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世田谷一家殺害事件を考えるにあたり

私は、事件発生以来14年近く、この事件の存在を知りながらも、詳細を知ろうとは思いませんでした。元々私自身に、「未解決事件」を考察する趣味や「推理小説」に興味を示したり、「凶悪事件」に関心を持つ人間ではありません。これ以外に関心を示した事件は、「3億円事件」や「グリコ森永事件」ぐらいでしょうか。

たまたまテレビで「世田谷一家殺害事件」の特集番組をみたのがキッカケでした。被害者家族に対する特別な思いや犯人を逮捕したいという正義感があるわけでもなく、何か釈然としないこの事件に対するモヤモヤした気持ちを、少しでも整理できないかと思ったわけです

そのため私は、他の事件に対して詳しいわけでも捜査方法を熟知しているわけではなく、素朴に素人が感じたことを述べてゆきたいと思ってる次第です。この事件の詳細は ウキペディアにある「世田谷一殺害事件」などを参照して頂き、ある程度事件に対する予備知識があることを前提に話を進めてゆきます。

過去の記事の一覧は、こちら から。 また、この事件に関する動画も始め、今までの考えをまとめております。

世田谷一家殺害事件とはなんだったのか?

1 侵入経路はどこから?



2 犯人は顔見知り?



3 事件現場の周辺



4 やっぱりお金なのか



5 犯人の本当の目的



6 いつ逃げた?男は



7 理解しがたい行動



8 外国人犯行説を考える



9 遺留品から何がみえる



10 組織犯罪の可能性



11 典型的な快楽殺人だ!(再投稿版)



12 地蔵は何を語る



13 捜査陣を色めきたたせた男(再投稿版)



14 捜査関係者が最も重要視する目撃情報



15 宮沢家と犯人の接点とは



16 犯人は何処にいるのか?



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海兵隊? 

私は世田谷一家の事件について、ありとあらゆる方向から犯人像やこの事件の背景にあるものは何か考え続けてきました。そして私の中では、ほぼこの事件は組織や国家的なものとは関係なく、個人(もしくは少数)の人間による自己都合(欲望)のための犯罪だったのではないかと位置づけております(他の説の可能性を否定するつもりはありませんが)。

それでは、この事件で明らかになっている、東アジア系の父系と欧州系の母系のハーフあるいはクォーターという、かなり日本社会において特殊な背景を持つとされる犯人とは、いかなる人物だったのだろうと考えるわけです。アジア系の父親と欧州系の母親という血統とは、日本では芸能界など一部でしか観られない特殊な組み合わせであり、この事件において何故そういった人物が浮き彫りになることなく20年以上の月日が流れてしまったのか、私には不思議でなりません。それだからといって犯人が、短期的に日本に来て事件を起こし去っていったというのとも、日本語の書類などを時間をかけて読み漁っていたことを考えると違う気がするのです。私はこの事件の犯人は、例え特殊な背景があろうとも、かなりの期間日本社会で暮らしていた人物だったのではないかとみています。

そういった中で、私が最も注視しているのが在日米軍との絡みでした。それも米軍の兵士そのものというよりも、その子息や軍と関わり働いている軍属と呼ばれる人たちなのではないかと考えていました。そんな中、先日このブログのコメント欄に大変興味深い書き込みがありました。引用させていただくと

遺留品ヒップバッグにバッコヤナギの粒子があった件ですが、バッコヤナギが綿毛が出て舞う時期が6月頃。ヒップバッグの販売開始は平成12年10月(恐らくこれはユニクロジャンパーの方ではないかと)。ヤナギの粒子がどのようなものかハッキリとは分からないのですが、種子の破片や綿毛のようなものだとヒップバッグの販売開始時期と合いません。一方、ヤナギ科の植物でドロノキがありますが、こちらは9月頃綿毛になります。これは神奈川では自生していません。ドロノキは富士山麓に自生しているようです。私は犯人は富士米軍キャンプの米兵または静岡~山梨に犯人は住んでいたことがあるのではないかと疑っています。

