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年末情報

今年は、事件から本来ならば時効を迎える15年目であるにも関わらず、警察からは正式に新情報は発表されていません。警察としては、発表できる情報は出し尽くしたということなのでしょうか?

そんな中、マスコミの取材により幾つかの新情報が出てきたので、簡単に触れておきます。

犯人の軍隊経験者説を否定

この事件では、犯人による階段でのカニ歩きと言われる壁伝いに横歩きしていた跡が残っていたことや、ナプキンを怪我した手の傷に使っていた形跡が残っており、犯人は軍隊経験者なのではないかという説があります。

しかし捜査員の話では、カニ歩きをしたのは血で滑らないためじゃないかとか、ナプキンも表裏を間違えて使っており、とても軍隊経験者だとは思えないとのコメントを残しています。

そもそもカニ歩きの足跡が残っていたという場所は

中2階踊り場~1階へ向かう階段の途中まで

中2階~2階リビングへの階段

子供部屋のベッド付近


だとこれまで言われていました。以前から階段の足あとは、犯人が一階の棚を二階に持って上がった時の跡ではないかとか、素人でも音を立てないためにはそのぐらいやるだろという話もあったぐらいです。

ただし、このカニ歩きの跡というのが、実際何処にどのような形で残っていたのかは、いまいち曖昧な情報です。特に子供部屋の足跡をサファリックの番組で見ていましたが、カニ歩きには見えないよなぁとかいうのもあり、非常に判断が難しい。その足跡というのが、血を踏んだものなのか、家に入った直後の土が付いた状況なのか含めて詳細がわからないので、なんとも言えません。

ナプキンに関しても、たまたま表裏を間違えただけで、すぐに間違いに気づいて反対に戻したのかもしれませんし、発見時の詳細がわからないと簡単には我々が否定できる材料ではありません。ただし捜査員がそうだと言っているならば、限りなく逆側で長時間傷口にあてていたという、かなり間抜けな状況だったわけですね。それでは、止血に全く役立たなかったのではないのでしょうか?

3時半には、宮沢家の明かりは消えていた

向かいに住んでいた方の目撃情報なのですかね? 例えばそのぐらいの時間にトイレに行った時にでも、外を見たのでしょうか? 当然犯人が、そのぐらいの時間までまだ現場にいた可能性は充分あるでしょう。

一方で警察でも、電気が付いていなくても街灯の光などで作業ができるぐらいだったとコメントしています。私も以前リビングに最初に荷物を置いただろう犯人は、明かりを付けなかったのではないかと書いたことがあります。街灯や前の家の光で、薄ぼんやり部屋の中が見えて動くことが可能だったのではないかと。

しかしこれには一つ疑問があるのです。というのは、事件起こした後に犯人は、絆創膏を止血のために貼ったり、カードや通帳類をリビングのソファーに並べ、暗証番号を探るかのように数字を羅列したメモを残していたといいます。このメモの発見場所の詳細はよくわかりませんが、恐らくリビングに残っていたと考えられます。その場合は、外から入ってくる光だけでは、とてもじゃないが無理だったでしょうから、事件後は、電気を付けざるえなかったはずです。

すなわち家族を殺害したあと一定時間は、犯人は家の電気を付けていたと思われます。また4時ぐらいに訪れた新聞配達の人や、早朝宮沢家の近くを通った人は、家の電気は消えていたとも証言しており、この目撃情報を後押しします。犯人が、この時間帯以前に逃走した可能性も否定できませんし、外からの目撃を避ける意味でも家の電気を消して作業し続けてた可能性もあるわけです。2階リビングは、昨年末に公安委員長が視察に訪れた時の様子でもわかるように、リビングのソファー付近にいても中の人影が外から見えてしまう状況だったわけです。より目線の高さが一緒だった可能性が高い、向かいの家からは中の様子が窺い知ることが容易だったと考えられます。そういったことを、犯人が警戒した上での行動だったのかもしれません。

礼君の布団に犯人の血液が付着していた

昨日なにげに読売の記事を読んでいて、ぶったげました。これまで礼君の遺体には血液の付着がなかったからこそ、礼君は最初に殺害されたのだろうという、大いなる根拠になっていたわけです。それが、完全に崩れるような捜査員の証言です。

ただしこの話も、布団に犯人の血液が付いていた。あるいは、どのようにという詳細な部分がわからないので、それでは礼君は最後だっただろうと簡単に言える話ではありません。

というのは、犯人が礼君を殺害したのであれば、礼君自体に別の人間の血液が付着していた、血液反応が残っていても不思議ではないからです。礼君を最後に殺害した時に、ほとんど血液がつかなかったとするならば、それは完全に止血が終わっていた、あるいは、服も着替えていたと考えられるわけです。それならば、布団についていた血液は何だったのか? 

犯人は逃走前に、みきおさんの服を引っ張り出し、試着などをしながら逃走用の服を選んだとも言われています。その服があったのは、恐らく子供部屋だった。あるいは泰子さんにかけられていた衣類なども、恐らく子供部屋にあった引き出しから引っ張りだされたものであった可能性が高いわけです(他にこの家からは、両親の服を置いていた場所が検討つかない)。

止血を完全に終えたあと、遺体にかける服や自らの逃走を図るために子供部屋に入った。その時に、礼君の存在に気がつき絞殺したという可能性がなかったとはいえません。しかしドア挟んで向こうで家族が刺殺される間、礼君は気がつかず眠り続けていたのでしょうか? どうにも考えづらいものがあります。少なくても礼君と他の三人の家族の殺害には、最初にしろ最後にしろ、一定時間空いていた可能性があります。

そして礼君を殺害する時に犯人は、片手で口を押さえもう片方の手で首を締めて殺害したと言われています。他の家族を散々刺して刺殺したのに、礼君の時は口を塞ぐ必要があったのでしょうか? あるいは、殺害方法が異なる必要性があったのでしょうか?

その可能性を考えると、布団に血液が付いていた、だから礼君は最後だったとは簡単には言えないでしょう。というのは、礼君を殺害したあとに、再度本当に死んでいたのか犯人が確認した可能性も布団に血液が付着していた程度ならば考えられなくもない。あるいは、お婆ちゃんが二階踊り場付近で残っていた犯人の血液に触れてしまい、それが礼君の生死を確認する時に付着してしまったのかもしれないなど、様々な可能性があるわけです。この辺は、血液の量や状況を観てみないとどうなのかな?という気もします。警察の見立てでは、礼君は最初に殺害しているという見方をしていると言われており、たとえそのような情報を知っている警察でも、見立てには影響していなかったことがわかります。

またそのいったんを伺うことができるのが、昨年放送された「FBI捜査官サファリック」の番組で、元管理官の人物との話からもわかります。サファリックの見立てに対し管理官も「殺人順には疑問があるけれど」とサファリックの見立てに対し、唯一否定的な見解を残していました。

(年末情報について)

例年観られる、警察からの小出し情報は今のところはありません。しかし各社の関係者への取材により、幾つかの新情報が出てきました。余計推理を混乱させるような話にも思えますが、結構驚きの情報も含まれています。しかしそのへんの誤解が生じないように、警察はもう少し事件の詳細を整理して公にできないのでしょうか?捜査員によっても、どうも出てくる情報がバラバラであるようにさえ思います。

