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様々な目撃情報

先日私が現場に行った日、私用を済ませて帰りにも現場付近を通って成城学園前の駅まで歩きました。行きは、公園を一直線に通る道を通って、宮沢家に隣接するぽっぽ公園で現場視察。そして北側のバス通りへと抜けました。帰りは別の道を使おうと、仙川に沿った道を通ることにしました。

仙川を通る道は、ぽっぽ公園の脇を通って宮沢さんの裏手を通る小さな道と、川を挟んで伸びている一般道みたいな道が、川の両端に伸びているわけです。私は宮沢家の裏にある小さな道を歩いてみました。しばらくすると公園中央付近あたりに、この川を渡れる橋があり、その手前付近でこの道は無くなってしまっています。したがってそこからは道ではなく、公園の中に入るしかなくなるわけです。普通に考えてこの道は、普通の人はまず歩かない道だと思いました。まだ家がたくさん建っていた頃は、周辺の人は使っていたかもしれません。しかし住人がいなくなった今では、使う人は殆どいないだろう道だとわかります。すなわちこの道でもし目撃情報があるとすれば、私のように知らないで迷いこんだりしない限りは、中々地元の人は使わないはず。もし事件当時、この道付近での目撃情報があるのならば、事件との関連性は深いと考えます。とくに30日19時ぐらいに、私が歩いた宮沢家すぐ裏の歩道を歩いていた不審者情報があり、これは当時もう殆ど周りの家もなかったことを考えると、犯人の可能性も十分考えられます。その一方で22時ぐらいには、宮沢家から川を挟んで向かいの道を歩く不審者情報もあり、犯人が入り込む機会を狙って現場付近をウロウロしていた可能性があります。しかしそう考えると、最低でも事件決行の3時間以上前から、犯人はこの周辺にいたことになります。

(聞き込み捜査)

さて何処にそれが載っていたのか? あるいは細かい部分であっているのか確信が持てないのですが、以前こんな書き込みを読んだことがあります。事件後の警察の聞き込み捜査で、警察は4人の写真を見せて聞き込みをしていたというのです。私の記憶が正しければ

20代半ば~後半ぐらいの若い男

40代半ばぐらいの中年男性


30代ぐらいの女性

50代ぐらいの普通のおばちゃん

だったか、男二人女二人 の割合で聞き込みをしていたというのです。ちょっと詳細には自信がないのですが、すでに初期の段階から、警察には顔写真を配布するぐらいの人物が捜査線上に上がっていたことになります。恐らくこのあとに明らかになったDNAの詳細で、犯人は男性であることがわかったのでしょう。女性二人は、その一味ということでなければ、捜査線上から外れたことになります。

どうしてこれらの男性が有力な容疑者候補として警察は追っていたのか?これは、詳細な顔写真だったのか、似顔絵だったのかなどはわかりません。20代後半ぐらいとなると、11時35分ぐらいに宮沢家方向から飛び出してきて、車にひかれそうになった男(似顔絵の男)から上がってきたのでしょうか? 40代半ばぐらいの中年男というのは、宮沢家を覗き込むようにしていた男が近所の人から目撃されていることからも、その辺で浮上してきた男なのかもしれません。

問題はこの年齢差がある人物が、同一人物のことを指しているのか、それとも複数の男が存在するのかということ。恐らく主犯と実行犯が存在するのであれば、主犯はアリバイ作りのためにも事件発生時には現場にいなかった可能性が高い。そうでなければ二人が同時に家に侵入するか、すぐ近くで指示を出していたということになります。その後の犯人かもしれない目撃情報で車に当たりそうになった男などを見ていると、当時主犯が近くにいた可能性は低いのではないかと考えます。そうでなければ、ここまで慌てて逃走することはなかっただろうし、用意した車などで逃走したのではないのでしょうか?

前にも書きましたが、ここまで慌てていた犯人が、なぜアリバイ工作・偽装工作のために家に舞い戻ってきたのか、その理由を考えました。私はこれは、実行犯の意志ではなく事件の詳細を訊いた主犯が、偽装工作をして来いと、具体的な方法も含めて細かく指示されたのではないかとも考えられます。一家惨殺という目的を果たしたあと、ガラリと犯罪の様相が変わるのは、このせいではないかと。それが本当に金銭目的など何かを手に入れるためだったのか、それとも偽装工作やアリバイ工作だけのためだったのかどうか?

