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土地絡みの話

世田谷一家の動画を眺めていたら、どうも私のサイトを参考にされているものがあった。その方が引っかかっているのは、事件発覚直後の31日の昼頃に、埼玉のみきおさんの実家の隣の家にかかってきたという電話で「ご近所の宮澤さんは何をしている人ですか?、近所にビルなどありますか?(その中に)事務所か何かが入っていませんでしたか?」 という類の内容だったという。この話は、一目撃情報と一緒で、私自身はその信ぴょう性含めてあまり重視して扱って来なかった。ちなみに新聞社を名乗った30~40代ぐらいの男は、その後かけてくることはなく警察などの呼びかけにも名乗り出たものはいないという。もしこの話が本当ならば、電話主は犯人や関係者であった可能性は高いだろう。事件が発覚したのは、31日の11時前。最初のニュースが流れたのが、その日の正午のニュースだったという。お昼頃が13時ぐらいだったとしても、みきおさんの実家の隣の電話番号まで調べあげるには、あまりに手際が良すぎる。さらに、被害者父のビルの所有の有無について訊くというのも、この時点でする質問だとは思えない。まして年末の12月31日である、調査会社や探偵など依頼されたものが宮澤さんの身辺を探っていたとしても、こんな日に仕事をするだろうか? 

なぜ宮澤家の実家や近所の人の電話番号まで把握できたのか?

これは当時の電話帳には、個人の固定電話の番号・氏名・住所などの個人情報が記載されており、まだ第三者でも簡単に知ることができた時代であったからではないのだろうか。事件のあった20年前には、NTTが自宅に毎年分厚い個人の電話番号が記載された電話帳をおいてゆくような時代。ただそういった個人情報の取り扱いも、その後厳しくなって個人の情報は掲載されなくなってゆく。そんな頃の話だったため、宮澤さんの実家の存在を把握していれば、近所の電話番号を知ることも難しい作業ではなかったのではないのだろうか。あるいは2000年当時だと、ネットなどでもそういった情報を調べられるサイトがすでに存在していたという。

なぜ、宮澤さんの父親がビル持ちだと思ったのか?

そこでまず、2ちゃんねるに掲載されていた みきおさんの履歴を貼ってみたい

 1,1956年07月 00歳 東京都板橋区で長男として誕生
 2,1974年03月 18歳 都立戸山高校卒業
 3,0000年00月 XX歳 東京大学農学部林学科入学
 4,1979年00月 23歳 人形美術家川本喜八郎氏に師事
 5,1982年03月 26歳 風致計画学専攻科卒業
 6,1983年00月 27歳 森林都市研究所の契約社員
 7,1983年00月 27歳 NHKアニメガジェット警部演出
 8,1983年07月 27歳 泰子さんの父親死去
 9,1984年00月 28歳 映像関係プロダクション設立
10、1986年12月 30歳 泰子さんと結婚
11、1987年00月 31歳 米国企業日本支社就職
12,1988年00月 32歳 泰子さん化粧品会社を退職
13,1990年00月 33歳 泰子さん別の場所で学習塾開設
14、1990年05月 34歳 世田谷区祖師谷に自宅購入
15,1990年12月 34歳 泰子さんが祖師谷公園教室開設
16,1991年00月 35歳 群馬水上町シンボルマーク作成
17,1991年00月 35歳 都立祖師谷公園の拡張整備計画
18,1992年01月 35歳 妻の姉一家が英国に移住
19,1992年04月 35歳 長女にいなちゃん誕生
20,1994年06月 37歳 長男礼くん誕生
21,1996年00月 39歳 共著にて本を出版
22,1997年03月 40歳 米国企業日本支社退職
23,1997年07月 41歳 同業他社に転職
24,1998年00月 42歳 英国企業日本支社に転職
25,2000年03月 43歳 都と立ち退き交渉がまとまる
26,2000年04月 43歳 妻の姉とその息子が帰国
27,2000年08月 44歳 広島国際アニメフェス運営
28,2000年12月 44歳 事件発生

ここで出てくる、米国企業の日本支社を退社して、23 に同業他社に転職 と出てくる。実は、ここで勤務していた会社があったビルが、宮澤ビル なのだ。神宮外苑の銀杏並木の入り口からほど近い小さなビルで、一階には飲食店が入っている。私自身も何度か観に行ったことがあるが、立地は東京の中心だが古びれた小さな建物だった。犯人は、みきおさんが偶然なのか必然なのかわからないが宮澤ビルに勤務していたことを掴んでいたのではないかという可能性が出てくる。しかしその割には、宮澤さんのお父さんが、このビルの所有者かどうかの情報を把握していなかったという曖昧さも残る。気になるのは宮澤ビルの存在は知っていても、その場所がわからないことや、登記簿で調べれば所有者が誰なのかさえわかるような情報を、なぜ近所の家に電話して確認しようとしたのだろうかということ。

