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各局の温度差

さて前々回にご紹介したように、もしこの事件が 事件当日に起きたスケボー少年によるトラブルだったと考えると、明らかに気になる話があります。それは事件前日に、現場に残されたラグランシャツやヒップバックをつけた男が目撃されているからです。

年末のフジテレビの報道によると、事件前日の29日15時頃、成城学園駅前に向かう道すがら、親子連れがこの男とすれ違ったと目撃情報があります。この男が事件との関わりを指摘されているのは、単に現場に残された格好と似ているだけでなく、この男とよく似た男が、事件のあった30日の夜にも現場近くでも目撃されているからです。

更に年末明らかになった情報では、この29日の15時というのは、宮沢さん一家が家族で渋谷の映画館に向かうため、成城学園の駅を利用していた時間と合致するということがわかりました。すなわち、宮沢さん一家のあとを追って駅までついてきたのか? あるいは、あらかじめ駅を使うことを知っていて、駅前で待ち伏せしていたのか? 恐らく考えられるのは、前者のあとをつけてきたと考える方が妥当でしょう。もちろん、偶然だったという可能性もあります。

元々成城学園前での目撃情報は、29日の15時ぐらいに、成城橋のところで、このラグランシャツの男が佇んでいた という情報でした。この情報とは別に、親子がすれ違ったのを目撃していたのか? はたまた同じ目撃者の証言なのかは定かではありません。

もしこの男が犯人だとすれば、スケボー少年とのトラブルが、本当に事件のキッカケになっていたのかには疑問が残ります。以前から、宮沢一家をつけ狙っていた可能性があり、かなり計画的な犯行だった可能性があります。またスケボー少年が、この男と同一人物だったのかどうかも怪しいところです。そう前回も書いたように、16~18歳ぐらいだと言われているスケボー少年に比べ、この成城橋の男は、25~30代前半ぐらいだったと言われているからです。

(何処までいって委員会の視聴)

先日、大阪のよみうりテレビ(関東では放送はなかった)で、この世田谷一家殺害事件について触れられるコーナーがありました。パネリストの一人には、桶川ストーカー殺害事件などを暴露し、現在日本テレビの解説員をやられている 清水 潔 氏 なども出演し注目されました。その動画が、UPされたので感想でも。世田谷事件は、39分ぐらいから



さて番組を見ての印象は、特に目新しい情報はなかったということ。少し事件のことを知っている人が、各々自分の言いたいことを言っている印象であり、これなら世田谷一家に詳しい素人を集めてきても、もっとマシな番組作れるだろというお粗末のものだった。もう少し当時現場を詳しく取材した清水氏の話を訊きたかったが、この事件好きの経済評論家が自説繰り広げるなど、素人まるだしの番組作りにゲンナリ。元警視庁の小川氏も、持っている情報は我々外部者と同じようなもので、独自に何か内部情報を持っている感じもしなく、ASKAさんのところでも書かれたいたとおり、単なるバラエティ番組だったという感想は私も同様だった。もっと清水氏から、独自の話が聞きたかっただけに残念でならない。番組全体を通しては、外国人犯罪の可能性が高いという話で、終始話は進んでゆきます。

この1年世田谷事件を追ってみて、各局によって情報や温度差が激しいことがわかってきたので、個人的な印象を述べてみたい。

NHK ☆☆☆

これまで何度となく、この事件の特集を組んできた最も熱心な局。特に最近は「未解決事件」の中で、電話やSNSを使って情報提供を呼びかけるなど、独自の方法で事件に近づこうとしている。また今まで言われてきた情報を、事件記者を大量投入して再検証に入っているという。独自に持っている情報自体はたいしたことはないが、この事件に現在最も真摯に向き合っている局だといえる。今後への期待感という意味では、やはりこの局が一番ではないのだろうか。

日本テレビ  

最も世田谷の事件に対し、現在距離を置いている局。この事件の特集は、この1年間で無し。今回の「ここまで言って委員会」も、系列のよみうりテレビの製作であり、日本テレビものではない。まさに事件記者の大御所・清水潔 というスーパーエースがいるものの、別の事件に力を注いでおり、この事件の扱いには弱い。ただし年末のニュース報道の時に、捜査員が現場で使っていたものと思われる、聞き込み用のモンタージュ写真 を入手しているなど、持っている情報は独自のものを持っている可能性がある。それだけに本腰を入れて取材してくれた時には、清水氏の存在と共に期待を持たせるものがある。

TBS ☆☆

先日も「0からの70年」の中で、足跡に注目し特集を組むなど、事件への関心は低くない。また生前の 泰子さんやにいなちゃんを収めた映像を持っているなど、独自性もある。しかし持っている内部資料が弱く古いままで、詳細さや信憑性というもので、首を傾げたくものも少なくない。悪く言えば、古い情報を使いまわしているだけという、感じしかしてこない。

テレビ朝日 ☆☆☆☆

昨年末に放送された「FBI捜査官・サファリック」の番組で魅せた、詳細な3D映像や事件メモなどを見ている限り、持っている資料は全局でも随一と言えるのではないのだろうか。番組では触れられなかったが、TBSが番組ではなかったと報じていた屋根裏の床にも、多くの足跡をCG化している。漏れ聞こえる細部の情報と照らしあわせても、そのCGの精度の高さは驚嘆に値する。

ただ残念なのは、サファリック氏も事件記者の真剣味も高かったものの、製作サイドが色気を出してしまいバラエティ色を出す失態をしでかしてしまったこと。これにより番組に協力した入江杏さんの心象を損ね、番組に対し異議申し立てをされてしまうという汚点を残した。これにより民間の中でも、最もこの事件に力を注いでいた局の報道が、完全に停止してしまっていることは非常に残念でならない。早期の問題解決を望んでいる。

フジテレビ ☆☆☆☆

染料の謎に迫ったり、新たな目撃情報を見つけて来るなど、新たらしいものを見出そうという意気込みは、全局の中でもNO.1。それゆえに情報の取捨に、危うさも感じさせるところもある。しかし殆どの局が、現場の状況と目撃者情報の取材に終始するなか、その枠を越えて検証しようという姿勢は、今後に期待を持たせてくれる。

(結論)

テレビ朝日の現状を考えると、フジテレビの検証力と、NHKの情報収集から、新たなものが出てくることを期待せざる得ない状況だということ。NHKに関しては、今後もこの事件の特集を組んでゆくだろうから、事件の風化は避けられそうだ。

テレビ朝日の現場復帰と、清水氏のいる日本テレビが、この事件に本気で向き合って来れることを期待したい。この事件の遺族を報道記者に抱えるTBSには、もう少し頑張って頂きたい。

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俗説の行方2

一橋文哉氏の「世田谷一家殺人事件」については、実行犯の李の話や、主犯の金田のおちゃんの話など、その正否が正しいどうかは検証のしようがない。また話の内容が飛躍し過ぎていて、私自身そういった部分ではあまりこの本を信用していない。

しかしこの本で参考にすべきは、今まで明らかになっていなかった事件の細かい状況や、俗説についてのその後に触られていることである。事件後15年が経っても、そういった俗説がどうなったのか?という検証はそれまでなされていなかった。そういった意味では、この本は極めて資料価値の高いものとなっている。そんな俗説の続きがどうだったのか、今回もご紹介してみたい。

(捜査員が色めき立った瞬間)