(ある目撃情報)

この事件に関するサイトを閲覧していた時に、地元の人の書き込みに、事件発生時間当時・宮沢家のすぐ近くの公園付近でキャッチボールをしている親子がいたとの情報を読んでいました。そしてそれが、某野球強豪校のバッグを持参していたという書き込みを読んで気にしておりました。

そんなおり、私のTwitterのフォロワーさんから、事件当日の事件時間あたりに、この親子を観たとの話がおり、その書き込みと一致するお話が突然出てきてびっくりしました。そしてその方のお話だと,その野球強豪校とは、山梨学院大附属 という具体名を知ることができました。警察でも事件後、その親子の行方を探したみたいなのですが、その後どうなったのはわからないということ。その親子ならば、何かしら犯人を観たとか、何か怪しい動きがあったとか、音や声が聞こえたとか、具体的なものを観ていたかもしれない、有力な目撃者だったのかもしれないのに・・・。

こうやってみると、実行犯は一人だったかもれませんが、背後にもう一人ぐらい主犯がいたかもという気もしなくはありません。以前興信所に、青木と名乗る男から、宮沢家を調べる依頼があったとの話を訊いたことがあります。この時も二人の男の存在があげられており、本当にそのことがこの事件と関わっているかもしれません・・・。しかしもしこの話を事件と絡めて考えると、犯人は以前宮沢さんの近所に住んでいた人物という私の考えを、根本から見直さなければいけなくなります。あくまでも、可能性の一つとして捉えておきたいと考えます。

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ここまでの整理5

ここまでの話をまとめてみたいと思います。前回まとめたことから、追加した部分を赤字で記してみました。

犯行開始時刻  22時半頃

潜入箇所     二階から侵入(浴室が有力)

殺害順      礼君 → みきおさん → にいなちゃん・泰子さん

犯人の目的   一家全員の殺害 あとの行動はアリバイ工作の可能性大
          20世紀中に、自分の欲求を叶えたかった

犯人像      宮沢家の近くに住んでいた人間

犯人の年齢        当時40代以上の可能性 (単独犯の場合)
主犯と実行犯の場合: 主犯が当時40代以上・実行犯は未成年の可能性も (親子の可能性)

事件前の兆候   事件前から動物虐待などを繰り返していた

犯人の住まい  徒歩圏内とは限らないが、容易に往復ができる距離(自転車で往復できる距離)

犯人の仕事: 建設業や塗装業など、高いところや足場の殆どないところを昇り慣れている人間

犯人の環境:長年シンナーなどを自然吸引してしまい前頭葉の萎縮の可能性
         もしくは親の愛情を受けにくい複雑な家庭環境で育った可能性も

組織の関与   組織的犯罪ではなく、少人数もしくは単独犯

犯人はプロ?  元軍人や殺し屋の可能性は低く、殺人に興味のある素人

???      リビング付近に未発表の大きな痕跡の可能性

逃亡時間     夜中の間に逃亡が有力(ただし何度か出入りしている可能性が

現在の犯人   日本国内にいない、すでに死亡、特殊な環境で隔離状態

現場の印象

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家の正面への道は、現在赤いコーンがおいてあり、更に警官が常駐しているとのことで観られません。通称ポッポ公園と呼ばれる、宮沢家の裏手と隣接する公園から、家を見ることにしました。この裏手には、いわゆる犯人の侵入経路ではないかと言われる浴室の窓があるからです。現在はシートに覆われており、そこから透けるように窓が見えます(それでも完全に把握できる状況ではあります)。そして現場の写真を、無許可に撮影すると問題になりそうなので、ネットにあった写真を参考にさせて頂きたいと思います(問題がある場合はご連絡ください)。

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シートがないと、このように裏手はなっています。左側の建物の右側にある給湯器に足をかけて、斜め上の窓から侵入したのではないかというのが、警察も私も最有力な侵入経路だと考えています。まず公園と宮沢家の間に、2メートルの金網のフェンスが存在します。これは網目が小さく、ここに足をかけてフェンス昇ることは出来ません。あるサイトさんの見解だと、ここにスケボーの板を立てかけて昇ったのではないか? あるいは事件前までここに何故か縁台が置かれて放置されていたなんて地元の人の書き込みもありました(しかし事件前にはなくなったいたそうです)。ただし先日の「未解決事件」の放送では、怪しい男がバス通りに自転車で飛び出してきたという目撃情報もあり、このフェンス際に自転車を止めて、そこからフェンスに移ったのではないかとも考えられます。

