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犯人の住居を考える

gazou nyuu

世田谷一家殺害事件において、犯人が住んでいた地域を特定したい(今も住んでいるのかもしれない)と思い、ある法則を用いることにした。犯罪者の心理としては、自分の近所1キロ以内では顔見知りなどもいて、事件を起こさない傾向が強いのだという。それでいて事件を起こすのは、自分が土地勘のある場所が多いのだそうだ。すなわち犯人は自宅近所1キロ以内では事件を起こさないが、3キロ圏内で事件を起こすケースが非常に多いのだという(一番上の地図だけは1キロ・5キロ・10キロで構成されている)。

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まして世田谷の事件においては、犯人が未成年者や学生であったとも考えられており、車などを使った可能性が低かったと想定すると、この3キロ圏内というのは大いに現実味がある距離なのではないのだろうか。そこでまず、事件現場から1キロ圏内と3キロ圏内、そして乗り物などを使った場合も想定して5キロ圏内までの円を描いてみる。そしてもう一つの円を、現場に残されたラグランシャツが販売されていた マルフル荻窪店 を起点に同様の円を描いてみたい。都内の4箇所で発売されていたラグランシャツにおいて、最も現場から近かった発売場所だからだ(もちろん他で手に入れた可能性も否定はできない)。

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さらに世田谷の事件と直接関係しているのかは微妙だが、2017年8月に頭部が切断された猫などの動物虐待事件の起きた、三鷹の牟礼(むれ)にも円を同様に描いてみると、3つの円が重なる地域(高井戸IC周辺)が出てくる。牟礼の事件現場の詳細な場所がわからなかったので、街の中心部から円を描いてみたので多少の誤差はあるかもしれない。しかしこの3つの円が重なる地域、あるいはその周辺などに犯人が住んでいた(今も住んでいるかも)という可能性は無きにしもあらずではないのだろうか。犯人が当時10代半ばで行動範囲が限られていたとしたら、特に祖師谷公園周辺3キロ圏内~ラグランシャツが売られていた荻窪駅周辺から3キロ圏内あたりが交わる地域は、犯人の生活圏だったのでは?当然警察も、現場周辺からローラーをかけて広げていったとは思うが、広がれば広がるほど捜査の手は緩くなってしまうもの。特にこの地域の情報を、今更ながらだが重点的に調べる価値はあるのではないのだろうか。

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普段原付きで生活をする私自身も同様に、自分の住む街で同じようにこの円を描いてみた。さすがに、1キロ圏内はよく行く場所が多い気がする。しかし3キロ圏内になると、ほとんどの場所はわかるものの普段はあまり行かない場所が多くなる。5キロ圏内になると、滅多に行かない地域になる。なるほど人間の生活圏というのは、周囲1キロ程度。そして3キロ圏内だと、用がない限りあまり行かない地域。5キロ圏内など、それこそ必要に応じなければ滅多に行かない地域だと実感する。まして徒歩となると、余計にその傾向が強くなるのではないのだろうか?

(犯人は訪ねたのではなく侵入した可能性)

話は変わって未だもって世田谷の事件では、中ニ階の窓から侵入したという意見と玄関から知り合いとして入ったのではないかという2つの説がある。しかし現場には、全く誰かが訪ねてきていた痕跡がないのだ。しかし今回は、別の観点から犯人の行動を考えてみたい。

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犯人は2階リビングにまずゆき、着ていた黒いユニクロジャケットを椅子の背に写真のようにかけたとされている。あるいは、ものよってはキレイにたたまれていたという話もある。仮にだ、もし客人として入った人間が、人の家の食卓の背に着ていたジャンパーをかけるなんて図々しいことをするだろうか? 例えば当日雨などが降って濡れていたら、応対した家族が「ここにかけて乾かしたら」と促したりはしたかもしれない。しかし当日は、全く雨など降っていなかったのだ。そもそも深夜にたずねてきたものが椅子の背にジャンパーをかけるなどの行為は、これから長居しますよという意志の現れなのではないかと。むしろこれは、人の家の居間に堂々と服をかけるというある種の余裕の現れ、あるいは挑発的な行為だったのではないかとさえ思えてくる。

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またいま一度、よ~く考えて頂きたい。仮に家の中に、家人によって通されたとする。もし椅子の背にジャンパーをかけた、あるいは椅子のところに畳んでジャンパーをキレイに置いた、そこにマフラーも置いたとする。しかしクラッシャーハットは、ソファーの上など別の場所に置くだろうか? 恐らくこの3つのものは、ヒップバックやらグランシャツとは別に一緒にリビングで最初に脱いだはずなのだ(返り血も浴びていなかった)。恐らくヒップバックからも、返り血を浴びたという情報もないので、これも最初に外していたのかもしれない。いずれにしても、クラッシャーハットも訪ねてきた人物ならば同じ食卓の椅子の上にでも置いて、できるだけ場所をとらないようにするのが常識ではないのだろうか? 洋服をキレイにたたむようなしつけの厳しい場所で育った人間が、なぜそのようなことをしたのか? この遺留品の置かれ方1つとってみても、私には訪ねて通された人物には思えないのだ。

