世田谷一家殺害事件を考えるにあたり

私は、事件発生以来14年近く、この事件の存在を知りながらも、詳細を知ろうとは思いませんでした。元々私自身に、「未解決事件」を考察する趣味や「推理小説」に興味を示したり、「凶悪事件」に関心を持つ人間ではありません。これ以外に関心を示した事件は、「3億円事件」や「グリコ森永事件」ぐらいでしょうか。

たまたまテレビで「世田谷一家殺害事件」の特集番組をみたのがキッカケでした。被害者家族に対する特別な思いや犯人を逮捕したいという正義感があるわけでもなく、何か釈然としないこの事件に対するモヤモヤした気持ちを、少しでも整理できないかと思ったわけです

そのため私は、他の事件に対して詳しいわけでも捜査方法を熟知しているわけではなく、素朴に素人が感じたことを述べてゆきたいと思ってる次第です。この事件の詳細は ウキペディアにある「世田谷一殺害事件」などを参照して頂き、ある程度事件に対する予備知識があることを前提に話を進めてゆきます。下記にも、事件の特集をした番組の動画を掲載しておいたので、参考にして頂けたら幸いです。


【世田谷一家殺害事件】犯人は誰?15年目の新事実 投稿者 ponpocorin

また「FBI捜査官・マーク・サファリック」の動画は、こちら から観ることができます。

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聖蹟桜ヶ丘

現在アマゾンプライムで会員登録していなくても観られる番組の中に、「あの未解決事件にテリー伊藤が潜入~世田谷一家殺害事件 最終章~」 というものがある。番組プロデューサーでタレントのテリー伊藤氏が、世田谷一家殺害事件に迫るという企画番組。テリー氏は、事件当時現場近くに住んでいたため、この事件解決には並々ならぬものがあるという。今回は、この番組を元に気になるキーワードを考えてゆきたい。

テリー氏は、世田谷一家の犯人像を次のように推理している。

1,一人暮らしで、寂しさを抱えていた人物ではないのか

2,ラグランシャツが販売されていた 京王線沿線・特に 聖蹟桜ヶ丘 に住んでいたのではないのか

3,残忍な犯行から、外国人だったのではないのか

4,現在も異常性を持って生活しているのではないのか


特に根拠というよりも、テリー氏の勘によって話は進んでゆく。

1,一人暮らしで、寂しさを抱えていた人物ではないか

これは、幸せそうな家族をメチャクチャにしたいという、黒ムツさんの心理に近い犯人像だと言える。宮沢家が狙われたのは、絵に描いたような幸せそうな家族に見えたから。犯人が快楽犯であった場合、この論理は充分に成立する。全くなかったとは言えないし、宮沢家との接点が見つからないのも、そのせいであるとも考えられる。

2,ラグランシャツが販売されていた 京王線沿線・特に 聖蹟桜ヶ丘 に住んでいたのではないか

今回の話で、一番興味深いのは、この部分からの考察。

テリー氏によれば、痴漢などの犯罪者は、自分の家よりも内側の都心に向かって犯罪を起こし、また郊外の家に戻ってゆく傾向があるのだという。そのため犯人は、世田谷よりも郊外にある 聖蹟桜ヶ丘 が怪しいという。同じラグランシャツが販売されていた荻窪は、中ではなく南下する形になり、この説に即さないという。むしろ私は、犯人は土地勘があり、比較的現場に近い荻窪周辺の方が事件と関連性が深いのではないかと考えているのだが。

また 聖蹟桜ヶ丘周辺は、非常に大学が多いのだという。そのため、この辺には 留学生 が多く住んでいたからではないかというのも理由らしい。

また目立つので犯人は、現場までバイクか自転車を使ってきたのではないかと。しかしそうだとすると、あまり 聖蹟桜ヶ丘 というスポットと犯人への結びつきは薄くなる。これだと電車などの公共機関と、犯人の居住スペースを結びつける意味合いはなくなるのではないかと。というのは、事件現場である祖師谷公園自体が、いずれの駅からも徒歩25分以上かかるような場所に存在するからだ。そう犯人が、何処まで電車というものを日常的に使っていたのかには疑問が残るのだ。ただしボア付きの手袋(血が中にべっとり付着し持ち帰ろうとしていた)が現場に残されていたことからも、犯人はバイクか自転車だったのではないかという考えには、私も大いに同意するものがあるのだが。