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写真だとわかりにくいのですが、実際行ってみて思ったのは金網フェンスと家の壁までは意外に離れている(恐らく1メートル弱ぐらい)。そうするとまず給湯器に乗っかって、足から浴室の窓に入るということは不可能なことがわかりました。やるとするならば、浴室の窓を開け両手をかけて、一気に体を引き上げ給湯器に足を引っ掛けるという方法で、頭から入ってゆく方法しかありえません。まぁ給湯器の一部からは土が付いていたとかいう話もあるので、その方法をとったのではないのでしょうか。しかし確かにこれをやるには、かなりの運動神経がいるというか、体の動ける人の発想であり、警察が犯人を当時20代以下だった考えるのも頷けます。

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そして言われているとおり、かなり小さい窓だということ。頭から入ったときに、服を擦らないで入るのはまず無理だろうなという気は致します。前にも行ったように、入江家の屋根に上がり、そこからお風呂場の窓に移れば足から体を入れてゆくことは可能だと感じました。しかし雨水が流れるプラスチックのトイがあり、これに体を引き上げるときに当たって音がする可能性があり、試みるには勇気がいるよなぁとは感じます。入江家の建物は、この屋根からの侵入を警戒してか、2階裏手の窓にも格子がつけられており、この辺が宮沢家のとの違いになっています。二階浴室からの侵入は、みきおさん自体想定していなかったように(防犯意識が高かったみきおさんでも)、中々普通の感覚の人間ではやらないだろうなという気はします。しかし犯人の感覚・常識は普通では図れない。似たようなところを昇り慣れているような人間ならば、どうでしょうか? 例えばトビ職など建設現場などで豊富にこういったところに上っているような人ならば、それほど苦にしないかもしれません。私、昔トビ経験者の人と仕事をしたことがあるのですが、ちょっとでも足場が存在すると、簡単に建物の外側を伝って三階ぐらいまで上がってゆくのを観て驚いたことがあります。そういった人ならば、けして不可能ではないと思うわけです。逆にそういう職業から、犯人に迫る方法も充分ありかと。またこの残忍な手口は、長年シンナーなどを知らずしらず仕事上吸ってしまって(シンナー中毒者とは違う)前頭葉が萎縮している人間だからこそ、犯した犯罪かもしれません。犯人の育った環境・職種などが、この犯人の残虐性にもつながっている可能性もあります。あるいは、親の愛情を受けないで育ってしまった、複雑な家庭環境の人間という可能性も考えられます。

2015-03-26 12.48.09

上記の写真は、昨日私がフェンス際の地面を撮影してきたものです。他の写真を見ると、もっと落ち葉が多い気がしますね。極めてフェンスの内側でも外側も落ち葉が多く、足あとが残り難い現場なのがわかります。実際には、現場のフェンスの外側(公園側)に、犯人が家の中で残した足あと同じものが、公園側に向かって残っていたとのこと。すなわちこのフェンスを降りて、足を着いた時のものではないかと(そうでなければ普通に歩いていては残らない方向を向いている)。犯人は侵入はともかく、逃走時には浴室の窓を使った可能性は高かったのではないかと考えられます。しかしそれでも、浴室には痕跡が残っていないわけです。と考えると侵入時だろうと逃走時だろうと、浴室には極めて繊維痕の残り難い条件が揃っていた可能性が高い(ビニール製の服を着ていたなど)。それも、複数回出入りした可能性があるのにも関わらず。逆にこれだけ乾燥した土壌の土にも関わらず、家の中に多くの足あとが残っていたというのも驚きです。ちなみに2000年の天気を調べてみると、事件のあった12月30日は曇りであり、雨が前に降ったのは12月19日の僅か0.5ミリという少なさ。事件当時の地面は、極めて乾燥していたことがわかります。