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(黒いハンカチの使い方)

警察は、現場に残されていた2枚の黒いハンカチのうちの1枚は、顔をマスクのように覆うために使ったのではないかと考えている。仮に訪ねてやってきた人物であるならば、このように顔を隠す必要などないはずなのだ。そこには、相手に顔を見られてはいけないという心理が働いている。このハンカチの使い方がそのとおりならば、極めて現場に何かしらの方法で侵入したものの犯行であると考えるのが自然だろう。また玄関を何かしらの理由で開けさせ一階から侵入したとなると、現場の様々な状況が説明できなくなってしまうのだ。

この顔を覆っていたと思われるハンカチは、中ニ階踊り場の泰子さんとにいなちゃんの遺体のそばに落ちていたという。ようは、二人を殺害したことで、もう顔を隠す必要がなくなり、邪魔になってすぐにその場に捨てたと考えられないだろうか。



いずれにしては私は、犯人の生活圏は南の成城学園側ではなく現場から北側の地域なのではないかと睨んでいる。

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結局犯人の生活圏はどこなのか?

さて前回 「うみかぜ公園」 に犯人が訪れ、この公園が米軍横須賀基地に程近いことから、犯人の生活圏は実は横須賀周辺だったかもしれないということをちらっと書いた。その一方前々回では、犯人の生活圏は事件現場である祖師谷公園から4キロ以内の可能性が高いのではないかという矛盾したことを書いている。果たして犯人の本当の生活圏は、横須賀基地周辺なのか、それとも祖師谷公園周辺なのか考えてみたい。

私は三浦半島に住んでいるので、横須賀基地周辺の地理はおおよそ検討がつく。その一方で、事件現場周辺には疎く、なかなか細かいことは言われてもイメージできない。ただし以前も書いたが、私は事件前から祖師谷公園むかいにある駒沢大学の野球部グランドには、何度か試合を見に来たことがあったので現場周辺をイメージすることはこの事件に興味を持つ前からできていた。ここに訪れた最初の数回は、車で駒大グランドまで。そして以後は、宮沢家から最も近い京王線の千歳烏山駅や小田急の成城学園前駅からも歩いたことがあるので、祖師谷公園が駅から遠くわかりずらい場所にあることも理解できる。そんな私がイメージできる範囲で、現場までの移動手段を考えてみたい。

(犯人が横須賀民だった場合)

仮に犯人が、横須賀基地にいる人間だと仮定してみよう。はっきりいって、よほどの目的がない限り祖師谷公園にゆこうとは思わないはずなのだ。東京が神奈川の隣県といっても、横須賀から現場までは2時間ぐらいはかかる道のりであり、ちょっとスケボーを滑りにゆこうという気にはならないだろう。知り合いが近所にいるとか、たまたまロカールスケーターがスケボーができるように整備しているという噂を聞きつけ、1度や2度行ってみたというのならばわからなくはない。しかし逆に祖師谷公園周辺に住む犯人が、「うみかぜ公園」を訪れるというのならばまだありえる。というのは、施設が祖師谷公園よりも充実しており、日本で最初にAJSA(日本スケートボード協会)監修の元作られた、ボーダーにとって記念すべき公園だからだ。そのため、大きな大会なども頻繁に行われていた。そこから考えるに、犯人が横須賀側に住んでいて祖師谷公園に現れたというよりは、祖師谷公園周辺に住んでいた人間が うみかぜ公園 を訪れたと考える方が自然な流れになる。

(電車で祖師谷公園を目指す)

仮に横須賀基地に住む犯人が、祖師谷公園を目指す場合どのようなルートがあるのだろうか? 京急の横須賀中央駅・汐入駅を使うか、JRの横須賀駅を使ういずれかの方法となる。JRならば横須賀線で大船駅を経由し東海道線で藤沢に。そして小田急線で成城学園前に向かうというルートで、1時間30分ぐらいかかる(駅から更に徒歩25分)。あるいは、横須賀~JR線で渋谷までゆき、そこから京王線に乗り換えて明大前を経由して千歳烏山駅。このルートだと更にグルッと遠回りする感覚で1時間40分ほど。最寄り駅から、祖師谷公園前までバスを使う方法もあり、そうすると10分ぐらいあれば駅から現場まで着くことになる。

京急の場合でも、横浜で乗り換えて新宿まで行って小田急で成城学園前に。あるいは横浜から東急で武蔵小杉まで行ってJRで登戸に、そこで小田急に乗り換えて成城学園前に。千歳烏山だと横浜で乗り換えて新宿や渋谷にゆき、京王線に乗りかえることになる。いずれにしても京急を使っても1時間20分~30分ぐらいかかり、そこから祖師谷公園までゆくのは、2時間前後かかる行程なのだ。まして片道1000円前後はかかるわけだし、お金に困っている人間や学生などが頻繁に通っていたとは考え難い。まして2000年当時でも、駅などには防犯カメラが普及していた時代。そういう証拠を、残したくないと考えても不思議ではない。

(車やバイクの場合)