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犯人の狙いとは

事件が発覚した12月31日の昼頃、みきおさんの実家の隣の家に(隣の電話番号まで調べていたのか)

「ご近所の宮沢さんは何をしている方ですか? 近所にビルなどはありますか? (その中に)事務所か何か入っていませんでしたか?」


という不信な電話が、30~40歳ぐらいの新聞記者を名乗る男の声であったのだという。未だにマスコミ関係で、このような電話をしたと申し出た関係者はいないという。事件が警察に通報されたのは、31日の11時前。そして最初の第一報が流れたのが、12時前だったという。もしマスコミ関係者がこの事件を調べはじめるにしても、埼玉の宮沢さんの実家はともかく、隣の家まで電話番号を調べあげるのは、相当仕事が早いように思えてならない。仮にマスコミ関係の人間だとして、最初の何をしている方ですか?という質問は合点がゆく。しかし近所にビルなどはありますか(資産家がどうかの確認)? そこまで質問するのだろうか? 更にそこに事務所は入っていなかったのか? ここまで具体的に訊いて来るところをみると、これはちょっとマスコミとは違う人間ではないかという気がするのだ。少なくてもマスコミならば、ビル持ちという情報までがわかれば好いわけで、そこに事務所が入っていようといまいと、どうでも良いのでは? しいて言えば、みきおさんが独立して事務所を構えていたとして、今後の取材のためにということで訊いたのか? しかしこの事件発覚から僅かなうちに、そこまで具体的なことまで調べたとは考え難い。

もしこの証言が確かなもので、犯人からのものだったとしたら。

みきおさんが、何をしている人間かすらわかっていない。 

ようは、犯人とみきおさんとの接点は少なくても仕事絡みではないということ。

近所にビルなどがありますか?

あらかじめ、みきおさんの財産などの情報が不十分なまま事件を起こした。

事務所か何か入っていなかったのか?

みきおさんの普段の行動や、立ち寄り先などの情報をあまり把握していなかった。そして犯人の狙いは、未だ達成できていない、あるいは不十分だった可能性があったということ。少なくても目的のものを見つけられなかった。あるいは消去すべきものが、まだ何処かに残っていることを危惧していた。ということを示しているのではないのだろうか。

(宮沢ビルとの関連は?)

この電話との関連が指摘されるのが、何度もここで触れてきた、青山にある「宮沢ビル」の存在だ。ここは、最初に就職した外資系のコンサルティング会社と、亡くなった時に在籍していたコンサルティング会社に転職するまでの間、短期間務めていたと言われている、エー・ブ◯・プロフェクトなる会社が入っていたビルの名前が、宮沢ビル だという。私は、ここに何度か実際に足を運んでみた。神宮外苑のイチョウ並木の入り口にほど近いこのビルは、非常に古びた小さなビル。そこの三階に、当時この会社は事務所を構えていたという(現在は移転)。一階には飲食店が入っていて、当時から営業していたのかは不明。またこのビルと、宮沢家との関わりは確認できていない。しかし生協勤務のみきおさんのお父さんが、青山の一等地にビルを所有していたかは疑問。事件現場の宮沢家の家もそうだが、このビルを狙うぐらいなら他にもっと金目になりそうな建物は幾らでもありそうというのが率直な感想。今もこのビルの三階は空きになっているようで、ネットで検索すると空き部屋募集の広告が引っかかる。そして実際行ってみても、ビルに会社が入っている気配はない。

少なくても事件後15年経ってもこのビルの様相が変わらないことをみると、みきおさんとは何の関係もないビルだった。あるいは、犯人はこのビルをどうこうしようとした形跡は見当たらない。しかし闇雲に、みきおさんはビルを持っているのか?そこに事務所が入っていないのかという電話はして来ないだろうから、この電話の主は、このビルとみきおさんの勤め先との関係を掴んだ上で、電話をかけてきたということ。この会社にみきおさんが在籍していたことは、今でもネットで探しても簡単に見つかる情報ではない。まして事件発覚からすぐにここまで調べあげることは不可能に近いものがあり、私はあらかじめ、宮沢家の周辺を調べていた人物(すなわち事件を知って調べ始めたマスコミの人間ではない)と考える。またみきおさんが、僅か1年足らずしか在籍していないこの会社との関わりを知っていた、ごく限られた人間だったのではないのだろうか(情報が古かったのか?)。

(犯人の狙い)

そうこの電話こそ、犯人の動機 を如実に表しているのではないのだろうか? そこから考えられるのは、前にも触れたように

1、何か探していたものが見つけられなかった

2,自宅にある証拠は消去できたものの、他への流出を危惧した

3,宮沢家の財産を狙っていた



3については、以前ここでも触れたばかり。むしろ、1か2 の可能性が高かったのではないのだろうか。しかし宮沢さんの仕事(副業関係を探っていたのかも)や事務所の把握が不十分であったことを考えると、財産的なものが目的だったとは考え難い。

何か重要な書類、情報の類 の取得、消去 が、この事件の背景にあると考えのが自然な流れになる。一家4人を殺害するという極刑を覚悟するほどの 情報 とは何なのか? 少なくても犯人側にとって、身の破滅に等しいだけの情報を、宮沢家は持っていたというぐらいしか考えられない。この隣家の証言に、埼玉の興信所の証言のようなことがない限り・・・。

地蔵の謎

これまで私は、現場近くの仙川沿いに事件発生から100日後に置かれた「地蔵」について、ほとんど興味を示してこなかった。というのも、この地蔵は善意の人が置いて行ったものだと思い込んでいたから。

そしてネットにもこの地蔵は、生前宮沢家(お婆ちゃんという説もある)が犬を飼っており、その時の散歩仲間が供養のために置いたものという書き込みを何度も目にしていた。更に最初に置かれたのは、公道上だったため邪魔にならないように発見場所に移されたものだというのだ。この地蔵の真相など、多かれ少なかれそういったものではないかと思っていた。

しかし警察は、未だにこの地蔵の情報を事件の冊子に大きく載せている。警察は、この地蔵と犯人を結びつける何かを掴んでいるのではないかと感じられるのだ。そこでここからは私の全くの仮説になるが読み進めて欲しい。

まずこの地蔵がどのようなものかは、警察が詳細に発表しているので、こちら を参照して頂きたい。ここで私が考えたのは、地蔵の裏に掘られた「六」という文字である。

 

という文字をよく観て欲しい。私も今回まであまり気にしたことがなかったのが、この字を書き出す上の部分は、上から下に書き下ろす字だということ。私は、これまで 「チョン」と点みたなものか、もしくは左上から斜め下に 書き下ろすものだと思っていた。世の中の多くの人は、正しく真っ直ぐ下に書くか、私のような勘違いをしていた人が大半なのではないのだろうか?

