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アイスにまつわる話 

前回に引き続き、 アイス について考えてゆきたい。犯人が現場で食べたという FAUCHON のアイスは用意できなかったが、代わりに ハーゲンダッツ のアイスを使って幾つかの試みを行ってみたので、その感想と結果からご紹介したい。

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(カップを潰して絞り出す)

現場で犯人は、スプーンも使わずに手で容器を潰しながら中身を絞り出すようにしてアイスを食べたとされている。そこで私も同じようにやってみようと思った。そこで、1つ気がついたことがあるのだ。アイスを冷凍庫から取り出したばかりだと、容器の縁まで固まっているので容易には絞り出せないということ。もちろんカップの構造が縦長の容器なので、そういったことがしやすかったというのはあるだろう。それでも冷蔵庫から取り出した直後では、簡単には中身を絞り出すことができなかったのではないのだろうか。そのため食べるためには、ある程度周りが溶けてからではないと無理だったと考えられる。

そこで思うのは、やはり犯人は怪我した傷口の患部を冷やすのに使っていたのではないかという可能性だ。そしてある程度溶けてから、それを絞り出すように食べたのではないかと。もしそうだとすると犯人の手の怪我は深く、かなり現場でも痛みが走っていた。その痛みの緩和や止血の意味合いが強かったのではないかとも思うのだ。もしそうだとすると、犯人はそういった知識を事前に持ち合わせていた人間という可能性も捨てきれない。

(食べかけのアイスには歯型が残っていた?)

この情報は、公式な見解としては残っていない割に世田谷の事件ではよく聞かれる話である。もしアイスに歯型が残っていたとしたら、犯人は事件発覚直前まで現場にいたことになるのではないかと思った。そこで、どのぐらい アイスの歯型というものが残るものなのか実験してみた。

<条件>

宮沢家の台所は、2階にあった。そこで私も、自宅の2階。それも日中誰もいない部屋で行ってみた(室温の関係で)。事件のあった2000年12月31日の最低気温は、 6.4℃ だったという。ちなみに実験日の翌朝の私のところの気温は1.0℃だったそうだ。家の構造や温度に、かなり開きがあったことはご了承願いたい。時間は深夜0時で、室温は14℃にはじめた。

<結果>

最初の1時間までは溶けずに歯型は残っていたが、2時間後にはキレイに溶けて歯型はなくなっていた。事件当日の夜はこの条件よりも暖かったことを考えると、もっと短時間で溶けてしまった可能性が高い。もちろんアイスというものは成分によって溶け方が違うので、一概に同じような結果にはならなかったのかもしれない。それでも深夜に食べた歯型のついたアイスが、事件発覚直後の10時過ぎまで溶けずに残っていたとは考え難い。ここで考えられるのは、

1,犯人は事件発覚直前まで家にいた可能性

2,歯型のついたアイスなど存在しなかったのではないのか?


(歯型のついたアイスの出どころを探せ)

犯行後、アイスクリーム四個をカップを搾り出すようにして中身を押し出し、歯形がつくほどきつくカップをかんで食べていたが、うち二個のカップは宮沢さんが使用するパソコンの脇に重ねて置かれていた。

これは、事件から5年後に書かれた、産経新聞の一文だとわかった。そこで一番上のFAUCHONのアイスカップの画像を拡大してみてみたが、どれが歯型だとはハッキリはわからなかった。しいていえば、左側のアイスカップの内側上段には噛んだような跡も見える。また右側のカップの縁の部分も、力で潰れたのではなく口で噛んだことによる歪みのようにも見えなくはない。しかしこれだけでは、ハッキリとはわからなかった。

台所にあったアイスは、誰が食べたものか判断できなかったとされている。しかし容器に歯型が残っていたのならば、犯人のDNAはなぜ検出されなかったのかという疑問は残るのだ。またこの記事以外からは、歯型が残っていたという情報はよそからは見つけられなかった。

(そこで考えてみる)

少なくてもここから考えられるのは、アイス自体に歯型がついていたのではなく、アイスカップに噛んだ跡らしきものが残っていたというのが真相なのではないのかと。したがって食べかけのアイスが現場に残っていても、それは発覚直前に犯人が放置していったものということにはならなかったのではないかと思うのだ。問題は、鑑識がアイスを見つけた時に、どのぐらいアイスは溶けていたのかということではないのだろうか? その当時の詳細なアイスの写真と現場の気温などのデータが揃えば、警察もこのアイスが何時ぐらいから放置されていたものか求めることは可能なのではないのか? ひょっとすると本当に犯人は、発覚直前まで家にいたかどうかも、再現実験で充分に掴むことができるかもしれないのだ。

(アイスにまつわる気になる話)

実は被害者の姉で隣に当時住んでいた 入江杏(仮名)さんの著書「この悲しみの意味を知ることができるなら」に気になる一節があるので引用させて頂きたい。杏さんは、何か事件前に妹夫婦を巡るトラブルはなかったか、思い出そうとしたことがココには記されている。その一節に(P173)

「例えば、お中元で妹のところに届いた氷菓が、たまたまとけてしまっていた。デパートのお客様係に連絡したけれど、そんなことがきっかけで、トラブルは生じなかったか?」


との記載がある。ちなみに 氷菓 とは、氷菓子。牛乳・果汁・卵・砂糖などを氷結させた菓子のこと。

お中元 という言葉が出てくるが、これが事件のあった2000年のことなのか? もっと以前の話なのかは定かではない。ちなみに お中元の時期とは、7月中旬から8月15日まで となっている。

(お客様係に連絡)