横浜横須賀道路を使い保土ヶ谷バイパスを経由して、第三京浜に入るルートが最有力。終点の玉川料金所をすぎると、すぐに環八に出る。恐らく混んでなければ40分ぐらいあれば、ここまで着きそうな行程。しかし問題は、環八に出てからで年中混んでいるから、ここからが中々進まない。渋滞の中ゆっくり進んでゆくと成城警察署の前を通りつつ、千歳台という交差点を左折。の交差点を過ぎてしばらくすると、目的の祖師谷公園が左手に見えて来るが狭い割に交通量が多い道路。結局玉川料金所を出ても渋滞にハマり、そこから30分ぐらいはかかると考えられる。それでも1時間半ぐらいで祖師谷公園に着くので、足がある人はバイクや車を使う方が早い。特にバイクの場合は、渋滞でも多少車の間をすり抜けて行ける分、ストレスは少なくなるはず。ただし、この場合犯人がもっとも心理的に避けたい、成城警察署の前を通ることになる。もちろん土地勘があれば、この前を通らずに祖師谷公園に辿り着けそうな道もあるのだが、そうじゃなければ上記に書いたような方法を使うのが土地勘のない人間には一番間違いがない。しかし高速を使えば、当時からNシステム(自動ナンバー読み取り装置)や防犯カメラが出入り口には設定されているので、ここでも移動の証拠を残すことになり避けたいと考えても不思議ではないだろう。仮にこれらを避けながら一般道で横須賀から祖師谷公園までゆくには、相当な時間がかかる。カーナビがあれば車ならば道に迷わないが、よほど土地勘がなければバイク乗りなら迷うはず。平気で3時間ぐらいはかかりそうなので、頻繁に横須賀の住民がここに訪れていたとは考え難い。

(結論)

横須賀民の私から言わせてもらうと、祖師谷公園周辺は全く想像のできない東京になる。公共機関を使えば2時間ぐらいはかかるし、車やバイクを使えば1時間半ぐらいで着くかもしれないが、高速・環八・現場周辺の狭く入り組んだ場所であり、結構心理的にも負担を感じるはず。少なくても何か大きな目的がない限り、頻繁にここにスケボーを滑りにゆこうとか、何かを悪さをするためピンポイントでこの地域を狙うとは考えられない。いずれにしても防犯カメラやNシステムなどに証拠が残ることも考えると、電車も車やバイクなどの移動手段を使ったのも疑わしい。

そのため犯人が横須賀基地周辺か事件現場周辺の人間かと問われれば、私は祖師谷公園周辺の人間の方を推す。ただし両方の中間ぐらいのところに住んでいれば、45分~1時間ぐらいの移動距離になるので両方を頻繁に訪れることも可能。しかしそれも祖師谷公園のわかりずらい場所やスケボー施設の充実具合を考えれば、比較的現場近くに住んでいたか、何かしらの理由で現場周辺を知っていた人間だったのではないのだろうか。ということで私は犯人が横須賀基地の人間、あるいはその周辺に住んでいた人物だとは考えない

(ヒップバックは犯人の持ち物)

さて、話は全然変わります。犯人が残した遺留品の中でも、最も多くの情報が詰まっていたのが ヒップバック です。そのためヒップバックは、犯人の持ち物ではなく偽装工作だったのではないかともよく言われます。

そもそもこのヒップバックは韓国製で、1995年~1999年に関東のディスカウント店で2850個で販売されたものだという。遺留品の中では製造年が古い類のものであり、犯人はそれだけ長い期間に渡りこれを使用してきた可能性があるのだ。もちろん事件前に売れ残っていたものを買った可能性も否定できないが、発見されたときにはかなり使い古されたものだったという。それならば、他人のものを盗んだ(貰い受けた)のではないかという疑いも出てくる。

しかし今回気がついたのは、日本には殆ど出回っていないアメリカ製の硬水用洗剤で、付着した染料を洗い流そうとした形跡が残っていたということ。そしてこの染料は、宮沢家の車庫の中にあった棚の底、そして現場で脱ぎ捨てられていたラグランシャツからも、同種の染料が検出されていたため犯人が残したものだろうとされている。もし本当に同種の染料の汚れを洗い流そうとしていたとするならば、その当時からバックは犯人の持ち物だった可能性が高まるのだ。これと同じ染料を取り扱っていた人間などはそうそうおらず、同じ職場の人間からでも盗んだのでなければ、このヒップバックが犯人のものであった可能性は極めて高い。そんな顔見知りから盗んだものを、身につけては普段から歩きまわらないだろう。ましてヒップバック自体は2850円前後で販売されていたもので、けして高価でも貴重なものでもなかったのだから、貰い受けていた可能性も低い。

また以前にも書いたとおりこのヒップバックからは、エドワード空軍基地近くの砂漠の砂やロッキー山脈のものとみられる花崗岩に日本には存在しないモナザイトという放射性物質が含まれていたという。そこからも犯人は、カリフォルニア周辺を渡航(もしくは住んでおり)、訪米中(アメリカで生活していた可能性)ときに染料の汚れを洗い流そうとしたのではないかということ。それならば日本では殆ど出回っていない、アメリカ製の硬水用洗剤を使っていた理由も説明がつくのだ。そしてこの当時から、ラグランシャツに付着していたのと同じ染料を、この犯人は持ち歩いていたということになる。

