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第三の凶器

世田谷一家事件において、よく知られているのが、犯行のため用意されたと思われる 刺身包丁・関孫六 というもの。そして、それが折れて使えなくなると、宮沢家にあった文化包丁を使い、これも最終的には使えないぐらい変形していたことが知られています。しかしながらもう一つ別の、第三の凶器があったのではないか? というのが最近では定説になっています。そしてそれは、犯人が持ち帰ったのではないかと。ここでは、第三の凶器は存在したと仮定して話を進めてゆきます。

そもそも第三の凶器を持ちながら、何故宮沢家の文化包丁を使ったのか?

一階でみきおさんを襲った時に、関孫六の刃先が欠け、その後のにいなちゃんと泰子さんを襲った時は、中々思い通りのダメージを与えられなかったことが考えられます。そして孫六は、折れてしまうわけです。問題は、孫六が折れてしまってすぐ、犯人は文化包丁を取りに行ったのか、それともロフトから中ニ階に二人が落ちた音を聞きつけて文化包丁を取ってきて刺したのかはわかりません。しかしその間には一定の時間があったからこそ、泰子さんはにいなちゃんと共に、ロフトから降りようとしたのだと私は考えます。

しかし問題は、犯人がもう一つ自分の凶器を持っていたならば、何故それを使わず、わざわざ台所から宮沢家の文化包丁を使わなければならなかったのか? 私は第三の凶器は、この時犯人は持ちあわせていなかったからだと考えます。そして宮沢家の文化包丁までも使える状態ではなくなったことで、初めてその必要性を感じたのではないのでしょうか?

私が思うに、あれだけダメージを与え死んだと思っていた泰子さんとにいなちゃんが、階段まで降りるぐらいの力を残していたということは、犯人にとって想像以上にショックなことであり不信感を煽ったのでは。犯人が死後も執拗なまでの遺体の損壊を繰り返した理由は、私はこの死への不信感にあると考えています。

それでもなお、犯人は殺害した宮沢家の面々が、実は生きているかもという疑問を頂き続け、更に外からの侵入者が現れた時に、戦うための武器として使える 第三の凶器の必要性 に迫られたのではないのでしょうか?

ここからは更に私の仮説なのですが、犯人は第三の凶器を取りに行くために、一度宮沢家を飛び出したのではないかと考えています。それが、23時半頃に宮沢家の横から飛び出して車に引かれそうになった男だったのかもしれません。そして第三の凶器を手にして、再び宮沢邸に侵入したと考えています。

当初は

玄関横のポーチの中にあったはずの鍵が、玄関近くに投げ捨てられていたのを第一発見者の泰子さんの母が見つけています。犯人がこの鍵を使って一度外に出て、再び玄関から入ってソコに投げ捨てたのではないかと私は考えていました。しかしこの車に轢かれそうになった男が飛び出した道というのは、宮沢家の裏手を走る小さな道跡で(すでにこの時歩道ではなくなっていたが)、これは浴室のすぐ下を通る場所にあります。もしこの飛び出しマンが犯人だったとすれば、完全にこの時も浴室の窓を使ったことになります。まぁ実際に一度家を離れたかどうかは定かではありませんが、その可能性も否定できないのでは? 私は早期逃亡はないけれど、一度現場を離れた可能性は充分あるのではないかと考えています。またもし共犯者がいた場合は、この段階で入れ替わった可能性も否定できません。しかしここでは、単独犯として話を進めてゆきます。

何処に取りに行ったのか?

宮沢家の近辺では、事件前から怪しい不審車がたびたび目撃されていました。そのことは、泰子さんもみきおさんの父に話していたという証言があります。事件当日も、宮沢家からほど近いところに、二時間以上アイドリング状態の黒いセダンがあったことが目撃されています。ひょっとすると、これが犯人の乗ってきた車であり、ここに第三の凶器があった可能性も否定できません。

あるいは犯人は近所の人間で、一度自宅まで戻って家から凶器を持って戻ってきた可能性もまた否定できません。更には、何処かの24時間営業などの店で凶器を購入した可能性も考えられます。しかしこの場合、店の防犯カメラなどに、その姿が残っている可能性が高く、これはなかったのではないのでしょうか。

第三の凶器は

第三の凶器の刺し傷が、実際どのぐらいあったのかはわかりません?もし意外にその傷跡が少なかったとした場合、考えられることがあります。外から戻ってきた犯人が、再度家族の生存の有無を確認するために、遺体を刺したのではないかということ。それで反応がないことを確認し、ようやく犯人は次の作業へと入っていったと私は考えます。

何故第三の凶器は持ち帰ったのか?

最初に持ち込んだ 関孫六 も、宮沢家の文化包丁も、事件を誇示するかのように堂々と台所に置いてあったといいます。しかし第三の凶器は、使用したにも関わらず持ち帰ったわけです。そこで考えられるのは

1、犯人愛用の凶器であり、これは失いたくなかった

2,家で普段使用しているものであり、なくなると同居人に不審がられる


この2点ではないのでしょうか。これだけ遺留品や痕跡を残してきた犯人が、この凶器をわざわざ持ち帰った理由が他に考えられません。ただしもし1の日頃から愛用していたものならば、孫六以外の予備として一緒に現場に持ってゆくのではないかという疑問は残ります。置いてゆくのならば、最初から家に置いて来るのではないかと。むしろ私は2の自分の持ち物ではなかった、あるいは別の人間も使うものであった可能性の方が高いのではないかと。そう考えると、徒歩圏内でなくても、車やバイク・自転車含めても、割合近くに犯人の住居があったと考えるべきではないのでしょうか。そう事件があったとされる23時半~1時18分にネット接続しに充分戻ってこられるぐらいの距離に。

一度外に出たことで落ち着きを取り戻した犯人は、ここから殺害以外の次の目的を果たそうとするわけです。そこで犯人は、何かを探したり、書類を仕分けするなど、次なる行動に走りだしたとは考えられないでしょうか。
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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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