憶に残ったのだという)を着た男は、短めの黒髪に太い眉、色黒で彫りの深い顔立ちだったのだという。通常日本人を始め、韓国人や中国人の顔というのは、彫りが浅く平たい顔をしているのが特徴だとされている。映画「テルマエ・ロマエ」でも、日本人を「平たい顔族」と評しているように、ヨーロッパ人から見れば平たい顔をしている。日本人以上に韓国人の顔立ちは、より平たい顔をしているものも少なくない。こうなると公安や大阪府警の見立てとする、中国人や韓国人などの線は弱くなることになる。

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上記は、警察が捜査に使用としていたと思われるモンタージュというか似顔絵写真を、日テレ系がニュース映像に使用していたものだ。恐らく右上の男こそ、成城学園前駅で目撃された男であり、その目撃情報を元に作成されたものではないかと推測する(あくまでも推測)。また現場で見つかったヒップバックの中からは、犯人のDNAと一致する短髪の毛髪が紛れたという。ここから判断するに、やはり実行犯と思しき人物は右上の男と見るのが妥当だろう。この絵を見る限りは、あまり彫りが深い日本人離れした顔立ちがどうかはよくわからない。むしろ左下の男の方が、ちょっと日本人離れした顔立ちに見えなくもない。

(現場近くで目撃された男達)

何度も書いてきたが、現場付近で目撃された男は主に2人

この20代中盤~30代前半ぐらいの若い男 (恐らく写真右上の男)

40代ぐらいの中年男
(写真左下の男?)

だとされている。もしこの2人のことを指しているのであれば、やはり2人はあまり似つかない顔立ちであり、同一人物だったという可能性は低い。実際に事件前には、2人の男が極めて近くで歩いていたところも目撃されている。

また「「NHKスペシャル」では、現場付近で 目のつり上がった男をみたという目撃情報を紹介したことがある。目の釣り上がった男というのは、どうみても右上の男でも左下の男の顔立ちでもなく、明らかに左上の男を指しているものと考えられる。事件発生時刻と思われる23時半ぐらいに、宮沢家裏手の公園に若い男がいたという目撃情報もあり、その時目撃された男の顔から作成したのかもしれない(あくまでも推測だ)。前々から書いてきたことだが、どうもこの事件の周辺には 2~3,4人 の男の陰がちらついていたことになる(ちなみに現場近くで目撃されていた不審車も3台あったとされている)。

(犯人像)

いつも言うようにこの事件は、日本人か日本に長く定住する外国籍の人間によって行われたのではないかと述べてきた。警視庁のDNAプロファイリングの結果、父親が日本人を含むアジア系、母親はアドリア海岸に住む欧州系の血が流れている人物だという。ただしこの血が混ざったのが、必ずしも親の代とは限らないとしている。

ここで考えられるのは、成城学園駅前で目撃された彫りの深い顔立ちの若い男こそ、宮沢家に侵入し事件を起こした実行犯だった可能性が高いということ。ちなみにアドリア海周辺の国となると、イタリア・スロバキア、モンテネグロ・アルバニア・ギリシャなどで、イタリアのブーツの形の右上の湾がアドリア海と呼ばれる地域になる。

(一つの仮説として)

これから書くことは、非常にデリケートな話であり、こうだと断定しているわけではないことを前提に読んで欲しい。ここでは、一つの可能性として書かせて頂く。ここで彫りの深い、それでいてあまり外国人にはみえない顔立ち。すなわち犯人が、ハーフなどの混血であった可能性はやはりあったのではないのだろうか。そして今回のヒントとなったのが、事件から10ヶ月後に捜査員を派遣した、東武東上線・日光駅の男の話である。事件発覚の 30日の午後17時過ぎに、東武日光駅に手から骨が見えるほどの大怪我を負った男を駅職員が手当したとの情報が寄せられた。しかし捜査員が聞き取りに訪れたのは、10ヶ月も後だったという話。当初私が思い描いていた犯人像や逃走地域が違っていたために、この情報にあまり興味を持っていなかった。しかし現場近くで目撃された、黒いセダンのナンバープレートも春日部ナンバー。けして春日部は北関東ではないが、東武線の沿線上の地域であり、日光までも繋がる道すがらでもある。

しかも日光を含む北関東というのは、日系ブラジル人などが日系人が多く住む地域。2000年当時、日系ブラジル人の2世・3世・4世などが、上手く日本社会に順応できず非行に走るものも少なくなく就学が社会問題化し始めた時期でもあった。とかく日本で外国人というと、在日韓国人や中国人、あるいは米国籍の人間に目が奪われがちだが、外国人犯罪者の国外逃亡件数第三位はブラジル国籍者だった(2005年発表)。そしてブラジルの人口比の実に50%以上が、ヨーロッパ系だという統計がある。すなわち日系人とヨーロッパ系が結びつきやすい土壌に加え、日本政府が労働者として日系ブラジル人受け入れるルートが確立されていた。日本にやってきて定住した日系ブラジル人(日本国籍を取得しているかは不明)、もしくはその子息というのならば、私の思い描く犯人像とも合致しなくはないということ。もちろん今回は無理やりこじつけたような話ではあるが、1つの可能性として検討してみる余地はあるのではないのだろうか? この話は長くなるので、今後もまた詳しく触れてゆきたい。