したがってこのヒップバックは犯人の持ち物であり、カリフォルニアなどに大きな関わりを持っている人物。何よりヒップバックに残された様々な遺留物は、みな犯人に関わるものである可能性が高い。しかしここに書いたことは、よく考えてみれば極当たり前のこと。これだけ犯人が長く使っていたものを置いて行ったのは、捜査を撹乱するためではなかったのではないかと。あえて自分に辿りつくかもしれない情報を挑発的に残し、捕まえられるものなら捕まえてみろという自己顕示欲の現れ。もしくは急におばあちゃんが入ってくるということで、置いてゆくしかなかったのかのいずれかであろう。しかし犯人がみきおさんの服を吟味して深夜に逃走した可能性が高く、そこから考えるとわざと置いていったと考える方が自然なのだ。

(整理)

渡航中から日本では珍しい洗剤で、限られた人しか扱わない染料の汚れを洗い流そうとした形跡がある。そこからもヒップバックは、以前から犯人の持ち物だった可能性が極めて高いということ。そして事件前だけでなく渡航時から現場に残された染料と同種のものを扱っていた可能性が高く、同種の染料と以前から関わっていて、肌身離さず持ち歩いていた人物だったのではないのだろうか。そこまでこの色にこだわり、この蛍光染料を扱う仕事とは一体何だったのだろうか?

犯人の生活圏を見つけろ!

世田谷一家の犯人は、何かしらスケボーに関わる人物だったのではないかと以前にも書いた。その最大の理由は、中級者以上じゃないと行わない、デッキテープを自分で張り替えていたような痕跡がヒップバックの遺留品から浮かび上がってきたから。ボーダーを犯人に魅せかけるような偽装工作の場合、なかなかそこまで踏み込んだ知識まで持っていたとは考え難いからだ。

そう考えると犯人は、何故駅から程遠い祖師谷公園にまで滑りに来ていたのかが気になる。祖師谷公園は、ローカルスケーターという一部の有志の手で運営され、それを管理事務所や自治体が認め共同管理しているような特殊な環境なのだ。そのため公が立派な施設を用意してくれたり、民間でも企業が関わりお金をかけた設備ではない。まして事件のあった15年ぐらい前は、現在よりもかなり劣る環境だったと訊いている。仮に祖師谷公園のスケボー広場が、どんな感じなのかは、YouTube などに幾つか動画 がUPされているので雰囲気を知っていただきたい。

それでも地元のボーダーと公園との間では、事件前には夜間は滑らないなどの取り決めがなされていた。それを守らない一部のボーダーがいたようで、そういった輩(個人かもしれない)と被害者である 宮沢みきおさん が、事件当日も口論していたことが近隣住民に目撃されており、一触即発の険悪な雰囲気だったのだという。しかし祖師谷公園に通う一部ボーダーの話では、その男はそれほど土地勘のない、離れたところから来た輩だったのではないかと言う話も残っている。

それではどの辺からやってきたのか考えてみようというのが、今回のお話。祖師谷公園というのは、どの駅を使っても1.5キロ~2キロ以上も離れている場所にあり、よほど近所の人間か何かしらの乗り物を使ってこの公園まで来ていたのではないかと考えられる。最も近い京王線の千歳烏山や小田急線の成城学園前の駅からでも、普通に歩いたら25分ぐらいかかる距離。更に千歳烏山からだと土地勘がないと、なかかなか公園までたどり着けない特殊な道のりなのだ。

そこで今回は、東京にあるスケボーができそうな施設を調べてみた。事件のあった15年前からスケボーが可能な設備が整っていたのかまでは確認していないが、とりあえず参照して頂きたい。

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地図に手書きで記したので、汚らしくて申し訳ない。見難いと思うので画像をクリックして頂き、右側の虫眼鏡をクリックすると文字が読み取れると思います。そうして頂いた状態を前提に、話を進めてゆきます。

まず真ん中のピンク色に塗りつぶしているのが、事件現場がある祖師谷公園。そして周りに赤い印をつけたのが、スケボーができる公園や施設があると思われる箇所です。こうやってみると祖師谷公園を中心とした場合、離れたところには複数の施設があるのに、祖師谷公園の周辺4キロぐらいにはほとんどスケボーができる施設がないことがわかってくる。なるほどスケボーを興じるには不便な地域であり、祖師谷公園というのは彼らにとって近隣では貴重な存在であったことが伺われる。

上記に書いたとおり、祖師谷公園から周囲4キロぐらいには他のスケートパーク・スポットから存在しない。しかし一つ例外な地域がある。それは、祖師谷公園から南に3キロぐらいに位置する 大蔵運動公園ローラースケート場 と 砧公園(地図だと世田谷区と書いてある下の2つの点) です。これらのエリアは、同じ世田谷区でも小田急の成城学園駅や経堂などよりも更に南側1キロぐらいは離れた場所に位置する。あえて犯人がこれらの公園を使わずに祖師谷公園を選んで利用していたと仮定すると、犯人の生活圏・住居は、祖師谷公園よりも北の地域に住んでいた可能性が高いのではないかということになります。

