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世田谷一家殺害事件を考えるにあたり

私は、事件発生以来14年近く、この事件の存在を知りながらも、詳細を知ろうとは思いませんでした。元々私自身に、「未解決事件」を考察する趣味や「推理小説」に興味を示したり、「凶悪事件」に関心を持つ人間ではありません。これ以外に関心を示した事件は、「3億円事件」や「グリコ森永事件」ぐらいでしょうか。

たまたまテレビで「世田谷一家殺害事件」の特集番組をみたのがキッカケでした。被害者家族に対する特別な思いや犯人を逮捕したいという正義感があるわけでもなく、何か釈然としないこの事件に対するモヤモヤした気持ちを、少しでも整理できないかと思ったわけです

そのため私は、他の事件に対して詳しいわけでも捜査方法を熟知しているわけではなく、素朴に素人が感じたことを述べてゆきたいと思ってる次第です。この事件の詳細は ウキペディアにある「世田谷一殺害事件」などを参照して頂き、ある程度事件に対する予備知識があることを前提に話を進めてゆきます。

過去の記事の一覧は、こちら から。

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北朝鮮の暗殺計画などありうるのか?

前回・北朝鮮の人民軍兵士が、敵地適応化訓練 の一環として、一家を殺害したという、脱北者からの証言をご紹介した。この話は、我々部外者が検証できるレベルの話ではないが、様々な疑問を説明しうる非常にリアルな説だと書いた。もちろん、この説を検証することなどできないのだが、客観的な状況からそのようなことがありうるのか考えてみたい。

(何故宮沢家だったのか?)

仮にこの事件が、敵地適応化訓練 だったと仮定した場合、なぜ宮沢家が狙われなければならなかったのか? そう考えた場合に、やはり宮沢家と北朝鮮との間に繋がりがなかったとは考え難い。

そこで気になるのが、宮沢さんが友人に漏らしたという「紙一重の仕事をしている」という中身が気になるところ。特に言われているのが、宮沢家自体が北朝鮮への送金の大きな窓口になっていたのではないのかという説。しかも2000年当時は、朝銀の破綻などにより資金の融通が困難になり、送金を拒否した、あるいは満足のゆく額を用意できなかったのではないかという話がある。

またそのことから不信感を募らせたのかはわからないが、日本国内における北朝鮮のスパイ網の全容を捜査関係者に暴露してしまった。そして日本における最大の北朝鮮スパイが、事件の一ヶ月前に逮捕されるという事態(新宿百人町事件)に陥った。その、報復だったのではないかという話もある。実際2000年当時は、北朝鮮の不正輸出などに関わる人物が次から次へとあげられた年であり、誰かしらがその全容を解明するのに協力していたものと思われる。それがひょっとすると宮沢さんだったのではないか、とも推測できるのだ。しかしこれなどは、私などが検証できるようなレベルの話ではなく想像でしかない。

しかしそういった背景があるのならば、一家惨殺というありえない報復にでたのも、他の日本国内の関係者への見せしめ的な意味があったという話は、けして説得力のない話ではないだろう。

(しかしだ)

5ちゃんねるにも書いてあってなるほどと思ったのが、北朝鮮との紙一重のような仕事をしていた人物がたびたび警察や公園事務所におしかけて、騒いでいる輩がいるからなんとかしろ!といったクレームをするのか?といった疑問は生じるのだ。できるだけそういった仕事をしている人間ならば、警察などとの接点を作ろうとはしないのではないのか? 

まして一家を殺害に来たような人民軍兵士が、キムタクのドラマの格好を真似たようなラグランシャツで、暗殺に来るのかよといった書き込みも、誠に最も話ではあるように思う。犯人を日本人に見せかけるためという考えもあるが、それを素直にそう思えるかは微妙なのだ。

(私は・・・)

過去一環して書いてきたことは、この事件は 快楽殺人 だったということ。そして犯人は、日本人だろうと外国人だろうと、一定期間日本に定住していた(少なくても事件前は)、もっと言えば日本で生まれ育った人間ではなかったのかとみている。そのため宮沢家の人間を暗殺しに、外国から一時的に来たような人物ではなかっただろうという犯人像を想定している。

(遺留品)

現場に残されたユニクロジャケットは、事件のあった2000年10月に販売され、即完売になった8万2千着の一枚だったことがわかっている。この製品は、日本国内にいないと当然手に入れられなかったもので、かなりこういったものの販売後敏感に行動しないと購入は難しかったはずなのだ。ここからわかることは、犯人は最低でも10月には日本国内に潜伏していたことになる。