一橋氏の記事によると、いよいよ犯人逮捕だと捜査員が色めき立った瞬間が二度ほどあったという。一つは、以前書いた事件から一年後に、同居人が12月31日に手を怪我して帰ってきたとの女性からの通報。その男が、事件のことを自供しはじめたが、実は別の事件の自供だったという話。

そしてもう一つが、挙動不審の中東系男性の外国人の話。男は、身長180センチ・28.5センチのスラセンジャーを履いていたという。現場近くに土地勘があり、職務質問にも、しどろもどろでアリバイも曖昧だったという。妻が韓国人であり、現場に残した遺留品を入手できる可能性もあったのだという。しかし指紋が一致せず、犯行とは無関係だと判明したのだとか。正直、この話は私自身知らない話であった。

(年下のストーカー)

また都内マンションに住んでいた当時20代後半の男が、学習塾関係で泰子さんと知り合い、一方的に恋愛感情を抱いたのだという。男は泰子さんにラブレター送ったり、電話をかけてきたりしたが、泰子さんが無視すると行為はエスカレートしていったという。そして脅迫めいたものに変わってきたので、友人に相談していたのだという。しかし警察もその男を監視し内偵捜査を続けたが、右手に怪我がないことから、捜査線から外れたのだという(指紋やDNAは確認したのか?)。

また泰子さんの携帯電話の履歴を調べたところ、使い捨て携帯電話からの電話が10数件あったそうだが、この男のものとは違っていたという。事件前から泰子さんは「最近、変ないたずら電話があって、困っているの」と母親らに漏らしていたという、しかしその電話の主は、未だに解明されていない。

(謎の足跡)

またこの本によると、浴室窓の下のフェンスの公園側には足跡が残っていたという。しかしその足跡は、事件現場の家の中に残っていた、スラセンジャーとは別の足跡であり、共犯者が別にいたことを意味しているのではないかという。これは、私が以前犯人が浴室の窓から侵入した時に、一人で網戸を外したならば宮沢さんの敷地内側に網戸を置くはずだと述べた。しかし網戸が置いてあったのは、浴室の窓から90センチ向うのフェンスを越えた公園側に、立て掛けるように置かれていたのである。これは、侵入し網戸を外すときに、誰かしら網戸を受け取った人物が別にいたからではないかと述べた。この足跡は、その共犯者の足跡だとは考えられないだろうか。

こういった情報一つにしても、15年間よそでは触れられて来なかった話。以前も触れた俗説の続きも含めて考えると、非常に興味深い。すべてがその通り正しい情報だかはわからないが、他にそれと比較する情報すらないことを考えると、参考に値すると考えるしかないだろう。こういった本は、すべてが正しい情報とは最初から思っていない。しかし参考にできる部分は、積極的に活用したい。またよそから、同様の情報が出てきた時に、比較検討するためにも。

事件当日の目撃情報

この事件を知れば知る程、複数犯の存在や憶測が次から次へと生まれて推理が絞れなくなる。そんななか今回は、少しシンプルに事件を考えてみたい。

ここで最近興味深い記事を見つけたので、ご紹介しておこう。まず、こちら を参照して頂きたい。その中で気になる部分を抜粋させていただくと

3人の若者の話から、一つの太い線の推理が浮上してきた。他の情報と重ね合わせると、『犯人は日本人で、なおかつ18歳未満の青年』という犯人像に導かれた。同時に、『さほど土地勘がないだろう』という一つのキーポイントが生まれた。


この証言をしたスケボー少年達は、事件当日に怪しい人物を見かけていたということだろうか。そして普段はあまり見かけない少年が、この日は滑りに来ていたのかもしれないと想像できる。

ちなみに2005年8月1日 - 読売新聞によると、特別捜査本部が犯人像を「事件当時、京王線沿線に住んでいた若者(当時15歳以上)」に絞り込んだことを明らかにしたという記事が掲載されたり、2006年8月2日の産経新聞および夕刊フジによると、特別捜査本部は「スケートボードをしている人物」に捜査の焦点を当てていることが明らかになった。ちょうどこの記事が書かれた2005~6年ぐらいは、警察がスケボー少年を疑い、調べていた時期だと思われる。警察もこの頃に、似たような情報をスケボー少年たちから仕入れていれたのかもしれない。

警察関係者のお偉方が立って檄を飛ばしていた場所。そここそ、宮沢さんと犯人との接点があった場所なのだ。つまり、一家4人が殺された犯行へとつづく原点なのだ。

この2006年の12月10日のセレモニーが行われた時の写真を見ると、宮沢家から通りを挟んだ向かい側にある、藤棚あたりで催しが行われた可能性が、この画像 からも伺い知ることができる。このスケートボーダー達が滑るこの辺で、みきおさんとスケーターとのトラブルが起こっていた可能性が考えられる。

これに付随した話が、年末のフジテレビでも語れていた。スケーター達が にいなちゃん をあわや引きそうになるという事案が発生し、みきおさんがその男に謝るよう迫ったという話。近所の人の目撃によると、かなり一触即発の雰囲気だったという。その話と、この目撃情報はリンクしているのだろうか? 

殺害された当日、宮沢みきおさん(44)の姿があるビデオに写っている。生前の最後の姿だろう。いまは警察が保管する。提供者は、ここ六年間にわたり、マスコミには映像の存在を一言もしゃべっていない。「はっきり映っていましたよ。いまでも覚えています。報道写真でよく見る顔です。警察も、宮沢さんだと認めていました」と、最近になって教えてくれた。

恐らくこの話を聞く限り、公園集会所か何かには、防犯カメラがあったのかもしれない。その固定した映像の中に、みきおさんがハッキリ映っていたのではないのだろうか。そして何故そこにみきおさんの姿があったかと言えば、にいなちゃんなど子どもたちを連れて公園に遊びに来ていたから。下手すると、その少年たちや近所の人が揉めていたのを目撃した場所と、極めて近い場所の映像に、宮沢さんがハッキリ映っていたということなのではないのだろうか?

あるいは、テニスなり隣のグランドでスポーツを楽しんでいたのを撮影していた。その中に、みきおさんの姿が収まっていたのかもしれない。しかしそこには、揉めていた男の姿までは映ってはいなかったのかもしれない。それだからこそ最後は、憶測的にこのような書き方をしたのではないのだろうか? ちなみに事件当日の30日に見慣れない男がみきおさんともめていたという目撃情報は、このことを指していたのではないかと思われる。

ビデオに写った時間。それらから推し進めていくと『犯人は16歳から18才』で、刹那的な殺人で、計画性が少ない、という推論に結びついていくのだ。

ただこの記事、よ~く読むと気になる部分がある。恐らく話を聞き出せたのは、あくまでも事件当日に、スケボー少年とみきおさんがもめていたという事実関係だけなのではないかということ。それも子どもたちを連れ出して遊んでいたということは、事件当日の明るい時間の話だろうということ。すなわちこの少年たちが、この揉めていた男が被害者宅に入っていったとか具体的なことを目撃した、事件についての話を本人から訊いたとかいう具体的な事実はあったのだろうか? そしてこの揉めた少年は、事件以後姿をくらましたかという関連性まで掴めた上での記事なのだろうか?