更にそこから渋谷側(東)に目を移すと、もっと施設が充実してそうな駒沢公園などがあり、さらに東の渋谷にはボーダーのメッカともいえる、宮下公園など充実した場所が存在するわけです。そこから考えると犯人は祖師谷公園の北~西の地域の住民だったのではないかと。また祖師谷公園から北や西の施設の位置から判断すると、中央本線より南側地域(杉並区や三鷹市)のあたり、西武多摩川線よりも東の地域(三鷹や調布など)南武線でも東側の府中市方面など、これらの線の内側の地域ではないかと想像できます(その外側付近には他のスケートパークが存在しますから)。当然警察も地図を広げて、同じように考えながら徹底的にこのあたりの捜査を行ったものの、それらしい人物が見つけられず捜査範囲を広げていったのではないのでしょうか。

(ルールを守らない輩とは)

事件前から周辺住民との均衡を図るため、祖師谷公園を拠点にしていたローカルスケーターと公園の取り決めで夜間に滑るのは禁止されていました。しかしそれ以前は、24時間滑れる貴重なスポットとして存在していたようです。現在もあのような事件があってボーダーは相当疑われたのにもかかわらず、このスケートスポットは維持され運営されています。そこから判断するに、ルールを破っていたのは恐らく地元のスケーターというよりも、そのことを知らなかった、あるいは無視していた少し離れた地域の人間だったのではないかと考えられます。この時期だけ滑りに来ていて 時間を過ぎても滑っていたのを宮沢さんに咎められ恨みに抱いていたのか? この頃多くのボーダーは、夜間になると渋谷などの都心に移動し滑りに行っていたという話を耳にしました。しかし事件のあった12月30日の23時過ぎには、このスケート広場のあたりに若者たちがたむろっていたことはバイト帰りの女子大生によって目撃されています。そのたむろっていたのが、ボーダーだったのかどうかまでは定かではありませんが。

(ここからは私の想像です)

2000年当時は、今よりもスケボーができる施設が充実していたとはいえないような状況だったと思います。今回東京の施設を幾つか調べましたが、事件のあった2000年以後にオープンした施設も少なくなかったです。そんな状況ではありましたが、祖師谷公園まで足を運んだのは何故なのか?

東京の祖師谷公園という場所で、有志のボーダーが手作りで設備をこしらえているという噂を離れた地域のボーダーが耳にします。そこで普段は近所の施設、もしくは都心に滑りにゆくようなボーダーが、この地域に一時期的に来ていたのかもしれない。そんな折、時間を無視して滑っていると近所の住民である宮沢さんが出てきて文句を言ってきた、それが犯人との最初の接点だったのかもしれません。そして男には元々持っていた人を殺めてみたいという欲望が、日々増長しながら祖師谷公園に通っていた。その欲望と、更に何かキッカケになるような決定的な揉め事が犯人と宮沢家との間に起きたのかもしれません。

そして今回祖師谷公園というものが、ボーダーにとって空白地域に唯一存在するような場所にあることがわかりました。そこで私は、犯人は祖師谷公園から半径4キロ以内に住んでいたのではないかと考えるわけです。ただしですね、この円内ではない地域の住民も、実は可能性としてあるということ。それは地図を見て頂けると近くに施設のない、祖師谷公園から北東地域に位置する杉並区、中野区方面。ここに関しては、中央本線の更に北の地域からという可能性もあります。もう一つが、祖師谷公園から南西の狛江市や多摩川を越えた川崎の登戸方面の地域です。特に警視庁中心に捜査を進めてきた事件だけに、県を越えた管轄の違う神奈川県の捜査は弱かった可能性もあったのではないかという危惧はします。仮に4キロ圏外の住民だとすると、電車ではない移動手段を使ってきた可能性が高いのではないのでしょうか?

(つい最近)

さて今年の6月22日午前8時半過ぎに、三鷹市牟礼(むれ)のアパートの駐輪場で、頭部のない猫の死骸が見つかるという事件が発生しました。事件があったのは三鷹市ですが、祖師谷公園から3キロ程度の距離でしかありません。地図では、黄色のあたりになります。

世田谷の事件では、事件前に祖師谷公園周辺でも動物虐待が頻発していたことが知られています。また事件以後、そういった動物虐待はピタリとなくなったとのこと。しかし事件からすでに15年以上の月日も流れており、同じ人間がまだ同じ地域にいて、さらに事件を起こした可能性は低いと言わざるえません。しかし今回の事件現場は、私が犯人の生活圏だったのではないかと記した地域の範囲内であるということ。

ここで気になるのは、猫の遺体に頭部がなかったという部分。少なくても動物虐待を行ってきた中でも、頭部を切り離したというのは、恐らくこれが初めての虐待ではないだろうと。ここまでやるのには、相当な虐待を繰り返しエスカレートしてきたからではないかと思われます。これは書きにくいことですが、にいなちゃんは最後首を刺されて亡くなっていました。犯人は、実はにいなちゃんの首を切り離そうと試みたがうまくゆかず断念したのではないかというショッキングな話も過去には存在します。いずれにしてもこの犯人は、殺人犯でも珍しい頭部・顔への執拗なこだわりが見られていたということ。それも今回の猫の虐待でも、頭部への強いこだわりというものを感じずにはいられません。これは非常に特殊な思考の持ち主であり、無視できない犯行ではないかと私は思うわけです。そしてこのことが前兆となり、更なる事件へと発展しないことを願わずにはいられません。

