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誰が持ち込んだのか?

世田谷一家殺害事件において、私の多いなる疑問だったのが、宮沢家の車庫に残されていた棚についてであった。事件当日は、シャッターが降りていて犯人が入った形跡がなかった。しかし車庫内にあった棚の引き出しから3種類の染料が検出され、それと同じ染料2つが現場に残された遺留品に付着していたのである。そのため犯人は、事件前に宮沢家を訪れていた人物ではないかとも考えられている。

そして以前にもこの車庫の疑問について触れたのだが、現場の車庫の高さに収まらないこの棚は横倒しにされていた。更に駐車場の側面に寄せられていたのではなく、車庫の中央付近に置かれていたのである。1センチでも机がずれていたら気にするような人物だったと言われる被害者にしては、あまりに乱雑な置き方ではないのだろうかと。一体この棚は、いつからあるものなのか? 本当に宮沢家の家具だったのか? 一体何のためにそこに置かれていたのか? という疑問が私の中に残った。

その 答えとなる記事 が出てきたので、ご紹介したい。どうも記事元は、朝日新聞の記事のようだ。記事のリンクを観る限り、2009年12月14日 のものらしい。この時点で警察も遺族も、この不自然な棚が何処から誰によって持ち込まれていたものか掴めていないということがわかってきた。隣に住む入江さんですら、この棚の存在を知らなかったということ。事件当日、宮沢家の赤いシトロエンがこの車庫の中でなく、車庫と入口との間のスペースに停められていたのは、この棚が車庫の中に横たわっていたからではないのだろうか?

車庫1

(1番考えられるのは)

まず事件前に、みきおさんの本業であるコンサルティング会社の仕事以外で、自宅で行っていた可能性のある仕事がある。その詳細の記事を抜粋してみよう。かつての師匠でもある、川本喜八郎氏からの紹介による仕事であった。

川本喜八郎氏から、十数年ぶりの電話があったのは、事件約1カ月前の11月。「年末までに旅客機の模型に色を塗ってほしい」との依頼だった。みきおさんの会社が、大手航空会社に旅客機の機体のデザインを変更する提案をしており、その関係とみられる。その川本氏は、模型制作会社を紹介した。模型制作会社は旅客機の模型2~3機に赤と青の塗装を施し、事件直前の年末、みきおさんの会社に納入した。

その作業のために車庫には模型飛行機が置かれていたりして事件前しばらくは、車を中に停めておくスペースがなかったのではないかと。しかし事件当日の30日には、朝から家族で大掃除をやっていたという隣家の証言があり、その時になぜ棚の位置を端に寄せるなどしたり、あるいはこの棚を年内中に処分しなかったのか?という疑問が残る。普段から車庫の中にはものがあり、日常的に愛車である シトロエン は、車庫の前に停められていたのだろうか? 少なくてもみきおさんは、通勤にはこの車を使っていなかったようなのだ。

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(入江家でもわからない棚とは)

当然捜査関係者も、あの不自然な棚・染料が付着していた引き出しがいつからあるものなのか入江家の全員からそれぞれ訊いたに違いない。しかしそれでも、わからなかったということなのだろう。お祖母ちゃんや杏さん、入江さんの息子さんなどは、日常的に宮沢家との出入りをしていたようである。その彼らが見覚えがない棚だということは、家の中にもともとあったものかどうか疑わしものだったということ。しかしあれだけかさばるものを一人で運び込めるはずもなく、車庫に入れた時は複数の人間によって入れられたことになる。

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(もし第三者が運び入れたとしたら)

もしあの棚が、宮沢家の人間が知らない間に何者かによって運び入れたとしたら、どういう時だろうか。やはり考えられるのは、愛車・シトロエンを使って家族が外出。その際に、シャッターを開けっ放しのまま出かけた時ではないのだろうか。もしそうならば、事件当日の夕方、買い物をしている間に運び入れられた可能性だってあるということ。しかし家の正面に車をつけて、これを何者かが運び入れたとすると極めて近所から目撃される可能性が高いということ。いくら捜査撹乱のためだとはいえ、むしろリスクの方が大きいとしか思えない。