しかもこの会社にいたのは事件の3年以上前で、すでに別の英国系企業に転職しており、さらにそこからも別の会社への転職話を進めていたという。外資それもコンサルティングの世界では、そうやってキャリアを積んでゆくことは日本でも珍しくないのだという。ただし犯人が宮澤家のことを調べるにしては、持っている情報が少し古くかったり、これだけの事件を起こすにしては情報が少な過ぎはしないかと思うのだ。それでも凶行に及んだのは、時期尚早だったのではないかと。

みきおさんの事件になぜ父親が絡んで来るのか?

これまた長いあいだ謎だったのだが、実は事件のあった世田谷の土地というものに関わってくる。あの土地は、1億5千万で姉夫婦と共同出資する形で宮澤家が購入したことは良く知られた話である。実は土地の名義には、入江家・宮澤家の他に、泰子さんと杏さんの母親で当時入江家で同居していたおばあちゃん、さらにみきおさんの実家も出資していて土地の権利を持っていたようなのだ。また事件のあとの年明けには、みきおさんは実家から2000万ほど工面してもらうという話がお父さんとの間で決まっていたという。そのへんの絡みで、宮澤さんの父親とはどのような人物なのだという話が浮上してきたのかもしれない。ただし私が聞いている限りでは、みきおさんのお父さんは資産家ではなく生協勤務の職員だったというから、コツコツと貯めたお金で一人息子を援助しようとしていたのではないかと想像する。

東大卒で外資のコンサルティング会社において、グループリーダーなどを任されるエリートサラリーマンであったみきおさん。有に年俸は1000万どころか2000万近くはもらっていたのではないかと想像できる。しかし、そのみきおさんが、何故そんなにお金がなかったのか? それは外資故にローンが組めず、都の土地売却資金だけでは にいなちゃんの通う小学校近くに建てるはずの家の資金が足りなかったということなのだろうか? それとも他に、何かお金が必要な理由が存在したのだろうか?

そもそも、土地絡みの話などありえたのだろうか?

すでに事件のあった2000年3月には、都との話し合いにより土地の売買契約は成立していたとされている。そのため第三者が、それをどうにかできる話ではなかった。ましてこの土地は、上記にも記したように権利関係がとても複雑であり、宮澤家とだけ話し合っても解決できる話ではない。そのため同様の話を、それぞれの権利者としないといけなかったはず。もしそのさなかに事件が起きれば、たとえ依頼殺人であっても簡単に関係者は疑われてしまう。しかしそういったことがあったとは、遺族や捜査関係者からは一切漏れてこない。

それでもありうるとすれば、都から振り込まれた土地の売却代金を狙った事件だったということになる。確かに事件直前には、売却代金の2/3が宮澤家に入金されていたと聞く。しかし事件後、そのお金が引き出されたという話は一切ないので、そのお金を最後まで守り抜いたことになる。しかしそれが狙いにしては、みきおさんをあっさりと殺してしまったのではないかと。その情報を得るために、一家殺害後も家中をくまなく荒らして情報を探したということなのだろうか? 

プロとは思えない仕事

もし金銭目当ての依頼殺人だったとしたら、粗っぽいだけでプロとは思えない仕事だと感じる。しかしその背景にいる人間も、なぜ登記簿を調べればわかるような情報を、宮澤さんの実家近所に電話をかけて確認しようとしたのだろうか? よっぽど金が無くて、断片的な情報だけで事件を起こした素人集団が行った犯罪だったのか? 少なくても犯人の目的が土地の売却代金であったとしたら、何も目的を果たせないで終わってしまったということになる。しかしその売却代金が事件前に振り込まれていたことを、いかにして知り得たのだろうか? 

