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世田谷一家殺害事件を考えるにあたり

私は、事件発生以来14年近く、この事件の存在を知りながらも、詳細を知ろうとは思いませんでした。元々私自身に、「未解決事件」を考察する趣味や「推理小説」に興味を示したり、「凶悪事件」に関心を持つ人間ではありません。これ以外に関心を示した事件は、「3億円事件」や「グリコ森永事件」ぐらいでしょうか。

たまたまテレビで「世田谷一家殺害事件」の特集番組をみたのがキッカケでした。被害者家族に対する特別な思いや犯人を逮捕したいという正義感があるわけでもなく、何か釈然としないこの事件に対するモヤモヤした気持ちを、少しでも整理できないかと思ったわけです

そのため私は、他の事件に対して詳しいわけでも捜査方法を熟知しているわけではなく、素朴に素人が感じたことを述べてゆきたいと思ってる次第です。この事件の詳細は ウキペディアにある「世田谷一殺害事件」などを参照して頂き、ある程度事件に対する予備知識があることを前提に話を進めてゆきます。

過去の記事の一覧は、こちら から。

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2006年 FRIDAY 12月1日号

たまたま部屋の整理をしていたら、古い写真週刊誌が出てきた。その中の記事をペラペラと見ていたら、未解決事件特集だった。その中に、2ページを割いて「世田谷一家殺害事件」について振り返っている。事件から6年近く経った、当時の捜査状況がまとめられていた。

ちょうどこの記事には、事件から5年目の追悼集会で女性捜査員が語った 「平成12年12月30日午後11時過ぎ、あなたは宮沢さんの家に入りました。あらかじめ用意した包丁を持って、宮沢さん一家4人を殺害しました。覚えていますか、死にたくないと抵抗した4人の姿を。あなたの目的は達したのですか」 という言葉を引用し家族にも 「知人の家族のみなさん、誰が犯人なのかを知っているのではありませんか。血痕の付いていたを見ていませんか。罪を償い、裁きを受けてこそ、それぞれの家族の新たな道が開けるのではないでしょうか」

と書かれいている。この呼びかけはつまり、捜査当局が犯人は現場近くに住む人間であり、事件を知る家族によって匿われていると確信していることを意味していると綴っている。少なくても捜査当局は、事件から6年経った段階で、このような見立てで捜査していたことは確かなのだろう。ちょうどこの頃の警察は、京王線沿線に住むスケボーをする若者 に強い関心を持って捜査していると言われていた時期である。しかし事件から19年近く経った今、この見立てはかなりトーンダウンしている。特に犯人とスケボーとの繋がりを避けるようにしているようにすら感じられ、警察はこの線は捨てているのではないかとさえ思える。事件当日の昼、みきおさんと揉めていたと言われスケボーをしていたる若者に、警察はたどり着くことができたのかもしれない。そして男は、シロだという証拠が出てきてしまったのではないかとさえ思えてしまう・・・。

また早くから捜査当局は、韓国製品と犯人との密接な結びつきを重視し、外交ルートを使って指紋照合を韓国捜査当局に働きかけてきた。以前も書いたが、当時の日韓関係は良好な時代で何年にも渡り照合を繰り返した。しかしその都度、該当者は無しという返事をもらっている。そのため捜査当局では、韓国人犯行説は早い段階で消滅していたとされていたことがここにも記されていた。

また近くに留学生会館があった関係で外国人留学生説が浮上したり、米軍関係者や覚醒剤中毒者説もなども出たが、捜査当局はこれらの線もすでに完全に潰しているのだと。そこで浮上してくるのが、精神病質的人物 による犯行についてだ。その理由として記事では、凶器である包丁で被害者を襲った際に、刺すのではなく鈍器のように降り下ろして使っていることを指摘している。それは、プロによる計画性のある犯行とはいえず、子供じみた衝動的な凶行の可能性が高いのではないかと。

しかしこの記事によると、精神病院などの入院患者に関しては全て潰していると書かれていた。以前読んだ本では、人権などの観点から全体の70%ぐらいしか捜査協力が得られなかったと書かれていたが、実際のところはどうなのだろうか? 捜査可能な施設は全部捜査が終わっているという意味なのか? 拒否していた病院・施設なども潰せたことを意味しているのか?しかしこの記事でも、通院者や自宅療養者に関しては、人権などの問題があり未だ全て洗い出すことができていないと記されている。ここでも、人権という壁が捜査の前に立ちはだかっていることが伺われるのだ。