(最近知ったこと)

事件があった12月30日(土)に、夕方家族で買い物に出かけていることは、この事件に詳しい方ならご存知だろう。実は、同日の12時ぐらいにも、宮沢家の人間は 千歳烏山駅近くのケーキ屋で買い物をした形跡がある。そのこと自体は知られていたことなのだが、そのケーキを買いに行ったのは、みきおさんだったということを最近知ることができた。

ここからは全くの推測の話です。宮沢さん一家は、30日に家族で年末の大掃除をしていたといいます。このことは、お姉さんの入江杏さんの本にも書いてあります。その合間を縫って、子どもたちへのご褒美も兼ねてケーキ屋さんに足を運んだのかもしれません。そしてその時に礼君を連れていったかはわかりませんが、みきおさんは にいなちゃん と共にケーキ屋さんに出かけたのではないのか? その帰りに公園事務所やスケボー広場の横を通って自宅に戻ろうとしていたのではないかということ。グーグルマップの航空写真をみると、千歳烏山に向かう道路、スケボー広場・宮沢家の位置がよくわかります。その帰り際に、スケボー少年とのトラブルに巻き込まれたのかもしれないと、勝手に推測するわけです。

また事件前から、スケボーを滑るのは、17時までと決められていたと言います。しかしそれを守らないスケーターがいて、みきおさんと揉めていたとか。事件前に、スケーターが使うハーフパイプみたいな台を勝手に撤去してしまい、みきおさんと揉めていた男がいるとの話しも残っています。もしそうだとすると、実はこの偶発的なトラブル以前から、みきおさんとある特定のスケーターの間には、軋轢が生まれていた可能性も。そこで恨みを募らせていった末の、犯行だったのかもしれません。

そんなスケーター達が、事件発生時刻近くの23時20分ぐらいに、この広場でたむろっていた目撃情報があるのも、この説と合わせると気になる材料。少なくてもスケーター達の一部は、この実行犯の行動を知っており、一部この事件を手伝った可能性すらあるのかもしれません。いずれにしてもこの記事の著者は、16~18歳のフリーターのスケーター に、疑いの目が向けられていることがわかりました。

(話は全然変わります)

世田谷一家の事件では、このような目撃情報があります。

事件当日の午後11時35~40分頃、被害者宅へと通じる路地から25~35歳ぐらいの男が出て来て、隣のぽっぽ公園に入ってゆくのをを目撃した人がいた。

恐らくこれは、飛び出しマンの目撃情報には以前3つあると書いたことがあります。そのうちの一つの、男性が男を目撃した話だと考えられます。この目撃情報は、事件から一ヶ月ぐらいしか立たないうちに新聞記事になりました。しかしその後、今まで触れられることがない目撃情報となっています。

この目撃者は事件発生から約一年後、成田空港を訪れた際、偶然にも、あの事件の夜に見かけた不審者とよく似た男と擦れ違ったという。この件を捜査本部にも連絡したが、真面目に取り合ってもらえなかった。

この話やその後の男性の目撃情報があまり後に伝わらなくなっているのは、この目撃情報者の情報を警察が信用していないからかもしれません。その理由はよくわかりませんが、この目撃情報は完全に無視される形になったということでしょう。

飛び出しマンの目撃情報に関しては、それほど大きな違いはなく、みなが同じ人物を見た可能性があります。しかし先程のスケーターの少年は、16~18歳ぐらいだったいうことになると、飛び出しマンの25~30代前半という目撃情報とは異なり、別人物だった可能性も考えられます。恐らく複数の人から目撃されていることを考えると、このスケーターが揉めていたという事実も、事件発覚時間直後の飛び出しマンも、事実だった可能性が高い。 そうすると、どちらかの情報が、事件とは無関係であるように私には思えます。

みきおさんの副業

前回は、宮沢家が何かしらの理由で、ヤミ金からお金を借り入れ、その回収が事件の要因だったかもしれないという仮説を述べました。しかしみきおさんには、他にも事件のキッカケになったのではないかと思われるものがあります。その可能性として今回は、みきおさんの副業 に焦点をあてて考えてみます。

生前みきおさんは、知人に「紙一重の仕事をしている」という、謎の言葉を残していたといいます。この紙一重の仕事とは、どのような意味なのか? 法律的にギリギリのところで仕事をしているという意味なのか、あるいは1つ間違えると生命が危険にさらされるという意味なのか?コンサル業界では、普段の仕事以外に副業をやっているのは当たり前のように容認されている世界らしい。外資系の企業らしく本職で結果さえ残しさえすれば、後のことは問わないという風土が強い業界だと言うことだろうか?

さて、みきおさんの副業とは何だったのか?残念ながら、それはあくまでも噂話レベル、憶測レベルの情報しか入って来ない。またその業務内容自体が、1つだったのか複数あったのかすらわからない。そこで幾つかの記事に、過去上がったものを紹介したい。先日リンクしたヤミ金業者の話が載っていたページには、

(当時の闇経済に詳しい人物は証言)

「宮澤さんも会社とは別に自分でも何かやっていたと聞いたことがある。ちょっと危ない筋や個人投資家との金銭トラブルに巻き込まれた可能性も考えられる」

ここではハッキリわからないが、何やらヤバイ系の仕事を副業でしていた可能性を匂わせる。

(週刊新潮1月2・9新年特大号)

宮澤さんはコンサルテイング業務に従事していましたが、その中には、海外からの労働力を国内の企業にはめ込む斡旋的なものも含まれていた。彼ら外国からの出稼ぎ労働者、あるいは留学生グループには、宮澤さんが東大出身で、都内に一戸建てを持ち、お金も持っている、という情報があり、それで狙われたのではないか、と推測できるのです」(府警幹部)

海外からの労働力を国内の企業にはめ込む斡旋的な仕事だと、ここでは具体的な仕事内容が出てきます。そこで彼らに宮沢さんの個人情報が洩れ、今回の犯罪に繋がっていったのではないかという説。

そして以前私が過去の掲示板見ていて気になった書き込みを紹介したことがあったが

667 :665:2006/06/26(月) 22:03:47

見つけてきました。
これを書き込んだバイオマス9と言う奴は大麻関係団体の幹部です。
過去、他の書き込みには反応するのですがこの書き込みについて質問しましたが一切無回答でした。
奴の周囲に何らかの情報を持った者がいるのかもしれないと気になって居りました。


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世田谷一家殺人事件
2001/ 5/31 10:47
メッセージ: 270 / 817

投稿者: baiomass9 (25歳/男性/東京)
これは寝ながら、夢の中で書いてる寝言・・(-.-)グーグー・・

なぜ、あんな事件が起こったかと言うと、旦那が人身売買に絡んでたから・・
相当、あくどい事裏でやってたんだ〈多分ってことにしておく)
確かな事は金持ちどもの趣味は理解できないって事。

だから、あそこまで一家まとめて残虐に殺されたのは、
他の変態な人道に外れた同じような事やってる鬼畜な奴らに対しての見せしめの意味があったってこと。

相当、奥が深く計画的な事件で犯人は絶対捕まらないよ。
そして、この事件の真実は表には絶対出てこない。


この書き込みは、被害者の名誉に関わる書き込みでもあり掲載を以前も悩みました。しかし事件から半年あまりで、この事件が解決しないことを第三者が完全に断言しているところには、一定の信憑性を感じます。この baiomass9 と名乗る人物の周辺に、犯人がいたということでしょうか? 警察が実際にこの書き込みについて調べたかはわかりませんが、この人物、よそでも頻繁に書いており、警察がその気になれば本人までは辿りつけるであろうことは少し調べてみてわかりました。どうもこれらの情報を整理すると、みきおさんの紙一重の仕事は、この 外国人労働者の斡旋 の仕事だったのではないかと1つ推測できます。

ただし仮にそうだとしても、この仕事でみきおさんが多額の損失を出すというイメージがどうしてもわきません。何かしらの理由で 狙われる、あるいは 恨まれる というのならば、この事件との繋がりは出てくるかもしれませんが。少なくてもそこに ヤミ金とこの説との繋がりは見えてきません。

その他にも、コンサルティングを隠れ蓑に、半島系の諜報活動に従事していたのではないかとか、そういった俗説もこの事件ではまことしやかに囁かれていますが、その正否は定かではありません。そんな中で、私が気になっている副業があります。それは、

1984年 映像関係プロダクション を友人と共に設立しています(みきおさん28歳)。まだ みきおさんが独身でコンサル会社に就職する前の話です。問題は、この会社はその後どうなってしまったのでしょうか? それがそのまま引き継がれて、 祖師谷パークスタジオ に繋がってゆくのでしょうか? 