FLASH の記事

以前写真週刊誌の「FLASH」に、世田谷一家の事件の重要参考人の写真だとして、目隠しながらデカデカと載ったことがある。その記事の詳細はこうだ

アメリカでFBIに強盗容疑で逮捕された韓国人の供述により、事件を指揮したアメリカ籍・アメリカ人の男が判明。男は別の強盗事件で5,000ドルの懸賞金が懸けられ、指名手配されている。また、男は事件の実行犯らが事件の翌日には日本を離れたと周囲に話しているが、この男ならその出国先も知っているはずである。日本警察にもこれらの情報はFBIから直接渡っている。被害者との接点について、男は事件前にアメリカに本社があるヘッドハンティング会社の東京支店に勤めており、被害者はその会社に転職希望者として登録をしていた。そこで、被害者宅の情報や経済状態などを知り、犯行に及んだのではないか (2006年8月1日号)。

しかしその後の捜査の進展は、全くといって聞かれない。この男の行方が未だにわからないのか? あるいは、事件とは無関係だとは判明したのか? もしこの場合、このヘッドハンティング会社の情報は、かなり古かったということになる。ようは、みきおさんが登録したのは亡くなる前に務めていた英国系コンサル会社のものではなく、この宮澤ビルにある会社に勤務していた時のものだということではないのだろうか? それにしてもヘッドハンティング会社やコンサル会社という情報こそ命の業界の人間が関わった犯罪としては、情報の集め方が素人過ぎるのではないのだろうか? まして自分たちで無理ならば、専門家に依頼し詳細を把握してからでも遅くはなかったはず。いずれにしても彼らが犯人だったとしたら、目的のものを見つけられないまま終わるという最悪のシナリオだったことになる。そのため私にとっては、土地やその売買代金を狙った犯行という説は重視していない。

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北朝鮮の暗殺計画などありうるのか?

前回・北朝鮮の人民軍兵士が、敵地適応化訓練 の一環として、一家を殺害したという、脱北者からの証言をご紹介した。この話は、我々部外者が検証できるレベルの話ではないが、様々な疑問を説明しうる非常にリアルな説だと書いた。もちろん、この説を検証することなどできないのだが、客観的な状況からそのようなことがありうるのか考えてみたい。

(何故宮沢家だったのか?)

仮にこの事件が、敵地適応化訓練 だったと仮定した場合、なぜ宮沢家が狙われなければならなかったのか? そう考えた場合に、やはり宮沢家と北朝鮮との間に繋がりがなかったとは考え難い。

そこで気になるのが、宮沢さんが友人に漏らしたという「紙一重の仕事をしている」という中身が気になるところ。特に言われているのが、宮沢家自体が北朝鮮への送金の大きな窓口になっていたのではないのかという説。しかも2000年当時は、朝銀の破綻などにより資金の融通が困難になり、送金を拒否した、あるいは満足のゆく額を用意できなかったのではないかという話がある。

またそのことから不信感を募らせたのかはわからないが、日本国内における北朝鮮のスパイ網の全容を捜査関係者に暴露してしまった。そして日本における最大の北朝鮮スパイが、事件の一ヶ月前に逮捕されるという事態(新宿百人町事件)に陥った。その、報復だったのではないかという話もある。実際2000年当時は、北朝鮮の不正輸出などに関わる人物が次から次へとあげられた年であり、誰かしらがその全容を解明するのに協力していたものと思われる。それがひょっとすると宮沢さんだったのではないか、とも推測できるのだ。しかしこれなどは、私などが検証できるようなレベルの話ではなく想像でしかない。

しかしそういった背景があるのならば、一家惨殺というありえない報復にでたのも、他の日本国内の関係者への見せしめ的な意味があったという話は、けして説得力のない話ではないだろう。

(しかしだ)

5ちゃんねるにも書いてあってなるほどと思ったのが、北朝鮮との紙一重のような仕事をしていた人物がたびたび警察や公園事務所におしかけて、騒いでいる輩がいるからなんとかしろ!といったクレームをするのか?といった疑問は生じるのだ。できるだけそういった仕事をしている人間ならば、警察などとの接点を作ろうとはしないのではないのか? 

まして一家を殺害に来たような人民軍兵士が、キムタクのドラマの格好を真似たようなラグランシャツで、暗殺に来るのかよといった書き込みも、誠に最も話ではあるように思う。犯人を日本人に見せかけるためという考えもあるが、それを素直にそう思えるかは微妙なのだ。

(私は・・・)

過去一環して書いてきたことは、この事件は 快楽殺人 だったということ。そして犯人は、日本人だろうと外国人だろうと、一定期間日本に定住していた(少なくても事件前は)、もっと言えば日本で生まれ育った人間ではなかったのかとみている。そのため宮沢家の人間を暗殺しに、外国から一時的に来たような人物ではなかっただろうという犯人像を想定している。

(遺留品)