(それでもこだわりたいスケボー犯)

またこの記事では、深夜にこっそり滑りにくるスケボー少年達がいたことが近所の住民の証言からも明らかになっていると。ここで気になるのは、この 少年達 というキーワードである。これは2つ大きな意味があって、1つはスケボーをしていたのは、少年(すなわち未成年者の可能性)で、それも複数人 存在していたということである。そしてこのことは、幾つの目撃情報とリンクしてゆくのだ。

1,事件発生時間帯に少年達がたむろしていた

これはアルバイト帰りの女子大生が、事件発生時間に近い30日の23時過ぎに、スケボー広場でたむろっている若者達を目撃したという証言があること。現場周辺は深夜になると、宮沢家を見上げるように立っている住宅地の生活音さえ響いて聞こえるような場所なのだという。当然この少年たちも、事件当時そこにいれば何かしらの音や声などを耳にしていても不思議ではないはずなのだ。彼らがたむろっていたのは、事件とは無関係だったのか?

2,宮沢さん近くのゴミ

以前も触れたが、侵入箇所と見られている浴室の窓の下には事件前に大きな縁台らしきものが置かれていたと、近所の人が証言している。しかし事件の直前から、その縁台らしきものは無くなっていたというのだ。その縁台とは、恐らくスケボーに使うジャンプ台だったのではなかったかと以前にも書いた。

気になるのは、その縁台がまさに宮沢家の浴室の真下という鬱蒼とした木々が茂っているところに普段置かれていたということ。それは使わない時に、そこに置いていたのだろうと想像がつく。しかし気になるのは、その縁台の上にゴミが散乱していたというのだ。ようは若者達は、あえて宮沢家の間近で騒いでた可能性が高いということだろう。ここは本当に公園の一番端で、深夜でも暗い部分。普通ならば公園内で騒ぐにしても、幾らでも座るところや明るい場所が他にあるのにだ。あえて公園の端でゴミが散乱させていたということは、宮沢家を挑発するかのように騒いでいたのではないかという疑いを私は持ちたくなるのだ。本当に警察は、これらのことをどう捉えているのだろうか? そして彼らは、事件と関わりがなかったと証明できたのだろうか?

ちなみによその記事には(8/8のSPAの記事だったという話も)、当日たむろっていた若者達を特定するまでには至っていないということが書かれていたという。少なくても2006年当時捜査当局が、現場近くに住む家族と同居する若者が事件に関与しているのではないかという見立てをしていたのも間違いない。またその他の可能性という可能性は、すでに捜査によって潰されていたことが2006年度当時の記事を読んでみて伺えるのだ。最近の警察の情報開示を見ていても、スケボーをしていたかは別にしても、この見立ての延長線上で今も捜査をしていることがわかる。そして昨年警視庁が発表した現場周辺の3D映像を観ると、最後にスケボー広場が映され、そこから見える宮沢家をみる形で終わっている。これは捜査当局が、このスケボーに関わるものが犯人ではないかと未だに疑い続けていることを示しているのではないかと思えたが私の勘ぐり過ぎなのだろうか? 

茨城県境町殺人事件の疑問

世田谷一家の事件を調べるようになって、類似した事件は起きていないか常に気を配るようになった。しかしこの事件と同じ臭いがする事件は、極めて少ない。

事件から19年近くたった今年の9月23日の深夜に起きた 茨城県境町で起きた一家殺傷事件は、最も世田谷の事件と似た臭いのする犯行だった。 全てに関して なぜ? という疑問ばかりが残る、実に不可解な事件だったからである。

疑問1 なぜ犯人は2階に直行したのか?