しかしこの地蔵に掘られた 六 は、右上から斜め下に向かって 書き下ろすというかなり特殊な書き方をしている。このかなり癖のある六の字と、同じものが現場に残されていたのではないかと私は推測する。現場には、犯人がキャッシュ番号を割り出そうとした時に記したと考えられる、数字が羅列されていたメモが残っていたともいう。実は、犯人が何か書き記した文字の中に、この漢字の「六」があり、それにも同様の癖が観られたのではないのか? だからこそ警察は、躍起になってこの地蔵の出処を探そうとしているのではないのだろうか。少なくてもそうじゃなくても何かしら警察は、この地蔵が犯人が置いたものという、根拠になるものを掴んでいるのではないのだろうか?

(六の文字を意味するもの)

キリスト教では  は、悪魔の数字だと言われています、映画「オーメン」では、悪魔の子とされるダミアンの頭には「666」という文字が刻まれている。当時「オーメン」という映画は、ホラー映画の代名詞的な存在で、私のような当時20代半ば~30代ぐらいの世代にはお馴染みの映画だったといえます。特に何故か私の小学生当時、空前のホラー映画ブームになり、子供の読むような本にも「ホラー映画」を特集にしたものまで出版されていた。ひょっとすると犯人も、その時にこういったオカルトや残虐的なものと接し、感化されてしまったのかもしれない。

ちなみに「オーメン」が公開されたのは、1976年。当時我々の世代では「死霊のはらわた」というとんでもなくグロテスクなホラー映画が話題になっていた。この映画が公開されたのは1981年ぐらいであり、まさに日本でのホラー映画ブームの最中公開された映画だった。しかしこの映画は「オーメン」と違い、ホラー映画というよりもスプラッター映画というジャンルに近かったのではないのだろうか。犯人の行動を見ていると黒いハンカチなども含めて、こういった類のものに強く影響を受けていた可能性が感じられる。

話はそれてしまったが、現場には実は警察が未発表な、犯人の自己顕示欲を示すものや、メッセージ的なものがあったのではないか? という気もする。この地蔵には、そのメッセージ的なものと共通する何かがこめられているのかもしれない。それだからこそ警察は、この地蔵に強くこだわるのではないのだろうか?

(もし犯人が置いて行ったものならば)

ここでもし犯人が、この地蔵を置いていったとしよう。そうなると、この近所の人が供養のために置いたという書き込みは、誰が書いたものなのか? 地蔵から犯人まで辿りつかないように捜査を撹乱させるためなのか? これは、犯人もしくは犯人を知る人物からの書き込みであった可能性も出てくる。果たして真実は、いかなるものなのだろうか? 

NHK「未解決事件」と豚の鼻

3月に放送された「NHK未解決事件」は、SNSや電話連絡による情報提供をLIVEで呼びかけるという企画。そして3月の放送から7ヶ月、番組に寄せられた新たな情報の中から、埋もれていた新情報が出てきたという。

(事件発覚の夜に手を痛がる男を乗せた)

事件が発覚した12月31日の夜、静岡(再現VTRでは静岡駅)で、手を痛がる粗暴な男をタクシーに乗せたという運転手。行き先も告げずひったら走らせること30分、男は住宅街へ消えて行ったという。

以前の放送の時に、事件発覚した31日の11時ぐらいに、新幹線の自由席に目が充血してワイシャツの首元が血に濡れていた男が乗車したという目撃情報があった。まぁそれと絡めると、まるっきり信ぴょう性のない情報ではないが、この情報も新幹線の情報も、私はかなり信ぴょう性は低いというのが率直な感想。というのは、そういった男が昼間にいたのならば、もっと複数から似たような情報が出てきてもおかしくはないのではないのだろうか?

例えば新幹線なら東京駅に向かう道すがらなど、しかしあまりに情報や時間が点在しすぎていて、現時点では? ただし犯人が、新幹線を使ったという可能性を完全に否定できる材料もない。ある人から新幹線と土地ブローカー絡みの情報を教えてもらっており、この事件がそういった類の犯罪であるのならば、新幹線でこちらにやってきて依頼され、事件を起こした可能性がないとは言い切れない。現場で発見されたラグランシャツが、最も静岡で多く販売されていたというのも、犯人と事件を結ぶ接点としては無きにしもあらずかと。まだ弱い点と弱い点ではあるが、もう少し間の情報が出てくれば有力な目撃情報にはなってくると思うが。

しかし前にも書いたように私は、当時犯人の拠点(仲間の住居か)は八幡山などの京王線・あるいは荻窪などの中央線方面にあり、犯人自体の生活圏は池袋~北の東京だと考えている。今回の情報は、全く私がマークするものと真逆の方向であり、可能性としては捨てないが疑問を持たざるえない。

(朝方病院を訪れた男)

事件があった数日後、世田谷と隣接する川崎の病院に早朝、手をタオルでぐるぐる巻きにした男が現れていたという病院事務の人の証言。こちらも私がマークする地域とは反対方向の情報であり、警察も事件後徹底的に周辺病院の捜査は行われたはずだけに、情報としては弱い気がする。しかしジャンパーのポケットの中から見つかった三浦半島の砂なる情報が事実ならば、川崎と三浦半島を繋ぐ接点として京浜急行という線も見えてくる。

事件後病院関係者からも、多くの手を治療した男の情報は寄せられたが、犯人に結びつく情報はなかったとされている。見るからに怪しい男だったというのは気になるところだが、手に傷を負ったという情報はまたたく間に事件後広まったので、もし治療に訪れるにしても、こんな近くの病院に数日後訪れるものなのかという疑問は残る。しかし今回の収穫は、警察も犯人の傷が相当深いものであったと認識していたことが、改めて番組の中でハッキリしたことではないのだろうか。

(「未解決事件」をみての感想)

放送後、多くの世田谷一家関連の情報がNHKや警察に寄せられたという。しかし今回様々な情報があるなかで、番組が選んだ情報は、この曖昧な2つの目撃情報ぐらいなのかという拍子抜けといった印象。現在番組スタッフは過去の目撃情報や記事などを、徹底的に再検証しているのだという。それだけにNHKには、情報を整理して今までの「未解決事件」の形式をとって、世田谷の事件に絞って、番組を制作して欲しい。

(豚の鼻のような指紋)

また先日、事件関係者から新たな情報が明らかにされたのだという。それは現場に残っていた犯人の指紋の中心部が、豚の鼻のような二本線がある、特徴的な指紋だったという。



しかしこの情報、一般に明らかにしたところで、どうしろ?というのだろうか。人の指紋などマジマジと確認できる機会も、見ようと思う機会もないわけで、ましてそんなものを見分けられるような人は、基本的に関係者など特殊な人しかいない。こんなことを教えられてもどうしようもないわけで、本当にこんな情報しか出せないとなると、事件の捜査は手詰まりなんだなという印象しか残らない。

もっと警察は、出せる情報は出さないといけないだろう。自分たちで抱えていても15年間解決できなかったのだから。一般に情報を公開すれば、点と点がつながる可能性だって増すに違いない。15年経っても、それがまだわからないのだろうか?

