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飛び出しマン

今日は、犯行時刻と目される23時30分前後に、母と娘二人が同乗する車に、被害者宅方面から急に飛び出してきて車を横切ったと言われる 飛び出しマン について考えてみた。この男は、車に轢かれそうになるも、全く気にすることなく道路際のコンクリートに昇って被害者宅を見ていたという。この情報が確かならば、犯人とつながる可能性が高い有力な目撃情報となる。

tobidasiman.jpg

現場付近で目撃された男は、主に二つに別れる。一人は40代の中年男性。そしてもう一人が、20代~30代ぐらいの短髪の若い男という情報が多い。この飛び出しマンは、後者の若者の部類の方だろう。この年令の違いは、犯人が複数犯・はたまた片方は事件と関係ないのか、両方共犯罪に関わっていないのか? あるいは、人によって見え方が違い同じ人物を指しているのだろうか?

2015-03-26 12.47.28

さて上記の写真は、私が以前現場に行った時のもの。写真が小さくてわかり難い方は、クリックして頂けると大きくなってわかりやすい。この写真は、祖師谷公園の中央を走る道で、南側方向から北側の公園出口方面を写したもの。場所的には、写真左手が宮沢家裏の通称ポッポ公園と呼ばれる公園で、右側にスケボー台があったり公園事務所がある。

写真右側にコンクリートが段になっており、恐らく飛び出しマンはこの上に乗って、被害者宅を見たということなのだろう。ちなみに写真正面に見える壁が、駒沢大学の野球部グランドのフェンスで、その前がバス通りになっており狭い道ではあるが、交通量が多い道となっている。深夜1時半ぐらいに、自転車に乗った男が車も気にせずにこの道路に飛び出してきて、被害者宅を何度も振り返りながら走っていったと言われる通りだ。

しかし似顔絵の男の絵をみると、このあと道路端のコンクリートの段に昇ったとなれば、目撃者は下の写真の方に向いて車を走らせていたことになる。そう、公園北側のバス通りから入ってきて、南側へ向かっていたということだろう。

2015-03-26 12.47.22

まさにこの写真の横断歩道こそ、ぽっぽ公園からスケボー台のある公園に渡る人のための横断報道。前方に見える手前の電信柱付近が、宮沢家裏手の浴槽などがある部分と公園フェンスとの境の部分であり、このあたりから飛び出しマンが飛び出してきた可能性が高い。この辺の道路端のコンクリートの高さは、50センチ~70センチぐらいではないのだろうか?

その電柱の少し先に赤いものが見えるのが、宮沢家の玄関方向へと続く道で、今は赤いコーンがあって入ることはできない。年末のNHKの番組では、この道路から飛び出してきたようにも図では描かれており、実際どちらから出てきたかは番組を見る限りよくわからなかった。しかしこの位置は重要で、犯人が浴室から出入りしたのか、玄関から出入りしていたのか、この事件を考える上では大きな意味を持つのだが。

さてこの道路、道幅が狭いと言われるが、実際のところ普通サイズの乗用車ならば(大きな車同士は気を使うかも)、すれ違うのはそれほど無理のない幅があるように思う。事件前から、ここに公園を利用をする人間などが車を停めてしまい、近隣では問題になっていたというが、そこまで問題になるほどの狭さなのだろうか?しかし私が行った日は、車一台この通りには止まっていなかったことから、最近では取り締まりが厳しかったり、公園を利用する人にも注意が徹底されているのかもしれない。

ただしひとつ問題になるのは、宮沢家の玄関方向に伸びる道から曲がろうとするところに車があると、曲がりきれず出ることができない、そういった可能性がある。その辺が、トラブルの大きな元となっていたのではないか? いずれにしても黒いセダンは、この道路近辺でたびたび見かけられたと考えられる。

ここからは全く余談の話だが、私が仕事で 横浜市磯子区の洋光台南団地 付近を走行中に、道路を横断する男の形が、まさにこの似顔絵とウリ二つに見えたことがある。

当然それは、私がこの事件に興味を持っていて、潜在的にそういったものと重ね合わせてしまったのだろう。その男の人相はよく覚えていないが、恐らく50~60代ぐらいではないかと思うのだ。結構白髪まじりで、この飛び出しマンも生きていれば、そのぐらいの年齢で、こういう風に見えるのかもと思ったのを思い出す。しかしそれほどこの男は、急いで道を横断しようとしていたわけではなく、ちょっと早足程度でもこのような形になるのだなぁと思ったものだ。

ただ飛び出しマン・1時半に自転車に乗った男、事件から5年近く経ってから匿名でかかってきた電話では、現場付近から飛び出してきた男と車で接触したという女性がいたいう。この車の存在を気にしないで走る男の目撃情報は、ほぼ同一人物じゃないかとしか思えない。すべての目撃情報が本当のことだったとすると、この男は何度も車に轢かれそうになっていたことになる。恐らくそう考えると、何度も時間をおいて轢かれそうになったわけだ。 そこから導き出されるのは、この男は最低二回は被害者宅からの出入りを繰り返したのではないかということ。そう考えれば、1時18分のパソコン捜査や1時半の自転車の男が、犯人だった説明もつくことになる。ちなみに血痕は家の中でしか発見されておらず、大きな怪我でという割には現場でしっかり止血したということだろうか。恐らく怪我の度合いが大きいと判断されたのは、かなりの量の犯人の血液が現場に残されていたからだろう。

ちなみに車で接触したという女性の証言によると、右手が怪我したと考えられているが、左手から血が流れていたと証言していたと言う。これは、包丁で怪我したものなのか? 接触によって新たに出血したものなのかはわからない。しかしそれならばその付近に、血痕はなかったのかという疑問は残る。警察は事件後、周辺を徹底的に捜査しただろうから、それはなかったということなのだろう。そのとき男は、「大丈夫」と一言行って現場を去ったという。

少なくても私は、この飛び出しマンとそれと類似した目撃情報の男は、事件に大きく関わっていると考える。その行動の異常さが、この事件全体の犯人像と大きくリンクしているから。車と接触した女性が電話してきたのは、この男の似顔絵と、自分が接触した男が良く似ていたからだという・・・。果たしてこの男は、黒いセダンの持ち主なのか? はたまた黒いセダンの運転手は、この男と共犯者として別にいたのか。それとも、全く事件とは関係ない第三者なのか? しかしこの異常な男が、現場近辺以外で23時半以降目撃されていないことを考えると、ここからなにかしらの交通手段で現場を離れたと考えるのが妥当ではないのだろうか。 それもこの錯乱した状態から考えると、自分が運転して移動したわけではななさそう。ただし主犯がこの時間に現場にいたとなるとアリバイが成り立たないので、この時間には主犯(黒いセダンの男が有力)は意図的に現場から離れていたと考える方が、共犯の場合理にかなっていると思うのだが・・・。 黒いセダンの目撃情報は、事件前の22時以降を最後になくなっている。これは、単なる偶然だろうか?
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黒いセダン 

事件当日に みきお さんとモメていたという目撃情報は、実は誤りだったのではないかと前回書いた。しかしこの事件を考える上では、家に侵入したのは一人だったにせよ、それを手助けした人間がいると考えた方が、いろいろ辻褄が合うのは確か。共犯がいたかどうかは、未だに私自身半信半疑。そこで泰子さんもその存在を気にしていた、黒いセダンの目撃情報について考えてみた。