聖蹟桜ヶ丘

現在アマゾンプライムで会員登録していなくても観られる番組の中に、「あの未解決事件にテリー伊藤が潜入~世田谷一家殺害事件 最終章~」 というものがある。番組プロデューサーでタレントのテリー伊藤氏が、世田谷一家殺害事件に迫るという企画番組。テリー氏は、事件当時現場近くに住んでいたため、この事件解決には並々ならぬものがあるという。今回は、この番組を元に気になるキーワードを考えてゆきたい。

テリー氏は、世田谷一家の犯人像を次のように推理している。

1,一人暮らしで、寂しさを抱えていた人物ではないのか

2,ラグランシャツが販売されていた 京王線沿線・特に 聖蹟桜ヶ丘 に住んでいたのではないのか

3,残忍な犯行から、外国人だったのではないのか

4,現在も異常性を持って生活しているのではないのか


特に根拠というよりも、テリー氏の勘によって話は進んでゆく。

1,一人暮らしで、寂しさを抱えていた人物ではないか

これは、幸せそうな家族をメチャクチャにしたいという、黒ムツさんの心理に近い犯人像だと言える。宮沢家が狙われたのは、絵に描いたような幸せそうな家族に見えたから。犯人が快楽犯であった場合、この論理は充分に成立する。全くなかったとは言えないし、宮沢家との接点が見つからないのも、そのせいであるとも考えられる。

2,ラグランシャツが販売されていた 京王線沿線・特に 聖蹟桜ヶ丘 に住んでいたのではないか

今回の話で、一番興味深いのは、この部分からの考察。

テリー氏によれば、痴漢などの犯罪者は、自分の家よりも内側の都心に向かって犯罪を起こし、また郊外の家に戻ってゆく傾向があるのだという。そのため犯人は、世田谷よりも郊外にある 聖蹟桜ヶ丘 が怪しいという。同じラグランシャツが販売されていた荻窪は、中ではなく南下する形になり、この説に即さないという。むしろ私は、犯人は土地勘があり、比較的現場に近い荻窪周辺の方が事件と関連性が深いのではないかと考えているのだが。

また 聖蹟桜ヶ丘周辺は、非常に大学が多いのだという。そのため、この辺には 留学生 が多く住んでいたからではないかというのも理由らしい。

また目立つので犯人は、現場までバイクか自転車を使ってきたのではないかと。しかしそうだとすると、あまり 聖蹟桜ヶ丘 というスポットと犯人への結びつきは薄くなる。これだと電車などの公共機関と、犯人の居住スペースを結びつける意味合いはなくなるのではないかと。というのは、事件現場である祖師谷公園自体が、いずれの駅からも徒歩25分以上かかるような場所に存在するからだ。そう犯人が、何処まで電車というものを日常的に使っていたのかには疑問が残るのだ。ただしボア付きの手袋(血が中にべっとり付着し持ち帰ろうとしていた)が現場に残されていたことからも、犯人はバイクか自転車だったのではないかという考えには、私も大いに同意するものがあるのだが。

3,残忍な犯行から、外国人だったのではないのか

当然DNAの鑑定結果からも、その可能性は充分ありえる。しかし警視庁が犯人は日本人だと強く考えているのは、恐らく父系のアジア系の男性というのが、日本人であるという確信があるところまでわかっているのではないかと。遺伝子的には、日本人・韓国人・中国人という人種レベルの違いまで、現在の解析レベルではわかるというからだ。そういった父親を持ち、ハーフなど地中海系のDNAを持つ母親の遺伝子が含まれた人物だということ。

いずれにしても何か日本のコミュニテイにおいて外見なり言語の不自由さなど浮いてしまう要素があった可能性がある。むしろこの事件は、幸せそうな家族に対するあてつけだけでなく、日本人という漠然としたものに対する何か恨みや憎しみが根底にあるのではないかという気がする。そういったことで日本人・日本社会において虐げられてきた、あるいは両親が離婚するなど複雑な家庭環境などがその背景にあるのかもしれない。

またテリー氏が聖蹟桜ヶ丘周辺で聞き込みをしていると、全身黒ずくめの男に子どもが声をかけられたという事案が15年ぐらい前に発生しており、主婦がその男と遭遇したことがあるのだという。もしその話が本当ならば、ぜひ例の 日テレ系 の似顔絵をその主婦に魅せて見覚えがないか聞いて欲しいものである。そこまですれば、聖蹟桜ヶ丘 付近でも、新たな証言を引き出すことができたかもしれない。