杏さんの話からも、アイスを巡るそういったトラブルが以前あったことは確かなのだろう。信頼第一の百貨店、それも20年近く前の話だから、当時はクレーマーという言葉もなく社会問題化されていなかった時代。それだけにどんな状況でも、ある程度丁寧に対応したのではないかと想像する。

当然百貨店としては、店の方に問題があったのか、配送の方に問題があったのか原因を探ったと思われます。そしてそのような場合、直に百貨店の担当者やお店の人間が 宮沢家に謝罪に赴いたのではないかという可能性があります。あるいは、配送側に問題があった場合、デパートの関係者と配送会社の担当者や責任者などを伴って、宮沢家に謝罪に訪れた可能性もあります。おそらく警察も、そのぐらいのことまでは裏をとって調べたとは信じたいところです。

(犯人がアイスばかりを食べたのには何か意味が?)

かなりこういったことを書くと、当時の担当者を具体的に疑う形になってしまうので、あくまでも可能性として書かせて頂きます。ひょっとすると、この時のアイスの一件が原因になりえたかもしれないということ。だからこそ犯人には 宮沢家にあった アイス を4つも5つも食べてアイスにこだわりがあるところを示したのかもしれません(ある種のメッセージ性も含めて)。なぜそんなことが引っかかるかというと、宮沢家の近くで起きた動物の虐待が見られるようになったのは、8月(犯人が捕まっていない可能性ある虐待方法の)からだったからです。この、お中元の氷菓の一件の時期と重なる可能性を感じたからです。

(事件発覚前に配送業者の車が)

あくまでもアイス自体に歯型が残っていたとした場合に、ある仮説をあげてみたい。事件発覚直前の31日10時頃に、向かいの家に来た宅配のトラック があったそうな。ひょっとする犯人は、配送業者で働いていた経験があり、このアイスの一件で 宮沢家に謝罪に行って家に上がったことがあったかもしれない(当日履いた形跡のないスリッパから犯人のDNAが検出されている)。そして事件発覚直前に配送仲間に頼んで、一緒に車に乗車させてもらって逃走した。それならば31日の10時ぐらいでも、ほとんどの人に目撃されずに逃走することも可能だったのかもしれません。あるいは、この気に乗じて玄関が死角になることを利用して、何食わぬ顔で玄関から逃走したという可能性も考えられます。それだからこそ、10時5分にパソコンのマウスが落下するという、考え難い状況が発生したとは考えられないでしょうか? 犯人は、慌てて現場を立ち去ろうとしたため、その時に机に接触してマウスが落下したのかもしれません。

(あくまでも仮定の話ですが)

あくまでも百貨店のクレーム処理からの話は、私の想像ですし可能性でしかありません。ところで捜査報告書を元に書かれた「真犯人に告ぐ!」の記事を読む限り、犯人が食べたとされたものは、このアイスクリームとペットボトルに入っていた麦茶を飲んだということしか出てきません。他にメロンや生ハムをむさぼったという記述があるものがありますが、そういった情報は得られていません。ついでにいうと、現在FAUCHONのアイスには、メロン味のアイスは存在しないようです。2000年当時に、そういった味のアイスがあったかまでは定かではありませんが。したがって私が知る限りでは、犯人が現場でアイス以外のものを食べた、麦茶以外のものを飲んだという情報は確認できていないことを記しておきます。

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典型的な無秩序型殺人

5ちゃんねるの掲示板にも最近同じようなことを書いていた人がいたが、以前から私も述べているように、世田谷一家殺害事件 は、典型的な 快楽殺人者における 無秩序型殺人 なのだ。一般人には理解しがたい現場ではあるが、犯罪心理学的には絵に描いたような犯行なのである。そのため犯人の不可思議な行動も、この考えに基けば驚くには値しない。また用意周到にそう魅せるかけるため偽装工作をしたのではないかという考えもあるが、どうも現場の状況や遺留品ひとつひとつをみていると、そのような偽装工作をしている節はないのである。

(無秩序型犯行現場の特性)

無秩序型殺人者の犯行現場から受ける全体的印象は、犯行が唐突に行われ、発覚を防ぐための工夫らしきものが見当たらないということである。現場はひどく乱雑であり、恣意性、無計画性、そして象徴性といったものが感じられる。

世田谷の事件でも玄関の鍵こそかかっていた(とされている)ものの、特に犯行の発覚を防ごうとした形跡はなく、現場に火をつけようともしなければ、遺体を隠そうとしたそぶりもみられない(遺体の上にものを置いたりはしているが)。計画性が全くなかったとは思わないが、最初に侵入した礼君の寝ていた二段ベッドに、にいなちゃんも寝ていたらどうしたのだろうという無謀さというか恣意性が感じられる。あと玄関に鍵がかかっていたのは、犯人が発覚を遅らせるために閉めたのではなく、最初から出入りに玄関を使わなかっただけなのではないかと。もし発覚を遅らせたいのであれば、少なくても外から鍵を開ただけでは入れないように、ドアチェーンをかけていたのではないのだろうか。しかし第一発見者の祖母は、合鍵で家の中に入ることに成功している。また象徴性という意味では、20世紀の最後の日にショッキングな事件を起こそうとか、現場に黒いハンカチを残すなど犯人なりのこだわりを読み取ることができる。また家中には、書類などがいたるところで乱雑にばらまかれていたというところまで、この無秩序型の特性と見事なぐらい一致している。