やはりパークスタジオの名前からすると、映像系の会社である可能性が高く関連性がありそうです。これをあえて家のところに看板・あるいは地図に登録、自前でHPまで作成していたところをみると、みきおさんの副業の1つ(元来一番やりたかった仕事であっただろう)であった可能性が高いわけです。

そこで気になるのは、この1984年に会社を設立した時に、もう一人いた人物との関係ですね。その後何か金銭的な問題が二人の間で発生していなかったのか? あるいは、その後みきおさんの自宅で仕事をするという形を取っていたとしたら、権利関係などで個人的な恨みは買っていなかったのかという不安はよぎります。

何故このようなことを書くかというと、やはり現場の車庫に残されていたり、ラグランシャツやヒップバッグから検出された染料の類が気になります。また以前も触れたようにヒップバックも含めて、どうしても犯人からはみきおさんと同年代の匂いがして来るわけです。特にヒップバックは、この手の人達の仕事道具にはよく登場するからです。

そう犯人は、演劇関係や映像関係に携わるような人物との印象が拭えません。当然この会社を一緒に設立した友人のところにも、警察の捜査は及んだと思うのです。あるいは、学生時代に一緒に演劇をした劇団蝸牛のメンバーとかにも。また川本喜八郎先生や、その周りのスタッフ。また事件直前まで喜八郎先生の紹介で依頼された、模型飛行機の仕事に関わる人たちまでも。

事件後、祖師谷パークスタジオのトップページ以後が削除されていて見られなくなったなんて話を訊くと、なおさらこのパークスタジオと事件との関わりが存在するのではないかと勘ぐってしまいます。

闇金説

当初私は、この事件をイカれた人間の単独犯という見方で考えてきた。しかしここまで見てきてこの事件は、複数犯による犯行の可能性が高まっている。それでは複数犯だった場合、何か共通する目的があって行われた可能性が高い。その目的とは、

1、宮沢家の財産目当ての犯行

2、宮沢家が誰かを破滅しうるだけの情報を持っていた

3、何か大きな恨みをかっていた


その中でも最も有力なのが、やはり 1、の財産目当てによる犯行 になる。そこで信憑性ともかく、ある有名な話が残っているので、そちらを まず参照して頂きたい。

さてこの話が本当ならば、宮沢家は街のヤミ金などに手を出し、多額の借金を抱えていた可能性がある。しかしみきおさんが、そこまで多額の借金を抱えていたとは考え難い。というのは、結婚後は外資系のコンサル会社に勤め、二度の転職をするも、それほど大きなブランクもなく次の会社へと転職しているからだ。唯一可能性があるとすれば、この事件のあった家を手に入れるときに1億5000万ほどの資金がかかった時か。これも入江家や、泰子さんのお母さん、そして宮沢家とどういう配分で出しあったのかはわからないが、折半していたはず。しかしそのお金を工面するために、闇金などの高利貸しからお金を借りてしまってその支払に追われていたということはなかったのだろうか?あるいは、副業によって多額の借金を背負っていた、第三者に大量に財産を騙し取られるなどしたなど、表には出せない問題があったのかもしれない? しかしいずれにしても警察は、その辺の事情は充分に調べたはずかと。

また みきおさんが亡くなる前に勤めていたのが、外資系コンサルティング会社・インター○ランド社。それもそこでリーダー的な存在でプロジェクトを任されていた人物であり、当時の年収は1000万は軽く越えていたことが考えられ、さらに転職の話も進んでおり相当な給料をもらっていた人物。普通に考えれば、ローンを組めば返済能力は充分あるはずなのだ。本人だって計画的にローンは組もうと考えただろうし、貸した方だって殺害などすることなく着実に返済させた方が得策だったのではないのだろうか?

ただし宮沢家が、お金の工面で苦労していたことを匂わせる証言は出てきている。それはみきおさんのお父さんに、2000万の借り入れをお願いしていたこと。そしてそのお金は、年明けに振り込まれる予定だったという。また複数の金融機関に、融資を受けるため みきおさんが回っていたという情報もある。これは単純に考えれば、新しい代替地への引っ越しにより新たなお金が必要になったと考えるのが自然であるように思える。実際入江杏さんのお話だと、都から年末に振り込まれるお金は、引っ越し先にかかる費用などで殆ど残らなかったのではないかと語っている。恐らく姉妹の間で、そういった話を聞かされていたのだろう。

2000年3月に都との土地売却の話が成立し、2001年3月には都が用意した代替地への引っ越しも予定されていたという。しかし事件発覚時点では、まだ代替地の売買契約は結ばれておらず、事実上2001年3月への引っ越しは難しかったのではないのだろうか?しかし泰子さんが杏さんに話した話だと「年明けから、引っ越し先に挨拶まわりに訪れる予定だった」という。すなわち都からの振り込みを待っていたか、もしくは家を購入する資金が何かしらの理由で不足していたことを意味するのではないのだろうか?

当初私は、この宮沢家の土地そのものに興味を持った人間の犯罪を想定していた。しかしそれならば同様の話が、杏さんやお婆ちゃんのところにもなければおかしいわけで、そこから犯人へ結びつくことは容易だったはず。またこの土地に関しては、利ざやを稼ごうと多くの不動産業者が交渉に訪れていたと言われているが、みきおさんはそれには一切応じなかったという。

そして事件当初から、この土地を巡って暴力団系の不動産ブローカーが熱心に売却交渉を持ちかけていたとか、麻薬常習者の暴力団員が交渉でみきおさんと揉めていたという話が取り沙汰されていた。しかしそこから犯人に辿りつけなかったのは、犯人の狙いが宮沢家の土地・財産ではなく、宮沢家がしていた借金の回収という話であれば、辻褄が合ってくる。しかしながら闇金に借り入れをしていたかは、表だって証拠が出てこない限り判別は難しい。

(ではどんな話が想定されるのか?)