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(そこで考えられるのは)

やはりあの棚は、宮沢家の人間の同意の上で運び入れたか、宮沢家の人間によってあそこに置かれたと考えるのが自然ではないのだろうか? しかし何かしらの関わりのある人間とあそこでやりとりをした もしくは仕事(副業)関連の人間が事件に関わっていた。あるいは、そう見せかけるためにあの棚を利用して、わざと染料を引き出しに垂らしたのではないのだろうか。

私の当初からの疑問であった車庫の中の棚は、少なくても入江家の人間が知るものではなかったということ。しかしそれがわかったとしても、余計に不可思議な疑問しか残らないのであるが・・・。

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車庫について考える 2

前回に引き続き、宮沢家の車庫について考えてみます。下記の動画をみると、車庫の内部に棚が置いてあるのがわかります。しかしこの棚の置かれ方が、あまりに不自然だと思いませんか? 何故棚は横倒しに置かれていて、それも駐車場の側面に沿って置かれず、中途半端に放置されているのか? みきおさんは、本が少しでもズレているだけでも気にするような几帳面というか、神経質な一面があったと、入江杏さんもおっしゃっているような方。それが、私のようなズボラ人間がみても違和感のあるような場所に、棚が放置されています。これは、とても みきおさんの行動だとは思えません。



(何故棚は横倒しなのか?)

明らかに考えられるのは、天井の高さに対し、棚の高さが合っていなかったから。元々宮沢家の家の中にあった家具がいらなくなったから、一時的に処分するために置いておいたのか? それとも何かしらの理由で外部からここに持ち込まれたのか? いずれにしても、この車庫用に用意した家具とは思えません。壁につけられていないことを考えると、すぐに処分しようと考えていたか、この家具が来て日が経っていないことを示していると思われます。みきおさんの神聖の場所にしては、あまり乱雑な置き方で、不似合いなものと感じられます。いずれにしてもこれを運ぶためには、一人の力では無理であり(重さよりも、かさばり方からいって)、家族ならばその理由がわかるのだろうが、今のところこの棚に対する情報はありません(入江さんは知らんのか?)。

(誰かに持ち込まれたのではないか?)

この棚は、宮沢さんの家のものではなく、誰かが意図的に事件前に放置していったのではないかと? それが事件当日だったのかはわかりませんが、それゆえに車庫に車を入れられなかったのでは? では何のために? そうこれは、意図的にヒップバックの染料と同じものを、ここに垂らしたのではないかと。 もし動画のような形で本当に引き出しが引かれた状態ならば、これまた非常に違和感があるもので、事件前に犯人が工作したのではないかと思えてなりません。何故そのように感じられるかというと、これも住民の方の書き込みにもあったものなのですが、事件前に宮沢家の裏手の公園には、明らかに公園の設置のものとは異なる、食台みたいな家具があったそうです。それが、事件後いつの間にかなくなっていたとか。もちろんこの事件とのつながりはわかりませんが、何かこの棚と似た匂いを感じるのは私だけでしょうか?しかしもしこれらが犯人によるものだとしたら、少なくても複数の人間が、この事件に関わっていたことになります。しかしこれだけのものを公園に運んだり、車庫に入れたりしたとなると、誰かにその姿を目撃されていないのだろうか? という疑問は残りますし、相当大胆な仕事です。この大胆な行動は、事件後宮沢家の裏手を流れる仙川に、お地蔵さんが置かれていたものと、何か通ずるものを感じなくもありません。 お地蔵さんが犯人によるものかは別にしても、これらの行動には何かしらの犯人の意図があった可能性は高いでしょう。それにこれらのものを運搬するとなると、乗用車以外の軽トラなどを使った可能性も充分あります。棚について問題にならないのは、元々宮沢家の家具だったということなのでしょうか?

(この車庫には入江家のものはなかったのか?)