犯人が前から知っている人間を犠牲者に選ぶことも多いが、その場合も年齢・性別などはたいして重要視されない。犠牲者への接近も電撃的。背後から近づき、いきなり力ずくで襲い掛かる場合もあるし、突然銃で撃ち殺すことさえある。犠牲者は何の警戒もしていないので抵抗のしようがない。


宮沢家の人間と犯人が顔見知りであったのかは定かではないのだが、何かしら犯人は家族のことを事前に知っていたと考えられる。そうでなければ礼君から殺害し、みきおさんを殺害後も、わざわざ寝ている泰子さんやにいなちゃんを殺しに屋根裏部屋まで上がろうとは思わなかったはずなのだ。少なくてもこの家族が、4人暮らしだったということは事前に把握していた。あるいは、家の構造もある程度は理解していたものの犯行である可能性が考えられる。そのため外観的には繋がっているように見える隣家の住民がいたのにも関わらず、長居できた理由もそこにある。またみきおさんや礼君などは、まさに不意打ちというか全く警戒しない中で突然襲われたような状況なのだ。泰子さんやにいなちゃんに関しては、みきおさんと犯人の揉み合いによる異変がわかっていたのかまでは定かではない。また被害者である4人の性別や年齢などはまちまちで、特に一貫性はみられない。しかし現場を見る限りは、女性陣を襲うことが犯行の大きな目的だったのではなかったかとの印象は強い。

犠牲者を非個人化したがる傾向があり、身体のある特定の部分に対して極めて残虐な行為を働くことがある。オーバーキルや顔に必要以上の傷を付けるといった行動は、犠牲者から人間らしさを消し去ろうという意図の下で行われる。また顔面を傷付けるのは、その犠牲者が殺人者の知人だったか、さもなければ殺人者の心理的抑圧の原因となる誰かに似ていたことを示している。

非擬人化したがる行動は、みきおさんや泰子さんなどの遺体に引き出しや衣服を被せたりしていることからも伺われる。身体の特定の部分に極めて残虐な行為を行っているのは、首から上を中心に傷が多く、死亡後につけたれた傷が半数以上に及んでいる。このことからも殺害だけが本当の目的だったのか? むしろ犯人の興味の対象は遺体の損壊など殺害後の方が強かったのではないかとさえ思わせる。特に泰子さんに傷が多いのは、泰子さん自身が精神的な抑圧の対象だったのか? 自分の母親などに重ね合わせるものがあったのかもしれない。けして抵抗されたからという理由だけでは、死亡後の執拗な傷の多さは説明できない。

殺害後には性的でサディスティックな行為が行われるのが普通で、死体の切断という形をとることが多い。それ以外にも腹部の傷の中への射精などの様々な種類がある。犠牲者の衣服や住居から、犯人が放尿・脱糞・マスターベーションをした形跡が発見されることもある。死体を手元に保存しておくことが多い。

生前からサディスティックな行為を行った節があるのだが、死後も執拗に遺体を傷つけたことが明らかになっている。また現場のトイレで用を足したこともわかっており、それがどのような形で残されていたのかまでは明らかにはなっていないが、こういった行為の一貫だった可能性も否定できない。また死体の一部を、手元に保存しようとしていたのかまではわからない。しかし遺体の一部ではないが、記念硬貨をはじめ被害者各々を連想させる何かしらのものを犯人が家から持ち出した可能性もあるのだ。

犠牲者の死体は殺害場所にそのまま放置されることが多い。死体が切断されている場合には、ばらばらにされた各部分が殺害者にとって何らかの意味がある形に置かれているケースもある。死体を隠そうともせず、指紋も足跡もそのまま残していくので、警察の捜査の手がかりはたくさんある。凶器も普通は手近にあるものが使われ、しかも現場に放置されるので、重要な証拠となる。

世田谷の事件でも、犠牲者の遺体は殺害場所にそのまま放置されていた。遺体は切断こそされなかったが、にいなちゃんに至っては 両手を合わせて懇願するような形で亡くなっていたとされる。これは、にいなちゃんが生前そういう行動をとったのではなく、犯人によって死後、そのような形にされたのではないかという見方もある。何かしら犯人にとっては、人を屈服させるようなポーズをさせることに大きな意味を持っていたのではないのだろうか。

また指紋や足跡もそのままにされた現場であり、遺留品を無頓着に残すことで手がかりを多く残した。また犯人が持ちこんだ凶器が使えなくなると、宮沢家にある包丁を持ち出し使用し、それも台所に最後は放置される形で発見されている。元々用意された包丁さえ、身近なものであった可能性すらある。そう、刺し身包丁というものが、犯人にとって身近なものだったのではないかということ。

(無秩序型の犯人像)

・兄弟の中では年下である傾向がある。

・知能が平均以下であることが多い。

・子供時代の親のしつけが、非常に厳しいものだった例も多い。

・父親が職業を転々としており、そのパターンを反映するかのように殺人者自身の職歴も長続きしないのが普通である。

・強迫的もしくは幼稚な観念に取り付かれているのが普通で、錯乱し、抑圧された精神状態で犯行を行うことが多い。

・社会に適応できていない。

・多くは結婚しておらず、一人であるいは親と暮らしており、自宅のすぐ近くで犯行を行う傾向がある。

・対人恐怖を抱いており、隔絶された妄想の世界を築いてしまいやすい。

・抑圧された精神状態のもとで衝動的に殺人を犯すことが多く、自分の住んでいる地域内で犠牲者を選ぶのが普通である。

・性的機能不全の状態であり、対等なパートナーとはどんな種類の性的接触も持てないことが多い。彼ら自身自分は異性愛者(ヘテロセクシャル)だと主張しているが、実際にはセックスの経験は乏しく、性的に倒錯していることが明確に読み取れる。