3,残忍な犯行から、外国人だったのではないのか

当然DNAの鑑定結果からも、その可能性は充分ありえる。しかし警視庁が犯人は日本人だと強く考えているのは、恐らく父系のアジア系の男性というのが、日本人であるという確信があるところまでわかっているのではないかと。遺伝子的には、日本人・韓国人・中国人という人種レベルの違いまで、現在の解析レベルではわかるというからだ。そういった父親を持ち、ハーフなど地中海系のDNAを持つ母親の遺伝子が含まれた人物だということ。

いずれにしても何か日本のコミュニテイにおいて外見なり言語の不自由さなど浮いてしまう要素があった可能性がある。むしろこの事件は、幸せそうな家族に対するあてつけだけでなく、日本人という漠然としたものに対する何か恨みや憎しみが根底にあるのではないかという気がする。そういったことで日本人・日本社会において虐げられてきた、あるいは両親が離婚するなど複雑な家庭環境などがその背景にあるのかもしれない。

またテリー氏が聖蹟桜ヶ丘周辺で聞き込みをしていると、全身黒ずくめの男に子どもが声をかけられたという事案が15年ぐらい前に発生しており、主婦がその男と遭遇したことがあるのだという。もしその話が本当ならば、ぜひ例の 日テレ系 の似顔絵をその主婦に魅せて見覚えがないか聞いて欲しいものである。そこまですれば、聖蹟桜ヶ丘 付近でも、新たな証言を引き出すことができたかもしれない。

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4,現在も異常性を持って生活しているのではないか

一昨年あたりに東京で、猫などの小動物が虐待される事件が多発したことがあった。大田区に住む男性が捕まったりもしているのだが、どうも他にも同時期に動物虐待を繰り返していたものがいたのではないかと、その手口の違いから私は考えている。もしテリー氏の言うように、犯人は異常性を今も保ちその衝動を抑えられていないとするならば、必ずやまた 動物虐待 などを繰り返すのではないかと。ちなみに動物虐待の現場地域は、次のようになっていたという。

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もしテリー氏の読みでいえば、聖蹟桜ヶ丘のある多摩市から都心に向かって事件を起こしに来ていたことになる。もちろん当時聖蹟桜ヶ丘に犯人が住んでいたとしても、現在そこにいるとは限らない。これをみると山手線沿線の内側以外、あるいは千葉・埼玉の県境付近に事件が集中していることがわかる。私は犯人は、池袋から北の東京都、もしくは埼玉県南部あたりに生活圏があったとみている。そしてこの東京都北部の動物虐待事件は、ひょっとしてその男の衝動が再び抑えられなくなってきた前兆ではないかと思った時期もあった。しかし最近は、この手の事件はピタリと収まっている。果たしてこの事件は、解決したのだろうか?

(事件の前日までの日記と家計簿)

みきおさんのお母さんの証言によると、みきおさんは事件前日まで日記と家計簿を欠かさず書き残していたという。そして警察はそこに記されていたすべての人物から話を聞いたりしたが、犯人にたどり着く手がかりはなかったと報告を受けたというのだ。相当マメだったと思われる みきおさんが、そこにトラブルなどがあったことを記してなかったのか? トラブルなど端から存在していなかったのか? あるいはその部分だけ抜き取られていたのか? また日記や家計簿がどのような形で保存されていたのか? お母さんの話だと、小学生の頃からかかさずつけていたという。ということは、それらのものは必ずしもパソコンの内部とは限らず、日記帳などの手書きで残されていたのかもしれない。もしそうならばページが抜き取られたりしていれば、日付や日記の破損状況からも警察は犯人が触ったかどうかもわかるはずなのだ。恐らくそれらには、犯人が触れた形跡も、それらしい話しも一切触れられていなかったということなのだろう。

(最後に)

結局番組では、何一つ疑問は解決しなかったし、テリー氏の勘に裏付けできるものは存在しなかった。

ただしこの話、もう少し深く掘り下げて行けば、聖蹟桜ヶ丘あたりでも貴重な証言が聞き出せたかもしれない。面白おかしく取り上げてやろうとか気をてらったものではなかっただけに、もう少し事件に詳しい人の協力があったならばと思うと残念でならない。再びまたテリー氏の熱意で、事件が取り上げられるときには、もう一歩踏み込んだものをお願いしたい。

犯人は公文式の生徒だった?