現場に残されたユニクロジャケットは、事件のあった2000年10月に販売され、即完売になった8万2千着の一枚だったことがわかっている。この製品は、日本国内にいないと当然手に入れられなかったもので、かなりこういったものの販売後敏感に行動しないと購入は難しかったはずなのだ。ここからわかることは、犯人は最低でも10月には日本国内に潜伏していたことになる。

現場に残されていたラグランシャツなども同様で、2000年の9月~11月という、極限られた期間にのみ国内で販売されていたものなのだ。もちろん事件前に、一連のものを買い揃えたという考え方も無きにしもあらずだ。しかし犯人の遺留品には、日常的に使われていた形跡があるものばかり。人民軍兵士が、教官の命令で家に置いて来いと用意されたものというニュアンスからは違う匂いを感じなくもない。もちろん一家惨殺という大仕事だけに、かなり前から日本に潜入して準備を進めていたという可能性はあるが、一家を殺害し北朝鮮に逃げ帰るという仕事にしては随分と長い期間に痕跡を残し続けていたように思うのだ。ただし金正男氏暗殺に際しては、実行犯とされている女性二人を数ヶ月かけて訓練したとも言われるので、数ヶ月前から日本国内に潜入し準備を進めていた可能性も捨てきれない。

(日本語読解能力)

警察が、長らく犯人が日本人だと断定していた理由がどこにあったのかは未だに謎ではある。我々外部の人間が推測するのであれば、犯人が家にあった塾関係の書類やみきおさんの仕事関係の書類(しかし仕事上のものは持ち帰ってはいなかったとの証言も)などを物色していた形跡があったからなのか? あるいは、犯人が劇団四季のHP以外にも、科学技術振興関連のHPや大学の研究室の細菌研究報告、自治体の街づくり計画や環境アセスメントのページなど、専門分野におよぶ難解なHPを閲覧した形跡があったという話もある。そういった日本語の中でも、難解な文章に目を通していたからではないかと推測される。少なくてもこの情報が確かならば、ちょっとやそっと日本語を学んだレベルでは無理で、やはり外国人であれ日本人であれ日本で生まれ育った人間だったのではないかと考えるのは自然な流れではないのだろうか?

(ということで)

私は、日本に事件を起こすために外国からやってきたものによる犯行という全ての説に関しては懐疑的な見方をしている。事件後海外に逃亡した可能性はあっても、元々は日本で長らく定住、それも日本で生まれ育った人間であったのではないかという思いが強い。この考えを覆すには、実行犯とは別に日本に定住していた人間が家の中に入った痕跡となる証拠がでない限り変わらない。そのため外部と連絡のやりとりをしているだけでは、この難解な文章を理解するのには無理があったのではないかと思うのだ。ただし本当に書類を選別していたのであれば、それは実行犯と主犯が別にいた可能性を示唆する。というのは、主犯自体が家の中で書類を選別するのであれば、わざわざハサミや手で書類など切って家の中で選別する必要などないのだ。見る人が見ればすぐわかるし、むしろそれらしい書類を全て家から持ち出せば済む話ではないのだろうか? わざわざ何故、家の中で書類を選別し処分しなければならなかったのかには誠に疑問が残る。ようは、選別している人間が書類の重要さの有無をよく認識できない人間だったのではないのか? 選別していたということは、それを依頼OR命令を受けた人物が行った行動だと捉えることができるのだ。

にいなちゃんと泰子さんの寝ていたロフトには、塾の名簿が何故か残されていたという。これは、犯人が塾関係者だったと示唆するものか、そう見せかけるためのものではないかと。もしそうだとすると、この家があらかじめ公文教室を開いていたことを、事前に認識していた人物であったことは間違いない。まぁ家の壁にも公文教室の看板を掲げていたので、外部の人間でも容易にそれを知ることはできたのだが。またこの記事には、浴槽で見つけた名簿を持ったままロフトに上がり、置き忘れた捜査員がいたのではないかいう捜査員の推測も掲載されていた。

(音の謎)

あと全然この話とは別の話になるのだが、私はこの事件の大いなる謎の1つとして  に関する疑問を持つのだ。この犯人は、異常なほど音に鈍感なのではないかと。というのは、当然一家4人を殺害するのには、悲鳴や騒音・振動などが外部に漏れるリスクがあったわけだ。しかし最初の礼君こそ、口を塞いだ上で首を絞めて扼殺している。しかし以後の人間は、そんなことをお構いなしに襲っている節がある。もちろん書物によっては、喉をいち早く切って声を発せられないようにしたプロの仕業ではないかという話もあるが、その信憑性は定かではない。