あくまで今回も、仮定の話で進めてゆくのでご了承願いたい。みきおさんは、現在の家を購入する際に、ヤミ金からの借り入れもしてしまっていた、あるいは別の何かしらの理由で借り入れしてしまったのかもしれない。しかし東大卒の高収入のみきおさんが、そのような危ない橋を渡るのだろうか?という疑問は残る。しかし伝え訊くところによると、みきおさんは暴走族やスケーターの騒音に単身注意に行くような、ある意味怖いもの知らずの人だったのだという。その辺の感覚は、一般の人とはちょっと違っていたのかもしれない。

そこで貸付側が返済可能か調べたところ、都から土地代がすでに振り込まれていたことが判明。それを知った貸付け側は、ある特定の人間を使い、本人から借金を年内中に回収して来いと葉っぱをかけていたのではないのだろうか?何故年内中だったかというと、そのお金は次の土地や家の購入資金に使われる可能性が高く、回収できるチャンスはこの僅かな期間しかなかったと考えたからではないのだろうか。

回収を依頼された男たちは、何度かみきおさんに接触し交渉するも、それに応ずる気配がなかったのでは?下手すれば、踏み倒す素振りすら魅せていたのかもしれない。みきおさんも催促が厳しさを増す中で、家の購入資金に手を付けるわけには行かない。それでいて借金の返済も差し迫ったことから、父親に恥を忍んで借金の申し入れをした可能性もある。また男たちが、宮沢さんの父のことを調べて、持ちビルなどを所有していなかったかなど調べていたのは、借金をするときに連帯保証人に父親が含まれていたとか、回収が本当に可能かどうか父親の財産にまで及んで調査していたのかもしれない。しかしそういったことが表に出ることはないし、これは推測の域でしかない。

(何故実力行使に出たのか?)

すでに貸付側は、宮沢家に都からの土地売却資金が存在することを掴んでいた。そのためどうしても、お金があるうちに回収したかった。そして人を使って、何がなんでも年内中に回収して来いと司令(依頼)を下した。しかし話し合いは、不調に終わった可能性が。そこで取り立て側も、ノルマを達成するために強引な手段に出たのではないのだろうか?

しかしこれが取り立ての場合、礼君を最初に殺害した意味がわからない。あくまでも脅しの意味で家に侵入したとしても、結果として騒がれた、抵抗した結果だというのならばわかる。しかし犯人は、明らかに家に侵入した時点で、家族全員の殺害を前提に侵入した可能性が高い。もう犯人側は、家族を殺害しない限り、債権の回収は不可能だと判断したのだろうか?それとも一連の回収の仕方に問題があるとして、逆にみきおさんから訴えると脅されたなんてことがあったのかもしれない。

(本当の話なのか?)

ここで本当なのかわからないのだが、一橋文哉氏の「世田谷一家殺人事件」には驚きの記述が書かれている。パソコンの操作履歴から(ネット以外の捜査履歴が何故わかったのか?)、みきおさんが細かくつけていた宮沢家の家計簿ソフトなどの金銭管理データの一部が持ちだされていたことが判明していたというのだ。他にも犯人は、ネットで祖師谷公園の整備計画のページや世田谷区の地価公示に関するページも閲覧していたという。もしこれが本当ならば犯人の動機は明白であり、警察はここまで犯人の絞り込みに苦慮することはなかったのではないのか? にわかにこの話は信じ難い。実際にそのような動きが現場であったとしても、警察がそれを突き止められたのかにも大いに疑問が残る。

しかし実際のところは、最初に紹介したページの話とは違い、宮沢家の土地売却資金は最後まで守られたと言われている。少なくても犯人側は、口座からは現金を回収できなかったと言われている(本当に回収していたら犯人の狙いもバレバレだしね)。だからこそ事件発覚後の31日の午後に、みきおさんの実家の隣に、「お隣の宮沢さん(お父さん)は、ビルなどお持ちですかね?」という連絡をしてきたのかもしれない。しかし事件が大きく扱われたことで、犯人側は宮沢さんの父親にまで手を伸ばすことができなくなったとも考えられなくはない。ちなみにみきおさんがこの家を購入したのは、10年前の1990年。支払いの期限が、10年で設定されていれば、2000年末までだったという可能性はないのだろうか?

(辻褄は合って来るが)

もしこの事件に、このような背景があったするならば、何故返済能力が充分ある みきおさんを殺害しなければならないのか?ここで、元闇金業者さんが開設している興味深いHPがあるのでご紹介しておく。そこにも書かれているように、債権回収には債権者のヤル気を促し、返済させることが得策であることが書かれている。それでもなお、強行に及んだのかは大いなる謎になる。少なくても犯人達の目的は、お金の回収。そして闇金との繋がりを示すものの消去にあったのではないのだろうか。

ここで考えられるのは、あくまでも事件を起こした連中は回収を依頼された下請けだったという可能性。そして彼らに課せられたノルマは、年末までに宮沢家にあるはずのお金を回収して来いという指令(依頼)だったのではないのか? それをどうしても果たすために彼らはいろいろ試みたが上手くゆかず、追い込まれた末にノルマ(依頼)を果たすため最終手段に走ったのかもしれないという一つの仮説を立ててみた。もちろんこれには、私自身も大いに疑問が残る部分もあり、一つの可能性として書かせてもらった。

ただし2000年当時全国の闇金を牛耳っていたのは、静岡 に本拠を置くある暴力団だったという・・・ しかしここまでわかりやすい構図だと、何故警察は犯人まで辿り着かなかったのか? あるいは捜査する中で彼らの存在は浮上してきたのではないか?という疑問は最後まで残る。事件は、そんな単純な図式だったのだろうか?

モンタージュ

世田谷一家事件の捜査で、現場の聞きこみに犯人の似顔絵やモンタージュらしきものが使われていた話は以前もしました。それを実際見た人の話だと、男性2名・女性2名 だったと訊いている。この年末報道でおとなしかった日本テレビが、世田谷事件のニュースを流す時に、聞きこみに使ったと思われる犯人の似顔絵を映像として流していた。日テレが唯一、年末に魅せた新たなスクープ。それは、今まで訊いていた似顔絵とは違うものだった。

nigaoe1.jpg

さてこの3人全員が、本当に事件に関与していた怪しい人物だったかどうかはわからない。しかし世田谷一家の事件では、どうも最低でも2名以上怪しい人物がたびたび事件前に現場で目撃されていたという。小さくてよくわからない場合は、写真をクリックして良くみて欲しい。

その3人とは、現場に残されていたラグランシャツやヒップバックをつけていた20代中盤~30代前半ぐらいの男。そして40代中盤ぐらいの中年男。そして同じく20代に見える男がもう一人ぐらいいたと言われている。そして事件前に現場では、3台の怪しい車が見られたという。その三台ともが事件に関与していたのかは微妙だが、どうも最低でも3人程度が事件に関わっていたのではないかと推測される。ここからは全くの私の想像だが、この似顔絵の三人はすべて現場でたびたび目撃された人物としてここでは考えてみる。そしてそれぞれの役割等、伝え訊いている情報から推測してみたい。

写真右上の短髪の男 R(仮名)としてみよう。

恐らくこの男が、実際に宮沢家に侵入し事件を起こした実行犯ではないのだろうか。現場で犯人が残したヒップバックの中から、短髪の犯人の毛髪が検出されたという。ラグランシャツやヒップバックの男、現場で目撃された20代~30代ぐらいの条件と合致するのは、この似顔絵の中で、この男だと私は考える。

写真左下の男 A(仮名)とここではしてみよう。

恐らくこの人物が、Rと共に現場でたびたび目撃されていた中年男性だと思われる。事件当時、宮沢家裏手のポッポ公園のベンチに座り、実行犯と頻繁に連絡をとりあって細かい指示を出していた主犯的役割を担っていた可能性が高い。ただなんとなく飛び出しマンの似顔絵は、RよりもこのAの方に似ているようにも感じられる。