先日、この事件を調べていたら、実に興味深いブログ記事がでてきた。この記事は、PART2PART3 と3回に別れて掲載されているのだが、その内容がかなり衝撃的なのだ。

詳しくはリンク先の文章を読んで頂ければと思うのだが、この事件の犯人は公文式の元生徒だという。それも、すでに自殺しているとのこと。警察はいち早く犯人を突き止めたが、公文式は株式上場を控えており、それが元生徒だったということが発覚すれば会社に大損害を与える。また犯人は、警察及び司法に関わる人間の子息であり、相互の利害関係から事件を有耶無耶にしたという。これは、この事件を調べていれば一度は訊いたことがある都市伝説のような俗説の話とも繋がっていた。しかし今回この記事を読むと、なかなか説得力のある話としてこの話が出て来る。

(記事の信憑性)

この手の記事の信憑性は疑わしいものが多いので、私はその成否を探る場合、どのぐらい実際に明らかになっている情報とズレがあるかで作者の真剣度・情報の信憑性を判断することにしている。かの斎藤寅の本などは、家の間取りからしてめちゃくちゃくで、そりゃひどい内容だった。しかしこの記事が書かれたのは、2016年の5月という、世田谷一家の事件の関心が薄れた最近書かれたもので、世間のウケを狙った気をてらったものではないことがわかる。また事実関係の多くが史実に基いて書かれており、ちょっとやそっとこの事件のことに興味を持った人間が創作で作れるようなものではない。真実かまではわからないが、私が知らなかったことも多く、少なくても作者は真剣にこの事件と向き合い事実関係を明らかにしようという意欲は伝わってくる。特に名前が上がっている人物は実在の人物であり、一つ間違えれば名誉毀損にもなりかねない際どい内容となっている。中途半端な覚悟で、書ける代物ではない。

(若干の認識のズレ)

この作者と私の認識が若干違う部分があるので、まずそれについて触れておきたい。まず泰子さんが、公文教室を開設した時期に認識のズレがあるようだ。そこで私が知りうる、宮沢家の履歴を下に記してみた。

1986年12月 30歳 泰子さんと結婚
1987年00月 31歳 米国企業日本支社就職
1988年00月 32歳 泰子さん化粧品会社を退職
1990年00月 33歳 泰子さん別の場所で学習塾開設
1990年05月 34歳 世田谷区祖師谷に自宅購入
1990年12月 34歳 泰子さんが祖師谷公園教室開設
1991年00月 35歳 群馬水上町シンボルマーク作成
1991年00月 35歳 都立祖師谷公園の拡張整備計画
1992年01月 35歳 妻の姉一家が英国に移住
1992年04月 35歳 長女にいなちゃん誕生
1994年06月 37歳 長男礼くん誕生
1996年00月 39歳 共著にて本を出版
1997年03月 40歳 米国企業日本支社退職
1997年07月 41歳 同業他社に転職
1998年00月 42歳 英国企業日本支社に転職
2000年03月 43歳 都と立ち退き交渉がまとまる
2000年04月 43歳 妻の姉とその息子が帰国
2000年08月 44歳 広島国際アニメフェス運営
2000年12月 44歳 事件発生

被害者の姉・入江杏(仮名)さんの著書「この悲しみの意味を知ることができるなら」によると、元々は姉の杏さんが公文教室を開設して運営していたが、杏さんの旦那の仕事の関係でイギリス行きが決まったことから話を持ちかけることになる。当時泰子さんは、みきおさんとは結婚していたものの独身時代から 資生堂 に務めていた。それでも妹の泰子さんに相談したところ、退職して公文教室の運営を引き継ぐ形になったと記されている。公文講師の資格を取得し、資生堂を退職したのは、1988年。そしてその公文教室は、東急線「奥沢駅前」 にあったとされている。そしてこの教室を祖師谷に移した理由が、ストーカー行為 に遭ったためと、今回この記事を読んでいて新たに知り得た情報(事実かはわかりません)。しかし姉の杏さんならば、そのことはご存知のことかと。

このブログ主は、祖師谷に引っ越してきて8年後に事件が起こったと言っていますが、私の認識だと 1990年5月に自宅購入したものと思っていて、10年後に事件が起こったことになっています。ただし著者が、最初に祖師谷に入ったのは入江家の方だったこと。また泰子さんは、身の危険を感じ杏さんやお母さんの住んでいる祖師谷の方に後から移ってきたと書かれている。そのため実際に宮沢家自体が祖師谷の家に引っ越してきたのは、92年だったのかもしれません。この年の4月に、長女のにいなちゃんが誕生します。

この記事を読んでいると、時系列が私の認識しているものと異なること。また塾を開くまでの経緯も少しブログ主のものとは違っていますが、それほど事件においては本質的な問題ではないように思います。しかしながらいずれにしても、杏さんから引き継いだ 奥沢駅前の公文教室は、非常に短期間で場所を変えてしまった。その事実は、確かなようです。塾運営をするものからすれば、姉が築いた地盤。それに現在預かっている生徒のことなども考えると、教室の場所を変えるというのは極力避けたかった、覚悟のいる決断であったことでしょう。そしてその必要性に迫られるだけの切迫した状況が、身の危険を感じるほどのストーカー行為にあったのではないかということならば、この話には説得力があります。