「報道2001」の視聴して 後編 

「報道2001」の後半部分では、事件から5ヶ月後に起きた「岡部さん親子放火殺人事件」との関連性について触れている。この事件と世田谷の事件との関わりは、埼玉の興信所に電話をかけてきたアオキノブオとアンドウ。この二人の男のうちのアンドウの声と似た声で、この岡部さんの娘さんの学校の生徒名簿が欲しいとの連絡を受けていたということで、世田谷の事件との関わりを取り沙汰されてきた。

しかしこの興信所の発言は偽りだったことが明らかになり、この事件との繋がりも揺らぎ初めている。ただしこの事件、けしてこの興信所の発言によるものだけでなく、埼玉県警から警視庁に情報提供され、調べられた経緯がある事件だと訊いている。この事件の情報は限られているのだが、確かに幾つか共通する特徵がある。

(類似する犯行)

番組の中では、岡部さんの娘の頭部に金属の棒が刺されていたこと。これは、世田谷一家の事件において みきおさんやにいなちゃんの遺体にも、頭部への損傷が観られた。

通常日本人の犯罪において、頭部を狙うという例は非常に珍しいという。日本人ならば腹部を刺すのが普通だとよく訊く話であり、この犯人が、頭部への強い執着 を感じずにはいられない。少なくても犯人の感覚が、通常の日本人とは異なるものがありそうだ。また固い頭蓋骨にものを刺すというのは、非常に難しい行為であり、6000体の遺体を見てきた解剖医でも例がないと述べている。

他にこの事件が似ているところは、玄関を施錠して別の窓から逃走を図るという方法。世田谷の事件でも、事件発覚当時、玄関の鍵は施錠されていたと言われている。この事件でも同様で、犯人は二階の窓から飛び降り、物置の上に降りた。これはまさに、世田谷事件における浴槽の窓からの逃走に、よく似た逃走方法ではないのだろうか。

そしてこの物音にビックリして出てきた、1階で営業していた沖縄料理屋の主人に、犯人はその姿を観られている。そのとき主人に「すみません」といって、現場を立ち去ったという。このやりとりもどことなく、世田谷の事件における 車と接触した男が、「大丈夫」と話した場面とダブるものがある。

(事件前)

被害者の娘さんは、事件当日の下校時にいつもと違うルートで帰宅していたことがわかっている。これは、事件前から誰かにつけ狙われていることを、事前に察していたのではないかとも。世田谷の事件でも、宮沢家の周りから不審者情報が出ており、この辺も事件前の状況が酷似している。

(結局犯人の目的は?)

岡部さんの事件では、事件そのものの詳細が明らかにされていない部分も多く、家から何かが無くなっているのか? あるいは犯人の目的が明確にわかっていない。事件名からも、強盗とついておらず、何かが無くなっていたという形跡はなかったということなのだろう。世田谷の事件でも、本当のところ目的が掴めていない。ここであげられるキーワードは、女性・女の子 というものがあり、犯人の目的はそこなのか? あるいは他に何かあるのか? そもそもこの事件自体が、同一犯によるものかどうかも謎となっている。

(現場周辺にまかれた怪文書)

岡部さんの近所には、今年5月怪文書がまかれたと番組の中では触れられている。この文章の内容をみてすぐに思い出したのは、私のコメント欄に 小川ヨハン さんが送ってくれた資料のこと。私の勝手の想像ではあるが、近所にまかれた怪文書とは、この文章と同様のものなのではないかと推測する。

ただし文章の内容については、現在私の持ちえる情報では正否を語れる状況ではない。ただし一つだけ言えることは、確かに宮沢さんと岡部さんの家は、一直線上に並ぶような緯度にあるということだろうか。これが偶然なのか必然なのかは、私にはまだなんとも言えない。

(元警視総監の言葉)

警視総監のコメントでは、「事実は小説より奇なりという言葉があるが、事実はもっとナチュラルなのではないか」と述べている。かなりオブラートに包まれた抽象的な表現だが、ここから察するに、この事件は言われているような陰謀論渦巻くような犯罪ではなく、もっとシンプルな犯罪なのではないかと述べているように聞こえて来る。全国の警察官の頂点にいた人物の言葉であり、個人的な考えだと前置きしながらも、かなり重い言葉だと私は受け止めている。

(「報道2001」について)

この15年間の報道番組の多くが、現場状況の考察と、周辺の聞き込みのみに終始していたのに比べると、今回の「報道2001」は、かなり踏み込んだところまで取材していることが伺えた。前日に放送された同じフジの番組とは、その踏み込み方が全然違うことに驚いている。かなり画期的な番組だったと、評価できるのではないのだろうか。

「報道2001」の視聴して 前編

さて今回は、先日放送された「報道2001」の内容から、考えてみたい。まず番組が注目したのは、新しい警察のパンフレットから、染料の項目が無くなっていることについてでした。そして今回、改めてヒップバッグに残された染料について検証してゆきます。ちなみに、下記の動画で世田谷一家をとりあげるのは50分55秒ぐらいから。


2015年12月13日@新報道2001 投稿者 yasu3369

番組では、バッグの中身に残されたローダミンは染料ではなく塗料のような 液体 だった可能性を指摘します。それは、蛍光ペン蛍光塗料 などではなかったかと考えるわけです。実際に みきお さんは、仕事柄 POP画やデザイン画 などを使い、これらの塗料と接点があったのではないかと説明。そしてそれらのものをバッグの中に入れて、スタッフに15分歩きまわってもらい再現実験。蛍光ペンだとバッグの中身が均一に跡がつくのに対し、アクリル塗料だと、跡にムラができるとのこと。そこからバックの中身は、アクリル塗料 であった可能性が高いのではないかと推測します。

また今度は、横須賀に住む犯罪プロファイル画の専門家に、ヒップバッグの染料の写真を見せると、これは蛍光ペンによるものではないかと言います。それも蛍光ペンが みきおさんとの格闘の際に、ヒップバッグが壁や柱に当たると簡単に中の蛍光ペンも破損し、中身がバック内に付着した可能性を指摘。確かに再現実験の結果、警察が発表したヒップバッグの内側の写真と、良く似た跡が浮かび上がってきました。またバッグの中に残る線みたいなものは、強い力で押し当てられた時についたものではないかと。その証にバッグ内には、その時についたと思われる大きな破損の跡も観られたというわけです。しかしこの跡は、包丁がヒップバックを突き破って穴を開けた跡だと、私は思います。

またこの専門家は、蛍光ペンを宮沢家までの道のりや逃走経路の、地図を塗るために使ったのではないかと仮説を唱えています。少なくてもこの通りではないにしろ、警察も何かこれに近い答えを見つけることで、染料の掲載を打ち切ったものと考えられるわけです。

(しかしながら)

なるほど確かにこの染料は、蛍光ペンやアクリル染料だった可能性は高かったのかもしれない。もし犯人が みきおさんと揉み合った時に、このような破損を起こしたと考える場合少し疑問に残ることがあります。