犯人の侵入経路は、一階の施錠されていない窓だったという。普通はじめてその家に入るものならば、自分が入ったフロアから物色するのが人間の心理なのだ。しかしこの犯人は、脇目も振らず2階に上がっていったのである。1階には長女がいたが、それには目もくれずにだ。ここからも、家の作り・内情を良く知るものでなければ出来ないと思われる犯行だった。むしろ一階に長女がいるということは、全く犯人の頭の中になかったのではないのだろうか? いずれにしても、金品目的の犯行とは思えない行動をとっている。

疑問2 家の内情を知り尽くしていたのでは?

この家の正面入口から入ると、犬小屋があり必ず吠えられるというのだ。そのため犯人は、犬小屋の前を通らずに入れる、もう一つの北側の入り口(普段は使われていなかった)を利用し、犬に吠えられないように住居に近づくことに成功した。また当日は台風が来ていて雨が降っており、犬の嗅覚を鈍らせたり雨風の音で家人に気づかれ難い状況だったのだという。明らかにそういう状況を意図して、当日犯行に及んだのではないのだろうか。近所の敷地に不法侵入した男が防犯カメラに映っていたが、その男もやはり台風が来ていた日だったというのだ。そうすると同じ人物がこの周辺の家々に侵入したり泥棒を働いていたのだろうか? もしそうすると、小林さんへの怨恨による犯行ではなかったという線も浮かんでくる。

疑問3 なぜスリッパを置いていったのか?

この犯人は、どうもスリッパを履いて現場に侵入したらしいのだ。足跡を残さないためだと思われるのだが、なぜにそのスリッパを逃走する際に、侵入してきた北側の入り口門近くに投げ捨てていったのか? この犯人は、世田谷の犯人と違い遺留品を残さず持ち帰っている。しかしこのスリッパに関しては、用は済んだとばかりに投げ捨てていったのだ。そこからは、何かDNAなど犯人関わる情報が残されていた可能性もあったのにだ。警察犬にこのスリッパの臭いを嗅がせている捜査関係者の姿が見られたが、そこから先警察犬が追えなかったのは、何かしらの乗り物を使って逃走したと考えられるからだろう。その乗り物に乗る直前に、最後スリッパを投げ捨てていったものと考えられる。もし検問などに引っかかった時に、血の着いたスリッパを履いての運転は、返って怪しまれると考えたのだろうか?

ただしスリッパの形状は良くわからないものの、これから強盗や殺害を目的に侵入する男が何故スリッパという履物を選択したのだろうか? 家人と乱闘になったり逃走するのに、動き難い・踏ん張りがききにくい履物だったはずなのにだ。それでも足跡を残すことを、機能性よりも重視した理由がわからない。

疑問4 家族は不審者を気にしていた

近くで事件などが頻発していたからなのか? あるいは見知らぬ男にでも家の敷地内に侵入されたとか覗き込まれたことでもあったのだろうか? 奥さんは不審者を気にして、家の敷地の周りにロープを張り巡らせるようにしたり、今回犯人が侵入したと考えられる入り口も使わないようにしていたという。しかしそうとはいえ、ロープが二本程度張り巡らされていても、入ろうとは思えば簡単に誰でも侵入できる程度のもの。さらに防犯に気をつけていたのならば、一階の窓など複数箇所が施錠されずに侵入可能だったのだという。その辺の矛盾は、どうにも気になる部分ではある。まして台風の日である、普段以上に戸締まりは確認したと思うのだが・・・。

疑問5 夫婦の殺害

犯人は侵入後、迷うことなく2階に向かい夫婦を襲っている。これは、夫婦が2階で寝ていることをあらかじめわかっていたからなのだろうか? それとも1階に侵入した時点で、家人に気がつかれたのがわかったからなのだろうか? 恐らく旦那と犯人がもみ合っている間に、奥さんが警察に連絡。それから、わずか10分ほどで警察は現場に到着したのだという。しかし連絡した奥さんも、寝室で首を切られて発見されたのだという。二人の腕には、攻撃をかわすための防御創が残っていたというのだ。しかし抵抗したはずのに二人の遺体は、キレイに布団のところで発見されていたのだ。旦那は仰向けなって心臓を刺され死亡。奥さんの方は旦那の方を向いて、右腕を下にした形で横になって首を切られて死んでいたのだという。これは、偶然この形になったのだろうか? それとも犯人が殺害後、わざわざそういう形にして逃走したのかは大いなる謎となる。もし犯人が意図的にそういう形にしたとしたら、これは愉快犯や快楽殺人的な色彩が強くなる。しかし現時点では、両親・あるいはどちらかに対する怨恨とみるのが自然な流れにはなると思う。