黒いセダンの詳細については、一橋文哉氏が書いたと思われる記事に詳細な時系列がある。これに私の知り得る情報をプラスしてみたい。

12/04
私道に黒(紺色)セダン

12/19
私道に黒(紺色)セダン

12/24
泰子さんの姉の夫、英国より帰国

12/25 「家の前の道路に最近ずっと車がとまっている」とみきおさんの父に泰子さんが電話で話す

12/26
私道に黒(紺色)セダン

12/27
17時03分、2chに「黒ムツさん」の投稿。
宮沢さん宅前の私道から家の様子を覗いていた不審な男性

12/29 公園警備員と二人組の男がもめているのが目撃される

12/30

一家4人で家の大掃除を行っていた(入江さんの著書によれば)

12時00分前後、私道に黒(紺色)セダン

16時30分頃、宮沢さん一家、玄関にしめ飾りをつけた後、成城学園前駅近くの商店街に自家用車で外出

17時00分過ぎ、私道に黒(紺色)セダン

18時16分 泰子さん、千歳烏山駅近くの写真店で現像写真を受け取る

18時38分 泰子さん、隣の薬局で四千円分の買い物。
  のち帰宅

20時20分 私道に黒(紺色)セダン

20時半~21時 師谷の第七分団消防団による見回り(異常なし)

22時00分 私道に黒(紺色)セダン

泰子さんと男が言い争う声(23時頃という説も)

22時15分 みきおさんインターネットに接続

22時30分頃、175cmの黒ジャンパー、黒っぽい帽子を被り、運動靴を履いていた若い大柄な男が宮沢さん宅前で目撃される

22時50分頃まで、みきおさんが趣味のアニメーションビデオを鑑賞。

山梨学院大付属の野球部のバックを持った若者が、公園で親子(と思われる)でキャッチボールしていたのが目撃されている

23時30分前後、事件発生
  175cm、四十歳前後の眼鏡をかけたスーツ姿の男が公園近くで目撃
 現場方向から飛び出してきた男が、車を横切りぶつかりそうになる(飛び出しマン)
      
12/31
01時00分 犯人、インターネットに接続

04時00分 朝日新聞の女性新聞配達員が郵便受けに新聞を届ける

10時05分 犯人、インターネットに接続

10時30分過ぎ、事件発見

まぁ事件当日の目撃情報はともかく、それ以前の情報をどのように集めたのかは気になるところ。この記事を信用するのであれば、12月ぐらいからたびたび、現場で車が見られたことになる。実際は未確認なだけで、もっと多くの回数現場付近にこの車があったのかもしれない。

すでに事件発覚当初の航空写真を見る限り、近隣の家の状況は殆ど今と変わっていない。しいていえば、向かいにあった2軒の家が取り壊されてなくなったことぐらいだろうか。少なくても事件当日の昼の12時~夜22時ぐらいまではたびたびそこに車があり(微妙に車の位置が変わっている)、近所の人が不審がっていても不思議ではないだろう。

また年末の番組では、近所の人がこの車の横を通った時に、車のエンジンはかかったままだったという。更に出かけて戻ってきてもなお、車はあったという。確か17時の目撃者は、郵便局の配達の人だったと記憶している。そして恐らく 20時20分と22時の目撃情報が、この人の目撃情報ではないのだろうか?

少なくてもこの時間帯であることを考えると、公園にテニスに来た人だとかいうことはないだろうし、年末年始だったことを考えると、営業の人が時間を潰していたのとも違う。祖師谷公園は大きな公園なので、私が確認しただけでも3箇所のトイレがあり(実際はその倍ぐらいあるのではないのだろうか)、タクシーの運ちゃんみたいな人が、トイレ休憩のため停めたというのも時間帯やその長さからして考え難い。

当時あの近辺には4軒の民家しか残っておらず、やはりこれらの家を監視していたと見るのが妥当だろう。祖師谷の第七分団消防団が午後8時半から9時の間、軽トラックに乗って宮沢さん宅周辺を見回ったが、公園には人けがなく、暴走族のバイク音もしなかったという情報があるが、この時に黒いセダンが止まっていれば、当然記憶に残っていそうなのものだが、この時間帯の黒いセダンの目撃情報はない。いわゆるお婆ちゃんが、宮沢さんの家のピンポンが鳴ったと証言した時間帯のあたりであるが、特に目撃情報はなかったようだ。

また23時半頃の飛び出しマンと遭遇した家族は、公道に止まっていた黒いセダンは目撃しなかったのだろうか? もしこの黒いセダンが共犯によるものならば、犯人を現場に送っていっただけなのか? しかし逃走のときは手助けしなかったのか? その辺も含めて気になる。果たしてこの黒いセダンは、事件に関わっているのだろうか?

しかし一橋氏の時系列には記されていないが、23時半前後には飛び出しマンが車の前を横切ったと目撃情報もあるし、22時だか23時だか詳細が定かではないが、泰子さんと男が言い争う声も聞かれたという。

またあまり知られていない情報だが、私のツィッターには、この事件があったと思われる時間帯に、隣の公園で親子がキャッチボールをしていたのを目撃したという話もあり、当然これを目撃した人も現場付近にいたわけである。人けが全くなかったと言われるわりには、それなりに人の往来や現場付近にいた人物はおり、もう少し黒いセダンなどの目撃情報があっても良いような気はするのだが・・・。 少なくても残された情報からは、飛び出しマンとこの黒いセダンの人間の関わりは証明されていないし、この二つの目撃情報の人間が、犯人だと決定づけるものも見つかっていない。

ちなみに、この黒いセダンのナンバーは、 春日部ナンバー だったという目撃情報が残っている。

新たなる可能性

元ネタか何なのかわからない中に、2ちゃんねるのスレッドに次のような書き込みがある。裏の公園で現場宅を見ていた不審者を泰子さんとにいなちゃんが目撃していて 泰子さん経営の塾から帰る大学生に、にいなちゃんが「公園に変な人がいるから気を付けてね」 と言っていた と。世田谷一家殺人事件 Part11 120

塾から帰る大学生ということは、恐らく公文塾でアシスタントのバイトでもしていた女の子がいたのだろう。公文塾は通常、小学生・中学生ぐらいまでが相手で、その付き合いで長くても高校生ぐらいまでが通う場所らしいので。

こうなると不確かな情報も含めると、泰子さん・みきおさん、にいなちゃん、お婆ちゃんと、礼君を除くすべての家族から不審者を気にする発言なり行動が見られており、恐らく家族の中では共通の認識があったものと思われる。少なくてもこの人物が犯人だとすれば、犯人にとっては家族に顔が見られてしまっていたという自覚はあったのかもしれない。

また事件当時の記事にこのようなものがあったという

世田谷一家殺害で学習塾関連を捜査
東京・世田谷区の一家4人が殺害された事件で、現場に大量に散乱していた書類は、妻が経営する学習塾の名簿が中心だったことが新たにあきらかになりました。警視庁は学習塾関係を重点に捜査をしています。
 この事件で殺害された会社員、宮沢みきおさんの妻、泰子さんは10年ほど前から自宅1階で学習塾を開き、小、中学生を中心に 教えていました。警視庁が殺害現場で大量の書類が散乱した2階を詳しく調べたところ、その書類は学習塾の生徒の名簿や、関係書類が中心だったことが新たにわかりました。