犯人は、二階の浴室から侵入。荷物を居間に起きます。しかし犯人は、綺麗に荷物をまとめてから臨戦体勢に入って犯行を開始したものと考えられます。しかしその際に、ヒップバッグを付けたまま犯行を始めたということになります。少しでも身軽な格好になりたかったはずなのに、何故犯人はヒップバッグを付けたまま事件を起こしたのでしょうか? ただし確かにヒップバッグを付けたまま、犯行に及んだ可能性は充分考えられます。というのは他の荷物が綺麗にまとめられて置いてあったのに比べると、このヒップバックは二階居間の床に放り投げられるように残されていたからです。これは、殺害が一通り済んだ後に外した可能性があるからです。ちなみに一階から犯人が入った場合、みきおさんと最初に出くわした可能性が高いわけです。そうなるとジャンパーなどの遺留品に、血液が付着していなかった説明がつきません。

またASKAの事件簿さんにもすでに触れられているように、何故犯人は、破損した蛍光ペンを持って帰ったのでしょうか?ヒップバックの中に地図があってそれを持って帰ったと言うのならば想像はつきます。しかし破損してインク漏れしているようなペンを持ち帰る必要はないですよね。確かにアクリル塗料みたいなものだったら、みきおさんとの接点が疑われかねないものですが、蛍光ペンならば誰もが使う可能性があるわけです。現場に残していっても、何の支障もなかったと思われるのに。

普通に考えると中で破損、蛍光ペンやアクリル塗料がバック内でこぼれてしまったという事態が起きたとしても、それはこの事件より以前だったのではないか? そしてヒップバックもみきおさん殺害より前に外していたのではないかということ。しかし今後もまだ犯人は、逃走を考える上でこれらの蛍光ペンを使おうと考えていたとしか、持って帰った理由が考えられません(しかし破損していたのですよね)。ただしこの犯人を見ていると、あまり常識的な部分から推理してもダメな気はします。

またASKAさんのところでも触れられていましたが、この染料は3種類あったわけですがその問題も解決したのか? あるいは、車庫の中の棚のものとの一致したもののわけで、棚の中に垂らすというのは、ペンの破損によるものではないような。むしろ アクリル塗料 などを通して、みきおさんと接点があった人物? と考える方が妥当であるように思うのですが・・・。警察は、この問題を本当に解決できたのでしょうか?

(成城学園前の謎)

事件前日に、現場で発見されたラグランシャツやヒップバックと良く似たものを身につけた男を、成城学園の駅に向かう親子が目撃していたという情報。最高気温10度のこの日にしては、男がラグランシャツ一枚で妙に薄着だったことから、強く印象に残っていたといいます。

さて事件前日にそういった男が目撃されていたことは私も知っていましたが、これまで犯人の痕跡は、祖師谷公園の北から東方面、すなわち 京王線や荻窪などがある中央線方面に圧倒的に多く、私はこの事件との関連性を疑っていました。

しかしこのたび、成城署の元署長の証言で、男が目撃された29日の午後15時頃というのは、実は宮沢さん一家が渋谷の映画館に出かけるために、成城学園前の駅を利用した時間帯と一致すると話したわけです。これで、これまで殆ど犯人の行動エリアに出てこなかった、小田急線沿いに男がいた謎が解けてきました。

ここで気になるのは、何故男がその時間帯に成城学園前駅の近くにいたのかということ。

1、家族が映画にゆくことを事前に掴んでおり、先回りして駅前で家族を待っていた。

2、出かけた家族の後を追い、追跡していた。


よほどの知り合いでなければ、1の事前に知っていたということは考え難い。すなわち男は、家族のあとを追って尾行した後に、親子連れに目撃されたということではないのだろうか?

私も成城学園前駅~現場まで歩いたことがあるからわかるが、平坦で真っ直ぐの道のりであり、かなり距離をとらない限り家族に気づかれてしまう。あるいはこの時、家族から薄々感づかれていたのかもしれない。いずれにしてもここからわかることは、

1、事前に犯人は入念に家族の行動を調べていた可能性

事件前から、現場では怪しい男の目撃情報や黒いセダンがたびたび目撃されていた。少なくてもこの事件は、たまたま浴槽の窓が開いていたとか、玄関が開いていたから入ったというような流しの犯罪者ではないということ。この事件は、かなり時間をかけて、計画的に行われた可能性が高い

2、顔見知りである可能性の低さ

もし顔見知りの人間が後ろから尾行していたら、家族にバレてしまう可能性が高い。事件前から、礼君を除く宮沢家の家族、隣のお婆ちゃんの言葉から、不審者の存在を暗示する言葉が聞かれていた。もしそのような男が顔見知りであった場合、必ずや事件後、何処かしらからか接点になる人物や、それに付随した情報が出できていたはず。しかしそういった接点は、未だに見つけられていない。犯人と家族とは、社会的な接点はなかったと考える方が自然ではないのではないだろうか。少なくとも実行犯と、家族を結ぶつながりは限りなく薄い。もしあるとすれば、犯人側の一方的な思い込みのような感情だろうと考える。

(ここで気になるのは)

事件前日と言えば、二人組みの男が公園管理事務所の警備員 と揉めていたところを目撃されるという事案が発生している。そして みきおさんは、その様子を玄関のあたりから見ていたのを近所の人に目撃されている。どうもその時間帯は、29日のお昼頃だったという話。ここで気になるのは、この二人組みの格好が一人は作業着、もう一人は制服 だったと証言が残っているのだ。

しかし成城学園前近くで目撃された男は、事件現場に残していった格好にソックリだったと言われている。ここで考えられるのは、

1、揉めていた二人組みは事件とは無関係

2、揉めていた男が、着替えた可能性

3、犯人グループが、3人以上いたのかも


問題は、警察がどの程度、この公園管理事務の警備員という人間から話が訊けているかということ。そして揉めた経緯がわかれば、事件との関連性も自ずとハッキリしたはずなのだ。この辺の話がどうにも警察からその後も漏れでて来ないのは、これらの情報がデマだったのか、あるいは事件との関連性が薄いことが実証されたからなのだろうか? 

(番組の感想)

ヒップバックの中身が、蛍光ペンもしくはアクリル塗料だった可能性が高く、けして特別なものだったわけではないようだということ。そして事件の時に撒き散らされたかはわからないが、カバンの中にこれらのものがぶちまけられた可能性が高いということ。

今まで事件との関連性が薄いと思われた、成城学園前駅に男が事件前日にいた理由がわかってきた。そういった謎が、かなり解明されたこと。それを公にしてくれたことは、今回の「報道2001」の報道は画期的な内容だったと言えるのではないのだろうか。

改めて飛び出しマン

週末に、相次いで「世田谷一家殺害事件」関連の特集番組が3つほど組まれた。その中でも、「報道2001」が最も収穫のある内容だった。そこで今回は、この番組でわかったことを何回かにわけて考えてみたい。

tobidasiman.jpg

今回の「報道2001」でも、飛び出しマンのこの似顔絵が一瞬でできた。特に今回、飛び出しマンについて詳しく考察されていたわけではないが、ちょうど好い機会なので改めてこの絵について考えてみた。

そもそも、飛び出しマンの目撃情報は、3つあることを覚えておいてもらいたい。

1,親子の乗る車に、男が急に飛び出してきてひかれそうになった事案(23時半頃)