疑問6 なぜ子供部屋にも現れたのか

夫婦と同じ二階の子供部屋の二段ベッドには、中学生の長男と小学生の次女が寝ていたのだという。そして男は「ベッドから降りて来い」といい、長男を切りつけ足に重傷を負わせたり、次女にはスプレーをかけ軽度の痛みを与えた末に逃走したのだという。すでに奥さんが警察に連絡していたことを犯人は知っていた可能性があり、また二人を襲っている時にパトカーのサイレンが聞こえたとも証言しており、それにより逃走した可能性もあるという。まさに警官とは、入れ違いといったタイミングだったことになる。

しかし両親の殺害が目的ならば、なぜ犯行を目撃していない子供部屋にまで侵入してきたのか? まして警察に通報されたという切羽詰まった状況でも、それをしなければならなかったのかには疑問が残るのだ。またベッドから「降りてこい!」といったというマスクをつけた男は、ある程度日本語ができる能力・あるいは完全な日本人である可能性が高いことになる。両親への攻撃が上半身に集中しているのに対し、長男の痛手は足だったという。次女に至っては包丁ではなく、わざわざ違う凶器であるスプレーを使っている。ここからも、犯人は子どもたちを殺害する意志は薄かったのではないかと思われるが、その理由は定かではない。もし警察への通報やサイレンが聞こえなかったら、犯人は家に長時間居着くつもりだったのだろうか? そのへんは、ちょっと見えて来ない。少なくても、両親を殺害したという事実以外、犯人がなし得たものはなかったはずなのだ。

疑問7 逃走は

防犯カメラは現場周辺には一箇所しかなく、そこには不審者や不信車両は一切映っていなかった。現場は大変夜になると暗く、いくらカーナビがあったとしても、土地勘がないとなかなか運転しずらそうな場所だった(釣り堀でもあるし)。現場から2キロほどゆくと、交通量の多い道路に出る。そこまでゆけば、防犯カメラの映像も複数存在し、更に道路のポイントポイントには、Nシステムやオービスなどの取締機器が配置してあったはずで、その時間帯に通行した車のナンバーなどを読み取ることは可能だったと考えられる。ただし犯人は近所で、そこまでゆく前に逃げ込むところがあったとすれば、非常に捜査は難航する可能性もでてくる。茨城県南部に向かった車などの情報を収集しているという話もあり、それらしい車は捜査線上には浮かんではいるのだろう。また先のスリッパの話からも、何かしらの乗り物を使って逃走したのは間違いないのではないのだろうか。逆に犯人の居場所が近所ならば、警察犬が一致する匂いを見つけられるかもしれない。

(いずれにしても)

事件当時から取り上げていたマスコミ各社が報道しなくなってきていることからも、報道規制などがかかって犯人に大いに近づいてきているという可能性も考えられる。しかしこの事件には謎が多く、決定的な証拠を掴めていない限りこういった事件は未解決に終わることが多い。事件から一ヶ月経っても埒が明かないようだと、その可能性は高くなると言われている。

(犯人像)

普通に考えれば、この事件は夫婦あるいは旦那などに強い怨恨を持ったものの殺人目的の犯行だったのではないかと考えられる。しかし不可思議な点も多く、単純に怨恨による殺人とは断定できない。ただし怨恨にしろそうでないにしろ、夫婦を殺すことで何かしらのメリットを生じる人間の犯行・あるいはそのものから依頼されたものが起こした殺人事件ではないかという線が強い。

もし奥さんが警察に通報していなかったら、どうなっていたのかは定かではない。しかし子供達に対しては手加減が感じられ、世田谷の事件のような、快楽殺人者ではないように思う。両親の顔にも傷が見られたということだが、人を壊してみたいという類の犯人ではなさそうだということ。世田谷の事件を参考にした可能性はあっても、同一犯が再び事件を起こしたということではないのではないかとみている。ただし周りから隔絶された場所にある家で、家族が動機もわからず襲われたという構図は、極めて世田谷的な事件だったと言わざるえない。この事件独特の不気味さは、世田谷の事件にとても似た臭いがする。

捜査に漏れはなかったのか?