 名簿は犯人が丹念に調べ、仕分けしたような跡も ありました。さらに、こうした書類の一部は、2階の浴室や居間にまで ばらまかれていました。警視庁は犯人が一家を殺害したあと、1階の学習塾の部屋から名簿などの書類を2階の浴室などに持ち上がり、 調べていたとみています。

 また、現場に残されていたトレーナーは、去年、若者の間で流行したタイプで、警視庁は、泰子さんが経営する学習塾に何らかの関係がある、若い男による 犯行という見方を強め、学習塾関係を中心に 捜査を進めています。


犯人が仕分けしていた書類の中心は、塾関係のものだったということ。では前にも触れたが、何をしようとしていたのか? この公文に在籍していた・関わっていた証拠を消そうとしてのたか? しかしそれならば、同時期に通っていた生徒や講師の人が思い出せば、そのような証拠を消したところで、大した意味がないのではないかと以前にも書いた。

ここで一つの仮説を説く。最初の書き込みも絡めると、犯人が探していたのは、公文塾に関わるアシスタントなどの職員の情報・あるいは生徒の情報を手に入れることではなかったのかということ。ただし生徒となれば近所なので、狙った生徒など住所で調べるよりも、あとを付いてゆけばたどり着ける可能性が高い。しかし相手が、アシスタントだとなると、公共機関を使う(近くのバス停)とか、あるいは車やバイクで公文塾まで来ていたなど、犯人が追い切れない場所に住んでいた可能性があるのでは?

しかしもしその情報を盗みたいだけが目的ならば、一家を殺害する動機としては薄い。やはりこの犯罪のターゲットは 宮沢家にあり、次の犯罪の候補として、塾の生徒やアシスタントなどの情報を探していたかもしれない。

もしくは犯人が気になっていたアシスタントがいたが、どうも辞めてしまったのか最近姿が見なくなった。その理由をこの家族のせいだと思って逆恨みしたり、情報を聞き出そうとしたが教えてくれなかったことへの恨みなどの可能性も無きにしもあらず。

そう犯人自身は、この塾に通っていた生徒でも、職員などでもなかったのではないか。そうでなければ、生徒や職員関係者は真っ先に事件との関係性を疑われたわけで、それでも犯人にはたどり着けなかった。まして家族が不審者の存在を気にしていても、それが顔見知りだったという形跡は、何処からも出てこない。それでも犯人が塾の情報を得ようとしたのは、塾に通う生徒かアシスタントの情報(住所や電話番号など)を探していた塾とは無関係の第三者だったからではないのだろうか。

問題は、その個人情報を最終的に見つけ出すことができたのか? また通っていた公文塾の生徒やアシスタントに、その後被害はなかったのか? その辺は気になるところ。しかしそういった話がその後も出てこなかったということは、犯人は探していた情報を、結局最後まで見つけることができなかった可能性の方が高いのではないのだろうか。

もしそういう情報が見つけられなかったとするならば、にいなちゃんとも接点のあった塾生やアシスタントの人たちとの関係さえわかっていれば、子供の机まで荒らした理由も説明がつかなくもないということ。当初は偽装工作だと思われたこうした行動にも、偽装工作以外でも一応の説明がつく。

あと今回の話とは関係ないが、事件当日の30日に、みきおさんと男二人が言い争っていたという話がある。今にまでその話は、信憑性のある情報として残っている。しかし事件直後の地元の人の話によると、

言い争いをしていたのは、公園管理事務所の警備員と、「ベージュ色」の上下作業服の男と「紺色の制服姿」の男だったというのだ。それも30日ではなく、前日の29日午後の話だったという。みきおさんは、十メートルほど離れた玄関横に居合わせただけだったという。

こうなると事件前のトラブルが、いかにも犯人ではないかと思わせていたこのトラブル情報が、みきおさんと関わっていたのかは大きく揺らぐことになる。ここからは想像だが、みきおさんの家の近くの道路に車などが停められてしまい、それを注意するように みきおさんが、公園管理事務所に連絡。それを受けて注意した警備員と車の持ち主とのトラブルだったのかもしれない。

しかしこの目撃情報が大事だったのは、二人組の男だったということで、事件は単独犯ではなく複数犯(二人)によるものだったのではないかと匂わせる情報だった。しかしこれが書き込みのとおり事実と異なるとなると、この事件の犯人が単独犯であった可能性が高まるのではないのだろうか。

ここまでの整理6

久々に、ここまでの推理を整理したいと思います。

犯行開始時刻  22時半頃

潜入箇所     何かしらの方法で侵入(浴室からが有力)

殺害順      礼君 → みきおさん → にいなちゃん・泰子さん
もしくは      みきおさん →  にいなちゃん・泰子さん → 礼君

犯人の目的   一家全員の殺害 あとの行動はアリバイ工作の可能性大
          20世紀中に、自分の欲求を叶えたかった
          ストーカー的な粘着質な犯人が引き起こした快楽殺人

犯人像      メンタルに問題を抱えており、 アスペルガー症候群の可能性も 

犯人の年齢        当時40代以上の可能性 (単独犯の場合)
               当時未成年者の可能性も

主犯と実行犯の場合: 主犯が当時40代以上・実行犯は未成年の可能性も 
               (親子もしくは親子のような服従関係

事件前の兆候   事件前から動物虐待などを繰り返していた
            事件前・事件後も2ちゃんねるなどの書き込みの可能性
            泰子さんへのいたずら電話や家族に目撃されていた不審者

犯人の住まい  徒歩圏内とは限らないが、容易に往復ができる距離
           (自転車などで往復できる距離)
           現場から北東方向・八幡山駅周辺など

犯人の仕事: 建設業や塗装業など、高いところや足場のないところを昇り慣れている

犯人の環境:  長年シンナーなどを自然吸引してしまい前頭葉の萎縮の可能性
           もしくは親の愛情を受けにくい複雑な家庭環境で育った可能性も

組織の関与   組織的犯罪ではなく、少人数もしくは単独犯

犯人はプロ?  元軍人や殺し屋の可能性は低く、殺人に興味のある素人

???      リビング付近に未発表の大きな痕跡の可能性      

逃亡時間     夜中の間に逃亡が有力(ただし何度か出入りしていた可能性が)

犯人の国籍   日本人・もしくは日本で育った外国籍・日本に長く住む外国人など
          (事件前に来日したような強盗的な色彩は薄く、日本に生活の拠点があった人物)

現在の犯人   (精神病棟など)特殊な環境で隔離状態、
           自己完結してしまい今は事件のことを悔いて生活している可能性も

忍び寄る怪しい陰 2

何故不審者が、泰子さんの携帯番号まで知り得たのだろうか? 今から15年ほど前ならば、今ほど個人情報にうるさくなかった時代。電話帳を開けば、商売をやっているような人間ならば、自宅の電話番号を載せている人は今でも少なくないはず。しかし電話がかかってきたのは、泰子さん自身の携帯であるということ。すなわち、犯人は泰子さんと何かしら接点があった人物だと思わなくもない。