この親子の証言が元に、この似顔絵が後日作成されることになる。

2,宮沢さん宅前の路上を、都立上祖師谷公園に向かって歩いて出てきたところを男性が目撃(23時半頃)

これは10月29日の更新分にも詳細を書いたが、飛び出しマンの時間とほぼ同時刻に、似た男が目撃されている。特にこれが記事になったのは、事件から間もない 1月16日 に出てきた話。これは有力な目撃情報のはずなのに、今に伝わっていない。

3、飛び出してきた男に、接触した女性 (時間不明)

飛び出した男が女性の車に接触。女性が車から出ると、左腕から血を流しながらも男は「大丈夫」といって去ったそうな。事件から5年以上経ってからの匿名の電話で、その後女性とは連絡が取れず、詳細な情報はわかっていない。

(気になる部分)

どこまでこの飛び出しマンの似顔絵が、細部まで忠実に表現されたのかはわからない。しかしこの目撃情報は、同乗者複数の目撃者によって書かられたものであるだけに、これが犯人であれば有力な目撃情報になるだろう。

1,手袋らしきものをつけている

現場で、犯人のものと思われるボア付きの手袋が残されていた。しかしそれにも関わらず、犯人は手袋をつけていたということだろうか? これは、みきおさん のものでも見つけて、それを使って逃走した可能性もあるし、あらかじめ別のものを用意してきた可能性も考えられる。いずれにしても、逃走経路もハッキリはわかっていない。しかし浴室にしろ玄関にしろ、犯人の指紋や形跡が残っていないということは、逃走時に手袋をつけていた可能性が高いのだろう。

2,黒っぽい靴を履いている

現場で使用されたスラセンジャーは、白っぽいものだったはず。しかし黒っぽいものに変わっているのは興味深い。犯人は、血のついた靴を交換・もしくは捨てたということだろうか?少なくても28センチの大足だった場合、宮沢家にあったものでは代用できなかった可能性が高い。そう考えると、あらかじめ替えの靴を用意していたということか。

事件当時の書き込みには、裸足でニヤニヤした男が公園で目撃されたとか、靴が捨てられていたという報道もあったが、それはいつしか無くなってゆく。更に黒ムツさんの二回目の書き込みでは、裸足でニヤニヤしていた目撃情報に対し、一杯ひかけたと冗談めいた回答をしている。

ちなみに犯人の後足の靴が白いのは、反射板みたいに光を反射するような靴を履いていたという情報もあり、それを表現したものなのかもしれない。

3,小さめのジャンパーを着ている

このジャンパーについては、男性の目撃情報に、男は体格の割に小さなジャンパーを着ていたとのコメントがあり、この似顔絵もそれを裏付けるものとなっている。

宮沢家の家の中には、洋服ダンスからみきおさんの服が取り出されており、犯人が逃走用の服を探したのではないかと考えられている。これらの服は、一体家のどこにあったのかが未だに不明なのだが? 一階納戸付近なのか?二階の子供部屋あたりなのか?みきおさんや泰子さんの洋服が、家のどこにあったのかはよくわからない。

4,ワイシャツみたいなものを下に着ている

さて今回改めて飛び出しマンの似顔絵を観て気になったのは、ワイシャツのような襟のついた服を着ているということにある。現場から みきおさんの魚柄のデサントの製のトレーナーが無くなっているという話になっているが、どうもそれとは明らかに違うと思われるシャツを着ているのが気になる。みきおさんのトレーナーを下に、上に襟のあるシャツを着て、更にジャケットを羽織ったということなのだろうか? あるいは、全然事件とは無関係な人物、あるいは実行犯ではなく共犯だった可能性も考えられる。

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5,荷物がない

この絵を観る限り、男は何かを持っていたという形跡がない。そうこの絵が正しければ、何かを宮沢家から持ちだした可能性が低い。これは、犯人の動機を考える上では重要な部分だと思う。

(最後に)

1と2の目撃情報の男は酷似しており、同一人物であった可能性が高い。しかし2の男性の目撃情報だと、宮沢家の前の道路から南北に走る道路と交差するあたりで男が歩いていたという情報からすると、男は玄関から出てきたのだろうか? しかしその時は、あまり慌ててた様子ではなかった印象がある(家の方は振り返っていても)。

しかし二回目の時は、明らかに錯乱した状態で、車の横を通り過ぎたというから、かなり精神状態が違ったのではないかと推測される。同じような時間の目撃情報ではあるが、実は5分~10分のタイムラグはあったのではないかという気もする。

この錯乱し異常な行動をする男は、現場で残した異常な痕跡と似た匂いがするわけで、私は飛び出しマンは実行犯と結びつく有力な目撃情報だと位置づけている。しかしこの後なのか前なのかわからないが、車と接触することになるなど、一体この男は家の周りを何回も徘徊していたのだろうか。

更に前日の「報道スクープSP 激動!世紀の大事件III」 にもあったように、バイト帰りの女子大生やスケートボーダー達は、この男を目撃しなかったのだろうか? しかし同様のことは、警察からも当時何度も聞かれたはず。23時20分に現場近くにたむろっていた連中は、23時半にはもういなくなっていたのだろうか? それとも彼らは、何かを隠しているのだろうか?

アオキノブオ と アンドウ

私の元にある情報の一つが、私の手には余るものであることがわかり、ある方にご協力頂けないかお願いする決意をした。その方とは、「桶川ストーカー殺人事件」を取材し、警察より早く事件の真相を暴き、担当した上尾警察署・埼玉県警の不正の実体を明らかにした、ジャーナリストの清水 潔氏 だった。

現在氏は、フォーカスの記者から日本テレビに移っており、足利事件などの取材で大変お忙しい中、無理を言ってご協力させる形になってしまった。その中の話の中で、私が9月ぐらいからこの事件の考察の中心として考えてきた、埼玉の興信所で宮沢家のことを調べて欲しいと依頼したという、アオキ と アンドウ と名乗る人物の話が、実は誤りであることを教えてくれた。その文章を引用させて頂くと

「NHK未解決事件」の世田谷の情報は・・・という感じだったなぁ。今朝の報道2001」のフジスタッフはよく頑張っていたと思ったけれど。埼玉の興信所、取材にゆく関係者はないのか?(私の発言)

あの興信所は10年以上前に調べています。結果、興信所のおっさんの虚言でした。本人もそれを自供。そもそも調査依頼など受けておらず、この話を報じた週刊誌の取材で見せた名簿は偽造品。愉快犯だったようで。嘘を証明するのに一ヶ月かかった。 (清水潔氏)

そしてこのようなコメントも頂いた

世の中、くだらない人間がいます。
かなり綿密な嘘を組み立ていました。偽造されていた受付ファイルの微妙な加工に気づかなければ、私も騙されていました(笑)


とのこと。この3ヶ月ぐらい私は、それまでの動物虐待を繰り返してきた男から発展して、この猟奇的殺人へとつながってゆくという推理を、徐々に変えてゆくことになっていたからだ。というのは、様々なことが現場の目撃情報と符号し始めたからである。