バッコヤナギの件は私にはちょっとわかりかねる部分もあるのですが、この 米軍富士キャンプなる存在は知りませんでした。モハーベ砂漠や三浦半島の砂などで、私はアメリカ軍でも空軍や海軍ばかりに目が行っていました。米軍の横田基地にしては、少々現場から遠いなぁとかいろいろ思ってはいたのですが(基本的に首都圏に空軍施設は横田基地しかない)、海軍の横須賀基地も現場からはスケボーを滑りにゆくだけでは遠く、いまいちピンと来なかったのです。そんな中、キャンプ富士 は、在日海兵隊 の基地となります。我々日本人にとって、海兵隊というのはとてもイメージし難い部隊です。米軍には、海軍・陸軍・空軍とは別に、海兵隊という組織があります。それでは海兵隊って何?ということになると、基本的に敵の制圧部隊という位置づけになり、まさに斬込み部隊みたいな精鋭部隊です。そして海兵隊の多くの基地は、沖縄に存在しています。

そしてこの海兵隊の志願者は、まず海兵隊ブートキャンプという志願者訓練所(カリフォルニア州サンディエゴ訓練所・サウスカロライナ州パリス・アイランド訓練所の2か所が存在)に入所して訓練を受けます。いわゆるモハーベ砂漠も比較的近くにあり、訓練の一環、あるいはそれこそ世界最大の航空ショーが行われるエドワード空軍基地を見に行ったとか、仕事での関わりなどが空軍とあった可能性も出てきます。また海兵隊は、韓国にも基地があり何かしらの用で行ったのかもしれません。どういった経緯で、祖師谷公園と結びつくかは定かではありませんが、海兵隊員 というのは米軍の中でも、かなり盲点であったのは確かです。日本における在日米軍の中でも、この海兵隊員が 陸海空軍の兵士よりも多く配置されています。

この間のBMXの件でも、スケボーやバイク関連をいくら調べてもたどりつけなかったのと似たような盲点です。そして米軍でも、空軍の横田基地でも海軍の横須賀基地でもなく、海兵隊 というのは私自身完全に抜けていました。ただし沼津あたりから入るキャンプ富士と、世田谷の祖師谷 に、どういった接点があるのか? もう少し、調べてみる価値はあるのかもしれません。

(静岡に関する目撃情報)

以前に確かテレビで、静岡駅から手を抱えてうずくまっていた客を、事件当日の深夜タクシーの運ちゃんが乗せたみたいな話がありました。そして30分ぐらい走らせた後、住宅街に男は消えていったと。また31日の11時頃、新幹線に座っていた家族に襟元が血だらけで目が血走っていた男が、ここは空いているか尋ねられたなんていう目撃情報もありましたが、その詳細な情報はわかりませんし、信ぴょう性も定かではありません。その新幹線が、東海道新幹線だったのかどうかもわかりませんし。

(そんななか)

警察がこの事件のパンフレットの中に、事件当日にキャッチボールしていた親子らしき人を探しているという話があります。この目撃情報のおそらく元となる目撃をされた方と繋がりがあって教えて頂いたのですが、親子がキャッチボールをしていたのは、事件当日の30日の夜のことではなく、翌31日の午前の話だったようです。当時、犯人の逃走時間が31日の10時ぐらいだと警察はみていたので、その時間帯に目撃された時間が近く、何かこの親子が見なかったのかということで探しているのだと思われます。ただ、この時に教えて頂いて印象的だったのが、野球の強豪校である 山梨学院大付属(現山梨学院大高)のバック  が置いてあったとの話です。目撃者の方の話だと、この親子が事件と関わっていたようには思えないとの話でしたが、ちょっと今回の件で引っかかりました。というのは、ラグランシャツは山梨のメーカーが販売元で、山梨・静岡・長野 などで多く販売されていたからです。あくまでもどれも断片的な情報ですが、何か事件と繋がるものはあるのでしょうか?

私は事件現場が、プロとは思えない惨状だったことを考えると、犯人そのものが現役の軍人だったとか、プロの殺し屋だったとは思えません。しかし、今回の話から考えると、現場の海兵隊員だったかは別にしても、何かしらそういった訓練を短期的に受けた人物だったのかもしれないと思うところはあります。ただし今でも私は、軍関係者の子息や軍閥やその家族あたりの人間ではなかったのか、あるいはそういったものに単に興味のあった軍事マニア的な人物だったのではないのかという見方の方が強いです。

初動捜査のミスって何?