しかし私はここで、一つの仮説を説く。それはいま公文教室のHPを見ると、その教室の代表者の電話番号が掲載されていることに気がついた。もちろん人によっては、自宅の電話番号のみの人もいる。しかし教室によっては、連絡がとりやすいように個人の携帯番号を一般に記している人もいることがわかった(他の公文教室のHPで調べてみたら)。当時泰子さんが開いていた公文教室のHPを見つけることはできなかったから確信は持てないが、恐らく犯人もそのような方法で(それに似た方法で)、泰子さんの携帯番号を知ることになったのではないかと考える。変なイタズラ電話が、いつぐらいからかかるようになっていたのか? どのような内容のものだったのかは明らかにされていない。

黒ムツさんの例の書き込みがなされた掲示板そのものを読んでみた。このスレッド全体が黒ムツさんで構成されており、実際この書き込みをした人物が、ここで発言されているすべての黒ムツさんではないはず。しかし例の書き込みは、この中でも異彩を放っている。原文のまま引用すると次のようになっている。

170 名前: 黒ムツさん 投稿日: 2000/12/27(水) 17:03

俺は3歳のガキの頃から鼠を刺し殺し、又はては烏に与え、これを13歳に成った今でも続けている。其れと並行して犬も殺すことを7歳の頃に覚えた。最初に殺すのもあまり躊躇いは無かった事が鮮明に記憶に残っている。俺に突然噛み付きかかって来た体長約60cmの少し大き目の犬だった。一発蹴るとまだ噛み付きかかって来やがるので、俺は犬の腹を引き続き蹴った。何発蹴ったのか覚えていない。死んだ時には其の犬は口から大量の血を流し、腹からは内臓が少し食み出ていた。勿論今でも此れは野良犬を見掛けるとやる。いまでは蹴る力も倍増し、手でバラバラにする事さえ躊躇わないようになった。 悪臭がするが そんなこと気に為ない。猫にも時々同様のことをやる。猫を顔を含め包帯でぐるぐる巻きにした上で、内臓を切り裂いて取り出し、道路に放り出して置く。すると烏が咥えて持って行ってしまうか、自動車に引かれて余計に悲惨な光景に成る。が、其れがまた快感だ。 友達とどちらの結果に転がり込むか賭けをしたことさえある 。最近では人間を切り裂いて内臓を見たいとも考える。あの歌舞伎町で起きたビデオ屋爆破事件の容疑者の少年が供述していたように。今では隣の幸せそうな家族を見るとあの大分一家殺傷事件のようにしてしまいたいとも思う。決行日は12月31日午後11時59分だ。21世紀がやって来る前にちゃっちゃと殺ってしまおうか考えている。

ここで気になるのは、明らかに このスレッドで書き込まれている書き込みとは形式が違うということ。何が違うかというと、改行がなされていなく、非常に長文であることに気がつく。

そうここから考えられるのは、この書き込みは、このスレッドに思いつくまま書かれたものではなく、あらかじめ何処で作成した文書を コピー&ペーストでもして、ここに貼り付けたのではないか? 下手するとこれは、元々2ちゃんねる用に作成した文章ではなく、他に使うために作成した文章。もしくは、すでに何処かで使用した文章だったのかもしれない。犯行予告的に何処かに配布でもするために以前から準備していたものを、2ちゃんねるに使おうと考えたかもしれない。

しかしこの文章、ところどころおかしい。文章の内容が飛んでしまったり接続詞がおかしくなっている。これは、元々何かもっと書いてあったものを自分が特定される危険性を感じ、その部分を削除したり修正しようとしたのかもしれない。もしくは、文章の心得が未熟なものが作成した文章という見方もできる。

ここで2つ、興味深いキーワードが出てくる。ひとつは、悪臭がするが だ。これは、私が犯人は以前から動物虐待を繰り返していたのではないかと触れてきた。黒いハンカチに香水を付けたのは、こういった臭いのことを経験上事前に知っていたのではないかと指摘してきた。そうこの文章を書いた人間は、実際に動物虐待をした経験があるのだろう。そうでなければ文章の中で突然臭いの話が出てくるのは、話の流れとしても変だからだ。

もう一つは、友達とどちらの結果に転がり込むか賭けをしたことさえある。これを読む限り、事件当時は引きこもりだったかはわからないが、以前は普通に友達がいて、ある程度の社会性を感じさせる部分があるということ。そしてこの事件に関与しているかはわからないが、この友人ならば、この男の異常性(友達も同類かもしれないが)を直に知っていた人間がいるということではないのだろうか。特に祖師谷公園周辺の動物虐待の話は、2000年8月ぐらい~事件のあった12月にも起きていたという。これは、単なる偶然なのだろうか?

このスレを読み進めて行くと、一つ気になる書き込みが 269~ 飼っていた小鳥三羽 というのは、確か犯人の残したジャンパーのポケットの中に、飼育用の飼料を食べていたとみられるスズメより小さい鳥の糞も検出されたとの記事が。幼い子どもを躊躇なく殺す犯人にしては、小鳥を可愛がる習慣があるのかと引っかかっていたので記憶にある。この書き込みの主が犯人である可能性は低いと思うが、ここを読む限り過去の動物虐待行為を悔いていることが伺える。これがもし動物虐待の行為自体ではなく、この事件のことを指しているのであれば、犯人の中で自己完結してしまっている可能性もあり、その後同様の事件を起こしていない理由も、説明がつくことになる。その後地蔵を置いたりとかする行為も、そういった一環だったのかもしれない(もちろん地蔵を置いたのが犯人だとは限らない)。

俺、もう齢三十代で・二児の父親だと身元を匂わせる発言している点。更に文章の形態が長文であれ改行もされており、文章がしっかりしているところを見ると、例の書き込みの人物とは別人のような気もしなくはない。ただし生々しい具体的な話を、長文で書き込んでいるあたりには、2ちゃんねるの書き込みをする人間としては、異質なものを感じなくもない。ちょっと気になったので、あえて触れてみた。

忍び寄る怪しい陰

さて最近は、事件前から宮沢家には怪しい陰が迫っていたのではないか。その存在は、随分前から家族も気がついて警戒していたのではないかと書いてきました。今回もその視点から、犯人像に迫ってみたいと思います。

何処かの新聞記事だか、週刊誌の記事だかが出処ではないかと考えられるが、ハッキリしないなかにこのような情報がある。

捜査本部が泰子さんの携帯電話の通話記録を調べたところ、受信記録の中に、掛けてきた人物がすぐに特定できない"使い捨ての携帯電話"からのものが十数本もあったことである。

 泰子さんは事件前、親族に「変なイタズラ電話があって、困っている」と漏らしており、宮澤さん一家が何らかのトラブルに巻き込まれていた可能性を示している。


結構この当時から、使い捨ての携帯電話が犯罪の恩賞になると危惧されることがあったと記憶します。あえて宮沢家などに「変なイタズラ電話」をするために、このような使い捨ての携帯電話を使用していたとなると、計画的な犯人像が浮かんできます。