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外国人犯行説 と 土地目的犯罪 への疑問

さて「世田谷一家」の事件を調べてきて、この時代に頻発していた、アジア系外国人による犯罪によく似ているという話は何度かしてきた。その一方でこの事件に関わった実行犯グループに関しては、日本人及び日本に生活の拠点のあった外国人であった可能性が高いとも今まで書いてきた。

もし外国人犯罪だった場合

もし犯人が外国人だった場合、彼らは極めて近くに逃げ場があったか、もしくは公共交通機関を利用したと考えられる。現場は、小田急の成城学園前駅から徒歩三十分。京王線の千歳烏山駅からは20分以上かかるような場所。特に千歳烏山駅からの道のりは、なかなか土地勘がないと辿りつけない。すなわちバスかタクシーなどを使わないと厳しいだろうということ。事件前に怪しい男たちが、たびたび現場近くまでタクシーで赴いていたという話もある。しかしこの話の信憑性は、かなり疑わしい。そんな目立つ行動を、わざわざタクシーを使って繰り返すだろうか?

少なくても事件後の返り血を大量に浴びたような犯人が、公共機関やタクシーを使って逃走したとは考えづらい。逃走先が現場から近かったか、車など何かしらの乗り物を使用した可能性が高い。仮に電車などを利用してれば、2000年当時でも駅などの公共の場所には防犯カメラが各地に普及してた。犯人に似た格好の人物が同じ駅を頻繁に利用していれば、当時とはいえカメラに映っていた可能性が高かったはず。しかし警察からは、そのような情報は一切漏れてこない。犯人は、比較的近く住んでいた可能性がある(自転車で移動できる距離か)か、車などの乗り物を利用した可能性が高いということになる。警視庁が、甘やかされて育てられた近所の若者という犯人像を描いていたのも、公共機関に犯人らしき人物を見つけられなかった証ではないのだろうか。

また現場近くでは、黒いセダンを始めたびたび不審車両が目撃されている。もし犯人が一時的に犯罪のために日本に来た外国人だった場合、車を利用するだろうか? 免許の申請をすれば、それはそれで痕跡を我が国に残すことになる。それでいて無免許で乗っていれば、捕まった時にそれこそ指紋等を残し大変めんどくさいことになる(まして外国人がだ)。そうもし犯人が車やバイクといったものを利用したとなると、極めて日本に定住していた可能性が高い人物になる。少なくても犯人の一味には、そういう人物が絡んでいたのではないのだろうか。

日本人ならば、年末は警察が飲酒運転などの取り締まりが厳しくなることを知っている。そのため車に乗っていれば、警察に止められるリスクが極めて高くなる年末の深夜。たびたび事件現場で車で乗りつけるとしたら、それは犯人の所有車だったのではないのだろうか。

仮にもし盗難車だった場合、何かしらのトラブルを起こしナンバープレートが控えられたとしよう。それで番号が照合され盗難車だとバレてしまったら、事件前に捕まってしまう。レンタカーだった場合、免許書などを提示しなければならず個人情報を残すことになる。もし免許をも偽造していたとなれば、それは大掛かりな組織がバックについていたことになる。そういったことから考えると、現場近くでたびたび目撃されていた車は、犯人の所有車だった可能性は高い。もしくは、事件と全く関係がなかったのかもしれない。

いずれにしても黒いセダンが春日部ナンバーだったという情報が確かならば、持ち主は春日部ナンバー地域の住民だった可能性が高い。ここは土地勘のない人間が、頻繁に来るようなところではけしてない。少なくても犯人グループは、外国人だけの犯罪集団ではなく、日本人(日本定住者)がグループにいた犯罪だったとみている。この事件に関しては、主犯が当時多発していた外国人犯罪と似たような人物でも、実行犯のなかに日本人(日本に長く定住していた外国人)がいた、もしくは日本人(日本に長く在住していた外国人)だけのグループによる犯罪だった可能性が高いでのではないのだろうか。少なくても犯行目的に日本にやってきた、犯罪者グループだったという可能性は低いと私は考えている。

土地目的の犯罪の可能性は極めて低い

宮沢家の土地は、2000年3月の時点で都との間に土地の売買契約が結ばれたとされている。そしてその時点から、登記簿上の所有者は都に変わったのだという。他人の登記簿というのは、誰でも閲覧が自由にできるシステムになっている。そこで宮沢さん宅の登記簿を調べようとしたのだが、すでに 東京都世田谷区上祖師谷3丁目23-26 の土地は、該当なしの物件 となっており、今となっては確認することはできない(公の持ち物という位置づけだからだろう)。事件の真相が書いてあるとおっしゃっていた記者は、ここに何を見たというのだろうか?

よほど犯人が古い情報を元に犯罪を起こしたか、犯人の目的が少なくても土地ではなかったかのいずれかだということ。事件発生の9ヶ月も前に都に移転してしまったのだから、犯人の目的が土地絡みだったとは考えづらい。まして他にも、お祖母ちゃんや入江家との絡みもあったわけなのだし、事件の時点ではどうにかできる土地ではなかったのである。

少なくてもここから言えることは、当時多かった外国人グループによる犯罪だった可能性は低いということ。しかし実行犯に関しては、外国人を雇ったとかいう可能性は残されている。また土地絡みの犯罪だったという線は、かなり薄いのではないのだろうか。

浴槽にバラまかれていた書類

浴槽にばらまかれた書類は、一階階段下の棚から引っ張りだし、何故その一段の書類を二階に持ち込み浴槽に投げ込んでいる。その書類とは、みきおさんの仕事関係、領収書の類、泰子さんの塾関係などのものだった。中でも、泰子さんの塾関係のものが多かったともいう。しかしこの書類自体が、10年近く前のものだったのだとか。

家族は何故、そんなものを大事に保管していたのだろうか? 本当にハサミを入れたのは、犯人が行った行為なのか? 