警察も似たようなプロファイリングを導きだし、該当者がいないか近所から探していったが見つからなかった。そして、捜査範囲をどんどん広げていったことが捜査の過程をみていると読み取れる。

すべてがキレイに条件が合致していることはないのだろうが、多くの部分でこれは犯人像を言い当てているのかもしれない。私の勝手な想像ではあるが、犯人には女性の姉妹などがいて、母親同様に自分を抑圧する存在だったのかもしれない。それゆえに女性を性的な対象とするのではなく、屈服させることで喜びをえるという歪んだ精神構造に至っていたのかもしれない。

また容疑者を見つけられなかった要因の一つに、ホシは現場地域を何かしらの理由で(スケボーやバスケなどの関係か?)知っていたものの、自分の住居の近くではなかったのではないかという可能性だ。そうでもなければ、必ずや該当する人物がすぐに浮かび上がっていたに違いない。

(礼君の殺害方法の違い)

最初に殺害された 礼君 が扼殺(手で絞められての殺害)されたのは、犯人が礼君に何かしらの親近感を覚え情けをかけたからではないかという話がある。この場合そうだとすると、犯人は発達障害である礼君と大きな接点があった人物だと考えられる。しかしそのような情けをかける相手を、他の家族を殺すより先に殺害するだろうか?

(快楽殺人犯的心理)

酒鬼薔薇聖斗も、様々な殺害方法を試している。「人を殺してみたい」という衝動にかられているものの興味の対象に、いろいろな殺害方法 を試してみたいという欲望にかられることがあるのだという。こう考えると、

礼君は扼殺

みきおさんはめった刺し

泰子さんとにいなちゃんは、激しく暴打されたあと刺されたりと、様々な方法でいたぶるように殺害している。そのため被害者によって、殺害方法が異なっていることがわかってくる。泰子さんに至っては首を絞められたりもしており、にいなちゃんも泰子さんも最後には包丁で深く刺される形で亡くなっていた。

礼君の扼殺は、実に弱々しい力で片手で口をふさがれつつ、もう片方の手で絞められて殺害されていたのだという。それは犯人が躊躇したからなのではなく、あっさりと死なせないように殺害を楽しんでいたのではないかと私はみている。もちろん片手では簡単には殺害できなかったというのも原因として考えられるが、疑問が残る部分がある。

それは同じように首を絞められた痕跡があった泰子さには甲状軟骨の骨折がみられていたが、それより幼い 礼君 にはそのような痕跡がみられなかった。それも礼君が最初に殺害されていた可能性が高く、けして手を怪我していて力が入らない状況にでもなかったはずなのにだ。その後に殺害されたのが明らかな泰子さんは、首の骨を骨折をしていたのだ。これは、意図的に礼君の首を絞める時に、あえて弱く絞めたとは考えられないだろうか? ただし一つ疑問があるとすれば、他の家族3人がまだ健在な状況において、そのような殺害を楽しむ余裕があったのかどうかという部分である。

いずれにしても私は、礼君を殺すのをためらったとか、情けをかけたという考えには反対で、それならば彼を最後に殺そうと後回しにしたのではないかということ。最も無抵抗で他の家族の殺害の妨げにはならなかった可能性が高く、生かしていても証言能力が低かったであろうにだ。そういった人間をいの一番に殺害したということは、最初から家族全員を明確に殺す意志が犯人にはあったからだろう。

地蔵の事情

事件からちょうど100日目を迎えた 4月9日の朝、近くに住む住民から地蔵を拝んでいる人がいるとの通報があったことで地蔵の存在が明らかになる。警察が、24時間体制で現場周辺を監視している最中に起こったという。果たしてこの地蔵は、4人の死を悼んで供養ために置かれたものなのか? それとも犯人が、何かしらの意図をもって置いて行ったものなのかは未だ大きな謎として残されている(下記の写真はイメージで、ポッポ公園のベンチです)。

ちなみに亡くなってから100日目のことを、卒哭忌(そっこくき)と呼ばれ、哭は声をあげて泣き悲しむという意味で、そうした悲しい気持ちを卒業して、一区切りつき明日からの毎日を生きて行こうという日なのだだという。

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地蔵が置かれた場所は、宮沢家の裏を流れる仙川の対岸沿い。そこから南に30メートルいったベンチの上に、宮沢家の方角を向いて置かれていたという。おそらく地図とすれば、このあたり(地図1)だと推測される。宮沢家との位置関係が把握しにくい方は、こちらの方(地図2) を参考にして頂けるとイメージしやすいだろうか。

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台座と合わせると、この仏像の高さ70センチ・幅22センチ・重さ20キロ にも及ぶというから、結構長い距離を歩いて持って来るには大変だ。何か大きなバックなどに入れて来ないと、目立って仕方なかっただろう。おそらく人気がないのを確認して、そこから取り出して置いていったに違いない。現在この遊歩道に入る入口には、車両止めがあり車などは入れなくなっている。しかしバイクや自転車などの二輪車は、今でも入ることはできそうだ。ただし事件当時警察の警戒も厳しかった(マスコミもいただろうし)ことを考えると、近くまでは何か乗り物で運んできても、そこから降りて持ってきたか、よほど近所から背負ってきたのだろうというのが想像できる。特に2輪車などは結構音がする乗りものなので、ベンチ前まで乗ってきたとは考えづらい。一番考えられるのは、原付きの足元置いて運んで来るのが一番目立たない方法だったのではないかとは思う。しかし遊歩道なので、バイクの乗り入れも違反だったとすれば、これも考え難い(捕まったら大変だ)。