現場に残されていたラグランシャツなども同様で、2000年の9月~11月という、極限られた期間にのみ国内で販売されていたものなのだ。もちろん事件前に、一連のものを買い揃えたという考え方も無きにしもあらずだ。しかし犯人の遺留品には、日常的に使われていた形跡があるものばかり。人民軍兵士が、教官の命令で家に置いて来いと用意されたものというニュアンスからは違う匂いを感じなくもない。もちろん一家惨殺という大仕事だけに、かなり前から日本に潜入して準備を進めていたという可能性はあるが、一家を殺害し北朝鮮に逃げ帰るという仕事にしては随分と長い期間に痕跡を残し続けていたように思うのだ。ただし金正男氏暗殺に際しては、実行犯とされている女性二人を数ヶ月かけて訓練したとも言われるので、数ヶ月前から日本国内に潜入し準備を進めていた可能性も捨てきれない。

(日本語読解能力)

警察が、長らく犯人が日本人だと断定していた理由がどこにあったのかは未だに謎ではある。我々外部の人間が推測するのであれば、犯人が家にあった塾関係の書類やみきおさんの仕事関係の書類(しかし仕事上のものは持ち帰ってはいなかったとの証言も)などを物色していた形跡があったからなのか? あるいは、犯人が劇団四季のHP以外にも、科学技術振興関連のHPや大学の研究室の細菌研究報告、自治体の街づくり計画や環境アセスメントのページなど、専門分野におよぶ難解なHPを閲覧した形跡があったという話もある。そういった日本語の中でも、難解な文章に目を通していたからではないかと推測される。少なくてもこの情報が確かならば、ちょっとやそっと日本語を学んだレベルでは無理で、やはり外国人であれ日本人であれ日本で生まれ育った人間だったのではないかと考えるのは自然な流れではないのだろうか?

(ということで)

私は、日本に事件を起こすために外国からやってきたものによる犯行という全ての説に関しては懐疑的な見方をしている。事件後海外に逃亡した可能性はあっても、元々は日本で長らく定住、それも日本で生まれ育った人間であったのではないかという思いが強い。この考えを覆すには、実行犯とは別に日本に定住していた人間が家の中に入った痕跡となる証拠がでない限り変わらない。そのため外部と連絡のやりとりをしているだけでは、この難解な文章を理解するのには無理があったのではないかと思うのだ。ただし本当に書類を選別していたのであれば、それは実行犯と主犯が別にいた可能性を示唆する。というのは、主犯自体が家の中で書類を選別するのであれば、わざわざハサミや手で書類など切って家の中で選別する必要などないのだ。見る人が見ればすぐわかるし、むしろそれらしい書類を全て家から持ち出せば済む話ではないのだろうか? わざわざ何故、家の中で書類を選別し処分しなければならなかったのかには誠に疑問が残る。ようは、選別している人間が書類の重要さの有無をよく認識できない人間だったのではないのか? 選別していたということは、それを依頼OR命令を受けた人物が行った行動だと捉えることができるのだ。

にいなちゃんと泰子さんの寝ていたロフトには、塾の名簿が何故か残されていたという。これは、犯人が塾関係者だったと示唆するものか、そう見せかけるためのものではないかと。もしそうだとすると、この家があらかじめ公文教室を開いていたことを、事前に認識していた人物であったことは間違いない。まぁ家の壁にも公文教室の看板を掲げていたので、外部の人間でも容易にそれを知ることはできたのだが。またこの記事には、浴槽で見つけた名簿を持ったままロフトに上がり、置き忘れた捜査員がいたのではないかいう捜査員の推測も掲載されていた。

(音の謎)

あと全然この話とは別の話になるのだが、私はこの事件の大いなる謎の1つとして  に関する疑問を持つのだ。この犯人は、異常なほど音に鈍感なのではないかと。というのは、当然一家4人を殺害するのには、悲鳴や騒音・振動などが外部に漏れるリスクがあったわけだ。しかし最初の礼君こそ、口を塞いだ上で首を絞めて扼殺している。しかし以後の人間は、そんなことをお構いなしに襲っている節がある。もちろん書物によっては、喉をいち早く切って声を発せられないようにしたプロの仕業ではないかという話もあるが、その信憑性は定かではない。