ここで重要なのは、犯人が書類を選別していたということである。そのためここでは、本当に書類を選別するためにハサミを入れていたと仮定しよう。仮にその書類が重要かどうかわかる人物ならば、選別などする必要はなかったのではないか? それらしい書類をすべて持ち帰ればいいだけのことである。すなわちこの選別をした人物は、元来の目的をあまり理解できてない人間がやったということ。実行犯は頼まれてそれらしい書類を探したけれど、書類を探せと命じた人間は、家の中には入っていなかったということを意味しているのではないのだろうか

本当に犯人が、ハサミを使ったり手で切ったりして書類を選別したのか? という疑問。右手に包丁で大きな怪我をしたという男が、まともにハサミを使って選別などできたのだろうか? 仮にそれでもやったとなると、右手の怪我はたいしたことはなかった。もしくは、怪我をしたのは右ではなく左手だったのかもしれないということ。右利きの人間が逆さの手では右手用のハサミは使えないし、左手用のハサミだったとしてもうまく扱うことはできない。

それではこの書類にハサミが入っていたり、手で引きちぎられていたのは何だったのか? 私が思うに、発達障害があった礼君が引きちぎったものが入っていただけなのかもしれないということ。ただし書類としては大切なので、家族としては捨てるわけにはいかなかったものなのかもしれない。しかもハサミの入った紙の中には、スーパーの折り込みチラシのようなものまでも含まれていたという。

ここで百歩譲って、犯人にとって探していたものが書類であり、犯人が選別していたとする。その場合は、犯人が探していたものは、

みきおさんの仕事関係の書類

泰子さんの塾関係の書類

領収書などのお金の流れに関するもの

などが捨てられていたことからも、それに近いものを探していたことになる。もしこの中で1番可能性があるとすれば、領収書などをみて、何かしらのお金の流れを探っていた可能性ではないかと。そして犯人が探していたものが紙を選別していたとするならば、 同じ紙類 のものを探していたことになる。フロッピーでもマイクロチップのような情報を保存していたものでもなかったということではないのだろうか。

私は、単なる捜査を撹乱させるために行った偽装工作なのではないかと捉えている。そうでなければ、いろいろな部屋になあった書類の多くを、ここで選別していなければ、おかしかったのではないのか? ここに投げ込まれたものは、ある一段の棚に入っていたものであり、極めて限られたところにあった書類となる。本当にお風呂で、選別作業などしていたのだろうか? 

未確認の不審者

世田谷事件から2年が経とうかという時の新聞記事に、このようなもの があったのだという。元媒体がはっきりしないのは気になるが、警察がどうしても潰せぬ不審者が4人~11人いたというのだ。そのうちの主なものは

日光駅の男  

事件発覚当日の平成十二年十二月三十一日、東武日光駅着の東武電車に手にけがをした男が乗っていた。当初は「けがは指にばんそうこうを巻く程度」との情報だったが、捜査本部の追跡で実際には、右手に骨が見えるほど深い傷を負っていることが判明した。

多くの情報に翻弄され、この情報を確認に捜査員が出向いたのは事件から10ヶ月もあとだったと後に伝わっている。私も犯人が日本で育った 2世、3世 などの可能性も視野に入れており、この北関東には日系ブラジル人などが多くやってきている地域であることは否定できない。私が思い描く犯人の逃走経路とは全然違うが、裏付けをとりたかった情報の一つだったのは間違いない。ただしこの場合、事件翌日の早朝に逃走にしろ10時過ぎに逃走の場合でも、夕方の電車の時間までには相当な時間があり、その間傷の手当もろくにしていなかったのか?という疑問は残る。これだけの事件のあと、傷口を隠すこともせずにいたのかと。捜査員が、確認を後回しにした情報だったというのも理解できなくはない。

ビデオの男 

犯行発覚二日前の十二月二十九日午後零時半ごろ、現場から約八キロ離れたJR吉祥寺駅前のスーパーで、現場に残されていた凶器と同じ包丁「関孫六」を購入している若い男がスーパーの防犯ビデオに映っていた。

遺留品の殆どが、ある特定の地域で殆ど買い揃えられるものばかりで、直前に包丁を購入した可能性も否定はできない。しかし遺留品の多くは、一定期間犯人が使用した痕跡があり、この包丁だけが直前に用意したものかは微妙であることは否めない。

帽子の男

事件当日午後七時と同十時ごろ、宮沢さん宅の脇を流れる仙川沿いの遊歩道を、グレー地に黒いラインの入った遺留品の「クラッシャーハット」とよく似た帽子をかぶった中年の男が歩いているのを、付近の住民が目撃していた。

ここで気になるのは、事件直前の犯人らしき男の有力目撃はほかにない。 と記載されている。他にも多くの目撃情報があるはずなのだが、警察はその他の目撃情報は信ぴょう性を疑い重視していなかった、あるいはすでに疑いが晴れているということだったのか? それとも捜査2年後以降に、新たな目撃情報がいろいろ出てきていたのか?