元々この家には、2台分の駐車スペースがあることになります(外は狭いのですが)。恐らくこの家を購入したときは、入江家と宮沢家の両方の車を停めるということを想定したのではないのでしょうか。そして毎日の出勤には車を使わないということで、宮沢家の車を車庫に入れておくつもりだったということはないのでしょうか?しかし入江家の海外赴任や、宮沢家にお子様が生まれるなどして、状況が変わったのかもしれません。この辺の事情は、入江さんにお聞きすればわかる話かと。

入江杏さんのお話だと、入江家の車は別に近くに駐車場を借りて使っていたという話です。しかし入江さんの旦那は、それこそ日本を代表する車のエンジニア。車には、相当なこだわりというか思い入れがあったはずですので、自宅でも何かしらの作業などを趣味や実益を兼ねてやっていたのではないのでしょうか? そうこの車庫にも、ひょっとすると入江さんの旦那さん(仮名)の、車関係のものが入っていなかったのか?という気もします。むしろ現場に残された染料(ヒップバッグに付着)していたものというのは、車に関係したものではないかという可能性も感じます。宮沢さんのアニメ関係以上に、入江さんの車関係の方が可能性が高いのでは? すなわち盗まれたものは車庫に置いておいた、入江さんの旦那のものだったのではないか?という疑問も残ります。しかしそれならば、遺留品が発見された時に入江さんからの申し出はなかったのか?という疑問は残ります。入江さんの旦那さんは、警察との電話中に60歳の若さで亡くなったと訊いています。警察も、その辺のことを連絡とりあっていたのかもしれません。

ヒップバックの染料のことを警察発表したのが、2009年の年末。入江さんの旦那さんが警察との電話中に亡くなったのが、2010年の2月ぐらいだったはず。その新たな情報の件で、連絡していた可能性は充分考えられる時期だと言えるのではないのでしょうか? 犯人の行動は、何かしらの形で隣に疑いを持たせる、そんな意図があったのかもしれません。

(あえて隣人説を否定する)

何より事件直後、犯人の痕跡と家族の痕跡の区别が、警察にとって一番の仕事だったはず。そう考えると、日常的に出入りの可能性が高い、入江家・泰子さんの母の指紋・DNAの提出は、最優先でなされたはず。そして疑いを晴らす意味でも、何度も何度も事件当日の話を聴くという名目で事情聴取を行ったに違いありません。というのは失礼ながら、隣の入江家ならば、気がつかれずにこの事件を行える可能性が最も高いからです。それゆえに警察は、慎重にかつ適切に、この家のことを徹底的に調査したものと思われます。ですから未だ隣人説を語る方がいますが、それはまずありえないと考えて良いでしょう。そこまで、日本の警察はマヌケではないはず。百歩譲っても実行犯に関しては、入江家が関わっていたということはありえないと考えます。

車庫について考える

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宮沢家には、一階の住居スペースと、ほぼ同様の面積を持つ車庫が存在します。この車庫は、家の中からは行き来ができない作りであり、かつシャッターが閉まっていたせいか、犯人が事件当日出入りした痕跡がなかったこともあり、捜査では重視されて来ませんでした。しかし車庫の中にあった棚から、犯人が残したヒップバッグの中に付着していた 染料 と全く同じものがあり、犯人は事件前に、何かしらここを訪れていた。あるいは、みきおさん と顔見知りだったのではないかと考えられています。

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(何故事件当日、車は車庫に入れられていなかったのか?)

事件当日、宮沢家の車は、車庫の前にあるスペースにそのまま停められていました。普段からそうだったのか? この日は特別だったのか? 事件前宮沢さん一家は、夕方・成城学園前駅で目撃されたり、千歳烏山駅で買い物を済ませ帰宅したものと考えられています。この距離を移動するには、自宅の車を使っただろうなというのは容易に想像できます。そうすると買い物後、車をそこに停め、そのままにしていたことがわかります。恐らく車庫には入れられない理由が、何かしらあったからでしょう。それが、日常的なのかこの日が特別だったのかはわかりません。

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(だいたいこの車庫は何だったのか?)