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4,現在も異常性を持って生活しているのではないか

一昨年あたりに東京で、猫などの小動物が虐待される事件が多発したことがあった。大田区に住む男性が捕まったりもしているのだが、どうも他にも同時期に動物虐待を繰り返していたものがいたのではないかと、その手口の違いから私は考えている。もしテリー氏の言うように、犯人は異常性を今も保ちその衝動を抑えられていないとするならば、必ずやまた 動物虐待 などを繰り返すのではないかと。ちなみに動物虐待の現場地域は、次のようになっていたという。

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もしテリー氏の読みでいえば、聖蹟桜ヶ丘のある多摩市から都心に向かって事件を起こしに来ていたことになる。もちろん当時聖蹟桜ヶ丘に犯人が住んでいたとしても、現在そこにいるとは限らない。これをみると山手線沿線の内側以外、あるいは千葉・埼玉の県境付近に事件が集中していることがわかる。私は犯人は、池袋から北の東京都、もしくは埼玉県南部あたりに生活圏があったとみている。そしてこの東京都北部の動物虐待事件は、ひょっとしてその男の衝動が再び抑えられなくなってきた前兆ではないかと思った時期もあった。しかし最近は、この手の事件はピタリと収まっている。果たしてこの事件は、解決したのだろうか?

(事件の前日までの日記と家計簿)

みきおさんのお母さんの証言によると、みきおさんは事件前日まで日記と家計簿を欠かさず書き残していたという。そして警察はそこに記されていたすべての人物から話を聞いたりしたが、犯人にたどり着く手がかりはなかったと報告を受けたというのだ。相当マメだったと思われる みきおさんが、そこにトラブルなどがあったことを記してなかったのか? トラブルなど端から存在していなかったのか? あるいはその部分だけ抜き取られていたのか? また日記や家計簿がどのような形で保存されていたのか? お母さんの話だと、小学生の頃からかかさずつけていたという。ということは、それらのものは必ずしもパソコンの内部とは限らず、日記帳などの手書きで残されていたのかもしれない。もしそうならばページが抜き取られたりしていれば、日付や日記の破損状況からも警察は犯人が触ったかどうかもわかるはずなのだ。恐らくそれらには、犯人が触れた形跡も、それらしい話しも一切触れられていなかったということなのだろう。

(最後に)

結局番組では、何一つ疑問は解決しなかったし、テリー氏の勘に裏付けできるものは存在しなかった。

ただしこの話、もう少し深く掘り下げて行けば、聖蹟桜ヶ丘あたりでも貴重な証言が聞き出せたかもしれない。面白おかしく取り上げてやろうとか気をてらったものではなかっただけに、もう少し事件に詳しい人の協力があったならばと思うと残念でならない。再びまたテリー氏の熱意で、事件が取り上げられるときには、もう一歩踏み込んだものをお願いしたい。

不審な電話

さて世田谷一家の事件前日・あるいは事件当日に、みきおさんの父・良行さんや、良行さんの隣の家に不審な電話がかかってきていたという。

事件前に「隣の宮澤さんは、ビルなどを持っていませんかね?」みたいな電話が、宮澤みきおさんの両親が住む・埼玉県の実家の隣の家に電話が入ったという。更に事件の発覚した31日の昼ぐらいには、新聞記者と名乗る人物から、宮沢良行さんの家に不審な連絡が入ったが、みきおさんの母親が出たという。その後は一切かかってないというが、新聞社関係でここに電話をかけたという申し出は未だにないという。一体これは、何を意味するのか?

事件で探していたものが見つからず、犯人は何かを未だに探していた? あるいは、消去するはずのものに漏れが無いのか確認していたなど、何かしらの事件との関連性が疑われる。

確かに今調べてみても、世田谷区の桜新町駅前には、宮澤ビルというものが存在する。しかし訊くところによると、良行さんは生協勤務だった方のようで、自宅も埼玉でひっそり暮らす質素な家庭だったようだ。けしてビル持ちだとか、そういった資産家だったということはないらしいし、みきおさんも実業家ではなかったはず。ちなみに宮澤みきおさんは、東京都板橋区の出身だったという。この埼玉の家には、いつごろ引っ越してきたのだろうか?

むしろ奥さんの方が、どちらかというと育ちの良さを感じる家系。入江杏さんや泰子さんのお母さんは、世田谷に住むまでは目蒲線の奥沢駅近くで学習塾を経営。奥沢駅というのは、隣の駅が田園調布であったり、歩いて自由が丘に買い物にも行けてしまう立地であり、入江杏さんや泰子さんを見ていても良いところのお嬢様なのだろう。恐らく前の住居は、この奥沢駅近辺だったのではないのだろうか。ちなみに泰子さんは、東京都太田区の出身だという。

宮澤さんの実家を把握できたのは、住民票で本籍を興信所に依頼した時に手に入れていたからだろう。ここで幾つか不思議なことが浮かんで来る?