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こんな公園からまる見えのところから侵入するわけないだろというツッコミもあろうかと思いますが、上記の写真を観て頂けるとわかると思いますが、事件後浴槽付近に植わっていた木何本か伐採していることがわかりました。事件当時は、木が浴槽を隠すように生えており、返って犯人には好都合だった条件が揃っていたとも聞きます。浴室下の椿だかサザンカの花ビラが妙に散っていた・枝が折れていたのを捜査員が不審に思ったという関係者の話も残っており、その辺も浴槽侵入説の一つの根拠になっています。事件当時の宮沢家の写真をみると、宮沢家の後ろには多くの木々が茂っていて、現在よりも、かなり鬱蒼として暗い感じがしたのではないのでしょうか。

(現場に行っての感想)

春休みということなのか、平日の広間なのに子供たちが走り回ったり、親子連れがたくさん訪れていたのには驚きました。そのすぐとなりに、このシートの張られて家があるわけです。そして行ってみると、宮沢さんの家は元々夫婦二人の時に建てた家ということもあり、とてもコンパクトなお家だということがわかります。写真で見ると、何か大きなものがそびえ立っているようなイメージですが、けしてそんなことはありません(入江さんの家も含めて)。成城学園前の駅から現場まで歩いてみると、遥かに大きくて立派な家はたくさんあるわけで、当時都会のエアポケットみたいな場所だったとはいえ、他にも幾らでもお金がありそうな家があるだろと思うわけです。やはり犯人の狙いが、けして金銭目的ではなかったことを強く示しているのではないのでしょうか。

また今回観て思ったのは、浴室からの侵入は想像以上に難しそうだと感じます。それならば、同じく裏手にある真ん中の窓(恐らくトイレの窓)でも、入るのはそれほど難易度は変わらないじゃないかとさえ思えてしまいます。しかし先にあげたように、特殊な仕事をしてこういう状況に馴れている人ならば、通常の人は無理だろうと思う場所からの侵入も行うだろうし、けして不可能ではないという気が致しました。

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上記の写真は、あまり写真になることのない玄関からみると右手・空き地付近からの窓3つ。ここからの侵入は考え難い。二階からの侵入というのが私の考えなので、公園側の裏手窓の浴室・万が一別の可能性があるとすれば、真ん中のトイレの窓なら足をかけられないこともなさそうなので、可能性としてはあるのかなと感じます。ただし事件当時、ここの窓が空いていたのかは私にはわかりませんが。

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それでもこの家に入ることは容易ではなかったでしょうし、これは単なる物取りという色彩は薄く、よほどこの家じゃなければならない理由が、犯人にはあったのではないのでしょうか。怨恨かは別にしても、宮沢家でなければならない理由が、犯人なりにあったのだと改めて思いました。

現場に行ってきました

私は仕事柄、数年に一度ぐらい事件現場の近くまで用があって行っていました。したがって事件以降は、この近くに世田谷一家の現場があることは知っていました。しかしこの事件に興味がなかったので、現場を見ようと思ったことはありません。しかし今回、この事件に興味を持ってはじめて、その近くへの用があったので、祖師谷公園と事件のあった宮沢家を見てきました。

私は用があると、千歳烏山駅から現場近くに行っていました。そのため祖師谷公園の中や事件現場へ行ったことがなく、今回は初めて成城学園前から私用のある場所まで向かいます。幸いにして今日は、気持ちの良いぐらいの青空が広がり、子供たちも春休みを迎えていた時期なのか?公園には多くの子供たちや親子連れ、近所の方々が公園に訪れており、憩いの場になっていることを強く実感します。日中現場近くにゆくと、聞いていたような鬱蒼とした雰囲気や不気味さは微塵も感じさせません。これが、日が暮れると一変するのかもしれませんが。

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成城学園前の駅を出て、真っ直ぐ祖師谷公園を目指します。駅から20分ぐらい歩くと、先日のNHK「未解決事件」の目撃情報で、3時頃に川に何か捨てた男がいるという目撃情報があった公園南側入りぐち付近の橋に出ました。そこから川を眺めると

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非常に水かさが少なく、何か捨てても目視で何かあるかわかるぐらいではないかと思います。袋に入れて凶器を捨てたと仮定しても、大雨で増水しない限りは、何か見つけることは可能だったのではないか? 果たして警察は、事件後そういった捜索はしたのでしょうか?気になります。

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この辺が、先日の番組で1時半ぐらいに、倒れていたバイクの前で立ちすくむ男がいたあたりでしょうか?公園南側入り口付近になります。