よく世田谷一家の事件が迷宮入りした理由として、初動捜査を誤ったからではないかと指摘される。しかし、その話を訊いていても、そこまで致命的な過ちだったのか私には疑問を持っていた。また捜査関係者の中には、それほど誤ったものではなかったというものもいる。

よく言われている初動捜査の過ちとは

1,遺留品や指紋有りきで、充分な聞き込みをせずに指紋の照合に力を入れすぎたため

2,現場周辺の聞き込みに、経験のない機動隊員を使うなど、近所との信頼関係が築けなかったり、ちょっとした変化に気がつくことができなかったから

3,警察犬の投入が遅れたから


などが、この事件の初動捜査の誤った要因としてあげられる。しかし、これらのことが捜査を遅らせた要因にはなったのかもしれないが、本当に20年以上経った今でも未解決になった決定的なミスだったのだろうか? 

しかし、初期の段階ではこのようなことが要因で捜査が遅れたとしても、話を聞けなかった人、指紋の照合が中々できなかった人などの空白地域は、長年の捜査で埋めていったはずなのだ。確かに、事件直後ではないと得られなかった情報もあっただろうが、それが決定的に未解決な理由になったとは私には思えず、この話を訊いても何かピンと来なかったのである。というのも、現場ではそれぞれ役割を分担して、同時進行で様々な角度から捜査をしていたわけで、100人以上の捜査員が、全員指紋集めをしていたわけではなかったからである。あくまでも、どのぐらいの人員を優先的に充てたのかの割り振りの違いでしかなかったのではないのだろうか。

(本当の初動捜査のミスとは)

長年この事件を調べていて、素人である私が訊いても開いた口が塞がらないような事案が幾つか明るみになっている。それこそが、私は初動捜査の誤りと言われる本当の真相ではないかと考えている。その具体的な話を、ご紹介してみたい。

1,救急隊員の土足痕すら残っていない

家族からの連絡を受け一刻の猶予もないと救急処置を行う必要から、救急隊員は土足のまま現場に踏み入ったという。しかし、その後に行われた警察の鑑識チームは、室内にあるべき救急隊員の土足痕すらまったく検出できなかったのだという。

これは何を意味していたのかというと、救急隊員のあとに現場に臨場した警察官の靴下の布地が、まるで雑巾ではらうが如く、救急隊員の足跡まで消し去ってしまったのだという。当然それは、現場に残っていたかもしれない、犯人の足跡まで消してしまった可能性があるのだという。現場に駆けつけた警察官も、何が起こったか把握することに集中するため、通行帯(長細いビニールシート)を敷くような雰囲気ではなかったのだという。

通常事件現場というのは、まず現場を荒らさないために、鑑識が全て終わってから捜査員が入るのが常となっている。第一発見者の隣の遺族や救急隊員が入り込んでしまったのは理解できるが、その後に入った捜査員によって玄関からの足跡が完全に消えてしまったのだという。このことに関しては、2019年1月号の文藝春秋で作家の麻生幾氏がつづっている。

2,名簿がロフトに ・・・

ただこれに関しては、現場の逼迫した状況だったことを考えれば、まだ理解できなくはない。しかし、このあとにあげる二つの話は、本当に初動捜査の致命的なミスではないかと思える事案だ。 泰子さん と 娘のにいなちゃん が襲われた屋根裏部屋のロフトには、泰子さんが経営する公文塾の名簿が残されていたのだという。

これは、泰子さんがそこに持ち込んだものなのか? 犯人が泰子さんに何か聞き出そうとして持ち込んだものなのかもしれない。しかし捜査幹部によると「初期捜査で現場に入った捜査幹部の誰かが、風呂場に投げ入れられていた名簿の一部を手にしたが、急に他のことが気にかかり、そのまま現場を見て回り、途中でロフトを覗いた時に、うっかり置き忘れてしまった・・・確かな根拠があるわけではない。しかし私は今でもそう確信している」と、捜査関係者が語っているのだ。

私はにわかに信じがたい話だと思っていて、鑑識が入るまでに現場に先に訪れた捜査員が、そこまで現場をいじってしまうことなどありえるのかと思ったものだ。ただ、鑑識が入る前に現場をいじってしまうのは、捜査幹部がやりがちなことだと、昔ある番組で鑑識経験者が話していたのを訊いたことはあったのだが ・・・。これも、同じ 文芸逡巡の2019年1月号に掲載された 麻生幾氏の記事に書かれていた驚きの話だった。