左上の男 ここでは D(仮名)としておこう

もしこの男が現場近くで目撃されていた人物の一人だとすれば、それは家族を事件前から見張ったりと、当日は黒いセダンを運転していて、宮沢家の玄関側の出入りをチェックしていたものと考えられる。現場では、20代の若い男がもう一人目撃されていたという話もあり、それがこのDなのではないか。彼は、二人のサポート役的な存在だったではなかったのだろうか。ただし以前NHKだかで、目の吊り上がった男を目撃したという情報がクローズアップされた。この中で、目の吊り上がった男とは、このDの似顔絵しかない。

12/04(月)
私道に黒(紺色)セダン

12/19(火)
私道に黒(紺色)セダン

12/23(土)
みきおさんの両親を招いてクリスマスを祝う

12/24(日)
泰子さんの姉の夫、英国より帰国

12/25(月) 
「家の前の道路に最近ずっと車がとまっている」とみきおさんの父に泰子さんが電話で話す

12/26(火)
私道に黒(紺色)セダン
宮沢家近くで、丸刈りの男が目撃(R)

12/27(水)
17時03分、2chに「黒ムツさん」の投稿。
宮沢さん宅前の私道から家の様子を覗いていた不審な中年男性(A)

12/28(木)
タクシー三人組の一人が現場付近で目撃

12/29(金)
13時ぐらい 公園警備員と二人組の男がもめているのが目撃される
15時ぐらい 成城学園前駅でトレーナーを着た若い男が目撃(R)
        宮沢一家、渋谷の映画館にゆくため成城学園駅を使用
時刻不明  吉祥寺で事件に使用された包丁と同型のものを30代の男性が購入
22時ぐらい 宮沢家宅から男女の言い争いの声

12/30(土)
一家4人で家の大掃除を行っていた(入江さんの著書によれば)

12時00分前後、私道に黒(紺色)セダン

12時頃 宮沢さん(泰子さんか?)成城学園駅前の洋菓子店で買い物

16時30分頃、宮沢さん一家、玄関にしめ飾りをつけた後、成城学園前駅近くの商店街に自家用車で外出

17時00分過ぎ、私道に黒(紺色)セダン
宮沢家前の道路で不審な男(R)を配送の職員が目撃

18時16分 泰子さん、千歳烏山駅近くの写真店で現像写真を受け取る

18時38分 泰子さん、隣の薬局で四千円分の買い物。のち帰宅

18時50分頃 お婆ちゃんと泰子さん内線
        にいなちゃん割り下を入江家に届ける

19時頃    宮沢さん一家家族で鳥鍋で夕食
        仙川沿いの歩道で中年男性目撃(A)

20時頃  現場付近にタクシーで乗り付けた男の存在

20時20分 私道に黒(紺色)セダン

20時30分 隣人が宮沢家のインターフォンが鳴ったとの証言(しかし入江家では否定)

20時半~21時 師谷の第七分団消防団による見回り(異常なし)

21時頃 現場付近で3人組がタクシーに乗車(時間が曖昧)

21時    公道に黒(紺色)セダン
21時10分 公道に黒(紺色)セダン
21時30分 公道に黒(紺色)セダン

21時48分まで にいなちゃんパソコンでテレビ視聴

22時00分 私道に黒(紺色)セダン
       中年男性仙川沿いの歩道で目撃(A)
       坊主頭の気持ちの悪い男が道を歩いていた(R)

22時15分 みきおさんインターネットに接続

22時30分頃、金髪の白いジャージ男、犬を睨む

175cmの黒ジャンパー、黒っぽい帽子を被り、運動靴を履いていた若い大柄な男が宮沢さん宅前で目撃される(R)

身長170 センチ、年齢40歳ほどの男(A)で黒っぽいスーツ姿でビジネスバッグを 持って歩いていた。その男から10メートルくらいの間隔で 大柄な若い男(R)が歩いていたという。若い男は身長175センチ、頭には 黒ぽっいニット帽子、色あせたジーンズ、黒ぽっいジャンパーを着て、 スニーカーをはいていた。

22時38分 みきおさんのパソコンからパスワード付きメール送信

22時50分頃まで、みきおさんが趣味のアニメーションビデオを鑑賞。

23時    公道に黒(紺色)セダン
23時15分 公道に黒(紺色)セダン
23時20分 スケボー広場に若者達がたむろっているのが目撃される

23時30分前後、事件発生

175cm、四十歳前後の眼鏡をかけたスーツ姿の男(A)が公園近くで目撃
入江家長男 ベニアを剥がすような音を訊く
近所住人  ドスンという大きな音を訊く
車を運転する男性が、宮沢家前の道路から男が出てきてぽっぽ公園に入ってゆくのを目撃

23時35分頃 現場方向から飛び出してきた男が、車を横切りぶつかりそうになる(飛び出しマン)
        
時間不明 靴を履かずに靴下で出歩き、目が笑っていた男を近所のオバチャン目撃

12/31(日)

0時00分前後 丸刈りの男(R)・タクシーで乗車

01時18分 犯人、インターネットに接続

01時30分頃 自転車乗った男が公園北を走るバス通りに飛び出し宮沢家方向を何度も振り返り走り去る

03時頃    倒れたバイクの前で立ちすくむ男(公園南側)
        
        公園南側の仙川にかかる橋で何か投げ込まれるのが目撃

03時30分 近所の人が電気は消えていたとの証言

04時00分 朝日新聞の女性新聞配達員が郵便受けに新聞を届ける(電気は消えていた)

時間不明  散歩をしていた人が電気は消えていたと証言
        宮沢宅方向から飛び出してき男と接触 運転手に「大丈夫」と言って去る

朝方  網戸はまだ落ちていなかったとの目撃情報も

現場近くの空き地で、朝方車に荷物を積む男が目撃される

10時05分 インターネットに接続(マウス落下の可能性)

配送の車バックして家の前の道路に入ってきて 荷物を届けに来る

10時56分、家族が警察に通報

11時過ぎ 新幹線に首元に血が着いたシャツの男が自由席乗車

17時26分 東武日光駅で 手から骨が見えるほど負傷した男を駅員が手当

あくまでも目撃情報の男の色分けは、私の推定

黒いセダンは、事件があった12月ぐらいから度々目撃されていたという。特に事件のあった12月30日には、長時間に渡り目撃情報がある。それを不審に思った近所の人がいたのだろうか? 事件発生時間に近い21時~23時15分までの間に、複数の目撃情報が明らかになっている。車はアイドリング状態のまま2時間以上停まっていたこと。これは恐らく、中に長時間人がいたことを意味しているのだろう。そして目撃場所が、少しずつ違っていること。それもだんだん宮沢家に近づき、最後は裏のぽっぽ公園の入り口近くに、23時15分に最後の目撃情報がある。その後、車が停まっていたかの情報はわかっていない。この車が、事件に関与していた可能性は極めて高いと、私はふんでいる。ちなみにこの車のナンバーは、春日部ナンバーだったと言われており、恐らくメーカーは、トヨタかマツダ車だったのではないかという目撃情報が残っている。

少なくてもこの事件は、かなり入念に事前準備がなされていた計画的な犯行だった可能性が高い。けして衝動的に、感情の赴くままに個人が暴走したような類の事件ではなかったといういうことではないのだろうか。