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公園南側から北側入り口のバス通りまで一直線に現場まで伸びる道があります。車二台なんとかスレ違うぐらいですが、電柱が意外に邪魔になるとの話を聞きます。特に家の路地から曲がる出口付近に停められると曲がれなくなり、住民トラブルになるのもわからなくはありません。事件当時はここの駐車が大変問題になっていたそうですが、今日は一台も停まっていませんでした。泰子さんも、家の前に毎日停まっている不審車があると、みきおさんの父親に事件前に話していたそうです。

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宮沢家の写真を許可なく撮ると問題になりそうなので撮影しませんでしたが、さきほどの通りを挟んで斜め迎え(現場から30メートルぐらい離れた場所に)スケボーのための台がありました。今日も私が訪れた時に、やられていた方がおりました。深夜だと音が、宮沢さんの家まで響いていたのかもしれません。それを注意しに行っていたとか、もめていたという話が伝わっています。

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これは、公園を一直線に走る道路を、さっきとは逆の北側~南側に向けて撮影したものです。左側にはスケボーのある台などがある広場、右側が宮沢家の裏手にある通称・ポッポ公園と呼ばれる場所らしく、子供用の遊具があり多くの親子や子供が遊んでいました。右側の電柱の向こうに、赤いコーンが見えるのが、宮沢さんの家の前の道に入る入口で、現在コーンが入って入れません。この付近で、飛び出してきた男が車にひかれそうになったという目撃情報がある近くです。

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これは同じ付近を逆向きに写したもの。前に壁があるのは、駒沢大学の野球部のグランドの壁で、この前がバス通りになり、先日の番組でもここを自転車で車も気にせず飛び出していた男が目撃された場所で、非常に狭い道なのですが日中はかなりの交通量になっています。深夜でもそれなりに交通量があるようで、ここをいきなり飛び出してきたら、ひかれる危険性はかなりありそうです。また写真右側の上にのって、飛び出してきた男が宮沢家の方を見ていたという目撃情報があります。深夜ここから観て見るのは、手前にある宮沢家の家を観たとしか考えられない、事件と関係性の深い目撃情報です。

宮沢家を裏手から観た実際の印象など感じたことは、次の更新の際にさせて頂きます。ああいった事件があったせいかもしれませんが、公園は出来るだけ明るい作りを装い、木を切ったりして事件の雰囲気を払拭したいという空気は伝わってきます。今でも夜になると、不気味なほど静けさに包まれるということでしたが、日中の祖師谷公園は、平日にも関わらず多くの人が訪れており、近所の憩いの場となっていました。もっと鬱蒼とした暗い・寂しい雰囲気が昼間からする公園なのかと思ったのですが、それはあくまでも夜の顔だということなのでしょう。そしてあまりにも子供たちが走り回るすぐ近くに、現場である家が今も存在することに、改めて驚きは隠せません。現場付近ではありませんでしたが、公園内にはまだ移転されていない家もあることにも驚きます。傷んでいる家をみて、14年の月日を感じずにはいられませんでした。

新たな目撃情報

昨日NHK「未解決事件」で、この世田谷一家殺人事件を取り上げていた。そのなかで、今まで発表されていなかった、幾つかの目撃情報が明らかにされた。

赤字は、昨日の番組で明らかになった情報

23時30分 警察が推測する事件の時間帯

23時35分 姉妹と母の乗る車に、宮沢宅方向から飛び出してきた男が目撃(似顔絵に)

時間不明  事件現場付近で道に迷って走っていた車に犯人が接触、左手から血を流していた

1時18分  パソコンの起動記録が

 2時頃   自転車で祖師谷公園から出たバス通りを車も気にせず横断した男

その他にも、1時半ぐらいにこれらの目撃情報とは反対方向の、祖師谷公園南側入り口付近で、倒れたバイクの前に立ちすくむ男、3時ぐらいに公園南側入り口付近の橋の上から、何かを捨てていた男が。更に午前11時頃に、血の突いた服で新幹線に乗った男などの目撃情報が紹介されていた。