3,擦り痕や繊維痕もあったかどうかもわからない

鑑識が入る前に、そんな現場をいじってしまう捜査員がいるという話は、私は長年信じれずにいた。しかし、先日毎日新聞に同様の不手際が掲載されていて、本当にそんなことが初期の段階であったのかもしれないと思うようになってきた。その記事によると

事件発生直後に捜査を指揮した元幹部は残念そうに打ち明ける。「ある捜査員が浴室の窓を通れるか確かめた。しかし、鑑識が窓の微物を採取する前だったため、(犯人の衣服が当たることによる)擦り痕や繊維痕があるかを確認できなかった」

よくこの事件では、有力な犯人の侵入箇所だと推定される、浴室の窓には残るはずの繊維痕や服の擦り痕が残っていなかったとされ、それは浴室の窓からの侵入ではなかった根拠だと指摘するものがいる。また実際捜査を指揮したある幹部が、この見解を述べて浴室侵入説を否定する持論も述べている。それに呼応する一部の識者が、この根拠を高々と謳い犯人は玄関から堂々と入ったのだと顔見知り説を正当化する根拠としている。しかし、もしこの記事が事実ならば、そもそも鑑識をする前に、捜査員によって、その痕跡を消し去ってしまっていた可能性があるということではないのだろうか。この記事によって、麻生氏が記したようなことが他社からも報道され、捜査員によって痕跡はことごとく消し去られてしまっていた可能性があったことが明るみになってきた。ましてこの記事を書いたのは、記者クラブに籍があるであろう 毎日新聞の記事である。その毎日新聞が、警察の捜査自体に問題があったことを指摘しているのだから、そんないい加減な根拠のないものを書くはずもない。

(結局初動捜査の誤りとは)

捜査関係者の口から聞かれる、初動捜査の過ち というのは、初期の捜査方針のミス以前に、この事件直後の対応のまずさこそが、事件を長く未解決にしてしまった最大の要因であったように思えてならない。また第一発見者が、隣の家のお婆ちゃんだったことで、動揺により記憶が曖昧だったり、家族の安否を確認するために現場を結果的にいじってしまったことも相まって、余計に現場の保存が上手くいかなかったことにも繋がってしまったようなのだ。

その後の捜査の仕方にも確かに問題はあったかもしれないが、この事件は最初の発見時から取り返しのつかないことが重なってしまった。それが、20年以上経っても未解決である大きな要因ではないかと私は理解するに至ったのである。それを身内の汚点のため表だって言えない捜査関係者が、オブラートに包んだ言い方で 初動捜査のミス という言葉でお茶を濁してしまったというのが、ことの真相なのではないのだろうか?

似た臭いを感じる

焼き肉定員 H の話が「FLASH」に掲載される前に、久々に地蔵について振り返ってみた。私がこの地蔵についてこだわっているのは、事件前に目撃されたというある一つの事象と同じ臭いを感じるからだ。

zizou 1

その事象というのが、事件前に 侵入経路と目される 浴室窓下の公園の敷地内に、スケボーやBMXのジャンプ台に利用されていたかもしれない縁台らしきものがあったという話に由来する。この地蔵やジャンプ台らしきものを、どのようにしてここまで運んできたのかという疑問が生じるのだ。またもしこの縁台らしきジャンプ台が実際に事件前に存在し、事件直前に撤去されていたとしたら、誰がどのような目的で動かしたのかというのも気になる。

manyuarudai 2

地蔵に関しては、重さ20キロ・高さ60センチに及ぶものでも、一人で持ち運びができないわけではないが、そう遠くから歩いて持ってきたのかには疑問が残る大きさではある。まして事件前にあったという縁台らしきものは、畳一枚分ぐらいの大きさがあったというから、これの運搬に関しては近くまでは車などを利用し、さらに複数の人によって持ち込まれたと考えるのが自然だろう。それも公に認められていたスケボー広場の方ではなく、道路を挟んだ迎え側の宮澤家と隣接するぽっぽ公園側に置かれていたものだとすると、スケボー広場で滑っていた連中とは別に許可を得ずに勝手に置いたとしか思えないからだ。それでもわざわざそこに置いたということは、常連のスケボー愛好者達とは距離を置いていたものか、それこそ BMX など違うものを嗜むためのものだったのかもしれない。ちなみにスケボーとBMXは、同じフィールドで競技する特性があるものの、ジャンプ台などが痛むために一緒に滑るのを禁じている場所も少なくないという。そういった事情も、別々の場所で行っていた背景にはあったのかもしれないが。

manyuarudai 1

ここから感じられるのは、スケボーだかBMXだかわからないものの、普段滑っている連中とは別の集団がぽっぽ公園にはいて、彼(ら)が宮澤家とトラブルになっていた可能性があったのではないかということ。ここで改めて、この縁台らしきものに関する証言を拾ってみると