(祖師谷公園を訪れた時の話)

ここで昨年の3月だかに、祖師谷公園を訪れた時の話を少々。私は私用があり、その目的地に向かう前に成城学園前の駅~祖師谷公園を訪れたことは、ここでも取り上げました。そして用が済んだあと、再び祖師谷公園を通って成城学園前の駅まで歩いたわけです。

行きによった時は、公園の中央を南北に走る通りを通って現場付近にゆきました。そして帰りは、仙川沿いの小さな道を通り、宮沢家を眺めるようにしながら、歩いてみたわけです。ぽっぽ公園の横を歩いていると、若い奥さんが、「この道をずっとゆくと橋の方に出れますかね」みたいなことを聞かれました。あんた、この公園いつも使ってじゃねぇのかよと思いながらも、私は訪れるに際し地図ではこの公園の構造をおおまか把握していたので、安易に「行けると思いますよ」と応えてしまったわけです(初めてなのに)。実際に歩いてみると、この小道は公園の途中で終わっており、仙川を横断する橋の手前で行き止まりになっていることを知りました(もちろん道から外れて公園の中には入れます)。そうこの道は、本当にこの近所に住んでいた人以外、使う道ではなかったわけです。

この道でも不審な男が当日見られたといいます。同じ仙川でも宮沢家・入江家の対岸にある道を、一般の人が用あって使うことはあるでしょう。しかしこの裏手の小さな道に用がある人は、事件当時もう殆どいなかったはずです。ここを通ったというのは、明確に宮沢家周辺に、何かしらの狙いがあった人物の可能性が高いわけです。しかし実際のところ、入江家の建物が邪魔して、あまり宮沢家の様子は近くでは伺えないですけれどね。少なくても犯人は、事件前いろいろ周辺をうろつくことによって、家族が家のどの辺にいるのか、電気などの消灯を把握しょうとしたのではないかと考えられます。そして、侵入の機会を伺っていたのではないのでしょうか。

影響されやすい男

現場に残されていたラグランシャツは、木村 拓哉が「ビューティフル・ライフ」で着ていたもので、当時若者から人気があったシャツだったという。また犯人が使ったと言われる香水「DRAKKAR NOIR」なるものも、当時人気だったスケードボーダー・ショーン・ホワイトが愛用していたものだとされ、犯人が彼らに影響されてそれらのものを使用していた可能性がある。もしそうだとすると、犯人は自分を誰かに投影して、なりきることを好む人物だったことが伺われる。すなわち、何かと影響されやすい人間だったのではないか。

先日の更新では、犯人が私と同世代ならば、「ホラー映画ブーム」を体感した世代だったのかもしれないと書いた。そのことが、犯人の  という数字のこだわりや、血や残酷なものに興味を持つキッカケになったのかもしれない。

(犯人への影響)

この世田谷の事件との関連性が最も噂されるのが、1998年10月~12月にかけて放送された、木村拓哉・中山美穂主演のドラマ「眠れぬ森」というドラマである。市議会議員一家を、クリスマスの日に殺害するというドラマで、犯人が手を怪我するところまで、ソックリだと言われている。ちなみに「ビューティフル・ライフ」は、2000年の1月~3月にかけて放送されたものだった。

しかしそれ以上に、犯人が強く影響を受けたのではないかと言われている作品がある。西荻窪WENZスタジオで上映された、劇団・風琴工房の「カスパーの彷徨」である。詳細がわかりそうものを、リンクしておいたので そちら を参考に。

社会への復讐を目論む犯人が、世田谷で何の面識もない家族4人をナイフで殺害するという話。そして現場に、血文字で「カスパー」と書き残す。その一部始終を被害者家族である長女が目撃するというストーリーらしい。この劇は、2000年11月29日~12月6日までの講演と、事件の一ヶ月前に行われていた。この劇の最初は、オウム事件などがあった1995年で、その後も事件後の2009年だかに再度講演されたという、評判の劇らしい。この内容と世田谷の事件が似ているという話は、早くから囁かれていた。果たして みきおさん と 風琴工房 をつなぐ接点は何か別にもあるのだろうか?

(犯人の指紋)

これまで俗説ではあるが、犯人の指紋と一致したものが出てきたという話は主に3つある。その1つが、一橋文哉氏が書く説で、この劇を講演した、西荻窪WENZスタジオから実行犯とされる現場に残っていた指紋と一致したと述べている(警察は公式に認めていない)。

その他にも、それぞれが推す説によって発見場所が違うのだが、大阪府警が大阪の犯人の知人宅アパートから一致した指紋を採取したという話や、品川のホテルから犯人の指紋を見つけたという話があるが、いずれも警察からの正式な回答は未だになされていない。

(いずれにしても)

この実行犯は、何かに影響を受けやすい思考の持ち主だった可能性は捨てきれない。実は、現場に残された包丁の名前は、「関孫 銀寿」という名前で、2000年6月 の製造のものだったのだという。ひょっとすると、地蔵の裏に掘られた  という文字からも、犯人は  という数字に、並々ならぬこだわりがあったのかもしれない。特に犯人の遺留物の中でも、死 というものに深い関わりを持つものから、六 の字は出てきているのは、偶然の一致なのか?ひょっとする 黒ムツさんのムツも、魚という意味以外に6をちなんで好んで使用した可能性も。

また「カスパーの彷徨」に影響されているとするならば、犯人は現場に  六  いう文字を何処かに書き残していた可能性も考えられる。 だからこそ警察は、それと関係が深そうな地蔵の持ち主を躍起になって探しているのかもしれない。

(事件前の前兆)

礼君が通っていた保育園では、事件前に真っ赤な文字(血を模したような)でメッセージが書かれていたという。その他宮沢家には直接関係なくても、祖師谷公園周辺では、そういった類の脅迫めいたものがあり、警察もイベントがある時は私服警官などを派遣し、警戒していたという。

さてここからは私の推論です。犯人は事件当日も、何かを現場に書き残するために、蛍光塗料みたいなものを持ち込んだのではないかと。それは、何かスプレーみたいなものだったのかもしれません。そういったものを残すために犯人は、日常的にヒップバックの中に、これらのものを入れて移動していた可能性があるのではないのでしょうか? 

あくまでも仮定の話ですが、犯人が何かに影響されやすい人物だったら、自己顕示欲の一環として、現場に何かを残す行為に及んだ可能性も否定できません(それが六の文字なのか?)。ひょっとすると手の傷も、偶然の産物や家族の抵抗によるものではなく、ドラマに影響された犯人の自傷行為 だったのかもしれません。もしそうだとすれば、犯人が怪我した場所は、手だったとは限りません。

「0からの70年・TBS」を視聴

年末に放送されたTBSの「0からの70年」の最後に、この世田谷一家殺害事件について特集されていたのでその感想でも。今回この番組では、犯人が現場に残していった足跡に注目して事件を考察しています。今回新たにわかったことと、これまでの情報とは異なるものが存在し、今回の報道で新たな疑問も浮かんできました。その中で、気になった部分を幾つか触れてみます。世田谷一家殺害事件は、53分55秒ぐらいから