しかし以前放送された番組の捜査員のメモを見た時に、飛び出してきた男、公園内に若い男・****** というメモ書きを確認している。公園内に若い男とメモにしているように、他にも確認できていない不審者は残っていたと考えられる。それが、この11人の一人なのだろうか?

走り去った男

いわゆる飛び出しマンの目撃情報であり、犯行後とみられる三十日午後十一時三十五分から四十分ごろ、宮沢さん宅に通じる真っ暗な路地から一人の男が通 りに飛び出してきた。二人の娘を乗せて車を運転中だった主婦は、驚いてライトをハイビームにしたが、男は驚く様子もなく、大通 りに向かって「飛ぶように」走り去ったという。

また男性の目撃情報が飛び出しマンには発覚当初からあったはずなのだが、この人物の目撃情報は後に伝わっていない。またこの男性がいうには、事件から一年後、空港で飛び出してきた男とそっくりな男と出会ったと警察に通報したが警察は取り合わなかったのだという。他にも事件直後には、目が笑っている男が現場付近を靴も履かずに歩いていたとかいう話も消えていった。この話に関しては、黒ムツさんが2回目に登場した時に、この目撃情報に関してレスをつけていたのが印象的だった。

(犯人像の相違)

警視庁の思い描く犯人像は、現場近くに住む甘やかされた若者像(日本人)というものを、未だに引きずっている印象をうける。しかし公安などは、外国人による犯罪など線で捜査している。

実は大阪府警も、現場に残された指紋と大阪で起きた事件との関わりから、現場と一致する指紋や犯人を割り出し、その情報を警視庁に提出したが、全くとりあわなかったという話も残っている。この情報の信憑性は微妙だが、何故同じ警察内部でも、ここまで情報が共有化されないものなのか? そこには、警視庁の思い描く犯人像と公安や大阪府警の考える犯人像とが、大きくかけ離れているからというのが根本にあったからではないのだろうか。

幾ら組織が違い、いがみ合っているような間柄でも、似た方向の捜査ならば参考にもなったろう。しかし全く相容れない犯人像及び具体名をあげてきているからこそ、警視庁はそれを捜査に活かすことができなかったのではないのだろうか? しかし私がこの事件を観てきた限りは、公安や大阪府警などが考える犯人像の方が、警視庁の描く犯人像よりも近い印象を受ける。よほどそうではないという何かを、警視庁は掴んでいたということなのだろうか?

何を得たのか?

私は今まで犯人の目的は、一家殺害 が第一にあったのではないかと述べてきました。しかしそのためには、あまりに凶器が不向きな点。そしてかなり偶発的な要素も味方して、こういう結果になった可能性が高いのではないかと思います。

その一方で、金銭目的、何かを探しているという類の犯罪であれば、定期的に家族全員で出かける習慣があったこの家の行動をみると、おかしなことになります。まして事件前日の29日には、家族揃って渋谷の映画館に出掛けていたことがわかっています。それを尾行したかのように、現場に残された遺留品に似た格好の男が成城学園前の駅前で目撃されているわけです。もし何かを探しているのであれば、このタイミングを見逃すはずがありません。物盗りのプロならば二階の浴室の窓からなど侵入せずに、家人がいない隙に一階の格子のネジなど30秒もあれば外せます。そして一階納戸の窓あたりを壊して入れば、容易に誰にも観られることなく入ることができたのではないのでしょうか。そこからは、物盗りのプロとは思えないリスクの大きな犯行です。あくまでも現場での痕跡は、物盗りに魅せるための偽装にしか思えません。その証に家中の引き出しこそ開けていますが、そうじゃないところには手をつけていない場所も少なくありません。浴槽にぶち込んだ書類も、実はある一段に入っていたものをぶちまけただけ。それに何か大きな意味があったのかには、疑問が残ります。

ですから結果的に侵入した際に子供に気がつかれてしまい殺害、更に他の家族に騒がれたので一家を殺害したのではないかという推理があるのもわからなくはありません。あくまでもあの包丁は、脅し程度のためだったのではないかと。しかし脅しのためならば、もう少し扱いやすいものを選ぶと思いますし、あのような特殊なハンカチの使い方で包丁を握る必要もありません。ましてハンカチに香水をかけるなどの行為なども返り血を想定したものであり、明らかに包丁を最初から使うことを前提に用いられたと私は考えます。

いずれにしても私は、主犯の目的は お金 だったと思っています。それも家にある現金なのではなく、口座に振り込まれたはずの土地移転費用 という多額のお金の方だったと。その金を引き出すためには、どうしても家族から暗証番号などを聞き出さないといけない情報があったので、家族のいる時間帯に侵入したのではないかと。あるいは、宮沢さんの持っている情報の修得、消去にはあらかじめ時間がかかることが想定され、家族全員を殺害した方が作業がしやすかったなどの物理的理由があったのかもしれません。それとも家族を全員がいなくなることで、権利的問題が絡んでいたのかもしれません。しかし情報を引き出すだけならば、1人でいるところを拉致したり脅した方がよっぽど楽なわけです。あえて家族が揃っている時に侵入したということは、やはり家族全員の殺害が前提にあったのではないのでしょうか。

(犯人のもう一つの目的)