119 :朝まで名無しさん:02/10/31 08:42 ID:8GkgkFN/

「明快に説明」という意味がよくわからないけれど、事が事だけに
酒の肴になるような話題ではないことは確かだ。周辺に居住する者
にとっては未解決イコール進行中の事件といって過言ではない。

現場に行けば一目瞭然の事だが、宮沢家の外憂が何だったかは明白。
公園管理事務所前の広場から藤棚のあるベンチ周辺にかけて設置を
された物体、そしてソレを利用する人たちのこと、利用される時刻、
このことが最大の問題でありトラブルの対象だったと考えられる。
都内には同様の施設が設置されている公園があるのを見かけるが、
いずれも施錠可能で夜間には利用できない管理が施されている。
あの現場ケースではどうだったか? 24時間の使用が可能であり、
故に近隣だけでなく遠方からも宮沢家の周囲に駐車されていた車両
のナンバーからも推測するに容易い
。また、それらの駐車車両によ
り片側通行になっていた。このことは宮沢氏が個人としてだけでな
く公共的な問題として義憤を感じていても不思議ではない。
 宮沢家の風呂場の下にフェンスがある。通称「汽車ポッポ公園」
と呼ばれている遊具施設のある公園との境界線の場所に畳一枚分ほ
どの大きなベンチ
があった。事件前、このベンチの上には近くのコ
ンビニ(セブンイレブン)の袋や食品のゴミ類が散乱していた。
あの事件の十日前、そのベンチは突然、撤去されていたが近所の人
は宮沢宅が公園管理事務所と掛け合ったのだと思った。
この件に関しての裏付けを警察は質問しても何も語らないのは不思
議に感じる。あの大きなベンチを誰が撤去したのだろうか。
もし、犯人が逃走する際にあのベンチがあればフェンスから飛び降
りる時に着地台として利用できるはずである。または犯行時にあの
ベンチに誰かが腰を下ろしていると屋内の音が聞こえるだけでなく
目撃者と成り得る可能性を避けた、ということも考えられる。


あるいは、「ASKAの事件簿」さんのところに投稿されていた 公園近くさんの書き込みでも


先ほど申し上げた浴室の窓側、フェンスのすぐ下の公園側に大きな縁台が設置されてたことを覚えています。

路地裏でお年寄りが将棋を指しているような小型の物ではなく、一畳分はあるほどの縁台です。

(以下省略)

明らかに他の遊具やベンチ類とは、色が茶色系という共通点があるものの、素材や形状は明らかに既存の物とは統一性ない外来の異物と私には見えました。

なんで、こんなところに?と見据えながらも散歩をしていたのですが、縁台の上や周囲はゴミ類が散乱していました。当時、すぐそばの宮澤さんとこは大変だなぁ、と感じたことを覚えています。


もしこれらが、世田谷の犯人と関連しているのであれば、世田谷の事件は、現場で犯行を行った1名以外に、何かしら事情を知り得た人物が複数存在しているのではないかと私は思うわけです。さらに公園近くさんの書き込みは続きます。

なんで、こんなところに?と見据えながらも散歩をしていたのですが、縁台の上や周囲はゴミ類が散乱していました。当時、すぐそばの宮澤さんとこは大変だなぁ、と感じたことを覚えています。

と書かれています。ぽっぽ公園には、幾らでも座れるところも明るい場所も当時から別にあったはず。それなのに公園の一番端の木も鬱蒼と生えた暗い場所で、ゴミを散乱させるまで騒いでいたということはいかなることなのか? これに関しては、宮澤さん一家をまるで挑発するかのように、かなり長い時間をかけて騒いでいた連中がいたのではないかということ。それも騒いでいたのは、この日の話だけではなかったようなのだ。