何より気になるのは、家中の書類やものなどを床に散乱させている点だ。どうも宮沢家の1階部分は遺体のスケッチを見る限り、フローリングを感じさせる描きとなっている。すなわち相当な音が、撒き散らす時に周囲に響いたはずなのだ。ましてだ、財布の中にあった小銭1121円分を、廊下にぶちまけていたのだ。これはもう、音が外部に漏れようが知ったことがないというほど錯乱していたのか? 防音構造で外部には聞こえないという確信があったのかのいずれかだろう。しかし浴室の窓から侵入した場合、窓は開いていた可能性もあり、外に音が漏れるリスクは充分にあったはずなのだ。

まして仮に犯人が、何かしらの理由で事前に宮沢家の中に上がったことがあった人物だとする。しかしその時に、隣の家とは繋がっていないことを把握できたとしても、隣の家との間が防音構造になっていたことなど事前に知りうることができたのか?という疑問が残るのだ。そう考えると犯人は、よほど頭のまわらないような人物だったのか? 事前に防音構造であることを知りえた人物だったのではないのか? 仮に防音構造だと知っていても、何故ここまで 怒り をぶちまけなければならなかったのか?

よほど犯人には、宮沢さん一家を殺さなければ気が済まない理由があったのか? 何か思い込みが激しく一家に怒りをぶつけていたとしか考え難い状況だったのではないのだろうか。怨恨ではないというが、一家を殺害してもなお、この異常なまでの怒りがおさまらなかったことを感じさせる現場なのだ。 この犯人は犯行当時ガムを噛んでいただけでなく、ヘッドホンでもして音楽でも聴きながら事件でも起こしたのではないかと思えるほど、音に鈍感 だったのではないかと思えてならないのだ。そしてこのような 怒りの衝動 が、依頼殺人の場合に起こりうるものなのか私にはどうしても疑問なのだ。

検証不可能なお話

昨年末に発売された、「文藝春秋」の「世田谷一家殺害事件・18年目の新事実」。この中には、私が知らないような新情報がたくさん書かれていて驚いた。中でも最も驚かされたのが、北朝鮮脱北者からの情報 である。この情報が事実かは検証のしようがないが(これは捜査関係者も同様なのだろう)、非常にリアリティのある話なので、ぜひ知っておいて頂きたい。

(話の発端)

事件から一年後、警視庁警備局幹部に、1つの情報がもたらされた。韓国の情報機関・国家安全企画部が、最近(2001年当時)北朝鮮脱北者の一人から、このような供述を得たので参考情報として伝えるといった内容のものだった。当時の日本と韓国は、現在と違い韓流ブームが訪れようとしており、ワールドカップ共同開催なども相まって融和的な雰囲気があった時代である。今回の内容を引用させていただくと

私が脱北する直前、長らく音信がなかった、人民軍兵士の甥が「休暇だから遊びにきた」と言って我が家に泊まり来たのです。私は、彼が特別に厳しい世界だと耳にしていた特殊部隊に入っていたことを知っていたので、「よく休みが取れたな?」と聞きました。すると甥は「重要な訓練で大きな成果を出した。その褒美が与えられた」と自慢げに応えたのです。その夜、布団を並べて寝る段になって、甥は掛け布団を被りながら驚くべき話を小声で始めたんです。「実は『敵地適応化訓練』という特殊な訓練で日本に極秘潜入した。訓練教官の指令は『トウキョウで日本人家族を皆殺しにせよ』というものだった。そして私は、その訓練を実行した」。私は驚愕したまま、「どうしてお前の成果だと、教官に証明できるんだ?」と尋ねた。甥はその質問を待っていたかのように冗舌に語り始めた。「証拠として、教官から指示された、黒いハンカチを現場にばらまき、指定された物を置いてきた。そして、それらは日本で報道された。そういうことだ」

そして安全企画部のカウンターパート( 国際協力の場において、現地で受け入れを担当する機関や人物のこと)は、こう述べた。「北朝鮮特殊部隊は、これまでも、日本に対し、日本人拉致と並行して、同様の訓練を密かに仕掛けていた、と我々はみている。日本と戦争状態に陥った初期に、在日米軍基地、日本の重要インフラに攻撃を加えるため、日本社会に適応する要員を必死で育成している」と述べている。