以前もご紹介したことのある この記事 は、話半分程度に思っていました。この記事によれば、「本来の目的は宮澤さん宅にあったカネ(もしくが預金通帳)の回収だったが、犯行現場で家族に騒がれた犯人が任務遂行のために全員を殺した。パソコンを長時間操作していたのは、パソコンの中にお金の使途や関係会社に関する詳細なデータが残っており、そのデータを消去もしくは転送するためだったという。」 いま思えば、私の考える犯人像やその目的とほとんど合致しているのではないかと思える記事です。

また一橋文哉氏の著書にも、パソコンの操作履歴から、宮沢家の家計簿ソフトなどの金銭管理記録のデータが一部持ちだされていたり、祖師谷公園の整備計画や世田谷区の地価公示に関するHPを閲覧した形跡があるなどの記載がなされている。もし本当にそういった履歴を警察が把握しているとするならば、犯人の目的・犯人像などは警察は掴んでいたことになる。それならば事件から5年もたってから集会で、女性捜査官が、甘やかされた育った若者 に自首を勧めたり、家族への捜査協力を訴えかけたり したのは何だったのか?という疑問が残ってしまう。そのため私は、にわかにこの記述は信じがたいものだと思っていた。

しかし先日、面白い記事を見つけることができた。ここ には、「聞くと殺された吉沢さんという人がおれが二千年ごろにやっていたメーリングリストに入っていたというのだ。吉沢さんの パソコンの消去されたデータ からそういうものが見つかったという。」 。この話を読む限り、宮沢さんのパソコン内のデータは消去されたという話は耳にしていても、それを裏付ける話はなく、あくまでも週刊誌や一記者の憶測の域を脱していなかった。しかし捜査員の口から、パソコン内のデータの一部が消去されていたという話が出できたのは初めての事案ではないのだろうか。

データを消去したということは、犯人の目的を悟られたくない。あるいはそれ以上に、宮沢さんと犯人(主犯)の接点を消す必要があったということ。そう犯人の大きな目的に、宮沢さんと主犯 とを繋げる接点、事件の目的を示すものを消去するという役割が、この犯人にはあった可能性が高いということなのだろう。あるいは、宮沢さんの持っていた情報こそ、主犯の立場を危うくするようなものだったのかもしれない。

(改めて犯人の目的は)

一家全員の殺害

お金の入手法

お金の流れと犯人との接点の消去


このすべてか、このうちの幾つかだったと考えられそうだ。


(結局犯人は何を得たのか?)

もし主犯の目的が、宮沢家に振り込まれた移転費用 だった場合、犯人は口座の金を引き出すことなく終わっていることを考えると失敗だったといえるであろう。

しかし犯人にとって、宮沢家を全員を殺害する、あるいは何か みきおさんが特殊な情報、事情を知り得る立場であり、それを露見する恐れがあったとするならば、それを阻止した犯人側は目的を果たしたことになる。しかし元来の目的を果たしていなかったとしたら、犯行を実行した彼らに報酬がまともに払われたのかも微妙なところではないのだろうか。結局この事件において、何かを得たものはいたのだろうか? 

不審者情報を整理する

中間報告の途中ですが、今回は不審者情報を改めて整理することにします。どうしても複数犯だとか、依頼殺人ではないかというと、考え過ぎなのではないかと思われるかもしれない。そこで改めて目撃情報を整理して、その根拠を示したい。

事件の目撃情報には、次の3つに大きく分類される。

1、黒いセダン

2,犯行時刻だと思われる時間帯に現場近くから飛び出してきた男

3,事件前にたびたび目撃された男達


今回は、この3つの目撃情報の信ぴょう性について考えてみた。

1、黒いセダン

事件前から、たびたび現場近くに停まる 黒いセダン の目撃情報が相次いだ。この情報の信ぴょう性が高いのは、被害者である泰子さんが、事件前の12月25日の電話でみきおさんのお父さんに「家の前の道路に最近ずっと車がとまっている」というのを話していたことを、みきおさんの父が明らかにしているからだ。

また日中だけでなくこの車は、事件当日の21時にはアイドリング状態で路駐しているのが近所の人に目撃され、その人が23時に戻って来た時も、同様にアイドリング状態でまだそこに停まっていたと発言。その他の人の目撃情報も集めると、この黒いセダンは、だんだん宮沢家に近づく形で少しずつその位置を微妙に移動させており、最後の目撃情報のある23時15分には、事件現場裏にある ぽっぽ公園 の横のあたりで目撃されている。

これは何を意味するかというと、もし犯人が浴室の窓から逃走しようとした場合、そこから最短距離で車に乗り込める位置に車を留停めていた可能性があるということ。事件前からたびたび家族のみならず近所の人から目撃されていたこの車は、極めて事件との関連性が疑われても仕方ない動きをしていたことになる。ちなみに私が世田谷の事件と最も関連性が高いとふんでいる、豊明母子4人放火殺人 でも、火災を消火にきた消防関係者が、現場近くで不審な車とそこに乗る不審者を目撃したと言われている。またこの黒いセダンの車のナンバーは、春日部ナンバー だったという目撃情報もある。

2,犯行時刻だと思われる時間帯に現場近くから飛び出してきた男

しかしこの目撃情報には、一つ大きな疑問が生じる。もし飛び出しマンが出てきた時に黒いセダンが停まっていれば、犯人は飛び出さずに そのまま黒いセダンに飛び乗れば良かっただけではなかったのかと。また23時半過ぎの飛び出しマンの目撃情報の頃には、この黒いセダンが停まっていたという話は一切ない。