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他の目撃情報では、このようなものがある。

宮沢さん宅裏手の公園内では昨夏、若者グループが一晩中騒ぐなどしたことが何度かあったという。
「朝、散歩していると酒の缶とかゴミが散らかって、その周りで若い人たちが寝ていて怖かった」(近所の主婦)。

宮沢さん一家が、若者たちの騒音問題に悩まされていた可能性は低くはなさそうだ。

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この縁台を設置した連中と騒いでいたメンバーが同じかどうかは定かではないが、宮澤家のすぐ隣でひと晩中騒ぐなどしていた連中がいたのは確かのようなのだ。私は、この事件の容疑者はこの騒ぎで宮澤家とトラブルになった連中の一人、もしくはその仲間がこの事件に関与した疑いがあるのではないかとみている(当然事件後、こういった若者たちを片っ端から捕まえて捜査したという話が残っている)。その時に、指紋などは疑わしい人物はみなとられたはずなのだが ・・・ 。 それでも何かしら、捜査の網からすり抜けた人物がいたのではないかと。

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(地蔵の台座について)

話は変わりますが、事件から100日目に置かれた地蔵の裏には、 とおぼしき文字が刻まれていました。この文字は、六地蔵の制作過程で、各地蔵の土台がわからなくならないために、つけられたものではないかという意見があります。しかし私、六地蔵を幾つかをみていて思ったのです。実は、六地蔵の土台はどの地蔵でも同じではないかということ。すなわち土台には区別はなく、制作過程において数字などふる必要がないものが殆どなのではないかということ。

rokuzizou 2

(手を合わせた地蔵の意味)

六地蔵の中でも、手を合わせた地蔵を 餓鬼道 を現すとされています。意味としては、与えられたものに満足出来ず、もっと欲しい・さらによいものが欲しい、限りなく求め続ける行為、つまり欲求不満でいっぱいになるとされています。これは、子供 を示すことも多く、いわゆる子供のことを ガキ というのは、このことから由来していると言います。ちなみに、亡くなわれた 礼君 のことを指しているとしたら、六 は亡くなわれた時の 礼君 の年齢でもありました。もっと他の意味を考えてみると、与えられた命に満足せず、他の命まで奪いたい ・・・ みたいな意味にもなり、さらなる殺害予告的な意味合いも込められていたのかもしれません。少なくても 宮澤さん一家 を弔うのであれば、なぜこの地蔵一体だけで、さらに六地蔵の中からこの地蔵を選んだのかにも疑問は残ります。もし私の読みにあるように、犯人が意図的に 六 という数字に執着していたとしたら、礼君が事前に6歳だったことも知り得たのかもしれない。だからこそそれが、殺人には適さない 関の孫 の使用にも繋がってゆく話なのかもしれません。そしてもし事件前に書き込んだ 黒ムツさんが事件に関与していたとしたら、隣の入江さんの息子の年齢も13歳だと、知りうる立場の人間が起こしたことになります。すなわち、両家の事情に精通した人物によって起こされた事件ということにもなってきます。

BMXなどなど

久々に、世田谷一家の記事が大きな話題になりました。前回の書き込みについて、多くのコメントも頂いておりありがとうございます。現在、基本的にコメントの返信を行っていないのと、コメント管理もしていないので管理人しか読めないコメントを頂いても、対応できていないのが現状です。時間に余裕ができたら、返信なりコメント管理もさせて頂きたいと思っていますが、そういったことがいつできるかはお約束できないことをご了承くださいませ。

さて、焼き肉店員 H の記事が出て少し時間が経ちましたが、「FLASH」」から続きの記事はまだ出てきませんし、他誌も追随する気配はみられません。「FLASH」」は以前にも、2006年8月1日号でこれが世田谷の犯人だと目こそ伏せていましたが、顔写真入りの記事を出したことがありました。あの話は、一体どうなったのか? という疑問は残ります。