この話は、警視庁の警備局の会議においても、公式の議題に上がったことがあったという。脱北者が本当の話をしたのかについては、警察も検証できないとも述べている。

(改めて考えれば)

まずこの話を冷静に考えてみると、最近まで北朝鮮にいた脱北者が、日本で起きた事件のことなど知っている可能性が低いこと。同様に韓国の捜査当局者からならばいざしらず、諜報機関である国家安全企画部から情報が提供されていたとすれば、かなり畑違いなところから、わざわざ情報が提供されたということになる。ようは、わざわざ日本の警視庁など繋がりのない部門に、組織の枠を越えて情報提供された特異な例だと言えよう。参考情報ではあるが、極めて複雑な経路をたどってもたらされた情報だということは部外者でも理解できる。それだけ日本の捜査関係者が、この事件のことを重要案件として韓国に情報提供を求めてきたことに応えたということではないのだろうか。

(大いなる謎の説明にはなる)

ここで1つ明らかなのは、この事件の大いなる謎の1つでもある、何故犯人は大量の遺留品(返り血も浴びていないもの)を置いていったのか? あの黒いハンカチとは、何だったのか? の疑問の応えを説明できていることである。

そして犯人が、指紋やDNAを大量に現場に残しても平然としていられたのか(長時間家に居座ることができた)という説明もできてしまうわけだ。また犯人が一家殺害という目的以外に、何かしら宮沢家から情報になるものの消去OR持ち出せという使命があったのではないかという疑問も、この説ならば説明がつくことになる。すなわち検証は不可能ではあるが、いまなおこれだけの情報が明らかにされている中でも矛盾はなく、こういったことが遂行されたことを否定する材料には乏しい。

様々な外国人犯行説をこの事件では訊いてきたが、実はこの話が今までになくリアルかつ矛盾がないことに気がつかされる。しかしもしそうだとすると、みきおさんは北朝鮮への送金問題や日本国内におけるスパイ網の解明に協力していたという話も、まんざらデマではなかったのではないかという気がしてくるのだ。しかしこの話は、あくまでもそうだったかもしれないねという部分でしか部外者である我々も、警察も検証のしようがないのではないのか? もうこれは、警視庁でも刑事部で手に追えるレベルではなく、公安部だとか国家の諜報機関レベル、あるいは多分に政治的な次元に話が及ぶことになるのではないのだろうか。

(最近の捜査の流れ)

最近警視庁から発表された情報の中に、黒いハンカチの使用法について、中国の水産加工場で、包丁で魚をさばく際の滑り止めのため、似たような方法で包丁にハンカチを巻いていたという情報が寄せられています。」という、明確に中国という具体名を出してきたことに注目したい。おそらくこの話は、以前ご紹介した中朝国境地域の聞き取り情報から得た話を、具体的に表に出したということ。何かしらの犯人の陰を、この地域から警察は掴んでいるのかもしれない。少なくても今の捜査陣は、外国人犯行説を相当重視して捜査している印象を受ける。

ちなみに以前も触れた 中華人民共和国 吉林省 延辺朝鮮族自治州 という地域を北朝鮮から経由すると、容易にロシアのウラジオストクに抜けることができる。ウラジオストクから韓国を経由して日本に入ることも、それほど難しくはない。もちろん正規の方法でなければ、もっと様々な方法だってあったのだろう。

さて 金正男暗殺事件 をみていると、実行犯を残して、それをサポートした面々は早々ウラジオストクを経由して北朝鮮に帰国したことがわかっているという。しかし顔が割れた彼らは、すぐさま国内で処分されたという噂も耳にする。仮にだ、この事件にそういった背景あったとすれば、後々の発覚の恐れなども考えたら、指紋とDNAという決定的な証拠を残してしまった犯人は、その後とっくに処分されてしまったのではないのか?事件当時は、見事遂行したという評価だったのかもしれない。しかし事件の詳細が報道されるたびに、実にずさんだったことが明らかになってきたからだ。私は、もしこの事件の背景にこのようなものがあったとするならば、実行犯はすでにこの世にはいないだろうと推察する。しかし再度いうが、この説に関しては私などには検証のしようがない次元の話となるので、そうだったのかもしれないね としか言いようがない。

依頼殺人の可能性はあるのか?