この祖師谷公園を横断する道路は、車二台がやっと通り抜けるほどの幅しかなく、もし車が停まっているとドライバーの記憶に残りやすいわけだ。しかし車で飛び出しマンをみた3人のドライバー情報からは、いずれも黒いセダンの話は出てこない。すなわち23時半~40分ぐらいの時間には、この黒いセダンは現場近くにはすでに停まっていなかったことになる。だからこそ飛び出しマンは、宮沢家の方角から勢いよく飛び出し、道路反対側の路肩の上に乗って、現場の家の方を見るという不可思議な行為に及んだのだろう。

ここから考えられるのは

1、23時半ぐらいには、黒いセダンは現場近くにはいなくなっていた。

2,実はどちらかの目撃情報が存在しなかった


などの可能性が考えられる。しかし飛び出しマンの目撃情報は、私が知る限り3件(一つは家族連れに目撃)存在しており、そのすべてが嘘の情報とは考え難い。また最も信ぴょう性が怪しく後にあまり伝わらなくなった、男性運転手の家の前から出てきた男が、公園に入っていったという目撃情報は、3つの目撃情報の中で一番最初に明らかになった情報で1月中には新聞で記事になっている。中でも興味深いのは、体格の割に小さめの上着を来ていたという証言があり、これは犯人がみきおさんの服を着て逃走した可能性が高く、それを裏付ける情報なのではないのか? それもそのことが明らかになる前に出た目撃情報だった可能性があり、私はけして信ぴょう性の低い情報ではないように思うのだが・・・。

それなら黒いセダンは、何処にいってしまったのか? 何故現場から離れたのか? ここが大いなる疑問になる。ここから考えられるのは、一家殺害を終えた連絡を受け目的を果たしたことを確認し、この黒いセダンの持ち主は現場を去った可能性。特に1時半過ぎのインターネット操作の痕跡を残せば、それまでに家路につけばアリバイが実証でき、この犯罪における主導的な人物が乗っていた可能性も考えられる(もしそのようなアリバイをしたならば、この人物は宮沢さんとの接点がある人物になるかもしれない)。

もう一つは、あえて実行犯が出入りを目撃されたり、あるいは隣人に事件が発覚てしまって捕まりそうになったりすることを想定して、少し離れたところに車を停めた可能性である。というのは事件のあった23時20分頃には、この小さな道路挟んで向かい側のスケボー広場のあたりに、少年が複数たむろしていたことがバイト帰りの学生に目撃されている。宮沢家に何かあれば、声でも聞こえそうな距離にだ。そんな若者がたむろしているすぐそばに車を停めていたら、すぐに事件との関連性が疑われてしまう。そこで急遽予定を変更して、車を近くに移動させたのではないかということ。そして車からではなく公園から窓の出入りを見られないように見張ることに変更したのかもしれない。ちょうど23時半頃には、公園に若い男がいたのが目撃されている。まさに実行犯が、現場を退出した可能性が高い時間帯にだ。

それでは黒いセダンは何処にいったのか? 元々は祖師谷公園の北のバス通側に向いて停まっていたことを考えると、常識的に考えると公園北側出口を車は出たと考えられる(ただし宮沢さんの家の前の道でバックして切り返せば南側出口への逃走もありえなくはない)。しかしこのバス通りを右に折れれば1キロぐらいで環八に出ることを考えると、土地勘がない犯人ならば公園を右手に折れて曲がったのではないかと。しかしこのバス通りは狭い道の割に交通量が非常に多いので、簡単に路駐できるような道路ではない。

実はわたしは、事件前の夏頃(恐らく1999年夏か2000年の夏頃の間に)、マイカーで駒沢大学の野球部のグランドにはじめて試合を観に来たことがあった。この時が初めてだったので車を何処に停めてよいかわからず、現在のまちづくりセンターのところに当時有料駐車場があり、そこに停めたと記憶している。以後も駒大グランドに車で何度か来たことがあるのだが、その時は合宿所の駐車場に停めても良いとのことで、それ以降はそうさせて頂いた。私の記憶が確かならば、現場から右折して最も近い駐車場(あるいは停められそうなスペース)はそこら辺だったのではないのか? 簡易な駐車場だったことと時代からして防犯カメラなどはなかったのではないかと思う(確信はない)。もちろんわざわざ証拠に残りやすい有料駐車場に停めるのかという問題もあり現実的ではないのかもしれないが、その辺に停めた可能性も無きにしもあらずかと。恐らく何時~何時まで停めていた車があったという情報ぐらいしか残らなかっただろうし、捜査関係者がそこまで当時捜査したのかまではわからない。あくまでも、可能性としてあげさせて頂く。実は実行犯は一度家路に戻ったのではなく、この黒いセダンの中で傷の手当をしたとか服を着替えたりした可能性もあったのでは? そして再び、現場の家に侵入したのかもしれない。

3,事件前にたびたび目撃された男達

この事件に関係ありそうな目撃情報は、事件数日前~事件のあった夜中に集中している。その目撃情報がどの程度信憑性が高いのか? 単なるマスコミの報道によるものなのか私は注視してみていた。そんななか元成城署の署長のインタビューでは、事件前日の29日に成城学園前駅で、遺留品そっくりな格好をした男が目撃されていた。またその男が目撃された時間帯に宮沢さん一家は、この駅を利用して映画鑑賞に出掛けたことを明らかにした。この目撃情報を、警察が重視している理由もわかってきた。