何より気になるのは、家中の書類やものなどを床に散乱させている点だ。どうも宮沢家の1階部分は遺体のスケッチを見る限り、フローリングを感じさせる描きとなっている。すなわち相当な音が、撒き散らす時に周囲に響いたはずなのだ。ましてだ、財布の中にあった小銭1121円分を、廊下にぶちまけていたのだ。これはもう、音が外部に漏れようが知ったことがないというほど錯乱していたのか? 防音構造で外部には聞こえないという確信があったのかのいずれかだろう。しかし浴室の窓から侵入した場合、窓は開いていた可能性もあり、外に音が漏れるリスクは充分にあったはずなのだ。

まして仮に犯人が、何かしらの理由で事前に宮沢家の中に上がったことがあった人物だとする。しかしその時に、隣の家とは繋がっていないことを把握できたとしても、隣の家との間が防音構造になっていたことなど事前に知りうることができたのか?という疑問が残るのだ。そう考えると犯人は、よほど頭のまわらないような人物だったのか? 事前に防音構造であることを知りえた人物だったのではないのか? 仮に防音構造だと知っていても、何故ここまで 怒り をぶちまけなければならなかったのか?

よほど犯人には、宮沢さん一家を殺さなければ気が済まない理由があったのか? 何か思い込みが激しく一家に怒りをぶつけていたとしか考え難い状況だったのではないのだろうか。怨恨ではないというが、一家を殺害してもなお、この異常なまでの怒りがおさまらなかったことを感じさせる現場なのだ。 この犯人は犯行当時ガムを噛んでいただけでなく、ヘッドホンでもして音楽でも聴きながら事件でも起こしたのではないかと思えるほど、音に鈍感 だったのではないかと思えてならないのだ。そしてこのような 怒りの衝動 が、依頼殺人の場合に起こりうるものなのか私にはどうしても疑問なのだ。

検証不可能なお話

昨年末に発売された、「文藝春秋」の「世田谷一家殺害事件・18年目の新事実」。この中には、私が知らないような新情報がたくさん書かれていて驚いた。中でも最も驚かされたのが、北朝鮮脱北者からの情報 である。この情報が事実かは検証のしようがないが(これは捜査関係者も同様なのだろう)、非常にリアリティのある話なので、ぜひ知っておいて頂きたい。

(話の発端)

事件から一年後、警視庁警備局幹部に、1つの情報がもたらされた。韓国の情報機関・国家安全企画部が、最近(2001年当時)北朝鮮脱北者の一人から、このような供述を得たので参考情報として伝えるといった内容のものだった。当時の日本と韓国は、現在と違い韓流ブームが訪れようとしており、ワールドカップ共同開催なども相まって融和的な雰囲気があった時代である。今回の内容を引用させていただくと

私が脱北する直前、長らく音信がなかった、人民軍兵士の甥が「休暇だから遊びにきた」と言って我が家に泊まり来たのです。私は、彼が特別に厳しい世界だと耳にしていた特殊部隊に入っていたことを知っていたので、「よく休みが取れたな?」と聞きました。すると甥は「重要な訓練で大きな成果を出した。その褒美が与えられた」と自慢げに応えたのです。その夜、布団を並べて寝る段になって、甥は掛け布団を被りながら驚くべき話を小声で始めたんです。「実は『敵地適応化訓練』という特殊な訓練で日本に極秘潜入した。訓練教官の指令は『トウキョウで日本人家族を皆殺しにせよ』というものだった。そして私は、その訓練を実行した」。私は驚愕したまま、「どうしてお前の成果だと、教官に証明できるんだ?」と尋ねた。甥はその質問を待っていたかのように冗舌に語り始めた。「証拠として、教官から指示された、黒いハンカチを現場にばらまき、指定された物を置いてきた。そして、それらは日本で報道された。そういうことだ」

そして安全企画部のカウンターパート( 国際協力の場において、現地で受け入れを担当する機関や人物のこと)は、こう述べた。「北朝鮮特殊部隊は、これまでも、日本に対し、日本人拉致と並行して、同様の訓練を密かに仕掛けていた、と我々はみている。日本と戦争状態に陥った初期に、在日米軍基地、日本の重要インフラに攻撃を加えるため、日本社会に適応する要員を必死で育成している」と述べている。

この話は、警視庁の警備局の会議においても、公式の議題に上がったことがあったという。脱北者が本当の話をしたのかについては、警察も検証できないとも述べている。

(改めて考えれば)