(ここで気になるのは)

誰か、この仏像の横で拝んでいる人がいるという通報である。警察が事件から5年後の追悼集会で、女性捜査員が犯人家族にむけ

「誰が犯人かわかっているのでしょう。罪を償い、裁きを受けてこそ、家族の新たな道が開かれるのではないのですか」

と呼びかけた背景には、この地蔵を拝んでいた人は事情を知る家族だったのではないかというストーリーを描いていたからではないかと思うのだ。確かにその可能性はあるだろうし、疑う必要もあるだろう。しかし単に供養のために置いたにしては、結構考えられた場所に置かれていると私は思うのだ。

(地蔵の置き場所)

もう一回、先程の 地図1 を見ていただきたい。置かれた場所は、遊歩道入り口にあたるバス通りから、130メートルほど入ったところである。ここからならば、交通量の激しいバス通りを往来する人達からでも、暗ければ殆どわからなかったのではないのか? そしてこの遊歩道の上には、宮沢家を見下ろすような形で丘の上に住宅地が広がっている。その住宅地から降りてくる道と合流する南側からもも120メートルほど離れている。ましてこの場所は暗くなれば人気が少なく目撃され難いだけでなく、ベンチに据わって周囲を見回せば非常に周りに人がいるか見渡せる場所だったのではないのか。特にここからだと、宮沢家にいる捜査員の出入りすらも見えた場所だった可能性があり、警官がそばに来そうなのかも把握しやすかったのかもしれない。少なくても置き場所に困った人がここに置いたというよりも、相当慎重にこの場所を選んで地蔵をここに置いたのではないかと思うのだ。そのため初めてここに訪れたような人物なのではなく、事前にベンチがこの辺にあることを知っていた土地勘のある人物。もしくは、事件前からここから何度も宮沢家の入り口付近を見たことがあった人間の為せる技なのではないかという気もしてくるのだ。それも周囲は警察がまだ警戒を解いていないような時期であり、少なくてもそこに置いたのは周囲が暗くなってからの 8日の日没後~9日の早朝 の間だった可能性が高いと考えられる。捜査員の、日頃の行動すら把握した上であったのかもしれない(暗くなれば周囲の捜査はしないなどの)。

ここは近所の人も怖がるような人気の少ない暗がりで、大きなバックを抱えて出かけようなんて人は事件が事件の後だけに普通の人はやれないと思うのだ。まして20キロの重さもあるものだ、ちょっと供養しようにも大掛かり過ぎないか?と疑いたくもなる。地蔵からは、指紋などの持ち主に繋がる情報は一切検出されなかったそうな(用意周到だよね)。私には、そこまでしてやるには単なる供養とは違う意味があったのではないかと。そこからは、宮崎勤が行った今田勇子や神戸児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗のような、愉快犯的な匂いを感じずにはいられない。警察もそれを察したからこそ、4年もの月日この事実を隠して捜査したのではないのだろうか。

だいたいベンチの上に地蔵を置いて行く感覚が、ちょっと地蔵で供養をしようとする人にしては扱いが雑なのではないかと思えてくる。普通供養として置くのであれば、川沿いの地面のところに他の人にも拝めるように置くものであり、ベンチの上に放置する類ものではない。遊歩道のどっち側にベンチがあったのかは不明だが、宮沢家の方角を向いて置かれていたというのも首を捻りたくなる。普通地蔵は、道路を通行する人に向けて置くものであるはず。あたかも地蔵の存在に気がついてねという、供養の意味合いよりもその存在を誇示する色彩の方が強く感じられるというのは考え過ぎだろうか? 仮に供養のために地蔵を置こうという感覚がある人間だとすれば、かなりの年配者だったのではないのか?そんな年配者が、20キロもの地蔵を担いで目立たないような暗い時間に、捜査員の目をかいくぐるように持って来ることなど本当にするのだろうか? 

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(地蔵の裏の六)

気になるのは、地蔵の底に掘った 六 の字 と 台座にあった 六 の字 が、同じ人物が掘ったようには見えないということである。 この 六 は、地蔵と台座との組み合わせを間違わないように掘られたものではないかという意見が多い。確かに地蔵が6地蔵(6つセットの地蔵は多い)の一つとして作られていたとしたら、その可能性は充分考えられる。もしそうだとしたら、上の 文字を掘った筆跡と下の文字を掘った筆跡は、似たものになることが多いのではないかと思うのだ。地蔵本体と台座を作った人は、全然別々だったということだろうか? 仮にこの地蔵が、6地蔵の一つだったとしたら、日本で作られた可能性が高いのだ。というのも、六地蔵信仰というのは日本特有のものだからである。しかし当時安く作れるという理由で、日本からの発注を中国や韓国など海外で請け負っていたという可能性はあると思う。そこで注目したいのが、前回も触れた日本語の 六 という文字とは微妙に違うところである。

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まず日本の 六 は、真上に ちょん と最初に打つか、上から下に一本書きおろす のだ。しかしこの地蔵に書かれた六は、明らかに右上から左下に斜めに下ろされている。また日本の六の場合、上の部分と次に書く大きな横棒がくっついているものが一般で、たまに書道で ちょん と横棒 が離れたものは存在する程度である。上の部分と下の部分を離れた 六 を書くのは、中国語にある 六 なのだ。その中国の六にしても、最初の ちょん を 右上から左下に書き下ろすものは見つからない。これは少なくても、この人の癖だとみて良いのではないのだろうか? もしくは、六 という文字をよくわからない人間が、真似て書いたものなのかもしれない。