(事件当初は)

この事件発生当初のスレを読み直してみると、犯人は公文式の生徒・関係者じゃないかという見方が大半を占めていました。当然警察も、公文本部に問い合わせて開設以来の生徒・職員名簿をすべて手にいれ、徹底的に関係者を調べたと訊いています。その中で、警察の上層部と公文式のトップとの間に、こういったやりとりがあったのではないのか? この正否を確かめる術はありませんが、けしてありえない話でもありません。

(犯人は)

犯人は教室に通っていた「元生徒」です。
浴槽に投げ入れられていた書類とは、教室の成績表でした。

「元生徒」は教室で泰子さんから侮辱を受けていて、
この成績表を先ず第一に消したかったのです。惨殺の後に。

それほどまでに恨んでいました。教室でことあるごとに「宮沢泰子」さんから、
槍玉に挙げられ、虐められていたのでしょう。

「宮沢泰子」さんには、精神疾患のある息子(礼君)さんがいました。
この息子さんと「元生徒」の存在が重なって、
虐めがエスカレートします。


このような生徒がいれば、すぐにでも捜査線上にも浮かびあがり、あれだけ世間の注目を浴びた事件ですからマスコミにも情報が漏れるのではないかと思います。しかし噂話ではこういう話はネット中心に飛び交いましたが、この話に追随するようなマスコミが一社もなかったことに対しては疑問が残ります。当時の世間の注目度からみて、たとえ警察や権力者が圧力をかけてもみ消そうとしても、必ずやそれを明らかにしようとするマスコミや関係者がいたはずです。それが全く存在しなかったのは、不思議でしかありません。だからこそこの話は、与太話としてネットでしか語られていないレベルの話だと私は認識していました。

ただしこの話を真実だと前提で考えると、何故浴槽に公文式の書類をぶちまけたのか? 犯人は何を必至に探していたのか? 泰子さんに執拗な危害を加えたかのなどの謎の疑問は解決します。事実泰子さんと合わず辞めていった生徒や、泰子さんは怒ると凄みがあった方だったという話は、元塾生の家族の証言などからもありました。非常に熱心な方だった一方で、そういった側面もあったのかもしれません。しかしそうであるならば警察の捜査でもすぐに、そういった生徒は浮かび上がってきたはずなのですが ・・・ 。 しかしその存在は、マスコミなどには一切漏れてきませんでした(不思議です)。この事件を取材した多くのマスコミ関係者が、この話に食いつかなかったのは信憑性に疑問を持っていたからに違いないからです。

(恨まれていたのは、泰子さんではなく杏さんの方だったのではないのか?)

この筆者は、突然話を大きくここで転換してゆきます。

もしストーカー行為の犯人が、事件との関わりがあるとすれば
8年間の空白を経て、「入江杏」さん夫妻の、帰国を待っていたかのように、
事件は引き起こされます。

恨まれていたのは「入江杏」さん、だったのではないかと言う疑問が生じます。


これに関しては、私も前回の書き込みから思い当たるフシがあるのです。それは、黒ムツさんの書き込み が、隣の幸せそうな家族をめちゃくちゃにしたいという、まるで入江家からみた宮沢家を連想させる内容。そして当時の入江さんの息子の年齢と合致する13歳だと黒ムツさんが述べている点からです。そこで前回の記事で犯人は、宮沢家との接点ではなく 入江さんの息子を知り得た人物、過去に息子さんと接点があった人物ではないかと述べました。その視点で考えると、実は恨みを買っていたのは杏さんの方だったのではないかというこの意見もありえない話ではありません。しかしそうなるとこれまで書いてきた 泰子さんのストーカー との関係性。泰子さんが槍玉にあげていた元生徒という話は、どうなってしまったのか? という疑問が出て来るわけです。むしろ杏さんをストーカーしていた人物、杏さんが槍玉にあげていた元生徒が起こしたというのならば、この図式は成り立つわけですが・・・。もしそういった生徒がいたのであれば、杏さんが犯人の心当たりがあっても警察に言えなかったという人物がいたのではという風には考えられるのですが。

(俗説への繋がり)