親族に「変なイタズラ電話があって、困っている」という書き込みは、入江杏さんの中には触れられていなかった気はするが。しかし事件前からそのような行為が観られたとすると、これは極めてストーカー行為に似た犯人の心理が見え隠れする。私が当初から考えたとおり、犯人の目的は 泰子さんかにいなちゃんなどの女性陣に向けられていたのではないかということ。そして犯人は、女性陣への性的な衝動というよりも、弱いもの(特に女性)などに対する、残虐行為などによって快楽を得るような異常な習性があったのではないのだろうか? そう前から言うように、動物の虐待行為から徐々に、人間を殺してみたいという衝動にエスカレートさせた犯人像を私は思い描く。

ここで事件前に2ちゃんねるに書かれた、事件と関わりあいがあるのではないかと言われる有名な書き込みがあるので引用する。

名前: 黒ムツさん投稿日: 2000/12/27(水) 17:03

俺は3歳のガキの頃から鼠を刺し殺し、又はては烏に与え、これを13歳に成った今でも続けている。

其れと並行して犬も殺すことを7歳の頃に覚えた。
最初に殺すのもあまり躊躇いは無かった事が鮮明に記憶に残っている。
俺に突然噛み付きかかって来た体長約60cmの少し大き目の犬だった。
一発蹴るとまだ噛み付きかかって来やがるので、俺は犬の腹を引き続き蹴った。

何発蹴ったのか覚えていない。死んだ時には其の犬は口から大量の血を流し、腹からは内臓が少し食み出ていた。
勿論今でも此れは野良犬を見掛けるとやる。
いまでは蹴る力も倍増し、手でバラバラにする事さえ躊躇わないようになった。

悪臭がするがそんなこと気に為ない。
猫にも時々同様のことをやる。
猫を顔を含め包帯でぐるぐる巻きにした上で、内臓を切り裂いて取り出し、道路に放り出して置く。
すると烏が咥えて持って行ってしまうか、自動車に引かれて余計に悲惨な光景に成る。
が、其れがまた快感だ。

友達とどちらの結果に転がり込むか賭けをしたことさえある。
最近では人間を切り裂いて内臓を見たいとも考える。
あの歌舞伎町で起きたビデオ屋爆破事件の容疑者の少年が供述していたように。
今では隣の幸せそうな家族を見るとあの大分一家殺傷事件のようにしてしまいたいとも思う。
決行日は12月31日午後11時59分だ。21世紀がやって来る前にちゃっちゃと殺ってしまおうか考えている。


さてこの書き込み自体、事件当初から知っていたが、それこそ実際に事件に関係しているかもしれないし、そうでもないかもしれないと半信半疑だった。そういった意味では、この書き込みが犯人によるものだという確信はありませんでした。しかしこの書き込みが一つ、私の中で犯人が動物虐待から人間へのエスカレート、事件を20世紀中に起こす意味があったのではないかと考える大きな要因になったのは確かで、犯人もこれに近い感情の持ち主ではないかと考えてはいました。

改めてこの文章を読んで気になったのは、入江杏さん自身が著書の中で触れられて気がつきました。13歳というのは、まさに入江さんの長男の年齢と一緒。隣の幸せそうな家族というのは、まさに入江家から見た宮沢家への視点なのです。少なくて犯人は、入江さんの息子に対する情報をある程度持っていた、知っていた人物ではないかということ。

入江さん自身も、侵入するならば遥かに宮沢家よりも入江家の方が容易だったはず。それなのに何故、宮沢家だったのか? と書いてます。だからと言って私は、隣の家を疑っているわけではありません。それは事件後徹底的に入江家の方々は、指紋なりDNAなり、そして矛盾がないか徹底的に捜査されたことが、入江さんの著書の中からも伺えます。だいたい中1の息子が、28センチの足の大きさだったかも含めて疑問が残ります。そう犯人は、入江さんの長男や、入江家の人間に疑いを向けさせるというストーリーをあらかじめ描いていたのではないかということ。だからこそ入江家ではなく、宮沢家だったのではないのでしょうか。どうしてリスクの高い、入江さんのだんなさん、杏さん夫婦が帰国した時に決行したのか?その謎は、この夫婦に疑いを向けさせることにこそ、犯人の狙いがあったのではないかということ。

それとこの書き込みにもあるように、20世紀中にこの犯罪を成し遂げたかったという、犯人の強い衝動が働いたものと見られます。私はこの書き込みを改めてみると、極めて犯人による書き込みではないかと考えるようになりました。事件直後の2ちゃんねるの世田谷一家のスレッドを見ていると、どうも犯人によるものではないかと思われる書き込みが幾つかあります。また入江さんの息子さんが犯人だと仮定するのであれば、両親が帰国する前にこの事件を行った方がリスクは遥かに少なく済んだはず。同居するのは、杏さんの母であるお婆ちゃんだけだったからです。そこまで考えるとこの犯人は、相当宮沢家だけでなく隣の入江家の動向も把握していたのではないかと考えます。

この書き込みが犯人ものだとすると、犯人の動機・人間像も大いに見え隠れすることがわかります。この犯罪は、幸せそうな家族をめちゃくちゃにしたいという、ストーカー的な粘着質な犯人が引き起こした、快楽殺人 だったのではないか と私は結論づけます。

随分前から犯人は狙っていたのでは?

さてここ数日、泰子さんのお姉さん・入江杏さんの 「この悲しみの意味を知ることができるなら」 を拝見していた。何より憶測で書いている怪しい著書が多い中、実際に事件現場を観て、被害者一族と隣合わせで家族同然の付き合いをしていた杏さん。その杏さんの記したものは、他から聞かれるいかなる情報よりも重みがあると考えている。

(警戒していたのは泰子さんだけではない)

その中に気になる部分が。以前にも「大丈夫、大丈夫」とこの地域での危険性を説く姉に対し、妹の泰子さんは応えていたという。その彼女でさえ、公園管理事務所へ隣の公園に常夜灯を設置するように何度も依頼したり、不審者を見かけて通報した記録があったことは、先日ここでもご紹介したとおり。

しかし危機感を感じていたのは、泰子さんだけではなかったようで、第一発見者である泰子さんの母も、公園に不審者がいたことを、何度も何度も事件後警察に話したという。それは、随分と前から日常的に気になっていたことらしい。その不審者というのが、いつも同じ人物だったのか? それとも治安の悪化でそういう輩が集まりやすいことを危惧していたのか?その辺の詳しい詳細までは書かれていない。しかし泰子さんが杏さんがロンドンにいる頃から気にしていたとなると、それはかなり前からそういった不審者の存在を家族が気にしていたことは間違いない。泰子さんは、事件前の26日か何かにも、みきおさんの父に怪しい黒いセダンが最近止まっていると電話で話していたという。いくら何でも話せる関係だったとしても、義理の親を心配させるようなことを簡単に話すだろうか? 泰子さんは、かなり危機感を感じていたのではないかと思うのだ。みきおさんが事件当日の昼間にもめていたという目撃情報が事実だとすれば、こういう不審者をみかねて注意に行ったのかもしれない。