この地蔵の材料は白御影石であり、東南アジア産のものとみられるという。ここでこの六は、日本の業者から発注されたものを、中国なり韓国などで製造したと考えてみる。その時に地蔵と台座の区別がつくようにするために記した、六地蔵の一つだったのかもしれない。もしくは、元々は六という文字が刻まれていないものだったのを、犯人が 六 とおぼしき文字を後から刻んだかのいずれかではないかと推測されるのだ。

(ちなみにこの地蔵の意味は)

この地蔵が六地蔵だった場合、人間苦の六つの道で苦しむ亡者を救済、教化し解脱へと導いてくださる菩薩。そのなかでも手を合わせる 宝性地蔵は、海上安全、所願成就の仏様と言われている。 ・・・ うん、何か意味が違ってきていないか? 果たしてこの地蔵、素直に亡くなった家族への供養として置かれたものなのだろうか? だいたいあれだけ殺害後宮沢家をめちゃくちゃくにしていった犯人が、供養のために置くなどありえるのだろうか?という気もするのだ。 供養のためでも、第三者でもないとすれば、別の意味が込められていると考えるのは、あながちない話ではないだろう。

六 

世田谷一家の掲示板を読んでいて、犯人は クロダイ釣り の趣味があったのではないかとしきりに書く人物がいる。私にはその正否は定かではないのだが、もし事件前に殺害予告と思われる書き込みをした 黒ムツさん が本当に犯人だった場合、犯人は釣り好きだったのではないかという可能性はあるのではないかと思って調べることにしたのだ。

そこで私は、改めて 黒ムツ という魚について調べてみた。そこには、興味深い話が出てくるのである。

黒ムツとは別名・で ロクノオウ という名前があるそうだ。江戸時代、仙台伊達藩主は代々陸奥守であったため、「むつ」と呼ぶことをはばかって「ロクノウオ」といった。「ろく」は「 六 」であり「むつ」を表す。

主な産地は、東京や静岡 。世田谷事件との関連性が疑われる、静岡の地名が出て来るのも興味深い。旬は、秋から~冬 。まさに世田谷事件の匂いがして来るのが、この秋口~冬にかけてだった。そしてこの黒ムツというのは、高級魚 として知られている。

ここで特に気にしたいのは、犯人が非常に  という数字にこだわりを持っていたのではないかということ。では、この 六 という文字にどのような意味をがあるのだろうか? 調べてみると 忌み数(いみかず)として、不吉であるとして忌避される数としてこの 六 は出てくるのだ。。

Wikipediaによると六は

「悪い」や「無い」を意味するパターン
悪いや無いを感じ、忌み数とされる。そのため、日本のナンバープレートでは、「・・・○」「・○○○」「○0-00」「○○-○○」の○の数字は、4と9の他、6も抽選対象番号にされていなかった(○は同じ数字)。


あるいはキリスト教の新約聖書『ヨハネの黙示録』において、「ここに知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は 666 である。と記されている(13章18節)。あるいは映画「オーメン」でもお馴染みの 悪魔の数字とされる 666 から興味をもったのかもしれない。ちなみに事件当時20代後半の私が小学4年生ぐらいの時分には、世の中は未曾有のホラー映画ブームが押し寄せた。その時に犯人も、何かしらの影響を受けた世代なのかもしれない。

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そして犯人が、凶器には適さない刺身包丁である 関の孫 を選んだのも、この六という数字にこだわりがあった可能性も捨てきれない。そもそも何故 六 という文字が事件と関係しているのかと言われているのか? それは事件からちょうど100日目に、宮沢家の裏を流れる仙川沿いに、宮沢家を見るように地蔵が置かれるという事案が発生した。その地蔵の裏には、 六 という文字が刻まれていたことに由来する。

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警察は、この事実を4年の月日一般には伏せていた。それだけこの地蔵には、事件と直結する何かを警察は感じていたからだろう。しかし散々調べたものの、地蔵と犯人との接点をみつけることができず一般から情報を集めることを決意したようなのだ。

(ここからは私の推測)

台座についている、六 とおぼしき文字は、上のちょんの部分が、右上から左下へ流れるという、非常に特殊な癖があるということ。また下の部分とも離れているのも非常に特徴的な書き方なのだ。

ここで、ある一つの話を思い出して欲しい。この事件の犯人は、銀行の暗証番号を割り出そうとしたのか? 宮沢家のテーブルの上にあったノートに様々な数字が書き留めていたのだという。その話から何故か? 警察は犯人を日本語が読み書きできる人物だったのではないかと推測したのだという。

一体私は、警察は何を言っているのだと全く意味がわからなかった。だって数字を割り出そうとしたら、普通 0・1・2・3 など アラビア数字を書くわけで、これだけをみて日本人だと断定できるわけがないだろうと思ったのだ。そこで私が思うには、ノートには漢数字で記載されていたのではないかということ。その中の 六 という文字が、地蔵の台座の六と、よく似たものだったのではないのだろうか。ちなみに地蔵は韓国で製造されたものらしいというのはわかったそうだが、この 六 という文字の上の部分が離れるのは、中国語 の 六 にみられる特徴なのだ。また中国語の星期六というのは、土曜日を意味する。事件があった12月30日(土)だったのは、考え過ぎだろうか?

(警察は何を掴んでいたのか?)