まずこの話を冷静に考えてみると、最近まで北朝鮮にいた脱北者が、日本で起きた事件のことなど知っている可能性が低いこと。同様に韓国の捜査当局者からならばいざしらず、諜報機関である国家安全企画部から情報が提供されていたとすれば、かなり畑違いなところから、わざわざ情報が提供されたということになる。ようは、わざわざ日本の警視庁など繋がりのない部門に、組織の枠を越えて情報提供された特異な例だと言えよう。参考情報ではあるが、極めて複雑な経路をたどってもたらされた情報だということは部外者でも理解できる。それだけ日本の捜査関係者が、この事件のことを重要案件として韓国に情報提供を求めてきたことに応えたということではないのだろうか。

(大いなる謎の説明にはなる)

ここで1つ明らかなのは、この事件の大いなる謎の1つでもある、何故犯人は大量の遺留品(返り血も浴びていないもの)を置いていったのか? あの黒いハンカチとは、何だったのか? の疑問の応えを説明できていることである。

そして犯人が、指紋やDNAを大量に現場に残しても平然としていられたのか(長時間家に居座ることができた)という説明もできてしまうわけだ。また犯人が一家殺害という目的以外に、何かしら宮沢家から情報になるものの消去OR持ち出せという使命があったのではないかという疑問も、この説ならば説明がつくことになる。すなわち検証は不可能ではあるが、いまなおこれだけの情報が明らかにされている中でも矛盾はなく、こういったことが遂行されたことを否定する材料には乏しい。

様々な外国人犯行説をこの事件では訊いてきたが、実はこの話が今までになくリアルかつ矛盾がないことに気がつかされる。しかしもしそうだとすると、みきおさんは北朝鮮への送金問題や日本国内におけるスパイ網の解明に協力していたという話も、まんざらデマではなかったのではないかという気がしてくるのだ。しかしこの話は、あくまでもそうだったかもしれないねという部分でしか部外者である我々も、警察も検証のしようがないのではないのか? もうこれは、警視庁でも刑事部で手に追えるレベルではなく、公安部だとか国家の諜報機関レベル、あるいは多分に政治的な次元に話が及ぶことになるのではないのだろうか。

(最近の捜査の流れ)

最近警視庁から発表された情報の中に、黒いハンカチの使用法について、中国の水産加工場で、包丁で魚をさばく際の滑り止めのため、似たような方法で包丁にハンカチを巻いていたという情報が寄せられています。」という、明確に中国という具体名を出してきたことに注目したい。おそらくこの話は、以前ご紹介した中朝国境地域の聞き取り情報から得た話を、具体的に表に出したということ。何かしらの犯人の陰を、この地域から警察は掴んでいるのかもしれない。少なくても今の捜査陣は、外国人犯行説を相当重視して捜査している印象を受ける。

ちなみに以前も触れた 中華人民共和国 吉林省 延辺朝鮮族自治州 という地域を北朝鮮から経由すると、容易にロシアのウラジオストクに抜けることができる。ウラジオストクから韓国を経由して日本に入ることも、それほど難しくはない。もちろん正規の方法でなければ、もっと様々な方法だってあったのだろう。

さて 金正男暗殺事件 をみていると、実行犯を残して、それをサポートした面々は早々ウラジオストクを経由して北朝鮮に帰国したことがわかっているという。しかし顔が割れた彼らは、すぐさま国内で処分されたという噂も耳にする。仮にだ、この事件にそういった背景あったとすれば、後々の発覚の恐れなども考えたら、指紋とDNAという決定的な証拠を残してしまった犯人は、その後とっくに処分されてしまったのではないのか?事件当時は、見事遂行したという評価だったのかもしれない。しかし事件の詳細が報道されるたびに、実にずさんだったことが明らかになってきたからだ。私は、もしこの事件の背景にこのようなものがあったとするならば、実行犯はすでにこの世にはいないだろうと推察する。しかし再度いうが、この説に関しては私などには検証のしようがない次元の話となるので、そうだったのかもしれないね としか言いようがない。

フランス人ハーフの新事実

先日発売された「文藝春秋」の「世田谷一家殺害事件・18年目の新事実」には、驚くべきことが複数書かれていた。その中でも、最も驚かされたものの1つに、フランス人ハーフの話がある。