1990年(事件の10年前)に、この家を増改築して建てた 宮沢さんの住居。当時はまだお子様が産まれていなかったとはいえ、この手狭なスペースをここまで取ってまで、車庫を用意したのでしょうか? 私が考えるに、ここは みきおさんの趣味である、アニメ関係のものを制作したり、作業するスペースだったのではないかと? それゆえに、これだけのスペースを専有してでも、どうしてもこの部分を みきおさんは作りたかったのだと思います。通常ならば、この車庫のスペースがあれば、一室ぐらい別に部屋を作ることも可能だっのでは? それでも外に、車をおけるスペースだって確保できたはず。家から 隔離され誰にも邪魔にされない自分だけの空間 を みきおさんはこの当時から持ちたかったのだと思います。趣味に生きる人 といわれた、みきおさんの気持ちは、私もなんとなく想像できるものがあります。そしてこの車庫は、家の裏側からみても窓が全くない閉ざされた空間でした。

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隣に住む姉の入江杏さんが、事件のあった12月はみきおさんの帰宅が連日遅かったと証言しています。どうもそれは残業ではなく、転職先への準備のため連日その会社先の人間と会っていたからだとも言われています。しかし、これは本当でしょうか? そりゃ新たな環境に転るために、何度か次の会社先の人間と仕事終わりに会うことはあるでしょう。しかしまだ在籍もしていない会社の用で、連日遅くまで仕事をしていたとは私には思えません。周りが残業するような状況でも、残業をするのを見たことがないかと言われていた みきおさんが、そんな入社前から束縛の多い会社に転職するでしょうか? そう私はみきおさんが、退社後は趣味である アニメの催しなど趣味に関わることで、連日忙しかったのではないかと考えます。そして車庫に車が入れられなかった理由は、その趣味のものが駐車場の場所を専有してしまい、車が入れられなかったのではないかと。それだからそれが事件とどう関係あるかと言われると困るのですが、どうもこの辺の趣味でのトラブルが、事件と関係しているのではないか? そんな意見も仮説の一つにはあげらています。しかし、どうなのでしょうか? 私が考えている仮説とは距離があるので、そのことには今回触れないでおきます。

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上の写真をみると、シャッターの上にライトらしきものが見えます。地元の人の書き込みか何かで、宮沢家のシャッター付近は、人が近づくと非常に明るい明かり付くように防犯対策がなされていたという話が書いてありました。なるほど、それを裏付けるものなのかもしれません。これがいつ頃から設置されていたものかはわかりませんが、ひょっとすると以前に、みきおさんの車庫のものが荒された、あるいは何か盗まれたことがあったのかもしれません。こういったライトは、元々家を作った時につけるものではなく、後から何かしらの理由でつけることが多いので。そのため日中も、みやざわ家の車庫のシャッターは、閉められたままが多かったのではないかと思うわけです。もしあのシャッターが手動式で手で上げ下げしないといけないタイプだったとしたら、いちいち車の出し入れで上げ下ろしするのが面倒だったのかもしれません。 ということならば、日常的に車を車庫の前のスペースに置いていた可能性も考えられます。

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宮沢家の居間にあった ヒップバッグなどの遺留品の一部は、元々 みきおさんのものであったり、ラグランシャツは、みきおさんの 趣味で使う作業用 のものだったのではないか? そんな疑問さえ持ちます。しかしある日、開けっ放しに日中していたら何者かに盗まれてしまった。それ以降、宮沢家の車庫への防犯意識が変わった、そう仮定できないかと思うわけです。ヒップバッグからは、三浦半島の砂だとか、アメリカ東海岸の砂でしたっけ? 特種なものが結構あったそうです。それらの行動範囲は、みきおさんの渡航歴や行動から合致しないのか? 警察は当然調べたものと思われますが、どうなのでしょう? もちろん全然、事件とは関係のない他人もの。あるいは、本当に犯人が日常的に使っていたものかもしれない。しかし犯人にたどりつけないのは、これもまた捜査撹乱のために、わざと残されたものという気がしてなりません。警察からは、この駐車場の情報は殆ど漏れて来ません。果たして、この駐車場は単なる車庫だったのでしょうか?

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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