私が注目したのは、時系列に記した情報。時間にはバラつきがあるものの、これらの目撃情報には共通点があるということ。

1,宮沢家から近い場所での不審者

2,いずれも車の存在を全く無視するかのような行動

3,しきりに、宮沢家の方向を気にしていたということ


もしこれらの情報が真実だったとしたら、極めて同一人物である可能性が高いということではないのだろうか。

また以前私が指摘したとおり、

1,実行犯は家を一度飛び出し再び戻ってきた。

2,もしくは、共犯者だけが怖くなって逃亡。

3,あるいは、23時半ぐらいに飛び出してきた男(実行犯)、2時ぐらいに目撃された男(主犯)が入れ替わって家に入った


という可能性があるのではないのか? しかしどうも犯人の挙動不審の感じがあまりに似ている印象で、同一人物が一度現場を飛び出したものの、再び戻ったと考える方が自然ではないのだろうか? その理由については以前にも説明したとおり、偽装工作と壊れた武器の代わりになる凶器を取りに行ったものと思われる。

今回明らかになった情報の中で、最も気になる犯人に車で接触した女性の時間が定かではない。しかし情報によると、友人と食事をしたあと、道に迷って現場付近を走っていたという話からも、2時頃よりも23時半に近かったのではないのだろうか? 何よりその時男は、自転車に乗っていなかったのだから。

(ここで気になることが)

そう一回目に飛び出してきた時は、極めて家の近くでの目撃情報だったということ。そうすると犯人は最初に家から飛び出してきた時は、歩いて宮沢宅まで来たのだろうか? そして一度自宅に舞い戻り、自転車で戻ってきたということか? あるいは、最初から自転車でやってきて、また自転車で戻って行ったのか? いずれにしても23時30~1時18分のパソコンを起動させるまでの間に、容易に往復(自転車も含めて)できる距離に(それも公園北側方向に)、犯人は住んでいた可能性が高いと以前書いたことを裏付けることになる。

逆に公演南側での目撃情報や新幹線の話が出てくると、少し様相が変わって来るので、ここではこの目撃情報に関しては重視しない。

(もう一つ気になることが)

それは、全く車の存在を気にしない危険な行動が観られるということ。幾ら極度の興奮状態に入っていたとはいえ、これは何かしらの 薬物的なものが入っていたとしか思えない行動です。もし普段からこのような状態の人間ならば、社会生活は送れないのではないのでしょうか? 日中すぐにひかれてしまうか、大きなトラブルになってしまいます。もし日常的にこのような状況ならば、私が予測しているように、もう犯人は死んでる、もしくは特殊な環境下に隔離されている ということになっていそう。警察発表では一切の薬物反応は出なかったと訊いておりますが、今の技術で調べなおしたら、新たなものが見つかるかもしれません。

(偽装工作をする意味とは?)

この犯人は、物凄く大胆だと思われる一方で、物凄く事件発覚に関しては、過敏なほど臆病になるという二面性が垣間みられます。それでは、そのような男がなぜリスクを犯してまで、宮沢家に舞い戻ったのでしょうか?

犯人が事件後行った行動は、何かを探しているように見せかける、偽装工作 だったと私は述べました。では、偽装工作 をする意味とはなんのでしょう?指紋やDNAまで現場に残した犯人が、今更何を偽装しようとしたのでしょうか?

そう犯人は、今後も 日本で今いる環境で暮らし続ける そういった意志の現れではないかと。捕まらない自信があるのならば、ここまでリスクを犯してまで現場には戻りません。そう、犯人は一時的に遠くに逃亡したとしても、元の住んでいた場所に戻ってくるつもりだった。まして一家惨殺という目的を成し遂げても、死ぬ気など毛頭なかったのではないかと私は考えます。しかし仮に共犯者がいた場合、本人がそう願ってもそう上手いように行ったのかはわかりません。以前も書きましたが、私が主犯ならば、こんな証拠を残しまくった危なっかしい人間は、始末するだろうなと書いたとおりです。

そこで私が考えるに、犯人の海外への長期逃亡(短期的にありえたかも)や自殺という線(殺された場合は別)は、基本的にないのではないか? この事件を見ていて感じました。この手の猟奇的殺人をした人間は、実は驚くほど生きている場合が多いことを、最近強く実感したからです。しかしもし犯人が未だ生きているとするならば、普通に社会生活をしているとは考え難いものがあります。そう、私が以前から指摘する 特殊な環境で隔離されているのではないかと私は考えます。

その特殊な環境下とは何なのか? 共犯者がいるとするならば、共犯者の自宅など監視が行き届くところ、特定の団体の建物や敷地内などでの監視下、そして私が一番可能性が高いとふんでいるのが、薬物中毒患者や精神病患者などがいる隔離施設などではないかと。もし捜査が、何かしらの壁にぶつかって踏み込めない領域があるとするならば、こういった部分への介入が、警察としても躊躇される領域ではないかと私は考えています。