元々この埼玉の興信所の話は、私も一俗説として捉えていた。しかし現場の方の黒いセダンのナンバープレートが、春日部ナンバーだったという情報から、この興信所の話とのつながりを疑いはじめた。そして アオキ と アンドウ と呼ばれる二人の男の情報が、現場で事件直前に多く目撃されていた、中年の男と若い男 とに近いものである印象を持っていた。そして何より、この興信所の場所が特定でき、その場所が春日部にあるところまで確認できていた。以後事件の推理を、この二人との関わりあいを絡めて考えてゆくようになる。

この説の最も弱いところは、興信所を尋ねた二人組みが、本当に現場で目撃された二人の男と合致するものなのかという不安にあった。本当ならば、現場付近で不審者を目撃した人と、興信所で実際犯人とやりとりしたはずの職員との情報を元に、確認作業をしないといけないところなのだろう。しかしその術を持っていない私は、複数の関係者がこの興信所の話を採用していることで、信頼できる情報なのではないかと思い込んだところが、大きな誤りだった。しかし私にとって最も確認したかった事案でもあったので、この機会に明らかになったことは不幸中の幸いであったように思う。本当ならば、私自身の手で確認作業をしなければならないところだし、氏の情報の裏付けもとらければいけないのだろうが。

ということで、興信所のコメントから事件のつながりが指摘された、岡部さん親子放火殺人事件 と世田谷の事件の関わりも再検証しなければいけない事案だということ。実際この事件に関しては、警察も関連性があるのではないかと調べていたそうだが、その結論は出ていないという。

(今後は)

アオキとアンドウ の話が崩れたのであれば、黒ムツさんの二つの書き込みの信ぴょう性も含めて、それ以前の私が展開していた仮説に戻り、この事件を考えて行かなければいけないだろう。しかし現場付近に、最低でも2人もしくは3人の男の陰がチラついていることは確かのようで、その線の可能性から考えてゆくことになりそうだ。幾つかの俗説も視野に入れながら、今後も事件の検証を続けてゆきたい。

「報道スクープSP 激動!世紀の大事件III」 を視聴

昨日フジテレビで放送された 「報道スクープSP 激動!世紀の大事件III」 をみて、世田谷一家事件において知らなかった事実が存在した。今回は、私自身知らなかった新事実を中心に考えてゆきたい。


【世田谷一家殺害事件】犯人は誰?15年目の新事実 投稿者 ponpocorin

1、スケーターと宮沢家のトラブル

被害者宅から、道路挟んで向かいにはスケートボードができる広場がある。夜遅くまで滑ったり騒いでいたりしていて、みきおさんと揉めていたことは、以前からよく知られた話だった。しかしこのたび番組では、目撃情報により新たなトラブルが明らかになった。

公園内を歩いていた、みきおさん と にいなちゃん。滑ってきたボーダーに、にいなちゃんが轢かれそうになるトラブルがあったのだという。再現VTRでは、みきおさんが一方的に謝れみたいな形だったものの、番組で映っていたメモを見ると一触即発の緊迫した状況だったことが伺われる。

事件現場に残された様々な遺留品からも、スケーターとの関連性が疑われるものが出ていた。そのため以前からこの事件の犯人は、スケートボーダーなのではないかという説が強かった。今回のトラブルや深夜の騒ぎなどから、みきおさんに恨みを持つスケーターの可能性が、改めてクローズアップされることになる。

2,事件発覚時間に、ボーダーが向かいの公園にたむろっていた

バイト帰りの女子大生の目撃情報によると、事件のあった夜23時20分ぐらいに、4,5人のボーダーが向かいの公園でたむろっていて騒いでいるところが目撃されていたという。事件当時、公園にスケーターがいたという話は、耳にはしていた。しかし正確な目撃時間・目撃者の詳細は、私自身知らなかった。

23時20分というのは、まさに事件があったと想定される22時30分前後。事件にボーダー達がかかわっていたかはわからないが、何かしらの音や声、怪しい男の姿などを、ボーダーや女子大生は目撃していなかったのだろうか? 実際には犯行時刻は、もう少し早く、23時~ぐらいだった可能性もあり、実は事件を終えたあとに彼らがバカ騒ぎしていた可能性だって、ありえない話ではない・・・。

フランス人ハーフ説

これは、2006年度ぐらいになって浮上してきた説。にいなちゃんの習い事の場所に出入りする人物に、DNAで推測された条件と合致するフランス人ハーフが存在したという。しかし任意で取り調べた結果、恐らく現場にあった指紋やDNAが一致しなかったのだろう。この男の事件への関与は、ないことがわかった。この男の存在は知っていたが、細かい詳細までは知らなかったので、今回新たにわかったことも少なくなかった。番組では触れられていなかったが、この男はその後フランスに渡仏。その後の行方は、掴めていないのだという。

(捜査関係者のメモ)

スケーターの詳細な目撃情報とトラブルの新事実、詳細を知らなかったフランス人ハーフの説など、多少の新情報はあったものの、事件解決の糸口は見えてこない。しかし今回、番組に協力した捜査員のメモが映っていた時に、画面を静止させ詳細を眺めてみると、幾つか気になることが書いてあった。

1,シャツを出しているのは、若者の可能性

メモの中に、シャツを出して着るのは若者の可能性 との記述が観られる。恐らくこれは、現場に残されたラグランシャツのシワや目撃情報などから、シャツを出して着ていたのがわかっていたのだろう。

目撃された男の年齢(当時20代半ば~30代前半)と同世代の私からすれば、シャツを出して歩くことは珍しくない。しかしこれには、一つ大きな条件がある。

シャツを出して歩く場合、それはシャツを一番外に着る場合 だということ。例えばシャツの上にセーターを着るとか、何かを上に着る場合、中のシャツはズボンに中に入れるということ。犯人は、最低気温2度にもなった30日に、ラグランシャツ一枚だったということだろうか。しかし現場には、ユニクロのジャケットがイスにかけられて遺留品となっている。と考えると、ユニクロのジャンパーを上にはおり、その下にはラグランシャツを一枚羽織るような、非常に薄着で現場に入った可能性があるということか? 29日に成城学園駅で目撃された男は、現場の遺留品にそっくりなものを着ていた。その男は、12月なのにラグランシャツ一枚で歩いていたという。そのことを裏付けるような、話だとは言えないだろうか。

2,飛び出してきた男、公園内に若い男・****** とか

メモには、****** とか 最後の部分は塗りつぶされていて読めなかった。文脈から読み取ると、飛び出してきた男、公園内に若い男 の他に、もう一つ容疑が疑われる人や物があったのではないかと想像する。ここでこれが何なのかわからないのだが、黒いセダン だとか、中年の男 だとか、共犯や犯人に関わるもの が書かれていたのではないのだろうか。しかし何故、この部分をあえて塗りつぶしたのか? すでに疑問点はクリアにされ、事件との関連性はないとわかっていたからなのだろうか?

3,内側から外側に徐々に広がってゆく二人・・・

事件前に目撃された不審者情報のことだと考えられるが、事件当日複数から目撃されていた中年の男と若い男が、同じ付近で観られた目撃情報の話の可能性が

この話は訊いたことのない情報だが、少なくても事件前に怪しい男が二人は存在したことを、捜査関係者も掴み重要視していたということなのだろう。これは以前から指摘するように、埼玉の興信所で宮沢家の調査を依頼した、アオキノブオ と アンドウ なのか、あるいはこの事件にをサポートしていた他の男だったのではないのだろうか? 