これを聞く限り、泰子さんが「大丈夫、大丈夫」と楽観的にしていたとは到底思えず、かなり日頃から警戒していたことが伺われる。またこれは何処で読んだか忘れたが、みきおさん自身からも子どもたちに対し、怪しい男がいるから一人で公園に出かけるな みたいなことを言っていたとの情報も。こうやって読む限り、かなり宮沢家には事件前から周りを警戒していたことが伺われる。そんな宮沢さんが、夜分に玄関の鍵を開けていたとは思えず、まして人を簡単に招き入れたとは思えない。そのことは、杏さん自身も同様に記している。

この家族が警戒していたという人物が、ある特定の人物を指すのか?それともそういった怪しい人間が、不特定多数存在していたのかはハッキリしない。しかし常夜灯の設置を依頼したり、実際に泰子さんが通報までしていたとなると、かなりただならぬ状況だったのではないかと推測する。もしちょっとしたことならば気のせいかもと、簡単には通報などしないだろう。その怪しい男が、いつもいるとか、自分の家の方をじっと見ているとか、気のせいだとは思えない何かを、感じていたのではないかということ。

もしこれらの一連の不審者が、犯人だと仮定した場合、かなり前からこの家に目をつけていたのではないか?という気がするのだ。強盗としてこの家を狙っていたというのとは、明らかに違う気がするのだ。しかしそこからは、家族と面識のある誰かという感じはしてこない。だからこそ事件後、みきおさんや泰子さんなど、家族の人間関係を徹底的に調べても、その接点を見つけることができなかったのではないか?

犯人にとっては、たまたま公園で見かけた幸せそうな家族。美しい奥さん、可愛い子供 といったそんなことから始まった犯罪なのかもしれない。そこに社会的なつながりなど、存在しなかったということではないのだろうか。 犯人と家族とのつながりは、見かける怪しい男と、それを警戒する家族 という程度の薄い接点でしかなかったのかもしれない。 しかしそれが、4人の殺害に結びつくのかは、犯人のみにしかわからない理由ではないのだろうか。

(何故事件に気がつけなかったのか?)

姉夫婦と宮沢さん夫婦の家の作りに、防音対策がなされていたことは、入江さんの著書にも書かれている。実際に事件後の物音の再現実験でも、物音を聞き取ることはできず、唯一できたのが、屋根裏部屋に続くハシゴを収納した時の音だったのだという。警察もなるほど、隣家族があのような事件に巻き込まれても気がつかなかったことは納得したのではないのだろうか?

私も仕事がら、全国のビジネスホテルなどに泊まることが少なくない。しかし本当に薄っぺらい壁一つとしか思えるほど防音対策がなっていない宿と、非常にその辺が行き届いている宿との違いを感じる。

先日も地方の宿に泊まる機会があったのだが、23時ぐらいに中国人親子が大きな声で廊下を歩く声で叩き起こされたことがある。それもその親子が、どうも私の部屋の隣に入って行ったように感じられた(確認はしていない)。しかし遅くまで出歩いて疲れてしまっただけではないだろう、アレだけ騒がしかった親子の声が、部屋に入ってから嘘のように静かになったのだ。

なるほど防音対策がしっかりなされている部屋というのは、ここまで隣の部屋の音を遮断できるのかと改めて驚いた。宮沢さん一家があれだけの事件に巻き込まれても、隣がわからなかったというのも、ありえない話ではないなと改めて実感することになる。

犯人は、この家が中ではつながっていなかったこと。あるいは、ちょっとぐらい音を立てても隣の家まで響かない構造まで理解していたのだろうか? よりによって隣の夫婦まで帰国し揃った最もリスクが高い時に、何故この事件を決行しようと思ったのか?

もし以前からこの家を監視していたならば、明らかに隣の人数が増えている(杏さんと旦那)ことに気がつかないわけもないのだろう。それでもこの事件を起こす衝動にかられたのか、事件をなし得る自信があったのか? 冷静な判断ができる人間ならば、あえてこの時期を選ぶ理由がわからない(そこからは物取の線は考え難い)。そうむしろ、衝動を抑えきれなくなった、あるいは、このこの時期に行う必要性が、犯人にはあったとしか考えられないのだ。

そしてその衝動は、事件当日みきおさんから直接文句を言われたことで、決定的になったのかもしれない。だからこそ みきおさんの日記には、まだこの日のことが記されていなかったのではないのだろうか? 

招かれざる客

さてこの事件の侵入経路が、浴槽からの侵入なのか、訪ねてきた客を玄関から招き入れたものかさえ未だに解明されていない。

来訪者ならば、その痕跡は必ず残っているはず

しかしもし招かれて家の中に入れられた人物がいるならば、現場にその痕跡は必ず残っていると考える。夜分の予期せぬ来訪だったとしても、常識的にお茶の一つも出さなかったとは考えづらい。しかし現場には、犯人が台所に冷蔵庫に入っていたお茶を飲んだ形跡・コップに唾液の入ったものが残っていた程度で、客を迎え入れた形跡は皆無だったようだ。

突如の来訪で、ましてお茶を出すほどの相手でもなかったのか? 唯一その痕跡らしきものがあるとすれば、パソコンの横に二個のアイスカップが重ねて置かれていた、あるいは紙袋にそれがしまわれていたという話。ここでみきおさんと犯人が、話しながらアイスを食べたという可能性も無きにしもあらず。しかしそのアイスに関しても、スプーンではなく絞り出すようにして食べていたらしく、客人に出したものという痕跡はなかった。何かしら招かれて家に入れらた人物ならば、現場にそれらしい痕跡が必ず残るもの。あとは、スリッパに犯人の痕跡があるのが唯一の可能性か。しかしそれも、事件当日のものなのかどうかも怪しい。例えば4人家族の宮沢さん一家ならば、同じアイスは4つだったのか?もし来客があるとすれば、その来客用に一つ多く購入したとかないのだろうか? 奥さんも夕飯の後片付けをして就寝したのだろうから、洗い物の数、その後に洗っていない食器など存在しなかったのだろうか? 当然警察は、そういった考えられる痕跡は徹底的に調べたはず。しかし来客の陰があったとは、伝わって来ない。

その他の情報としては、泰子さんがブラジャーを付けたままだった(姉の話だとハズして寝る習慣だったのでは?という話)。みきおさんも、普段着のままだった。すなわち誰かが来訪したが、当初の予定以上に長居されていた可能性も否定できない。22時ぐらいに、泰子さんと男性がもめていた声を聞いたものもいるという。これは、泰子さんと犯人なのか、もしくはいつまでも用が終わらないことに業を煮やし、泰子さんとみきおさんとが客いるのにモメてしまったのか? 

また20時半ぐらいに、宮沢家のピンポンがなったと泰子さんの母親が証言していたという。しかしこれは、家族によって否定されたとも言われている。これはどういうことなのか?

勝手な憶測ではあるがこれが否定されたというのは、恐らくまだこの時間までは入江さん家族とおばあちゃんは一緒のテレビでも観て、一緒の場所にいた時の出来事だったからではないのだろうか?そうでなければ、明確に否定される根拠としては薄い。ウチの親などは、ドラマの中で鳴った呼び出し音が家の呼び出し音と混同することが少なくない。事件当時3億円事件のドラマを見ていたという話もあり、その中にそういった場面はなかったのだろうか?しかしこのことが問題にならないぐらい、警察も裏付けはこのことに関しては取れているのではないか。そうじゃなければ犯人の侵入の可能性を、このときと範囲を広げて考えることもしていいはずなのに、今のところその形跡は見られない。否定された明確な理由は、入江さんならばわかっていることなのだろう。

何故子供の引き出しまで開けられているのか?