司法取引が行われたとは、話しませんでしたが、
犯人の血痕は、採取されているのですから、仮に自殺していたとしても

親のDNAから、犯人を遡ることは出来ます。

決して「死人に口なし」とはなりません。犯行のあった「祖師谷」界隈では、
「自殺した少年が犯人だ」として、事件後間もなく、終わったモノと、されているようです。


また次のようにも筆者は記しています。

警察」と「公文教育研究会」との間で、
司法取引がされたと、断定しました。

勿論、一警察署長の判断で、それが出来るわけも無く、
「警察庁長官」クラスが、関わっています。


この話はネットでまことしやかに囁かれてきた話で、にわかに信じがたい都市伝説だと認識しております。しかし事件の真相を捜査陣が知って、自分たちの力では解決できないと悟ります。しかし家族側から真実を話してくれる、犯人が自首してくれるのであれば、この事件の解決が図れると考えたとします。

そう考えれば事件から5年経過した追悼集会で、女性刑事が家族や犯人に訴えかけるように事件の真実を話すようをお願いしたという異例の呼びかけをした謎も解けるわけです。そして仮に犯人がすでに自殺していたとしたら、その後に似たような事件が起こらなかった理由も説明がつくことにはなります。

(杏さんは犯人に心当たりがあるのでは?)

確かにこの事件が動き出すのは、事件のあった2000年4月に杏さんとその息子さんが帰国したあたりから前兆が始まります(近所の動物虐待など)。仮に泰子さんへのストーカー的な犯罪ならば、杏さんが英国にいっていた9年余りの間に起きそうなもの。また杏さんの旦那さんまで揃って一時帰国した中で、この事件は起こったわけです。実はこの事件は、杏さんに対する恨みを晴らす、あるいは入江家に疑いがゆくように仕向けた事件だったのかもしれません。その辺は、黒ムツさんの書き込みが、その方向から書かれていることからも疑いを持ちます。

また仮に公文絡みの関係者・あるいは生徒が犯人だった場合、本当に杏さんは心当たりがなかったのでしょうか? あるいは自分の代わりに宮沢さん一家が殺された そういった疑問は浮かばなかったのでしょうか? そういった部分で警察に話したくても話せない何かを抱えていたのではないか? しかしこの事件の原因が自分にあった可能性があり、話せなかったということはなかったのか疑念は抱きます。基本的に隣の家族を疑うということは、事件発覚の時点で警察が徹底的に調べたのでありえないと私も考えています。しかし杏さんが知り得たことをすべて明らかにしているかどうかは、本人にしかわからないことなのです。また不思議と杏さんの口からは、不審者に関する話が訊かれないのは昔から不思議に思ってたことなのは確かです。

(成否は)

この話は、にわかに信じがたい都市伝説の話をつなぎ合わせたようにも読めなくはありません。しかしこの筆者の話には整合性があり、あながちありえない話ではなく私には否定できるだけの材料はありません。また私の認識では、1990年12月 に泰子さんは公文式の祖師谷教室を開設します。そして姉夫婦がイギリスに引っ越すのは、1992年01月 。この1年余りの間は、公文教室は 宮沢家の一階で運営されていました。公文教室が入江家で行われるようになったのは、姉夫婦がイギリスに転勤してからです。またこの時点では、まだ にいなちゃん も 礼君 も産まれてはいません。しかしこの頃からいた生徒や関係者ならば、トイレが中2階にしかないことから、この家の中2階以降の構造を知り得た関係者がいたことは充分考えられるわけです。また宮沢家の構造が、一階に事務所兼子どもたちの勉強部屋となっていた理由も、この家を建てた当初は公文教室を一階で行うためだったからだとわかります。昔の教え子が年末に訪ねてきたとなれば、遅い時間でもスリッパを出して招き入れた可能性だってあるわけです。そういった疑問だった様々なことが、この説だと説明できてしまうのです。個人的には、泰子さんへのストーカーと、槍玉にあげられていた生徒の話は切り離して考えた方がいいのではないかと考えている。いずれにしててこの話は、はたして真実なのだろうか?

犯人の心理

私はこの事件を知った当初から、漠然と過去の重大事件と世田谷一家の犯人像がだぶってみえていた。それを 明確に検証して説明してくれている記事を、見つけることができた。この記事が書かれたのは、事件から1年半ぐらい後のもので、当時の空気感が今よりもハッキリ伝わってくる。私もなんとなくそう感じていたことを、実に説得力のある実例をあげて説明してくれているのだ。できればこの内容を明確に理解するのためには、少々長いが 一つ前の記事 から読んでみるとより理解が深まることになるだろう。そこで今回は、この記事に目を通して頂いたことを前提に、特に共感しうる幾つかのキーワードについて考えてみたい。