ただし、BMX との絡みは盲点というかあったかもと思わせる部分は多数あります。これはスケボーも同様なのですが、非常にBMXは 横田基地 や うみかぜ公園 との繋がりも深いスポーツだということ。そして、犯人が残していったヒップバックの類も、このBMXを扱う人たちもよく使う装備品なわけです。幾らスケボー関連やバイク関連から調べに調べても犯人までたどり着けなかったわけですが、このBMX絡みであればそれが説明できてしまうことは確かです。実際にHなる人物がいたかは私にはわかりませんが、犯人がBMXを日常的に乗っていた人物、それらの大会で国内外を行き来していたような人物であれば、今までの謎が様々な線で繋がってくるかもという、新たな可能性を提示してくれた意味は大きかったと言えます。しかし、裏社会や警察事情に精通した作家・ジャーナリストで、以前も世田谷の記事でご紹介した 沖田臥竜氏 は、警察の動きを見る限り、新たな進展は観られていないのでないかと懐疑的な見解を記しています。特に、犯人逮捕は間近という緊張感は、現場にはないとのこと。そのへんは、他の媒体が追随しない最大の理由なのかもしれません。ただし、実際にこの事件に深く関わってきた 元警視庁成城警察署署長の土田猛氏や元毎日新聞社会部警視庁キャップの大坪信剛氏の名前を出してコメントをもらっていることからも、現場レベルでこれらの話が浮上してきた事実はあったのではないかと私はみています。

さて本当は、地蔵絡みから新たな話にもってゆくつもりで、前々回地蔵の話を改めてしました。しかし、その間に焼き肉定員の話題が出てしまったので、それは次回の更新で取り上げることにします。

話は変わりますが、昨日たまたテレビで全米を代表する未解決事件「ゾディアック事件」についての特集を目にしました。

ここで犯人は、事件に対しての犯行声明文を警察やマスコミに送りつけてくるわけですが、独特の暗号を用いた文章となっていました。その暗号が解読された内容を観てみると

「私は人間を殺すのが好きだ、森で獣を狩るよりも楽しいからだ。なぜなら人間は最も危険な動物だからだ」

だといった内容だったそうです。これは、世田谷の事件前に2ちゃんねるに記された 黒ムツさんの例の書き込みによく似た匂いがしてきます。黒ムツさんが世田谷の犯人だったかは別にして、この文章に何かしら触発されて書かれたものだったのではないかと。

70 名前: 黒ムツさん 投稿日: 2000/12/27(水) 17:03

俺は3歳のガキの頃から鼠を刺し殺し、又はては烏に与え、これを13歳に成った今でも続けている。其れと並行して犬も殺すことを7歳の頃に覚えた。最初に殺すのもあまり躊躇いは無かった事が鮮明に記憶に残っている。俺に突然噛み付きかかって来た体長約60cmの少し大き目の犬だった。一発蹴るとまだ噛み付きかかって来やがるので、俺は犬の腹を引き続き蹴った。何発蹴ったのか覚えていない。死んだ時には其の犬は口から大量の血を流し、腹からは内臓が少し食み出ていた。勿論今でも此れは野良犬を見掛けるとやる。いまでは蹴る力も倍増し、手でバラバラにする事さえ躊躇わないようになった。悪臭がするがそんなこと気に為ない。猫にも時々同様のことをやる。猫を顔を含め包帯でぐるぐる巻きにした上で、内臓を切り裂いて取り出し、道路に放り出して置く。すると烏が咥えて持って行ってしまうか、自動車に引かれて余計に悲惨な光景に成る。が、其れがまた快感だ。友達とどちらの結果に転がり込むか賭けをしたことさえある。最近では人間を切り裂いて内臓を見たいとも考える。あの歌舞伎町で起きたビデオ屋爆破事件の容疑者の少年が供述していたように。今では隣の幸せそうな家族を見るとあの大分一家殺傷事件のようにしてしまいたいとも思う。決行日は12月31日午後11時59分だ。21世紀がやって来る前にちゃっちゃと殺ってしまおうか考えている。


この犯行声明・もしくは殺害予告 からは、ゾディアック事件 の影響を感じなくはありません。こういった劇場型犯罪を世田谷の犯人も目指したものの、その後の2ちゃんねるでの二度目の黒ムツさんの書き込みや地蔵などの行為が、全く相手にされず取り上げられなかったことで、こういった行為に冷めていったのかもしれません。愉快犯は、周りが反応してくれるのが楽しいわけで、全く無視されたり人目に触れられないことを何より嫌うからです。いずれにしても、他の ゾディアック事件の声明文の内容や、過去のこういった類の犯人の行動などを、幾つか調べてみる価値はあるのかもしれません。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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