FBI捜査官のサファリック氏の話でも、こういうことに惑わされては行けないと言っている。子供部屋まで荒されていた・子供の机まで開けられていたとはどういうことなのか? ここで考えられることは

1,物取に魅せかけるための偽装工作

2,探しているものがいつまでも見つからず、そこまで探した

3,そもそも探しているもの自体に、子供が絡んでいるものであった可能性


書類を切ったり、浴槽に入れて選別していたというのはどういうことか?

浴槽に入れ込まれていたものは、みきおさんの仕事関係の書類・領収書、泰子さんの塾の書類、止血に使ったと思われる生理用品、タオル、アイスのカップなど。犯人が選別していたとするならば、これに近いもの・見分けの難しいものを探していたと前にも書いた。そしてそれは、紙の類ものだったのではないかと。

もし選別しないと判別が難しい微妙なものならば、この選別していた人間には見分けが難しいものだったのではないのだろうか?もし何かを探している本人ならば、そんなものを選別しないで、すぐにそれだとわかるのではないのだろうか?

これがもし偽装工作でないとするならば、それは、実行犯以外に事件を指示した主犯 という何か別の人物が背後にいたことの現れではないかと思うのだ。そしてその人物は、少なくても現場には入っていない ということになる。ただし犯人の出入りが複数に及ぶなら、実行犯と主犯が、入れ替わって侵入した可能性も否定できない。しかし現場の足跡を見る限り、侵入した人物は一人の可能性が高いという。

もし捕まるリスクを抱えながら長時間留まったのは、非常に時間をかけて偽装工作をしていたか、探しているものがいつになっても見つからなかった、そういった可能性が考えられる。実際には、事件発覚の直前まで、犯人が現場にいた可能性も否定できない。椅子の背もたれにジャンパーをかけたのも、最初の侵入の時にやったのかもわからない。大掛かりに何かを探そう、偽装工作をしようという前に、身軽な格好になりたかったからかもしれない。

ズボンの謎

ASKの事件簿さんのコメント欄から、週刊新潮1月2・9新年特大号 に次のような記事があったと記されてる。それを引用させて頂くと 

事件現場から採取された指紋は計約百個。うち犯人のものは二十五個で、特に鮮明な指紋が採取できたのは浴室。窓の桟付近に犯人の両手の掌紋と左手の全五本の指紋、右手の親指以外の四本の指紋と親指の第二関節部分の指紋がくっきりと残っていた。捜査本部はほかの場所で採取した指紋を合わせると、犯人の十指の指紋を採取できたことになる。ただ、浴室の壁に犯人の手形がべったりと付いていたと報じられたのは、四人の遺体を発見した泰子さんの母親が誤って手を突いたためで、犯人のものではなかった。

さて私は以前から、犯人の侵入・逃走経路は、浴槽の窓だと考えてきた。しかしここで一つ疑問が生じることになる。というのは、犯人のズボンが現場で見つかっていないこと。仮に返り血を浴びていれば、必ずその跡が浴槽の壁に残るはず。しかし、そういったものは発見されていない。ということは、

1,犯人が逃走するときには別のズボンを履いていた

2,最初からズボンには全く返り血を浴びていなかった

3,浴槽の窓からは逃走しなかった


のいずれかになるのではないのだろうか? 少なくても、血まみれのラグランシャツを脱ぎ捨てていったぐらいだから、2の全く血が付いていなかったというのは考えづらい。そこでもう一つ気になるのが、ラグランシャツは現場に残しておきながら、何故ズボンは持って帰らなければならなかったのか? そこで考えられるのは

1,他の遺留物と違い、普段から自分が日常的に愛用していたものだから

2,みきおさんと犯人との体格差があり、ズボンはどうにも履ける代物ではなかったから


などの理由が考えられる。私はいずれにしても、犯人の家がよほど近くでなければ、何処かのトイレかなんかで、この血まみれのズボンは交換したのではないかと思う。仮に血まみれのズボンは暗ければ目立たなかったとしても、以前も触れたように 動物の血というのは、とても臭いがキツイと言われている。犯人が、包丁を持つのに使ったハンカチに香水をかけたのは、このせいではないのか?と以前指摘した。それだけに犯人が、人混みに紛れるような場所に逃走しようとしていたのならば、その前にかならずズボンを交換し、この香水も臭いを消すために付けたと考える。

問題は、すでに家の中でズボンを交換していたのか、それとも何処か外で交換したのかということではないのだろうか?この事件を考える時の推理に、視覚的な要素から見る人は多いのだが、この臭いの部分から考察する人が非常に少ないのには驚く。

しかしそれならば、浴室からの逃走はないのではないかと言われる方もいるかもしれない。しかしそれならば、何故浴槽の窓付近に指紋を残すか。ましてフェンス際に残った足あとは、金網から公園方向へと足先が向いていたと記憶している。このような足あとの着き方は、通常ありえない。フェンス際で公園方向に向いてよりかかりでもして、更に深く地面を踏み込まない限り残らない足あとだからだ。常識的に考えれば、浴槽(建物)方向から、飛び降りた時に着いた足あとと考えるのが、自然な流れになる。

これも以前に触れたことだが、この事件の随分前(その前の雨は12月19日の僅か0.5ミリ)から東京ではしばらく雨はなかった。地面は極めて乾いていて、更にまだ12月だということで落ち葉が非常に多く足跡が残り難い状況だったと考えられる。それでも明確な足跡がフェンス際で見つかったというのは、かなり高いところから飛び降りたからではないのだろうか? しかし何度も出入りしていれば、もう少しそういった足跡が複数残っていても、不思議ではないという考えもできるのだが。

確定的ではないがここで有力になるのは、あらかじめ別のズボンを用意していたか? もしくは、宮沢さんの家にあったズボンで逃走した。それも血の臭いなどが身体に付いていることを考えると、やはり犯人の住居は人混みに紛れるようなところは避け、比較的現場から近くにあった可能性が高いのではないか? と推測する。そして一度身体を洗い流したり、ズボンを着替えたり、新たな凶器(誰かに出くわしても大丈夫のように)を持って、再び現場に戻ったのではないのだろうか。

私が知らなかったこと

私自身、この事件のことを長らく調べていて、まだまだわからなかったことがあったのでお知らせします。特にその参考にさせて頂いたページがあります。それはここで、ここのブログ について触れていた記事を見つけたからです。

そのサイトには、世田谷一家事件の様々な記事が保存されており、非常に参考になるものでした。そんなページを読み進めてゆくうちに、私自身良く知らなかった事実がわかってきたのです(世間的には新発見ではないのかもしれませんが)。

1,第一発見者の泰子さんの母が、宮沢家に行って戻ってきた時間は5分~10分程度の出来事だったとのこと

これは泰子さんの姉である、入江杏さんの著書に書かれていたこと。31日の午前10時ぐらい、隣の宮沢家に正月のおせち作りのための調味料を借りるため、内線で連絡をします。しかし返事がないので、お母さんが計量カップを持って 宮沢家に出向くわけです。