『人(弱者)を殺して(壊して)自分も死ぬ(壊す)』

事件の詳細を知って、真っ先に感じたのは、女性・子どもなど弱者を狙った殺人 ではないかということ。それは、みきおさんや礼君よりも、泰子さんやにいなちゃんへの殺害方法がより酷いと感じられたから。特に中2階踊り場での凄惨な状況以上に、犯人が最初に二人を襲ったロフトでの状況からをそれを読みとることができる。そこには、にいなちゃんの歯茎がついたままの歯が砕けて転がっていたという。それは早い段階から犯人が、幼い女の子に対し容赦のない危害を加えていたことを意味する。また遺体に残されていた無数の傷の半分は、死後に傷つけられたものだという。ここから考えるに、犯人の主たる目的の一つが、ここに書かれているように、人を壊す遺体の損壊にあったのではないかということ。そしてそれらの行為は、過去の猟奇的事件に多く見られる傾向なのだという。

エスカレートしてゆく虐待

これらの事件の場合、動物虐待など前兆が見られるものだという。そしてそれがエスカレートして行き、やがて人を殺めてみたいという衝動を抑えられなくなる。この世田谷一家の事件でも、現場周辺である祖師谷公園では猫の虐待が幾つか事件前に報告されていた。それは、やはりこの事件と深く結びついていたのではないかということ。仮にだ、もし みきおさんが、大柄な体格の人だったのならば、この事件は起きなかったかもしれないと私は考える。もしくは、みきおさんがいない時を狙って行われたのではないかと。恐らく犯人は、相手が大人でも体格で自分より劣る みきおさん の存在を知り、みきおさん相手ならば自分の目的を達成できると考えたのではないかということ。少なくても みきおさん 自体は興味の対象ではなかったようにも感じられる。しかし犯人の心理には、幸せそうな家族をめちゃくちゃにしたい という強い願望があり、それを達成するために4人が揃っている必要があったのではないのだろうか? 

別の殺害(破壊)方法に興味

もし礼君の絞殺が、物理的・状況的な理由よりも、違う殺害方法 を試してみたいという衝動から出た可能性があるということ。みきおさんの殺害も同じ包丁を使っての殺害でも、上から頭蓋骨に振り下ろしたり、その後も滅多刺してる。これは、最も行為の障害になるであろう みきおさん をいち早く消去したいという気持が強かったからではないかと。そのため 泰子さん や にいなちゃん の殺害のときのような、じっくりなぶり殺すようにして殺害を楽しんでいたフシはみられない。

人の頭部に対する執拗なこだわり

これは、以前からこの事件の話になると話題になること。日本人の場合、大抵は腹部を刺すのが特徴なのだが、この手の事件の犯人はやたら頭部や顔へのこだわりや執着を魅せるのだという。しかし頭部へのこだわりを魅せながらの未解決事件は特異な例で、関連性が疑われている 埼玉の岡部さん親子放火殺害事件や 数年前に起きた 湯河原の障害者女性の放火殺害事件、そして私が最もこの事件との関係性が深いのではないかとみている 豊明母子4人殺人放火事件 など以外は、そのほとんどがすでに解決している。それだけそういった人物は、周辺から浮かびあがりやすいのかもしれない。いずれにしても犯人は、犯罪では珍しい頭部への攻撃・執着が顕著にあらわれているということ。そして殺害後、遺体を損壊するという行為に興味の対象が移っていったのではないのだろうか。

多くの遺留品を残すも、そこから解決に至らない

これらの犯人の傾向として、「かなりの知能犯であり、また周到な準備のもとに実行されているのです。」 とこの作者は述べ、また遺留品からは犯人にたどりつけないだろうと事件から1年半の時点で予見している。実際遺留品を辿っても、16年経っても事件解決には至っていない。

そして事件前から、用意周到に準備を練って事件を起こしたのではないか、そういった不審者の目撃情報は世田谷の事件でも幾つも報告されている。特に私は、黒ムツさんの最初の書き込みは、明確に 世田谷一家の事件の犯行予告 だったとみているので、書き込みのされた、12月27日の時点で殺害を予告し、この事件を起こすことを決意したのではないかとみている。何よりもそれを明確に匂わすのは、隣からみた幸せそうな家族、というワード。すなわち入江家の息子さんの視点から、黒ムツさんの書き込みはされていたこと(年齢も合致)。そのためには、入江さんの息子を以前から知っていた人物、あるいは宮沢家を調べてゆくうちに隣の息子さんのことを知り得た人物だということになろうかと。実はこの事件は、宮沢さん一家 と過去の繋がりのある人物を探すよりも、入江さんの息子の存在を知り得る人物・接点のあった人物 そこから辿った方が犯人に辿りつけるのではないかとさえ私はみている。