(Nシステムでの追跡)

もし世田谷の犯人が、車やバイクを使っていた場合、Nシステム(自動車ナンバー自動読取装置)に、その痕跡が残ったのではないかという意見がある。すでに1995年に起こった国松長官狙撃事件でも、オウム真理教幹部の動きを逐一警察側は把握していたことが、のちにわかった。この当時から、高速道路などの主要道路ではNシステムが犯罪捜査に実用化されていたことが、白日のもとに晒されることになる。当然世田谷の事件は、それから5年以上後に起きたわけで、こういったNシステムや速度違反を取り締まるオービスなどがすでに一般道にも設置されはじめた時代である。そのオービスやNシステムなどが、何処に配備されていたのかは、全国簡易型Nシステムマップ というサイトで2003年度までのものが現在でも確認できる。恐らく事件当時の2000年頃と、現場近くの状況はこの2003年のマップとそれほど変わっていなかったのではないのだろうか(防犯カメラの設置は、世田谷の事件後飛躍的に増えたという)。

警視庁の捜査関係者が、近所に住む若者 と犯人像を絞っていた背景には、このシステムを分析してもそれらしい車を探し出すことができなかったことを意味するのではないのだろうか。あるいは当時のNシステムでは、バイクのナンバーまでは読み取れなかった可能性もあり、だからこそ警察は今でも躍起になってバイク乗りの指紋を集めているのかもしれない。それ以外の可能性として警察では、Nシステムに映らないで逃走できる近隣の人間が車を使ったか、近所に住む人間が徒歩や自転車などを使用した可能性を重要視して捜査していたことが伺われる。少なくても捜査線上に浮上するような怪しい車は、存在しなかった可能性が高い。ちなみに 飛び出しマン をひきそうになった姉妹の車なども、証言に基づいて何時頃~を通過したということを調べ、証言の信憑性や正確な時間の裏付けを警察はとっていたはずなのだ。だからこそこの証言を、警察は重視したということになる。また、事件当時3人組を現場近くで乗せたというタクシー運転手の証言を重視しなかったのは、こういった確認作業のなか信憑性には乏しいと判断されたのかもしれない。

(監視カメラでの追跡)

2000年当時でも監視カメラが存在していた場所として考えられるのは、ATMや駅などの公共施設だろう。そこで警察は、恐らく犯人は鉄道などの公共機関を使用した可能性が低いと判断したのではないのだろうか。当時はいまほど当たり前のようには防犯カメラは設置されていなかったが、要所・要所・部分・部分には存在していたはずで、確認可能な防犯カメラを調べてみてもそれらしい人物が見つけられなかった。すなわちカメラに映らないでも移動できた人物、それが近所に住むものが犯人という考えに繋がった大きな要因になったのではないかと。しかし2006年頃には、京王線沿線に住む若者という、かなり具体的に犯人像を絞っていたことからも、何かしらそれらしい若者が駅の監視カメラに映っていた可能性も否定できない。また監視カメラの主な設置場所としてあげられるのが、宗教団体の近くや米軍基地の入り口付近。よくこの事件の犯人が、宗教団体が関わっていたのではないのか、軍関係者なのではないかとも言われるが、もしそういった人物が犯人だった場合、警察はそれを把握していた可能性が高いということになる。しかし捜査方針がコロコロ変わっていったことを考えると、犯人像を絞り込めないでいる捜査陣の苦悩が伺われる。

(指紋採取)