そして以前番組で、元捜査員のインタビューの際に、捜査員の持っていた資料に書かれている文字が一瞬映され、そこに何が書いてあるか画面を静止させて確認したことがある。そこには、興味深いことが書かれていた。

内側から外側に徐々に広がってゆく二人・・・、殆どの目撃情報は、20代後半~30代前半の若い大柄の男か、40代の中年男性 の2人が別々に目撃されていたものだった。しかし一つだけ、この2人の男が現場近くで、極めて近くにいる目撃情報が存在することを、この番組の前から知っていた。その情報をこれは、裏付ける目撃情報ではないかと思っている。

その目撃情報とは、事件直前の22時半ぐらいに 宮沢宅前の道を歩くスーツの男とその後方を歩く若い大柄な男 の目撃情報が存在する。恐らくこの捜査員のメモは、その時の詳細が書かれていた時のものだったのではないのか? あるいは、これとは別に2人の男が近くにいた目撃情報があったというのか? この目撃情報が確かならば、事件直前に極めて怪しい2人連れが、現場近くで目撃されていたということ。そして事件前からたびたび目撃されていた2人の男が、やはり接点があった可能性が高くなる。少なくても警察も、これらの目撃情報を有力な情報と位置づけていたことは間違いない。

さて最近、疑問に思ったことがあった。事件当日に、みきおさんとスケボー少年の1人が一触即発の状況で揉めていた目撃情報があった。しかしその前日にも、2人組の男が公園管理事務所の警備員と揉めていたのを、みきおさんは家の前から見ていたというのだ。この二人組みの男こそ、事件と関連する2人ではないかと私は以前からみていた。

しかし調べてみると、28日で公園管理事務所は年末年始休みに入っていたという記事を見つけた。それでは、この29日に揉めていた警備員って誰なのか?という疑問が出来てきたのだ。そこでその疑問を応えるかのように知り合いが、祖師谷公園は特定の警備会社と契約しており、建物内に潜入しようとしたり何か問題が起きると駆けつけるようになっていたのではないかというのである。どのような経緯で警備員が駆けつけたのかはわからないが、29日でもここの警備員が駆けつけた可能性は充分ありえたということ。当然警察は、そのことは捜査したはずだと思われる。ひょっとすると年末で管理事務所が休みになっていたので、家の前に路駐する車に対し、警備会社に注意するように みきおさんが掛けあったのかもしれない。1人は制服(これが学生なのか会社なのかを指すのかはわからない)を、もう一人は作業着を来ていたとの目撃情報が残っている。もし彼らがその2人組だった場合、もろに警備員に顔を観られていたことになる。しかしこのことは一切警察から明らかになっていないことをみると、事件とは直接関係がなかったことを意味するのだろうか? 

いずれにしても事件前、極めて怪しい2人組や黒いセダンが、様々な時間帯に現場近くで複数の人から目撃されていたことは間違いない。私がこの事件を複数犯だと指摘するのは、こういった情報を総合的に考えた上のこと。そんななか決定的だったのは、現場隣の公園に残された浴室窓の網戸の存在。この網戸が90センチ離れた公園フェンスを飛び越え、更にそのフェンスに立てかけて残されていた。このことこそ侵入の際に、複数の男が事件に関わっていたことを決定づける証拠だと私は考えている。ちなみにこの付近からは、現場に残されたスラセンジャー以外の足あとも見つかっているという。

ここまでの中間報告 2

この1年半、世田谷一家殺害事件 を様々な角度から検証してきた中間報告の第二弾。完全に個人的な主観ですが、犯人像とその背景に迫りたいと考えます。

犯人の人数 少人数グループの犯行 2名~4名程度

この事件は、1人のイカれた人間の行った犯行。あるいは、何かしらの強い恨み・思い込みによって行われた犯罪。最初私は、そういった方向からこの事件を見ていました。しかしこの1年半様々な情報や痕跡を調べていると、これは個人的犯罪なのではなく、また大規模な組織でもない、一部の少人数グループによる犯行ではないかと考えるようになりました。

現場の宮沢家に入った人間は1名。そして公園側に1名、玄関側に1名は別に配置していた可能性があります。あるいは、裏の出入りの時だけ公園側にまわり周囲の状況を確認していただけで、実際は現場でたびたび目撃されていた黒いセダンにもう一人がいただけかもしれません。事件前たびたび目撃されていた男は、主に20代後半の若い男(恐らく実行犯)、そしてもう一人40代の中年男の、この2人は事件に絡んでいたと私はみています。多ければ更に彼らのサポート役に、他に1、2名の人間がいた可能性もあるかもしれません。この事件と最も良く似た事件に、豊明母子4人放火殺人をあげましたが、この事件も複数犯による犯行だったのではないかと推測されています。

主犯の男 20代半ば~30代前半

実行犯は、何かしらの精神疾患を抱えていたと考えられ、キレると見境がつかない人間だったのかもしれません。しかし主犯に関しては、かなりの知能犯だった可能性を感じます。しかし基本的に、この犯人グループと宮沢さんとの接点はなかったものと考えています。ですから幾ら宮沢家との接点を調べても、犯人グループと宮沢さんの社会的な繋がりは出てこない。あるとすれば事件前に現場付近で、怪しい男がたびたび目撃されたというぐらいの接点でしかないのではないのでしょうか。