そこで家族の変わり果てた姿を発見するわけですが、母親が慌てて戻ってくるまでの時間を入江さんは、5分~10分程度のできごとだったと記しています。泰子さんの母は、元看護師だったと何処かで訊いたことがあります。そして家に入り倒れている みきおさんを発見。そして、泰子さん、にいなちゃん、礼君の安否をすべて確認したらしいのです。特に にいなちゃんの遺体を抱きかかえたと、後に入江さんに語っていたそうな。実際どのぐらいの時間だったのかは、私自身これまで知らなかったので、新たな発見でした。

もちろんこれらのことは、入江本を読めばわかることだったのかもしれませんし、世間的には周知の事実だったのかもしれません。しかしこの事件のことを随分調べた私でさえ、具体的な時間は初めて耳にする情報でした。安否を確認した時間としては、常識的だったのではないかと思います。少なくても現場で、犯人と遭遇したそういったことではなさそうです。

2,実はDNAの鑑定は不発に終わっていた

このページを読んでいて、ここに書かれていたこと驚きました。このページによると、情報ソースは 2006年10月17日付け産経新聞

引用させて頂くと「警察庁科学警察研究所では、血液が新鮮な状態で保存されればDNAが抽出される。だが、世田谷の現場に残されていた犯人の血液はゼラチン状に凝固したものだった。捜査本部への回答は“ 判定不能 ”だった。」とのこと。

ある研究者がDNAの人種的特徴について( 英国で発表された論文を参考にして )仮説として解説した話。それを科学的根拠があるように書いてしまった という内容のもの。その後も我々はさも真実かのように、この話を鵜呑みして現在まで来ているということがわかりました。

なるほど犯人の指紋はともかく、DNAが証拠として役立たなかったとするならば、この事件が今に至るまで解決しなかった理由もわからなくはありません。信じられる確かな証拠は、指紋のみということになってしまうわけですから。そうなると、話はかなり変わってきます。

しかしひとつ疑問が。この血液だけでなく、ヒップバックからは犯人の血液とDNAが一致する髪の毛も発見された聞いています。など様々な犯人と思われるものは発見されているわけで、例え血液が証拠として不十分なものであったとしても、他ものから犯人のDNAを調べることはできなかったのでしょうか? 当然事件の資料として、今も髪の毛やスリッパから発見された犯人の痕跡などは、警察に保管されているはずですし、今の技術を持ってしても無理なのですかね? そもそも血液のDNA採取に失敗したとされているのに、髪の毛とDNAが一致したとわかったのでしょうか?

3,第三の凶器はなかった

事件当初から、現場に残された2つの包丁以外に、もう一つ凶器があったのではないかという話があがっていました。ちょっとこれは何処に掲載されていたか忘れてしまったのですが、しかしその後の捜査では第三の凶器というのもは存在しなかったのではないかというのを何処かで目にしました。

しかし私がこの事件を知った昨年の末あたりでは、確か元捜査関係者か何かが、第三の凶器の話をしていたような記憶があり(これもハッキリは思い出せない)、現在の捜査本部がどう考えているかは定かではありません。しかしこの第三の凶器の存在の有無が、犯人が現場の出入りを繰り返した一つの要因になり得るかもしれないので、この辺はハッキリして頂きたいポイント。まして遺体に形状の違う刺し傷がある、もしくは遺体の損壊に使ったのかどうかは、この事件の時系列を考える上で重要なポイントだとも言えるので。

4,22歳の男の記事は存在した

これは、このページだけではなく事件当時の2ちゃんねるのスレッドを読むと実際存在した記事だとわかります。特定の新聞社が22歳の男が病院で手当を受け、その男は過去に宮沢家を出入りしていた男だという記事を流し、逮捕は目前かと観られていた空気が当時ありました。しかし実際にそういった動きはあったようですが、完全に空振りだったようで、その話は消えて行ってしまいます。

完全に新聞社のフライングだったのか、最初から取り調べをするような人物はいたのか、それとも決め手となるもの(指紋など)が一致せずに逮捕するまでの証拠が集められなかったのか、など未だ真相はよくわかりません。その容疑者の親が、捜査に関係する人物だったとか、法に関わるもので捜査が続けられなくなったと言う話が、その後に伝わる原因になった話です。しかしその後は、完全にこの話は消えてゆきます。この記事に関しては、誤りだったと否定した記事が後に掲載されたとも言われてはいます。

この参考にさせて頂いたページの著者は、図書館などで過去の新聞記事などをコピーして、資料として保存しているような方。情報ソースとしてはかなり精度が高そうで、また真剣度も半端ではありません。まだまだ私自身知らなかったことが沢山ありそうなので、読み進めさせて頂こうかと思っています。

しかし私がこの事件の捜査員の話をぶりを聞いている限り、誰か犯人に目星はついているけれど、決定的な証拠がないから捕まらないとか、そういった感じはしません。完全に目処はたっておらず、一から捜査をやり直している、そんな感じをいつも受けるのです。ですから容疑者の父親が捜査に影響を及ぼしているとか、特定の団体のせいで警察が介入できないとか囁かれるような陰謀論というのは、存在しないと考えています。

あと最後に一つだけ気になる記事を見つけたので、ご紹介します。これも同サイトの中に引用されているのですが、事件後・杏さんや泰子さんの思い出の品がどうしても見つからないそうです。第一発見者の二人の母が

「私と私の妹のお揃いのワンピースを作ったその生地の端切れを利用して作ってくれたもので、三組あったものです。私の妹はずっと大事にそれをとっていて、にいなと礼の人形遊びの道具として使わせていたのです。彼女は私が捨てちゃえばいいのにと思うような物でも取っておくような性格でとても物持ちがよかった。それが事件後の今、その人形用の布団が一組も出てこないのです。私たちはその家には入れず、捜査員の方がアルバムや思い出の品を取ってきてくれるのですが、どういうわけかその布団が見つからないのです。」
(引用)

と語っています。入江さんは、事件後何年も経ってから現場に入り、思い出の品々を見つけ思い出話などを話してくれたところを、報道番組で放送されていました。果たしてその時にでも入江さんは、その思い出の品を見つけることはできたのでしょうか? 気になるのは、泰子さんや杏さん姉妹の思い出の品であるというだけでなく、礼君・にいなちゃんの遊び道具にもなっていたということ。

ひょっとしたらこの二人以外にも、この思い出の品を使って遊んだ人物がいるのではないか? そしてこの犯人はそれを持ち帰っているのではないかということ。文章を読む限り、人形用の布団 というのが、私にはどんなものなのか全くイメージがつかないのですが。

この文章を読む限り、なくなっているのは人形ではなく、その人形用の布団 だけなのか? その辺のことがイマイチ私にはわかりません。この犯人が、執拗に現場で何かを探そうとしていたものは何なのか? 実際はそんなものはなく、単なる偽装工作だったのかすらわかりません。ただ入江さんが何か引っかかったり、このサイトの作成者も気になっているからこそ、この部分を抜粋したのでしょう。そして私もちょっとこの部分は気になりますね。ひょっとしたらこの布団こそ、犯人にとっても特別なものだったのかもしれません。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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