実は 黒ムツ には別に オンシラズ という呼び名があるのだという。意味は、子供は浅い場所に、親は深い場所に、ともに暮らさないので「オンシラズ」。黒ムツの意味には、そういった親との複雑な家庭環境が犯人にはあったのではないかと警察は考えていたのかもしれない。また快楽殺人のところでも触れたが、犯人が被害者の顔を執拗に傷つけたのは何か精神的に抑圧した人物と被害者とをダブらせた可能性もあるのだという。その抑圧とは、両親であるケースが多いのだとか。ひょっとすると犯人は、泰子さんと自分の母親をダブらせて犯行に及んだかもしれないということ。

またあの地蔵も、実は犯人が現場に残していた遺留品の数々を一般に公開して間もなくに置かれたのだという。警察は、それをみた親が犯人は自分の息子だとわかってしまった。しかし自首させることはできなかったため、せめてもの償いにと置いたものではないかと考えた節がある。そのことが事件から5年後に行われた追悼集会で、女性捜査員が犯人家族にむけて行った異例の呼びかけに繋がっているのではないのだろうか。

「誰が犯人かわかっているのでしょう。罪を償い、裁きを受けてこそ、家族の新たな道が開かれるのではないのですか」

(関の孫六を選んだのは)

私は 黒ムツ というマニアックな魚の名前を出してきたのは、釣り好き だからではないのではないかと考えている。もちろん書き込まれた2ちゃんねるのペット大嫌い板は、無記名ならば みんな黒ムツさん になるので、それほど黒ムツという名前に意味がなかったのかもしれない。しかしあえてあそこに事件の犯行予告らしきものを書いたとしたら、このネーミングにも意味があったのかもしれない。

冒頭にも書いたように、黒ムツは高級魚であり親は深海深くに潜む滅多にとれない魚なのだという。そう、釣り好きが狙ってとるような魚ではないのではないかということ(ただし若い魚は沿岸からでも釣れるそうな)。むしろそのネーミングからも、私は料理人など食に関するところから来ているのではないのか? だからこそ刺身包丁という、一見凶器としては不似合いなものを選んだのではないのだろうか。私は犯人は、何かしら刺身包丁を身近に感じていた人物ではないかと思うのだ。

いずれにしても犯人の心理には、この  という文字と、 という色 に強いこだわりがあったのではないかと私はみている。

様々な事象

今回は、犯人が行ったと思われる様々な事象について、現時点ではこうだったのではないかと思ったことをまとめてみたい。

(事件前の黒ムツさんの書き込み)

前回も改めて取り上げたが、黒ムツさんの例の書き込みは、実際に犯人が残したものだったと私はみている。改めてその書き込みをみてみると

70 名前: 黒ムツさん 投稿日: 2000/12/27(水) 17:03

俺は3歳のガキの頃から鼠を刺し殺し、又はては烏に与え、これを13歳に成った今でも続けている。其れと並行して犬も殺すことを7歳の頃に覚えた。最初に殺すのもあまり躊躇いは無かった事が鮮明に記憶に残っている。俺に突然噛み付きかかって来た体長約60cmの少し大き目の犬だった。一発蹴るとまだ噛み付きかかって来やがるので、俺は犬の腹を引き続き蹴った。何発蹴ったのか覚えていない。死んだ時には其の犬は口から大量の血を流し、腹からは内臓が少し食み出ていた。勿論今でも此れは野良犬を見掛けるとやる。いまでは蹴る力も倍増し、手でバラバラにする事さえ躊躇わないようになった。悪臭がするがそんなこと気に為ない。猫にも時々同様のことをやる。猫を顔を含め包帯でぐるぐる巻きにした上で、内臓を切り裂いて取り出し、道路に放り出して置く。すると烏が咥えて持って行ってしまうか、自動車に引かれて余計に悲惨な光景に成る。が、其れがまた快感だ。友達とどちらの結果に転がり込むか賭けをしたことさえある。最近では人間を切り裂いて内臓を見たいとも考える。あの歌舞伎町で起きたビデオ屋爆破事件の容疑者の少年が供述していたように。今では隣の幸せそうな家族を見るとあの大分一家殺傷事件のようにしてしまいたいとも思う。決行日は12月31日午後11時59分だ。21世紀がやって来る前にちゃっちゃと殺ってしまおうか考えている。


まずこの書き込みを読んでみると、非常に文章が幼く見えるということ。少なくても社会に出ている大人が、書いたものだとは思えないのだ。読んだ印象では、中学生~高校生ぐらい。はたまた中学生ぐらいから引きこもって社会との接点を持っていない人間だと見積もっても20ぐらいが限界ラインではないかと思えるほど幼い(文章が未熟だとかそういったことではない)。

まず出だしの 俺は で始まる部分。確かに40代をとっくに迎えた私でさえ、俺はと書き出すことがないとは言わない。しかし社会に出れば、自分のことを  という表現で書き出すことは相当に減る。だから社会に出ると、俺と僕 という表現は、真っ先に否定される。私は、とかに訂正されるのが常である。これは、知らずしらずに私的な文章にも現れて来ることなのだ。自ら13歳と語る黒ムツさんではあるが、いずれにしてもこの文章は10代のものが書いた可能性は相当高いのではないのだろうか。また以前にも触れたように、句読点の位置からも主語を意識していないで書かれている文章だということ。この人は、ちゃんと受験勉強で文章(英語も含めて)の勉強をやっていない人なのだろうなという気がする(お前が言うな)。そう考えると、おそらく文章の主は、大学受験を経験していない年齢か学歴の人間ではないかと思うのだ。

(パソコンをいじった理由)