4,猫虐待事件の詳細

今回の番組で初めて、宮沢家近くの動物虐待の詳細が明らかになった。ボーガン男、動物を虐待して捕まった主婦の他に、もう一人、動物を虐待していたと思われる、捕まっていない人物がいる。これらの虐待の傾向や、事件の関与がわからない虐待事件がまだ残っていた。まだ動物虐待の犯人は、別にもう一人いた可能性が考えられる。

1匹目  8月 祖師谷公園南出口付近で発見

2匹目  9月 祖師谷公園南側出口から、西に行ったところ

3匹目 12月 公園北側出口から西に向かったバス停近く


元々私は、動物虐待を繰り返してた男が、人へと移っていた犯罪だとこの事件は捉えていた。また黒ムツさんの2回目の書き込みにも、この事件の動機は、家族に動物虐待の現場を観られたからだと書かれている。しかし興信所に宮沢家のことを調べてくれと最初の連絡が入ったのは8月。更に再度連絡が入り、お金が振り込まれ実際に調査されたのは10月。そう考えると、アオキやアンドウと、動物虐待を結びつけることはできないことになる。少なくても彼らが宮沢家の場所を把握したのは、10月以降だからだ。12月の猫の発見現場と宮沢家が近いのは気になるが、アオキ・アンドウ の線から動物虐待を結びつけるのは、難しいと実感した。

しかし知らなかった事実という意味では、今朝報道された同じフジテレビの「報道2001」のほうが私にとっては大きかった。またこの番組については、次回の更新の時に触れてみたい。

俗説のその後

一橋文哉氏が先日発表した「世田谷一家殺人事件」を読んでの最大の収穫は、これまで様々に浮上し消えていった俗説に対し、一橋氏が取材を進め、その後の状況を解明していることにある。これまでウヤムヤになっていた様々な説がどうなったのかという不快感を、見事に解消してくれている。今回は、そのなかの幾つかをご紹介してみたい。

事件直後に手を怪我した男

年明けすぐに、手を怪我をした22歳の男が病院で治療していたことがわかり、マスコミも大いにこれを取り上げた。この男は、事件前に宮沢家にも出入りしていたということで、俄然クローズアップされることになる。この中国人の男は、世田谷に友人がいて時々祖師谷公園をジョギングしていただけだったというのだ。そして手の怪我も、おろし金で怪我をしただけということで、厳しい取り調べはあったもののシロだと断定されたとのこと。

この話は、今までその後が全く伝えられなかっただけに、どうなったんだという意見は今でも多かった。事件直後は大変な反響だったものの、一紙の報道でその後他社が追随することなく、この説は下火になってゆく。

広島で手の治療をした男

広島の病院で、手を怪我した170センチ台の若い男が市民病院に現れた。そして総合病院を紹介したが、その後現れなかったという。しかしこの男、近くの別の病院で治療しており、怪我もドアで手を挟んだだけだということがわかったそうだ。

犯人像にピッタリな男

現場近くに住む10代の男は、175センチ・A型だったという。事件直後から行方不明になり、正月開けても会社に無断欠勤していたそうな。しかし男性は、会社に無断で帰省していただけで、指紋も一致しなかったのだという。

その他にも

慶応大学中退の精神的に不安定な世田谷区に住む男(22歳)、自宅に血痕を残して行方不明になっていたタクシー運転手、事件当日、現場付近をうろついていた杉並区の男性(28歳)、霊感があるとして祖師谷公園を徘徊する若者(23歳)など多くの不審者情報があったものの、アリバイがあったり、指紋が一致しないなどで、全員シロになったというのだ。

手に傷を追って帰ってきた男

中でも捜査陣が色めきたったのが、事件から1年ほどして、都内に住む女性から「同居人の男性が、2000年の大晦日に手に傷を負って帰ってきたとの情報提供があったのだという。男は犯行を自供したものの、窃盗犯で空き巣に入ったのがバレたと思い、別の事件を自供したのだという・・・。

東武日光の男

事件の発覚した31日に、東武日光駅の駅長室で傷を手当した男がいたが、事件発覚から10ヶ月以上経ってからの捜査員を派遣で、後の祭りとなったという。この当時捜査は、深夜~朝方に犯人が逃走ということで捜査を進めていたため、この目撃情報は後回しにされてしまったのだという。

これ以外にも著書では、他の様々の俗説についても触れてられている。その辺については、また後日まとめて取り上げてみたい。しかし私が思うに犯人は、必ず1度は捜査線上に浮かんだか、あるいは捜査の手が犯人に近づいた場面かあったのではないかと考えている。しかし何かしらの理由で、シロと判断されたのではないかと。しかし私は、恐らくその中でシロと判断した人間の中に、犯人及び事件に関わった人物がいたのではないかと推測する。

特に一人からのアリバイぐらいで、捜査線上から外れていったような人物には、再度検証する必要があるのではないのだろうか? ここにあげられた話の中で、最も事件との関わりを感じるのは、その他のところに書いた 当日に現場付近をうろついていた杉並区に住む28歳の男性という話。というのは、前から言うようにこの事件は複数犯による犯行である可能性があり、主犯だけではなくても間接的にこの事件に関わった人物が存在した可能性も。私は、犯人のアジトが当時、杉並区方面にあるとふんでおり、外で見張り役をやっていた一人の可能性もあったのではないか? この男を捜査から外した細かい経緯はわからないが、彼ならば現場の指紋とも一致しないだろうし、アリバイを証言している人物が共犯だった場合、無実が成立してしまう可能性だってあったと思う。

ここからは私の憶測になるが、事件を外で見守っていた共犯者たちは宮沢一家を殺害したことを確認した時点で、現場から離れたのではないかと考えている。彼らは実行犯とともに、現場からほど近いアジトに戻ったのではないかと。もし事件に携帯を使われていなかったとしたら、主犯や共犯への状況を説明しに家から出てきた可能性だって考えられるのだ。そして傷の手当、帰り血の洗浄や服の交換、新たな凶器の準備などのため、一度アジトに戻った可能性は捨てきれない。

そして実行犯のみが、自転車などで現場に戻り再度現場に潜入。1時過ぎのパソコン起動や家の中を時間をかけて散乱させたのではないのかと。少なくても1時過ぎのパソコン起動の最大の理由は、何かを探していたというよりも、こういった共犯者・主犯のアリバイ作りのためだったのではないのだろうか。彼らにアリバイが存在すれば、実行犯のアリバイだってでっち上げることも可能だっただろうと。

捜査陣は新たな情報を追い求めるのも良いが、改めて捜査線上に浮上していた不審者達を、もう一度洗い直すべきではないかと。捜査がとっかかりを失ったのは、犯人がうまく捜査の網をすり抜けただけなのかもしれない。これだけ捜査をしてきて、全く犯人に近づく場面がなかったとは、どうにも考えづらい。
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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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