この話は、にいなちゃんが通うバレー教室に出入りするフランス人ハーフの男が近所にいた。男は子供達に、行き過ぎたスキンシップをすると評判になっていたという。その男は、まさに現場に残された犯人のDNAからはじき出されていた 東洋系の父と南欧系の母親と一致するハーフの青年だった。この男が疑われたという記事は、この事件に詳しい人ならば一度は聴いたことがある話だろう。そして男は任意で指紋やDNAなど様々な捜査を行ったが、結局は一致せずにシロだったとされている。

ここまでは、よく知られた話である。しかしこの事件にからめて、男は事件との関わりがあったのではないかと疑っている捜査員が未だいるというコメントが残されていた。私は当時から何故? 指紋もDNA鑑定でもシロと出た男を疑い続けているのだろうと思っていたが、ようやくその意味がわかる時がきたのである。

実はこの男の家族には、他にも若い男性がいたのだという。調べたところ、その男は南欧のX国に留学していることが突き止められた。そこでその男の指紋を採るべく、ICPOを通じてX国の警察当局に捜査協力を依頼する案が出たが、刑事手続きに資する証拠がなかったため見送られたそうなのだ。捜査員を派遣する案も検討されたが、X国への主権侵害になると却下。結局警察は、X国に支局のある全国紙の記者を使って、男の指紋を付着したコップを入手し警察に送ってもらった。しかし指紋は、一致せずシロだということが判明したのだという。

ここで気になることが書いてあったのだが、「警視庁の刑事部最高幹部は、その男が犯人である可能性が高いと判断し、犯人逮捕時の記者会見に自分が出席すべきかどうか、興奮しながら真剣に悩み始めた」という。刑事部最高幹部が、興奮した理由が何だったのか、その答えを持っている関係者は最後まで見つからなかったと筆者は綴っている。

最初に疑われたハーフ青年は、当時20代後半だったそうな。もし男の家族で留学しているとなると、それより年齢は下だった可能性が高い。ちなみに南欧というのは、ヨーロッパ南部のこと。具体的な国でいえば、ギリシャ・イタリア・フランス南部・スペイン・ポルトガル などの国々を指すのが一般的である。フランス人とのハーフであるのならば、その中でも母方の故郷であるフランスが有力ではないのだろうか?ちなみに犯人が事件現場で使用していた、ドラッガーノワール という香水は、フランス製である。

(何故刑事部最高幹部は興奮したのか?)

「警視庁最高幹部は、その男が犯人である可能性が高いと判断した」と書かれている。すでに最初のハーフ青年(ここではAとする)は、DNAも指紋も不一致だったからシロだったのだろう。ということは、留学中の家族(ここではB)のDNAもほとんどAと似たものだったはずなのだ。もし現場に残された犯人のDNAと近いものが検出されていたとするならば、充分にICPOの刑事手続きに資する証拠になりえたのではないかということになる。その条件を満たさずして、何故刑事部最高幹部は、Bを犯人である可能性が高いと踏んでいたのかが最大の謎となる。

ここでもう一度整理してみたい

A は、 指紋 ✕ DNA ✕
B は、 指紋 ✕ DNA ?

という構図になる。それでもBを疑う要素があるとすれば、AとBは家族ではあるが血縁関係がなかったのではないかという可能性だ。しかもそれでBが疑われるということは、Bもまた同じように、東洋系の父・南欧系の母とのハーフという特殊な条件を満たしていた人物だということになるのではないのか? だからこそDNAの一致はしなくても、Bの指紋を手に入れる必要があったとしか考え難い。

そうでないとすればAとは腹違いの兄弟や従兄弟ぐらいの間柄で、片親のDNAは極めて現場に残されていたDNAと近いものが検出されていたのかもしれない。しかしそこまで決定的なものがあれば、徹底的にその後もBが海外にいようとも、警察はマークし続けたのではないかという気がしてならない。

あと考えられるものがあるとすれば、5ちゃんねるのスレにも書いていた人がいたが、警察は指紋とDNAの持ち主が別々であることも視野に入れていたのではないかということになる。そう、その場合はAとBが血の繋がった兄弟だった場合でも、指紋を残した男がBだったのかどうかを確認したかった。すなわち警察もまた、家の中に共犯者が複数いた可能性も視野に入れていたのではないかということになる。そうこの事件には、他にも C という男が事件に関与していたかもしれないということになる。