パソコンの操作履歴がわかれば、犯人の目的がわかるのだが、これはおそらく警察もほとんど掴めていないものと考えられる。パソコンの操作履歴を知るためには、特殊なソフトをあらかじめ入れておかなければならないからだ。犯人がやったことでわかるのは、インターネットの閲覧記録と空のフォルダを作ったことぐらいだったのだろう。そのことが、返って様々な憶測を呼ぶこととなった。

何故この犯人が、インターネットを閲覧し劇団四季のページでチケットまで購入しようとしたのか。一番シンプルに考えられるのは、単に暇を持て余していた。殺害した家族のことを、単純にもう少し知りたかったという理由だったのかもしれない(と言っても5分程度の閲覧だったが)。むしろその短さから考えると、この時間にはまだ 宮沢家の人間が生きていたことにしたかったというのが真の狙いだったのではないかということ。そうすることで、自分のアリバイを作ろうとしていたのではないのだろうかと、そんな気もするのだ。まぁそんなことで、死亡推定時刻を変えられると思ったとしたら、非常に幼い人間の発想だとは思うのだが。

(色彩の専門書が置かれていた)

以前からこのような情報は耳にしていたのだが、その情報元がよくわからなかった。どうも調べてみると、時事通信の記事にそのようなものが書かれていたことがわかってきたが、元記事までをみつけることはできなかった。しかしその記事を引用したものには確かに、捜査員の話として 室内には色彩の専門書 があったことが判明したと書かれている。

これは、みきおさんの仕事を考えると、元々宮沢家にあったものに犯人が興味を示したのか? それとも、犯人が持ち込んだもなのか? ここで気になるのは、犯人は何か現場を演出しようとしていた、もしくは発表されていないだけで何かリビングあたりを演出した可能性があるのではないかとみている。

(記念硬貨がなくなっていた)

これは以前も取り上げたが、長らく何処が情報元からわからなかった。しかし元記事が、読売新聞の記事であったことは以前紹介した。もしこの犯人が、強盗目的ではなく快楽殺人だった場合、金銭目的ではなく戦利品的に記念になるものとして、この記念硬貨を持ち去った可能性もあるということ。

(ターセルマンの信頼性)

話はちょっとズレるが、飛び出しマンの目撃情報について触れてみたい。宮沢家の方向から、男が出てきた話は全部で3つあると以前書いた。そのなかでも、実際に飛び出した男と接触してしまった女性の話を。この目撃情報の詳細は、電話主がその後連絡がとれなくなったことでわからない部分も多い。しかし気になるのは、男が左手から血を流していたというところ。

犯人が手に傷を負ったと考えられるのは、右手ではなかったかと言われている。その根拠は、犯人が刺し傷などから右利きだったと判明していて、包丁で刺している時に力余って自分の手も切ってしまったのだろうということ。すなわち血を流しているとすれば、右手ではなかったのかということだと考えられる。このことからも

1,実際には犯人は左手を負傷していた

2,運転手が手を見間違えて記憶した

3,接触した時に新たな出血をした


このいずれかであるということ。このターセルを運転していたという女性は、確か友達と遊んでいて帰宅の途に着く時にこのことが起きたという証言だったと記憶している。もちろん断定はできないが、そう考えると車は 駒沢大学グランド側から入って、成城学園方面に向かって車を走らせていた可能性が高いと思われる(町中からっ住宅地方面と考えた場合)。

そして男が、宮沢家の敷地側から祖師谷公園を中央を貫く道を横切った と仮定しよう。そうすると男は、左腕の方を車に向けて走ってきたことになるのだ。すなわちこの接触によって出血した場合は、左腕から出血していたという話は非常に信憑性が高いことになる。それまでは、右手に傷を負ったという話が主流だったことを考えると、この電話主の話は作り話しではない可能性が高まって来るのだ。

だいたいよ~く考えて頂きたい。たとえ自分から飛び出したからといって、車に轢かれて出血までしたら、普通は「大丈夫」といってその場を去るだろうか? ちょっと悪い奴ならば、警察沙汰にして治療代でもせしめたいと思うかもしれない。しかしそんなことをする余裕もないぐらい、男は別のことで切迫していた可能性があるのだ。飛び出しマンの目撃情報を鵜呑みにはできないものがあるが、この話にはそれなりに信憑性があるように感じる。とくに事件から何年もしてから、わざわざ成城署に連絡したぐらいだったのだから。ただしこの飛び出しマンの情報は、他の2つの23時半頃 だったという話と違い、正確な時間が明らかにされていない。これがもし、深夜の1時過ぎのインターネット閲覧時間よりも遅い時間の情報だったら、なおさら信憑性も高いものだと思うのだが・・・。どんな男かどうかだったかも、実際に言葉をかわした人物だけに貴重な証言を得られるはずだったのに。ぜひもう一度、勇気を出して詳細を伝えて欲しいと願わずにはいられない。

(話は逸れてしまったが)

結局何が言いたいかというと、事件前に掲示板に書き込み殺害予告。パソコンをいじったのは、まだ家族が生きていたことにしたかったというアリバイ工作の可能性。色彩の本から、現場を演出しようとしていた。記念硬貨を盗むことは、強盗的な目的よりも戦利品的意味合いが強かったのかもしれないということ。そこから見え隠れするのは、この事件の犯人が、快楽犯であり、かつ 劇場型犯罪 を演出しようとしていたのではないかということではなかったのかと。そういった意味では、宮崎勤や酒鬼薔薇聖斗 のような心理に近い高揚感が、犯人の中にはあったのかもしれないということ。ただしそういった犯人が、事件後全く音沙汰がなくなってしまったのは、大いなる疑問として残るのだが。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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