黒いハンカチや六という文字へのこだわり

この手の犯罪には、自分なりの神がおり独自の信仰・こだわりが観られることが多々あるということ。それは、この事件においても黒いものへの執着、六 という文字への関連性が見え隠れしている。警察が地蔵にこだわるのは、その関連性に気がつき 地蔵の裏に 六 という文字が彫られていたことも大きかったのかもしれない。ただしこれらは偶然なのかもしれないので、そう決めつけるのは危険かと。ただしそういった独自の信仰があったのかまではわからないが、黒という色と六という数字に、強い関心があった可能性は否定できない。

犯人は近隣住民

もしこの犯罪が、この時期に多発した 17歳 前後の少年犯罪だった場合、事件は現場近くに住むものによる犯行だった可能性が高まる。それゆえ警察も、そういった犯罪だと考え、現場近くに住む若者の犯行 という捉え方をして捜査を進めてきたのだろう。当然この事件をこの時期多発していた少年犯罪の一貫として捉えてみれば、警察がそういう判断をしたのは極自然のことだったように思う。

犯人は殆ど引きこもりのような生活?

「てるくはのる」の犯人も「酒鬼薔薇聖斗」もの犯人も、ほとんど外出しなかったために、周囲からまったく疑われることがありませんでした。どうやら家族でさえ、気がついていなかったようです。

と述べている。しかしこの作者は、次のようにも述べている。「また、いつまでも捜査が長引けば、同じ犯行が繰り返される可能性があります。猫殺しと同様に、人殺しも、一度では終わらないからです。何としても新たな犠牲者が出る前に、解決しなければなりません。」 と。しかし16年もの間、この事件の犯人と明確に類似したもの、関連性が深いと思われる事件は起こっていない。そしてこういった犯人は自己顕示欲が強く、必ず犯罪をエスカレートし繰り返してゆく傾向がみられるからだ。

そう私が最もこれらの犯人像を考える時に引っかかるのは、似たような事件がその後殆ど起こっていないということ。そして何かしら類似した事件を起こしているのならば、必ず現場から検出されるであろうDNAから一致するものが出てくるはずなのだ。それがないとすれば、この方向から犯人を考察するのは誤っているのか、あるいは 犯人はすでに自分を壊す(自殺している)という行為に走っているのではないかということになる。

(見解の違い)

ただしこの記事を読んで一つ、私の見解と大きく異るものがある。それは、最後は自分を壊す という部分。この手の犯人は、目的を達成することで自己完結し自殺に走ることが多いと他でも訊く。しかし私はむしろ逆の印象で、ほとんどが極力見つからないように最善を尽くし、捕まるまで生きていることが多いということ。命を絶ったものの多くは、捜査が自分に近づいて逃げ通すことができないと思ったときではないかと。もし世田谷の犯人が命を絶っていたとするならば、捜査が犯人に物凄く迫っていた。もしくは、家族など第三者に事件のことを悟られてしまったとしか考えられない。しかしそういった時でも自殺では、事件性を考慮し警察は遺体の指紋やDNA情報などは採取していたと思われる。特にこの事件があった後は、警視庁管内の自殺者に対する情報収集は入念に行われていたのではないかと。そこからも浮上してこないということになると、日本国外、警察の捜査の及ばないところに死体がある、まだ見つかっていないなどの理由がないかぎりは、犯人が命を絶っているという可能性は低いのではないかと。ただしこの事件が組織だった複数犯による犯行だった場合は、逆に明確な証拠を残してしまった実行犯は消されている可能性があるとみるべきではないのだろうか? そしてその遺体は、未だに発見されていない場所にあるのかもしれない。

(ただし)

この事件の状況を見れば、過去の猟奇的殺人と犯人が明確に重なってみえてくる。これはスケボーと関係していた人物 と同じぐらい関連づけたくなる。そして警察も、この方向性から犯人を絞り込む作業をずっと行ってきたのだろう。それでも、16年経っても犯人までたどり着けなかった。スケボー関連からも、この手の類似する犯人像からも。

犯人が捜査陣の上を行き、あえてそう導くように現場を偽装したのか? それともこの方向性の先に犯人はいるものの、何かしらの理由で捜査の網をすり抜けたどり着けなかったのだろうか?