私は、世田谷一家殺害事件は個人が行った 快楽殺人 だったと位置づけている。ただしこういった快楽殺人をいとわない暗殺者がいて、そういった人物に誰かしらが殺害を依頼したという背景がもしあるのであれば、それが何かなのかを探ることは私にはできない。

しかしプロに依頼した殺人であれば、あまりにずさんで証拠を残し過ぎている。まして組織的犯罪ならば、1個人で一家4人を殺害させようなどしないだろうし、証拠も極めて残らないようにするだろう。しかしこの時代は、外国人留学生などが絡んだ事件が多発していた。そのため素人が、僅かなお金のために平気で人を殺すような事件が全国で相次いだ。そしてその背景には、事件を主導する黒幕の存在があったのではないかともよくささやかれた。

またこの事件が語られる時に、よく某国絡みの案件だったという話がまことしやかに語られることが多い。しかしそんな国家が暗殺者を送り込むのに、こんな素人みたいな一個人に依頼するかよと思っていた。しかし昨年起こった 金正男暗殺事件 などをみてみると、あれだけの大物を仕留めるのにも素人を使って実行するのだと驚かされたのは確かだ。素人の犯罪に見せかけて、実は背後には国家が暗躍する可能性を、この事件は教えてくれた。

(Tの存在とは)

私は以前、この事件と接点が多い人物として T という男がいることを書いたことがある。警察が犯人の年齢を、15~20代とみていると発表したことでT の関与は間接的に否定されたのだと理解した(実際まともに調べたかまでは不明)。事件当時 T は、すでに30代だったからだ。

私自身も T は事件との接点が多い人物ではあるが、まさかという思いが強くむしろ否定されてホッとしている部分はある。しかしこの事件が、国家 をも絡むような重要事案であったならば、T はあえて野放しにされている、許されている可能性があるということになる。

(Tは何故許されるのか?)

T自身は、けして大物政治家だとか特別な権力を持った人物ではない。もしTが事件に関与していて放免されているのであれば、考えられるのは 国益 に関わる特別な存在だからだとしか考えられない。そして考え難いが、彼自身が事件を起こした正当な理由があるのならば、それは 国益 を守るためという大義名分 があったからだろう。しかしそれは建前で、本音は人を殺すのを快楽とする殺人鬼だったということになるのではと・・・。そしてそれでも国家は彼を野放しにしているという、とんでもなく恐ろしい構図がこの国には存在することになる。

(私以外にもいる)

実は T という個人を特定できていなくても、その周辺が怪しいとみているものは、この事件のことを調べている中には少なからず存在する。しかしそのハッキリした動機や証拠になるものまで掴んでいるのかといえば、恐らく私と同様に想像の域を脱していないのだろうということ。もし事件の全容を解明できるとすれば、これはもう警察組織などの国家による自浄作用が働くことを期待するしかない。

(改めて言う)

しかし改めてこの事件を見てきて思うのは、宮沢家の土地売買資金などの金銭を狙った犯罪、あるいは某国家や特定の団体による関与、はたまた国益を守るためという大義名分のもと行われた犯罪といった、そういった壮大な背景があったわけではないだろうということ。 あくまでも私が思うのは、この当時流行した17歳世代による凶悪事件に触発された若者が起こした、快楽事件 だったという、かなりシンプルな構図だったのではないかと捉えている。

世田谷一家殺人事件とはなんだったのか?

私はこの3年余り、 世田谷一家殺害事件 に絞り事件と向き合ってきた。そして恐らく、こうだったのだろうという漠然とした結論に至っている。それは、当時世間を騒がしていた17歳世代が起こしていた犯罪などに触発された若者が、恐らく単独(若干の協力者のいた可能性も)で行った 快楽殺人 だったのではないかということ。この筋書きは、かなりの部分で 警視庁 の見立てに近い結果となった。

(組織犯罪説)

そんななか、この事件を 組織犯罪 だったのではないかという識者も少なくない。その多くが、バックボーンにいる団体こそ違えど極めて似たストーリーであることに驚かされる。

それは、特定の宗教団体(人により指摘する団体が違う)か某国家が行った組織的な犯罪だったのではないかということ。そしてお布施あるいは送金問題に端を発し、その支払を拒否した宮沢さん一家は、見せしめのために酷い殺され方をしたのではないかというストーリー。この説を支持される著名人の方々は、どうしてここまで情報が似通っているのか? これは指摘する団体こそ違えど、実は裏では繋がっているということなのだろうか?それともある特定の情報元から得た情報が派生して、微妙な違いとなって表に出てきているのだろうか? 各々が散々調べ上げて行き着いた結論だったとしたら信頼にたるものなのかもしれないが、私にはこれを確認する術はない。