ただしその後の警察の動きを見る限りは、この指紋の不一致をもってBを疑うということを諦めた印象がある。記事でも書いてあった通り、刑事部最高幹部は、何をもって犯人である可能性が高いと興奮したのかと?という疑問は未だ残ってしまう。警察は実はBが犯人だと突き止めているが、男がX国から出てこないので手が出せないのか? それとも捜査はこの時点で容疑者はいなくなり振り出しに戻ってしまったと判断したのか? 警視庁の動きを見る限りは、後者であるように捉えられる。もしそうだとすると、現地記者が集めた指紋の不一致をもって諦めてしまうという程度のもので、刑事部最高幹部はそもそも興奮していたことになるのではないのだろうか。

犯行時刻の不思議

先日発売された「文藝春秋」に、「世田谷一家殺害事件・18年目の新事実」と題する記事が掲載された。この中には、全く私が知らなかった事実が掲載されていて、近年みた世田谷関連の記事では最も衝撃的な内容となっている。記事は、複数の捜査関係者などから取材されたもので構成されているという。

いろいろ驚きのことが書かれていたのだが、その中で気になったものを1つ。司法解剖鑑定書の記述として、「宮沢一家の内容物は、多くが未消化のままであり、死亡してから(?)40分以内のものだったとある」。これはちょっと文章の記載ミスじゃないかと思うのだが、意味がよくわからない。また「真犯人に告ぐ!」の記事によると、遺体検案書には、30日の19時~20時ぐらいに食べたと思われる残留物が、胃の中に残されていたという。そこから死亡推定時刻を、23時半ぐらいだと割り出したとされている。しかし実際の現場の状況と照らしわせると、恐らく事件は23時前後だったのではないかと考えられる。

私は医学的な知識に乏しいので間違っていたら指摘して頂きたいのだが、胃の消化というのは通常食後2~3時間後には十二指腸へと運ばれると認識している。それがほとんど未消化だったということは、上記の記事の文章に当てはめると、家族が殺害されたのは、食後40分以内だったのではないかということにはならないのか?ということになる。仮に19時~20時ぐらいに夕飯を食べていれば、死亡推定時刻の23時~23時半ぐらいには胃の中の食べ物は、多くが消化されていたのではないかということ。

このことを前提に考えるならば、

1,死亡推定時刻が意図的に遅く発表されている。

2,夕食をとったのが22時過ぎで極めて遅かった


のいずれかではないかということになる。しかし買い物から家族が帰って来たのは19時前後であり、そこからのんびり食事の準備をしたとしても22時過ぎに家族が食事をとったとは考え難い。まして当日は、にいなちゃんは風邪気味だったことや子供がまだ幼かったことなどを考えると、遺体検案書に記されているように19時~20時ぐらいだったと考えるのが妥当であるようには思える。

そして、幾つか気になることを思い出すのだ。1つは、この事件の詳細に詳しい近所の 公園近くさんのコメントで、警察は意図的に事件の発生時間を遅らせているのではないかと指摘していた点である。これを知った当時、何を根拠に言っていたのかはわからなかったのだが、少なくてもこのことから考えれば納得できるコメントとなる。

もう一つは、隣の家のおばあちゃんが宮沢家のインターフォン(呼び鈴)だかが、20時頃聞こえたと証言していた件である。しかしこの証言は、後に隣家の家族によって否定されているという。この2つの証言を考えると、実は事件が起きたのは20時過ぎだったのではないのか? というのと、何故それを隠すように発表しなくてはならなかったのかという疑問が残るのだ。

仮にだ、もし宮沢さん一家が20時ぐらいに殺害されたとしよう。そうなると21時半ぐらいに一階のパソコンで、子供向け番組を視聴していた形跡があるとされた、にいなちゃんのパソコン履歴。そして22時20分~50分ぐらいに見られる、みきおさんのパソコン操作も犯人が行ったものということになる。そしてどのようにして、みきおさんのパスワード付きメールを送信したのかと言う疑問も出てくるわけだ。そして犯人が居間のソファーに、キャッシュカードや運転免許などを並べたこと。さらに居間にあったノートに様々な番号を書き込んでいたのは、銀行の暗礁番号などではなくパソコンのパスワードを推定するためだったのではないかという可能性も高まってくる。しかしそうすると、送信されたメールがどのようなものだったのかは恐らく警察自体は把握していたのではないかと思うのだが・・・。それがわかれば、犯人の行動の意味も大方想像はついたはずなのだが、それを匂わせる発表は一切ない。誠に、不思議な話ではないのだろうか? この疑問に、応えられる方は教えて頂きたい。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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