事件現場の周辺では、近所の人間の指紋やDNAの採取への協力が何度も促されたという。しかしそれが10代の若者なども含まれていたため、親などから猛反発を食らったという話が残っている。それでも現場にはハッキリした指紋を検出していたので、警察はあくまでも指紋にこだわったときく。まだ当時はETC(電子料金収受システム)などもなかった時代なので、高速道路の通行券まで調べられたり、電車なども切符の利用が一般的だったため、それらに付着した指紋まで徹底的に照合したのだという。それだけに限らず、過去の交通違反でとった指紋や、道行くバイク乗りなどを引き込み指紋提出に協力を仰いだりもし続けた。さらに近所の指紋採取が困難だったことを示す話として、平成18年5月には、近隣住民の指紋35通分の指紋を採取したように見せかけ、捜査員の家族などを使って偽装する不祥事まで起きたほどだった。しかしそういった近所の指紋に関しては、時間はかかったであろうが何かしらの方法で未確認の人物のものも手に入れていったのではないかと私は考えている。恐らく現在に至っては、近所の住民の指紋も、ほぼ潰せているのではないかとみている。それでも、犯人と合致する指紋は見つからなかった。すなわち犯人は、近所には住んでいない人物か、すでにそこにはいないことを意味しているのかもしれない。

(盲点は必ずある)

捜査の話を調べてゆくと、我々が思いつくようなことはことごとくすでに潰されていることがわかってくる。そこには表沙汰にはされてはいないが、近所にあった留学生会館の留学生達や薬物乱用者など過去の犯罪者達も虱潰しに潰していったという。そんな中で、気になる記述を見つけたのでご紹介してみたい。それは、精神障害者に対する捜査の部分。東京都内・埼玉・千葉・神奈川などの近隣県の精神科・神経科・精神・神経内科などの病院・施設に関しても、極秘で捜査を進めていったのだという。しかし患者の人権などにも配慮して、協力的ではなかった施設は当然のように存在したのだという。捜査本部が調べ上げられたのは、全体の7割ほどだったのだというのだ。そういったやむをえない理由でどうしても潰せないでいる施設・人物というのは、少なからず存在するということ。それは、必ずしも精神障害者に限った話ではない。

(すでに犯人は)

捜査が及ぶ前に海外に逃亡してしまったか? 未だに国内にいても捜査が及ばないところにいるのか? あるいは、本当に何気ない顔をして今も社会生活を送っているのか? すでにもうこの世にはいないのか? いずれにしても、捜査の網にはかからないまま19年の月日が経とうとしているという重い事実だけは変わらない。

インターネットでわかったこと

事件の被害者である旦那さんこと・宮沢みきおさんが、生前共同著作した「インターネットでわかったこと・できたこと」。この本には、みきおさんが使用していたと思われる メールアドレスが掲載されている。そのアドレスは、16665275@people.or.jp 。さすがに事件から早19年近く経ってしまい、このアドレスとの繋がりを探すのは難しいとは思ったが、今回はこのメールアドレスに関連したことを調べてみた。

そこで @people.or.jp とはなにか調べてみると、次のようなページにたどりつく。「株式会社フジテレビフューチャネット(FFNet)が運営するISP「People」は12日、2月20日より名称を「FFNetインターネットサービス」へ変更すると発表した。」と出てくる。peopleとは、老舗のプロバイダサービスの会社で、おそらくそのプロバイダから割り振られたメールアドレスを利用していたことが伺われる。その歴史は、「1995年9月にはインターネット接続サービスを開始。1997年9月のフジテレビジョンと株式会社フジミックの資本参加ののち、2000年7月にフジテレビジョンが経営権を取得した。」とここで記載されている。ちなみに People は、パソコン通信を運営しており、2001年にサービス終了している。「インターネットでわかったこと・できたこと」では、みきおさんの他にも、この People のメールアドレスの方が複数おり、おそらく みきおさんと共に、People を通してパソコン通信時代から繋がりのあるメンバーだったのではないかと推測される。

そこで、この宮沢さんのアドレスで検索して調べてみると、東京世田谷の民家で一家四人変死 Part7の2ちゃんねるスレに、突然次のような書き込みが出てくる。

442 :名無しさん23:2001/01/07(日) 18:43
とりあえず天国の宮澤さんに追悼メールを送りましょう
http://www.tama.or.jp/~earthian/netbook/
16665275@people.or.jp

http://www.jaa.gr.jp/j/member.html


まだ事件から一週間ぐらいしか経っていなかった頃で、みきおさんがどんな人かの情報は不足していた時期。そして、何の前触れもなく突然このような書き込みが出てくるのだ。

おそらくこれを書き込んだ人物は、何かしらの形で みきおさんとの接点があった人物ではないかと思うのだ。あの事件に遭われた被害者は、確かあの人だったよなとピンと来るような知り合い・もしくは 犯人による書き込みではないかと。