私的に思うに大掛かりな組織が絡んだにしては、非常に杜撰な犯行だったという気がしてならないのだ。実行犯が雇われていたにしては素人で証拠を残しすぎている。組織犯罪ならば、オウムの坂本弁護士一家殺害事件のように、誰にもわからないように一家を抹殺するのが常なのだが。しかしあえて見せしめという効果を狙ったのならば、現場にも火もつけず悲惨な現場を残した意味も無きしものあらずということか。それにしても組織犯罪ならば、うちもらさないためにも同時に複数の人間を現場に潜入させると思うのだが・・・。

(土地にまつわる説)

特定の暴力団や不動産ブローカーが背後にいて、雇われた男が一家を殺害したという説。これも、この事件を語られるときに多く出てくる話だ。しかしすでに都に土地の売買契約が済んでしまったあとなわけで、一般人がどうこうできる土地ではなかったということ。この説であるとすれば、それは都から振り込まれた土地の売却代金狙いで入ったという可能性しかない。確かに銀行の口座に関わるものや暗証番号を探した形跡はあるものの、この事件の最大の目的はお金よりも一家殺害にあったと思われ、お金は二の次・ついでだったという印象しか残らないのだ。結局宮沢家の口座からお金をおろされることはなく、犯人は目的を達成することができなかったことになる。

(クリミナル犯行説)

大規模な組織犯罪というよりも、どうも世田谷の宮沢家宅には多額のお金があるらしいという情報が、こういった輩に情報として共有され、その中の1グループが起こした犯罪だったのではないかという説。私も当初は、この説が一番有力ではないかと思って考えていたし、今でもその可能性はあったのではという思いはある。

2000年当時は、とくに中国人による事件が多発していた時期で、日中合作の合同窃盗グループが多くの事件を起こしたりもしていた時代。福岡一家殺害事件のように、留学生の類が特定の情報の元起こした犯罪の一つだったのではないかという話はありえなくはないだろう。特に犯人の杜撰な犯行は、組織犯罪というよりも、帰国前にみやげ代わりに忍び込むかといった類の犯罪を想像させるものとなっている。しかしこの事件を調べてみると、殺しに関しては素人だと思われる犯罪だったわりに、事前にかなりこの家のことを調べていた(知っていた)可能性があり、たまたま隙があったからこの家にという犯罪には思えないのだ。第一それならば、何故家族が全員揃い、更に壁一つ隣に親戚がいるタイミングで、この事件を起こしたのか? ある意味、両家族にとって最も事件が起きる可能性が低いタイミングで起きている。用意周到に事件を起こしたものが、あえてこのタイミングでこの家を狙う意味がないのではないかと思うのだ。少なくてもこの事件は、お金よりも重要な目的が他にあったとしか思えない犯罪なのである。

(どの説も)

確かにどの説も一理ありそうな話ばっかなのだが、どれも決定的な決め手に欠けている印象がある。そうこの犯人は、一体何のために、捕まれば極刑が避けられないようなリスクまで犯して、この事件を引き起こしたのかわからないのだ。それは、17年経った今でも、大いなる謎として残っている。

この事件の最大の目的は、一家全員の殺害 にあった このことは最初に一番無抵抗な礼君を殺害していることからも明らかである。だから最初に騒がれたから、結果家族全員を殺害したという偶発的な事件とも違う。この一家全員を殺害することに意味があるとするならば、最初の組織犯罪説の、見せしめ や 一家への復讐 といったものしか理由がつかなくなる。お金ならば、極力家族が誰もいないときに行う方が良いし、特定の人間への恨みとなれば、一人でいるときを狙った方が確実となる。しかし家族が全員が揃っている、へたすればそれは、入江家の人間が揃っていること自体にまで意味があったのかもしれない。

しかしこの犯罪を、何かの損得勘定という視点でみなければ、また別のものが考えられるのだ。それは、人を殺してみたい という衝動が抑えられなくなった人間が起こした 快楽殺人 という視点だ。これならば、より多くの人間を一度に、そして世の中によりショッキングな形で、この事件を20世紀最後の日に行った説明がつくのだ。

ただし快楽殺人にしては、その後犯人が同様の犯罪を起こしたとか、何かしらのメッセージ的なものがないことに疑問が残る。それならば現場に何かしらの発表されていない犯人からのメッセージがあったり、あるいは地蔵が実は犯人が置いたものだとすると、ある程度これも説明はつくことになる。しかしこの地蔵を最後に、この事件の痕跡は以後全く無くなってしまう。このことは、一体何を意味しているのだろうか?

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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