1、玄関から一直線に伸びた足跡

玄関付近からみきおさん殺害現場の一階階段下までには、犯人の足跡が一直線に伸びています。と言っても、犯人の足跡のつま先が、一直線に階段に向かっているのではなく、そのつま先の方向はわざとなのか?わからないようにCG処理されていました。その足跡も、横向きになったり、飛び飛びになったりと単純に みきおさんに向かっていったもの、あるいは玄関に向かっていったものとは判断しにくいものです。恐らくすでに報道にもあったように、玄関~1階部分は特に多くの人間が出入りしてしまったために、足跡も綺麗に残っていなかった部分があるということなのでしょう。

そしてぜひ知りたかったのが、一階の足跡には血液が付いたものだったのか、それとも泥などの付いた足跡だったのかという情報が、1階の部分では触れられませんでした。しかし番組の流れ・ナレーション的には、みきおさん殺害後に玄関に向かって歩いたというニュアンスに感じられます。これは、犯人が玄関の施錠を確認した、もしくは玄関の鍵を閉めたことを意味するのか?玄関から鍵を使って出入りをしたのかまではわかりません。しかし番組では、玄関侵入説ではなく、浴室からの侵入で話は進められてゆきます。

ちなみに昨年放送された「FBI捜査官サファリック」の再現CGでは、確か一階パソコンの机の前に散乱していた書類のところからも、犯人の血液が残っていたことが再現されていました。

2,階段の足跡

前回の更新でも、階段の横歩きの詳細がわからないと書きました。この番組では、その詳細に触れられています。階段すべての段から、犯人の足跡が見つかっています。その中には、通常の足跡と血液が付いたものの、二種類があることがわかりました。そう考えると、家族を殺害する前に、犯人はカニ歩きで階段を降り、一階にいる みきおさんの様子を探ろうとした可能性は高そうです。

その一方で、血液の付いた足でも横歩きをしている形跡があります。これは、どういうことを意味しているのか? 中2階で残りの家族を殺害したあとに、何故階段でカニ歩きをする必要があったのか? 足跡のCGがそれほど詳細に描かれていないのでわかり難いのですが、考えられるのは急な階段のため、血で滑らないように慎重に歩いた。もしくは、二階に引き出しを持ってゆく時に、足跡が付いた可能性ぐらいしか考え難いものがあります。ただし血液が付いていないカニ歩きの足跡があるということは、犯人が2階・みきおさんが1階にいた時についたものと考えられ、やはり二階からの侵入が有力だったことを物語っているのではないのでしょうか。

3,子供部屋からも血の付いた足跡

前回更新の際に、礼君の布団から犯人の血が付いていた話と関連します。番組では、これでもなお礼君は、最初に殺害されたとしています。私も犯人は、泰子さんやにいなちゃんを殺害した後にも子供部屋に入ったと考えています(子供部屋の洋服タンスの引き出しも開けられています)。番組では泰子さんの顔には、白いものが顔にかけられていた(タオル?)としています。しかし以前のお婆ちゃんや杏さんの目撃情報だと、遺体の上には衣服が多くかけられ、山のようになっていたと証言されており、二人の証言や、これまでの情報とは異なるものとなっています。

さて今回の再現CGでは、泰子さんは子供部屋のドアを開けて、子供部屋の入り口に横倒れして亡くなっていたように描かれていました。もしこれが本当ならば、礼君が生きていれば当然二人が襲われていた時に気がつかないはずがありません。やはり礼君は、すでに最初に殺されていたとみるのが妥当ではないのでしょうか。

4、居間に残る足跡

血の付いた足跡は、中二階・リビングや台所のある2階中心に残されていたとナレーションしています。そこで気になったのが、2階リビングのテレビの真横に残った血の付いた足跡です。何故こんなところにあるのかと考えると、これはまさに犯人が出窓のカーテンをめくったと考えられる場所だからです。

これまでカーテンのめくれは、朝まで家にいた犯人が事件翌日の31日に、お婆ちゃんが家にやってきて入れず、鍵を取りに戻ったのを上から見ていたとか、あるいは10時頃に訪れた配送業者の車がバックで入ってきた時に覗いたのものではないかと考えられていました。しかし今回血の付いた足跡がその近くから発見されたことで、家族を殺害して間もなくに外に気が付かれていないのか?様子を伺った時のものだと考えられます。開けたカーテンの場所からも、特に隣家の玄関付近の出入りを見た可能性が高いのではないのでしょうか。これは、犯人の逃走時間を考える上でも有力な情報です。

5、3階からは犯人の足あとは見つからなかった

これまでは、みきおさんを殺害した後、素早く3階まで駆け上がったイメージがありました。しかしこの番組の説明だと、3階ロフトで寝ていた泰子さんとにいなちゃんに気づかれないように、靴を脱いで静かに階段を忍び足で上がっていったことを物語っています。

しかし昨年のサファリックの番組では、うっすら詳細に犯人の足跡はすべて再現されていました。番組では、三階ロフト部分でも犯人の足跡が忠実に再現されています。この情報のズレは、何なのでしょうか? 三階に残っていた犯人と思われる足跡は、靴を脱いだものだということだったのでしょうか?足跡は、三階から一切発見されなかったというのは初めて訊く話です。

6、泰子さんとみきおさんの服

前回の更新後、コメント欄に両親の服は3階ロフトにあったのではないかという意見を頂きました。確かに家の構造上、あるいは二人の生活空間を考えると、その可能性は高いと考えられます。実際この番組でも、三階部分には洋服かけが置かれていたように再現されています(他にテレビも)。そう考えると、逃走前にみきおさんのジャンパー9着を取り出し、試着をした形跡があったという話が残っていますが、それはこのロフトで引っ張り出した、あるいは行ったということなのでしょうか? 

7、犯人は浴室の窓から逃走

番組では浴室内にも、犯人の血の付いた足跡が。さらに窓枠のところには、血痕を残して逃走したと述べています。これは、これまでなかった情報です。

ただし以前から、浴室内には犯人の血の痕跡が。窓枠下あたりからは、犯人の両手の指紋が残っていたという話はありました。また古い情報では、犯人の土の付いた足跡のつま先の部分だけのものが、家の中に向けて残っていたという話があります。

しかし今回の、窓枠に犯人の血液が付着していたという情報は初耳です。というのは、犯人は家で止血を終え、家の外では一切の血液を残さずに逃走したと訊いており、まさか血が止まらないまま逃走したとは私自身考えていなかったからです。しかしここで一つだけ、それを裏付ける話が残っています。

それは、現場から飛び出してきた男が車と接触。運転手の女性の証言では、その男は左腕から血を流していたとのこと。この時血が流れていたとしたら、まだ犯人は完全には血が止まっていなかった可能性が充分にあるということでしょう。私は止血を終えていたと思っていたので、車と当たった時に新たな出血が起きたのかと思っていましたが、そうではなかった可能性もあります。

(番組を見終えての感想)

これまでハッキリしていなかった部分が、詳細に説明されていたことに一定の成果がありました。しかしそれまで明らかになっていたものと、詳細が異なる情報も多々あり、これまた混乱させられてしまったのは確かです。階段でのカニ歩きの詳細・出窓のカーテンの謎、浴室窓からの逃走など、これまで以上に詳細な情報だったことは、今後の考察には大きなヒントになるものになりそうです。あともう一つ、犯人が家に侵入した時土足だったと番組では言っています。その根拠になるものを示していないので、本当かな?という疑問が残っています。今まで言われていたのは、中2階の途中から犯人の足跡が始まっていると訊いていたからです。幾つかの疑問は残りましたが、一定の評価はできる番組作りだったのではないのでしょうか。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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