元々みきおさんや泰子さんの名前・あるいは子供が二人いることまでは把握していても、宮澤家の所在地、更に仕事状況などは、全然依頼人は把握しないまま興信所を尋ねたということ。それなのに果たして、どうやって宮澤さん夫婦のことを知りえたのだろうか。そして子供が二人いること(性別・年齢は把握していない)、何故か住まいは杉並か世田谷という情報を持ってたということなどは、どういうことを意味しているのか? 何かの機会に、宮澤さんが 東京都S区 とかいう情報を知りえたのか?しかし東京都S区なら、他にも渋谷区・新宿区・墨田区なども存在し文字からという視覚で得た情報ではない気がする。むしろ杉並・世田谷という隣接する区の名前をあげていたことからも、この地域だという情報を事前に知っていたのは、何かしら耳で訊いて家族の居場所を知った、あるいは訊いた可能性が高い。しかしその時の犯人にとっては、それほどこの情報は大きな意味を持っていなかったからこそ、ウル覚えであったに違いない。

また礼君の存在を把握しているということは、礼君の産まれた1994年以降に、この家のことを知り得た人物だということがわかる。特に気になるのは、宮澤さんに奥さんがいることを知っていて、更に泰子という具体名を知っていたことになる。この中途半端な宮澤家の情報を、事前に知り得た人物とは、宮澤さんとはどういう関係なのか? 

そして今回ハッキリわかったことは、子供の年齢や性別が興信所を尋ねた時にわからなかったということだ。そうもしこの興信所を訪れ、宮澤家のことを調べた アオキノブオ なる人物がこの事件の犯人だったと仮定しよう。もしそうならば、犯人の狙いが、少なくても年齢も性別もわからないような 礼君 や にいなちゃん ではなかったということ。そして犯人は、けして 礼君の発達障害で接点をもった人間ではなかったのではないのだろうか? 子供との接点がある人間ならば、子供の性別・年齢は事前に把握していたはずなのだ。これは、この事件の背景を考える上で、ものすごく大いなるヒントになる。


また黒いセダンの車が、春日部ナンバーだったという目撃情報が残っている。事件のあった2000年12月に入ると、連日のようにこの車が事件現場周辺で目撃されるようになっていた。毎日のように車が目撃されたということは、この車はレンタカーなどではなく、本人の所有車だった可能性が高いのではないかということ。しかし埼玉の興信所に現れた アキオノブオ は、白っぽい車に乗って、帰りは助手席に乗って帰っていったという。

果たして アオキノブオ は、車を複数持っていたのか? あるいは、レンタカーなど他の車を調達していたのか? それとも、10月に興信所に現れた時~12月の間に車を買い換えていたのか? 黒いセダンの持ち主と、興信所に現れた男が同一人物だとすると、このような疑問が生じて来る。そして帰りは助手席に乗って帰っていったということは、車を運転できる人間が他に存在したということではないのだろうか? それが、ぞんざいな態度の アンドウ なのか? はたまた第三の男が近くに存在したのか?

さて私のヨミだと、実行犯で家に侵入した男は、車の免許など持ちえる知能はなかったと考えている。当然、バイクの免許すら怪しいレベルだったのではないのかと。 まして飛び出しマンが犯人だとすれば、とても運転などできる精神状態ではなかったはず。そのため実行犯は、普段は公共機関を使って移動する人物だとみている。しかし事件後の目撃情報が殆どないことを考えると、主犯である黒いセダンの男が、何処まで乗せたかはわからないが現場から離れたところまでは乗せたのではないかと推測する。しかし事件前から実行犯は、かなり宮澤家から近い地域に寝泊まりしていた、あるいは住んでいたのではないのだろうか。そう私は、この犯人は何度かこの家を出入りしたと考えており、再び自転車か何かで現場に戻ってきたのではないかと。それこそが、1時18分のパソコン起動へとつながると考えている。少なくてもこの時点で、黒いセダンの主犯は、一度現場を離れ春日部方面の自宅に戻っていったのではないのだろうか? 特にアリバイ作りという意味もあって。

そして実行犯は、一度宿(自らの住居)に戻り返り血を拭ったり着替えたりして、再度現場に戻った可能性が考えられる。その最大の理由は、1時18分にパソコンを起動させ、主犯の身の潔白を証明するために。1時30分の自転車でバス通りを飛びしてきた男は、その作業を終えて再び現場を離れる時の、実行犯の姿だったのかもしれない。そして捜査の手が伸びてきたとき、実行犯のアリバイを主犯が証明すれば、警察の捜査からも外れた可能性すらあったのではないのだろうか? 

あと仮に実行犯が、海外に住んでいた外国人だったとしよう。それならば本人は、日本国内での免許を持っていなかった可能性が高いだろう(そういった身分を証明するような申請は避けるはず)。もしバイクなり車を実行犯自体が乗り回していたら、当然日本国内では無免許運転になる。仮に免許を有する能力があったとしても、何かの拍子に免許を提示しないといけないリスクを背負うことになる。こんな夜中に、更に年末に運転していたら、それこそ免許を提示するリスクは極めて高くなる。だからこそ実行犯自身が、バイクや車に乗ってきた可能性が低いか、もしくは乗ってきたのならば外国人である可能性が低いのか、いずれかに該当する人物ではないかと思うのだ。そして私は、実行犯は再び現場に戻ってきた。その時の移動手段は、自転車だったのではないかと推測する。1時30分ころに、バス通りを車の存在無視しながら飛び出し、繰り返し宮澤家の方向を振り返っていた男の目撃情報は、それなりに信憑性があるのではないのだろうか。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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