(番組を観ての印象)

番組を見ていて思ったのは、新たな目撃情報こそあれ、それほど犯人に近づく有力な情報はなかったということ。そして現場で働いている捜査員・元関係者を見ていて思うのは、少なくても 犯人にある程度目星がついているけれど、何か特殊な事情があって逮捕に至らない、という感じではないということ。未だ犯人のめぼしなどついておらず、過去見落とした情報、捜査に割けなかった部分を、改めて洗い直しているという初歩的な段階でしかないという印象を強く受けました。この事件の捜査は、完全に振り出しに戻っているのではないのでしょうか。

2000年12月30日に意味があるのか?

少し間が開いてしまい申し訳ございません。前から引っかかっていたのが、世田谷一家の事件が起こった 2000年12月30日に、何か意味があるのかということ。

2000年というのは、ちょうど20世紀最後の年であり、一部の人間からはノストラダムスの世紀末思想などがもてはやされたり、現実問題としてコンピューターの2000年問題がクローズアップされていた年でした。そういった区切りの年末に、事件が起こった理由はあるのでしょうか?

まず2000年12月30日を調べてみると、土曜であったことがわかりました。多くの職場でも、遅くてもこの日ぐらいからは休みに入っていた可能性があります。もし犯人が無職・あるいは学生・あるいはサービス業に従事していた人間でなければ、時間ができる12月30日は行動を起こす大きな要因になった可能性があります。

あるいは、入江杏さんの話によると、宮沢みきおさんは12月帰宅が非常に遅い日が続いていた。そのみきおさんなど、家族が家に揃う日を待っていたという考え方もできます。私は、この12月30日の土曜日という決行日には、何かしらの大きな意味があるのではないかと思っています。

では何故12月31日ではなく、30日なのか? 私が考えるに31日の大晦日は、初詣に向かう人など多くの人が深夜まで出歩きます。当然そうなれば、非常に現場近辺で目撃される可能性が高い。犯人はそう考えたのではないのでしょうか?まして30日に事件を起こせば、31日の20世紀最後の日に、大々的に事件が報道される可能性が高いわけです。犯人は、そういった劇場型の犯罪を狙っていたかもしれません。実際には警察発表されていないだけで、現場には犯人からのメッセージすら存在していたのかもしれない。だからこそ公安なども、動いているのかもしれません。

この事件と関連があるのではないかと言われる書き込みが、匿名掲示板に存在します。そのことについて触れた記事を書いてある「ASUKAの事件簿」さんの記事を参考にさせて頂くと、犯人の心理がなんとなく読み取れます。ここに出てくる人物が、世田谷一家の事件とつながっているかはわかりません。しかし2000年12月30日 に犯行を実行した心理状態は、なんとなく読み取ることができます。そう20世紀中に、どうしてもやり遂げなければならないという感情が、犯人の中にはあったのではないかと。これは、以前触れたように、人間何か大きな行動を起こすとき、切りの好い時間や日時などの、動機付が必要になります。犯人にとっては、20世紀中に実行することに大きな意味があったのではないのでしょうか。

もうひとつ気になるのは、金融機関も休みに入る12月30日の深夜から事件を起こしているということ。当時は、今よりも自動支払機での引き出し額は大きく設定されていました。しかし金銭目的であれば、事件が発覚して口座が凍結される前に、いち早く大量のお金を引き出さなければならなかったはず。そのため口座凍結が遅れることを考えて、あえてこの時期を狙ったのか? それとも買い物時に尾行して、大量の額を銀行から引き出しているのを確認して行ったのでしょうか? 私には、どうもそうは思えません。やはりこの事件は、終始して言っているように 一家惨殺こそが目的であるのだと私には思います。だからこそ、みきおさんもいる家族全員が揃っている時に合わせて、わざわざ侵入したのではないかと考えます。

(ここから考えられること)

犯人は、当時普通に働いていたのではないか。

もしくは、家族が全員が揃っているタイミングを狙っていたのではないのか。

20世紀中に、自分の衝動を実行に移したいと考えたのではないのか。

金銭目的の線は薄いのではないのか。

特別宮沢家に強い怨恨があったわけではないのかもしれない。


と考えるようになりました。
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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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