そこで文中にある http://www.tama.or.jp/~earthian/netbook/  とは何なのか調べてみた。www.tama.or.jpとは、多摩地区で展開していたプロバイダ だとわかる。今度は、earthian とは、何か調べてみる。そうするとこれは、アーシアン という 高河ゆん という漫画家のファンタジー漫画のことではないかと。 ただこの時代における netbook がどういうものだったのかは私にはよくわからない。

勝手な推測だが、アーシアン について、話合う掲示板などの何かしらのコミュニティの場を指しているのかもしれない。そこに、みきおさんのメールアドレスも掲載され、参加されていたとも考えられる。ただしこの場合、16665275@people.or.jp が、みきおさんのメールアドレスであるということを知っている人間でなければ、この書き込みは第三者がちょっと探しただけではわからなかったのだと思うのだ。

また http://www.jaa.gr.jp/j/member.html とは何か調べてみると、日本アニメーション協会(JAA)のことであり、そこに名前が記載されていた会員だったことが記されていたのではないかと推測する(現在は繋がらない)。そこでさらに調べると、事件から年明けすぐの1月1日の記事に、みきおさんが、この日本アニメーション協会の会員名簿に名を連ねていたことが記事になっている。もしかすると、ここから みきおさんとアニメとの接点を見つけたのかもしれないが、16665275@people.or.jp が、ここの名前のところにも記されていたのだろうか? ちなみに記事には、元上司は「まじめだがユニークな発想をする人物で目を掛けていた。博学で食べ物にこだわるタイプだった。会社の香港旅行の時、奥さんを連れてきたが仲が良さそうだった。子供もすごくかわいがっていた」と話した。 と記されている。

(共同著者)

「インターネットでわかったこと・できたこと」の執筆には、みきおさんに独自ドメインやHP開設の方法を指南した 長尾 正氏らが中心になって、PEOPLEでの仲間に呼びかけ応じた数人が執筆に参加したのではないのだろうか。ちなみにこの本は30人ほどそれぞれの視点でインターネットの活用法や関わり方について執筆されている。当時30代だった長尾氏の他にも、40代銀行勤務(ジャカルタ赴任中)の男性・18歳・工業高校情報科学科の学生(男)・42歳・医療情報システムのマーケティングに携わる男性など、みきおさんを含む5人が、People のアドレスを持っている人間が執筆している。

そして興味深いのは、みきおさんの後に書かれている 目黒 弘行 という方が上記のアドレスの tama.or.jp のプロバイダを立ち上げた方で、自らプロバイダを立ち上げた話を書かれている。この方も何かしら みきおさんと接点があり、その縁でこのプロバイダの アーシアン のページを知るきっかけになったのかもしれない。

そしてこの本の最後に記された方のメールに earthian@jca.or.jp  というアドレスが出てくる。例 の アーシアン と同じアドレスになっていてびっくりした。 と、このアドレスを元にクリックすると、次のような団体のページに飛ぶことがわった。実はみきおさんは、1993年に設立された、この団体の趣旨に賛同されて参加されていたのではないかということ。アーシアン とは、アニメではなく、この団体の名前から来ているのではないか。それならば、今はない tama.or.jp のアドレス上に団体のページがあったであろう ~earthian/netbook/  との接点が繋がってくるのではないのだろうか。

(16665275@people.or.jp と あるキーワード)

16665275@people.or.jp と共に、あるキーワードを入れて検索すると、何故かバイクに乗った男の画像が検索に引っかかる。一体なぜそうなるのかは全くわからないが、その画像をクリックして元になるページにゆくと、また複数の関連写真が出てくる。そこで元になった画像を探そうとするも一致するものが見つけられなかったが、一人気になる人物が。バイクとアニメ好き の人間が同じコミュニティ内にいた。一体なぜ、世田谷一家の事件との繋がりが全くなさそうなところから繋がったのかよくわからない。そしてその男と宮沢さんとの接点は何かあるのかどうかもわからないが、ちょっと気になったので記しておく。今回調べてわかったことは、ここまでだった。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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