最後のピースを埋めろ

過去二度に渡り、日テレニュースの似顔絵の男たちが何者なのか検証してきた。そして右上の男こそ、現場に侵入した可能性が最も高い男の似顔絵で、成城橋付近で目撃された短髪の男ではないかと書いた。そして左上の目が吊り上がっている男は、経堂のスーパーで、包丁を購入した男だったのではないかと。では写真1番下の男は、何者なのだろうか?

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まずこの男の似顔絵をよく観て欲しい。普通モンタージュや似顔絵を描くときは、上記の二人のように正面からの顔を描くのが常になっている。しかしこの男の似顔絵は、横からという異色の形態をとっているのだ。これは何故か?

そう、男の目撃者が横顔しか観ていないからだと思われる。横しか見れなかった状況とはどういうことか? 私が想像するに、この男こそ 事件発生直後の 23時半頃に現場から飛び出しきた いわゆる 飛び出しマン の詳細な似顔絵なのではないかと私はみている。飛び出しマンの似顔絵で警察が発表しているのは下記のもの。

tobidasiman.jpg

2つの絵を、よく見比べて欲しい。下記の飛び出しマンの似顔絵と、上記の男の似顔絵の角度が殆ど同じであることに気がつかないだろうか?また飛び出しマンの特徴として、長髪だったことが記されている。と考えると、少なくても右上の短髪の男だった可能性はなくなる。現場に残されていたヒップバックの中からは、犯人のDNAと一致する短髪の髪の毛が発見されているのだ。そこで現場に侵入した実行犯は、短髪だった可能性が高くなる。そう考えると 左上の目の吊り上がった男も、飛び出しマン も、現場に入って事件を起こした実行犯だった可能性は薄まってくる。

(現場付近は深夜になると)

事件現場に夜行ったことのある知り合いによると、深夜はとても静かな場所で仙川を挟んだ高台にある住宅の御宅からの声も聞こえて来るほどだったという。すなわちそれは、祖師谷公園を南北に貫く道路反対側のスケボー広場にたむろっていた若者達にも、当然のように事件当時、音や声が漏れ聞こえていたのではないかということ。ましてや風呂場の窓が開いていればなおさらで、彼らは何か気がついていた、事件について知っていたいた、あるいは事件そのものに関わっていた のいずれかの可能性があるのではないかと考えられる。

(飛び出しマンとは)

ここから考えると飛び出しマンとは、事件の共犯者、あるいは偶然宮沢家の近くを歩いていて、ことの騒動を耳にしてしまったもの のいずれかだったのではないかということ。

共犯者だった場合は、本当は盗みに入るだけのはずが話と違って殺人事件に発展してしまい動揺した可能性? あるいは、あえて犯人の外見、逃走時間などを錯乱させるために、車の前をよこぎって偽装した疑いのいずれかではないかと。当然全く事件とは関わりのないものが、事件のやりとりを耳にしてしまって慌てて飛び出した可能性も否定できないわけだが・・・。

ただし私、飛び出しマンの異常な行動は、現場の錯乱した犯人の行動と似たものを感じるので、どうしても同一人物なのではないかと考えてきた。異常行動をする人間が二人揃って事件を起こした? あるいは偶然近くを通った人物も、走ってくる車の前を飛び出すという異常行動を起こした(何度も)? 非常にこの辺は不可解。少なくても私は、下記の男こそ、飛び出しマンの詳細な似顔絵 だと考えている。

(事件当日に聞こえた言い争う声)

事件のあった30日の夜22時ぐらいに、男女が言い争う声 が聞こえたという証言がある。犯行時刻が23時~23時半ぐらいだと考えられており、これは単に みきおさん と 泰子さん の夫婦ゲンカみたいなものだったのではないかという見方もある。

しかしこれは、犯人と泰子さんとの言い争いだった可能性も否定できない。この証言の人は、恐らく 相手が みきおさんだったとは思えない口調や声だったからこそ、警察に証言していたのではないかと。確かに風呂場の窓が当時開いていたのならば、充分に中二階の踊り場あたりで言い争っていたのならば、外に声が漏れ出ていても不思議ではない。そして恐らくこのことがあるからこそ、公園近くさん は、警察は意図的に犯行時間を 遅く発表していると述べているのではないのだろうか? 

もしこの時間に犯人と泰子さんがもめていたとしたら、20時半ぐらいにおばあちゃんが証言し家族に否定されたとされる、隣のインターフォンが鳴った音がしたという証言も現実味を帯びてくる。そして誰か、この時間に家を尋ねてきた可能性が高まるのだ。ただ私自身はこの説には否定的で、23時ぐらいに浴室の窓から侵入したと考えているのだが・・・。

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世田谷一家殺害事件 の犯人像について、モナザイト の主観で事件を考察します。

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