犯人グループとは

この事件の主犯から、宮沢家の経済状況、家族構成、下手すると不動産ブローカーあたりを経由して、宮沢家の建物の構造・見取り図まで犯人グループに渡っていた可能性があります。事件の主犯が誰なのかわかりませんが、宮沢家に都から巨額な移転費用が振り込まれたなど、かなりの資産があることを耳にしたものによる犯行だと考えます。1990年代~2000年代にかけては、非常にこの手の犯罪が横行した時期でもあり、私はその中の一つがこの事件ではなかったかと考えています。それぞれの事件の実行犯は違うかもしれませんが、大元はあまり変わらない人物が絡んでいた可能性も感じます。

犯人は日本人なのか?

ハッキリとした根拠はありませんが、実行犯にはかなりの日本語読解能力があったのではないか言われています。更に確かな情報かはわかりませんが、飛び出しマンは轢かれた時に運転手に「大丈夫」と応えたなんて話もあります。また事件前の目撃情報からも、見た目は日本人に見える日本人を含むアジア系の人物だったのではないのでしょうか。少なくても実行犯は、日本人であれ外国籍であれ日本で育った人間だと考えます。しかしながら日本人及び日本人社会に、強い恨みを抱いていた可能性が。語弊を承知で言えば、日系の2世・3世、在日の外国人、片親は日本人も外国人とのハーフなど、何か日本人社会に属しながら抑圧されて育った複雑な家庭環境や社会的背景があった人物かもしれない。あるいは日本人でも何かしらの障害を抱え、社会に上手く順応できなかった、それによって社会に恨みを抱えていた人物だったのかもしれません。何か屈折したものが、この実行犯からは見え隠れするような気がするのです。宮沢さん一家というよりも、日本人や幸福そうに見えるに人間に対する鬱憤が、犯行の残忍さにつながったのではないかと。

(犯人の目的は何だったのか?)

この事件そのものは、依頼殺人 だと捉えています。最初に礼君を殺害したように、依頼の最大の目的は 一家全員の殺害 にあったと考えるのが自然ではないのでしょうか。しかし実行犯にとっては主たる目的がお金ではなかったとしても、少額の現金が目の前に転がっていれば欲しかったというのはあったのかもしれません。犯人が現場に長く留まったのは、家族から暗証番号や口座の振り込まれた銀行がどこかなどの情報を引き出せないまま殺害してしまった。そこで事件後、やっきになってその情報を探そうとしたのではないかと(これが依頼された目的の一つ)。

また主犯の目的は、一家殺害という形を取りながらも、実は怨恨というよりも金銭目的だったと私は見ています。宮沢家に移転費用という大量の額が12月に振り込まれた。そのお金は年が明けてしまうと、次の土地・家の購入資金に使われてしまい無くなる可能性があった。そのため現金が使われる前に、そのお金を手に入れる必要があった。家族全員を殺害したのは、その現金を手に入れるためにはその方が都合が良かったということなのではないかと。それは、現金を手に入れる手段として都合が良かったのか、生き残りの家族がいなくなると権利として都合よくなるかまではわかりませんが。

(その後の犯人は?)

私の勝手な推測ですが、犯行グループは事件後すぐに海外へと一時的に身を隠したものと考えられます。しかしほとぼとりが冷めても自分たちに捜査が及ばないことを知って、再び日本の地に戻ってきていたのではないかと。親戚なりルーツが海外などにもあり、言語的、あるいは文化的敷居が、一般の日本人よりも海外に行っても低かった可能性があります。しかしやっぱり育ち慣れた日本の方が、いろいろな意味で過ごしやすかったなどの背景が実行犯にはあったのかもしれません。あるいはこの事件以後は、普段は海外にいて必要なときにだけ日本に時々戻ってきている、そんな可能性もあるかもしれません。しかし私が想定していているような犯罪であるならば、決定的な証拠を完全に残してしまった実行犯が今も生かされているかは微妙だと思っています。もし生きているとすれば、似たような犯罪を海外で繰り返している可能性が高いのではないのでしょうか。

(犯人はプロ?)

この事件の時点では、人殺しに関しては素人でしょう。こういったことに興味を持っていたマニアか、キレると見境のなくなる危ない奴といった類で周りから認識されていたのかもしれません。本当なら留学生あたりが、小遣い稼ぎ程度の気分で実行したような犯罪に感じられます。ただし日本語読解能力などの観点で考えると、日本で育った人間ではなかったかと。その辺が、この時代に多かった他のアジア系犯罪とは趣が違うかもしれません。更に日本国内での犯罪・逮捕歴がなかった人物だったのでしょう。しかしお金のために簡単に人を殺せてしまうような人間、そういった意味では日本社会で置かれていた状況は犯罪を起こしていた外国人とそれほど変わらなかった連中ではなかったのでしょうか。

(この事件の構図) < >は、存在したかは微妙

<依頼者> →  主犯 依頼者か主犯のいずれかが、宮沢さんと接点

            ↓ 依頼 OR 命令

       実行犯グループ (2~4名程度)
        
  20代実行犯40代グループリーダー・<サポート役A><サポート役B> ・・・

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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